20170227-8




1: 天之御名無主 2016/07/20(水) 18:36:00.13
昔の人が考えてた今では的外れな説とかって浪漫があると思いませんか。

そんな今では通用しないが昔の人は信じてた説を上げてくスレです。
語ったりしてもOKです。

一番有名なのは

「地球平面説」

ですね。




2: 天之御名無主 2016/07/20(水) 18:47:34.70
日本も昔は卵の殻の中に世界があって。

星は卵の殻に穴が開いて外から光が漏れてる
って考えられてた

って説を聞いた事があるけど本当かどうかはわからない。




4: 天之御名無主 2016/07/22(金) 16:43:53.88
>>2
その穴の中で最も大きいのが月だから
月は異世界へのトンネル




5: 天之御名無主 2016/07/22(金) 19:55:10.98
>>4
月もそうなのかな?ていうか星って動いてると思うんだが。
穴だと思ってたらその動いてるのはどう解釈してたんだろ?




6: 天之御名無主 2016/07/22(金) 23:59:43.34
天の殻が動けば穴も動くよね
かぐや姫は月に帰るのではなくて月を通って異世界に帰るのです




8: 天之御名無主 2016/07/23(土) 18:46:12.16
>>6
ああ。そういう事になるのか。異世界への入り口みたいな感じなのか。




9: 天之御名無主 2016/07/27(水) 02:12:10.70
かぐや姫、、、耀く姫。、、、高光姫/下照姫(天織姫、、、セオリツヒメ、、、天照大神荒魂/弁才天女)、、、子孫に二人の竹野姫命=二人の大倭媛命(大女王陛下。ヒミコ。二代目の竹野姫/大倭媛命は天豊媛命(トヨ))

平安時代迄は天照大神とは月神を意味した(万葉集など)




10: 天之御名無主 2016/07/27(水) 23:30:09.63
月が水平線にかかっている時が船で異世界にいけるチャンス




3: 天之御名無主 2016/07/22(金) 01:07:25.53
鎌鼬が真空だってやつ




11: 天之御名無主 2016/07/31(日) 17:04:11.68
地球が平らだってみんな思ってたって言うのは嘘なんだよね?
コロンブスの時代にはみんな地球は丸いとおもってたんでしょ?




12: 天之御名無主 2016/08/01(月) 00:16:49.85
船がマストから現れるのに平らだと思ってる船乗りがいたら笑いもの




13: 天之御名無主 2016/08/01(月) 15:04:06.13
参考にwikiを纏めると
地球平面説は古代文明の多くで採られ、古典期より前のギリシア、ヘレニズム期より前の青銅器時代鉄器時代の近東
また、グプタ朝期より前のインドや17世紀より前の中国がそうだった。
 球体説はピタゴラス(前6世紀)により言われ始めギリシア天文学にて発展した。だがソクラテス以前の哲学者の大半は平面説を維持していた。
 紀元前330年頃にアリストテレスが経験的見地から地球球体説を採用、以後ヘレニズム時代以降まで地球球体説が徐々に広がって行った。
 コロンブスの時代のヨーロッパでは教養人も地球平面説を信じておりコロンブスの航海より反証された…
というのは近代に生まれた誤解らしい。




15: 天之御名無主 2016/08/09(火) 15:24:08.66
当時すでに地球のおおよそのサイズは割り出されていて
逆回りでインドに行くのは距離的に無理があるので
他の奴が試さなかったんだ




21: 天之御名無主 2016/08/24(水) 23:22:59.01
日本はいつまで地球平面説だったんだろうか?

信長が球体であることを理解した最初の日本人みたいに言われるけど。

江戸時代に鎖国のせいでそういう知識は失われたのかな?




22: 天之御名無主 2016/08/26(金) 02:35:42.39
日本全土で統一されてる知識があったわけじゃないぞ
紀元前から海沿いの人は地球が丸い事は体感していて
近代に近くなっても内陸にはその知識が無い人が一部いただろう




30: 天之御名無主 2016/10/25(火) 22:21:49.32
>>22
そうだよね。
太平洋の水平線を見ただけでも直線には見えないからね。
海を見た事なければ知らないかもね。




29: 天之御名無主 2016/10/22(土) 18:19:41.39
古代日本は太平洋の向こうはどうなってると考えてたんだろうな。
日本海の向こうには中国があるってのは知ってただろうけど。




