2009年05月18日
給食のおもひで
今日、ご飯を食べてて給食の話題になり、地方や世代でも、やっぱりメニューが
違うんだねぇなんて話をしていて、ふと思い出した事がある。
私の中学はお弁当で、専業主婦のおかんは、100%お弁当を作ってくれてた。
ある意味、無理矢理100%にしてた・・・とも言えるけど。
うちはおとんの出社が10時過ぎでよかったので、おかんはちょいちょい寝坊した。
私をたたき起こして、「後で弁当届けるから!」と、タクシーに乗って12時に
学校にお弁当を届けてくれてた。
でも、どうしても起きたくない(起きれない)時は、なぜか学校を休んだ。
あたくし、おかんに起こしてもらわないと、絶対に起きない人だったので
9時過ぎに目が覚め、、部屋を出ると、おかんが「もうお休みの電話入れとるよー」
と、布団の中から答えていた。
ほんで、「学校では学べん事も、世の中いっぱいあるんよ」と言いながら
お昼からデパートや美術館や、ちょっとおいしいランチを食べに行ったりした。
・・・まぁ、、美術館はわかるんだけど・・・。
なので、あたくしのお弁当持参率は100%を守られた。
ある日、じーちゃんが急遽手術になり、おかんが宮崎へ帰る事に。
おかん「明日のお弁当、どうするかねぇ」
まいねーさん「いいよ、途中でパン買うよ」
当時はまだコンビニなどもなく、売ってるのはジャムパンとか、そんな感じだった。
通学路においしいパン屋さんもない。
あれこれ話していると、本を読んでたおとんが言った。
「俺が持って行っちゃる」
おとんの勤め先には、ゴルフの打ちっぱなしやバッティングセンターなどの
娯楽施設もあり、特にゴルフの方は、地元ではセレブ系の社長さんたちが利用
する所だったので、それなりのレストランも併設されていた。
すでにあたくし、一抹の不安があった。
翌日12時に、おとんが学校にやって来た。
宅配ピザのような大きな白い箱と、体中のポケットを膨らませ、紙袋を持って。
うちのおとん、当時既に60歳位で、お顔はどちらかというと怖い系だった。
三国連太郎さんによく似てるといわれておりました。
教室にずずんと入ってきて、あたくしを見つけると
「持ってきたどー。 あったかいうちに食べなさい」
教室が静かになった。
足元を見ると、、スリッパも履かず、土足のままだった・・・。
箱を開けると、、、よくパーティーで使われる、紙の銀の大皿・・・・
あのでっかいやつがどどーんと入っていた。
中には、蟹の甲羅に入ったグラタン、サイコロステーキ、ハンバーグ、
サンドイッチ、パスタ、サーモンサラダ・・などなどなど・・・・。
あたくし、言葉が出ない。
おとんのすぐ後ろにいる担任(男の体育教師)も絶句。
おとんはどうだーー!と言わんばかりに
「シェフが朝から、わざわざ一つづつ作ってくれたんよ。おいしそうやろ?」
そして胸ポケットから、白いナプキンに包まれた銀のナイフなどのカトラリー一式。
「これは、洗って持って帰んなさいよ」おとんは静かに言う。
そして、ポケットからみかんとバナナ、もうひとつのポケットからジョアとヤクルト。
「これはおやつね。受付の▲●さんと□×さんから」
紙袋をくれた。おとんの会社は手土産が多く、全国の銘菓がどっさり。
「これも、、おやつね。みんなで食べなさい。○×さんから」
あたくしが生まれる前から、おとんの秘書のような役目をしてくれている女性だ。
ズボンのポケットから牛乳が。おとん、手品師か?
