ギャラリー美凛

自宅にギャラリーを作ってしまうほどの美術品愛好家で作家さんへの応援が生きる原動力になっています。

2014年09月

南部町図書館に出かけた帰り道、少し寄り道して
癒し空間 おちらと庵 さえきに寄ってみた。

米子市内の、とある場所で10月開催の押し絵と布絵作品展の葉書の案内状を見つけ、なんとなく展示場の雰囲気を味わいたくなったから立ち寄っただけだったが・・・

この日展示されていたのは庵のご主人が作られた生涯作品の額や、最近始められた古い桶、箪笥、障子などを再利用 置物にした行灯、飾り棚などがメインだった。

生涯作品については随分前に訪問した折にポタニカルが手作りの額に収められて展示されていて、それが如何にも力一杯飾ってみましたって感じの作品だな~と感心したものだが・・・

今回の訪問で、その額がおちらと庵のご主人の別注作と知ってとても驚いた。

同じ作品を展示するにしても職人さんが日本の伝統工芸を生かした額を作品に合わせて誂え収めると、素の作品に比べるとこんなに違うものなのかと、正直感心させられた。

おちらと庵の奥様に言わせると
「念の入った額を作るのはいいけど、金銭感覚無しに作られても生活に困るんだけどねぇ~」
夏の暑い盛りに埃まみれになりながら木を一心不乱に磨ぎ出すご主人の姿を見ると強く言えなくなるそうだが庵の人気の秘密もそこいらか?

PS
訪問の折、コーヒー一杯で延々長居をしてすみませんでした。

なにしろ話す内容が次第に人生相談になってしまい、一旦話し出したら次から次と話が尽きなくなって・・・気がつけば訪問から3時間が経過していた(汗)

途中でご主人が気を使って出していただいた蕎麦湯と干し柿は大変美味しかったです、ありがとうございました。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote


美凛様より幾度か作品紹介をいただいた、洋画家の浜野と申します。
郷土作家を温かく見守り続けておられる美凛様の、幸いにしてお眼鏡にかない、
作品紹介のみならず、作者紹介の場まで設けて頂くことになりました。

「創作家は、それ自身のことなど知られる必要はない。作品を見て頂くことが全て。」
と、生意気にも創作と呼べるものを初めた中学生の頃より、そう断じておりました

が、それには大きな自己矛盾があることに気付いたのは、最近でありました。

たとえば私の尊敬する、水木しげる先生。
初めてTVのインタビューを拝見した衝撃から、著作の収集だけでは飽き足らず、
講演会があれば聞きに行き、出演されるイベントがあれば会いにゆく。
同伴の荒俣先生そっちのけでツーショット写真をねだったこともあるほど、
私自身、創作家本人にこだわっているではありませんか。

私生活や思想を人様にお見せしたい気持ちなど毛頭無いように思いますが
案外創作という行為は、その逆を暗示しているともいえます。
人として認めて頂きたいから、自身の副産物である創作品を見て頂く。
たとえそれらに一片の魅力も無かろうと、
自ら全て明かしてゆくことは、作家にとって決して無意味ではないのでしょう。

そんな思いが手伝って、この美凛様のブログの片隅をお借りして、
不定期に浜野洋一の徒然を書くことになりました。
難しいこと書くと続きません。気楽に行くつもりです(^o^)
皆様よろしくお願いいたします。

浜野洋一
1967年 神奈川県横須賀市生まれ。
工作好きの父や叔父の影響で、物心つくころには何か描くか作っていた。
小学校卒業文集での、将来なりたいもの。ズバリ「画家」
2006年米子市移住。2008年より独学で油彩を始める。
現在、美術公募団体・光陽会会員。米子美術家協会会員。鳥取県美術家協会会員。
略歴など、おいおいご紹介させて頂ければ嬉しく思います。


このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

昨日、知人宅にお祝いを届けたついでに西伯郡南部町(旧西伯町)法勝寺の法勝寺焼松花窯に行ってきた。

案内してくださったのは4代目窯元 安藤真澄さん。

法勝寺焼松花窯の近年の特徴は布目波紋が殊に有名だが、それ以外にも淡いベージュ色(都合により画像は掲載できないが)の筒茶碗に力を入れておられ、また、前回の窯からそれとは真逆の朝顔型の一見紫に見える茶碗も手がけておられた。

