"原発ゼロ"となった日本で核の火が燃える。
そんなことは許せないと関電・大飯原発前に集まった人たちは、6月30日〜7月1日にかけて「再稼働反対」の声を上げ続けました。

再稼働予定とされた7月1日21時は日曜日の夜。しかし「原発いらない」「子どもを守ろう」の気持ちは決して折れず、日付が変わってもシュプレヒコールは鳴りやみませんでした。

7月1日大飯再稼働阻止の座り込みアクション (70)7月1日大飯再稼働阻止の座り込みアクション (86)


!記事の続きはバナー下の<続きを読む>から!

でも、その前に1クリックで当レポートに応援いただけませんか?
↓↓↓
人気ブログランキングへ
筆者が現場入りしたのは7月1日の午前。
その様子は速報として以下の記事に様子を伝えた。

福石みんの福井市民レポート : 【速報】7.1大飯再稼働阻止の座り込み抗議アクション

前日の6月30日から続く抗議アクションは、参加者も相当に疲労していたはず。
粘り強いハート、揺らぐことのない強い思いが集結している。

一方、記録する側の筆者からすると、粘り強さは変化のなさに見えてしまった。
こらえ性のなかった自分が恥ずかしい。周辺の写真だけ撮影して分かった気になり、昼ごろに現場を離れた。

その際、福井県で原発反対に燃える女性に「今頃何をしてるんだ!」と罵られ、同じく福井県で原発反対に日々飛び回っている男性が「俺、寝てないんだ。昨日(6月30日)からだからな。もうふらふらだよ」というのを聞いた。
筆者のできることは現場の様子をブログで伝えることだと思う一方、本気で原発に反対しているなら最後まで残れという気持ちに揺れながら、結局、現場を離れた。

帰宅し、デジカメ写真や動画を整理しながら、IWJの中継やTwitterで様子を確認していた。
頭の中では「今頃になって!」「もうふらふらだよ」がリフレインし、IWJからは「再稼働反対」のシュプレヒコールが響いた。
現場にいる友人(といっても20歳以上も年上だが)から、「あ、ごめん。今、パージ(排除)されてる最中。現場は大変なことになってるよ」という電話連絡をもらった。

これを受けてとツイート、家を飛び出した。

前置きが長くなったが、それくらい"現場"には人を引き付けるパワーがあったということ。
「安全対策が不十分」「電気は足りてる」「"フクシマ"は終わってない」など理由は数あるにせよ、そこには「いのちを守る」という根本的な感情が渦巻き、微動だにしない抗議アクションの原動力になっていたのだと思う。

7月1日、二度目の大飯原発前は、夜も更けて帰る人たちとすれ違う頃合いだった。
道すがらIWJから聞こえてきた「再稼働反対」の力強いシュプレヒコールも、心なしか小さなものになっていると感じた。
というより、現場ではシュプレヒコールをあげる集団を取り囲むようにしている人たちがいて、彼/彼女らは疲労のせいなのか、勝手が分からないせいなのか、はたまた単純に恥ずかしいからなのか、一種外野のようにも見えた。

しかし今、ブログに書くという作業に取り組んでみるとよくわかる。
彼/彼女らも怖いんだ。以下のブログでよくわかった。

大飯原発の再稼働について、現場で起きていた本当のこと。 - この道を歩いてる

原発に反対する気持ちは強くても、警官隊と向き合って抗議するほどの無鉄砲さには至っていない。
当たり前だ。僕らは逮捕上等の鉄砲玉ではなく、ただの一般市民なんだから。

もっとも当時の筆者にそんな考えはなく、たまたま遭遇した友人に「一緒にシュプレヒコールあげようぜ!」といってみれば、「どんどんいって!(私はいかないけど)」というありさまに歯がゆさを感じていた。
筆者にしてみれば疲れ果てて後退した仲間の分まで頑張るのだという気合で、様子を一部撮影すると警官隊が立ちふさがる前線に入っていった。
その瞬間、ブロガー"福石みん"は消え、原発に反対する市民が一人加わった。

