マネジメント寺子屋「日新塾」

《おかげさまです思考(生命論パラダイム)に基づく「ドラッカーマネジメント」》



                ■ マネジメントとは、「組織をして生産的ならしめるもの」である。
                ■ 組織とは、「特定の目的・ミッションを共有した集合体」。       



カテゴリ : 未知なるものの体系化

 われわれはいつの間にか、モダン(近代合理主義)と呼ばれる時代から、名もない新しい時代へと移行したわれわれの世界観は変わった。われわれは新たな知覚を獲得し、それによって新たな能力を得た。新たな機会が広がり、それと共に新たな挑戦とリスクを目の前にした。われわれはわれわれ自身が拠り所とすべきものまで手に入れた。

 昨日までモダンと呼ばれ、最新のものとされてきた世界観、問題意識、拠り所が、いずれも意味をなさなくなった。今日に至るも、モダンは政治から科学に至る諸々のものに言葉を与え続けている。しかし、政治、理念、心情、理論にかかわるモダンのスローガンは、もはや対立の種とはなっても行動のための紐帯(チュウタイ)とはなりえない

 われわれの行動自体すでにモダンではなく、ポストモダン(脱近代合理主義)の現実によって評価されるに至っているにもかかわらず、われわれはこの新しい現実についての理論、コンセプト、スローガン、知識を持ち合わせていない


現実はモダンを超えた

 生まれ育った世界から別の世界に移り住んできたかのような感さえする。17世紀の半ば以降350年にわたって、西洋はモダンと呼ばれる時代を生きていた19世紀にはその西洋のモダンが、全世界の哲学、政治、社会、科学、経済の基盤となり秩序となっただが今日、モダンはもはや現実ではないさりとて、モダンの後の現実であるポストモダンも、いまだ定かな世界観となるには至っていない

 われわれは一つの大きな転換期を生きている昨日のものとなったモダンが、無力ながらも表現の手段、期待の基準、処理の道具として機能している他方、新たなるポストモダンが、手段と道具をもち合わせることなく、われわれの行動を事実上支配しつつある


(数年前、ある兄弟の大学院生が、人はサルの子孫かというかつての大論争を取り上げた芝居を見に行った。テネシー州の中学教師がダーウィンの進化論を教えたかどで有罪となった1925年の事件がもとになっていた。それは宗教と科学の長年の軋轢(あつれき)によって生じた突然のクライマックスだった。ところが二人にとっては、その話の筋は理解に苦しむものだった。そこで、その事件の裁判当時学生だった彼らの父親が解説を買ってでた。彼自身聖職の道を志したことのある弁護士だった。だがどう説明しても二人は納得しなかった。遺伝学を専攻する兄も、カルヴァン派の神学生である弟も納得しなかった。)


 昨日大問題だったことが、今日突然意味を失っている事に愕然とさせられる。モダンの第一次世代であるニュートン、ホッブス、ロックの時代でさえ、ついこの間の第二次大戦の世代と通じ合う事ができた。しかし、今日ではもはや無理であるついこの間の選挙の争点でさえ、今日では的はずれになっている

 ポストモダンの最初世代であるわれわれにとって、最大の問題世界観そのものの転換である今日われわれが口にしているものは、350年来の世界観であるだがわれわれが目にしているものは、そうではない。しかも、われわれが目にしているものには名前さえない。手段もなければ道具もない。言葉さえない

 世界観とは、つまるところ現実である美的な知覚、知的な分析、技術上の語彙(ごい)の基盤となるものである。われわれはその基盤となるべきものを、ついこの間、突然手にしたのだった。


全体は部分の総計か

 モダンの世界観とは、17世紀前半のフランスの哲学者デカルトのものである。この間、心底デカルトを信奉した哲学者はあまりいなかった。しかし、モダンと呼ばれた時代の世界観はデカルトのものだった。ガリレオ、カルヴァン、ホッブス、ロック、ルソー、ニュートンのいずれでもなく、デカルトこそ問題、ヴィジョン、前提、コンセプトを二重の意味で規定したのだった。

