2009年06月22日

久しぶりアジング

 久しぶりの釣りである。土曜日の夕方T氏と出発。今回は、周防大島へアジとキスを狙いにいく。大島到着後釣具屋2店でアジポイントを聞くと、どちらからも安下庄から島の南側を勧められた。ただし、あまり大きくはないとのことであったが、素直に安下庄に向った。
 
 夜釣りに良い季節である。安下庄では、グループやカップルが楽しそうに釣りを楽しんでいた。潮も動かず止まったような海面を20兌紊離▲犬スクーリングしている。ぼちぼち餌釣りにはアジがかかって、「私がごはん食べてる間に逆転しそう」などと恋人達は楽しそうに初夏の夜を楽しんでいる。
 周囲は釣れても釣れなくても人生を楽しんでいるような状況であったが、我々は表層のアジからは相手にしてもらえず、フォーリング中に仄かにあたりを感じる時もある程度である。もちろんこのあたりは捕ることができない。
 
 しかたがないので、病院の近くの波止に移動する。ここにも仲のよさそうなカップルがデートを楽しんでいる。潮は殆ど動いていない。ボトムで、25cm弱の良型がヒットした。しばらく底で放って置いた成果であるが、これも続かず再び沖家室方面へ移動することとする。
 船越では藻を避けて上層をリトリーブしていると、15cm弱のアジがヒットしてくる。南蛮漬にちょうどよいサイズである。ここでは20僂鯆兇┐訛腓なスクールが表層を回遊していたが、やはりこのスクールには相手にされず、岸近くの小型が反応してくる。釣れるのであるが、小さい。
 
 こうなったら沖家室まで行こうかということで、沖家室の対岸の佐連でロッドを出してみる。ここでも藻を避けて表層をリーリングするが、船越より一回り大きなアジが、干潮の潮止まりまで調子よくヒットする。痛めた左足首も本調子ではなく、潮止まりであたりも一段落したところで、仮眠をとる。T氏は夜明けまでがんばり、ポツポツと釣ったようだ。アジ釣りの肝はレンジとラインだそうだが、レンジのことは少しは感じるものの、ラインはさっぱりわからない。まだまだである。
 
 翌朝は沖家室へ移動し、本浦港の手前で、ブルーバックのボイルと遭遇した。久しぶりに表層でのメバル釣りを楽しむことができた。



fkeisuke5682 at 17:35コメント(0)トラックバック(0)アジング 

2009年06月16日

復活

 相当長い期間更新できなかった。PCが壊れてサイト接続ができなくなったのが大きな原因であるが,それに比例して書き込みをしようという意欲が無くなったのも同じくらい大きな要素である。書き込みができないというのは実に爽やかである。実際にはほとんど読まれる事がないにしろ、書き込むことは読まれることを前提にしているし、自身で心理的なプレッシャーをかけ続けているので、物理的にアクセスできないとなると、心は解放されるのである。どうにも不便な生き物である。
 
 それはそれとして、この間、私の周りにもそれなりの出来事が起っていた。まずは自転車。春先から意欲的に自転車に乗り続けた。5月にあった石見グランフォンド。最低でも140キロ。密かに200キロ走りきるくらい鍛えておこうと考えていた。大会の前日、浜田から大田への65キロの移動。後半は自分なりにガンバッタ。当日、三瓶への登坂は、相当ガンバッタのである。前方で出発して三瓶には中位で到着という驚異的ながんばりであった。ところが、大和の少し先までいってリタイアしてしまった。いま考えるとなぜあんなところで止めたのだろうと不思議な思いもするが。しかも帰ってから左足首の腱鞘炎さえ起こしてしまい、いまに至るまで完治していない状態である。このままでは夏のツーリングさえできないという大ピンチである。
 釣りは、春以降自転車モードに入っていたことと、足首の故障で、まったく行っていない。
 農業は、自転車モードに入りながらも計画的に準備をしていたのであるが、田植えは痛みを堪えてやったものの、その後庭や畦の草は伸び放題である。
 1ヶ月にわたって、土日は自宅で静かにしているしかなかった。
 
 このところやっと普通に歩くことができるようになったので、こないだの日曜日には草刈もした。今日は久しぶりに自転車で通勤した。今度の土日に釣りに行く約束をした。調子がよくなったとたんに遊ぶことばかり考えているようで、お気楽な感じもするが、気持ち的にもそれなりに前向きになってきたということだと思っている。


fkeisuke5682 at 18:24コメント(0) 