7.1大飯再稼働阻止の座り込み抗議アクション(5) - YouTube


前線に入って分かるのは、シュプレヒコールはただ一様に「再稼働/反対」を言っているのではないということ。
一人か二人、音頭を取るメンバーがおり、それに応えて参加者が声を上げている。

だが音頭役はつらい。
無限に続くシュプレヒコールで、声が途絶えるのは、それ自体が恐怖。
それがわかった。

だから僕は何度も率先して音頭役に入った。
地声で元気に「再稼働/反対」を繰り返し、しかしのどが嗄れないよう、用心して声を出した。
続く声も数が多い方がいい。少数ではいずれ途絶えてしまう。だから手招きして参加を呼びかけたり、近くで声が上がると親指を立てて歓迎した。
おそらく6月30日から始まった「再稼働反対」のシュプレヒコールは、こんな風にして励まし合いながら続いてきたのだ。そして僕はここに参加しているのだという帰属意識を感じていた。

しかし前線は本当にすごい。
「再稼働/反対」コールの最中、最前線は警官隊と向き合い、サシで語りかける連中がいた。
もちろん警官隊は無視するし、手を挙げることもない。でも、東京のOCCUPYで逮捕者が出ているのを見ていれば、彼/彼女らがそうならないとは限らない。そんな緊張感がある。

小一時間くらい音頭を取り、ふらふらになってバトンタッチ。
休憩のために後退する。
といっても水も食い物も用意してない身。へたりこまないよう身を支えるながら休むのがせいぜい。

一人休んでいると、周囲からOCCUPYのやり方に是非する議論が聞こえる。
賢しらになって仲間内の小声でアレコレいうくらいなら、前に出てシュプレヒコールに参加しろと言いたくなる。
でも一人、二人を無理やり引きずり込んだところで意味がない。手を取って前線に押し上げても、声を上げさせることなどできやしない。
第一、僕からしても午前中の大飯原発前ではシュプレヒコールに参加していなかった。
現場に来るだけでも勇気。それを称賛したい。

しばらく休憩して前線に戻る。
音頭に入ったり、応じ手として「ヒバクは/嫌だ」「子どもを/守ろう」などとやっていた。

もういい加減、声を出すのがしんどくなり、頭ももうろうとなり、手拍子の打ち過ぎで痛くなってきた頃、どこからともなく飲み物の差し入れが入る。
ビン入りのサイダーだった。キャップがなくて閉口していると男性が近寄り、栓を抜いたボトルを差し出してくれた。
頭を下げて一口飲む。うまかった。

カネがいるのかと思ったが、どうやら無料らしい。
おそらくカンパでまかなわれているのだろう。
現場に足を運ぶ人たちの支援、現場にこれなくても口座に振り込んで協力する支援。
どちらも甲乙つけがたい。分かちがたい思いがあって、ここに抗議アクションが成立しているのだとかみしめる。
また音頭役に回った。

腕時計で確かめると日付が変わる10分前。
あっという間のことだった。
僕らが向き合っていた警官隊が移動を始めた。
パージではない。隊列の解散だ。

そこでようやくバリケードが孤立していたことを知る。
同時に歓声が上がる。
後ろに下がっていた人たちも前に出てくる。

7月1日大飯再稼働阻止の座り込みアクション (65)7月1日大飯再稼働阻止の座り込みアクション (64)
7月1日大飯再稼働阻止の座り込みアクション (69)7月1日大飯再稼働阻止の座り込みアクション (67)

中はお祭りだった。
孤立していたバリケードには、より大きなリズム隊が入っていた。音響機材もあった。
悲痛な叫びだった「再稼働/反対」のシュプレヒコールが、歓喜のメッセージに変わった。

