2008年11月17日

ポケモンカード回顧録8 〜覚醒編〜

 年が明けた2003年1月。ポケモンカードADVが発売され、ポケモンexという新たなカードの能力の未知数に人々が必死に見極めをしていた頃。
 春道は、もうすぐそこにまで迫っていた。


 この年の春道は、世にも奇妙なデパートでの片隅で開催された(注1)
 自身のサイトも半分放置の状態の中、モチベーションを上げ、サイトが立ち上がるきっかけを与えたくれたのが、硝鐘堂のBBS、そしてそこに書き込む、うきにんさん(注2)の存在である。

 硝鐘堂は管理人マット利さんの大学受験により、前年10月に閉鎖し、サイトの遺産としてBBSだけが残されていた。唯一のBBS書き込みサイトであったので、いつかは再開してくれるだろうと願い、数日おきにサイトをチェックしていた。
 そうした3月のある日、春道まであと2週間と迫った頃。硝鐘堂BBSで見つけたうきにんさんの書き込み。内容は春道のデッキに関する事で、最後に一言こう付け加えられていた。

 「ここって誰か見てます?」

 ・・・多分、俺しか見てないんだろうな、という思いからその発言にすぐ反応した。
 こうして、閉鎖したサイトのBBSで2人だけの討論会が始まった。

 春道も近かった事もあり、わずか2週間足らずで40近いレスを互いにやり取りした。こうしたリアクションがあるからこそ、ポケモンカードに対しての考え方、モチベーションを高め、FLAT ZONEを始めるきっかけを与えてくれたと言っても過言ではない。・・・いつか、直に会ってお礼を言いたいものである。

 余談ではあるが、その後、このBBSには天凛さん(注3)やXIONさん(注4)、管理人のマット利さんなどが議論に加わっている。・・・もはや閉鎖したサイトではない程、活動的であった(笑



 さて、そんな濃密なデータを元に迎えた2003年春道。

 当時の大会は「ふしぎなあめ」もない事から、たねポケモン優位の環境。中でも、自身でエネ加速できるミュウツーex(ADV1)がメタの中心となっていた。この遅い環境内でのミュウツーexの速度は圧倒的で、初手ジャグラー → エネルギー吸収 と動かれると、ほぼ詰んでしまう。対抗手段としては、サーナイト(ADV1)、グラエナ(ADV1)、ミュウツーexでミラーマッチするくらい。それほどまでに、強かった。
 そんな流れから、殆どのデッキにミュウツーexが積まれているという、異常な環境となっていた。一般的な相棒としては、グラエナやレジロックが用いられていた。

 特定のカードに一極集中する極端なメタゲーム。メタに自分も乗っかるか、アンチデッキを送り込むか、はたまた、対ミラーへの勝率を上げつつも汎用的なデッキを持ち込むか・・・。
 答えが見つからないメタゲームの中、もがき苦しむ俺。刻一刻と近づくタイムリミット。いつかは答えを出さなければならない。・・・苦心の末、回答として春道に持ち込んだデッキは、ケッキング(ADV1)+ミュウツーex。名づけて、ゴリラミュウツー。
 これはうきにんさんが、北海道大会に持ち込んだデッキである。正直なところ、強力なカードを無理矢理に詰め込んだ感じがして、強くはないと思っていた。だが、きずぐすり(注5)を用いる事でミュウツーexの攻撃が確3となり、ケッキングの攻撃でミュウツーexを一方的に潰せる。さらに、ミュウツーexによる特攻も可能と、ポテンシャルは高かった。


 そして、大会当日。
 大方の予想通り、会場ではミュウツーexが大氾濫していた。俺自身もミラーマッチで喰ったり喰われたりを繰り返し、連勝数が全く伸びなかった。負ける度に残り時間を逆算し、その都度焦りが大きく膨らむ。気がつけば、既に時間も午後2時を回り、残り時間は2時間を切る。この時点での暫定トップは9連勝。列に並ぶ人間の数からも、これが最後のチャレンジとなる。

 この追い込まれた状況が、俺にいつも以上の力を与えてくれた。
 ミラーマッチの時ほど噛み合うドローとじゃんけん。苦しい場面でのトップデッキの連発。相手のミスやコイン運にも助けられ、際どい勝ちを拾っていく。
 こうして9連勝を達成する・・・も、入賞ボーダーの10連勝に1勝届かず5位(注6)。悔しい思いと、昨年予選落ちだったのに、意外に勝てるんだ、という気持ちが入り混じっていた。

 そう言えば、この時か。まぐさん(注7)を3タテしたのは。3回連続で対戦が組まれた上に、全て3キルで勝ってしまったので、何だか申し訳ない気持ちでいっぱいでした。



 自分はまだまだ弱い。自分と勝者との決定的な差が何なのかも判らない。それは、引き運や当たり運なのかもしれない。デッキ構築、プレイングなどの技量かもしれない。
 だが、その差は確実に縮まってきている。結果がそれを証明した。確実に自分は成長している。・・夢が現実的な目標へと思えるようになった瞬間である。




(注1):どう考えても、eシリーズの販売不振が影響している。公式大会が、ジムオフィシャルと同等の開催規模と言えば、当時の株ポケの台所事情がどれほど苦しかったのか、よく判る。
(注2):「ポケカのふかみ」管理人。2004、2005年夏道北海道シニアチャンプというすごい人。左利き。
(注3):「Pokemon's Nest」管理人。彼にも、この後色々と助けられたので、直に会ってお礼が言いたい。現Rさん。 → Rさんのブログ
(注4):2003年春道中部マスターチャンプ。「目の上のたんこぶ」という発言が絶妙でした。
(注5):今の環境から考えると、きずぐすりがデッキに入るなんてまずありえない。が、当時の環境では、打点が低い事と「ふしぎなあめ」等の展開を加速するカードが皆無。故に環境自体が遅く、デッキに入れるのが当たり前であった。
(注6):春道2003の大会形式は、ガンスリンガー形式で連勝数を競うというもの。ジュニア、シニアは8位まで入賞であったのに対し、マスターは3位まで。・・・何故?
(注7):2006年日本チャンプ。仕組まれたように3連続で対戦組まれた時には、お互い、驚きを通り越して笑っちゃうしかなかったですね。

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この記事へのコメント
僕がポケモンカード再開したのもこの辺りだった気がします
更新楽しみにしてますね^^
Posted by ワショイ at 2008年11月17日 05:45
こんな情報性のない昔話を読んで頂き、ありがとうございます。

そう言えば、ADVが出てくらいからマツダで見るようになったね。
あの迷言(名言?)を発したのも、この頃だったし(笑

かなり忙しいけど、こっちは何とか週1更新を維持できるように頑張りますよ。
Posted by black at 2008年11月18日 19:36