2009年02月02日

空港まで

1月31日土曜日、4人で広島空港まで走った。みわ375に10時集合であったが、なんやかんやで出発は10時30分を過ぎてしまった。しかも北に偏っているとはいえ、日本東部では低気圧が発達し北風が強く吹く予報である。今回はワリちゃんが初参加である。
天候やらコースやら自転車やらの要因が重なり、ワリちゃんには楽しくないサイクリングとなってしまった。まず彼の持ってきた自転車が、ブロックパターンのコテコテのMTBではないものの、クロスバイクよりはMTBよりの車体であったこと。さらにBB周り及びサドルの取り付け部にはガタがきていたこと。そしてFDが時々しかいうことをきいてくれない状態であったこと。まずはこの時点で他の3人より1.5倍は体力的にも精神的にも余分や労力が必要であった。
それに加えて行きは順風、帰りはもろに逆風であったこと。さらに悪いことに、帰りのコースを間違えて行きよりも山坂の多いコースとなったこと。結果、豊栄から三和までの帰り道は、日も暮れた中を風に冷たい雨まで降り出すという悪条件の中を走らなければならなかった。
やっとの思いで辿り着いて、「ボクは、しばらく自転車はいいですわ。絶対にみんなとは走りません。」との発言は深く他の3人に反省を迫るものであった。であるが、考えてみれば人生初の長距離サイクリングで、とにもかくにもあの状況の中最後まで走り抜いたというのは見上げたものである。若いということももちろんであるが、根性があるのである。
ワリちゃん(2009.1.31)



















根性で疾走するワリちゃん


 しかし、根性があっても、自転車に乗るのは苦痛以外の何者でもないという思いのまま人生を過ごしてもらうのは、いかにも申し訳ない。なので、深く反省した上で、次はこんなに楽しいものなのか。こんなに気持ちいいものなのかと体中で感じてもらえるよう細心の注意を払って企画立案するので、これにこりず付き合っていただきたいものである。(まずは自転車をどうにかしないと。)

河内町宇山(2009.1.31)



















選択ミスだった山岳コース(西日に照らされて景色はキレイではあった)
本日の走行距離 109.14
1月の走行距離 254.26


fkeisuke5682 at 22:11コメント(1)トラックバック(0)自転車 

2009年02月01日

ホゲ釣師

 先週の爆釣がフロックでないことが、28日の釣行で証明されるはずだった。今回は、県内の主な釣具店やら新聞やらの主要な釣情報が、こぞって尺アジの釣果を出していた蒲刈M港に向かった。メンバーは先週と同じ爆釣釣師の3人である。道中、ポイントに入れない場合のエスケープ候補まで心配しながらM港に到着した。ところが、M港桟橋周りは、オレンジ色の外灯の光が無人の港を照らし出しているだけである。人気というものがない。よく見ると駐車場北側の護岸に2人の釣師がいた。悪い予感がする。「誰も釣れとらん。2週間前はどこでも釣れたんじゃがのう。まあやってみんさい」コーショー氏が声をかけた釣師のお答えは予感どおりであった。それにしても2週間前というのはひどいのでないだろうか。早々と尺アジをあきらめ、メバル狙いでラン&ガンする。ところが、メバルも厳しく、やっと小メバルを2尾ヒットさせたのみ。夜中満潮潮どまりに期待をかけてM港にもどってみるが、反応はサッパリ。下げに入って地元らしい3人が釣竿を手に港にやってきた。ひょっとして下げか?と思うも、朝からは仕事をしなければならない。タイムリミットとなった。
 翌日の情報を見てみると、アジは豊島で夕まずめに上がっているようであり、メバルもそこそこの釣果が出ているようである。どうも、やはりホゲ釣師はホゲ釣師なのである。
 素人なりに、ホゲの原因を考察すると、まずアジがそもそもあるいはその時には回遊していなかったということが考えられる。地元釣師のおっちゃんの発言からはその可能性が高い。次にアジのいるレンジに届いていないということ。底に大アジがいたとしたら、あの激流に0.5号ピノキャロでは、少々流したところで底には到達しない。情報収集能力の無さ、ポイント読み、状況に応じたリグセット能力の無さ、そのくせ、すぐに図にのって欲深く、より大きな獲物を求める正確を考慮すると、結論としては、アジの場合は可能性の高い上関に行くということ。メバルの場合は・・・。ウーム こまめに小場所を歩きながら、生態の研究をするごとく記録を残して、ポイントを開拓するしかないのであるが、それができないので、今のままということにならざるを得ないのである。