7.1大飯再稼働阻止の座り込み抗議アクション(6) - YouTube


声を出さない人たちは小さく光る画面をポチポチやってる。
TwitterかFACEBOOKで喜びを分かち合っていたのだろうと思う。

改めて「再稼働/反対」コールに力が入る。
ただ動画や写真を見返すと、なるほどマスコミが「原発反対派」とレッテル貼りたがるのも分かる気がする。

7月1日大飯再稼働阻止の座り込みアクション (72)7月1日大飯再稼働阻止の座り込みアクション (79)
7月1日大飯再稼働阻止の座り込みアクション (84)7月1日大飯再稼働阻止の座り込みアクション (77)

見た目は完全にアナーキスト集団。打楽器が激しく打ち鳴らされ、参加者がジェスチャーしながらシュプレヒコールやっている様子は、一般人視点で見れば異様だ。
現場にいた筆者でも理解できる感情だから、原発問題に関心のない人々からすれば「コワい」と思われたって仕方がない。
でも集まった人たちは孤立していたバリケードとパージされた仲間が合流できたことを喜んでいたのだと思う。
この様子は次のブログに動画紹介されている。

40万人が見守った「再稼働反対!」おおい町にて - みんな楽しくHappy♡がいい♪

僕は30日には現場にいなかった。
1日の午前はシュプレヒコールにも参加していなかった。
でも一緒にバリケード解放に立ち会った仲間として、みんなの喜びをおすそ分けさせてもらった。

また僕らは、原発に反対しているだけの健全な市民であるという自覚を忘れなかった。
マイクから「みんなゴミの始末が悪い。俺たちはクリーンを求めて原発反対しているんじゃないのか。だったらちゃんと始末しろ」とアナウンスがあった。
みんないそいそとゴミ拾いを始めた。

そして1時過ぎだろうか、リズム隊から一本締めがあった。
始まりがあれば終わりがある。仕方がない。
でも残った人たちがいた。僕も残った。

人が減って空間のできたバリケードの中は、少し寒々しい。
さてどうしたものかと思っていたところ、人の鎖が生まれつつあった。
警官隊が残った人たちを一斉排除しようとするのに対抗しようというらしい。

今にして思えばバカげた話だ。現場は解散したんだから帰ればいい。
わざわざ残って逮捕のリスクを負うなんて、アンチ原発反対の人たちじゃなくても「はた迷惑」と言うだろう。
でも僕は人の鎖に加わった。最後の最後まで見届けようと思った。
だったら座るのは特等席。後ろに下がってカメラを構えていようだなんて頭の片隅にも思い浮かばなかった。

最初、僕らは警官隊に背を向け隣の人と腕組みした。
人の鎖は充分な余裕をもって二列できた。
リズム隊はドラムを鎖の前に設置した。

そこに入ってきたのは山本太郎さんの電話だった。

人を介してつながった電話の趣旨はこうだ。
「皆さん、がんばってくれてありがとう。
でも大飯原発は再稼働した。
みんなの勇気は全世界に伝わった。
しかし再稼働してしまった。

僕はみんなに言いたい。
今日は休んでほしい。
ここで倒れても何にもならない。
また明日のために、今日は休んでほしい」

山本太郎さんは脱原発のヒーローだ。
ヒーローの声は勇気を生む。
しかしこの夜、山本太郎さんの電話はみんなの気持ちを逆なでした。

「再稼働しているわけがない。俺たちはここを封鎖しているんだ」
「終わったみたいに言うな。俺たちはまだまだここでやるんだ」
「現場に来てモノを言え!」
などなど。もっともだと思う。

しかし気持ちの折れた人もいた。
人の鎖がほころんだ。
僕は叫んだ。
「頼むから誰かここを埋めてくれ」

誰も来ない。
高揚した気持ちから一転、山本太郎さんの「再稼働はなされてしまった」という情報は、集まった人たちの気力をこそげ落とした。
この時点で人の鎖に加わるには、最初に腕組みした以上の勇気が必要だったのだろう。
誰もそんな勇気はなかった。

