マネジメント寺子屋「日新塾」

《おかげさまです思考(生命論パラダイム)に基づく「ドラッカーマネジメント」》



                ■ マネジメントとは、「組織をして生産的ならしめるもの」である。
                ■ 組織とは、「特定の目的・ミッションを共有した集合体」。       



カテゴリ : 歴史の哲学(P・ドラッカー)

[1]大転換期・・・自明の理とされてきたことのほとんどが現実と合わなくなり、現実の生活と仕事のほうが超現実的な感じを与えている


①文化を分ける境界
 平坦な大地にも、上り下りする峠がある。そのほとんどは、単なる地形の変化であって、気候や言葉や生活様式が変わることはない。しかし、そうでない峠がある。本当の境界がある。特に高くなるわけでも、目をひくわけでもない。例えばプレンネル峠は、アルプスで最も低く最も緩やかだが、古くより地中海文化と北欧文化を分けてきた。


②歴史にも境界がある
 歴史にも境界がある。目立つこともない。その時点では気付かれることもない。だがひとたび超えれば、社会的な風景と政治的な風景が変わり、気候が変わる。言葉が変わる。新しい現実が始まる。千九百六十五年から七十三年のどこかで、世界はそのような境界を越え、新しい次の世紀に入った。

③数百年に一度の大転換
 数百年に一度、際立った転換が起こる。世界は歴史の境界を超える。社会は数十年をかけて、次の新しい時代のために準備する。世界観を変え、価値観を変える。社会構造を変え、政治構造を変える。技術と芸術を変え、機会を変える。やがて五十年後には、新しい世界が生まれる。


④二千二十年まで続く転換期
 境界を越えた後の世代にとって、祖父母の生きた世界や父母の生まれた世界は、想像できないものになる。我々は今、そのような転換期を経験している。これまでの歴史通りに動くならば、この転換は二千十年ないし二十年まで続く。


⑤非現実的となった政治学と経済学
 現実はすでに、政治家、企業人、労働組合幹部、経済学者、諸々の学者たちが関心を持ち、書き、話していることとは違う。今日の政治学と経済学に特徴的と言うべき、救いがたい非現実性がその証拠である。


⑥問題解決に対する最大の障害
 いまだに昨日のスローガン、約束、問題意識が論議を支配し、視野を狭くしている。それらが、今日の問題解決に対する最大の障害となっている。


⑦クライマックスはこれから
 今日となっては、私が三十年前にとりあげた断絶も現実となり、誰の目にも見えるものになっている。しかし実は、それらの断絶は、まだ始まったばかりであって、クライマックスはこれからである。企業間の合従連衡をはじめ、世界的規模で進行中の産業構造の再編や、アメリカが経験中で日欧が突入したばかりの雇用をめぐる大変動にしても、その根底にあるものは、それらの断絶である。教育特に高等教育におけるイノベーションにしても同様である。


⑧ネクスト・ソサエティの到来
 ネクスト・ソサエティがやってくることは間違いない。それは二十世紀の社会はもちろん、二十一世紀の社会として一般に予想されているものとも異質である。しかし、そのかなりの部分が、すでに実現しつつある。


⑨主たる資源は知識である
 いくつかの分野、特に社会とその構造に関しては、すでに基本的な変化が起こっている。現実の問題として、新しい社会が非社会主義社会であり、ポスト資本主義社会であることは確かである。主たる資源が知識であることも確かである。


                             『歴史の哲学(・ドラッカー)』より

 
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[2]知識革命・・・産業革命、生産性革命、マネジメント革命の根底にあったものは、知識の意味の変化だった


①自己認識あるいは教養としての知識

 プラトンの時代以降、長い間、知識そのものの意味については二つの理論しかなかった。賢人ソクラテスは、「知識の役割は自己認識、すなわち自らの知的、道徳的、精神的成長にある」とした。哲人プロタゴラスは、「知識の役割は、何をいかに言うかを知ることにある」とした。プロタゴラスにとって、知識とは論理、文法、修辞、やがて中世において学習の中核に位置づけられることになった三大科目、今日の一般教養を意味した。


②効用を与えるものは知識にあらず

 知識が意味するものについて二派の対立があったものの、意味しないものについては完全な一致があった。知識は行為にかかわるものではなかった。効用ではなかった。効用を与えるものは、知識ではなく、ギリシャ語に言うテクネ(技能)だった。


③技能の体系化としての技術

 千七百年以降わずか五十年の間に、テクノロジー(技術)が発明された。テクノロジーという言葉そのものが象徴的だった。それは、秘伝の技能たるテクネに、大系を表す接尾語ロジーを付けた言葉だった。


