マネジメント寺子屋「日新塾」

《おかげさまです思考(生命論パラダイム)に基づく「ドラッカーマネジメント」》



                ■ マネジメントとは、「組織をして生産的ならしめるもの」である。
                ■ 組織とは、「特定の目的・ミッションを共有した集合体」。       



カテゴリ : 生産性(経営資源)のマネジメント

《1》生産性の歴史

 マネジメントにとって、資源の生産性の向上は、起業家精神や日常の管理と並ぶ重要な仕事である。

 社会的機能の一つとしてのマネジメントの歴史は、今から100年前、マネジメントの力によって、資源の生産性を向上させうることが発見されたとき始まった。

 資源の生産性を向上させるのは、自然の力でも、景気の力でも、政府の力でもない。それは、経営管理者の腕である。

 生産性の向上が実現されるのは、企業、工場、店舗、事務所、病院、港、研究所においてである。生産性は、一人ひとりの経営管理者の手によって、それぞれが責任を持つ領域において、向上させられ、あるいは低下させられる。


  (1世紀ほど前カール・マルクスは、その未完の著書『資本論』において、資本の生産性の低下を不可避の法則としてとらえ、そこから資本主義(この言葉が生まれたのはマルクスの死後である)なるものが、やがて死を迎えることを確信をもって予言した。ただしその彼も、実は、19世紀の経済学者が公理としていたものを繰り返して述べたにすぎない。

  たしかに、資本(あるいは他のいかなる資源)についても、その生産性の低下が不可避の法則であるならば、あらゆる経済体制の未来が、暗澹たるものとなる。

  しかし、歴史の女神お好みの皮肉によって、まさにマルクスが不可避であるべき生産性の低下をその理論を前提としたとき、マネジメントによる生産性の向上が可能であることが発見された。

  そしてこの発見こそ、マルクスが科学的事実としたこと、すなわち、労働者階級の窮乏、搾取者への富の集中、増加する賃金奴隷と減少する所有者への社会の2極分化が、先進国、すなわちマネジメントと経営管理者を生み出した国々において、起こらなかった原因となった。


  歴史の転換は、1875年ごろ、フレデリック・W・テイラーが、生産性はマネジメントの力によって向上させることが可能であることを発見したときに起こった。

  テイラー以前においては、より多くの生産性を得るための方法は、より激しく、より長く働くことだけだった。しかしテイラーは、より多くの生産を得るための方法は、より賢く働くこと、すなわちより生産的に働くことであることを明らかにした。しかも彼は、生産性が働く人たちの責任ではなく、経営管理者の責任であることを明らかにした。

  さらに彼は、理論化こそ行わなかったが、生産性は、人間に特有の資源としての知識を使うことによって向上させられることを明らかにした。

  テイラーは、19世紀の労働力たる肉体労働に対し、知識の力を適用した。しかし今日、われわれは、この知識の力は、あらゆる資源、すなわち資金、物的資源、時間、そして知識そのものに対し適用できることを知っている。)


またわれわれは、経済学が有効たり得るためには、その基礎を価値の源泉としての生産性に置かなければならないことを知るに至っている。

マルクスがアダム・スミスやリカードから引き継いだ19世紀の労働価値説は、間違っていた。今日では、マルクス主義社会でさえ、放棄せざるを得なくなっている。

しかし同時に、今から100年前にオーストリア学派によって生み出され、今日のケインズ学派やフリードマン学派において頂点に達した没価値の経済分析という雄々しい試みも、失敗であることが明らかになっている。

われわれは、価値観に基礎を置く真の経済学を必要とする。そしてそのような経済学は、「経済価値の源泉は生産性である」という公理の上に立つことになる。


 われわれは今日、生産性の向上について、多くを知っている。

 生産性の向上は、イノベーション、すなわち古くなった斜陽の領域から、新しい生産的な領域への資源の移行によって実現される。あるいは、資源の生産性そのものの絶えざる改善によって実現される。

 生産性の向上を実現するには、資金、物的資源、時間、知識など、あらゆる生産要素の生産性を向上させなければならない。生産性とは、プロセス全体、企業全体、経済活動全体におけるあらゆる資源の生産性の総体である。

