November 04, 2006

44 クープランの墓 2006.11.04

 立ち尽くしている。結晶化した木々の隙間に。夜の扉を開いて獣が疾走する。何処までも何処までも速く速く。肌を突き刺す冷たい空気を裂いて言葉が飛翔する。銀色の月が嘲笑した。「ハローハロー。ようこそ狂気の世界へ」さあ一緒に何処までも堕ちていこう。
 長く続く階段の果てに星の輝きが散らばっている。手を伸ばすと真っ暗闇に放り込まれる。落ちていく落ちていく。闇の底へ。自分が溶けて広がっていく。深い深い闇の奥へと。
 ぽつんと雫が落ちた。灰色の廃墟に迷い込んでいる。店は何処も開いていない。路地には壊れた車と地面を大きく引き裂く亀裂。黒猫が半分だけ闇に姿を隠して言う。「迷い込んでしまったのだね。辛かろう。不安だろう。でも強く心を持ちなさい。ここではそれしかできないのだから」気がつくともうそこに黒猫はいない。
 風がない。明かりがない。銀色の月は蔑んだ。声なく。異形の機械が手を差し伸べた。「力を貸しましょうかマスター」言ったそばから火を噴いて倒れる。獣の遠吠えがする。遠くで人形が歌っている。救いたまえ我らを。殺したまえ彼らを。ルララルララ。
 メリーゴーランドが回っている。くるくると。電飾が明滅する。誰も乗せずに馬たちは歌う。「嘆くことはない。ここには絶望だけが転がっている。だから嘆くことはない。嘆くことはない」カタンカタン。カタンカタン。
 歩く音さえ闇に消える。色とりどりの風船が空に弾ける。ピエロの投げるナイフは空中に重なる。ステージでは幽霊たちが舞っている。アンドゥトロア。アンドゥトロア。踊ろう夜が更けるまで。終わらない夜が更けるまで。さあご一緒に。
 電気はあとどれくらいもつかな。アイスクリームを売るバスは何処かへ行ってしまったよ。鏡は百枚も重なっているんだよ。観覧車に乗ったら二度と地上へは戻って来れない。リフトは丘の向こうに続いているんだ。怪物はそこにもいるよ。見えないだけで。
 大きな歯車が無数に回る。振り子時計が巨大な弧を描く。アルバイトはもっと働け。時を動かせ。時を止めるな。その命尽きるまで。その命尽きても。
 舞台裏では衣装係が針を動かしている。漆黒のドレスは闇と同じ素材でできている。ひらひらと溶け出す。地下には水脈が通り抜ける。透明な水を闇色に照らして。
 水の中にいる。鼻を突いて抜ける痛み。息苦しくはない。滲む視界の向こうから問いかける。「まとわりついて離れない。水のように」姿を見せずに何かが水に沈む音がする。ちろちろと水は流れる。ぷくぷくと空気が震えた。そろそろ呼吸を取り戻せ。
 駆け抜けろ。立ち止まる暇などない。駆け抜けろ。氷の世界へ戻るのだ。銀色の月は歓迎する。「ハローハロー。ようこそ狂気の世界へ」
 正解率コンマワン。答えは見つかっただろうか。彼方に。さあ対峙せよ。月の狂気を打ち破れ。何を見つけただろうか。彼方に。木々が見つめる。獣が鳴く。輝きが落ちる。さあ対峙せよ。月は笑う。「ハローハロー。ようこそ狂気の世界へ」

findesiecle at 08:51|Permalinkclip!44 クープランの墓