国際開発とビジネスを学ぶ ~ Fletcher School MIBプログラム 留学記 ~

2016年秋からアメリカ合衆国ボストンにあるタフツ大学フレッチャースクール(Tufts Fletcher School)のMaster of International Business(MIB)プログラムに留学する日々を綴っています。

引き続きアフリカ起業家支援NGOのAfrican Entrepreneur Collective(AEC)のルワンダ事業であるInkomokoでインターンをしています。ルワンダの起業家の方々とミーティングを重ねて、ルワンダという国のために前を向いて小規模ながらもビジネスを進める起業家たちの情熱に触れて貴重な日々を過ごせています。

NGO創設者であるJulienne Oylerさんにインタビューさせていただきました。ジョージタウン大学、イェール経営大学院卒というエリートながらいわゆるブランド企業へのキャリアではなく「才能豊かなアフリカ現地の人々に機会の平等を提供したい」と現地の起業家支援NGOを創設するに至る半生、アフリカのワクワクする未来にかける想いに関してアツく語っていただきました。

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<<プロフィール|Julienne Oylerさん>>
ジョージタウン大学にて歴史・政治学専攻。在学中に南アフリカのケープタウン大学に交換留学。卒業後Capital Partners for Educationという教育系NGOにてファンドレイジング業務等に従事。イェール経営大学院にてNPO経営を中心に学んだのちCollege Trackという教育系NGOにて事業戦略立案などマネジメント業務に従事。退職後、Oxford MBA卒のSara Leedom氏とAfrican Entrepreneur Collective(AEC)を創設しアフリカの現地起業家支援に従事。

ーー名門ジョージタウン大学でアフリカにフォーカスして学ばれ南アフリカへの交換留学もされていますが、国際開発・アフリカに興味を持ったキッカケは何だったのでしょうか?

両親が歴史の教師で子どもの頃から夕飯の時など貧困問題、途上国の問題に関して両親から耳にしていて自然と国際開発に関心を持ちました。なかでも南アフリカのアパルトヘイトの問題は非常に記憶に残っています。大学では歴史と政治を専攻して、地域としてはアフリカにフォーカスして学びました。縁あって南アフリカへ交換留学したのが初めての途上国経験。価値観を揺さぶる体験でした。

ーー大学卒業後は国際開発に関連するキャリアではなくアメリカ国内の教育系NGOへのキャリアを選ばれたのはなぜですか?

国際開発に関心はありましたが、両親が教師というのもあり、アメリカの教育問題にも大きく関心がありました。Capital Partners for Educationという教育系NGOにてファンドレイジング業務等に従事しました。

ーーその後、名門イェール大学経営大学院に進まれますが、公共政策・国際関係大学院などではなく、ビジネススクールに進学されたのはなぜですか?

いわゆる典型的なビジネススクールに進学したい思ったわけではなく、NGO・NPOの経営が学べるイェール大学経営大学院に魅力を感じて進学しました。イェール大学経営大学院在学中は、南アフリカにあるAfrican Leadership Academyというアフリカ大陸全土から優秀な高校生を集めて教育を提供する団体にてサマーインターンをしました。教育系NGOでのバックグランドとアフリカという国際開発の関心が合致したインターンでした。

ーーFletcher School MIBプログラムもいわゆる典型的なビジネススクールではない良さがあります。イェール経営大学院卒業後はCollege Trackへ就職されますが、国際開発・アフリカではなく再度アメリカの教育系NGOへのキャリアを歩まれたのはなぜですか?

イェール経営大学院にてビジネスのハードスキルを学んで、それを実践で使用するためにNGOのマネジメントレベルで働きたいと思ったんです。自分は教育系NGOでの経験があったので、単にMBA卒という段階でもNGOの経営幹部と一緒に仕事を進めて自身を成長させることができました。

ーーそのアメリカ教育系NGOを辞められてAfrican Entrepreneur Collective(AEC)というアフリカ現地起業家支援NGOを起業されるわけですがどういう経緯があったのですか?

