萬年少年

ただの日記です。  

2016年09月

落葉の掃き寄せ

文藝春秋社 江藤淳著:小熊英二著「民主と愛国」に江藤淳が取り上げられていたのだが、この早熟な秀才をどう読んだらいいのか扱いかねていた。ひとつには柄谷行人が若いころ江藤の文体を学ぶため、その著作を筆写して訓練したと聞いていたからだ。柄谷の著作は若いころ、法政大学教授ということもあって随分と挑戦したものだったが、とにかく難解でなんの収穫も得られなかった苦い思い出がある。そんな柄谷が心服する江藤淳であったから、なおさら遠ざけていたのだろうとも思う。それと東京にいたころは周囲には左派系の人たちに多かったという事情もあり、大江健三郎なんかはもてはやされていたのだが、保守系の江藤に関して話題に上ることはほとんどなかった。それでも本音を言わせてもらえれば、大江に関してもいくつかその作品を読んでみたけれど、多元的宇宙がどうのこうの、トリック・スターが云々とか、とりたててインパクトもない語句を挙げ、時代の先端をいくかのような錯覚だけの世界観にどうしても同調することはできなかった。同時代の作家では安倍公房「砂の女」や、倉橋由美子「パルタイ」のほうが衝撃的だった記憶がある。
さて、本書「落葉の掃き寄せ」では江藤は大江にたいして批判めいたことを口にしている。「やつは敵だ。敵を殺せ」。戦後民主主義を絶対化し、自分たちが無謬だと主張する人々。大江もまた次第にそういったひとたちになびいていく。江藤はそんな大江の態度を民主主義の原則とは無縁な、擬装された陰惨な左翼全体主義以外のなにものでもない、といって批判している。
勿論「沖縄ノート」を書いた大江であるし、護憲の最前線に立つ大江であるからその主張に賛同する人も少なからずいるし、なにしろノーベル文学賞作家なのだからファナティックな支持者もかなりいることとは思う。
江藤にしろ、大江にしろ今となってはどちらにもつこうとは思わないけれど、人間年を重ねると次第に、保守的な姿勢になるものである。江藤のエッセイは最近の評論家には観ることができないほど美文だということは、年月を経て改めて発見した。それだけでも読むのに値するものと思う。
麹町、九段界隈の街を車で通り抜けるときの、景色の描写を書き記した一文はことのほか美しい。

ゴドーを待ちながら

白水社 サミュエル・ベケット著:不条理演劇の最高傑作と銘打ってある。でも意味があまりよく分からない。不毛な会話のやり取り。物語もない。調べてみれば、ゴトーは死に喩えられ、ただ待つことしか与えられていない。故に自死を選択するのだ。とか「差異と反復」。そうかなるほど、ポストモダンな孤独だそうだ。
ベケットは晩年、目の悪くなったジェイムス・ジョイスの仕事を手伝ったと聞きます。ヌーボーロマンの先駆者でノーベル文学賞を受賞します。そういえば我が国でも大江健三郎氏がこの賞を受賞したが、さほどおもしろいとは感じられない。同じく毎年この賞にまつわり村上春樹氏が話題になるが、最近は注目するほどの作品を書いているとも思えない。

日銀、その後 FOMC

きのうの日銀金融緩和継続の内容がほとんど意味が分からなかった。最初は市場に評価されて円安に向かったが(102円50銭)、一夜明けて現在100円18銭。黒田総裁の会見では円高についての発言はなかったが、円高放置でデフレ脱却とはいえないのではないでしょうか。これで次回の日銀会合いよいよ深掘り突入で策はもうないか。今朝のFOMCも利上げは取りあえず今回はやらない。年あと1回はやる。と発言。これから市場はこれを織り込みに向かう。

<中東>の考え方

講談社 酒井啓子著:ひとことで中東といっても漠然としている。それはアラブ民族であるし、イスラムである。あるいは石油を連想させるし、様々なテロの温床になっているともいわれている。しかしユダヤ人もいれば、無理やり移住してきて領土を拡大したユダヤ教国家、イスラエルもある。またすべての国家が石油を産出するわけでもない。
「レイティア国家」とはー産油国政府は国民から税金を取らず、石油収入を国民にばら撒いて国民の支持を確保する国家のことである。産油国のように不労所得で成り立つ経済を「レイティア経済」といい、一般的にレイティア国家では民主化が遅れがちだと論ぜられる。
中東に最初に介入したのは大英帝国だった。それがイスラエル建国をきっかけにアメリカがかかわるようになった。アメリカは常にイスラエル寄りの政策を取るようになった。それに反対する勢力はテロリストだというわけだ。そこに徹底した対米不信感が中東で醸成されていった。アメリカの冷戦時代の戦略が中東政策に影を落としていると筆者は説く。

霧 ウラル

小学館 桜木紫乃著:昭和30年代、北海道は根室で織りなす三姉妹の人間模様。政治、事業、裏社会における様々な駆け引きのなかで、人間関係の微妙な心理の綾を極限まで問い詰める。ついに桜木さんはこんなにも心の奥深くまで切り込むことができるような作家になったことか、と感心します。まあ、生き様とかしつこさが好みではない、という人も当然いるでしょうね。
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亀は万年、
おいらはずっと少年。
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