【 一言 】

私は16歳で初めて単身アメリカの地を踏みそれから50歳にいたるまで外国人と日本人との交流の場所を提供したり(生活をともにし深いレベルでの交流の場所を提供)長いこと外国と日本の違いを無意識のうちに感じ取ってきました。アメリカで難民に英語を教えた経験、アメリカの高校生に日本文化や歴史または、日本の高校生に英語を教えてきた経験をもっております。
 また、諸外国の一人旅を通しいろいろな現地との人々と交流をしてきました。
様々な経験から感じ取ってきていたことは外国の学生は相対的に強いということ、また相対的に「個」というフィルターを通して物事を考えるということです。
また、16歳の少年にアメリカで強烈な印象を与えたのが、時代背景もあったのでしょうが、柔軟性に富んでいるということです。私の中に「大人」というイメージは日本をでるまで確固たるものがありましたが、アメリカの地で日本的にいえば、「いい大人のおじさん」が真夏半ズボンを穿き、ミッキーマウスの帽子をかぶり、アイスクリームをなめながら私に微笑みながらHiと挨拶してくれたとが強い印象として残ってます。それまで、大人とはこういうことはしないものだという先入観のようなものが私の中にはありました。
また、アメリカの地を旅していて日本的にはかなり歳をめしていて、日本で普通なら家でじっとしている老夫婦がキャンピングカーでアメリカ中を旅して回っている姿を目にし、また、歳をとっても大学に戻り勉強している姿をみて、私の中に「こうでなければいけない」というのはどうも日本だけではないかと感じ始めました。それは今でも私の中に残っています。アメリカは貧富の差が激しく、人種差別など様々な問題を抱えていると思いますが、アメリカ人の「ふところの深さ」には敬服します。
 もうひとつ、南アフリカの高校生だったと記憶してますが、授業の一環ですが「無人島にサバイバルナイフ1つのみ持たせて1週間後に迎えの船が来るというそういう体験をさせていました。どうです皆さん日本の学生を同じことをさせたらどうなりますか。おそらくその前に保護者がそれをさせないでしょうけど。
そのような外国人との接触を通して感じていたことはこのままいけば必ず日本は諸外国から置いていかれるだろうなと感じてきました。幸い日本人は勤勉な国民とされてきましたが、どうもそれも変化しています。今終身雇用が崩れ、国力は下がり続けるだろうと感じています。「群れることに慣れ、群れの中で安心感を覚えることに慣れた日本人」はある意味統制しやすい国民であるとも感じてました。とにかく何かしないといけない時期であることは確かです。
 OECD発表の学力到達度調査をご存知でしょうか。韓国やシンガポールすごいと感じませんか、2000年の到達度調査で韓国は第6位、日本第8位、2003年の結果が韓国第2位、日本第14位です。たったの3年で何が起きたのでしょう。裏側に国をあげてEラーニングを進めていることが要因の1つでしょう。私はEラーニングがすべてだとは思っておりませんし、パソコンを与えていたらすぐに学力がつくなどとは思ってません。
Eラーニングはものを学ぶツールのひとつです。どうせ学ぶなら効率よく苦しまずに楽して学ぶがいいに決まってます。「学問に王道無」といわれますが、それは違います。
効率よく学べるツールがあるなら使うべきです。勿論、いいツールがあってもまったく利用しないと何の意味もありません。その意味では王道無です。
かつてヨーロッパで一人旅をしていたとき、バスの中でかなりお歳の方々がドイツ語で会話していました。するとある方がフランス語で話しかけてきて、その老人がフランス語でなにかの質問に答え、私もある観光地のことを訪ねる必要があったため、その方に英語で質問してみました。するとその方は英語で私の質問に答えてきました。私はカルチャーショックを受け、帰国後スペイン語、フランス語、中国語を同時に独学で学んでいたことがあります。人間には同時に数ヶ国語を習得する能力が備わっているのだと思いました。
しかし、語彙力を増やすことは島国日本(実践で覚えたものを試す場があまりない)でどれだけ大変なことか、どれだけの時間を割かなければいけないかを身にしみてわかっているつもりです。そんなとき「ふぉるスター」のデジタルだからこそ、自分のわかる単語と怪しい単語の区別化がいかに効率のいい勉強となるか、今の時代の学生がうらやましいです。携帯電話で単語勉強ができるなんて3年前に想像できましたか。学習の形も新しい時代になってきました。先進国でEラーニングが家庭に入り込んでいないのは日本だけではないでしょうか。