大崎下島2



















波静かな大長の港


大崎下島1



















大長の波止(藻際で小メバが遊んでくれたのみ)




fkeisuke5682 at 11:05コメント(0)トラックバック(0)釣り 

2009年01月25日

記憶に残る釣行

 どうも記憶に残る釣行は、釣り以外の要素が大部分を占めるようである。私の記憶に残る釣行の一つは、数年前の5月連休2泊3日で浜田から長門までアオリイカを狙って、コーショー氏と息子2号との3人で釣り歩いたものだ。釣果はまったく振るわなかった。記憶に残っているのは、西長門の薄いブルーの海や海岸の丘陵に立つ風力発電機は別にして、夜にガソリンを入れに立ち寄った萩のセルフスタンドや2日目の朝食を食べたファミレスなどというなにげないものばかりである。
 その3日間は、当時の私にとってはとても愛おしい時間であった。その3日間が過ぎると仕事に戻らなければならない。仕事に戻るのが苦痛だったのである。当時の仕事は、問題が発生していて、コントロールができず、なかなか見通しが立たない状況であった。そういう日常の中、釣りに行って楽しむという気持ちにもなれなかったのである。そんな中での釣行は、誰に気を使うことも無いのんびりとした日々から、あてのない仕事に戻らなければならない時がどんどん迫ってくるのに比例して、暗澹たる気持ちになった。そんな事であの釣行は、当時の心象を象徴するものとして、記憶に残っているのである。多分それが釣りではなくて、他のことであろうが同じなのだと思う。そうなると、楽しみというものは、多少心にくったくのある方が、場合によってはより味わい深いものとして記憶されるということである。
 それそのものが楽しく味わえないというのは悲しいことであるが、年齢を重ねるということはそういうことでもあるのだろう。


fkeisuke5682 at 22:42コメント(0)トラックバック(0)釣り 

アジングの聖地上関海峡初体験

 昨年暮から蒲刈、能美、江田島あたりをうろついて、何とか煮付けになるメバルを捕獲しようと努力しているが、如何ともし難いのである。はずしてしまうのは、今シーズンに限ったことではないので、そろそろ明鏡止水の境地に達してもいいはずである。しかしそうはいかないところも、如何ともし難い。
 という訳で、先日の江田島(今シーズン2度目の釣行)ホゲトリオは、アジングの聖地上関に1月22日木曜日夕方から向かった。情報収集段階では、上層から下層まで満遍なくアジがいるということなのである。これで釣れなければ、釣りという物に対する考え方を根本から考え直さざるをえない程限りなく釣れなければならない状況である。

沖美H漁港1



















沖美H漁港


沖美H漁港2



















瀬戸内の夕暮(沖美H漁港)