 第一に、デカルトは世界の本質とその秩序についての公理を定めたその一つの表われが、科学とは因果関係についての知識であるとするフランス学士院の定義だった端的に言うならば、それは全体は部分によって規定されるという、科学者でも哲学者でもないものには到底理解できない定義だった

 第二に、デカルトは知識の体系化についての公理を定めた。すなわち、コンセプト間の関係について定量化をもって普遍的基準とした。その200年後、デカルトの申し子ケルヴァンは定量化できて、はじめて理解出来たと言えると断じた。

 全体は部分の総計であるとの主張は、デカルトが現れるまでの2000年、数学上の公理とされていた。ところがデカルトは一歩を進め、「全体は部分によって規定され、全体は部分を知ることによってのみ知りうる」とした。全体の動きは部分の動きによって規定されるとした。さらには、全体は部分の総計、構造、関係を離れて存在しえないとした。

 これらの主張は、今日では当たり前に思われるかもしれない。何しろ350年来常識とされてきた公理である。だがはじめて主張されたときは、際立って革新的な発想だった

 しかし今日、これらの主張の残滓(ざんし)こそ時として散見されるものの、かつてのフランス学士院の定義をそのまま使う科学者は一人もいない今日の科学と芸術は、すでにデカルトの公理とは相容れない世界観を基盤としている


因果から形態へ

 今日では、あらゆるものが因果から形態へと移行したあらゆる体系が、部分の総計ではない全体、部分の総計に等しくない全体、部分では識別、認識、測定、予測、移動、理解の不可能な全体というコンセプトを、みずからの中核に位置付けているつまるところ、今日のあらゆる体系において中核となっているコンセプトは形態である

 生物学がその典型である。この半世紀における生物学の進歩は、デカルト的世界観、すなわち古典力学、分析科学、統計学によってもたらされた。ところがその結果として出現したのは、免疫、代謝、生態、症候、恒常、類型など調和にかかわるコンセプトだった心理学にしても今日問題としているのは、1910年には心理学用語にさえなっていなかった自我、人格、行動であるこれらはすべて全体にかかわるコンセプトであり、全体としてのみ把握することが可能な形態にかかわるコンセプトである


  (それらは、個々の音を聞いただけではメロディーが分からないように、部分を見ただけでは絶対に把握できない形態である逆に部分とは、全体の理解の上に全体との関連においてのみ存在し、認識しうるものであるキー次第で嬰ハにも変二にもなるように、形態における部分は、全体における位置によってのみ識別され、説明され、理解される。)


 その起源とコンセプトにおいて最もデカルト的な体系である物理学においてさえ、今日の焦点は、最もデカルト的ならざるコンセプト、すなわち量子システムに合わせている

 これらのコンセプトと用語は、いずれもまったく新しいものである50年前には科学用語としての位置はもちろん、科学上の意味さえも持たなかった。いずれも質に関わるコンセプトであり、量とはまったく無関係である。「全体は部分の総計である」とするような公理の適用は不可能なものである。だが逆に、「いずれも、部分は全体との関連においてのみ存在が可能であるとする新しい公理に該当するものである。


目的論的世界観

 これらのコンセプトに因果律を含むものはないデカルト的世界観の主軸だった因果律は消えた。だからといって、よく言われるように偶然性や恣意性が取って代わったわけではない。アインシュタインは神によるサイコロを拒否した。彼の真意は、因果律以外の公理を想定しえなかった物理学、デカルトの目隠しを外せなかった物理学の批判にあったすでに近代物理学の中核は因果律ではない。目的律である

 今日ではあらゆる体系が目的律を核とするポストモダンにおける諸体系のコンセプトは、全体を構成する要素(かつての部分)は、全体の目的に従って配置されるとするポストモダンにおける秩序とは、全体の目的に沿った配置のことであるこうしてこの宇宙は、再び目的によって支配されるもの、すなわちかつてデカルトが捨てた世界観へと戻った

