2016314-11




1: 世界@名無史さん 2016/02/29(月) 05:15:57.47 0.net
当時遥かに格上の中華やイスラムは制圧出来たのにヨーロッパは占領出来なかったの?
オゴタイが死んだ後もいくらでもチャンスあったやん



2: 世界@名無史さん 2016/02/29(月) 07:53:52.82 0.net
山だらけでメリットを感じなかったのだろう



3: 世界@名無史さん 2016/02/29(月) 10:34:15.76 0.net
大した交易品もないし



4: 世界@名無史さん 2016/02/29(月) 11:05:59.68 0.net
戦争事業がどれだけ金がかかるか分からんの?当時の欧州なんて
ど貧乏な宗教立国の禁欲大陸で、かかった金を回収できないよ。



6: 世界@名無史さん 2016/02/29(月) 11:10:19.25 0.net
騎馬無双に限界があっただけ



7: 世界@名無史さん 2016/02/29(月) 11:21:32.89 0.net
途中で撤退しただけだろ
当時の欧州は中国インドにつぐ人口地域だ



8: 世界@名無史さん 2016/02/29(月) 12:22:07.16 0.net
実は小規模だけど定期的に侵攻してる
最初は成功してたけど段々勝てなくなった



9: 世界@名無史さん 2016/02/29(月) 12:39:24.59 0.net
あの時代にモンゴルから欧州まで征服とか無理があるね

あれから何百年後の大日本帝国でも兵站が伸びすぎて大陸の奥地では物資不足で苦戦してた訳だから
いくら馬民族のモンゴルといえども伸びきった戦線を維持し続けるのは無理だったんだろう
モンゴルの隣に欧州があったら出来たかもね



11: 世界@名無史さん 2016/02/29(月) 14:51:24.11 0.net
森「森です 黒いです」
蒙「ウゼエエエエエエエエ」



12: 世界@名無史さん 2016/02/29(月) 14:56:12.67 0.net
ロシアまで征服してるのに
兵站とかコストパフォーマンスとか説得力がないよ
飼葉の問題はなるほどと思ったけど



13: 世界@名無史さん 2016/02/29(月) 15:09:22.95 0.net
石の城壁を破壊するのが面倒だったのだろうな
ロシア東欧の都市は木の城壁だった



22: 世界@名無史さん 2016/03/01(火) 18:03:10.12 0.net
でもポーランドまでは攻めとったし
オゴタイが長生きしてたらドイツもやばかったかもね



30: 世界@名無史さん 2016/03/03(木) 11:02:01.75 0.net
ヘンリク2世可哀想・・・

2016314-10
https://ja.wikipedia.org/wiki/ヘンリク2世



24: 世界@名無史さん 2016/03/01(火) 22:50:45.27 0.net
ハンガリー粉砕したけど
遠くなるほどあれだしな



25: 世界@名無史さん 2016/03/02(水) 04:20:46.22 0.net
英語版wiki見ると13世紀末くらいまで何度か攻めてたみたいだけど
セルビア、ブリガリア、リトアニアあたりで敗退してそれ以降終息



31: 世界@名無史さん 2016/03/03(木) 11:34:45.30 0.net
>>25
だってバトゥがチンギスから相続したのは4000人だけだもん。
オゴタイの死後、モンケとか西征軍の大半が帰還して残ったキプチャク汗国なんて
もとからいたクマン人に4000人のモンゴル人上積みしただけ。



38: 世界@名無史さん 2016/03/03(木) 21:05:27.59 0.net
>>25
そもそも東ヨーロッパは遥か以前からキプチャクなどの遊牧勢力と戦ってきた経験があるから本来ならモンゴル相手でも別に相性は悪くないんだよね



27: 世界@名無史さん 2016/03/02(水) 22:51:09.68 0.net
モンゴル軍は多分イングランドの長弓兵に虐殺されるだろ。



29: 世界@名無史さん 2016/03/03(木) 09:09:36.66 0.net
>>27
ハンガリーでは弩と石造城壁が非常に有効という分析で
木柵や土塁を石造城壁にする改築と弩の装備率を上げるなどの改革で再建している



32: 世界@名無史さん 2016/03/03(木) 12:40:22.62 0.net
>>29
モンゴル以前のロシア東欧の城砦は木造だったからね
イランとイラクは日干し煉瓦だし
ロシアは知らんが、東欧の城館や都市が石造化するのはモンゴル以降



34: 世界@名無史さん 2016/03/03(木) 18:25:11.95 0.net
>>32
当時のインドのしろはどんな感じなんですか?



