マネジメント寺子屋「日新塾」

《おかげさまです思考(生命論パラダイム)に基づく「ドラッカーマネジメント」》



                ■ マネジメントとは、「組織をして生産的ならしめるもの」である。
                ■ 組織とは、「特定の目的・ミッションを共有した集合体」。       



カテゴリ : 情報革命の歴史(P・ドラッカー)

■新産業出現の兆し 

 IT
(情報技術)革命は、始まったばかりである。問題は、情報そのもののインパクトではない。人工頭脳のそれでもない。意思決定や政策や戦略に対するコンピュータのそれでもない。

 十年、十五年という、ついこの間まで予測どころか話題にもなっていなかったもの、
eコマースのインパクト
である

 製品やサービスの取引にとどまらず、知識労働者の求人求職にさえ使われるようになった大流通チャネルとしての、インターネットが与えるインパクトである


 eコマースは、経済と市場と産業構造を根底から変え始めた。製品、サービス、流通、消費者、消費行動、労働市場を変え始めた。さらには、われわれの社会、政治、世界観、そしてわれわれ自身にインパクトを与え始めた


 これからは、この変化に続いて、いくつかの予想もつかない新産業が出現する。
すでにバイオテクノロジーが現われている。水産の養殖が現われている。一万年前に陸上で起こったように、今後
50年以内に、海洋においても、狩猟と採集から農耕と牧畜の時代に入る。

 他にも新技術が新産業を生んでいく。それが何であるかは分からない。しかし、新技術、新産業が現われることだけは確実である。そのうえ、それらの新産業のうち、コンピュータや
ITと直接関わりを持つものは、あまりないであろうことも、ほぼ確実である


 それらの新産業は、バイオや養殖のように、予想外の技術から生まれる。

 
 もちろん、これは予測にすぎない。しかしそれは、
1455年のグーテンベルクの印刷革命以降、今日までの500
年間において他の技術主導の革命が辿った道から容易に推定されることである。

 さらには、
18世紀後半から19世紀前半にかけての産業革命が辿った道からも予測されることである。すでに、今度のIT革命の最初の50
年が、示しているとおりである。

          『プロフェッショナルの条件(P・ドラッカー)』より

 
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■産業革命における鉄道の役割


 今日
IT革命は、産業革命における1820年代の段階にある。ジェームズ・ワットの蒸気機関が、初めて産業用として綿紡績に使われた1785年から約40年後の段階にある。
 
 IT
革命において、産業革命における蒸気機関に相当するものがコンピュータだった。いずれもが、革命の導火線であり、象徴だった。


 誰もが、今日の
IT革命ほどその進行が速く、大きなインパクトを与えるものはないと思っている。

 しかし実際には、産業革命も、ほとんど同じ速さで進行し、同じ大きさのインパクトを与えた。それは、
18世紀から19世紀にかけての最も重要な工業製品、繊維の生産をはじめ、製造プロセスのほとんどを機械化した。

  
 (今日ムーアの法則によれば、
IT
革命の基本財であるマイクロチップは、一年半で半値になっていくという。
 しかし、産業革命で生産が機械化された製品にも同じことが起こった。綿製品の価格は、
18世紀初めから50年で90%安くなった。その間生産量は、イギリスだけで150
倍に増えた。繊維製品ほどの華やかさはなかったが、紙、ガラス、革、レンガの生産も、機械化された。

 消費財だけではなかった。鉄鋼や鉄製品も、蒸気機関の力によって、機械化され、コストと価格を下げ、生産量を伸ばした。
 ナポレオン戦争が終わるころには、銃器の生産にも蒸気機関が使われた。生産のスピードは
20倍になり、コストは3分の1に下がった。アメリカでは、ホイットニーのマスケット銃の生産が、最初の大量生産産業として機械化された。)


 わずか450年間の間に、労働者階級が生まれた。1820年代には、統計的には大した存在ではなかったが、社会心理的にはきわめて大きな存在になった。やがて、政治的にも侮れない存在になった。

