Franklin@Filbert

サンフランシスコ・ベイエリアでのあれこれ

カテゴリ: Performance

今シーズン2度目のサンフランシスコ・バレエ公演を見てきた。
演目はロメジュリこと、「ロメオとジュリエット」。ご存知シェークスピア原作の戯曲で音楽はプロコフィエフ。

ロメジュリ公演は、サンフランシスコ・バレエの今シーズン最終演目。そこで、数日ある公演日の中でも一番最後の千秋楽のチケットを確保。千秋楽だから何か特別なこと(と言っても、長めのカーテンコールとか)があるかもしれないなぁと淡い期待を胸に、会場へ。

千秋楽は日曜日の午後2時からのマチネ公演。意外と家族連れや子供連れが多いのが意外。席もオーケストラの、それも前から5列目と決して安くはない席を確保したのに、その周りにも子供連れがちらほら。胡桃割り人形じゃなくてもこんなに子供連れてくるのねー、高い席なのに…。

サンフランシスコ・バレエのロメジュリを見るのはこれが2度目。数年前の公演でもロメジュリは上演され、その時も見に行った。

この日の今回の公演では、今まで経験したことがないような出来事が。

それは、上演中断。

公演開始して約20分程度経過したところのシーンで、薄手のカーテンが降りてきた。休憩時は緞帳を下ろすものの、シーン切り替えにカーテンを下ろすことはない。それが不思議に感じたが、待てども一向にカーテンがあがらない。

程なくしてアナウンスが入り、主要バレエダンサーが傷(cut と言っていたので切り傷かと思われる)を負ったためしばらくお待ちくださいとのこと。

前のシーンでは剣を振り回していたので、ひょっとしたらそれが切り傷を作ってしまったのかもなんてかみさんと話しつつカーテンがあがるのを待つがその気配は一向にない。

だんだん観客も声高に周りと話すようになり会場はどよめきだした。

ひょっとして、このまま公演中止になったりするのかも?なんてことを考えて出すようになった20分後、上演再開のアナウンスが入り、カーテンが開いた。上演再開後の最初のダンサーたちは動きがちぐはぐしていたので、続きが中途半端な上演にならなければいいけどと心配したが、それは杞憂に終わった。

しかし、こういった予期せぬ休憩が入ると気分がそがれてしまう。きっと、観客だけじゃなく、プレイヤーも同じなのだろう。

せめて、このトラブルが前半に起こったのが救いだったか。もし、後半に、それも、盛り上がっているような最中に発生したら、興ざめしてしまうことは間違いない。


公演自体は無事に終了し、カーテンコールもいつもと同じように行われた。

千秋楽だからといって、何か特別なことがあるわけではなかったのが残念。

サンフランシスコ・バレエによる白鳥の湖が1月最終週に上演されていると知って、28日に見に行ってきました。



白鳥の湖と言って、まず思い出すのは昔、オーケストラの演奏会でこの組曲を演奏した思い出。組曲版の最後の曲のワルツ。冒頭の可憐なバイオリンで歌われる旋律がビオラに受け渡されるのですが、ビオラの導入は上昇型の導入で、それがなかなか揃わずに指揮者に何度も突付かれた忌々しい記憶が…(笑  バレエとは全く関係ないんですが、そんな思い出が蘇ります。

白鳥の湖の物語は遠い昔に聞いたよう気がするが全く覚えていなかったので、会場で貰ったリーフレットにあったストーリーを読み直します。

あらすじは、こんな感じ。詳しくはWikiをご覧ください。
若き王子、ジークフリードが見初めた女性オデットは、悪魔ロッドバルトによって白鳥に姿を変えられ夜の間だけ人間の姿に戻れるという。オデットの呪いを解くには、まだ誰も愛したことのない男性に愛されること。それを知ったジークフリードは舞踏会に誘うが、舞踏会にやってきたのはオデットに姿を似せた悪魔ロッドバルトの娘、オデール。

ジークフリードはそうとは知らずオデールに永遠の愛を誓う。が、悪魔にだまされたことを知ったジークフリードはオデットの元へ急ぎ、誤ってオデールに愛を誓ってしまったことの許しを請う。

しかし、時既に遅し、オデットは人間に戻ることは叶わず、オデットとジークフリードは湖に身を投げる。



てっきり、白鳥の湖は、ハッピーエンドだと思っていたのでちょっとびっくり。

どうやら、この物語は幾つかのエンディングがあって、中にはハッピーエンドもあるみたいですが、今回上演されたサンフランシスコ・バレエは身投げして終わりました。でも、二人が身を投げた後に2羽の白鳥が遠くに飛んでいく様子が映し出されたので、二人は白鳥になって幸せに過ごしました〜 みたいな余韻が残されていましたけど。


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