長年アメリカの教育系NGOに携わってきて、学生時代に関心を持った国際開発・アフリカへキャリアの舵を取りたいと思ったんです。自分がNGOを起業するなんて全く持って思っていなくて、サンフランシスコで出会って後にNGOの共同創設者となるSaraさんと仕事を辞めて西アフリカにバックパッカー旅行に行きました。何か就業機会が無いか、それ以前に西アフリカに行ったことが無くてもっと現地を知りたいと思いました。バックパッカー旅行をするうちにアフリカ現地の教育を受けている起業家の若者がビジネスの知識やスキルが無いために事業が伸び悩んでいるのを目の当たりにしました。「Talents are universal but opportunities are not(才能は世界中にあるが機会の平等は違う)」というのを痛感しました。アメリカの教育系NGOでの経験から人材開発というのはどれだけその人を信じてやれるかだと思っています。アフリカ現地の起業家たちの大きな可能性を信じる。それがAfrican Entrepreneur Collective(AEC)を立ち上げてまずはルワンダ事業をパイロットプログラムとしてやってみようと思ったきっかけですね。

ーー「Talents are universal but opportunites are not」というのは非常に納得できるフレーズです。African Entrepreneur Collective(AEC)の最初の舞台としてルワンダを選ばれたのはなぜですか?

私とNGO共同創設者のSaraさんの共通のアメリカ人の友人がルワンダを薦めてくれたんです。アフリカの中で事業を始めるのにはまずはセキュリテイーが高いところが良い。アメリカから遠隔でやるのではなく自分たちが現地にずっといて事業をやる必要がありセキュリティーは大事な要素でした。またルワンダはビジネス環境(ease of doing business)の高さでも有名だったのも決め手です。

ーー自分は現在の設立5年目のAfrican Entrepreneur Collective(AEC)しか知りませんが、創設当時は現在と全然違うはず。どのように事業を大きくしていったのですか?

この質問は本当に多くの方々から頂くんです(笑)これといって成功秘話や美談がある訳では全く無くて、何をしたかと言えば、ルワンダ・キガリという地に身を置いて毎日毎日オフィスに通っただけです。クライアントがいない、パートナーとなる団体も無い、そんな状態でした。そんななかルワンダ・キガリで現地の起業家支援を行っているInkomokoというローカル企業と出会いました。ちょうどInkomokoが更なる事業拡大を画策しているものの、代表のアメリカ人が帰国する関係で引き継ぐ人を探していました。最適なタイミングで現地のパートナー企業と巡り会ったんです。

よく途上国のために何かしたい、団体を立ち上げて活動したいという人でアメリカなど先進国にずっといてアイディアを温めている人がいるんですが、自分の経験からはまずは途上国現地にいってその場に長期で身を置くというのが非常に大事だと思っています。

ーー途上国現地にまず行くというのは自分にとっては銀行を退職してインド地場企業の現地採用へ転職した経験と何だか重なります。Inkomokoのスタッフは非常に努力家で優秀な方々が多いなと感じてますが、どのように採用されているのですか?

アメリカ人2人が立ち上げるNGOなのでルワンダ現地の伝統的な企業のような風土にはどうやってもならないなと初めから感じていました。Saraさんと自分はともにアメリカの西海岸の自由な雰囲気での就業経験があり肩書きに関わらずざっくばらんに意見を交換できる文化を尊重しています。ルワンダ現地のパートナー企業Inkomokoのスタッフ採用でも、面接の際に「上司からの命令を待って仕事する」「決められた仕事のみをやる」などAEC/Inkomokoの雰囲気に合わない人は採用せず、肌が合った人のみ採用しています。ブルンジ出身、コンゴ出身のスタッフもいれば、イスラム教、キリスト教のスタッフもいる。国籍・民族・宗教に多様なスタッフ環境に結果的になってますね。

ーー今後、African Entrepreneur Collective(AEC)はどのように事業を拡大されたいですか?

定量的には5年以内に5,000人の起業家支援、50,000人の雇用創出というのを目標に掲げていますが、アフリカ全土の雇用創出の必要性を鑑みればまだまだこの目標は少ないぐらいです。もともと事業を始めたルワンダに加えて昨年からタンザニアでも事業を展開していますが東アフリカを中心に5カ国での事業展開をまずは目指しています。

ーー最後に、Julienneさんにとってアフリカとはどういう存在ですか?