④技術革新を産業革命に変えたもの

 千七百五十年から千九百年に至る百五十年間において、資本主義と技術革新が世界を征服し、新しい世界文明をつくった。この百五十年間の資本主義と技術革新は、その伝播の速度と文明、階層、地理を超えた到達度において、例がなかった。まさにこの伝播の速度と到達度が、資本主義を体制としての資本主義に変え、技術革新を産業革命に変えた。


⑤一夜にして公的な財になった知識

 産業革命は、知識の適用によってもたらされた。知識とは、常に存在にかかわるものだった。ところが、一夜にして行為にかかわるものとなった。知識は資源となり、実用となった。私的な財だった知識が、一夜にして公的な財になった。


⑥知識がもたらした三つの革命

 第一段階として、知識は十八世紀半ば以降百年にわたって道具、工程、製品に適用された。それが産業革命だった。第二段階として、千八百八十年頃に始まり第二次大戦の末期を頂点として知識は仕事に適用された。その結果、生産性革命がもたらされた。第三段階として、第二次大戦後、知識は知識そのものに適用されるようになった。それがマネジメント革命だった。今や知識は、土地と資本と労働をさしおいて、最大の生産要素となった。


⑦テイラーの生産性革命

 フレデリック・テイラーが発見した生産性向上の手法は、驚くほど簡単だった。まず初めに、仕事を個々の動作に分解する。次いで、それらの動作に要する時間を記録する。無駄な動作を除く。不可欠なものとして残った動作を、短時間で簡単に行えるようにする。そして、それらの一新された動作を組み立て直す。仕上げとして、それらの動作に必要な道具を作りなおす。


⑧ブルジョワになった肉体労働者

 千九百三十年までにテイラーの科学的管理法は、労働組合と知識人の強い抵抗にもかかわらず、あらゆる先進国に行き渡った。その結果、マルクスのプロレタリアがブルジョワになった。資本家ではなく、製造業の肉体労働者いわゆるプロレタリアが、資本主義と産業革命の受益者となった。


⑨肉体労働者の時代

 千九百五十年代には、肉体労働者が、共産圏をはじめとするあらゆる国で最大の労働人口となった。しかも、尊敬すべき存在となった。中流階級となった。雇用を保証され、年金に加入し、長期の有給休暇を享受し、包括的な失業保険に入り、終身雇用の地位にあった。何よりも政治的な力を手にした。「労働組合が、首相や議会を超える力を持つ本当の政府である」と考えられたのは、イギリスだけではなかった。


⑩肉体労働者の後退をもたらしたもの

 皮肉なことに、肉体労働者の急速な興隆をもたらしたものと、急速な後退をもたらしたものは同じだった。それが知識の力だった。


⑪マネジメント革命とは何か

 今や知識は、「成果を生み出すために、既存の知識をいかに適用するか」を知るために適用される。これがマネジメントである。同時にそれは、「いかなる新しい知識が必要か、その知識は可能か、その知識を効果的なものにするには何が必要か」を明らかにするためにも適用される。すなわち知識は、体系的なイノベーションに適用される。この知識にかかわる変化の第三段階が、マネジメント革命である。


                             『歴史の哲学(P・ドラッカー)』より

 
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[3]知識社会・・・知識社会では、最大の投資は機械や道具ではない知識労働者自身が所有する知識である


①知識社会の中心的な課題
 あらゆる人間が持つべき知識とは何か。知識の組み合わせとは何か。学ぶことや教えることの質とは何か。知識社会では、これらの問題が中心的な課題となる。政治的な課題とさえなる。


②知識労働に必要とされる能力

 知識労働という新しい仕事は、肉体労働者が習得していない能力、しかも習得することの難しい能力を必要とする。理論的、分析的な知識を習得し、適用する能力を必要とする。仕事に対する新しいアプローチと思考方法を必要とする。何よりも、継続学習の能力を必要する。


③知識は新しい知識を求める

 知識社会では、知識を有するあらゆる者が四・五年おきに新しい知識を仕入れければならない。さもなければ時代遅れとなる。このことは、知識に対して最大の影響を与える変化が、それぞれの知識の領域外で起こるようになっている事からも、重大な意味を持つ。


④知識の全体系から生まれる新技術

 新技術は、自然科学と人文科学を包含する知識の全体系から生まれ、かつそれを発展させる。そこには、自然科学と人文科学の区別はない。デカルトが三百年前にもたらした物質世界と精神世界の分裂は克服される。