 そして何よりも、生産性が向上しあるいは低下し、改善しあるいは悪化する舞台は、ミクロ経済と呼ばれる世界、すなわち個々の企業、工場、店舗、事務所である。

 したがって生産性の向上は、まさにマネジメントの責任である。

                   『乱気流時代の経営(P・ドラッカー)』より

 
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20世紀における生産性の爆発的な向上

 この100年間、あらゆる先進国、あるいは少なくとも市場経済を持つあらゆる国において、生産性は着実に向上し続けている。

 経済成長が見られた国では、常に生産性を向上させるための意識的なマネジメントがあった。それは、製造業においてだけではなかった。

 
 (生産性の向上は、マルクスをはじめ
19世紀の経済学者が起こりえないとしたあの分野、農業においてさえ、製造業をしのぐものが見られた。

  事実、19世紀から20世紀にかけて、先進国における農業の科学的な生産性の向上ほど、経済を大きく変えたものはない。

  今日の医者もまた、1900年ごろと比べて、生産性を数倍に伸ばしている。

  80年前の医者は、馬車で農家を回りながら、その時間のほとんどを馬の尻を見る事に費やした。

  しかるに1980年の医者は、患者の大勢いる都会で開業している。自動車のおかげで、病気の子供も、安全に彼らのもとに運ばれてくる。1日に診る患者数は、80年前の10倍以上になっている。
 また、技術革新とは関係なく、単なるマネジメントの絶えざる改善によって、市中銀行の資金の生産性は、100年前の100倍に達している。今日の預金は、19世紀末の預金の100倍の取引を支えている。)

                 『乱気流時代の経営(P・ドラッカー)』より


 

 
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■ケインズ経済学と生産性の鈍化

 この生産性の爆発的な伸びが、経済と経済学を変えた。

 マルクスをはじめとする19世紀の経済学は、利潤低下の法則を当然とした。そのため彼らは、供給の問題、すなわちミクロ経済に焦点を合わせた。


 しかし
20世紀の最初の25年が終わる前に、生産性の向上が、そのような関心を不要にした。あるいは少なくとも、時代遅れにした。経済学にとっては、生産性の向上が自動的に供給の問題を解決するかに思われるに至った。

 そこで経済学の関心は、需要の問題、マクロ経済に移った。


 ケインズ自身は、自らの理論に生産性への関心が欠落していることを自覚していた。事実彼は、ケンブリッジにおける初期の講義のころ、この点を指摘されるつど、「マクロ経済の適切な運営、すなわち正しい需要政策さえ行われるならば、生産性の問題は企業人の手によって解決されるはずである」と、答えていた。


 この考えは、ケインズが理論を構築した
1920年代においては正しかった。しかし、今日では違う。約1世紀にわたって、あらゆる資源の生産性が着実に向上を続けた。しかし最近の10年あるいは15年、あらゆる先進国において、生産性の向上は止まるか、低下するに至っている。


 この生産性の向上の鈍化は、
1960年代、OPECによる石油値上げのずっと前に始まった。さらにその前、世界的なインフレの前から始まっていた。実は、インフレそのものが、主として、生産性の向上が鈍化した結果だった。


 しかもこの生産性の向上の鈍化は、経済の生産的な部門に対する政府統制と政府規制の増大が始まる前から始まった。

 環境、安全、雇用その他あらゆる分野における政府規制の増大が、生産性の向上を阻害していることは間違いない。しかしそれは、生産性の向上に対する唯一の阻害要因ではない。主たる阻害要因でさえないかもしれない。

 生産性は、それがおろそかにされたために危機に陥った。「生産性の問題は自然に解決される」としたのは、ケインズだけではなかった。経営管理者たちもまた、そのように考えた。

 生産性の低下ほど危険なものはない、それは経済の低迷を必然とする。インフレ圧力をもたらし、階級対立を招き、相互不信を生む。

 ここにおいて、「資本の生産性、さらには、いかなる生産要素の生産性の低下も、体制の崩壊をもたらす」としたマルクスは完全に正しい。

  (生産性の低下は、自由主義国だけに見られた現象ではない。特に資金の生産性の低下は、ソ連や、ソ連と同じ体制を持つ先進国(東欧諸国)の方が、欧米や日本のような自由経済体制の先進国よりもはるかに大きかった。

  だが、この事実の慰めにはならない。死を目前にした癌の患者にとって、隣のベッドの患者が不治の病にあることを知っても、慰めにはならない。)


 したがって、この生産性の低下傾向を逆転させることこそ、今日、マネジメントの最大の課題であるこれこそ、企業や非営利組織のマネジメントが、乱気流を鎮める上で果たすことのできる最大の貢献である

 マネジメントは、自らの組織の繁栄ばかりか、その生存を図るためにも、生産性の向上のために働かなければならない。

                 『乱気流時代の経営(P・ドラッカー)』より
 

 
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《2》四つの資源の生産性
 ほとんどの組織において、比較的短期間のうちに、あらゆる生産要素の生産性を大幅に向上させることが可能である。「誰かができたことは、誰にでもできる

