ギャラリー美凛

自宅にギャラリーを作ってしまうほどの美術品愛好家で作家さんへの応援が生きる原動力になっています。

2014年07月

圓流院で開催していた浜野洋一さんの個展が会場の一方的な都合で突然終わった。

本来の予定では22日13:00までは最初の契約で個展を開設出来るはずが(最初に配った案内書にも明記してあるが)、21日の午前中に撤去ということになり、21日の15:00頃会場を訪問してみると看板の案内表示が21日13:00に勝手に寺関係者によって書き換えられており(ポスターの午後3時の文字の前にマジックで1の文字が書き加えられていた)、このとき既に次の利用者の作品が持ち込まれていて、一時でも速く浜野作品を撤去せよとの態度が露骨に表れていた。

言わせて頂ければ由緒ある大山寺の支流に当たるこの寺に、何故に境港を話題にした妖怪漫画を掲載し拝観料を取るのかが意味不明であり、しかも今回の個展で浜野さんが個人的に持ち込んだ看板に勝手に他者の広告を貼り付けたばかりか、浜野さんの了解もなく突然の契約不履行とは・・・

日本の場末 山陰と信州はとにかく卑屈とは世間一般に言われているが、まさか大山寺系の坊主まで同じだとはね。

ここまで礼儀知らずで文化に疎いとは思わなかった。

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昨日も大山の個展会場を訪問しました。

圓流院の参拝者はそれなりにありました。

参拝方々の目的はほぼ鬼太郎の絵が目的のようで、会場に入って直ぐの本堂の床に並べてある座布団に寝っ転がって天井に描かれている鬼太郎を熱心に見ておられました。

真逆に油彩をご覧になられる方は少なく、鬼太郎が終わるとそのままお帰りになる方が大半だったように思われました。

ましてや時間をかけてご覧になられる方は更に少なかったように思います。

これを見て、日本の文化は2次元の末を好み、殊に手軽な漫画が好きで、面倒くさい3次元を描く油彩には興味を示しにくいんだと改めて思い、残念でなりませんでした。

浜野洋一さんは今夏、韓国・済州島との友好展を皮切りに、モンゴル展 アメリカ美術館展と主に海外に招かれての展示会が続きますが、国内で展示会を開こうにも会場を借りることさえ事欠くということを思う時、幕末から明治にかけて日本の芸術が国内では見向きもされず外国に二束三文で流れていった理由がわかるような気がしてやりきれない思いがしました。
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