⑤形態的世界観への移行

 今日、部分や要素に重きをおくデカルト的世界観から、総体とパターンに重きをおく形態的世界観への急激な移行が、あらゆる種類の境界に疑問を投げかけている。


⑥学際研究の急速な進展

 知識の探求と成果は、応用から切り離されていた。研究対象ごとに知識の論理に従って組織されていた。学部、学科、科目、学位など、高等教育の全体系が専門別に組織されていた。市場志向でなく製品志向だった。ようやく今日、知識とその探求が、専門分野別ではなく応用分野別に組織されるようになった。学際研究が急速に進展しはじめた。


⑦知識は技能の基盤となる

 知識経済化によって機能がなくなることはない。逆に知識は、技能の基盤となる。高度の技能を身に付けるには、知識が必要となる。しかも技能を伴わない知識は、生産的たりえない。知識は技能の基盤として使うとき、初めて生産的となる。


⑧高度の知識と技能を使う知識労働者
 極めて多くの知識労働者が、知識労働と肉体労働の両方を行なう。そのような人たちをテクノロジストと呼ぶ。テクノロジストは高度の知識と技能を使う。脳内手術の前には、高度の知識を要する事前診断に数時間をかける。手術の最中にも、高度の理論的な知識と判断を必要とする。しかし、手術自体は技能である。テクノロジストこそ、先進国にとって唯一とも言うべき競争力要因であり続ける人たちである。


⑨テクノロジストの教育機関

 テクノロジストについて、体系的で組織だった教育が行われているのは、ごくわずかの国でしかない。従って今後数十年にわたり、あらゆる先進国と新興国において、テクノロジストのための教育機関が急速に増える。


⑩知識社会の三つの特質

 知識社会としてのネクスト・ソサエティには三つの特質がある。第一に、知識は資金よりも容易に移動するがゆえに、いかなる境界もない社会となる。第二に、万人に教育の機会が与えられるが故に、上方への移動が自由な社会となる。第三に、万人が生産手段としての知識を手に入れ、しかも万人が勝てるわけではないがゆえに、成功と失敗の併存する社会となる。これら三つの特質ゆえに、ネクスト・ソサイエティは、組織にとっても一人ひとりの人間にとっても、高度に競争的な社会となる。


⑪知識労働者には組織が必要

 知識労働者が成果を上げるうえで必要とする継続性を提供できるものは、組織だけである。知識労働者が持つ専門化した知識に成果を上げさせられるものは、組織をおいてない。


⑫知識の結合が組織社会をもたらす

 個々の専門知識はそれだけでは何も生まれない。他の専門知識と結合して、初めて生産的な存在となる。知識社会が組織社会となるのは、そのためである。


⑬知識人と組織人を同時に生きる

 資本主義後の社会すなわちポスト資本主義社会は、知識社会であるとともに組織社会である。この二つの社会は相互依存の関係にありながら、概念、世界観、価値観を異にする。

                   『歴史の哲学(P・ドラッカー)』より

 
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[4]組織社会・・・今や、あらゆる先進社会が組織社会になった。すべてではないにしても、社会的な課題のほとんどが組織によって遂行される


①社会は急速に多元化する

 組織社会への転換は、政府の機能への挑戦を意味する。組織社会では、教育、医療、道路清掃など社会的な機能の多くが、その機能の遂行だけを目的とする専門の組織によって行われる。その結果、社会は急速に多元化する。



②組織間の共生関係

 多元社会における組織間の共生関係は、物のやりとりを超える。ある組織は、自らの機能を他の組織に渡している。あるいは、自らの仕事に必要な機能を他の組織に任せている。機能のからみ合いが深まっている。それぞれの組織の役割が急速に変化している。組織が行っている仕事を、明日は他の組織が行う。



③無数の太陽からなる星雲

 社会理論を意味あるものとするには、今日の社会が無数の組織からなる多元社会であって、一つの巨大な太陽と惑星群ではなく、「無数の太陽からなる星雲である」との認識が必要である。この新しく現れた多元主義が直面する問題は、かつての多元社会や、今日の政治理論や法理論が説く単一社会が直面する問題とはまったく異なる。



④知識組織の出現

 多様な知識が動員されるという恒常的な組織の出現そのものが初めてである。そのような組織の存在を、異常なことではなく、当然のこととする社会も初めてである。組織社会なるものが初めてである。ここで緊急に必要とされているものが、組織にかかわる理論である。