41: 天之御名無主 2016/12/02(金) 07:24:44.93
>>29
古くは、、、、常世の国。(神霊の棲むと言う理想郷。)
古代~中世、、、仏教、神仏混合から不陀洛山。概ね↑と同じ。
、、、↑を目指して紀伊熊野や四国からあまたの修行僧が粗末な舟に僅かばかりの食料だけで太平洋に浮かび念仏三昧、、、行きて還らず(波頭高い太平洋。直ぐに遭難沈没したため)目的地には現身が行く事能わず。霊魂となって、、、、合掌。(念仏は自分の為?)
黒潮(流れは意外と速く時速15キロメートル以上らしい)に乗って(残骸が)漂着するのは伊豆諸島や房総半島(安房国の起こりは四国の阿波国から房総半島に渡った)。
更に房総半島沖合いで黒潮は東に転じて、、、ハワイ諸島、アメリカ西岸。




17: 天之御名無主 2016/08/14(日) 05:37:08.85
天動説




32: 天之御名無主 2016/11/07(月) 23:54:55.26
どっかのスレの纏めサイトで天動説が当時どういう風に
科学的に考えられてたか?みたいなのを説明していくスレが
あってすごい面白かった。

当時の知識人たちが真面目に天動説が可能な状況を考え出してて
今の常識だと星がありえない感じで動いてるんだって主張してて。




33: 天之御名無主 2016/11/08(火) 00:31:39.95
プトレマイオスの説かな?


20170227-2

クラウディオス・プトレマイオス
(ギ リシア語: Κλαύδιος Πτολεμαῖος, ラテン語: Claudius Ptolemaeus, 83年頃 - 168年頃)[注釈 1]は、数学、天文学、占星学、音楽学、光学、地理学、地図製作学など幅広い分野にわたる業績を残した古代ローマの学者。エジプトのアレクサンドリアで活 躍した。『アルマゲスト』、『テトラビブロス』、『ゲオグラフィア』など、古代末期から中世を通して、ユーラシア大陸の西半分のいくつかの文明にて権威と みなされ、また、これらの文明の宇宙観や世界観に大きな影響を与えた学術書の著者である。

主著『アルマゲスト』で、地球が宇宙の中心にあ り、太陽やその他の惑星が地球の周りを回るという天動説を唱えた。ただし、天動説などはプトレマイオスが初めて唱えたわけではなく、『アルマゲスト』の内 容は、アリストテレスやヒッパルコスなど、それ以前の古代ギリシアの天文学の集大成である。幾何学におけるエウクレイデスの『原論』のように、『アルマゲ スト』はそれまでの天文学を数学的に体系付け、実用的な計算法を整理したことで、何世紀もの間天文学の標準的な教科書としての地位を得た。この中で、当時 火星などの惑星で見られた逆行を星が「周転円」という小さな円を描きながら地球の周りを回転することによって起こると説明し、これによって天動説の地位を 守った。天体観測の方法や天体の軌道計算、太陽までの距離やその大きさといったあらゆる知識をひとつにまとめたことが天文学におけるプトレマイオスの業績 である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/クラウディオス・プトレマイオス




18: 天之御名無主 2016/08/16(火) 06:07:48.28
ひとりっ子は、両親にチヤホヤされるので我ままに育つ

子供は風の子、大人は火の子

雨がふっても外で平気で遊んでいると酸性雨や放射能のせいで、ハゲる

東京のヤツらは、気取っていてイナカ者を見下している

肉食なんかすると、血が汚れて不道徳な行動に走る

地面がへっこんで琵琶湖ができて、その分の地面がもり上がって富士山にな
った

電球や蓄音機は、エジソンが発明した




19: 天之御名無主 2016/08/16(火) 14:44:15.58
間違いとは言えない奴が多いみたいだが




20: 天之御名無主 2016/08/18(木) 06:56:38.39
山本56長官は有能




23: 天之御名無主 2016/09/24(土) 18:29:54.96
五行説、および気学




24: 天之御名無主 2016/09/24(土) 22:53:33.06
ダンテの神曲にあるが昔の人間は月の裏側が綺麗な曲面だと考えられてたらしい




25: 天之御名無主 2016/09/25(日) 22:26:01.71
ナマズが地震を起こしている。

なんで、ナマズが地震を起こせるんだ?




