2016112-8




1: 日本@名無史さん 2016/06/08(水) 01:51:12.45
一両は50-100万円だと思う




2: 日本@名無史さん 2016/06/08(水) 02:19:45.48
15万くらいだろ




3: 日本@名無史さん 2016/06/08(水) 17:23:09.64
江戸時代の1両が今のいくらか考えるには、
価値が違うものを基準にしてはいけない
米は江戸時代と今では価値がぜんぜん違うので、米価で
比較するのは間違い
そばとかも価値が違うので間違い。
賃金で比較するのが正しい
江戸の大工は年収が10両ぐらいだった
江戸の大工は高賃金だった
この大工というのは頭領だと思う
今東京で高賃金だと1000万円ぐらいだろうか
そうすると1両は100万円ぐらいになる
1両は米1石で、100万石だと1兆円ぐらいになる。
江戸時代のそばは、今のすしぐらいの感覚だと思う
そばは16文で、今のすしが1600円とすれば
1文は100円となる。
昔ばかな学者が、米価を元に1両を考えたので
1両が5万円とかになって、間違えた通説が生まれた。
現在は機械化や化学肥料や農薬、輸送の発達などで米の値段、価値は
江戸時代とくらべてずっと下がってるので、米価を基準に1両の価値を
決めるのは間違い。




4: 日本@名無史さん 2016/06/08(水) 17:30:49.65
時代劇で小判がすぐ出てくるが、庶民は小判を見ることはほとんどなかったと思う。
10両盗むと死刑だった、1両100万円なら、10両で1000万円なので
そこそこ納得がいく

現在の力士の10両は年収が1200万円だそうだ
江戸時代の十両の力士は1両100万円なら計算が合う




5: 日本@名無史さん 2016/06/08(水) 17:48:03.89
与力は年収200両
同心は30両
下級武士はそれ以下

一両100万円とすると
与力2億円、同心3000万円、下級武士1000万円から3000万円ということでしょう

1両5万円とか間違った通説があるから、下級武士が10両で年収50万円に
なって、貧乏だったなんて、おかしなことになってる

与力(よりき)とは、江戸幕府における代表的な職名。なお、与力は寄騎とも書くが、これら与力・寄騎は時代によって意味が異なる。
備(そなえ)などを編成するため、江戸時代以前には、足軽大将(足軽組頭)などの中級武士が大身の武士の指揮下に入る事を意味する語句としても用いられていた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/与力




6: 日本@名無史さん 2016/06/08(水) 17:52:58.52
米基準だと6万ぐらい
大工の賃金基準だと 30万ぐらい
物価基準だと 物によって差異が大きいから
15万ぐらいが妥当なんだろうけど、現代の感覚的には30万ぐらいじゃないの




7: 日本@名無史さん 2016/06/08(水) 22:58:13.00
江戸時代の大工は高収入で、今、高収入というと1000万円ぐらいだから
これで計算すると
大工の年収15両とすると、一両は70万円ぐらいだ。
1文は100円ぐらいだ




9: 日本@名無史さん 2016/06/08(水) 23:39:14.53
一両が5万円とか10万円とか間違ってるから
下級武士は年収は10両で50万円とか100万円になって
貧乏だったとか、生活できないとか間違ったことになる
安くても一両は50万円ぐらいと思う




10: 日本@名無史さん 2016/06/09(木) 00:15:58.24
江戸の同心が30俵ぐらい
30俵を両換算すると10両ぐらい
1両30万だとすると 300万ぐらい
ただ、同心はいろいろ副収入があったようだから、結構裕福だったよう




11: 日本@名無史さん 2016/06/09(木) 01:29:13.36
下級武士の年収は10~30両
同心の年収は30石で30両ぐらい
一両50万円なら1500万円

ちなみに今、私が住んでる家は、同心屋敷で、200年前には立てられていて
幕末に増築された。
奉行所の同心が9代住んでいた。




12: 日本@名無史さん 2016/06/09(木) 01:31:56.67
で、玄関は時代劇なんかに出てくる武家屋敷と同じだわ
土地は150坪、これも同心屋敷の基準らしい




