本ブログでもたびたび紹介してきたように、私は本講座では、ボチェディ階名(以下)を用いるボチェディ階名唱も導入しています。


ボチェディ階名(変ホ長調)


そして、ボチェディ階名唱は基本的に、すでにドレミで絶対音感が付いていてドレミを階名として使うことがどうしても困難な生徒を対象としています。

 しかし、実はボチェディ階名唱は、すでにドレミ階名唱に慣れている人にとっても大変有意義なものです。本記事ではこのことについて説明します。

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 東川清一氏の『移動ドのすすめ』には以下のような一節があります。

 

トニック・ソルファ法では、生徒にいつも階名つきで歌わせてはいけないとされています。さもないと生徒は、階名を発音することなしには音が取れないという、いわゆる「階名の奴隷」になってしまうからである、……。ジョン・カーウェン[1]は、生徒が階名唱によって音が取れるようになったら、すぐにすべての音をラーで歌うラー唱(Laa-ing)に移るべきであるといいます。(強調は原著)[2]

 

そして、この引用部分の直後に東川氏は、ラー唱というのが「階名は頭の中に留めるだけにしておき、口ではラーを発音する歌い方」であり、階名唱と歌詞唱の中間段階に位置付けられるものであることを指摘しています。

 

 確かに、階名唱は音楽の基礎訓練手段として重要であり、音楽学習者の誰もが通過すべきものです。しかし上記引用のように、階名唱自体が目的化し、階名を言わなければ音が取れなくなってしまうのは本末転倒です。

 実際、私も今までに、合唱の指導で私が「音は取れてきたからそろそろ歌詞に切り替えて」と指示してもなかなか階名唱をやめられない生徒や、視唱の試験の際に私が「無歌詞で歌ってください」と指示してもドレミで歌い始める生徒に会ったことがあります[3]。もっとも、後者の生徒については、私の指示の意味を理解していなかった可能性と、意味を理解していてもドレミで歌うことがすでに癖になっていて「体がついていかなかった」可能性があります。しかしいずれせよ、これらはいずれも「ドレミ過剰依存」あるいは「階名過剰依存」と呼びうる状態の例であり、望ましくはありません。
 階名を言うこと自体が目的化してしまうという倒錯[4]を避けるためには、やはり、階名で音が取れるようになったらなるべく早めにラララ[5]や歌詞に切り替えるべきでしょう。

 

 しかし、ドレミ階名唱から急にラララや歌詞に切り替えるのが難しいという人も中にはいるかもしれません。そのような人には良い方法があります。それがボチェディ階名唱の導入です。つまり、ドレミ階名唱とラララ唱の間に、さらにもう一つ中間段階としてボチェディ階名唱法を挿入するというやり方です。以下のように。

 

ドレミ階名唱 →ボチェディ階名唱 →ラララ唱 (→歌詞唱など)[6]

 

そうすれば、ドレミから急にラララに移行する場合よりも、より無理なくラララ唱(さらには歌詞唱)に移行できるようになります。少なくとも私の場合はそうであり、特に歌詞付きの曲の場合には、

 

ドレミ階名唱 →ボチェディ階名唱 →歌詞唱

 

というように、ラララ唱を通過しなくても直ちに歌詞唱で歌えるようになります。この移行のスムーズさは、同じ3段階からなるやり方であっても、 


ドレミ階名唱 →ラララ階名唱 →歌詞唱

 

のようにボチェディ階名唱を通過しない場合を上回るように感じます。

 

 そして、この中間段階としてのボチェディ階名唱を行う際には、(上記の言葉を使えば)「ドレミ階名は頭の中にとどめるだけにしておき」、口ではボチェディ階名を言うことになります。これは一見難しそうですが、実はまったく難しくありません。というのも、こちらの記事でも説明したように、ドレミ階名とボチェディ階名では母音がまったく同じなので、言い替えはまったくスムーズにできるためです。

 もちろん、このような中間段階のボチェディ階名唱の代わりに、ドレミ階名の母音だけを取り出して歌う、いわば「階名中の母音」唱法を用いることもできるかもしれません。以下のように。


*「階名中の母音」唱法

ド → o

レ → e

ミ → i

ファ → a

ソ → o

ラ → a

ティ → i


この場合も、頭の中ではドレミ階名を想像しつつ口ではそれらの母音のみを歌います。しかし、やはり子音がついていた方が歌いやすいという人には、ボチェディ階名唱の方が使いやすいでしょう。

 もちろん、ボチェディ階名で視唱する場合は、事前に既知の曲をこの階名で歌い慣れることなどによりボチェディ階名自体に馴染んでいることが必要になるので、その準備だけ整えておいてください。[7]


 ドレミ階名への「過剰依存」やドレミ階名唱の不適切な「目的化」を避けるために、また、音取りにおけるドレミ階名唱からラララ唱や歌詞唱への移行をより滑らかにするために、ボチェディ階名唱の併用をぜひお試しください。


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注)
[1] John Curwen(1816~1880)。トニック・ソルファ法の完成者として知られるイングランドの音楽教育家。

[2] 東川清一『移動ドのすすめ ― 正しい読譜法と視唱指導』(東京:音楽之友社、1985年)、63ページ。

[3] このことについてはこちらの記事もご参照ください。なお、ここではドレミが階名(いわゆる「移動ド」)であるのか、それともハ長調読み(いわゆる「固定ド」)であるのかは問いません。

[4] この「ドレミを言うこと自体の目的化」が日本における「固定ド」蔓延の大きな原因であることについては、こちらの記事などで指摘した通りです。

[5] 私は個人的には「ラララ lalala」よりも「ナナナ nanana」の方が歌いやすいと感じています。

[6] 東川氏の上掲書ではラララ唱と歌詞唱が一括りにされています。しかし、そもそも歌詞付きの曲とそうでない曲がある点、また、歌詞付きの曲の場合にはラララ唱と歌詞唱の段階を分けた上でラララ唱、歌詞唱の順に訓練するのが合理的であると考えたため、このようにまとめ直しました。