日本認知科学会なるものが東大で開かれました。
自分がやっている研究とは随分と分野が異なったのですが、個人的に面白かったのは大阪大学の平川秀幸先生(http://twitter.com/#!/hirakawah)の話でした。トランスサイエンスコミュニケーションについての考察です。
トランスサイエンスとは、聞きなれない言葉だと思いますが、これは「科学で扱うことはできるが、科学では答えを出せない問題」のことだそうです。(http://hideyukihirakawa.com/docs/cogscisympo-hirakawa.pdf#search='トランスサイエンスコミュニケーション'

福島第一原発事故以来、国民の多くの不満が湧きおこりました。「事故現場からどのくらい遠くへ離れなくてはならないか」、「何ミリシーベルトの放射線なら浴びても大丈夫なのか」、「数千年に一回といわれるような事故に対して、どの程度の対処を行うのか」…

こうして次々とわき起こる疑問に対して、政治家や科学者は「正しく恐れることが大切だ」、「国民の理解を得られなかったようだ」、「国民のリテラシーを向上させなくてはならない」、といった発言を繰り返してきました。
これらの言説はまるで、「正しい知識を手に入れれば、問題は解決する」と考えているかのようです。もしかしたら本当にそのように考えているのかもしれません。

しかし、これらはいくら知識を身につけても、答えを出すことができない問題です。

例えば、「何ミリシーベルトの放射線なら浴びても大丈夫なのか」という疑問に対して、科学は一定の見解を示すことができます。チェルノブイリ事故やスリーマイルの事件から得られた知識を応用し、「基準値100ミリシーベルト以下ならば、その地域のガンによる死亡率は0.8%です」、といった情報を知らせることはできます。しかしそこでその数値を、たった0.8%、とみるか、0.8%も、と見るかは、個人の判断に委ねられます。1000人の住民がいるうち、8人がガンで死ぬことは、多いでしょうか、少ないでしょうか?しかも、この基準値が放射線が原因のガンであるかについて、科学は答えを出せません。過去二つの原発事故だけでは、原因を放射線に特定するほどのサンプル数がないのです。この事実を知って、「放射線の影響がある」と判断するのか、「放射線の影響はない」と判断するのかも、また個人の価値判断にゆだねられます。

つまり、こうした疑問は、科学から一定の知識を得ることはできるが、まだ科学では解明されていない、または、決して科学で解明することのできないトランスサイエンスな問題なのです。

そうした問題を、あたかも答えがあるかのように、そして自分達は答えを知っているが、国民は知らないと決めつけているかのように、政治家や科学者が振舞ったことが、国民の不満をあおる根本的な原因だったのではないか。国民は、科学者も含めて、科学がどういった性質のものであるかを知るべきであり(それは昨日まであった定説が今日は覆るかもしれないようなものです)、科学者はもっと謙虚であるべきであり、政治家はそうした事実を国民に伝えるコミュニケーターとならなくてはならない、というお話でした。

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