20180507-39




1: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 17:24:08.44 0
劉備の子孫でもいいけど




2: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 17:26:53.70 0
>>1
孔明の子孫はいるだろ




11: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 17:35:26.02 0
>>2
昔テレビの世界ふしぎ発見で孔明の子孫だらけの村をやってた気がする




15: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 17:54:14.31 0
>>11
あれ本当かね?八卦の村だろ




4: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 17:27:53.85 0
始皇帝の子孫は項羽に殺されたんじゃないの




5: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 17:28:40.79 0
劉備の子孫は皆殺しにされたからもういないよ




10: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 17:33:36.76 0
劉備の前半生の逃げ回り生活を考えると
各地に記録に残ってない子供が大量にいたような気はする




6: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 17:29:11.31 0
日本にいる秦(はた)さんってのが始皇帝の末裔だよ




13: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 17:52:23.45 0
秦が滅んだのって卑弥呼の400年くらい前だよね




7: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 17:30:16.92 0
権力者の子孫は新しい権力者に皆殺しにされるのが常
担ぎ出されて反逆の種になる




8: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 17:30:49.12 0
子孫残さないのが中華の流儀




9: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 17:32:14.96 0
孔子の子孫は何万人かいるんだろ
世界最古の家系らしい




14: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 17:53:45.07 0
国が変わったら親族皆殺しだから子孫は残らないんだけどな




16: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 17:54:39.29 0
自称子孫しかいない




17: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 17:56:46.79 0
劉備自身が自称漢王朝の子孫だしな




18: fusianasan 2018/05/06(日) 18:02:45.61 0
チンギスハーンの子孫はいっぱいいる
東欧とか中央アジアの王族になんちゃらカーンって居るのは全部そう




28: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 18:34:41.83 0
>>18そういえば元はどんな風に滅んだんだろうね?高校で世界史習ったけど元滅亡を決定づけた大敗北の合戦って記憶にない。




23: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 18:21:03.27 0
チンギスハンの遺伝子を受け継いでいる人間って
何千万人もいるんだろ




24: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 18:24:18.96 0
モスクワはモンゴル人の血を引いたやつばっかりだとか




29: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 18:41:55.50 0
北元
http://ja.wikipedia.org/wiki/北元
北 元(ほくげん、拼音:Bĕiyuán)は、1368年に、元(大元)の第14代大ハーンのトゴン・テムル・ハーン(在位:1333年 - 1370年)が長江流域に興った明の北伐を逃れて大都(現在の北京)からモンゴル高原に撤退し、中国の漢民族定住農耕地域を失ってから後の大元ウルス(モ ンゴル帝国の皇帝直轄政権)についての後世の呼び方のことである。この政権に属する遊牧諸部族を同時代の漢文史料では韃靼(だったん、拼音:dádá)と 呼び、日本では韃靼のカタカナ表記であるタタールという名称も用いられる。




30: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 18:47:56.62 0
へー
17世紀に清に併合されるまで続いてるんだ




34: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 19:08:22.34 0
なるほど、元が農耕地帯放棄して北元となり17世紀まで続いたと。でも明の歴史史料ではハーンの正統血筋が途絶えた時点で北元滅亡とみなし以降はダッタン人の王国として記載。それで高校世界史ではほとんど北元について習わなかったんだな。




35: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 19:13:02.34 0
モンゴルは滅びず草原に帰ったのだと陳舜臣が言ってた




37: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 19:21:32.51 0
草原に帰った後もやっぱり騎馬軍団は強かったはずだけど北元って全く世界史の授業で取り上げなかった。教科書の欄外に「以後北元と号した」って感じの記述があった程度。本来なら三国志や南北朝時代のように明と併記すべき王国。




40: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 20:52:01.93 0
>>37
中国の歴史は中原を支配するかどうかなんで万里の長城の北は無視でしょ




41: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 21:52:55.63 0
>>37
今の台湾を民国として年表に載せるかどうかの話と同じだね




42: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 23:27:02.00 0
土木の変くらい知ってろよ

土木の変(どぼくのへん)は1449年(正統14年)9月8日、交易の拡大を求めたオイラトの指導者エセンが明領に侵攻したのに対して、親征を行った明朝 正統帝(英宗)が、土木堡(現在の河北省張家口市懐来県)でエセンの軍勢に大敗し、正統帝自身も捕虜となった戦いを指す。中国史上でも珍しい、皇帝が野戦 で捕虜になった事件として知られる。土木堡の変(どぼくほうのへん)ともいう。
明の兵部尚書于謙が果断な対処を行ったために、エセンは大勝を収め たにもかかわらず正統帝を無条件釈放せざるを得ず、この戦いは明にとっては致命的な打撃には至らなかったが、明がその後100年以上にわたりモンゴル高原 の遊牧民(いわゆる「北虜」)の間断ない侵攻に悩まされる端緒となった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/土木の変




43: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 23:43:05.14 0
土木の変の顛末も酷い




19: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 18:02:57.23 0
北京の菜市口ってとこにあった処刑場で殺された人に明朝の王族の名前が並んでる




20: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 18:07:22.77 0
中華は基本皆殺しにするから




21: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 18:16:50.66 0
まず二世皇帝が自分の地位を脅かしそうな兄弟を全部殺しているしな




25: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 18:24:22.74 0
劉禅は天寿全うしたでしょ