75: 世界@名無史さん 2016/03/06(日) 13:59:13.52 0.net
>>34
7世紀のものらしいけど

2016314-11



77: 世界@名無史さん 2016/03/06(日) 14:19:54.76 0.net
>>75
だからインドはモンゴル帝国に占領されなかったのか



33: 世界@名無史さん 2016/03/03(木) 17:45:11.66 0.net
中国は明代に長城と華北の都市城壁を焼煉瓦にしたけど
イランとイラクは煉瓦を焼く木材が足りないから焼煉瓦に変わらなかった
イランとイラクは焼煉瓦は無理だけど石造にしなかったのは何故だろう?
そもそもエジプトやシリアなど地中海圏の石造建築をイランとイラクは
何故模倣しなかったのだろう?



35: 世界@名無史さん 2016/03/03(木) 18:27:51.02 0.net
内陸なので船で石を運べなかったとか



36: 世界@名無史さん 2016/03/03(木) 19:13:04.51 0.net
あってもほとんど砂岩
輸送が大変
建設費用がかかる



37: 世界@名無史さん 2016/03/03(木) 20:24:12.84 0.net
アケメネス朝のペルセポリス碑文に石柱はエラム(今のイランのフーゼスターン州)から
来たとあるから、上の人のとおり、イラクとイランには石がなく、
あっても輸送が困難ということなのだろう
フージスターン北部はペルセポリスのあるファールス州への川とペルシア湾への
川の分水嶺のあたりにあるから、両方面へなんとか輸送ができたのだろう、



39: 世界@名無史さん 2016/03/03(木) 22:09:37.30 0.net
フン、アヴァール、ブルガール、マジャール、ハザール、東欧結構やられっぱなしな感じが
キエフ公国がハザールを倒したけど、ペチェネグにやられてるし、
その後もクマン人の時代でやっと五分、そこにモンゴルでまたやられ、
というほとんどやられっぱなしの流れだと思うが



40: 世界@名無史さん 2016/03/03(木) 22:18:32.60 0.net
てかブルガリアもハンガリーも元は遊牧民なのに戦い方忘れたのか



41: 世界@名無史さん 2016/03/03(木) 22:23:09.66 0.net
モンゴルの対遊牧民の強さは異常



42: 世界@名無史さん 2016/03/03(木) 23:08:05.29 0.net
そもそもクマン人がモンゴルに勝てない。
同じ遊牧同士なら相性の責任じゃないよね。



43: 世界@名無史さん 2016/03/03(木) 23:41:14.78 0.net
キプチャクとかモンゴルにフルボッコにされてるし
組織とか戦術とかの関係で13世紀以降モンゴルだけ突出して強い時期があるんだわな



44: 世界@名無史さん 2016/03/04(金) 01:10:44.62 0.net
ほとんど遊牧民と戦ってない、いわば温室育ちの西ヨーロッパが世界制覇するとは
皮肉というかなんというか



47: 世界@名無史さん 2016/03/04(金) 02:04:32.34 0.net
>>44
人口は圧倒的に西欧のほうが上だから皮肉でも何でもないよ



46: 世界@名無史さん 2016/03/04(金) 01:50:50.78 0.net
中国やローマ帝国が騎兵化した事により
騎馬民族に勝つ時は勝つけど
負ける時は大敗するようになった
古代ギリシャやローマとか秦の訓練された歩兵は
騎馬民族を追撃出来ないけど追い払う事が出来た
敵を滅ぼせないけど敵に負けなかった



50: 世界@名無史さん 2016/03/04(金) 02:59:50.09 0.net
でも東欧って対遊牧民の防波堤としては優秀な部類やろ
何度も突破されてる華北やホラーサーンとは大違い



51: 世界@名無史さん 2016/03/04(金) 03:03:47.94 0.net
華北が木の少ない平原で東欧が山ばっかり木ばっかりだったのはでかいだろうな
よく定住してたハンガリーでさえ昔は鬱蒼とした森林地帯だった