 私はかつて病気で危篤状態になり本当なら今こうして生きていなかったでしょう。
株式会社イーラーニング研究所の代表吉田氏も同様に生死の境をさまよった経験のある方です。私は吉田氏の著書「Eビジネス最後の盲点」を拝読し吉田氏の講演を聞き、そして直接お会いし「教育の水道哲学」の実践に感銘し大きくこのフォルス事業とのかかわり方が変わりました。この事業はすばらしい事業であると感じ、「死の世界から戻った命を費やすにふさわしい事業である」と感じました。日本の未来に大きくかかわるこの事業の普及には営業網が不可欠です。どんなにいい商品でも普及しないことにはどうしようもありません。さすがに経営陣は賢い経営陣たちです。お題目を唱えるだけではビジネスはだめです。現段階では吉田氏をはじめとする経営陣がどれだけ本気で日本の未来に変化を起こそうとしているかがまだ理解されないことも多いのが実情です。
まったく残念に思い私が代弁しているつもりです。
 私は定時制高校で教えた経験もあります。割り算ができない、アルファベットがまともに書けない生徒がいるかと思えば、同時に大学の法学部に合格していく生徒もいました。多かれ少なかれ全日制の状況も同じです。1つの教室に同時に前者と後者の生徒がいる学年制の下では授業が効率よく成り立つはずがありません。その経験から断言できます、この事業は教育現場に変化を起こすことができます。教育費にかける予算は先進国の中で日本は下から2番目だそうです。
経済格差がどんどん教育格差をうんでいきます。このことを書いていながらある言葉を思い出しました。記憶ではガルブレイス氏であったと思いますが、日本の教育は「勝ち負け方式」だと述べていたと記憶しています。それを思い出しました。最初に(小学校)負けたらずっとそれが続いていく、最初につまずいたらずっとそれが続いていく、最初に序列ができたら、ずっと続いていってなかなかそこから脱出するのは困難です。それが一生を左右し、年収が決まり、社会的地位すらも決め兼ねない。裕福な家庭に生まれるかどうかで大きく左右される社会になりつつありませんか。どこかで挽回のチャンスがあってもいいのではないですか、まさにそこのお手伝いをしてくれるのがフォルス事業です、まさにそれが吉田氏の望みです、ですから家族5人まで使えて、様々な最高のサービスがついていて、4200円なのです。聞くところによると吉田氏はお母さんが家計を支え、その姿を見て育ったとのことです、(もし違っていましたら申し訳ないです)その経験がこの価格設定ではないかと感じています。世間では少数の人がフォルス事業を誤解しているとも感じてますが、中から見るとまったく違ったものが見えます。私は経営陣と縁もゆかりもありませんし、経営陣からこのようなことを書いて欲しいと依頼もされてません。私が述べたいのは「真実は1つ」いずれ世間をいい意味で騒がせると確信しています。
 私はフォルス事業は経済格差と教育格差の問題、不登校、ひきこもりの問題解決の援助、社会にでるまでの挽回のチャンス提供(決められた序列からの脱出)、フォルスステーションに見る雇用問題、不況問題などこれらの問題に何かの解決策を出してくれると確信しています。
子供が3人いて塾にいかせられる余裕がない場合でも、それぞれの子供が自分のわからないところまで戻って学習できて、現時点でその子のレベルに合わせて学習できて、3人の教育費が合計で4200円であったら、すばらしいことです。
 再度繰り返させていただきます。パソコンを与えただけでは、Eラーニング環境を与えただけでは子供の学力はつきません。保護者がその子とコミュニケーションをとり、
学ぶ習慣をつけてあげて、褒めてあげて、ときには学習することの意義を語り合って初めてEラーニングというツールが活きてくるのではないでしょうか。
この事業が日本全体の国力の底上げになることを切に祈ります。私はこの事業にかかわれたことに誇りを感じております。是非皆様のお力をお貸しください。 FORCE Club ユーザー募集 以上 フォルスクラブサポート【 Eラーニング、レジャーライフサポート、ビジネスサポート、悩み相談サポート】より