⑤組織とは何か

 組織とは、共通の目的のために働く専門家からなる人間集団である。社会、コミュニティ、家族などの伝統的な社会集団と異なり、組織は目的をもって設計され、形成される。



⑥組織の目的は社会に対する貢献

 組織は、それ自身のために存在するのではない。それは手段である。それぞれが社会的な課題を担う社会のための機関である。生き物のように、自らの生存そのものを至上の目的とすることはできない。組織の目的は、社会に対する貢献である。



⑦成果が唯一の存在理由

 組織とそのマネジメントの力の基盤となりうるものは一つしかない。成果である。成果を上げることが、組織にとって唯一の存在理由である。組織が権限を持ち、権力を振るうことを許される理由である。このことは、組織それぞれが、「自らの目的が何であり、成果が何であるか」を知らなければならないことを意味する。



⑧実りによって彼らを知る

 いずれの組織も、自らの目的を明確に規定するほど強くなる。自らの成果を評価する尺度と測定法を具体化できるほど、より大きな成果を上げる。自らの力の基盤を成果による正統性に絞るほど、正統な存在となる。こうして「彼らの実りによって彼らを知る」ことが、これからの多元社会の基本原理となる。



⑨組織を動かすのは一人ひとりの人間

 組織とは、法律上の擬制である。組織そのものは、計画できず、決定できず、行動できない。計画し、決定し、行動するのは、組織に働く一人ひとりの人間である。



⑩働く人にとっての手段

 一人ひとりの人間が成果を上げることは、組織にとって必要なだけではない。働く人間一人ひとりにとっても必要である。なぜなら組織は、社会が必要とするものを生み出す手段であると同時に、組織に働く人たちにとっての手段だからである。

 

⑪使命に対する信念を持つ

 組織に働く者は、「組織の使命が社会において重要であり、他のあらゆるものの基盤である」との信念を持たなければならない。この信念がなければ、いかなる組織といえども、自信と誇りを失い、成果を上げる能力を失う。



⑫多様化は成果能力を傷つける

 社会、コミュニティ、家族では、発生する問題はすべて扱う。組織においては、すべての問題を扱うことは多様化である。多様化は分散である。それは企業、労組、学校、病院地域のサービス機関、教会のいずれを問わず、組織として成果を上げるための能力を傷つける。



⑬組織はコミュニティを超越する

 組織の論理はコミュニティを超越する。組織の論理がコミュニティの価値と衝突するとき、組織の論理が優先する。さもなければ、組織は社会への貢献を果たせなくなる。



⑭不安定要因たるべき組織

 社会、コミュニティ、家族は、いずれも安定要因である。安定を求め、変化を阻止し、あるいは少なくとも減速しようとする。これに対し、組織は不安定要因である。組織はイノベーションをもたらすべく組織される。



⑮イノベーションを組織構造に組み込む

 企業、政府機関、大学、労組、軍隊のいずれであれ、社会的機関が継続性を維持するための唯一の方法は、自らの組織構造そのものの中に、体系的かつ組織的なイノベーションのメカニズムを組み込むことである。



⑯企業は革新の能力を持つ

 企業の内外で、後戻りのできない変化が起こる。と同時に企業が、産業社会において変化を引き起こす。企業は、新しい状況に適合する進化の能力を持つと同時に、周囲の状況に変化をもたらす革新の能力を持つ。


 
                        『歴史の哲学(P・ドラッカー)』より


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

 
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[5]マネジメント・・・マネジメントとは、現代社会の信念の具現であるそれは、資源を組織化することによって、人類の生活を向上させることができるとの信念である

①太古の恐竜のように滅びる

 中央の計画によって経済を運用すべく、企業の自由なマネジメントをなくそうとする社会は滅びる。責任と意思決定をトップに集中しようとする企業も同じ運命をたどる。あたかも、環境の変化に適応できない中央集権化した神経系によって、身体をコントロールしようとした太古の恐竜のように滅びる。


②社会における主導的な機関

 マネジメントが主導的な機関として出現したことこそ、人類の歴史における画期的な出来事である。マネジメントほど、社会の新しい基本的な機関、主導的な機関として急速に現れたものはない。絶対不可欠な存在であることが急速に明らかになったものはない。


③マネジメントは事業に命を与える存在

 マネジメントとは、事業に命を与えるダイナミックな存在である。そのリーダーシップなくしては、生産資源は資源にとどまり、生産はなされない。


④知識労働者に成果を上げさせる存在

 史上初めて、高度の知識と技能を持つ膨大な人たちが経済活動に従事している。これが可能になったのは、マネジメントのおかげである。現代のマネジメントは、知識の基盤が存在しなければ成立しなかった。逆に、それらの知識や知識労働者に成果を上げさせるものが、マネジメントである。