52: 世界@名無史さん 2016/03/04(金) 03:40:39.27 0.net
東欧は自然環境的に言えば満州に近い



55: 世界@名無史さん 2016/03/05(土) 05:25:37.45 0.net
オゴタイ撤退後のモンゴル・東欧諸国の戦いってあまり知られてないけど、遊牧勢力の優位性が無くなり始める転換期だから歴史的にはかなり重要だよね



56: 世界@名無史さん 2016/03/05(土) 08:37:58.33 0.net
>>55
クリルタイで全モンゴル軍が出撃するわけでもなく
ジョチウルス単独だと総数が少なすぎてちゃんと要害に立て篭もって戦ってれば
何とかやり過ごすだけは出来るようになったから
あとは追撃戦で損害与えてなんとかするってことで一応の対モンゴル軍撃退はできるようになったってだけで
火器が発展するまでは本気で遊牧民の優位性なんて失われないよ

自動車の発達までは機動力で騎兵超える兵科も出ないし



59: 世界@名無史さん 2016/03/05(土) 21:02:25.62 0.net
華北やイランとイラクの土の文明と
ロシア東欧の木の文明がモンゴルに完敗した



61: 世界@名無史さん 2016/03/05(土) 23:43:52.67 0.net
>>59
華中華南も木の文明な



65: 世界@名無史さん 2016/03/06(日) 12:24:17.12 0.net
>>59
しかし石の文明には勝てなかった。
しかし鉄砲の文明にも勝てなかった。
しかし科学革命にも勝てなかった。



67: 世界@名無史さん 2016/03/06(日) 12:45:29.03 0.net
ぶっちゃけバドゥの西征軍ってチンギスの古参や王族クラスが何人も参加しててロシア・東欧が弱いわけじゃ無いよね



69: 世界@名無史さん 2016/03/06(日) 12:58:47.85 0.net
東征軍と西征軍が同時にモンゴルを出発して、東征軍は南宋に惨敗したのに
西征軍はロシア・東欧を席巻したんだから弱かったとしか思えない



101: 世界@名無史さん 2016/03/08(火) 23:16:34.49 0.net
>>69
南宋は河だらけで水軍のないモンゴルが苦戦したのは有名な話じゃん
東欧はかなりがステップ地帯だからモンゴルにとっては楽だったろ
中欧以西は森林・石城塞だらけだからそこまでつっ込めなかったってところだろうな



115: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 18:12:41.79 0.net
>>101
>中欧以西は森林・石城塞だらけだからそこまでつっ込めなかったってところだろうな

当時のヨーロッパ本国の城塞ってめちゃくちゃしょぼいぞ
ダマスクスやアレッポですら落されてるのに太刀打ちできるわけないだろ



117: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 18:33:44.60 0.net
>>115
実際太刀うちできていない



136: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 23:07:55.25 0.net
>>115
森の中で小規模でも石の城塞がやたら多いからいちいち落とすのがめんどくさいだろ
実際モンゴルは何度侵入してもウィーン前で引き返すし



140: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 23:41:00.12 0.net
>>136
だんだんハンガリーやポーランドで撃退されるようになって中欧に届かない



71: 世界@名無史さん 2016/03/06(日) 13:39:38.51 0.net
地形気候の問題もあるしな



97: 世界@名無史さん 2016/03/08(火) 19:25:23.65 0.net
西欧って遊牧民にとって気候風土が合わないんじゃないか?
フン族もイタリアに攻め込んだ時はかなり風土病で倒れたようだし。



98: 世界@名無史さん 2016/03/08(火) 19:29:31.98 0.net
アヴァールやマジャールも撃退してるしね
遊牧民の侵攻は東欧で止まる フン以外は



109: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 13:55:53.69 0.net
話は変わるけど、最近何かの雑誌で元寇の理由の一因に硫黄があるって仮説を読んだ
大陸では火薬に必要な硫黄を採るのは大変だけど火山国の日本なら容易なので、
もし硫黄獲得が目標って仮説が正しいなら九州を獲得するだけでも十分だったとか
ところで当時の欧州にはそうした魅力的な資源の産地ってあったのかな?



112: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 15:00:59.67 0.net
モンゴルは日本の富が欲しくて侵攻したって同時代の史料に書いてあるのに
何で全く根拠のない珍説唱える連中が後を絶たないんだろ?



