先日、梅津先生が来訪され、描きかけの油彩について色々教えていただいた。

そう、普通の素人なら気軽にざっくり描く技法を最初に試みるものだが、
私は最初から人物をうまく描けば自然と技術が上がるものと鉛筆画、
それも細密画から始めていた。

それが仇になって油彩が一向に進展しない。
その様子を見て先生は時々世間話の体を装い指導にいらっしゃる。

その先生の話の中で道は少し違うが日本画で細密な女性を描かれる人の話をされた。
黒川雅子っていう人の話で、その方の描かれた人物画の葉書を持参されていた。

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風の音

日本画といえども細部まで狂いの無いデッサン、一部の細密画の中には肌色ばかりか全体をバーントシェンナ系(いわゆる茶色系)の濃淡主体に描かれ、こういった場合の女性独特の肌色の表現に欠ける作品も見られるが、黒川さんの作品にはそれもなく構図的にも女性を逆向きに横たわらせ、それでいて違和感を感じさせないというのは他に類を見ない素晴らしい作品だと思うにつけ、梅津先生が知り合いだといわれるから、なお驚いた。
実際、自分で人物の肌や衣服の微妙な影を描いてゆくと、終いには濃淡の度合い、その種類が分からなくなる場合が往々にしてある。

影というのは不思議なもので、あるときは緑系の影に、またあるときは紫系の影に、そしてまた赤とか茶色系の影にもみえる、その妙味を(グラディエーション効果を)理解し微妙に扱い描かなければ細密画にはならない。

耳たぶの上のほつれ毛のあたりの影がそれで、いったい何処から影が射しているのか生え際の影か、上にかかる髪の影か微妙なところである。

しかし、それが理解できないと顔の正面と側面の違いも表現できないことになる。

時間を置いて感覚を新たにしてそれを探り出すのは努力と辛抱以外に何も無い。

このあたりが野に出て描き始めて数時間でほぼ完成に近づける他の絵とは違うところであろうし、巨大なキャンバスに挑戦できない理由もそこにある。

その点で私はこの作品が素晴らしいというより描いた人が忍耐の人としてなお一層好感が持てた。