●国際文化フォーラム●


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文化庁主導の財団法人がいまだに「強制連行」と表示している件について:[2006年06月05日]

2006年06月05日

文化庁主導の財団法人がいまだに「強制連行」と表示している件について
戦時徴用は245人 文化庁主導と見られる「国際文化フォーラム」ここのHPの、「であい」→「教師のためのサポート情報」→「ミニ辞典」→「社会環境」の中の柳有真の欄の中の「在日韓国人二世・三世」というページは、こんな説明が載せてある。

在日韓国人2世・3世 ざいにちかんこくじんにせい・さんさい Second- and third-generation Korean resident of Japan  日本に定住している韓国・朝鮮人の多くは、1910年の韓国併合から1945年の終戦までのあいだに日本に渡ってきた人とその子孫である。第2次世界大戦中には、多くの人が日本へ「強制連行」された。在日韓国人・朝鮮人の正確な人口はわからないが、終戦時に日本に残った韓国・朝鮮人とその子孫で、現在も韓国籍か朝鮮籍を持っている人は約65万人と言われる。このうちの多くは日本生まれの2世、3世である。また、日本に帰化した人やその子ども、在日韓国人・朝鮮人と日本人とのあいだに生まれた子どもなどを入れると、200万人以上になると言われている。

…実際には併合時の国民としての軍役や、自国での貧困から逃れるために、日本に密航してきた人達が多かった、というのはいまや2ちゃんではデフォルテの認識。これは、1959年7月13日 朝日新聞に載った記事。

大半、自由意思で居住 ──────────── 外務省、在日朝鮮人で発表 ──────────── 戦時徴用は245人 在日朝鮮人の北朝鮮帰還をめぐって韓国側などで「在日朝鮮人の大半は戦時中に日本政府が強制労働をさせるためにつれてきたもので、いまでは不要になったため送還するのだ」との趣旨の中傷を行っているのに対し、外務省はこのほど「在日朝鮮人の引揚に関するいきさつ」について発表した。 これによれば在日朝鮮人の総数は約61万人だが、このうち戦時中に徴用労務者として日本に来た者は245人にすぎないとされている。主な内容は次の通り。 一、戦前(昭和14年に日本内地に住んでいた朝鮮人は約100万人で、終戦直前(昭和20年)には約200万人となった。 増加した100万人のうち、70万人は自分から進んで内地に職を求めてきた個別渡航者と、その間の出生によるものである。 残りの30万人は大部分、工鉱業、土木事業の募集に応じてきたもので、戦時中の国民徴用令による徴用労務者はごく少数である。 また、国民徴用令は日本内地では昭和14年7月に実施されたが、朝鮮への適用はさしひかえ、昭和19年9月に実施されており、朝鮮人徴用労務者が導入されたのは、翌年3月の下関-釜山間の運航が止るまでのわずか7ヶ月間だった。 一、終戦後、昭和20年8月から翌年3月まで、希望者が政府の配給、個別引揚げで合計140万人が帰還したほか、 北朝鮮へは昭和21年3月、連合国の指令に基づく北朝鮮引揚計画で350人が帰還するなど、終戦時までに在日していたもののうち75%が帰還している。 戦時中に来日した労務者、復員軍人、軍属などは日本内地になじみが薄いため終戦後、残留した者はごく少数である。 現在、登録されている在日朝鮮人は総計約61万人で、関係各省で来日の事情を調査した結果、戦時中に徴用労務者としてきた者は245人にすぎず、現在、日本に居住している物は犯罪者を除き、自由意思によって在留したものである。(1959年7月13日 朝日新聞) ttp://bbs.enjoykorea.jp/jaction/read.php?id=enjoyjapan_2&nid=193808&work=list&st=&sw=&cp=1

