本記事は、以前の記事で紹介した吉田孝氏の論文109頁などを参考としています。

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日本に蔓延しているいわゆる「固定ド」音名がイタリア音名だと、誤解している人が多いようです。

しかし、私が見たところ、「固定ド」音名法は明らかに音名と階名の混同をその最大の発生要因とする、日本独自の言葉使いであり、イタリア音名とはまったく別物です。


 そのことは、両者を以下のように比較すれば明らかです


幹音名

いわゆる「固定ド」音名法

イタリア音名


Do


Re


Mi

ファ

Fa


Sol


La


Si


系の派生音名

いわゆる「固定ド」用語法

イタリア音名

「ドのシャープ」?

Do diesis

「レのシャープ」?

Re diesis

「ミのシャープ」?

Mi diesis

「ファのシャープ」?

Fa diesis

「ソのシャープ」?

Sol diesis

「ラのシャープ」?

La diesis

「シのシャープ」?

Si diesis


♭系の派生音名

いわゆる「固定ド」用語法

イタリア音名

「ドのフラット」?

Do bemolle

「レのフラット」?

Re bemolle

「ミのフラット」?

Mi bemolle

「ファのフラット」?

Fa bemolle

「ソのフラット」?

Sol bemolle

「ラのフラット」?

La bemolle

「シのフラット」?

Si bemolle



特に強調したい箇所はアンダーラインで示しています。

まず、「Sol」シラブルの語尾の「l」を省略して「ソ」と発音するのは、明らかに、19世紀以降英語圏を中心に普及しているトニック・ソルファ法などの「移動ド」階名法に由来する言い方です(サウンド・オブ・ミュージックの〈ドレミの歌〉でも「ソル」ではなく「ソー」と発音しています)

 この「ソ」発音はおそらく、明治時代以降に主にアメリカ経由で日本にもたらされたのではないかと思われます。


また、派生音を示す際に付けられる「シャープ」「フラット」という言い回しについても、この部分だけが英語になっています。

これらを見てもわかるように、「固定ド」音名法は、「ドレミ」系のシラブルを音名として用いているという点ではイタリア式であり、派生音の言い方を含めた個々のシラブルの発音の点では英・米式であるという、国籍不明な奇妙なものになっています。



以上のことから、日本の「固定ド」音名法の発生・流布の経緯については、次のような構図が浮き上がってきます。

 日本は明治時代以来、英・米(および独)式の「音名はCDE(国字化してハニホ)/階名はドレミ」と区別する用語法を公式体系としてきた。
 しかし、主に初等教育でハ長調ばかり偏重していた結果として、音名と階名を混同する人が増えた。

 そのために、公式用語体系に矛盾する形で「固定ド」音名法が発生・流布した。

 イタリアではすでに「ドレミ」系のシラブルが音名に転じていて、これらが音名として用いられていることから、専門家の中にも「固定ド」音名法がイタリア音名法だと誤解している人(あるいは、それらを誤って同一視している人)が多かった。そのために「固定ド」用語法が正当化され、それが大きな原因となって、固定ド用語法引き起こす問題の発見・認識が遅れた。

 そのために、現在にいたるまで、「ドレミ」が音名にも階名にも使われる事態が放置されることとなった。

もっとも、以上は現段階では私の仮説であるため(多分にその通りだと思うが)、厳密な研究は今後の課題にしたいと思います。


ただ、私も普段は西洋音楽理論を主に研究しているため、なかなか日本のことにまで手が回りません。


読者の中でもどなたか、私よりも先に学術研究をやってみませんか?

「日本における『固定ド』音名法とイタリア音名の関係について」という題目で。

 きっと社会的に有意義な、良い論文が書けると思います。

そのような用語史にかかわる研究をする際に役に立つと思われる、古田庄平氏の論文はこちらの記事経由で閲覧できます。



※主要参考資料: 以下文献の49頁。