仏さまの光が届くとき

ナンマンダブツってどういう意味でしょう?
普段なにげなくお称えしているお念仏ですが
いろいろな意味を含んでいます。

一つには「仏さまにすべておまかせします」という意味です。
もう一つは「我が名を呼べよ」という阿弥陀様のご命令であります。
どのようなことがあろうとも命終わるときに
我が国に必ずすくい取るぞと
命の還る国からとどくことばがお念仏です。
それはまた
私自身では決して助からないことを
仏さまはお見通しだということでもあります。

悩んでいる人に
「悩まなくても大丈夫」といっても悩みは消えません。
苦しみの中にあるときには
苦しみは頭の中をぐるぐる回ります。
苦しみの中にある人間は
そこから自分の力で逃れることは難しく、ぐるぐる回る。
これを迷いといいます。

自分自身が否定されたりすると
許せなくて相手を責めることはありませんか。
しかしハッと気付くことがあります。
相手の是非はともかく
自分が正しいという思いに執着していたと。
自分には間違いがなく
「正しいという思い」に
執着しているのです。

この、自分を否定されると許せない私である。
そこにハッと気付けたとき
ぐるぐる回る思いが破れて、新しい世界が開けます。
ナンマンダブツが
仏さまの光となって届くとき
頑張る自我が破れ、救われるのです。

阿弥陀様は光となり
ナンマンダブツとなってあらわれてくださり
苦悩に執着する私の闇を
示してくださるのです。
「そのまま、ありのままで必ず救う。
気張る必要なんか何もない。
のびのびとありのままに、命の限り生きよ」と
阿弥陀様はお念仏となって
いつでもどこでもあらわれてくださるのです。

(寺報 平成30年5月号より一部編集)
 

老少不定のさかひなれば

先日、京都の知り合いが
お寺にお越しになりました。
しかも四世代いっしょにです。
おばあさんを最年長に娘さん夫婦
そしてお孫さんと1歳のひ孫さん。
年齢にすると85年ほどの開きがあります。
このお子さんがとっても元気で
さっそく仲よくなりました。
子ども大好きです。
小さいお子さんがおられると場が和みますね。

ところで
「老少不定(ろうしょうふじょう)」と言う言葉があります。
老人が先に死んで、若者が後に死ぬとは限らない
いのちのはかなさをあらわす言葉です。
しかし、頭ではわかっても
なかなか自分のこととして実感することは
難しいのではないでしょうか。
ですが
自分のこととして老少不定が現実となったら
誰しもきっと、慌てふためき
嘆き悲しみ、藁をもつかむ思いで
苦悩の海に放り出されるのではないでしょうか。

蓮如上人の有名な「白骨の御文章」の中に
「人間のはかなきことは老少不定のさかひなれば、
 たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて、
 阿弥陀仏をふかくたのみまゐらせて、
 念仏申すべきものなり」
とあります。

念仏申す衆生である真宗門徒は
かならず阿弥陀仏の本願力によって
お浄土に生まれ仏とならせていただきます。
命のご縁が尽き
いつ何時、今生の別れが来ようとも
念仏申すことにより
すべての命はお浄土でつながるのです。
また現世に残る私たちを救うため
遊ぶがごとく戻ってこられ、決して別れることはないのです。

蓮如上人がおっしゃる
「はやく後生の一大事をこころにかけて」とは
人間の命のはかなさの前には、時間の猶予は一刻もないので
「何をおいてもただちに、お念仏申す身にさせていただきなさいよ」
というお示しでありました。

皆様でご本尊にお参りのときに
このようなお話しをさせていただきました。

南無阿弥陀仏







 

三塗の黒闇ひらくなり

寒い毎日が続いています。
子どもは風の子と言いながら
なかなか外に出る機会が少ないですね。

しかし暑い季節には
子どもたちを森のキャンプに連れて行くことも
あるのではないでしょうか。
私も経験があるのですが
テントを張って夜になると、子どもたちはみんな
使ったことのない懐中電灯がうれしくて
どこでもつけたくなります。

夜の森で懐中電灯をつけると、照らしているところだけが明るくなります。
確かに明るくはなりますが、照らしていないところは暗くて見えません。
もっと大きな照明で照らすと、もっと明るくはなりますが
かえって暗いところの闇はさらに深まります。
そんなとき子どもたちに
「懐中電灯を消してみて」といって消してみると
やわらかな月の光がサッとあたり一面に広がり
びっくりします。
それまでわからなかった本物の明るさが、消すことでわかったのでした。
今は普段の生活で、月明かりのありがたさを知る機会はまずありません。
限界のある人工の明るさに頼ることをやめてみることで
自然の大きな明るさの中にいることを実感することができました。


仏光照曜最第一 光炎王仏となづけたり
三塗の黒闇ひらくなり 大応供を帰命せよ 『浄土和讃』親鸞聖人作

このご和讃は、毎日のおつとめ「正信偈」に続き読まれる六首の和讃の一つですので
聞き覚えのある方も多いのではないでしょうか。


「三塗」とは、地獄・餓鬼・畜生の三悪道のことで
猛火に焼かれ、争い、食い合う苦しみの世界です。
この三悪道には、諸仏の救いの光がとどかないので
「黒闇」と言われます。

親鸞聖人はこの三塗を、どこか違う誰かの世界としてではなく
この私が住み、逃れることのできない世界として
厳しく自覚されていました。

私たちの人生も、なんとか明るくしようと努力して
より良いことを求めて懸命にがんばっていますが
明るくしようとすればするほど、皮肉にも闇は深まります。
どれほどもがいても、三塗の黒闇からは
自力で逃れることはできないのです。

阿弥陀さまは、黒闇に沈むこの私を
必ず救うという誓いをたてられました。
そしてこの大慈大悲のはたらきを届けるために
他の諸仏方が届けることのできない救いの光で、黒闇をひらかれるのです。
おまえこそ目当てであるぞと、叫び続けておられるのです。

他の誰でもない私こそが
三塗の黒暗に沈むものであると気付かせていただき
阿弥陀さまの喚び声におまかせするとき
そのはたらきが六字のお名号となりお念仏
つまり「南無阿弥陀仏」となって
私に至りとどき
三塗の黒闇がひらかれるのです。


お知らせです
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能登川、林町の長泉寺では
12月31日の夜10時半頃より12時すぎまで
除夜の鐘つきをおこないます。
どなたでもついていただけます。ご自由にお越しください。
遅くとも12時半では終了します。

また1月1日午前11時より
子どもを対象としたキッズサンガの初参りを催します。
お楽しみ会として、牛乳パックでのはねつき工作をします。
どなたでもお越しください。
開いてない牛乳パックを一人に一つ持ってきてください。

プロフィール

ちゃーりー


青少年野外活動センター友愛の丘所長もさせていただいております

こちらへもぜひおいでください


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