 あらゆる国、産業、活動において、常に他より高い生産性をあげている組織がある。

 いかなる国、地方においても、ある企業が首位を走るリーダー的な地位を占めているのは、他の企業の2倍の生産性をあげているからであるそしてそれらの企業は、何にもまして、資金について2倍の生産性をあげている

 マルクスは正しかった。資本が第一である。資本が未来である

 

  (例えばGEは技術によってリーダー的な地位にあるのではない。

  2位のウェスチングハウスを引き離していられるのは、資金の生産性の高さゆえであるGEは同じ1ドルを使って、ウェスチングハウスの2倍の仕事をしている。

  ヨーロッパにおいて、ジーメンスと他の電機メーカーの違いもここにある

  イギリスでは、アーノルド・ワインストック卿が、10年から15年をかけて、瀕死のブリティッシュ・ゼネラルエルトリックを、労働力を詐取したり酷使したりすることによってではなく、資金の生産性を倍増することによってリーダー的な地位に引き上げた。

  ワインストックは、資金の生産性を高めることによって、より多くの賃金を払い、より安定した雇用を実現した。

  同じようにイギリスでは、チェーンストアのマークス・アンド・スペンサーが、売り場面積当り、あるいは棚面積当りの売り上げを、他の小売業者の2倍近くに引き上げることによってリーダー的な地位にある。)


 しかし、これらの企業の生産性の高さには、秘密はない生産性の向上に向けた絶えざる努力と決意があっただけであるそのような決意こそ、今日、先進国のあらゆるマネジメントが要求されているものである


 この要求に応えるためには、マネジメントは二つの目標を立てなければならない。

 第一は、資金の生産性を年率にして7.5%伸ばし、8年から10年間の間に倍増することである

 第二は、同じ8年から10年の間に、人員増を伴うことなく、生産量を少なくとも50%伸ばすことであるということは、働く人たちの生産性を、年率にして4%から5%向上させることである


 このいずれの目標も、実現は可能である。必要とされるものは、懸命な努力だけである。

                 『乱気流時代の経営(P・ドラッカー)』より

 
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資金を何に使っているか

 継続的かつ体系的、意識的な生産性の向上は、四つの資源、すなわち資金物的資源時間知識のすべてについて行う必要があるしかしそれら四つの資源は、それぞれ別個に、異なる方法によってマネジメントしなければならない

 ほとんどの経営管理者が、投下した資金の回転率をほぼ把握している。

 ただしかなりの経営管理者が、自分の金と借りた金、すなわち資本と負債の違いが大きな意味をもつものと思い込んでいる。

 しかし、法的な所有者が誰であり、法的な用語が何であろうと、資金の生産性の問題に関するかぎり、関係はない金は金である。しかも、資金の出所やその法的な性格が何であろうと、そのコストはほぼ同じである。

 そのようなことよりも、資金を何に投下しているかを知る必要がある投下した資金のすべてを一括してマネジメントすることはできないからである

 資金の生産性のマネジメントは、「資金を何に投下しているか」を知ることから始まるしかる後に初めて、それらのうち重要なものからマネジメントすることができるようになる


  (資金を、売掛金すなわち顧客に対する融資に回している企業がある

  しかし、融資を本業としていないメーカーは、融資において銀行と競争することはできない資金の調達と管理のための銀行のコストに、自らのコストを加えなければならないからである

  したがって、そのような顧客に対する融資については、「何を見返りとして得るか」について、徹底的な検討が必要である。だが、現実にはそのような検討を行っている企業は、ほとんどない。

  あるいは、小売店のように、資金を店舗内の商品に投下している企業もあるその場合には、棚面積当り売り場面積当り回転率売り上げをマネジメントしなければならない

  資金を、高価な機械に投下している企業もある高価な機械が遊んでいることほど、非生産的で無駄なことはないしかし、会計の数字が、その種の情報を教えてくれることはほとんどない。原価計算で使う標準原価によっては知りようがない

  あるいは、巨額の資金を、1週間に4日か5日、しかも数時間しか使わない教室や実験室に投じている大学もある

  しかし、とくに都会の大学の場合には、平日の夕方や夜、あるいは土曜日や日曜、向学心に燃えた社会人を対象とする効果的な成人教育プログラムを実施することによって、数年のうちに、それらの資金の生産性を倍増できるはずである


 したがって、まず着手すべき最も重要な仕事は、「資金を何に使っているか」について、数字を明らかにすることである。しかもそのような数字は、会計システムの基礎データにある。要求さえすれば、かなり容易に手に入れられる。
                『乱気流時代の経営(P・ドラッカー)』より

 
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