 
 (アメリカでは、さしたる工場がまだなかった
1791
年に、アレキサンダー・ハミルトンが『製造に関する報告』において、来たるべき工業化を予測した。
 その
10年後少々の1803年、フランスの経済学者ジャン=バティスト・セイが、産業革命が起業家を生みだし、経済の変革をもたらすことを指摘した。)


 社会そのものへの産業革命のインパクトは、労働者階級の出現さえ越えるものだった。歴史家ポール・ジョンソンの『アメリカ人の歴史』によれば、奴隷制の復活をもたらしたものは、蒸気機関を手にした繊維産業だった。

 建国の父たちが事実上自然死したと見た奴隷性が、綿織機による低コスト労働への爆発的な需要増によって復活した。その後数
10年にわたって、奴隷の繁殖は、アメリカで最も高収益の産業となった。


 産業革命は、家族にも大きなインパクトを与えた。それまでは、家族が生産単位だった。農家の畑や職人の作業場では、夫、妻、子供が一緒に働いていた。

 ところが工場は、人類史上初めて、働く者と仕事を家から引き離し、職場へ移した。家には、工場労働者の配偶者が残された。産業革命初期のころには、年少者が親から引き離された。

 家族の崩壊は、第
2次大戦後の問題ではなかった。産業革命の問題だった。それは、産業革命に反対する人たちの懸念どおりに進行した。

 
 (労働と家族の分離、及びその影響の大きさは、チャールズ・ディケンズの小説『ハードタイムス』に見ることができる。)

 
 ところが、これだけ大きなインパクトを与えた産業革命が、実際に最初の
50年間にしたことは、産業革命以前から存在していた製品の生産の機械化だけだった。たしかに、生産量を大幅に増やし、生産コストを大幅に下げた。大衆消費者と大衆消費財を生み出した。だが製品そのものは、産業革命以前から存在していた。製品そのものは、以前のものよりも品質のばらつきがなくなり、欠陥が少なくなっただけだった。

 
 (この
50年間に現れた新製品は、1807年にロバート・フルトンがつくった蒸気船だけだった。だが蒸気船は、30年から40年というもの、さしたるインパクトを与えなかった。実に19世紀も終わり近くになるまで、世界の海上輸送の主役は、蒸気船ではなく帆船だった。)

 
 そして
1829年、全くの新製品として鉄道が現われ、世界の経済と社会と政治を一変させた


 今から考えるならば、鉄道の発明が、なぜあれほど遅れたかが不思議である。炭鉱では、かなり前からレールが使われていた。人や馬だけではなく、蒸気機関を使った方が良いに決まっていた。

 ところが鉄道が生まれたのは、炭鉱ではなかった。炭鉱とは関係なく生まれた。しかも、その鉄道は貨物用ではなかった。それは長い間、人を運ぶためのものとされた。物を運ぶようになったのは
30年、アメリカにおいてだった。


 (
1870年から80年代にかけて、日本に雇われたイギリス人技師たちも、もっぱら人を運ぶための ものとして鉄道を設計した。日本の鉄道も、人を運ぶためのものだった。)


 鉄道は、実際にそれが発明されるまでは、そのようなものがありうることさえ気づかれない製品だった。ところがいざ発明されると、
5
年後には史上最大のブームが始まった。
 
 ヨーロッパでは、不況によって終息する
1850年代まで30年続き、今日の主な鉄道のほとんどが建設された。アメリカではさらに30年続き、アルゼンチン、ブラジル、ロシアのアジア部、中国では第1次大戦まで続いた。


 鉄道こそが、産業革命を真の革命にするものだった。それは、経済を変えただけでなく、心理的な地理概念を変えた。人類が、初めて本当の移動能力を得た。初めて普通の人の世界が広がった。しかも、その結果生じた世界観の変化さえ、ただちに広く認識された


 (この変化は、ジョージ・エリオットの小説『ミドルマーチ』に見事に描かれている。)


 フランスの歴史家フェルナン・ブローデルの『フランスのアイデンティティ』によれば、フランスを一つの国、一つの文化にしたものが鉄道だった。それまでフランスは、政治的には統一されていたが、自己完結した地域の集合体に過ぎなかった。アメリカの西部開拓が鉄道によるものだったことは常識である。
                 