⑤知識労働者の生産性を上げる

 知識労働者の生産性を上げることは、企業のマネジメントにとって最大の課題である。NPOがそれをどのように行うべきかを教える。それは、使命を明らかにし、人材を的確に配置し、継続して学習を施し、目標によるマネジメントを行い、要求水準を高くし、責任をそれに見合うものとし、自らの仕事ぶりと成果に責任を持たせることである。


⑥最高の機会を提供する

 組織は知識労働者に対し、その知識を生かすための最高の機会を提供することによってのみ、忠誠心を獲得できる。


⑦不満をなくすだけでは不十分

 今後マネジメントにとって、個人の価値観と、生きがいと、意欲を、組織のエネルギーと成果に及ぼすことが重要な仕事となる。労働関係論や人間関係論が唱えるような、たんに満足感を与えるだけ、すなわち不満をなくすだけでは不十分となる。


⑧組織を個人のニーズに適応させる

 まもなく、個人を組織のニーズに適応させる手段としてのマネジメント開発への関心は薄れ、逆に組織を個人のニーズや意欲、潜在能力に適応させる手段としての組織開発への関心が高まっていく。


⑨戦略によって一体性を保つ

 今から二十五年後のグローバル企業は、戦略によって組織間の一体性を保つことになる。所有による支配関係も残るが、少数株式参加、合併、提携、ノウハウ契約が大きな位置を占めるようになる。そのような事業構造のもとでは、トップマネジメントのあり方が変わる。


⑩トップマネジメントは独立機関となる

 明日のトップマネジメントは、現場のマネジメントとは異質の独立した機関となる。それは事業全体のための機関となる。そのとき、最も重要な仕事となるのが、短期と長期のバランスである。同時に、顧客、株主、知識労働者、地域社会など利害関係者間の利害のバランスである。


⑪株主至上主義の誤り

 歴史上いかなる国においても、企業とくに大企業は「株主のためにのみマネジメントすべきである」という主張はもちろん、「主として株主のためにマネジメントすべきである」という主張さえ、主流になったことはない。


⑫短期の資本利得は誤った目標

 株主にとって価値を最大化するということは、半年あるいは一年以内に株価を高くすることを意味する。それ以上の長期ではあり得ない。だがそのような資本利得は、企業にとっても大多数の株主にとっても誤った目標である。


⑬コーポレートガバナンスが変わる

 株主の構成と関心が変化した。年金基金をはじめとする機関投資家が新種の所有者として登場した。このことは、コーポレートガバナンス及びCEOにとって何を意味するか。まず初めに新しい所有者、つまり機関投資家の運用担当者の教育という気の遠くなる仕事がある。彼らの多くは財務金融畑である。私自身が証券アナリストだった経験から言うと、彼らに事情を理解してもらうことは難しい。短期と長期、継続と変化、改善と創造のバランスを手掛けたことがない。


⑭株式を売却できない株主

 投資家は、常に自ら所有する株式を売却できる。しかし、大手の年金基金が所有する株式、さらには中規模の年金基金が所有する株式さえ、あまりに大きく、簡単に売却することはできない。売却の相手は他の年金基金たらざるを得ない。ということは、「年金基金は企業をマネジメントすることもできなければ、立ち去ることもできなくなった」ということである。


⑮マネジメントの責任を制度化する仕組み

 年金基金は、事業自体には関心を持たない。持ちようがない。彼らは資産の管理者である。だが彼らといえども、彼らが集団として所有している企業については、徹底した事業監査を必要とする。マネジメントの責任を制度化する仕組みを必要とする。


⑯独立機関による事業監査が一般化する

 現在会計事務所が行っている財務監査に似た事業監査が、一般化せざるをえなくなる。三年に一度で十分だろうが、事前に定められた基準に基づき、使命、戦略、マーケティング、イノベーション、生産性、人材育成、社会的責任、利益について、監査が行われるようになる。


⑰コーポレートガバナンスを変える新しい波

 コーポレートガバナンスについては、さらに新しい波がやってくる。法的な所有者の利益の観点とともに、知識労働者すなわち組織に富の創出能力を与える存在としての人的資源の利益の観点から、雇用主としての組織とマネジメントの役割を見直さなければならなくなる。なぜならば、企業さらにはあらゆる種類の組織にとって、自らの生存は知識労働者の生産性に左右されるようになるからである。まさに、最高の知識労働者を惹きつけ、とどめる能力こそ、最も基礎的な生存の条件となるからである。


                             『歴史の哲学(P・ドラッカー)』より

 
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