疲れと恐怖と怒りで足が震える。
誰ともなしに腰を下ろした。
僕の背中に警官隊の盾が押し当てられた。
「これ幸い」というフリをして、背もたれ代わりに身体を預けた。

そのときの僕は、誰かのために座っているのだという自己犠牲も、特別な存在として抵抗に加わっているのだというヒロイズムもなかった。
あるのは「原発反対」という自己表現。
いや、ヒロイズムはちょっとあったかもしれない。そうでもないとこわくてやってられない。涙がにじみ、一度だけ鼻水をすすった。

何度か「誰でもいい。鎖をつないでくれ」と叫んだ。
やっぱり来ない。
だったら「俺がパージされるまで全世界に伝えてくれ」と頼んだ。
多くの人たちがカメラを起動させ、スマホを僕たち人の鎖に向けた。
残った人たちは人の鎖を見捨てたわけじゃない。

そして抵抗は最高潮を迎えた。
リズム隊は激しくドラムを鳴らし、人の鎖はともすればくじけそうになりながら、それでも「再稼働/反対」コールを続けた。
人の鎖に加わっていない人は全身でシュプレヒコールに参加した。

終わりは唐突に、そして平和的に迎えられた。
誰かが「みんな、ゆっくり立とう」と言った。
「そのまま前に歩いてくれ」
僕らはもう限界だった。座り続けるだけの気力はなかった。
きっかけが欲しいだけの存在だった。

最後まで人の鎖にいたメンバーは、みんなから人のトンネルで祝福された。
この夜、大飯原発前OCCUPYでは誰一人として逮捕者は出なかった。
それを支えたのは、原発再稼働反対監視テントの力が大きい。
人の鎖を警官隊から引きはがした呼びかけも、二度目の解散宣言を出したのもここだった。

原発再稼働反対監視テントは「勝利的な貫徹」といった。
そして継続しても人が減っていく上、月曜の朝までには必ず強制排除があるだろうと伝えた。言外に逮捕も含ませていたと思う。
みんな限界だった。最後の人の鎖は、残りカスの余力も使い果たした。
僕らは解散した。

だけど僕は感謝したかった。
みんなに礼を言いたかったし、また次のアクションには一緒に参加したいと思った。
だから言った。
「みんな、隣の人に『ありがとう』と言おう。僕らはきっとまた一緒になる。だから握手しよう」
僕はさっそく隣の男性と握手した。

==

この国はひどい。
一年前に起こった原子力災害の責任を取らぬうちに、「私の責任」と再稼働に着手する首相。これを支えた福井県知事。
物資や人員の確保も不明のまま再起動させた関西電力。

コトは原発賛成/反対の問題か。
問題を問題とせず、やるべきことは強引にでも進めてしまう日本のありようが問われる。
突き詰めれば大飯原発再稼働阻止の座り込みアクションも、結局、原発反対の市民vs警官という構図になってしまった。

警官憎しの人もいたようだし、警官サイドも原発反対の市民をうっとうしく思っているのかもしれない。
でも、そこは問題の本質じゃない。

消費税増税だって、TPPだって、郵政民営化だって、市民はこれほどまでに反対の意志を示したことはなかった。

僕ら日本人はパリ暴動などを見るにつけ、「市街で暴れる市民はバカ」だと横目で見ながら嗤っていたと思う。
しかし今、「再稼働反対」という一点で立ち上がった市民の声。これを無視し続けたまま国を維持することができるのか。

僕らは岐路に立たされている。
その一つのラインが、今回の大飯原発再稼働阻止の座り込みアクション(大飯原発OCCUPY)でなかったかと思う。

◆関連記事
【速報】7.1大飯再稼働阻止の座り込み抗議アクション(2012年07月02日)


【カンパのお願い】
福井市民レポートでは、カンパのお願いをしています。
マスコミが枠外にしている"現場"を伝えるメディアとして、読者の皆さんのご支援をよろしくお願いします。

思ったこと・感じたことはコメント/ツイートしよう