20180213-6




1: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:24:48.99 0
ネットもスマホもないんだし




3: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:25:08.12 0
掲示板




4: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:25:23.10 0




5: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:26:32.65 0
瓦版


20180213-2

瓦版
(かわらばん)は、江戸時代、天変地異や大火、心中など時事性の高いニュースを速報性を以って伝えた情報紙のこと。

妖怪出現など(例として大猫参照)、娯楽志向のガセネタもある。街頭で読み上げながら売り歩いたことから、読売(讀賣)ともいう。木版摺りが一般的。また、多くは一枚摺り。絵入りのものなどもあり、幕末期には多く出版され、浮世絵師の歌川国芳らが描いていた。これらは無許可で出版される摺物であった。明治初期までは出版される事があったというが、その後は新聞の登場などにより衰退した。現存する最古の瓦版は大坂の陣を記事としたものである。
https://ja.wikipedia.org/wiki/瓦版




9: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:27:23.03 0
狼煙

狼煙(のろし)とは、物を焼くことで煙を上げ、それを離れたところから確認することによって、情報を伝達する手段である。夜間など煙が見えない場合は、火そのものも使われる。烽火、狼火(ろうか)、狼燧(ろうすい)とも言う。

日本では、8世紀初めに成立した『日本書紀』や『肥前国風土記』に「烽(トブヒ)」として記述が見られる。燃やす物は決められており、ヨモギやワラなどを穴に入れ、その中で燃やしたものと考えられている(狼煙用の穴とみられる遺構も確認されている)。そのため、中国式の台上で物を燃やす狼煙とは形式が異なるものだったとみられている(大陸と違い、動物の糞を用いていない点もあげられる)。
栃木県宇都宮市所在の飛山城跡から出土した9世紀中頃の土器片(須恵器の坏)には「烽家」と書かれた例がある。ここでの「家」とは、古代律令下における公的施設を意味し、9世紀頃に東北地方で活発化した蝦夷の反乱から東国の軍事体制整備の一環として、烽に関連した公的施設が築かれたと考えられている。
戦国時代には戦国大名が通信手段として用いたと言われ、『甲陽軍鑑』に拠れば甲斐国の武田信玄は一方の国境で戦となり、また、別の国境で戦となっても伝令が出せたという。
https://ja.wikipedia.org/wiki/狼煙




10: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:27:27.92 0
明治時代もなかったと思うけど




15: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:28:32.68 0
明治時代はモールスがあったろ




11: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:27:56.94 0
高札


20180213-1

高札
(こうさつ・たかふだ)とは、古代から明治時代初期にかけて行われた法令(一般法、基本法)を板面に記して往来などに掲示して民衆に周知させる方法である。なお、特定の相手や事柄を対象として制定された法令(特別法)を記した同様の掲示を制札(せいさつ)と呼ぶが、その実際の運用上は厳密に区別されていたとは言い難かったようである。
https://ja.wikipedia.org/wiki/高札




12: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:28:21.29 0
御触書やらお尋ね者やらの紙を貼る掲示板みたいなのがあったろ




14: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:28:31.37 0
口コミ


終了




16: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:28:36.05 0
井戸端会議




17: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:28:55.71 0
村の雰囲気
空気読む感じ




19: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:32:24.26 0
主税、因特網する




20: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:34:58.90 0
そもそも得ていない
明治維新の事もしばらくは知らなかっただろう




22: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:36:36.97 0
飛脚




24: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:37:13.63 0
瓦版は欧米人が驚くらしい 100年以上前に印刷技術と庶民が字が読めたことに




25: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:37:31.25 0
伝書鳩




26: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:39:01.87 0
黒船来航の時に見物客とそれ目的の出店で大賑わいしてたくらいだし
それなりの情報は行き渡ってただろ




27: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:40:38.99 0
薬売り




29: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:44:13.83 0
旅人さんから




30: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:45:53.89 0
早馬




31: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:47:49.18 0
参勤交代




32: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:47:54.45 0
江戸時代の庶民が字を読めたのはお坊さんと下級武士の寺子屋でのアルバイトのおかげw




