紫の名もない花

勿忘草のことですね。

ドイツの悲愴な物語は何を伝えようとしてるのでありますでしょうか?


故人を決して忘れてはならない

生きているものが想うのであれば
故人は永遠に生き続けることができるのでありますが

時というのは時として恐ろしく
だんだんと大事なことが薄れてゆく場合があります。


それを癒しと感じる方もおるでしょうが

癒しとは
立ち向かってこそ癒し
向かい合ってこそ癒しなのであります。


穏やかな波に飲まれることは癒しなのではない。

それは忘却に過ぎない。



私が感銘を受けた、僧侶のお話をしましたよね。
私の叔父の葬儀の際のお話ですが

私は彼にこのように言いました。

葬儀自体などどうでもよいこと。
また、墓参りも然り、法要も然り。


それで、その僧侶は私の言いたいことなどすぐに分かるのですね。

その僧侶は・・・

その通りであります。
大切なのはその行為ではなく、忘れないこと。
故人を忘れないように、そのような慣習を生み出したものなのです。





春の穏やかさに包まれていては
名もない一輪の紫の花に気がつくことがなく、ただ、過ぎ行くのみ。