「これは、、、誰からやったっけ?あぁ、△■君から」
「おとん、、、学校にはおやつの時間はないんよ・・・。」
おとん、驚きながら「ほぉ?なしか(なぜか)?みんな、おやつは食べんのか?」
まいねーさん 「うん。給食時間以外は何にも食べれんのよ。もちろんジュースも」
おとん 「お前、、育ち盛りなのに、腹が減るやないか。戦争中やあるまいし。
おやつの時間っちゅうのはね、それなりに意味があるんよ。
ええんよ、ええんよ、食べてええ。勉強したら脳に糖分は必要やけん」
先生、ひたすら絶句。あ、ちなみに、学校をずる休みして甲子園の中継に映った
あたくしたち母子を見つけてくれた先生です。
おとん 「じゃ、俺、帰るわ」
振り向くと、担任発見。
おとん「あぁ、こりゃあ先生、お世話になっております。
うちの娘がなんか悪さでもしたら、ビシビシ鍛えてやって下さい!」
おとん、、だったらおやつ、持って帰れよ。。。。「ええんよ」じゃないし。
担任、一言も応戦出来ず。「あ、はい。こちらこそ!」
完全に、おとんの目力に飲み込まれていた。
おとんが教室を出て行って、みんなが一斉に爆笑。あたくしも爆笑…するしかなかった。
その日だけは、って事で、お菓子をみんなにも配って、給食後のおやつにしました。
あたくし、みんながお弁当を開いている中で、机からはみ出そうな大きなお皿に
銀のフォークとナイフでご飯食べました。恥ずかしかったなぁ。
多分、日本広しと言えど、あんまりいないよね。
もちろん、全部食べられないから男の子達にほとんどあげちゃったけど。。。
担任は一言だけ。「おまえんちの両親は、相当手ごわいな」
うちのおとんは、それ以後、クラスのみんなにゴッドファーザーと呼ばれました。
色々疑問はあったけど。
なんで、おとんの会社の人は、誰一人疑問を持たなかったのか?
「学校にそれはまずくないですか?」って言っても良さそうなもんだけど。
そして、なんで会社の人みんなが、おとんが学校に弁当を持って行く事を
知ってたのか。おとんの出社は10時半頃。学校に来たのが12時。
おとんは、午前中、ほとんど仕事せずに「お弁当持って行くんだぁ〜」って
話しかしてなかったんだろうか・・・。
まぁ、昔から呑気な会社ではあったけど。。。
子供ながらに、あたくしも偉くなろう〜って思ったな。
今思うと、なんだかウソみたいな話なんだけど、、、
やっぱうちの両親は一見、超正統派に見えるんだけど、
ちょっとずれてたなぁと思います。
・・・あたくしも、そんな風になっちゃうのかしら。
違うんだねぇなんて話をしていて、ふと思い出した事がある。
私の中学はお弁当で、専業主婦のおかんは、100%お弁当を作ってくれてた。
ある意味、無理矢理100%にしてた・・・とも言えるけど。
うちはおとんの出社が10時過ぎでよかったので、おかんはちょいちょい寝坊した。
私をたたき起こして、「後で弁当届けるから!」と、タクシーに乗って12時に
学校にお弁当を届けてくれてた。
でも、どうしても起きたくない(起きれない)時は、なぜか学校を休んだ。
あたくし、おかんに起こしてもらわないと、絶対に起きない人だったので
9時過ぎに目が覚め、、部屋を出ると、おかんが「もうお休みの電話入れとるよー」
と、布団の中から答えていた。
ほんで、「学校では学べん事も、世の中いっぱいあるんよ」と言いながら
お昼からデパートや美術館や、ちょっとおいしいランチを食べに行ったりした。
・・・まぁ、、美術館はわかるんだけど・・・。
なので、あたくしのお弁当持参率は100%を守られた。
ある日、じーちゃんが急遽手術になり、おかんが宮崎へ帰る事に。
おかん「明日のお弁当、どうするかねぇ」
まいねーさん「いいよ、途中でパン買うよ」
当時はまだコンビニなどもなく、売ってるのはジャムパンとか、そんな感じだった。
通学路においしいパン屋さんもない。
あれこれ話していると、本を読んでたおとんが言った。
「俺が持って行っちゃる」
おとんの勤め先には、ゴルフの打ちっぱなしやバッティングセンターなどの
娯楽施設もあり、特にゴルフの方は、地元ではセレブ系の社長さんたちが利用
する所だったので、それなりのレストランも併設されていた。
