[8]進むべき道・・・知識は、職業の定められた社会を、職業を選べる社会に変えた。今やいかなる種類の仕事に就き、いかなる種類の知識を使っても、豊かな生活を送れるようになった。


職業を選べる悩み
 先進国社会は、自由意志によって職業を選べる社会へと急速に移行しつつある。今日の問題は、選択肢の少なさではなく、逆にその多さにある。あまりに多くの選択肢、機会、進路が若者を惑わし悩ませる。


自分を使って何をしたいか

 選択肢を前にした若者が答えるべき問題は、正確には、「何をしたらよいか」ではなく、「自分を使って何をしたいか」である


就職は自らの実存にかかわる問題

 社会は一人ひとりの人間に対し、「自分は何か、何になりたいか、何を投じて何を得たいか」を問うことを求める。この問いは、「役所に入るか、企業に入るか、大学に残るか」という俗的な問題に見えながら、実は自らの実存にかかわる問題なのである


自由の代価としての責任

 今日ふたたび我々は、昔からの問いである「一人ひとりの人間の意味、目的、自由」という根源的な問題に直面している。世界中の若者に見られる疎外の問題が、この問いに答えるべきことを迫っている。組織社会が、選択の機会を与えることによって、一人ひとりの人間に意思決定を迫る。自由の代価として責任を求める


最初の仕事はくじ引き
 最初の仕事はくじ引きである。最初から適した仕事につく確率は高くない。しかも、得るべきところを知り、向いた仕事に移れるようになるには数年を要する


価値観に反する組織にいるべきではない

 「得るべきところはどこか」を考えた結果が、「今働いているところではない」ということならば、次に問うべきは、「それはなぜか」である。「組織が堕落しているからか、組織の価値観になじめないからか。」いずれかあるならば、人は確実に駄目になる自らの価値観に反するところに身を置くならば、人は自らを疑い、自らを軽く見るようになる


辞めることが正しいとき

 組織が腐っているとき、自分がところを得ていない時、あるいは成果が認められない時には、辞めることが正しい選択である。出世はたいした問題ではない。


植え替えられれば燃える
 企業という柔軟で流動的な組織さえ、人を同じ仕事、同じ環境に閉じ込めようとする。閉じ込められている方は飽きる。燃え尽きたのではない。違う種類の挑戦に応ずべく、新しい環境に置かれること、すなわち植え替えられることが必要なだけである


変化が自らに刺激を与える

 自らに刺激を与えるうえでも、ある種の変化が必要であるこの必要は、ますます人が長生きするようになり、長く活動できるようになるにつれて大きくなる。変化といっても、かけ離れたところに移る必要はない。


心地良くなったら変化を求めよ

 日常化した毎日が心地よくなったときこそ、違ったことを行うよう自らを駆り立てる必要がある


進路を決めるのは自分自身

 仕事を変え、キャリアを決めるのは自分である自分の得るべきところを知るのは自分である組織への貢献において、自らに高い要求を課すのも自分である飽きることを自らに許さないよう予防策を講じるのも自分である挑戦し続けるのも自分である


                                『仕事の哲学(P・ドラッカー)』より

  『知識労働者・仕事の哲学9』へ続く《http://bit.ly/Xw08aX》 

 
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