26: 天之御名無主 2016/09/27(火) 17:06:58.12
地震の前にナマズが騒ぐからだよ




34: 天之御名無主 2016/11/11(金) 18:15:30.80
昔は火もなんか物質だと考えられてたんだっけ?
エレメンタルだっけ?四大元素

こういうのもすげえ頭の良い人が理論立てて考えてたんだろうなあ。




36: 天之御名無主 2016/11/22(火) 08:31:11.03
地球空洞説ってのもすごい幅広く信じられたらしいね。




35: 天之御名無主 2016/11/18(金) 23:17:25.24
キリスト教会ってどれくらい科学を禁止させてきたんだろ?
ガリレオも実は教会を煽りまくったから処罰された
みたいな説あるよね。




37: 天之御名無主 2016/11/22(火) 09:03:18.85
>>35
気にいらない結果が出ないかぎり科学推奨だったのではないか




38: 天之御名無主 2016/11/22(火) 09:56:48.84
ガリレオもなんか教会を批判しまくって協会側も
しょうがなく裁判にかけた説あるらしいね。




39: 天之御名無主 2016/11/22(火) 13:59:29.00
中世前半は、科学弾圧でも推奨でもなく、単に関心がなかったので発展がなかったっぽい




40: 天之御名無主 2016/11/30(水) 18:29:21.83
で、火薬・羅針盤・活版印刷術を中国からパクって三大発明とかほざき始めたんだよな。




42: 天之御名無主 2016/12/05(月) 17:22:32.38
処罰で思い出されるのは「魔女裁判」




47: 天之御名無主 2016/12/29(木) 06:33:16.35
当時の日記とかで庶民がどう思ってたとかわからないものなのかな?
江戸時代の庶民は地球平面説信じてたんだよね?




48: 天之御名無主 2016/12/30(金) 07:04:13.11
地球平面説は20世紀に作られたデマだよ

20170227-3
https://ja.wikipedia.org/wiki/地球平面説という神話


「天経或問」は江戸時代のベストセラーだし
渋川春海は地球儀を1695年に作ってる



渋川 春海
(しぶかわ はるみ、しぶかわ しゅんかい、寛永16年閏11月3日(1639年12月27日) - 正徳5年10月6日(1715年11月1日))は、江戸時代前期の天文暦学者、囲碁棋士、神道家。

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数学・暦法を池田昌意(まさおき)に、天文暦学を岡野井玄貞・松田順承に、和漢の書および垂加神道を山崎闇斎に、土御門神道を土御門泰福に学んだ。当時の日本は貞観4年(862年)に唐よりもたらされた宣明暦を用いていたため、かなりの誤差が生じていた。そこで21歳(1659年)の時に中国の授時暦に基づいて中国や四国の各地の緯度・経度を計測し[1]、その結果を元にして授時暦改暦を願い出た。ところが、延宝3年(1675年)に春海が授時暦に基づいて算出した日食予報が失敗したことから、申請は却下された。 当時用いられていた宣明暦は、月食・日食の予報が天の運行に二日も遅れていたので、彼は、1670年(寛文10年)32歳の時、天体を日夜観測し、新暦の作成に向かった。。

春海は失敗の原因を研究していくうちに、中国と日本には里差(今日でいう経度差)があり、「地方時」(今日でいう時差)や近日点の異動が発生してしまうことに気づいた。そこで、授時暦に通じていた朱子学者の中村惕斎の協力を得ながら、自己の観測データを元にして授時暦を日本向けに改良を加えて大和暦を作成した。春海は朝廷に大和暦の採用を求めたが、京都所司代・稲葉正往の家臣であった谷宜貞(一齋・三介とも。谷時中の子)が、春海の暦法を根拠のないものと非難して授時暦を一部修正しただけの大統暦採用の詔勅を取り付けてしまう。これに対して春海は「地方時」の存在を主張して、中国の暦をそのまま採用しても決して日本には適合しないと主張した。その後、春海は暦道の最高責任者でもあった泰福を説得して大和暦の採用に同意させ、3度目の上表によって大和暦は朝廷により採用されて貞享暦となった。これが日本初の国産暦となる。春海の授時暦に対する理解は同時代の関孝和よりも劣っていたという説もある[3]が、惕斎のような協力者を得られたことや、碁や神道を通じた徳川光圀や泰福ら有力者とのつながり、そして春海の丹念な観測の積み重ねに裏打ちされた暦学理論によって、改暦の実現を可能にしたとされている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/渋川春海




49: 天之御名無主 2016/12/30(金) 14:54:29.22
>>48
そのウィキペディアのページはヨーロッパの話だけだろ
しかも知識人に限定した話
日本だと須弥山説が普及してたから平面ってイメージはあったんじゃないの
近世の知識人は球体説を知っていただろうが