 だがここにいう目的とは、中世やルネサンス期のそれとは異なるかつての目的は、物質的世界、社会的世界、心理的世界、哲学的世界の外部にある絶対的存在だったこれに対しポストモダンにおける目的は形態そのものに内在する。それは形而上のものではなく形而下のものである。宇宙の目的ではなく宇宙の中の目的である

 ポストモダンの世界観は、プロセスの存在を必須の要件とするあらゆるコンセプト成長、発展、リズム、生成を内包するデカルトの世界観では、すべてが等式の両辺にあたって移項可能だったのに対し、ポストモダンの世界観ではすべてが不可逆である大人が少年に戻ることはなく、鉛がウラニウムに戻る事もない。大企業が同族の中小企業に戻る事もないそれらの変化は、プロセスにおける質の変化であって、元に戻ることはない

 プロセスにおいては成長、変化、発展が正常であって、それらのないことが不完全、腐敗、死を意味する


新たな哲学

 このポストモダンの世界観が世界の現実となった。今日では、このことはあまりに明らかである。方法論上、哲学上これを知らない者は、よほどの時代遅れである

今や、この新たな世界観のもとに、生物学、物理学、近代数学、システム理論、オペレーションズ・リサーチ、意味論、言語学、情報理論のそれぞれが、新たな体系化への一歩を踏み出している静止状態における物性を中心におく機械論的コンセプトから、成長、情報、生態という形態とプロセスを中心に据えたコンセプトへの移行が進行中である

 しかしわれわれは、この新しい世界観が常識となりつつあるにもかかわらず、その内容を理解しきってはいないその形態、目的、プロセスを目にしながら、これらの言葉の真意をいまだ十分には理解していない

 われわれはデカルトの世界観を棄てた。事実われわれにとって、それはほとんど理解不能なものとなった。だがわれわれは、今のところ、新しい体系、方法論、公理を手にしたわけではない。われわれのためのデカルトは、まだ現われていない。その結果、今日ではあらゆる体系が知的のみならず美的な危機に直面している。

 実際に仕事をしている人たちは、形態とプロセスのコンセプトを理解する。それどころか、形態とプロセス以外は眼中にないしかし彼らといえども、厳密な作業をする道具としてはデカルト的世界観に立つ古びた方法論しか持たない。物理学も例外ではない。今日、量子レベルにおける諸々の新発見は、物質、エネルギー、時間にかかわる一般理論をより複雑化し、より混乱させ、より矛盾したものにしているだけにすら見える。

 また、最も急速に発展しつつある体系、すなわち最も学ぶべきものの多い体系ほど教えることが難しくなりつつある

 この危機は、学者たちがいうような知識の発達に伴う当然の結果ではない。当然の結果とすべきは単純化でなければならない。すなわち、理解と学習と教育の容易さが向上することでなければならないそれこそ知識の発達が目指すものであるわれわれの知識が、一般化するどころか専門化し複雑化しつつあるということは、何かきわめて本質的なもの、すなわちわれわれが生き、われわれが見ている世界についての、包括的な哲学体系というべきものが欠けたままであることを意味する

   『テクノロジストの条件(P・ドラッカー)』より

  『未知なるものの体系化(その2)』へ続く《http://bit.ly/UmPsEv

 
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われわれが必要とする体系

 実はわれわれは、「今日緊急に必要とされている体系化がどのようなものであるか」を知っているそれは、システム、有機体、状況のいずれであれ、普遍的かつ具体的な現実としての全体のコンセプトを与えるべきものである発展、成長、腐敗など定性的かつ不可逆の変化についての体系であるさらには、変化の予期を可能とする厳密な体系である原因ではなく方向性を示す体系であり、蓋然性ではなく可能性の微積分を可能とする体系である

