ギャラリー美凛

自宅にギャラリーを作ってしまうほどの美術品愛好家で作家さんへの応援が生きる原動力になっています。

2017年06月

7月4日から京都市美術館別館にて第65回光陽会展京都準本展が開催されます。
詳しくはこちら
今回は本館が工事中のため別館にて開催されますのでお間違いのないようにお越しください。
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一昨日のこと、ai動物病院に朝から点滴を受けているジャガーを迎えに行って診察順番が来て呼ばれた、まさにその時、受付に駆け込んできたご婦人が「鴨が横断歩道で軽トラックに轢かれて・・・」「診察してもらえますか?」と相当な剣幕でまくしたて引き下がろうとせず・・・
耳をそばだてて聞いていたら、当の鴨は横断歩道に放置し、自分の用事(犬の予防接種)をまず優先させるべく病院に急いで来たとのこと。
困惑する受付に「なんとかしてよ!!」とまくしたてておられ・・・(病院はフィラリア予防で大混雑中)
受付(病院側)は「医療センターなら無料で治療を」と応えるしかなく・・・
しかし、当人は一向に引き下がる気配はなく「だって病院でしょう!!」と・・・
鴨の容体を心配するより自己主張が通らないことに逆切れ・・・

ジャガーの診察を後に回してもらい鴨の元にとにかく駆けつけました。
鴨は後続の車両に轢かれたらしく体の右半分が完全に砕けて、そのまま横断歩道の隅、血糊の中に放置状態でいました。
つがいの生き延びた一方と、その子供たちが脇の田んぼで怯えたように右往左往し泳いでいて、明らかに彼らはそこで子育てをしており、餌を求めて時折横断歩道を渡っていたものと推察しました。

死骸をありあわせの袋に入れて病院に戻って受付に状況を説明したんですが、通報した当人は用事を済ませ帰っており、その騒ぎを一緒に聞いていた待合室にいた人全てが「我関せず」の体でした。

テレビやネットで子育て中の鴨が親子そろって横断歩道を渡る。
それを住民や警察官が優しく見守る光景が流されます。
今回の件に関して言えばこの地区は論外でした。
軽トラックに轢かれて死んだ鴨は本当に運が悪かったんでしょうか?
通報した夫人は横断歩道を渡ろうとしていた鴨を軽トラックが轢いたと証言しており、直前の信号は赤だったそうで、赤信号で止まっていた軽トラックの運転手の目からは横断歩道を渡っている鴨は見えていたはずですし、轢かれた場所は道路の一番端っこでしたから相手が人間なら殺意をもって鴨に突進に間違いはないと思われました、それでも逃れようともがく鴨を更に轢いた後続車に至っては悪鬼ではないでしょうか?

亡くなった鴨は今、赤蕪くんの脇(庭の片隅)で静かに眠っています。
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油彩で油を使うとき筆が走りやすいようにポピー油を使っていす。
ところがポピーだけでは素材(ジェッソ地)に思ったように張り付きません。
下手をすると絵の具が滑って”マダラハゲ”ができてしまいます。
そこでジェッソ地に食いつきやすいようにダンマルを足します。
半乾きを見定めて塗り重ねを繰り返すので、リンシードを足します。
しかし、時間とともに表面に埃や手垢などの不純物が付着した場合は油が水に弾くような状態が生まれます。で、テレピンを足します。
リンシード・テレピンを足し過ぎると短時間で硬化が始まり運筆に影響が出ます。
かといって少なすぎると絵の具が浮いたり滑ったりします。
ほどほどの混合、筆先をどの程度使うか穂先?腰まで?に全神経を使うことにもなります。
グレーズとスカンブルを考慮に入れ、乾き具合も考えながら絵の具が濃すぎず薄すぎず良い塩梅に描くことは頭の痛くなる作業ですね。

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hiroshima_kouyou

hiroshima_kouyou2
先月終わった光陽会広島準本展の写真を転載しました。
ちゃんとした美術館に自分の絵が展示されているところを見たことないから
こうやって会場ごとに掲載していただく写真だけが状況を知る手段なんでね
これを見つけたときは本当にうれしかったです。
なんだかわざわざ立ち止まって絵を見ていただいてる人がいるんだと思うだけで
来年度に向けて、またやる気が出ました。
広島支部のみなさん、ありがとうございました。
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「憂つろい」と付けた理由は
青春を無下に過ごし、気が付けば独身なのは自分だけ、友達は結婚し子供もいる。
さみしさを紛らすために故郷に帰ってきてはみたが、情景に昔のなつかしかった面影はない。
わたしはいったいなんだったんだろう・・・
歩き疲れ夕暮れ時の橋の欄干に腰掛け夕暮れをひとりぼっちでみるとき
「さみしさとうつろいをあや取る」
つまり心の葛藤を絵で表現した。その題が「憂つろい」です。

2017新人記念賞「憂つろい」
この絵を制作するにあたり京都、島根県熊野大社、美保関などを歩き人物・風景を写し取って構成し情景に1年、描くのに更に1年を費やしています。
つまり最低でも2年を費やして完成させています。
その「憂つろい」という文字が安易に転載されていました。

もの憂げとは?日本語表現辞典。 読み方:ものうげ別表記:もの憂げ「なんとなく憂鬱な」 「何となく気がふさぐような」といった意味。物憂い、とも表現される。

このように辞書には出ており

うつろいとは?活用形辞書。 〔動詞「移ろう」の連用形から〕 ① 移り変わること。 「季節の -」 ② 盛りのときが過ぎること。 「美貌(びぼう)にも-が見える」 ③ 居場所を変えること 。転居。 「まだ対面し給はねば-もえし給はず/...

このように山々や木々などの四季・情景の「うつろう - 移ろう」もの(姿・形が変わる様子)ではありません。
そこを「憂つろい」と使われたとしても、それは日本語の使い方からして根本的に間違っています。

堀江貴文氏に関連した「パクリ騒動」ではありませんが、努力もせずあやかりで有名になろうなんて浅はかな考えは止めましょうね。
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