20170227-5

須弥山
(しゅみせん、旧字体:須彌山、サンスクリット:Sumeru)は、古代インドの世界観の中で中心にそびえる山。インド神話ではメル山、メルー山、スメール山ともいう。

仏教における須弥山世界観
『倶舎論』によれば、風輪の上に水輪、その上に金輪がある。また、その最上層をなす金輪の最下面が大地の底に接する際となっており、これを金輪際(こんりんざい)という。なお、このことが俗に転じて、物事の最後の最後までを表して金輪際と言うようになった。
周囲の鉄囲山(てっちせん)にたたえた海水に須弥山に向かって東には半月形の毘提訶洲(びだいかしゅう videha-dvpa、あるいは勝身州)、南に三角形の贍部洲(南洲あるいは閻浮提)、西に満月形の牛貨洲(ごかしゅう godnya-dvpa)、北に方座形の倶盧洲(くるしゅう kuru-dvpa)がある。南に位置する贍部洲(Jambūdvīpa)は我々が住んでいるインド亜大陸を示している。
須弥山中腹には日天と月天がまわっている。須弥山の高さは八万由旬(yojana)といわれ、中腹に四大王天がおり四洲を守る。さらにその上の山頂の忉利(とうり)天には帝釈天が住むという。須弥山の頂上に善見城がありインドラ(帝釈天)が住んでいる。須弥山には甘露の雨が降っており、それによって須弥山に住む天たちは空腹を免れる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/須弥山




50: 天之御名無主 2016/12/30(金) 16:27:09.52
国立天文台-江戸時代の宇宙観
http://library.nao.ac.jp/kichou/open/040/

もとは古代中国の考え方が知られていたが
江戸時代には知識層なら地動説さえ知ってたさ

<一部抜粋>
一方、日本では、望遠鏡の伝来は慶長十八年(1613)と早かったが、それを用いて天体を観測することは江戸中期にな るまでなかった。西洋天文学が流入する以前の日本では、中国起源の「蓋天説(がいてんせつ)・渾天説(こんてんせつ)」や、仏教が説く「須弥界説(しゅみ かいせつ)」などが宇宙観として知られていた。
日本における天文学とは主として暦を作るためのものであり、暦算天文学と呼ばれることもある。暦の計算を行うにあたっては、軌道の中心が太陽であろうと地球であろうとさしたる違いはなく、日本において地動説が大きな問題とされることはなかった。
以下リンク先でご確認下さい。




51: 天之御名無主 2016/12/30(金) 17:12:52.14
>>47が「庶民は」と聞いてるのに知識層の話しか出てこない謎




55: 天之御名無主 2017/01/03(火) 18:18:51.11
江戸時代も暦を作るために天文学は発達してた

みたいな事を聞くのだが。どうなんだろ?

ああけど地球が丸いってわかってないと
伊能忠敬の地図は完成しなかったわけでしょ?
庶民は知らなくても知識人は知ってたのかな?




56: 天之御名無主 2017/01/03(火) 20:10:39.01
知識人は蘭学によって当時の西洋の知識を結構わきまえてたよ。
天保年間のハレー彗星大接近の時も、江戸の天文方は76年周期ってことを知ってたくらいだし。
日本古来からの暦の編纂担当は陰陽師だけど、蘭学によって旧来の方法では誤差が大きすぎることが
判明して、幕府の天文方は蘭学者になった。




57: 天之御名無主 2017/01/05(木) 21:12:16.48
まだ蘭学じゃないだろ
中国に来たイエズス会経由の知識




58: 天之御名無主 2017/01/06(金) 07:08:06.41
江戸時代の話だぞ?




62: 天之御名無主 2017/02/14(火) 22:49:10.69
新井白石がキリスト教の宣教師と
問答してるだよね。十分渡り合えてたみたいだが。
科学的な知識あったのかな?新井白石


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新井 白石
(あらい はくせき)は、江戸時代中期の旗本・政治家・朱子学者。一介の無役の旗本でありながら六代将軍・徳川家宣の侍講として御側御用人・間部詮房とともに幕政を実質的に主導し、正徳の治と呼ばれる一時代をもたらす一翼を担った。家宣の死後も幼君の七代将軍・徳川家継を間部とともに守り立てたが、政権の蚊帳の外におかれた譜代大名と次第に軋轢を生じ、家継が夭折し八代将軍に徳川吉宗が就くと失脚し引退、晩年は著述活動に勤しんだ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/新井白石




60: 天之御名無主 2017/01/28(土) 18:57:48.78
怨霊とかも伝染病とかだったんだろうな