2008年10月11日

ポケモンカード回顧録4 〜消失編〜

 月2回の活動拠点を見つけ、再びポケモンカードで遊べる幸せな時が俺に訪れた。この日々がいつまでも続いてくれたら、どんなに素晴らしい事だろうと思い、また願っていた。
 だが、現実社会と無関係で生きている訳ではない以上、自分が全く同じ環境にあり続けるわけがない。そんな日々も、そう長くは続かなかった。
 この時、俺は中学3年生。ほどなくして、人生の分岐点を迎える事になる。・・・高校受験である。

 将来・・・そんなものは考えたこともなかった。幼い頃は山寺宏一氏に憧れ、声優になりたいと言っていた。だが年を重ね、万が一の確率でしかなれないような夢だと知ったとき、挑戦する前からこの夢を捨ててしまった。だからと言って、他になりたい職業なんて直に見つけられるはずもない。将来の夢について語り、どこの高校に行こうか悩んでいる友人達を横目に見ながら、自分はただ腐っていくしかないと思っていた。
 特になりたい職業も見つからない以上、親や学校、世間が敷いたレールに逆らうという、凄まじく労力の掛かる道を選ぶ意味も必要もない。多くの皆がそうであるように、自分もまた普通高校に進学し、目指すべき目標もなく、ただ惰性で日常を過ごしていくんだ、と感じていた。


 しかし、ちょうどその頃、TV放送を始めた「プロジェクトX」が自分の未来を大きく変えた。

 心の奥底でなんとなく興味があったと思う、モノを創りだす仕事。番組で紹介される謙虚でかつ、内に熱い物を持つ技術者の姿に憧れを抱いた。
 工学の分野に進んでみたいと決心した俺は、レールから飛び出し自らの手で茨の道を切り開く選択をした。・・・そう、全寮制の高専(注1)の受験である。
 この選択には多くの人から反対された。

   高専というよく判らない学校に対する疑念。
   いきなり親元を離れ、1人で生活できるのかという不安。
   自分の将来を15歳の時点で決定して良いのかという疑問。

 それでも、俺の答えは変わらなかった。よほど固い意志だったようだ。最後には、皆応援してくれた。
 猛勉強の末、奇跡的に合格をはたす。・・・と同時に、生まれ育ったこの地を離れる事が決定した。これは、ポケモンカードの活動拠点を失う事を意味した。

 高専の近くでまた大会を探せばいいと考えていたが、残念ながら、近くで大会はが開かれる事はなかった。中学とは比べ物にならないほど難解な授業と大量のレポート課題をこなす日々。親元を離れ、慣れない共同生活。
 そんな環境の中、もはやポケモンカードを生活の中心に、意識の中心に据える事は出来なくなっていた。

 仲間も、場所も、時間も失い、すっかりモチベーションが消し飛んでしまった。もはや、ポケモンカードを続ける意味を、動機を、意義を自分の中に植えつける事が出来ない。
 高専に進学した2001年春を境に、俺はポケモンカード界から姿を消した。その期間、およそ1年である。


 ちょうど、新裏面の登場(注2)により、界隈が大騒ぎになった時期である。だが、それさえ知るのは、大分後になってからだった。




(注1):5年制の学校で、卒業すると短大卒と同資格を得る。ロボコンが有名。 参考:高専(wikipedia)
(注2):公式発表による裏面変更の理由は「世界共通のデザインにするため」。だが、海外の裏面は、未だに統一されていない。この事件によりセカンドマーケットが破壊されたのは、紛れもない事実。

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