114: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 18:01:58.66 0.net
一方モンゴル側は日本は貧しく民衆も凶暴で統治が難しいとして乗り気ではなかった
元史(一五九巻列伝第四十六趙良弼伝) 「臣は日本に居ること歳余あり、その民俗を視ると、狼勇嗜殺にして、父子の親・上下の礼を知らない。その地は山水多く、耕桑の利はない。その人を得ても、使役することができない。」



116: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 18:22:35.20 0.net
>>114
その意見はクビライから無視されてる。
結局モンゴルは日本の富が欲しくて空前の大軍動員して攻め込んでるからね。



118: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 18:47:29.56 0.net
>>116
いやいや征東省なんて役所まで作られて忠烈王が指揮採ってたわけですが
モンゴル側は日本は貧しくて攻める価値なしとみなしていたのは>>114のとおり



119: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 19:01:54.85 0.net
>>118
それはモンゴル側の見解じゃなく趙良弼の個人的意見。
しかもクビライはその意見を無視したんだから日本を豊かで価値ある国と見なしてた証拠。
あと、忠烈王はクビライの娘を嫁にもらった言わば義理の息子だ。
高麗はがそんな特別待遇与えられたのはモンゴルが何としても征服したかった日本の
最前線にあったからなのね。
クビライ自身「朕、宋と日本とを欲するのみ」と宣言してるし。
南宋と同等の価値がある国というのがモンゴル側の公式見解だから。



120: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 19:03:53.60 0.net
でなんで忠烈王がそこまで日本しったかったかというと自分の好き勝手やれる役職がほしかったから
https://ja.wikipedia.org/wiki/忠烈王
11月 元朝に使者を発し、兵船九百艘など準備が完了した事を報告する。また、忠烈王が征東行省の長官のひとりに加えること、金方慶など高麗の将兵にもモンゴル軍なみの官位称号の授与などを要請する。

行省の長官になれば軍政や徴税といった行政権も手に入るわけで、さらにそこを腹心で固めて自由にやりたかったわけだ
日本遠征はそのための口実



121: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 19:06:16.51 0.net
>>120
モンゴル側は日本征服を最重要課題と考えてたから忠烈王はそれを自身の地位向上に
利用したってこと。



122: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 19:11:14.05 0.net
>>119
>クビライ自身「朕、宋と日本とを欲するのみ」と宣言してるし。

なんで「討たん」の部分を省いて誤読を誘うような書き方をしてるんだ
日本征討を認めたのは国交を無下に断られたからって高麗史に明記されてるよな

そもそも元史にも高麗史にも日本が豊か何て記述ないが



124: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 19:22:01.96 0.net
>>122
東方見聞録に「無尽蔵なこの島国の富を伝え聞いたクビライ現カーンは、武力をもって
これを征服せんものと決意し」って書いてあるし。
マルコ・ポーロは当時元の宮廷に滞在していてクビライに直接謁見したこともある人物。



123: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 19:16:53.30 0.net
モンゴル側が日本征服を最重要課題と考えていたらフビライ自身が指揮採ってるし
忠烈王に言われなくても最初から行省設置してるわ

史書見る限りでは娘婿とその取り巻きがうるさいから嫌々力添えしてるようにしか見えません



125: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 19:43:19.97 0.net
東方見聞録とか馬鹿じゃねーの
お前あれ読んだことあるか?ジパング人は食人の風習があるとか、如何なる攻撃も無力化する奇跡の石をもっているとか滅茶苦茶なこと書いてるぞ



126: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 19:50:23.06 0.net
>>125
マルコ・ポーロは日本を訪れたことはなく日本については不正確な伝聞しか知らないが
元の宮廷には弘安の役当時滞在していてクビライに直接謁見したこともあるんだから
日本侵攻の理由については最も信用できる史料だろ。
当たり前の理屈だが?



