脳内大冒険 ~強迫性障害による思考の大暴走~

強迫性障害体験から得られた、状態改善のためのソリューション、 及び、神経質性格を強味として活用するための道しるべ

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強迫が発症してから約4年。
症状はなくなることはないし、これからおそらく完全にゼロになることもないだろう。
強迫観念を発症した場合、完全にゼロにすることは難しく、
忘れる、というか、気にしているレベルを薄めていくことでしか対応することはできない。

だから、1つの解決策としては、強迫性障害のことなどどうでもいい。
治らなくてもいい、それがどうした、と開き直ることである。
しかしながら、これができない、開き直りきることができないからこそ治っていかない、ということもできる。

かつて、自暴自棄、というか、すべてのことがどうでもいい、と思っていた時期があった。
これは強迫観念が発生するずいぶん前のことであるが、
すべてのことがどうでもいい、と心から思っていたせいで、悩みゼロ、ストレス完全フリーの状態だった。
まあ、進路のことなどでどうしても越えられない壁があったりとか、
背を伸ばしたいのにもう伸ばせない、とか、まあ、そんなことが原因だった。

家族もいるし、仕事もしていかないといけないし、いろいろ責任というか、
かつてよりは、いろいろプレッシャーがかかる状況なので、かつてのようにはいかないが、
1つのヒントにはなると思っている。

つまり、何にも期待しない、うまくいかなくてもうそれでいい、という心境のときは、
すべての悩みというか、問題ごとがどうでもよくなるである。
開き治ることができれば、強迫性障害は改善される。
どのようにそういった状態を作りあげていくことができるのか。


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久しぶり、約半年ぶりの更新である。
状況はというと、まあ相変わらず自分の意識したことが気になっている状況は続いている。
私の場合は、自分が考えたこと、夢に見たこと、
主にこの2点について記憶があやふやになると思い出さないと気が済まないという状態になる。
 
使えるものであれば、なんでもやってみようということで
このような情報を使ったりもしてみた。
本格的にまだプログラムに取り組んだわけではないが、
まあ試してみようと思ったのだ。
効果については、またレポートをしてみようと思っているが、
けっこう症状は違えども、強迫性障害と戦っている人は多いのかもしれない。

仕事はなんとかこなしているものの、
以前と比較すると、作業効率というか、思考効率というか、
なんにでもひっかかってなかなか前に進まない。

だが、これまでこの強迫症状との付き合いが長くなってくると、
それなりに付き合い方というか、対処方法というか、が見えてきた気もする。
まあ、慣れたということなんだろう。

強迫行為を行わないことで、強迫観念が薄まる、というのは治療のセオリーなんだが、
私の場合、どうしても放置するということができなかった。
行くところまで考え抜いてそのうえで理屈で納得しないと、強迫行為が止まらないのだ。
自分の体験も踏まえて様々な対応方法があるのだと信じて、
その方法について次回以降、記録したいと思う。



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自分は鬱ではない、と思っている。
強迫性障害がきっかけとなり、うつを併発する事例がかなりあると聞いた。
実際のところ、鬱症状が出ているかどうかはなんともわからないのだが、
自分の中では自分は鬱といわれるとしっくりこない感覚を持っている。

なぜか。

鬱というと、何事もやる気が起きなくなり、動きたくけても動けなくなると聞く。
自分の場合は、そういうことではまったくないのだ。
やる気は寧ろ有り余るくらいなのであるが、そのエネルギーが純粋にそのやりたい対象に向かうのではなく、
無意識の奥底から沸き起こる不思議な作用によって、
どこか別の対象(今回の場合は強迫対象)に向かっているということなのである。
そういう実感を持っている。
なので、エネルギーそのものが枯渇している気がする鬱、というイメージとは重ならない部分がある。
いや、もしかすると、鬱症状がまさにこのような状態をいうのかもしれないからなんともいえないが。

毒蛇がまさに自分の毒で体を蝕まれるかのよう、
ヤマアラシが自らの鋭い針によって、自分を傷つけるかのごとく、そんな感じだ。
本来河豚は自分の毒で死なないように、自然に任せればうなくエネルギーが使われるのだろう。
特段、なにか苦労して身に着けることではないようだが、
思考の癖によって、何か自然ではない働きが起こるようになり、
人間本来の作用が妨げられている感じがする。
無意識の働きに委ねることができず、意識できること以外に対しての信頼が揺らいでいる。
このことに起因する状況なのであろう、となんとなくは想像ができている。

当然ながら無視息については意識によってコントロールすることはできない。
このコントロールすることが本来できないことに対して、支配しようとしている。
しかしながら、全幅の信頼をおいて、全てを任せることができないでいる。

どうしたものか。


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