 つまるところ、われわれは目的の哲学、質の論理、変化の測定を必要としている可能性と機会、転換と決定要因、リスクと不確実性、普遍性と適時性、飛躍と連続の方法論を必要としている統一性と多様性を同時かつ不可欠の両極とする弁証法を必要としている

 これは、とても実現しそうのない大それたことに思われる。しかしそのような体系化は、われわれが思っているよりもはるかに進んでいる。すでにそのような体系を基盤として仕事は進められている。すなわちイノベーションであり、個と社会との調和のための諸々の仕事である

 しかもわれわれは、中学1年を教える数学教師のいう「大切なことは答えではなく問題である」との言葉の真意すら知るに至った。哲学、科学、論理、さらには芸術においてさえ、正しい問いがなされるや問題は解決の緒につく。その時、われわれは「何が適切であって、何が意味あるか」を知る


進歩からイノベーションへ

 あの「必然の進歩」はどこへ行ったか。かつて進歩への信奉は、歴史の必然として不動のものだった。


 (それはワイマール共和国のドイツ社会民主党員、
1930年代の左翼ブッククラブの会員たるイギリス中産階級、大学の教授会を支配したアメリカのリベラルが信じたものだった。

  今日では必然の進歩への信奉は、そのまま視野狭窄を意味する。政治スローガンに垣間見ることはあっても、もはやそれがそのまま報道されることはない。それを口にするのは、せいぜいが年老いた教条的共産主義者のみである。しかもその意味するところは、必然としての破局にほかならない。)


 われわれは共産主義国家の若手幹部を含め、もはや自然の進歩に楽観することも、悪しき人間性に絶望することもない。いかなるものに向かうとしても、自動的な進行を想定しないわれわれにとって、終着地はもちろん、進行方向にさえ予定されたものはない

 では、われわれは何を信じるべきか

 残念ながら、書かれたもの、記されたものにその答えはない。それらのものの中にあるのは、混乱、懐疑、矛盾である。ところが実は、明確な、しかし予期せぬ答えが、われわれ自身の行動のうちにある。もはや自然の進歩はもちろん、必然の進歩もない。しかしわれわれは目的意識をもち、方向づけし体系化した変化としてのイノベーションを実践しつつある

 イノベーションとは、未知なるものへの跳躍である目指すところは、新たなものの見方による新たな力であるその道具は科学的であり、プロセスは創造的であるしかしその方法は、既知のものの体系化ではなく、未知なるものの体系化である

 イノベーションの力がわれわれにもたらす影響はすでに重大である。イノベーションは技術を変え、技術を方向づける。技術以外のイノベーションの力すら与える。イノベーションのコンセプトは方法論にとどまらない。それは確実性ではなくリスクを是とする世界観そのものである宇宙における人間の役割についての新しい見方である人はリスクをおかすことによって新たな秩序を創造するイノベーションとは、人間の力を主張することではなく、人間の責任を受け入れることである


かつて変化は破局を意味した

 必然としての進歩から、実践としてのイノベーションへの移行に伴い、デカルト後の世界観、すなわちポストモダンの世界観が明確な形をとり始めたイノベーションを実現していく中で、形態とプロセスのコンセプトが実質的な意味を持ち始めた

 イノベーションにおける変化とは、目的意識を持って方向づけした活動を意味するそれは変化を恐れるプレモダン(近代以前)の見方とも、変化を必然の進歩とするモダンの見方とも異なるこれら二つの見方は、変化を人間の力ではいかんともしがたいものとしていたたとえ固い決意があったとしても、人間の力では目的も方向も変えようのないものだった

 もちろん人類は変化の歴史を歩いてきた。無常、流転、適応こそ馴染みのものだった。しかし、変化は常に破局とされ、不変が理想とされた。あらゆる制度は変化の奔流をせき止め、あるいは遅らせることを第一の目的とした。家族、教会、軍、国家の役割は、いずれも変化の脅威から個を守ることだった。歴史を通じて、「有史以来」は絶対の保証書であり、「伝統への回帰」は変化が身に付けるべき衣装だった。