すでにあたくし、一抹の不安があった。
翌日12時に、おとんが学校にやって来た。
宅配ピザのような大きな白い箱と、体中のポケットを膨らませ、紙袋を持って。
うちのおとん、当時既に60歳位で、お顔はどちらかというと怖い系だった。
三国連太郎さんによく似てるといわれておりました。
教室にずずんと入ってきて、あたくしを見つけると
「持ってきたどー。 あったかいうちに食べなさい」
教室が静かになった。
足元を見ると、、スリッパも履かず、土足のままだった・・・。
箱を開けると、、、よくパーティーで使われる、紙の銀の大皿・・・・
あのでっかいやつがどどーんと入っていた。
中には、蟹の甲羅に入ったグラタン、サイコロステーキ、ハンバーグ、
サンドイッチ、パスタ、サーモンサラダ・・などなどなど・・・・。
あたくし、言葉が出ない。
おとんのすぐ後ろにいる担任(男の体育教師)も絶句。
おとんはどうだーー!と言わんばかりに
「シェフが朝から、わざわざ一つづつ作ってくれたんよ。おいしそうやろ?」
そして胸ポケットから、白いナプキンに包まれた銀のナイフなどのカトラリー一式。
「これは、洗って持って帰んなさいよ」おとんは静かに言う。
そして、ポケットからみかんとバナナ、もうひとつのポケットからジョアとヤクルト。
「これはおやつね。受付の▲●さんと□×さんから」
紙袋をくれた。おとんの会社は手土産が多く、全国の銘菓がどっさり。
「これも、、おやつね。みんなで食べなさい。○×さんから」
あたくしが生まれる前から、おとんの秘書のような役目をしてくれている女性だ。
ズボンのポケットから牛乳が。おとん、手品師か?
「これは、、、誰からやったっけ?あぁ、△■君から」
「おとん、、、学校にはおやつの時間はないんよ・・・。」
おとん、驚きながら「ほぉ?なしか(なぜか)?みんな、おやつは食べんのか?」
まいねーさん 「うん。給食時間以外は何にも食べれんのよ。もちろんジュースも」
おとん 「お前、、育ち盛りなのに、腹が減るやないか。戦争中やあるまいし。
おやつの時間っちゅうのはね、それなりに意味があるんよ。
ええんよ、ええんよ、食べてええ。勉強したら脳に糖分は必要やけん」
先生、ひたすら絶句。あ、ちなみに、学校をずる休みして甲子園の中継に映った
あたくしたち母子を見つけてくれた先生です。
おとん 「じゃ、俺、帰るわ」
振り向くと、担任発見。
おとん「あぁ、こりゃあ先生、お世話になっております。
うちの娘がなんか悪さでもしたら、ビシビシ鍛えてやって下さい!」
おとん、、だったらおやつ、持って帰れよ。。。。「ええんよ」じゃないし。
担任、一言も応戦出来ず。「あ、はい。こちらこそ!」
完全に、おとんの目力に飲み込まれていた。
おとんが教室を出て行って、みんなが一斉に爆笑。あたくしも爆笑…するしかなかった。
その日だけは、って事で、お菓子をみんなにも配って、給食後のおやつにしました。
あたくし、みんながお弁当を開いている中で、机からはみ出そうな大きなお皿に
銀のフォークとナイフでご飯食べました。恥ずかしかったなぁ。
多分、日本広しと言えど、あんまりいないよね。
もちろん、全部食べられないから男の子達にほとんどあげちゃったけど。。。
担任は一言だけ。「おまえんちの両親は、相当手ごわいな」
うちのおとんは、それ以後、クラスのみんなにゴッドファーザーと呼ばれました。
色々疑問はあったけど。
なんで、おとんの会社の人は、誰一人疑問を持たなかったのか?
「学校にそれはまずくないですか?」って言っても良さそうなもんだけど。
そして、なんで会社の人みんなが、おとんが学校に弁当を持って行く事を
知ってたのか。おとんの出社は10時半頃。学校に来たのが12時。
おとんは、午前中、ほとんど仕事せずに「お弁当持って行くんだぁ〜」って
話しかしてなかったんだろうか・・・。
まぁ、昔から呑気な会社ではあったけど。。。
子供ながらに、あたくしも偉くなろう〜って思ったな。
今思うと、なんだかウソみたいな話なんだけど、、、
やっぱうちの両親は一見、超正統派に見えるんだけど、
ちょっとずれてたなぁと思います。
・・・あたくしも、そんな風になっちゃうのかしら。