2009年02月02日

ポケモンカード回顧録14 〜再考編〜

 俺はポケモンカードのトーナメントが好きである。
 カードを集める事も、トレードする事も、デッキを創作する事も、対戦する事も勿論楽しい。だが、それ以上にトーナメントに出て、そこで勝利を得る事に最も喜びを覚える。この達成感は、何物にも代えがたいものである。
 そして、その為にはあらゆる努力を惜しまない。いわゆる「ハマった」という状態である。こうして、ポケモンカードは際限なく俺から時間を食いつぶしていく。

 たかがポケモンカード・・・そんなにムキになってやる対象でもない、と思うかもしれない。所詮は娯楽の1つにすぎない存在だ。だが、本気でやる価値のあるゲームにだってなりえるのだ。それがポケモンカード以外の他の物事であろうと、本気でやらなきゃ面白いはずがない。
 それに、ポケモンカードの部分を書き換えれば、この事は誰にだって当てはまるはずだ。それがあなたにとって「部活」や「仕事」、「バンド」なのかもしれない。たまたま、俺はその対象が「ポケモンカード」であっただけなのだ。
 対象が何であれ、本気でやれる価値のある物を持てる事は素晴らしい。そして、長い期間ずっと本気でやれるものを見つけられる事はもっと素晴らしい。
 ポケモンカードを始めて、かれこれ10年の月日が流れた。俺にとって、こんなにも長い期間続いている趣味は他には存在しない。ずっと本気でやれるものを見つける事が出来た自分は、なんと幸せな存在であることか。


 本気でやる価値のあるものとして見つけた、競技としてのポケモンカードでの勝利は、確かに何物にも代えがたいものである。・・・だが、勝利だけが全てだとは思わない。

 2004年8月、夏道と並行して行われたポケモンフェスタで、その事をよく実感した。ジムトーナメント戦に出た際、ある対戦相手の言動・行動にとてつもない不快感を覚えたのだ。
 初手が悪かったのか、明らかに不機嫌なオーラを醸し出して対戦を行っていた。投げやりなカードの使用、言葉を発せずカードを提示するだけのプレイング、目の前の対戦に全く集中せず隣のチームメンバーに愚痴だけをこぼす、etc・・・。
 その姿は、傍から見てもゲームを楽しんでいない事は一目瞭然である。そして、その行為は、自分も対戦相手も不快にさせている。
 そして・・・その対戦相手の姿はあまりにも酷似していた。昔の自分と。

 昔の俺にとって、ポケモンカードはトーナメントでの勝利のみが全てだった。勝利のみが絶対の価値であり、それ以外の楽しみの要素は全て排除していた。そう、強さを追い求めるあまり、ゲームそのものを楽しんでいなかったのだ。ただ、勝利する事による自身の優越感に酔いしれていた。
 勝負事である以上、負けるのは嫌いである。負けが続けば凹む。逆に、勝利を得られれば嬉しいし楽しくなるから、俺はトーナメントで勝利を追い求めるのだ。だが、勝利を得る為に、つまらない態度をとったり、不機嫌な表情をするなど、楽しくなくなるのは本末転倒ではないだろうか。


 俺は、楽しくポケモンカードを遊びたいのだ。





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