意味性認知症

認知症をかなり診察してきた医師でも原発性進行性失語については、5年や10年ではなかなかわからないかもしれません。それをわかりやすく解説していきます。

いきなり核心!

 原発性失語(PPA)は、脳血管障害(とくに大梗塞)によっておきる失語症に対する言葉で、大脳変性によって失語をおこし、その程度が進行することを言います。ですから感覚失語は意味性認知症(SD)、運動失語は非流暢性進行性失語(PNFA)、伝導失語はLPA(日本語訳はない)に対応すると考えていいでしょう。SD,PNFA, LPAの総称が原発性進行性失語(PPA)です。

PPAを失語症という人がいますが、著者は言わないようにしています。あくまでも進行性失語です。従って、失語症とPPAの総称は、失語症症候群ではなく、失語症候群というべきと考えています。なぜ、細かいことにこだわるかというと、著者は本を書かなければならない立場なので、あとあと問題になるのを避けたいからです。

 失語症は進行もせず、脳血管性認知症ではありませんが、PPAは限りなく認知症に近いものです。なぜなら変性が広がると結局患者さんは認知症になってゆく運命だからです。境目がないわけですから医師によって、この方は認知症だとか、そうではないとか意見が分かれるのですが、それは仕方がないことです。

 そういう意味で、PPAに改訂長谷川式スケール(HDS-R)をおこなうこと自体が無理な話で、医師がしてくる質問の意味が分からないのですからスコアは当然低くなります。だから意味性認知症というのです。多くの認知症が、HDS-Rスコアで判断されているので、PPAの場合は他の指標で判断せざるをえません。著者は、感情異常や行動異常が加わったら認知症になってきたと判断するようにしています。

意味性認知症の診察

 左手で右肩を叩いてください、ができません。(図1)側頭葉の萎縮は左右差があり、多くは左優位ですが、右優位でも語義失語になります。左右差があるのは、ATDとの鑑別で重要です。頭頂葉の萎縮に左右差があるのは、皮質基底核変性症(CBD)を疑います。
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 進行すると便座に座る方向が逆になります。問診で初発症状が記憶障害でなく、言葉が通じないという点で、それなら典型的なSDです。

 SDというのは専門医しか使わない診断名なので、一般の医師はピック病とかATDと診断します。だからといってその診断が間違っているということにはなりません。一時期、専門医がSDという言い方をすると格好がいいという感じで流行りました。ただ、SDとわかれば、HDS-Rをやっても無駄であるということに気づくでしょう。

 SDは多くの場合、FTDを病理背景とするので、将来ピック症状が出てくると覚悟できます。介護者も医師も先を読めることは大事です。ですから興奮系のドネペジルを処方するという選択肢はないはずです。レミニール少量投与がお勧めです。

失語は臨床症状、それなら病理背景は何?

 単刀直入に言います。いままで長い間認知症は病理学に管理されてきました。昔は、CTMRIがなかったので、認知症の病型鑑別は死後の病理組織で決定されてきました。ですから生前の診断は、probable(たぶん)にとどまります。

 それを、イギリスやスウェーデンの学派が臨床病名と言うものを提案しました。その対象が前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration: FTLD)なのです。FTLDは、前頭側頭型認知症(FTD)、SDPNFAの総称です。ピック病はFTDの1つです。

 なぜこうなってしまったのかというと、そもそもピック病という認知症の病理マーカーがアルツハイマー型認知症(ATD)と違って揺らいでいたからです。ピック病は、多くの場合SDの病状を併発していました。つまりピック病のように前頭葉と側頭葉前部が変性することは進行性失語にもなるわけです。

病理マーカーが不明確だったFTDは、最近異常タンパクで細分化され関係者にとっては腑に落ちたのですが、臨床医としてはわけのわからない、ワクチンのない現時点では患者さんには別段メリットのない分類になっただけです。

頭が混乱するのでこの話は詳細に述べませんが、Cairnsの分類ではピック病はFTLD-Tau3R Tau)、CBDPSPAGDFTLD-Tau(4R Tau)SDNFTFTLD-Tau(3/4R Tau)に入っています。CBDPSPはそもそもPick complexKertesz)と言われていたわけですし、高齢発病でピック症状をみせるAGDも同系統の異常タンパクだと言われると納得できます。物静かで進行しないSDNFTもここに入ってくるので驚きですが。

 FTD(多くはピック病)は、SDで始まる患者とピック症状で始まる患者がいて、長生きすると全員がピック症状+語義失語(SDの症状)になるわけです。ですからSDというのは、FTDを病理基盤とすることを原則とします。