27: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 18:27:08.23 0
司馬仲達の子孫の王朝で中国のとくに北部は滅茶苦茶になったから




31: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 18:50:08.54 0
秦河勝が始皇帝の末裔だと名乗っていた
秦河勝は一族を連れて日本に来て町造りやら建築やらやった人



20180507-38

秦 河勝
(はた の かわかつ、生没年不詳)は、飛鳥時代の人物。姓は造。秦丹照または秦国勝の子とする系図がある。冠位は大花上

秦氏は6世紀頃に朝鮮半島を経由して日本列島の倭国へ渡来した渡来人集団で、そのルーツは秦の始皇帝ともいう。河勝は秦氏の族長的人物であったとされる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/秦 河勝




32: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 18:50:23.82 0
徐福の子孫はいないのか




38: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 20:00:04.02 0
秦さんって徐福の子孫系なんじゃないの
始皇帝の命令で不老不死の薬を見つけて持って帰るために
大人数で日本に渡来した徐福一行の末裔はいっぱいいると思う

ただ海難事故で漂着した中国人はみんな徐福さんってなってる気がする
だからただ船にのってて嵐で日本に漂着したただの船乗りの子孫も多いと思う




39: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 20:05:41.75 0
>>38漢帝国誕生を描いた横山光輝の漫画だったかな?不老不死の薬を求め東へ船出した徐福の墓は和歌山県にあるそうだ。




44: 名無し募集中。。。 2018/05/07(月) 10:26:12.01 0
漫画家のつのだじろうは秦氏の子孫らしく
「うしろの始皇帝」って本出してる




45: 名無し募集中。。。 2018/05/07(月) 10:34:07.44 0
子どものころ近所に秦という名字の子がいて
その子が始皇帝の子孫とかいう噂になってマジで信じてた
でも始皇帝の姓は秦じゃないなあって後で気付いた




46: 名無し募集中。。。 2018/05/07(月) 10:41:10.63 0
渡来系の秦氏は秦始皇の子孫を称している
秦氏同族の惟宗氏も同様

秦氏の子孫を称しているのは長宗我部氏など
惟宗氏の子孫は島津氏、宗氏、神保氏など




48: 名無し募集中。。。 2018/05/07(月) 10:45:06.29 0
惟任日向守




49: 名無し募集中。。。 2018/05/07(月) 12:02:49.11 0
秦氏があれほど一生懸命日本建国のために働いたのは完全に移住計画だったんだろうな




50: 名無し募集中。。。 2018/05/07(月) 12:15:12.07 0
内乱続出で体制もガラッと変わってるからな、




51: fusianasan 2018/05/07(月) 12:17:35.60 O
あれだけ劉さんたくさんいるんだから劉備の子孫もいるだろ




52: 名無し募集中。。。 2018/05/07(月) 12:21:48.12 0
直系は残らないのが中華王朝の伝統
支配民族のまるっと交代劇だからね
それと軍閥王朝が特徴なので
だいたい傭兵軍団の部族を雇いその武勲に褒美を与え
さらに力をつけさせ最後にこの軍閥にとってかわられる繰り返し
清が滅ぶのもこの典型




53: 名無し募集中。。。 2018/05/07(月) 12:27:55.93 0
中国は王朝交代したら皆殺しとか言ってる馬鹿はシッタカも大概にしとけ
禅譲という制度を知らないのか

禅譲(ぜんじょう)は、天子(ほとんどの場合、皇帝)が、その地位を血縁者でない有徳の人物に譲ることである。実際には、歴史上禅譲と称していても譲られる側が強制して行われていることが多い。

中国伝説における禅譲
中国の伝説上の聖天子は、血縁関係によらず有徳の人物に帝位を譲ったとされる。例えば、五帝と呼ばれる天子たちは、堯が舜に禅譲し、舜が禹に禅譲した。このような伝説は、儒家が過去を理想化する中で生まれた。実際の権力交代では武力や流血、権謀術策が少なからず伴ったと考えられるが、文献が書かれたその時々の権力への正当性の付与や、儒家の思想の根幹たる「礼」を成立させるためにこのような理想化が行われたと考えられる。
中国史に限らず、太古は王位にさしたる利権がないがゆえに世襲とならず(世襲という概念が存在せず)、有力者が王位を継承していた事情を反映している可能性もある。
https://ja.wikipedia.org/wiki/禅譲




55: 名無し募集中。。。 2018/05/07(月) 12:38:45.46 0
禅譲は前王朝の既得権益を残し譲り受けることが
お得な時だけ行われる。
これが不利だとシレっとオラ関係ねーーからと前王朝の直系を殺す
で前近代は不利なことだらけだったので皆殺しが多い
つまり借金は無かったことにしている




56: 名無し募集中。。。 2018/05/07(月) 12:39:57.49 0
「二王の後」と言って前王朝と前々王朝の生き残りを王侯として遇する制度もあった
言わば禅譲を受けてますよアピールだな
どの王朝を二王の後として遇してるかを見るとその王朝の正統性の根源をどこに置いてるかが窺い知れて興味深い




57: 名無し募集中。。。 2018/05/07(月) 12:45:12.51 0
>>56
追記
中国語版Wikipediaでは「二王三恪」で立項されている
三恪は二王に准ずる待遇だな
興味のある向きは御覧あそばせ




33: 名無し募集中。。。 2018/05/06(日) 19:00:56.46 0
カエサルとかハンニバルの方が気になる