 午後6時職場の職員駐車場を出発8時には現地に到着した。が、すぐに我々の情報収集に致命的な問題があることが明らかとなった。相手は自然の中で生きている。潮は刻々と変化し、それに応じてポイントも変化するというのは釣りをする者にとってイロハのイでならなければならない。その肝心な情報を収集することなく釣れ盛っているということだけをインプットして初めての場所に勇んで来てしまったのである。当日の雨模様の天候のように我々の前途に暗い影が覆ってきた。
 結局ポイント選びは釣っている人を見つけてその側に入らせてもろうという他人任せの基準となった。ところが、2m間隔で釣師が並んでいるのではないかという予想に反して、室津側の外灯の下に一人、上関商工会の前の波止に一人しか釣師はいない。選択の余地もなく、車が停めやすい上関側の波止に入ることにする。「どんな具合ですか」と声をかけると「ボチボチ」とのお答えである。この釣師のレベルが我々程度だと殆ど釣れていないということになるし、ベテラン釣師であればそこそこは釣れているということである。
 とりあえずその釣師の左5mのところに入らせてもらう。潮は右へ流れているように見えるが、風も吹いていたのでよくはわからない。0.8号中通しオモリに4号噛み潰しオモリをセットしたジグヘッドのピノキャロにアジリンガーオキアミをさして投げてみる。手前はかなり早く右へ流れているが、沖側はそれほどでもないようで感じが掴みにくい。底をゆっくり引いてくると、コツコツというあたりがあり、合わせてみるがフッキングしない。このようにして1投目は何事も無く回収された。2投目はさらにゆっくり引いてくる。ところどころ巻くのを止めて様子を伺う。微妙に抵抗が増していることを感じてゆっくりと合わせを入れると魚の重みが伝わってくる。このようして暫くはワンキャストワンヒット状態となる。どうも入らせて貰った釣師の側にある外灯から右手のヨレが生じている部分との境あたりに群れているらしい。
 こうして夜中の潮どまりまで、基本的に間断無く連れ続けたのである。我々にとっては奇跡に近い釣りを展開することとなった。ところが普段釣れもしないのに欲深い我々は、形に不満が生じてくるのである。豊島で釣った尺アジの強烈な引き込みが懐かしいなどと罰当たりな発言を当然のようにしてしまう。確かにこの日は最大で22冂度、殆どが20兌紊任△辰燭、足るを知るということにはならず、欲望はさらなる欲望を生み、たまたま釣れたくらいで横道になり、ぞんざいな扱いをしはじめ、集中力を欠いてくる。結果、仕掛けを海底や電線にかけては失い、ついには魚まで失うこととなる。こうして我々のアジングの聖地での最初の釣りは終了したのであるが、このような典型的な凡人達にまで上関は微笑んでくれたのである。上関はとんでもないキャパを持っている場所なのである。

上関アジ



















この日の釣果は、20兌紊離▲鍵貎唯横亜腺械鞍

fkeisuke5682 at 00:03コメント(0)トラックバック(0)釣り 

2009年01月11日

静謐な孤独

年明け以降、あまり良い天気ではないものの、暖かい日が続いている。1月15日小正月に行われる「とんど」(左義長)の頃が一番冷え込む時期なのだが、この分では雪の代わりに雨が降りそうな雰囲気だ。今週から自転車通勤を再開しているけれども、今時分だと足先などは切れるほどの寒さであるが、今年はそれほどの感じはない。帰りなどちょっと遠回りして帰ろうかなというくらい寒くないのである。
 
とんど



















今年は雪の中でのとんどだった


息子達が学校へ帰っていって、妻と母との3人の静かな生活に戻った。仕事を終えて、自転車なり車で、時には食材を買ったり、遠回りして帰宅する。家族の夕食の準備をして、妻の帰りは遅いので多くの場合一人で食事。食事や入浴やら片付けやらの家事その他は8時くらいには終わってしまうので、その後は何もすることがなくなる。
これから先も、仕事や身の回りに何らかの変化がない限り、ウィークデーは静かで変化のない日々を送ることになる。休みの日は、そのような日々にちょっとした彩りを添えるように、自転車に乗ったり釣りに行ったり、あるいは草刈や田んぼ仕事をして過ごすという絵に描いたような静かな日々を暫くは送ることとなるはずである。もちろん、毎日が冒険のような日々を送ることを望んではいない訳で、平穏な日々を過ごしながら、過去を反芻する回数が増え、少しづつ孤独になっていくというまっとうな年のとり方をしたいと思うのである。

なぜか連想するのが,藤沢周平の小説「漆の実のみのる国」のラストシーンである。庭の池の端に立って、一歩前進二歩後退という感のある自らの改革を回顧するシーンである。
「鷹山は微笑した。若かったとおのれをふり返ったのである。漆の実が、実際は枝頭につく総のようなもの、こまかな実に過ぎないのを見たおどろきがその中にふくまれていた。」
もちろん、彼の生活が静かで平穏な日々であったわけではないが、若かった頃の藩政立て直しの切り札であった漆、最初は、その実が秋になると実りからからと音を立てて山野を満たすというイメージを持っていたのだが、漆の実はそんなに大きなものではなかった。という事実と、その50年の歳月の中で、彼をとりまく愛妻や家臣を失ってきた事などが混じりあっての感慨なのだろうと思う。さまざまな出来事があり、それは複雑な要素を持っている。その単純ではない物事の在りようを、ありのままに受け入れながら、だんだんと静謐な孤独ともいうべき境地へ到達するのが、このラストシーンであるような気がしている。


