こちらの記事で私は、視唱の試験の際に大事な音とそうでない音を区別して臨むことの重要性について書きました。
外さないで音を取ろうするという点での、大事な音とそうでない音の区別です。

実はこの区別は、単に「試験を乗り切る」という実用的・戦略的な目的のためだけでなく、音楽的にも大変意味のあるものです。
また、実際に音楽的な演奏にもつながります
具体的には、調性音楽の本質である「緊張音」と「弛緩音」(詳細以下)の区別の実現につながるということです。
当記事では、そのことについて述べます。*

なお、こちらの記事に挙げた(なるべく外さない方が良い音を取捨選択するための)諸基準のうち、例えば以下が当記事に関わってきます。

◆ 長調ならばド、短調ならばラだけは外さないようにしよう!
◆ 主三和音の構成音(長調ではドミソ、短調ではラドミ)だけは外さないようにしよう!
◆ 終止(半終止、全終止など)の音だけは外さないようにしよう!
◆ 途中はどうでもよいから、最後の音だけはしっかり戻って来られるようにしよう!

また、以下の話は特に視唱の試験での歌唱に関するものですが、もちろん、その他の場での演奏にも応用できます。

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こちらの記事でも述べたように、調性音楽では通常、音楽中においてその都度その都度、性格の点でより安定した「弛緩性の強い音」(以下弛緩音)とより不安定な「緊張性の強い音」(以下緊張音)があります**
そして、緊張音は弛緩音に進みたがる傾向があります。

実際、常に弛緩音と緊張音の間でのエネルギーの増減や、それに伴う音の進行性があるということは、調性音楽の本質とも言えます。

これらの弛緩音と緊張音については、イントネーション(音楽の脈絡中での適切な音高)の正確さに対する要求度の点から言えば、以下のように区別できます。

まず、弛緩音は基本的に、イントネーションがきわめて正確であることが要求されます
これにあたる音は、例えば長旋法的な脈絡ではド、ソなどです。***

これらの音は基本的に、例えば旋法の主音などの主要音の音高が決まったら、主要音に対し周波数比で言う2:3や1:2などの音程が厳密に要求されます。

実際、弛緩音の弛緩音としての性格は(したがって弛緩音が弛緩音たるゆえんは)、主要音に対するイントネーションが正確であることによりもたらされます。
他方で、少しでもイントネーションが不正確になれば一気に弛緩音的な性格がなくなり、緊張音的な性格に向かってしまいます。

その意味では、弛緩音とはイントネーションの不正確さに対する許容範囲がきわめて狭い音であるとも言えます。

このことは例えば、完全5度などの(旋律的にも和声的にも)協和度の高い音程が少しでも増減すれば「増5度」や「減5度」などの不協和音程に変わってしまうことに例えられるかもしれません。

他方で緊張音は、これももちろんイントネーションが正確であるに越したことはありませんが、そもそもが不安的な音であるため、基本的には弛緩音の場合ほど正確なイントネーションは要求されません
これに当たる音は、例えば長旋法的な脈絡ではレ、ラ、ティなどです。****

実際、これらの緊張音は、主要音(例えば旋法中のの主音)に対しより協和度の少ない音程(2度、6度、7度など)を形成していることが多いです。

したがって、イントネーションが主要音に対し多少不正確になったとしても、相変わらず緊張音であることは変わりません。

その意味では、緊張音とはイントネーションの不正確さに対する許容範囲が比較的広い音であると言うこともできます。

このことは例えば、2度や6度などのいわゆる長・短系の音程には、完全音程のように「この音程幅(具体的には完全~度となる音程幅)だけが正解」というような一点性はなく、正しいとされる音程幅が長・短音程の間で浮動的であることに例えられるかもしれません。

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以上のことからも、イントネーションの正確さに関して、もし曲中のどこか特定部分に注意の対象をしぼるならば、少しくらい不正確になったところで相変わらず緊張音のままである緊張音よりも、少しでも不正確になると損傷につながる弛緩音に向ける方が合理的であることが分かります。

実際、弛緩音のイントネーションさえ正しければ、たとえ緊張音のイントネーションが不安定であったとしても相変わらず弛緩・緊張の対比は存在し、調性音楽の本質は実現できることとなります。

もちろん、弛緩音・緊張音に関わらずすべての音のイントネーションが正しい演奏というのが完璧であり、理想的でしょう。

しかし、そのような完璧な演奏というのは実際にはなかなか難しいので、それならば最初から弛緩音だけに注意を向ける方が現実的だと言えます。

いや、見方によってはむしろ、弛緩音だけに注意を向ける「方が」良いということもあるかもしれません

というのも、すべての音のイントネーションに注意を向けると、結果として音楽を構成する諸要素のうちイントネーションばかりを気にしすぎてしまい、リズムなどの他の大事な要素に注意が向かわなくなってしまう危険性もあるからです。

そうなれば、たとえイントネーションは正確であったとしても、全体として非音楽的な演奏になってしまう恐れもあります。

これらの点からも、イントネーションに関して注意を向ける部分は弛緩音の範囲くらいに留めておき、残りの注意は音楽の他の要素に向ける方が、完璧ではないにしても全体として最善な演奏を実現できる可能性があります。

あるいは、イントネーションに関してのみ言っても、すべての音が正確であるよりも、正確なのは弛緩音だけで緊張音については多少不安定さ(あるいは浮動性)がある方が「自然で人間的」のようにプラスに感じる人もいるかもしれません。

あるいは、その不安定さ(あるいは浮動性)のあり方次第ではむしろ緊張度が高まり、より音楽的に聞こえる人もいるかもしれません。*****

他方で、もし以上とは逆に弛緩音が不正確で緊張音が正確になるならば、(例え後者が正確であるにしても)曲全体が緊張した表情だけで進むことには変わらなくなってしまい、音楽的には聞こえにくいでしょう。

もちろん、弛緩音も緊張音も不正確ならば単なる「カオス」になるでしょう。


イントネーションの正確さに関してより注意を向けるべき弛緩音を見極めるためにも、あるいは、誤って緊張音により注意を向けないためにも、あるいは、そもそも弛緩音と緊張音の区別に無頓着にならないためにも、日頃より階名唱(いわゆる「移動ド」唱)を行う習慣が有効です

また、実際に試験でも階名唱を活用することが有効です。

このことは強調しすぎることありません。


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注)
* 以下の文はやや抽象的な書き方をしています。というのは、読者の中には抽象的に書かれている方が自分の体験と自由に結びつけやすく、かえって分かりやすいという人もいるかもしれないためです。また、詳しくは次注にある二つの教本を読んでほしいから、というのもあります。
** その一例についてはこちらの記事、『階名唱(いわゆる「移動ド」唱)77のウォームアップ集』5~10頁、『正しいドレミの歌い方』39~45頁をご参照ください。
*** 前注に同じ。
**** 前注に同じ。
***** 実際、例えばヴァイオリン演奏などで短2度上行性の導音(長旋法のティや短旋法のスィ=ソ♯など)を高めに取ることにより緊張度が高まり、音楽的に聞こえることがあります。