35: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:52:15.71 0
風の噂




36: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:56:44.13 0
飛脚とか富山の薬売り経由の噂話ぐらいしか外からの情報は来ないだろ




37: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 17:59:41.18 0
瓦版や浮世絵




38: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 18:01:21.88 0
江戸時代の識字率ってどんなもんなの
瓦版出てても字が読めないとね




41: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 18:03:22.95 0
江戸時代の識字率は不明
統計がない




40: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 18:02:22.49 0
都会と田舎の格差はすごかった屋ろな




42: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 18:03:51.64 0
>>1
さんざん既出だけど「瓦版」
例えば1615年大坂夏の陣の悲惨な状況を詳細に伝える瓦版が現存していて
当時のものは大阪城博物館に常設展示されてるので見ることが出来る




45: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 18:08:33.57 0
>>42
そうなんだそれ見てみたい
そういう瓦版は数多くあるだろうから個人で所有してる人も多いのかな




43: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 18:06:04.07 0
瓦版屋って楽しかったろうな




47: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 18:11:48.64 0
瓦版は取り締まりの対象になってた時期もあったろ
そんなの気にせず売ってたようだが




48: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 18:12:29.25 0

20180213-3




61: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 18:40:11.47 0
>>48
スゲーな




63: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 18:47:53.78 0
>>48は大坂の陣だね
町人は漢字読めたし騎馬武者の実証にもなる




49: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 18:13:26.36 0

20180213-4




82: 名無し募集中。。。 2018/02/13(火) 01:45:36.68 0
>>49
西洋の人魚姫と違ってちっともかわいくないな




51: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 18:14:51.74 0
ワロタ

20180213-5




53: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 18:22:57.68 0
>>51
妖怪の紹介?




54: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 18:25:18.65 0
>>51
これ翻訳してる本ないのか
読みたいんだが




55: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 18:27:46.38 0
>>51
“放屁ネタ”は江戸庶民の笑いのツボ 妖怪「スカ屁」かわら版誕生の理由
http://thepage.jp/detail/20170123-00000001-wordleaf




52: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 18:17:38.21 0
伝書鳩




58: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 18:31:43.41 0
筆記体も版画で刷ってるんでしょ? 版画の職人すげぇな




59: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 18:32:26.32 0
各藩のスパイは瓦版で情報を集めた




60: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 18:38:41.61 0
今のスパイが集めてる情報もほとんどが新聞や雑誌なんかの公開情報だとか




62: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 18:43:13.18 0
このスレおもろいw




64: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 18:51:28.56 O
江戸時代って基本真面目な社会だけど浮世絵や戯作を見ての通り相当ふざけた文化を築いた。




65: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 19:17:00.84 0
平安時代にひらがなが発明されたおかげかもな




67: 名無し募集中。。 2018/02/12(月) 23:14:39.43 0
電信

電信(でんしん)とは、符号の送受信による電気通信である。有線と無線がある。

現存する国産最古の電信機は長崎県諫早市が所蔵する佐賀藩精錬方において1864年(元治元年)頃に製作されたと思われる国重文指定の指字電信機(エーセルテレカラフ)があり、当時の国内技術水準を知る上で貴重な物である。日本初の公式な送受信記録は、1854年のペリーの2度目の来日の際に、米国大統領ミラード・フィルモアから江戸幕府へ1/4サイズの蒸気機関車と共に贈られた「エンボッシング・モールス電信機」によるものであった。エンボッシング・モールス電信機は受信側で信号が紙テープへ記録されるもので、この電信機のセットで約1マイル(1.6km)の電線を用いて送信された。この時の電文は「YEDO, YOKOHAMA」(江戸、横浜)であった。

その後は幕末の混乱の中で電信の普及は無かったが、明治維新後の1869年(明治2年)に英国の通信技師を招き横浜燈台役所と横浜裁判所の間に電信回線が敷設され、ブレゲ指字電信機(モールス信号ではなく針で文字を指す方式)による通信が始まり、1870年1月(明治2年12月)には、東京・横浜間で電信による電報の取り扱いが始まった。明治政府は電信網の整備に力を入れており、東京・横浜間の電報の取り扱いが開始されてから、数年で電信網は全国に張り巡らされた。この電信網は、1877年(明治10年)の西南戦争においても大いに活用され、政府軍の勝利に貢献した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/電信