fkeisuke5682 at 23:07コメント(0)トラックバック(0)読書 

2009年01月03日

初釣行&初自転車

 2日から3日にかけて息子癸欧判蘢犢垉擇咤各に帰って自転車のちょい乗りを行った。私なりの書初めみたいなものである。
 
初釣行
 初釣行は、ひょっとしたらアジがくるのではないかという希望を持って豊島へ行ったが、ベラしか釣れず早々と能美島N港へ移動。風は治まってきたものの、釣れるのは4、5cmのプチメバルばかり。昨年最後の釣行とまったく状況は変化なし。N港はプチメバの天国である。10時過ぎには一旦車で仮眠をとる。昨年購入した軽の箱バンであるが、床の多少の凹凸はテントシートを二重に敷くことによりまったく問題ない。二人が脚を伸ばしてゆったり眠れる快適な空間が確保できる。鉄板むき出しのドアパネルから寒さが忍び込んでくるものの、充分使用に耐えるレベルであり、二人までならこのような目的にはピッタリの車である。0時過ぎまで仮眠をとって、江田島O港へ移動する。駐車場から一番近い外灯のところで一人がメバルを狙っていたので声を掛けると「ちっちゃいです。」と答えながら1匹釣り上げた。思わず「ちっちゃいですな。」と言ったものの、N港に比べればかなり大きい。その人は釣ったメバルを海に返したものだから、内心こりゃお土産は無いなと思いながら、カブラ仕掛けを投じると、第一投目から微妙なサイズのメバルがヒットする。何とか煮付けになりそうなメバルだけをキープするが、5匹に1匹くらいの割合であり、小さいのしか釣れないのかだいたいに小さいのかよく分からないが、今シーズンは全体的に小さいということにしておこう。そのままO港で朝を迎え、広島経由で3日の10時前には帰宅した。
 
初自転車 
 車の中で快適に睡眠できたおかげで、昼前にはちょっと自転車に乗っておこうという気持ちになった。自宅からハイヅカ湖を一周した。このところ自転車に乗っていないので20キロを越えると坂道がつらくなる。5月初めに160キロを走ろうとすると、いまのうちから相当乗り込んでおかなければならないだろう。冬場は天候の変化が激しくて、なかなか通勤にも自転車が使えない日が多くなるので、週末に半日4〜50キロ程度は確保しておきたい。43.09キロ AV21.1k
 午後、ヤフオクで入手したSOMECのフレームが送られてきた。ATOMでアルミの廉価版フレームでこったところはないけれど、シートチューブ・シートステイ、チェーンステイの一部とホークが黒、あとが赤のツートンでおしゃれな感じである。砂田弓弦著「イタリアの自転車工房物語」によると、SOMECは、1973年設立の比較的新しいイタリアの小さな工房である。主にスチール製バイクを中心に製作しているらしい。SOMECは日本では岩井商会が輸入しているが、スチールフレームは現在のところ輸入していないとのこと。かなり高いらしい。問題は後のパーツの確保である。なにせまったく手持ちのパーツはないので、105クラスで揃えても14、5万はかかるであろう。国東までには間に合わせたいところであるが、財布との相談次第というところである。


fkeisuke5682 at 23:53コメント(1)トラックバック(0)メバリング自転車 

2009年01月01日

今年は

 2009年が静かで平和な年でありますように。
 
 若い時分からそうであったように、野望や大望に類する大それた望みはない。年齢を重ねるとともに、より静かでトラブルのない環境を求めるようになってきた。トラブルはこちらが求めるまでも無く、やって来るのである。

2009年のささやかな楽しみ 
 
 ささやかな楽しみは、釣りと自転車と時々本を読むことである。仕事に関する事や農業や家族の事や個人的な喜びや悩みが、時間的にも精神的にも大きな位置を占めているのは、BLOGで公言するようなことではないのはもちろんである。

 なので、ささやかな楽しみの今年の計画である。
 
 今年のスタートも釣りからである。昨年も釣りで終わった。例によって釣れない釣りなのである。たくさん釣りたいとか大きいのを釣りたいという欲望は常にあるのであるが、これはセンスと実証的で粘り強い態度が必要不可欠な資質なので、劇的な展開は望むべくもない。けれども楽しいのである。メバル・アオリイカといった小物釣りが中心であるが、今年はアジとタイを加えてみたい。
 