 それなら、ATDを病理基盤とするSD、はいないのか? その結論を出すために著者はこのコーナーを立ち上げました。比較的高齢のSDは、どうみてもCT所見はATDです。そして高齢のピック病というのはあまりいません。しかし最初にSDという病名を言い出した研究者は、ATDの介入を想定していません。ただ臨床の現場では、SD-ATDATDを病理基盤とするSD)はいっぱいいます。(図2)どうしたらいいのでしょう?
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 もし、前頭側頭葉変性症(FTLD)でない患者にSDという病名をつけてはいけないというのなら、著者は語義失語症候群という包括病名を作るしかないと考えました。これが結論です。もう結論が出てしまいましたね! いままでの話、さっぱりわからない方のために進行性失語の歴史から振り返りましょう。

(注意)語義失語:日本の研究者が昔から好んで使っていた症状名。相手の言葉の意味がわからないこと。

前頭葉型認知症の歴史

もともとアーノルド・ピックは、失語症の専門でした。一方、アロイス・アルツハイマーは病理学者だったので、ピック病の病理組織にピック球を発見したのはアルツハイマーだったくらいです。ピック病自体がなかなか医学会で認められなかった中、ピック病と言い出したのは満州医大の大成先生でした。だからピック病という病名は日本では有名ですが、欧米では普及しません。現在ピック病は、行動障害型前頭側頭型認知症(bvFTD)と言われています。

いま、ピック病という病名は消えようとしています。一方でアルツハイマー病という病名は長嶋茂雄さんではないですが、永遠に不滅です。この差は、病理組織でちゃんと定義したかどうか、英語で論文を出したかどうかの差です。まるでコウノメソッドのようです。論文を出さない、英語で発表しない。だから著者は、コウノメソッドは将来生き残らない言葉だと認識しています。

1982年に、Mesulamが全般性認知症を伴わない緩徐進行性失語を提唱しました。その後彼自身が原発性進行性失語(PPA)と改名。現在では単に進行性失語(PA)と呼ぶ人も多いです。1996Snowdenのグループが、FTLDを提唱してPNFASDを入れました。その後2011Kerteszも名をつらねてGorno-Tempiniが第3のPAであるLPAを入れたのです。LPAの病理基盤はATDが多いために、SDに近いATDがいると著者は思っていて悩んでいるところです。仮にSD-ATDと呼んでいます。

FTLDTulving, 1972)からPPALPAの参入)まで36年間ありました。

要するに前方型認知症の世界の中で語られていた失語系患者に後方型認知症(ATD)を背景とする失語を入れたために、FTLD専門家が心外に思ってしまう(?)事態となったと思われます。所詮前方型だけで説明するのは無理なのに、歴史的経緯で失語患者を統合したためにFTLDのくくりは消えてしまいました。

そこで、著者のSD-ATDがいるという主張が許される環境になったと思うのです。ATDで失語系になる患者は全員LPAだというはずもなく、やはりSDの病態になるATDもいていいと思います。この論議はまだ成書で見たことがありませんが統計上重要です。

ただ、著者はSDを拡大解釈しすぎているかもしれません。本当のSDというのは、語義失語だけで最初の2-3年が過ぎてその後認知症症状(とくに古典的SDはピック症状)がでてくるというものです。もちろん、認知症が進行してから語義失語になるのは、あたりまえで、それはSDとは言わないということは頭ではわかっているつもりです。 

ピック病という病名は残したいですよね?

松下正明先生は、故田邉敬貴先生との対談集の中で、ピック病という名前を消してはいけないと主張されています。ですから著者もあえてピック病という題名を著書に冠しました。マンチェスターグループのFTLDも、20年しか持たずにFTDに戻ってしまいました。これから認知症を学ぶ若い医師は、FTLDを知らずに成長してゆくのでしょう。

学問、疾患分類はウナギのようにつかもうとすると逃げてしまうのですね。著者は、個人的にはアーノルド・ピックの業績を消さないためにもピック症状という言葉で残そうと思っています。これは前頭葉症状のうちの陽性症状を意味しています。

発達障害のうちアスペルガー症候群が周囲を困らせてピック病と誤診される陽性症状もピック症状と呼べばいいと思っています。医学で消えても介護の世界で生き残るのではないでしょうか。そして、ピック症状にはクロルプロマジン(ウインタミン・コントミン)、というようにペアで覚えるのです。クロルプロマジンは、4%で肝障害をおこしますが、それを差し引いても第一選択になります。