                      『プロフェッショナルの条件(上田惇生氏)』より

 
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IT革命によるプロセスのルーティン化


 2世紀前の産業革命の初期のころと同じように、1940年代半ばにコンピュータの出現とともに始まったIT革命は、今日までのところは、IT革命以前から存在していたもののプロセスを変えてきたにすぎない。実体上は、いささかの変化ももたらしていない。

 40
年前に予測された変化は、一つとして起こっていない。大きな意思決定の仕方は変わっていない。IT革命が行ったことは、今日のところ、昔からあった諸々のプロセスをルーティン化しただけである。


  (ピアノの調律にかかる時間は、3時間から20分になった。給与計算、在庫管理、配送管理、その他日常業務のためのソフトが開発された。病院や刑務所の配管の製図は、それまで25人で50日を要していたが、一人の人間で2日でできるようになった。

 一般人に税の還付申請を教えるソフトや、レジデント医に胆嚢の摘出手術を教えるソフトがつくられた。
1920年代には証券会社に出かけて何時間もかけて行っていたことを、今日ではオンラインで行えるようになった。しかしプロセス自体は変わっていない。ルーティン化され、時間の節約とコストの削減があっただけである。)



 IT革命においてコンピュータが与えた社会的なインパクトは、産業革命における蒸気機関のそれと同じように大きい。その最大のものが勉強の仕方である。四歳でパソコンをいじりだした子供は、すぐに大人を追い越す。彼らにとっては、おもちゃであると同じに学習ツールである。

 今から
50年もすれば、20世紀末のアメリカには教育危機などなかったということになっているかもしれない。実は、活字と印刷機の発明によって起こった印刷革命の100年後、17世紀の大学においても同じことが起こった。しかし仕事の仕方については、今日のところIT革命は、すでにあったものをルーティン化しているにすぎない。


  (唯一の例外が、20年ほど前に発明されたCDROMである。それによって、オペラや大学の講義、あるいは作家の全作品が簡単に見られるようになった。だが今日のところ、かつての蒸気船と同じようにブームには至っていない。)

                  『プロフェッショナルの条件(P・ドラッカー)』より

 
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■eコマースがもたらすもの


 
IT革命におけるeコマースの位置づけは、産業革命における鉄道に相当する。全く新しく、誰も予期できなかった発明である。そして170年前の鉄道と同じように、それは全く新しいブームを呼びつつある。やがて、経済と社会と政治を一変させる


  (一例を紹介する。1920年代に創業し、現在創業者の孫が経営するあるアメリカ中西部の中堅食器メーカーは、百マイル圏内のファーストフード店、学校・病院の食堂に、60%のシェアを持っていた。重くて壊れやすい食器は地域独占性が強かった。
 ところが先ごろ、この会社のシェアがあっという間に半減した。ある病院の食堂に勤める誰かが、ネットサーフィン中に、ヨーロッパ製品が安くて良いことを発見したのだった。数カ月後には、主な大口顧客が次々にそちらに乗り換えていった。製品が、アメリカ製だけでなくヨーロッパ製であることを気にする者など一人もいなかった。)


 産業革命において鉄道が生んだ心理的な地理によって、人間は距離を征服した。IT革命においてeコマースが生んだ心理的な地理によって、距離は消えた。もはや世界には、一つの経済、一つの市場しかない


 
このことは、地場の小さな市場を相手にするだけの中小企業さえ、グローバルな競争力を必要とするようになったことを意味する。競争は、もはやローカルたりえない。境界はない。
 あらゆる企業が、グローバル化しなければならない。多国籍企業も、これまでと同じでは取り残される。たとえ世界中で生産し販売していても、それぞれの地では、あくまでもローカルな存在にとどまっている。

 eコマースの時代にあっては、ローカルな存在はありえない
。もちろん、どこで生産し、どこで販売し、いかに販売するかは重要である。しかし、あと20年もすれば、それらの意思決定さえ、意味のないものとなる。


 ところが、何がeコマースに乗り、何が乗らないかは分からない。流通チャネルとは、そういうものである。


  (鉄道が経済的な地理と心理的な地理の両方を変えたのに比べ、なぜ蒸気船にはそれができなかったのか、なぜ蒸気船ブームは起こらなかったのかは、誰にも分からない。)