 (ルネッサンスは、その創造力と影響力の大きさにもかかわらず、古代への復帰を称した。宗教改革は原始キリスト教への回帰を称した。原始教会からの逸脱は堕落扱いされた。時代が下り、アメリカの独立はイギリス臣民の権利回復として正当化された。第一次大戦後のヨーロッパさえ、未来に向けた何ものかではなく
1913年以前の黄金時代の回復を目指し、かえってその後の破局を招いた。)


 必然の進歩への信奉は、変化に対する人間の態度を変えた。しかし、人間の力ではどうにもならないものとする変化の特質は、そのまま残された。つまるところ、必然の進歩への信奉は、等式の両辺をマイナスからプラスに、すなわち脅威としての変化を期待として変化に変えただけだった。それは、神の御心というキリスト教の歴史観の世俗版にすぎなかった。時計こそ永遠のものから歴史のものへと代えられたものの、変化そのものは人が動かすものではなく、自ら動くもののままとされた。


イノベーションのコンセプト

 今日、われわれは変化それ自体を良いとも悪いとも見ない。たんに常態とする秩序を変えるものとは見ない。秩序そのものと見る秩序とは、ダイナミックに動く変化そのものであると認識する。そして、もし「変化が秩序である」とするならば、それは「人が予期し、方向づけし、管理できるものである」とする

 イノベーション自体は、新しいものではない。人類の誕生以来ずっと行われてきた。家族以外のあらゆる機関、あらゆる理念、あらゆる方法、あらゆる道具が、目的意識をもって意図的に始められたイノベーションだった今日新しいことといえば、「人間は変化を予期し、方向づけし、管理しつつ、自ら秩序をもたらしうる存在である」との人間観だけである

 体系的イノベーションなるコンセプトさえ、さほど新しいわけではない。科学的知見によるイノベーションの最初のものは、1856年のイギリス人ウィリアム・パーキンによる合成染料の偶然の発見とその産業利用だった。彼こそ科学産業の父であり、研究開発と近代技術の生みの親だった。

 産業人の役割をイノベーターと見た最初の経済学者が、カール・マルクスだった。彼の経済史家としての値打ちがこの洞察だった。しかし、もしこの洞察を認めてしまったら、必然の進歩のコンセプトが崩壊する。そこでマルクスは階級の客観的論理を決定要因と位置づけ、イノベーションを欺瞞的幻想とみなすことによって、せっかくの洞察を捨ててしまった。

 今日となっては到底理解しがたいことである。われわれにとって、イノベーションは当然のことであり、変化は常態である。われわれには歴史の論理なるものはない。必然の進歩のコンセプトもない。

 しかしそのわれわれにしても、イノベーションの意味を本当に理解しているだろうか。


未知なるものの体系化

 フランスの偉大な物理学者アンリ・ポワンカレは、科学上の発見に果たす直観の役割をはじめて指摘した。彼が取り上げたのは無意識かつ予見不能なひらめきだった。しかし、ひらめきについてできることは、ポアンカレもいったように注意して待つことだった。

 ところが今日われわれは、未知なるものへの跳躍のための方法論が存在すると確信しているそれは教えることは無理にせよ、身につけることは出来るはずのものである。われわれは知覚の方法論さえ開発中である。それは昨日までの科学の方法と異なり、既知のものの体系下ではない。未知なるものの体系化である

 その典型が、現代物理学と現代科学の基礎となった、1869年から72年のドミトリー・メンデレーエフによる元素の周期律の発見だった。彼自身は新しい元素の発見も、すでに知られていた63の元素の未発見の性質を解明することもなかった。あるいは、元素とその構造や関係について新理論を提唱したわけでもなかった。すなわち、彼は既知のものを体系したわけではなかった。