13: 日本@名無史さん 2016/06/09(木) 01:33:22.38
でとなりは与力の家だ
うちより広い




14: 日本@名無史さん 2016/06/09(木) 01:38:20.40
同心屋敷町というのは、門があって庶民は入れなかった
感覚的に庶民の何倍も年収があった気がする
だから、同心の年収は今の1500万円ー3000万円で
一両は50万から100万円だと思う。




17: 日本@名無史さん 2016/06/11(土) 16:21:00.89
>>10-11
一両は何を基準にするかで変わるが、5~20万円とするのが一般的。

>>12-13
与力同心は役宅が与えられていたから、禄高による標準よりかなり広い。




18: 日本@名無史さん 2016/06/13(月) 15:11:15.29
一般的な5-20両はおかしいと言ってるのだ




20: 日本@名無史さん 2016/06/13(月) 19:17:05.10
>>18
鴎外の『高瀬舟』でも読めば役人一般の生活レベルが分かる。
江戸その他の町で食っていくのは今のアホの想像以上に大変なんだけど、アホにはその知識も
判断力もないんだよな。

ちなみに、薩摩では庄屋でも主食がサツマイモでコメなどまともに食えなかった時代に、江戸では
乞食でさえ麦飯でも玄米でもなく白飯を食いたがった。

江戸東京は異常という話だ。その異常さがいつまで続くかねえ。




15: 日本@名無史さん 2016/06/09(木) 01:45:56.44
中間 二両一人扶持
若党 四両一人扶持
用人 八両三人扶持




16: 日本@名無史さん 2016/06/10(金) 18:59:56.24




19: 日本@名無史さん 2016/06/13(月) 17:23:03.59
>江戸の大工は年収が10両ぐらいだった

他の物価も鑑みるに、江戸初期なら1両60万円ほどでよいが
江戸中期なら20万円が妥当

金1両=4分=16朱=銀60匁=銭4貫文=4000文=米1石で
1両20万円として1貫文/分=5万円、1朱=1.25万円、1匁=3333円、1文=50円
棒手振りの日当が400文(2万円)、長屋の家賃が月400文、大福餅1個が4文(200円)、銭湯が8文(400円)
下級武士の年収が30両(600万円)弱で豪農が90石(1800万円)




21: 日本@名無史さん 2016/06/13(月) 19:45:02.30
庶民の感覚で、江戸時代の一両は今のいくらぐらいになるか、というのだから。

長屋の家賃が400文なら、今は庶民が住む家の家賃は4万円として

1文は100円になる、50文なら2万円になるからおかしいことになる

当時は家が狭かったからというのは間違い

銭湯は毎日入ったんだろうか、高くて毎日は入れなかったんじゃないか

8文、800円なら説明が付く




22: 日本@名無史さん 2016/06/13(月) 20:38:05.90
1両が5万円なら、1文は10円ぐらいだから、そばは160円だから
腹が減ったらそばはいくらでもだべれるだろう
武士はくわねど、なんておかしいことになる




23: 日本@名無史さん 2016/06/14(火) 10:36:08.46
まず君は庶民レベルに達してる?




24: 日本@名無史さん 2016/06/14(火) 14:19:35.09
武士は交際関係の出費がやたらかさんでいて、それが家計を圧迫していた。




25: 日本@名無史さん 2016/06/14(火) 18:31:29.23
下級武士の収入は10両から30両
1両が100万円なら今の1000万円から3000万円
相撲の十両が10両で、江戸の高収入の庶民が10両ぐらいで
下級武士の一番下と同じ




26: 日本@名無史さん 2016/06/14(火) 18:33:30.15
江戸近郊の農家の収入が20両で10両は年貢と時代で収めて
収入は10両ぐらい
たぶんこの農家は高収入の農家だろ