外務省がこういう発表を1959年に発表していながら、文化庁で上記のような記載が載る、という事自体が国の機関としておかしいと思うのですが。。。いかに日本の官僚、機関が縦割りで、統合がとれていないかという事なんでしょうね。まぁ現在の外務省は、文化庁をどうこう言えるようなシロモノではなく、チャイナスクールなどの売国度や、先日の国連アナンさんの一件でも、まーったく仕事をしていないのはまるわかり。いったい日本としての立場を国連などでちゃんと説明しているのかと、問いつめたくなるようなニュースでした。 文化庁の役人が、いかに時勢に乗り遅れているか、いかに国民の声を知らないでいるか、というのは次の発言でも伺い知る事が出来ます。

【中韓】−新韓流−「韓流覇権主義」に不快感表す中国 日本では嫌韓流が韓流を台無しに[01/06] 1 :<ヽ´`ω´>φ ★ :2006/01/06(金) 12:38:11 ID:??? 2005年、海外で「韓流」の人気はピークに達したが、「嫌韓流」「抗韓流」といった風当たりも激しかった。 その背景には、「われわれのものが最高」といった文化優越主義が深く根付いている。 双方が触れ合ってこそ、文化は強くなる。 融合と共存の本能を持つ文化生態系で、“南伐”だの“北伐”だのという比喩がまかり通る一方的な 「韓流覇権主義」は免疫障害のような副作用を引き起こす。 しかし、他の異国文化との開放的な協力を通じて、持続可能な新しい韓流を作り出そうとする創造的共存(アンド・プラス)の実験も、 いたるところで進められている。 ◆「韓流覇権主義」に怒りを表す中国 先月16日、ソウル地下鉄の市庁駅のある新聞販売店のあるスポーツ新聞1面に書かれた特大の見出しが目を引く。 「韓流、大陸を総なめ」、タレントのチ・ジニが出演した『perhaps love(如果・愛)』が中国全域で公開され、 ボックスオフィスの首位を占めたという記事だった。 しかし、映画でチ・ジニは、金城武、 張学友(ジャッキー・チュン)などの中国人俳優の脇役を演じただけだった。 陳可辛(ピーター・チャン)監督をはじめとし、スタッフと資本のすべてが中国によるものだ。 北京で会った日刊紙新京報の谷谷記者は、 「中国人を本当に憤慨させているのは、すべてを韓国中心にアプローチするこの種の韓流覇権主義」と話した。 日本の東京。 30万部以上が販売された日本のマンガ『嫌韓流』は、海外の一部で頭をもたげている「アンチ韓流」の象徴のように取り上げられる。 しかし、日本文化庁の寺脇研・文化部長の説明はそれとは異なる。 「このマンガを読んで惑わされる日本人はおそらくいないでしょう。(韓流が日本内部で抵抗を招いている)本当の理由は、 いくつかのスタイルを過度に信じ込んで製作された質の低いコンテンツ、人気が高いときに荒稼ぎしようとする考え方です。これが韓流を台無しにしています」 1990年代に入って没落してしまった香港映画は、韓流の反面教師とも言える。 70年代から80年代にかけて世界的な人気を博したが、優越感に浸って自己コピーを繰り返した結果、似たり寄ったりのコメディー、 武術、ロマンス映画を量産して結局、観客に背を向けられ、1997年の香港返還以降は、製作の人材が全世界に散逸してしまった。 http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/01/06/20060106000021.html

もうね…アホかと。これほどまでにネットでは嫌韓、笑韓が当たり前になりつつあるくらいの勢いなのに、「このマンガを読んで惑わされる日本人はおそらくいないでしょう」とは…。時勢が見えないにも程がある。それならなぜ40万部も本が売れるのか、それなら何故、本屋にはコーナーが設けられ、嫌韓、反中の本があふれているのか、この「文化庁の寺脇氏」に問いただしてみたい。残念ながら、文化庁のHPは電凸は出来ないらしく、メールでのご意見しか受け付けていない。 メールを送ろうと思っていたのだけど、ここのところ時間が無くてまだしていない。そのうちメールしようと思っているのだけど。。。 返事がもしも来たら、アップしてみよーかと思っとりますが、お時間のある、有志の方、抗議したってくださいませ。