この紫系の茶碗の特徴は同じ地元の土を使っていても 心なしか重く感じられたが付近の窯では見かけない不思議な色合いに魅入ってしまった。
う~ん、いかにも登り窯で焼いた地元の・・・って感じを表現するため土の粒子が粗くしてあり、それが素朴さを一層引立てている そう、山陰と京都がひとつの器に共存しているような このなんとも言えない雰囲気を醸し出している作品に 思わず”これ取っておいて”と火の車の家計を省みず口走ってしまうところだった(笑)

双方とも地元の土を使った作品で、筒茶碗は往年の丸型から箆(ヘラ)で面取りした多角形型に挑戦中。
そして近年採取をされなくなって久しい高貴な色合いの紫系の茶碗もと、あくなき戦いに目を輝かせておられるお姿に大変好感が持てた。
ちなみに、この異質な茶碗を同時に同じ窯で焼くことは本来行わないことで、大変難しいらしい。

きけば来月早々に鳥取で個展を開かれるとのこと。

今月末から来月初旬に個展前の作品を見せていただくとのお言葉にうれしい気持ちで窯を後にした。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

チョコラ君(CHOCOLA OF FRIENDLY ANGEL JP)は2013年10月25日 京都 長岡京ドッグスクールで生まれました。

父の名前はBOGIE OF SMILING ANGEL JP(ボギー)
母の名前はELLEN OF FRIEND HILL K.N. JP(エレン)

これがその出生証明書です。



長岡京ドッグスクールのページの両親をご覧頂くと、双方ともイングランド系の毛色がチョコレート系・・・  チョコレート系には薄い茶色に見えるものから見た目には黒に見えるものまでありますが、チョコラは黒に近いチョコレート色だとお分かりいただけると思います。

私的にはやや明るい茶色っぽい色より綺麗に見えますが、いかがでしょうか?

今でこそ笑い話になりますが、小さい頃は一見遠目には真っ黒に見えたため、散歩中に出会う人 ほぼ全員から「恐ろしい犬」の烙印を押され、避けて通られたものです 10Kgに満たない幼犬にですよ(笑)



それが現在はこの通り、チョコラは間もなく2歳の誕生日を迎えますが、相変わらずのやんちゃで訓練内容は簡単に憶えてくれますが、一般生活の中での活用は性格が災いして全く出来ていません。
一方、散歩には出会う人達が見慣れたためか格好いい!の声もきかれます。
もう少し好まれるためにこの性格を和らげる手段に去勢をと周囲は薦めます。
私はチョコラの素晴らしい血統を次世代に残すため去勢には賛同を躊躇っています。
3歳になれば少しは大人しくなってくれて、お嫁さん選びも出来るのかな?って(笑)

ちなみに・・・体重はai動物病院の森田先生曰く、30Kgが理想だそうですが、私の個人的な理想で32Kg程度(♂としての貫禄が保てるように)に保って毎日朝晩の散歩で相互体力任せの引っ張り合いを楽しんで?います。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

4月に右手の薬指と小指の間に人間で言うガングリオン(良性腫瘍)が出来、膿んできたため手術をしました。
しかし経過が悪く、幾度も切開を繰り返すうちに傷の周囲が炎症を起こし始めました。

結局3ヶ月に渡って通院を繰り返した挙句、自然治癒に頼ることにして通院を止めましたが・・・

先日、チョコラがサークルの中で右手を庇うようにして歩いている姿を見かけ受診してみたところ趾間炎と言う皮膚炎で炎症を起こしている足の裏の皮が散歩中のアスファルトとの接触に耐え切れず剥けて出血していることがわかりました。

ai動物病院の森田先生曰く、この皮膚炎は何度も繰り返すと以前に聞かされましたので ガックリ↓

この病気、ネットで調べると指の間とか脇などは特に 毛穴から出る汗様の分泌物が体表をアルカリ化させ菌が繁殖して皮膚炎に至るとか。

森田先生から不潔な状態、特に湿気には気をつけてくださいと何度も言われていたんです。
だから今夏はサークルのある部屋を一日中エアコンを乾燥運転にして健康を保ったつもりで頑張ったんですが、その分チョコラにシャワーを使わせることを手を抜いていました。

また延々治療の日々です。

せっかく治ったかに見え、遠出をし始めた矢先に 痛い 泣けてきます!!
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

↑このページのトップヘ