69: 名無し募集中。。 2018/02/12(月) 23:17:21.53 0
米相場情報は旗振りで連絡してた
熟練者同士のやりとりだと速度720km/hというジェット機並みの速度で連絡することが可能




70: 名無し募集中。。。 2018/02/12(月) 23:23:31.23 0
旗振りはタイムスクープハンターでやってたな




71: 名無し募集中。。。 2018/02/13(火) 00:17:55.17 0
昔の文章でもスラスラ読めたらいいのに
そこで思ったが古文書解読を趣味としたらかなり楽しいし高尚じゃないか?




72: 名無し募集中。。。 2018/02/13(火) 00:23:28.12 0
江戸市中の町人とか都市部に住む人はともかく
当時の人口の大半を占める農民は全く情報ないよな




73: 名無し募集中。。。 2018/02/13(火) 00:26:07.24 0
飛脚問屋
地方の城下町などでも飛脚問屋が営業した。
飛脚問屋は災害情報を得意先へ伝える機能もあった。
地震、火災、洪水などのほか、戦争情報も伝えた。




74: 名無し募集中。。。 2018/02/13(火) 00:27:19.93 0
情報なんて得てないよ




76: 名無し募集中。。。 2018/02/13(火) 00:36:49.59 0
情報なんて自然と伝わるもんだよ




75: 名無し募集中。。。 2018/02/13(火) 00:31:56.40 0
だったら伝言ゲームのように発信元と末端では全然違う情報になってないか?




77: 名無し募集中。。。 2018/02/13(火) 00:38:19.17 0
会社内で人事の噂とかがあっという間に広がるのと同じだな
アンテナ張ってれば普通に入ってくるだろ




78: 名無し募集中。。。 2018/02/13(火) 00:45:49.21 0
いくら調べてもわからないのが
改元を庶民がいつどのようにして知ったのか




79: 名無し募集中。。。 2018/02/13(火) 01:10:47.78 0
そこで
忍者ですよ




80: 名無し募集中。。。 2018/02/13(火) 01:14:13.79 0
風車の弥七がいただろ




81: 名無し募集中。。。 2018/02/13(火) 01:39:46.11 0
菅江真澄が30年以上も東北・北海道地域を放浪できたのは、彼が様々な情報を地方の知識人に伝えていたいたからだと思う。
彼も旅の途中で出会った人々から情報を得ているし、伊勢参りなんかも盛んに行われていたから、旅人が情報伝達していたのではないか。

菅江 真澄(すがえ ますみ、宝暦4年(1754年) - 文政12年7月19日(1829年8月18日))は、江戸時代後期の旅行家、博物学者。生まれは、三河国渥美郡牟呂村字公文(現在の豊橋市牟呂公文町)と伝えられる。本名は白井秀雄、幼名は英二といった。知之(ともゆき)、白超とも名乗った。

旅先の各地で、土地の民族習慣、風土、宗教から自作の詩歌まで数多くの記録を残す。今日で言う文化人類学者のフィールドノート(野帳)のようなものであるが、特にそれに付された彼のスケッチ画が注目に値する。彩色が施されているものもあり、写実的で、学術的な記録としての価値も高い。彼は本草学をもとにして、多少の漢方の心得もあったという。著述は100種200冊ほどを数え、「菅江真澄遊覧記」と総称されている。この名前で平凡社の叢書・東洋文庫に収録され、2000年以降、同社の平凡社ライブラリーから5巻本として刊行されている。形態は日記・地誌・随筆・図絵集などとなっているが、内容は民俗・歴史・地理・文学・考古・宗教・科学など多岐にわたっており、特に近世後期の民衆の生活を客観的に記していることに特徴がある。
https://ja.wikipedia.org/wiki/菅江 真澄




84: 名無し募集中。。。 2018/02/13(火) 03:39:45.99 0
官報を役所の前に貼り出すのは江戸時代の高札場から続く伝統