 自転車は、通勤用シラスは知人に譲ったので、たちまちディアブロを通勤そしてツーリングに使うこととなる。今年はぜひとも自転車一人旅を実行にうつしたい。再び自転車に乗り始めた動機は、しみじみと一人旅を味わいたいという思いなので、これはしなくてはならない。春と秋の2回くらいか。それからガッツリ走るための目標ということでは、5月連休のツールド国東。この目標は松ちゃん提案である。昨年は出雲センチュリーランもリタイアしたので、今年は国東の160キロを走りきることができる持久力をつけるためには、昨年の冬場には休んでいた通勤にもできるだけ自転車を使おうと思う。ロードバイクを持っていないので、チネリのスーパーコルサをカンパニョロで組みたいという欲望を持っているのであるが、いかんせん高すぎる。完成するのに何年もかかりそうなので、ヤフオクを見ていて思わず落札したSOMECのアルミフレームを使ってロードバイクを組んで貰う予定である。105あたりで組んでもそれなりの値段になるが、国東デビューをめざして春には組み上げたい。フレームが来るのが楽しみである。


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2008年12月22日

横ちゃん自転車購入記念とびしま海道サイクリング

 20日の土曜日、横ちゃんがロードバイクを購入した記念に瀬戸内海とびしま海道に行った。購入したのはFELTのF95アルミフレームのロードバイクである。入門用という位置づけなのでFSAのクランクにSORAという組み合わせであるが、持った感じも軽くなかなか乗りやすそうな自転車である。
 上蒲刈島の道の駅から大崎上島を回る60キロのコースを予定していたが、道の駅に到着した時点で、車を出してくれた松ちゃんがかぜのせいか気持ちが悪いということで、走り出す前にリタイヤとなった。
 結局横ちゃんと二人で走ることになる。天気もまずまず、橋の部分以外はフラットな海岸沿いの道を気持ちよく走る。この時期にしては気温が高く、走り出すと汗ばむくらいである。何組かのサイクリストともすれ違う。11月に豊島大橋が開通し、下蒲刈島から大崎下島まで4島が陸続きになって以降、広島方面から多くのサイクリストが訪れているようである。もちろん一般の観光の人たちや釣り師たちもたくさん行っているのであるが。
 快調に走っていたのであるが、豊島大橋への登りの途中で、リア側の変速レバーが緩んでしまい、トップギアでしか走れなくなってしまう。豊島大橋への上りはまだ良かったものの、豊島と大崎下島を結んでいる橋への上りはけっこうきつく、ずっと立ち漕ぎとなってしまった。横ちゃんといえば、本日が実質初めてのライディングだったのであるが、途中から尻が痛くなったようで、だんだんと遅れてきだした。そう言われれば、サドルの相性があるのかもしれないし、上体のポジションがかなり窮屈な感じもする。横ちゃんも尻の痛みに耐えて、なんとか大長にある海の駅に到着する。
 
大長港



















大長港

 ここまでで30キロ。松ちゃんもだいぶ体調が戻り、車で合流。昼ごはんを食べて、松ちゃんも一緒に大崎下島を一周することになる。大崎下島と言えば大長みかんと近世の風待ち潮待ちの港として有名な御手洗港である。御手洗の小路に入ると、そこは江戸とは言えないまでもこじんまりとした古き懐かしい雰囲気が残っている町並みであった。江戸期のお茶屋だった建物や、昭和の初めに建てられた乙女座というかわいい芝居小屋もあった。御手洗の町を抜けると海沿いの平坦な道を一周して約20キロ。合計で50キロ足らずのサイクリングだった。


御手洗町並み



















御手洗の町並み


乙女座






















乙女座の前にて






松ちゃん



















暖かい冬の日差しを浴びて走る


 サイクリングは、今年はこれが最後になるであろうが、来年は絶対にツールド国東に出ると松ちゃんは言うし、今年は自転車の一人旅ができなかったので、この冬にがんばってトレーニングしておかなければ。


fkeisuke5682 at 20:49コメント(0)トラックバック(0) 
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