進行性失語であることを臨床医が了解していることの利点

 著者は、軽度認知障害のその後の進行をリサーチしたときに、海馬萎縮度がやはり進行速度と相関していることを確認しました。その統計処理をするときに、語義失語のみられる患者さんをいっしょに入れては絶対にいけないと感じました。

 開業医ですから、いろいろな検査(バッテリー)をする余裕もなく、あるのはCT画像とHDS-Rスコアだけです。語義失語があるとHDS-Rスコアはどんどん下がることぐらい、33年も認知症をやっていればわかります。ATDであろうが、FTDであろうが、語義失語がある、なしは病理基盤より重要だと感じていたので、思い切って失語系認知症というカテゴリーにまとめてしまいました。その結果が図3です。
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 進行速度は、HDS-Rスコアの年間変化量、海馬萎縮度は目視でグレードを0から4に分けました(図4)。そうするときれいな相関が見出されました。PPAの語義失語が強まってゆくことは、HDS-Rスコア(言語機能)が低下してゆくこと、そしてそれは集団統計でみるかぎり、海馬萎縮度と関係が深いということが分かったのです。
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 もし、これら失語系認知症を病理背景のグループに「正しく」混入させてしまったらどうなるでしょうか。この相関性はあいまいになってしまったことでしょう。前述したように著者は、SD-ATDというものがあると思っていますので、もしATDの新薬臨床試験に失語系患者もエントリーしてしまったら、その新薬はとうてい浮かばれません。同様にSDNFTのようにそもそも進行しにくい患者をATDと誤診してエントリーしたら、その新薬はATDには効かないのに効果ありと判定されてしまいます。

 こうなると疑心暗鬼です。たとえアミロイドPET陽性者だけをエントリーしたつもりでも、SDNFTは加齢によるアミロイドが検出されてエントリーされるでしょう。一方で、猛烈に臨床能力の高い医師だけが治験に参加して失語系ATDを振り落とす作業も必要になるのではないえしょうか。考えすぎですか?

 なお、ATDは言ってみれば特徴の少ない認知症ですから、ATDの診断は非ATDの診断精度に依存している()わけです。DLBFTDを熟知した医師にしかATDは診断できないと言うことですからATD専門医などというものは、ないと言っていいでしょう。

語義失語を起こす疾患

 意味記憶障害ないし語義失語をおこす疾患は、側頭葉に病変を持つ脳血管障害、ヘルペス脳炎、頭部外傷で報告されています。葉性萎縮がおこす意味記憶障害を正式にSDと言います。実は、SDは原因不明の脳変性性疾患ということもできます(石川

 ATDと鑑別が難しいSDというのは、高齢発症のSDです。頭頂葉も萎縮しているからです。SDは病理学者が考えた概念ではないので、当初はATDやピック病などの特定の病理所見を持たない非特異的変性を特徴とする独立した臨床単位と予想されたのだそうですが、その後の病理学的検討により、さまざまな病理背景をもつSDが現れました(小森)。つまり著者が主張するSD-ATDはあってもよいということだと理解します。

 谷向は、SDATDとは違うと主張しています。つまり、SDは視空間認知やエピソード記憶は保たれるという点です。またATDは初期から言語症状(喚語困難、語性錯語、ことわざの補完困難)は出ないとしています。それは確かにそうです。

 従って、SD-ATDがいるにしても少なくとも典型的なSDではないということなのでしょう。SDという言葉を使ってはいけないということであれば語義失語のあるATDと言えば問題ありません。この患者群を言語性知能(HDS-Rスコアなど)で測定される重症度の経過集計にATDに入れてはいけないと言っているのです。

 著者は、かつてSDは全員FTDだと思っていたので、ピックスコアを考案したときは、ピック症状のないSDも拾い上げるために失語系項目の加点を加重しました。その際、HDS-Rスコア7点以下に加点するようにしました。つまり7点以下の患者は、非常に語義失語的だという臨床経験からです。ですから重症化したら全員失語か?と批判されるでしょう。そうではなく、これを含めて他の項目が陽性ならFTLDだという話です。

  HDS-Rを行っていて、典型的なSDは判を押したかのように3点です。なぜなら、桜・猫・電車の復唱だけできて、あとは医師の質問の意味がわからないから1点もとれないという状態です。元気に歩いてきて、HDS-Rがいきなり7点以下なら典型的なSDの候補です。また長期間通院していて、HDS-R22点だったのが7点になった患者をSDだとは著者は言っていません。やはりATDなのです。