127: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 20:12:01.55 0.net
>元の宮廷には弘安の役当時滞在していてクビライに直接謁見したこともあるんだから

ないよ何故なら元史にマルコポーロの記述自体ないから
ジパングの話自体はワークワーク島伝説の焼き直しで信ぴょう性ゼロ
信頼できる元側の記述では山ばかりで貧しく人々は凶暴で役立たず揃いとしか書いてない



128: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 20:54:08.98 0.net
残念ながらマルコ・ポーロの記述は世界中で信用できる史料として扱われているよ。



129: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 21:06:42.22 0.net
あと宋史日本伝には「東の奥洲は黄金を産し、西の別島は白銀を出だし」と書いてある。
宋史を編纂したのは元朝だから、これが元の日本に対する見解な。



134: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 22:16:21.01 0.net
>>129
原文読めば奝然の言ったことをそのまま記録してるだけだってわかるだろ
元の使節の公式見解は「其地多山水、無耕桑之利、得其人不可役、得其地不加富。」だよ
フビライも日本の富については一言も言及してないしな



138: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 23:24:16.70 0.net
>>134
ただ日本は日宋貿易の時点で、金を輸出してゴミのような銅銭を大量に買うという事をしてるんで
日本は黄金の国、というイメージは強ち間違いでもないんだわな



139: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 23:33:32.36 0.net
>>138
実際、江戸時代までの日本は世界有数の金銀産出国だったわけだしね



145: 世界@名無史さん 2016/03/10(木) 03:05:20.12 0.net
>>134
原文なら知ってる。
それはクビライから無視された元の使節の個人的見解でモンゴル帝国の見解ではない。
現実にモンゴル帝国は国が傾くほどの大軍を日本に送ってるし、国家事業として
編纂された宋史にも「東の奥洲は黄金を産し、西の別島は白銀を出だし」とある。
元史だって1277年に「日本、商人を遣わし金を持して来り、銅銭を易えしむ」と
日本商人の黄金貿易を特筆してるんだし。



148: 世界@名無史さん 2016/03/10(木) 23:33:45.15 0.net
>それはクビライから無視された元の使節の個人的見解で

はぁ?お前やっぱ読んでないんだろ
>>134の続き引用してやろうか

況や舟師をして渡海させようにも海風は無期にしてその禍害は測りしれない。これはいわゆる有用の民力を以て無窮の巨壑を填ぐようなものである。臣謂す擊便すること勿れ。
帝これを従(ゆる)す。



149: 世界@名無史さん 2016/03/11(金) 04:14:30.54 0.net
>>148
だからそれも知ってるっての。
で、クビライはその提言無視して現実に文永の役で日本に侵攻してるだろ。
だからそれはクビライから全否定された元使の個人的見解。
クビライの見解は死ぬまで「朕、宋と日本とを討たんと欲するのみ」だったし
モンゴル帝国の日本に対する公式見解は国家事業として編纂した宋史の
「東の奥洲は黄金を産し、西の別島は白銀を出だし」だろーが。



130: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 21:50:02.50 0.net
イブン・フルダーズベの「諸道路と諸国の書」

現イランのアッバース朝で活躍した官僚のイブン・フルダーズベ氏が、中国の東方にあるワークワーク(ワクワク)という国について846年から847年頃の著作「諸道路と諸国の書」で記載しています。


ワークワークは金を豊富に産出するといい、住民は犬をつなぐ鎖や猿の首輪を金で作っており、また、チュニックを金糸を用いて織っているという。ワークワークはすぐれた黒檀の産地であり、「黄金と黒檀はこの地から輸出される」と記している。wiki


魅力的な書き方ですね。こんなに金が豊富にとれる国があれば、王侯貴族達が色めきたったことが想像できます。このイスラム世界に広まっていたワークワーク国=倭国伝説が、中国の元に伝わり、日本侵攻(元寇)や東方見聞録に繋がった可能性が高いと考えられます。



131: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 21:58:57.64 0.net
ワクワクさんってそういうことか



135: 世界@名無史さん 2016/03/09(水) 22:25:04.75 0.net
ワークワークって音がちょっと倭国に似てるから日本を指してるに違いないってどこぞのオランダ人が言い始めただけで
明らかにフィリピンかインドネシアあたり連想してるんだけどね
日本には黒檀自生しないしチュニック着る文化もない



141: 世界@名無史さん 2016/03/10(木) 00:06:22.21 0.net
ぶっちゃけモンゴル人の征服欲にさして合理的な理由とかない気がするんだけど



143: 世界@名無史さん 2016/03/10(木) 01:00:27.93 0.net
>>141
動機は冒険野郎的なとこがあるよね
大航海時代もそうだけど