アフリカ大陸は多くのポテンシャルを持っていると非常に感じています。例えばモバイルマネーの分野においてアメリカなど先進国よりもずっと進んでいます。アフリカ大陸の中でもルワンダという国は多くの分野において他のアフリカ諸国のロールモデル・リーダーになり得る存在。アフリカ諸国は世界に大きく影響を与える成功への軌跡を着実に歩んでいます。アフリカのワクワクする未来に向けて自分もその一端でありたいと強く感じています。

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ルワンダに来たら絶対に訪問したかった場所であるキガリ虐殺記念館(The Kigali Genocide Memorial)に先日、訪問しました。

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記念館では虐殺の前のルワンダの歴史、民族対立の背景から写真・文章による展示がされていました。よく言われていることですが、フツとツチはもともと明確な区分など無く、農耕と主に行うか遊牧を主に行うかの違いぐらいしかなかったのですが、ベルギーの植民地時代にツチは「高貴」、フツは「野蛮」という概念を流布させたのが民族対立の始まりと言われています。記念館には、ベルギー植民地時代の民族対立を煽るレターも展示されていました。

(以前のブログ記事にある通り、近年はDNA鑑定により、両民族に差異が無いことが証明されています。)

これは自分の無知さ加減で全然知らなかったのですが、1994年の大虐殺の前にも、それに繋がるようなツチ族への集団殺人、小規模の虐殺の事件が相次いでいたのも当時の新聞記事なども交えて展示されていました。じわじわと高まる民族対立の機運が、1994年4月6日のルワンダのハビャリマナ大統領暗殺をきっかけに爆発したというのが十分に伝わる内容でした。

大虐殺での展示はブログ記事にて文字に起こすのも憚れるほど、目を覆いたくなるような写真・映像また悲しみに満ちた文章の数々でした。

頭をナタで切られて皮膚がえぐられた赤ん坊、道端におびただしい数の死体の山、フツ族がツチ族を捕まえて地面に触れ付すように命令している動画などショッキングな内容に胸が詰まりました。

虐殺生存者の方々のインタビュー映像も流され、家族親戚全員が殺されて自分一人だけが助かった話、教師である自分の夫が実の教え子に裏切られて殺された話、近所でいつも親しくしていた人が突然自分たちを殺しにきた話、何とか逃れて孤児として隣国に避難した話など壮絶なエピソードの数々に言葉が出ませんでした。

また殺人だけではなく多くの女性が殺される前にレイプされたり、フツ族の女性でツチ族と結婚した人はお仕置きとして殺されはしないもレイプされたことも展示されていました。

女性のほか、子どもたちも容赦なく殺されました。記念館の2階には、虐殺被害者の子どもたちに限定した展示が行われ、チョコレートが好きでとても明るい子どもが銃殺された話、たった2歳でナタで切られて殺された話など、何の罪の無い子どもたちの真っすぐな瞳に本当に深い悲しみを感じました。

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記念館の2階には、ルワンダ大虐殺だけではなく、ナチス・ヒトラーによるユダヤ人の虐殺、ポルポトによるカンボジアでの虐殺など世界の歴史上の虐殺に関する展示もされていました。虐殺の歴史から人類は学び決して繰り返さないようにしないといけないのに、近年のシリア情勢や世界各地でのテロ事件を見るに本当に学べているのか疑問に思う瞬間が多いのが事実です。フレッチャースクールは紛争学で非常に有名であり、2年目には関連の授業を取りたいと強く感じました。

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記念館の最後の展示は、虐殺生存者の方々による未来に関してのコメントの映像でした。

「自分は自分の家族を殺した人たちを全面的に許したいと思っています。許したいと思う一方、直接言葉で謝罪に来た人は一人もいません。復讐したいとは全く思いません。自分の子どもたち、ルワンダの子どもたちに残したい未来は、復讐を重ねる未来ではないと思うからです。」