 地元の小さな食品店からスーパーへ、スーパーからチェーンへ、チェーンからウォルマートをはじめとするディスカウト・チェーンへという流通チャネルの発展についても、それが与えるインパクトの中身は、なかなか明らかにならなかった。eコマースの与えるインパクトもまた、今日のところ予測不可能である。


  (ここにいくつかの例がある。25年前には、230年もすれば、情報は、家庭のディスプレーまで電送されるようになると予測された。画面で見る者もいれば、プリントアウトする者もいるだろう。CDROMもそのようなものに使われるとされた。そして、各国の新聞社が記事のオンライン化に取り組んだ。

 
 これに対し、20年前、やがて今日のアマゾン・ドット・コムやバーンズアンドノーブル・ドット・コムのような企業が現われ、書籍の注文をインターネットで受け、書籍そのものを送り届けるようになるだろうと予測したら、一笑に付されたに違いない。ところが今日、両社は、まさにそのようなビジネスを世界中で展開している。私の近著『明日を支配するもの』のアメリカ版への最初の注文も、アマゾン・ドット・コムを通じて、アルゼンチンから入った。

 
 ここにもうひとつ例がある。10
年ほど前、ビッグスリーのひとつが、インターネットが自動車販売に与える影響について詳細な分析を行った。結論は、中古車の客はインターネットを使うだろうが、新車の客は依然として、自分の目で確かめ試乗することを望むだろうとしていた。
 ところが実際には、少なくともこれまでのところ、中古車の方が店頭で購入されている。これに対し、高級車以外の新車の半数が、インターネットで購入されている。客はインターネットで決めている。それでは、自動車販売店という、
20世紀で最も収益率のよかった小売業の先行きは、どうなるのだろうか。

 
 もう一つある。証券トレーダーは、1998年から99年にかけて、オンライン売買を増やしたが、投資家自体はオンラインから離れつつある。今日アメリカでの投資ツールは投資信託が主流である。ところがそのオンライン販売は、23年前の50%から、2000年には35%、2005年には20%に減ると見られている。これは10年、15年前に常識になっていた予測とは逆である。

 
 アメリカでは、今日もっとも急速に伸びているe
コマースは、ついこの間まではビジネスとは呼べなかったもの、すなわち経営管理者や専門家の求人求職である。
 今日では、大企業の半数近くがインターネットで求人する一方、
250万人もの経営管理者や専門家が、インターネットで履歴書を公開し、求人のオファーを求めている。(しかもそのうち3分の2は、技術者でも、コンピュータの専門家でもない)。こうして全く新しい種類の労働市場が生まれている。)


 これらのことは、eコマースのインパクトについて、もう一つ重要なことを教えている。流通チャネルは、客が誰かを変える。客がどのように買うかだけでなく、何を買うかを変える。消費者行動を変え、貯蓄パターンを変え、産業構造を変える。一言でいえば、経済全体を変える。これが今、アメリカで起こりつつあり、他の先進国でも起こり始めていることである。中国その他の新興国でも起こることである。


                『プロフェッショナルの条件(P・ドラッカー)』より

 
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■新産業がもたらしたもの


 鉄道は、産業革命を後戻りできないものにした。それまで革命だったものを既成の事実にした。鉄道が火をつけたブームは100年近く続いた。

 蒸気機関の技術は、鉄道が終着駅ではなかった。1880年代から90年代にかけて蒸気タービンが生まれた。1920年代から30年代にかけて今日の鉄道マニアの宝、アメリカの蒸気機関車の決定版が生まれた。


 しかし蒸気機関がらみの技術、さらには製造プロセスに関わる技術は、やがて舞台の中心から身を引き始めた。
舞台の中心には、鉄道の発明後に芽を出した新産業、しかも蒸気機関とは無縁の新産業が登場した
 初めが1830年代に現われた電報と写真であり、次が光学機器と農業機械だった。1830年代の後半に始まった肥料産業は、ただちに農業を変えた。公衆衛生が成長部門となり、伝染病の隔離、ワクチンの発明、下水道の発達と続いた。こうして歴史上初めて、都市が農村よりも健康な住環境となった。麻酔もこのころ現われた。


