むか~しむかしの話をします。

私の実家は彼の戦国時代、尼子が築いた富田月山のある島根県能義郡広瀬町から6Km離れた戸数16戸の寒村、下山佐村須谷にありました。
幼いころ、雪はどんなに少なくても1mは越しました。
子供心にも胸で深雪をかき分け進むことの辛さを嫌というほど思い知らされました。
なにしろ着ている服ですら下着の上に学生服を羽織った程度でしたから。
貧困にあえぐ集落ゆえ、全ての人が長靴を持っているわけもなく、ましてや雪かき用のスコップですら昔はせいぜい剣スコ(先のとがった鉄製)、もちろん我が家にはそんなものなくて、親は畑を耕す鍬で雪かきに加わってました。
裸足に藁沓、長靴が普及してからも靴下が買えないから靴の底に藁を敷き寒さを防ぎ、そして鍬で延々数キロもの道を手作業でです。
ろくな食べ物もない人たちが、明日を生き抜くため身を削って生活通路を確保したものです。
もう60年も前の話を持ち出し...と言いたいんでしょうが、そんな人たちが苦労して築き上げた日本だからこそ今があるんです。

某メディアが災害派遣の自衛隊を云々と伝えてますが、平和ボケした連中が何をほざくかと言いたいです。

防寒着に身を固め、栄養価の高い食事をいただき月給貰って雪かき  いいじゃないですか。
北陸の人たちから見れば生き神様です。
自衛官諸君、大いに災害派遣行うべし。陸自う自衛隊だけじゃなく海上も航空もどんどん出すべし。
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