感情を揺さぶるストレートな言葉に涙が出ました。映像の最後は「あなたは何が出来る?」と問いかけるメッセージで、自分にまず出来るのはこのブログで記事を書くことだと思い、ショッキングな内容ですが文字に起こさせていただきました。

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ルワンダ大虐殺で亡くなった方々の名前が刻まれた記念碑がありました。もちろん、フレッチャーの友人のBeliseさんのお父様のお名前も刻まれていました。

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自分は2017年6月現在のルワンダしか知らないのですが、1994年の悲劇から23年間でこの国をここまで発展させたルワンダの国民一人一人に深く敬意を抱いています。写真のようにキガリは丘の上にある美しく整った街です。日本で「ルワンダ」と言うと未だに「大虐殺」のイメージが付いて回りますが、日本人が思うよりもずっとルワンダ自身は前進して、虐殺生存者の方々のメッセージのように「子どもたちへの未来」をこの国は創っていると強く感じました。

先々週よりケニアからルワンダ入りしてAfrican Entrepreneur Collective(AEC)というNGOでサマーインターンを開始しています。

African Entrepreneur Collective(AEC)はアフリカの起業家(Entrepreneurs)の支援を行うNGOで、もともとOxford SAID MBA卒のSara LeedomさんとYale MBA卒のJulienne Olyerさんの2人が2012年にルワンダ・キガリにて立ち上げた団体です。現在では約30名のスタッフを抱えるほどに事業を拡大しています。

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具体的な活動としては、ルワンダの起業家・中小企業へのコンサルティング(業務分析と戦略立案など)をメインにしており、ルワンダでのコンサルティング活動は現地語で「源」「始まり」などを意味する「Inkomoko」というブランドのもと展開しています。

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▲中央のロゴがルワンダ現地でのブランディングである「Inkomoko」

マンツーマンでのコンサルティング業務のほか、起業家を招いてオフィスで会計税務・デザインシンキングなどのワークショップ・ブートキャンプも開催して、起業家のビジネススキル向上も図っています。こうしたワークショップ・ブートキャンプを通じて起業家同士の交流も生まれ、アイディアや知見の共有に繋がっています。

コンサルティング業務のほか、世界的なマイクロファイナンスNGOであるKIVAと連携して、起業家への低利子かつ小規模ローンの提供をも実施しています。

2016年度の年次報告書によると、延べ231人の起業家を支援して、結果的に2,672人の雇用創出に寄与。小規模ローンに関しては、46件のローンを36人の起業家のビジネスに提供して、合計547,023米ドルの貸付を実施。96.3%という高い返済率を誇っています。

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▲ African Entrepreneur Collective(AEC)のオフィスの壁にあるスローガン。アフリカ大陸の諸問題を解決する解決策は、ワシントンでもニューヨークでも無くアフリカ大陸自身に既に存在している。現地に根差して活動を展開するAECは、現場から遠い国際機関・NGO等には出せない価値を提供していると思います。

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自分のインターン内容としては、キガリ銀行(Bank of Kigali)が選出した将来有望な起業家50名のうち4名を担当させていただき、そのビジネス内容(マーケティング・オペレーション・人事・ファイナンス等)の精査分析と、それに基づくコンサルティング・提案活動を行う予定となっています。

既に4名全ての起業家に挨拶を実施して、ビジネス内容を分析している段階です。ルワンダの未来を信じて小規模ながらも一歩一歩、ビジネスを創り上げていく起業家たちの情熱に触れて刺激的な日々を送れています。

アフリカに限らず途上国の起業家・中小企業の支援を通じた雇用創出は貧困削減に向けて極めて重要であり、ルワンダという地でその一端に携われるのは大変ありがたいです。7月末までの2ヶ月という大変短い期間ですが、出来る限りの貢献をして自身の学びに繋げていきたいです。

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▲キガリの一等地Kacyiruにあるオフィス。ショッピングセンターも徒歩圏内です。

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▲オフィスの同僚らと。左からTuzindeさん、Fabriceさん。

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▲オフィスの窓から見える景色。

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