SD-ATDの存在を示唆する報告

 徳武らは、SDの髄液を調べました。9例は全例左側頭葉前部に強い萎縮があり、髄液は5例だけ行って1例でATDの所見(Aβ42低下とp-tauの上昇)を得たとしています。SDTDP43 typeCが多いとされるものの、ATD病理を呈するものが存在すると指摘しました。

SD-ATDと思われる症例(自験例)

 1)76歳女性。8年通院し、HDS-Rスコアは6→4→2と推移。ピック症状やパーキンソニズムはいまだ出現せず、家族に聞くと、本格的に認知症になる前2年ほど語義失語だけがあったということはないという。現在、レミニール16mg、人参養栄湯6g、アマンタジン50mg、ステーブラ0.4mgを処方。要介護2で在宅管理可能である。CT所見:生理的な前頭葉萎縮や若干の左有意の側頭葉萎縮があるがナイフの刃様ではない。進行が穏やかであり疎通性もよいので、SD-SDNFTの可能性もある。

 2)85歳男性。5年通院し、HDS-Rスコアは初診時9で、大きな崩れはない。グループホームにいて徘徊はしない。現在リバスタッチ9mg、メマリー20mg、二次性パーキンソニズムにドパコール200mg、ウインタミン8mg+チアプリド50mgを念のため続けているが暴力的な行動はない。CT所見:生理的な前頭葉萎縮はある。側頭極は後退しているがナイフではない。海馬萎縮がシルビウス裂より先行し全体的にATDの萎縮と思われる。海老を かいろうと読み、腹黒い の意味を聞くと腹黒いこと、と答える。

対照例 (ピック病)

 3)89歳女性。3年通院し、HDS-Rスコアは192217.5と推移。ヘルパーを10年してきた。自動4輪を運転していて、横断歩道を渡るなど違法な行動をする。息子や医師にキスをしてきて触りまくる。CT所見はまるでATDであるが、よく見ると側頭極は完全にナイフ様で、前角もミッキーマウスに近い。ことわざの意味はだいたいわかっており、SDではない。発達障害もない。現在、レミニール内用液4mg×3、メマリー10mg、チアプリド75gである。図5
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失語症候群の治療薬

 1960年代にLuriaがガランタミンを失語症に投与して構音や流暢性が改善したという報告があり、その後もいろいろな薬が報告されました。ビフェメラン、アンフェタミン、プロプラノロール、ピラセタム、ブロモクリプチン、ドネペジル、CDP-コリン(サプリメント)、フルボキサミンなどがあります(田中)。

 著者は、ピック病やSDといった前方型認知症への第一選択はガランタミンと考えています。ピック病はクロルプロマジンを併用しながら、ガランタミンを1回量2mgで開始しています。

Cairns NJ et al.: FUS: A new actor on the frontotemporal lobar degeneration stage. Neurology 2010; 74:354-356.

Mesulam MM: Slowly progressive aphasia without generalized dementia. Ann Neurol 1982; 11(6): 592-598.

Kertesz A et al.: Pick’s disease and Pick complex. A JOHN WILEY SONS, New York, 1998.

Golno-Tempini ML et al.: The logopenic/phonological variant of primary progressive aphasia. Neurology 2008; 71:1227-1234.

松下正明、田邉敬貴:ピック病 二人のアウグスト。医学書院、2008.

河野和彦:ピック病の症状と治療 コウノメソッドで理解する前頭側頭葉変性症。フジメデイカル出版、2013

森 悦朗:1. 認知症診療における症候学の重要性。日常診療に必要な認知症症候学(編集 池田学)。新興医学出版社、2014; 3-8.

石川智久ら:5.意味性認知症の臨床。専門医のための精神科臨床リュミエール12 前頭側頭型認知症の臨床(責任編集 池田学)。中山書店、2010p112-123.

小森憲治郎ら:意味性認知症。認知症 神経心理学的アプローチ(専門編集 河村満)中山書店 2012p152-157.

谷向 知:意味性認知症の診断とその後のケア。老年精神医学会雑誌 2018; 29増刊Ⅱ, 156

徳武孝允ら:意味性認知症の画像所見とバイオマーカーの検討。Dementia Japan 590.

田中 裕:Q52 失語症に薬は効くのでしょうか。効果があるとしたら、薬の投与方法を教えてください。高次脳機能障害 QA症候編、新興医学出版社、2011191-193