 これらの新技術、新産業に続いて、新たな社会制度が現われた。近代郵便、新聞、投資銀行、商業銀行だった。それらはいずれも、蒸気機関どころか産業革命の技術を越えて、先進国の産業と経済の様相を支配するに至った。


 これらのことは、技術革命の第一号である印刷革命の時にも起こった。1455年のグーテンベルクによる印刷機と活字の発明に続く50年間、ヨーロッパでは印刷革命が広がり、経済と社会を変え始めた。
 だが最初の
50年間に印刷されたものは、主としてそれまで修道士が筆写していた宗教書や古文書だった。その間出版された7千点の文献(版数にして三万五千点)のうち、少なくとも六千七百点は、それら筆写されてきたものだった。ということは、それらの文献が入手しやすく、かつ安くなったというにすぎなかった。


 ところが、グーテンベルクの発明の60年後、ルターのドイツ語聖書がおそるべき低コストで現われ、数十万部が印刷された。そして印刷革命は、ルターの聖書によって社会を変え始めた。印刷革命がプロテスタティズムに道を開き、ヨーロッパの半分を席巻させ、20年後には、残った半分でカトリックに改革を行わせた。

 ルターは印刷という新しいメディアによって、一人ひとりの人間と社会の拠り所としての宗教を再生させた。実に
150年に及ぶ宗教改革と宗教戦争の口火を切った。ちょうどルターが印刷によって宗教の再生を図ったころ、マキャベリが、聖書や古代の著作からの引用のない1,000
年ぶりの本『君主論』を書いた。

 それは、
16世紀のもう一つのベストセラー、最も悪名高く、最も影響を与える本となった。続いて、世俗的な本が、次々と出版された。文学、歴史、政治、科学、ついには経済の本まで出版された。


 その後間もなく、純粋に世俗的な芸術様式として、イギリスに近代演劇が生まれた。新たな社会的機関として、イエズス会、スペインの常設軍、近代海軍、さらには国民国家が生まれた。つまるところ、印刷革命は、300年後の産業革命が辿ったと同じ道、今日のIT革命が辿るに違いない道を辿った。


 IT革命から、いかなる新産業が生まれ、いかなる社会制度、社会機関が生まれるかはまだ分からない。1520年当時、やがて世俗的な本が出現することなど予測できなかった。世俗的な演劇の出現も予測できなかった。1820年代当時では、電報や写真や公衆衛生の出現も予測できなかった。


 しかし、絶対とまではいかなくとも、かなりの確率を持って今予測できることがある。
それは、今後20年間に、相当数の新産業が生まれるであろうことである。しかもそれらの多くは、IT、コンピュータ、インターネット関連ではないであろうことであるこのことは、これまでの歴史の先例が示している。すでに現れつつある新産業にも見られるとおりである。バイオであり、養殖である。


  (25年前、鮭はごちそうだった。普通の食事は鶏肉か牛肉だった。今日では、鮭は特別のものではない。普通の食事である。それらの鮭は養殖である。鱒も同じである。他の魚もやがてそうなる。カレイもそうなる。その結果、魚の品種改良が行われるようになる。牛、羊、鳥の家畜化が、それぞれの品種改良につながったのと同じである。)


 しかし今日、やがて現れるべき新技術も、いまだ25年前のバイオの段階にある。開発前夜である。

 今まさに生まれようとしているサービス産業がある。為替変動のリスクに対する保険である。あらゆる企業がグローバル経済に組み込まれた以上、火災や洪水などの物理的なリスクに対応すべく産業革命の初期に現れた今日の保険と同じように、為替リスクに対応すべき保険が求められている。必要な知識は揃っている。欠けているのは制度だけである。


 こうして今後20年、30年の間に、コンピュータの出現から今日までに見られたものよりもはるかに大きな技術の変化、産業構造、経済構造、さらには社会構造の変化が見られることになる。



         『プロフェッショナルの条件(P・ドラッカー)』より

 
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