 (それまでの化学の歩みは、既知のものを体系化する試みだった。そのためロザー・マイヤーをはじめとする偉大な化学者たちの努力も、せいぜい混乱に輪をかけるにとどまっていた。これに対しメンデレーエフは、「既知の元素に秩序をもたらすには、いかなる未知なるものを想定しなければならないか」を考えた。)


 教科書では、メンデレーエフの理論が周期律の空欄、すなわち未発見の
29の元素とその重量、性質を明らかにしたと教える。逆に、既知の63の元素が空欄を明らかにしたのではなく、空欄が63の元素に位置を与えたと教えることはほとんどないしかしすべての偉業は、この未知なるものの体系化によっている

 メンデレーエフの偉業に匹敵するものはあまりない。しかし今日、はるかにささやかではあるが、われわれも同様の試みを体系的に行うようになったところである。

 その一つが原爆開発のマンハッタン計画だった。ハーンとマイトナーが原爆を可能にしたことは、ほとんどの核物理学者が直ちに理解した。しかし原爆の開発には、未知なるものを体系化すること、明らかにすべきことを理解すること、それらのものの意味を確定することなど、未知なるものの一つ一つについて、なすべき仕事を組織化することが必要だった

 小児麻痺ワクチンの開発もまた、未知なるものの体系化に基づくイノベーションだった。そこでも課題は、「既知なるものの混乱に秩序をもたらすには何を想定しなければならないか」だった。すなわち、得るべき知識の仕様だった。


ひらめきと体系化

 重要なものは、道具ではなくコンセプトである宇宙、構想、知識には秩序が存在するはずである」とする世界観である。しかもその秩序は形態であって、分析の前に知覚することが可能なはずであるとする信条である。その知覚がイノベーションの基盤になるとの考えである。そして最後に、その知覚は未知なるものの体系化によって一挙に獲得することができ、そこから新しい知識と道具を手に入れることができるとする確信である。

 イノベーションは追加であって、入れ替えではない天才のひらめきという創造的行為に代わるものではない。あるいは逆に、既知なるものの応用と洗練のための体系的な仕事を不要にするものでもない

 それどころか、イノベーションは天才のひらめきと改善の努力の力を倍加する言い換えるならば、イノベーションには地平線のかなたの稲妻を電力に変える働きがある同時に、それは日常の活動の方向性を定め、既知のものの拡充という地道な努力が新たな創造に転換するときを教えるイノベーションとは、それらの跳躍を用意するものである

 
 (天才のひらめきを体系的なイノベーションに発展させた例が、抗生物質の発見だった。フレミングの天才のひらめきによって、ペニシリン基の殺菌力が発見された。ワックスマンによる未知なるものの体系化によって、生物現象についての理解と抗生物質による治療というイノベーションが生まれた。その間に
10年を要した。しかし、ワックスマンによるイノベーションの後は、抗生物質の体系的な発見とその効用および副作用の理論的な解明が一夜にして可能となった。)


 イノベーションといえども、人間の能力の限界を越えることはない。しかし、それは限界の中に可能性を生む今日の知識を越えた目標を設定し、その目標の実現に必要な課題を明らかにし、その課題を達成するための仕事を組織化する

 ここで再度繰り返すならば、イノベーションは何も新しいことではない。新しいことといえば、ひらめきによって行っていたことを体系的に行なうようにしたことだけである。そして、天才しか行なえなかったことを普通の人間が行なえるようにしたことである

 イノベーションには二つの領域がある自然社会である。それは、自然への理解を通じて何ものかを生むための技術的イノベーションであり、社会のニーズの診断を通じて必要なコンセプトと仕組みを生むための社会的イノベーションであるいずれのイノベーションも、われわれに新しい能力を与える。技術の可能性を無限とし、社会の改革以上のものを可能とする

  『テクノロジストの条件(P・ドラッカー)』より
 
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