27: 日本@名無史さん 2016/06/14(火) 18:34:35.96




29: 日本@名無史さん 2016/06/14(火) 21:21:49.84
>>27
一両120万円
これは正しい

また、砂糖とか今と価値がぜんぜん違うものを基準にしてまちがったことを
言ってる。




28: 日本@名無史さん 2016/06/14(火) 19:29:33.95
「武士の家計簿」とか読みなさい




30: 日本@名無史さん 2016/06/14(火) 21:23:57.45
武士の家計簿は読んでないけど、昔、一両が5万円とかいった
ばかな学者の考えを取り入れて、間違った話をしてるんじゃないか




32: 日本@名無史さん 2016/06/15(水) 01:53:03.48
そもそも今(2016年)の1円と昔の1円でも価値は違うわけで
例えば昭和40年代の学者が1両=5万円と言ったのを今もそのまま受け継いでるとしたら
ただの馬鹿としか思えないのだが




33: 日本@名無史さん 2016/06/15(水) 09:21:11.70
そうだな
5万円といったのはいつかな
昭和45年なら今の20万円だ




37: 日本@名無史さん 2016/06/15(水) 22:12:06.34
金の価値も下がってるので、金で一両の価値を決めるのは間違い

銀はさらに下がってるので、銀で決めるのは大間違い




45: 日本@名無史さん 2016/06/16(木) 19:51:01.42
この前のブラタモリで一両10万円て言ってたけどな。




47: 日本@名無史さん 2016/06/16(木) 22:43:38.01
ブラタモリでお伊勢参りやってたけど、江戸時代の庶民って、結構豊かだったんだね




46: 日本@名無史さん 2016/06/16(木) 22:02:03.37
歴史学者兼TVスターの磯田先生によると1両300,000円だって 武士の家計簿




48: 日本@名無史さん 2016/06/16(木) 23:09:52.99
30万円なら近いと思う
10万円はダメだな、NHKは歴史考証がなってない
大河なんてひどいもんだ




49: 日本@名無史さん 2016/06/17(金) 08:47:14.20
>江戸時代の庶民って、結構豊かだったんだね

商品作物の栽培で懐具合のよくなった上方の農民が季節季節の服を二着以上持っているのを
武士から贅沢と言われた。

江戸の町で普通の庶民が食べていくためには嫁さん子供を養えないから、農村から出てきた
独身男が多く女が少なかった。家族持ちでも、子供が成人しない段階で稼ぎ頭の男が
体調を崩そうものなら即一家心中の危機に陥った。

町の借家人の多くは日雇いで、収入のいい大工でさえ「大工を殺すにゃ刃物はいらぬ。雨の
三日も降ればよい」などと言われるほど蓄えが乏しかった。おかげで、全国的な飢饉で
米価が倍にでもなれば町では餓死者が続出した。

ちなみにこの状況は、社会保障制度が整備されていない戦前期までは似たようなものだった。
それでも都市部の庶民が減らなかったのは、農村から一旗揚げようと絶えず人が流入してきていて、
しかもその大半は食っていけずにおめおめと故郷に戻るようなありさまだったからだ。


そんな状況を今の感覚で豊かと評するとか、寝言は寝て言えって感じだな。

伊勢参りをどのように描いていたかは知らんが、数十年に一度の大フィーバーのときには金持ちが
どんどん街道沿いに金を落としていくから庶民の参詣者がそのおこぼれにあずかる形で旅ができた。
例年であれば、金持ちでなければ蓄えを持つ農民が一生に一度参詣できる程度のものでしかなかった。




50: 日本@名無史さん 2016/06/17(金) 08:55:34.28
ちなみに、町の庶民には蓄えがないのとは対照的に、農民には蓄えがあった。
秋に米が一度に収入として入ってくるのだから、蓄えの習慣が身に付くのは当然だけど。
そうやってコツコツ溜めた私財を、伊勢参りその他の巡礼で一生に一度吐き出すわけだ。




51: 日本@名無史さん 2016/06/17(金) 13:58:33.98
だから蕎麦が16文で、1両が5万円なら160円で、餓死しないからおかしい




53: 日本@名無史さん 2016/06/17(金) 14:52:33.63
>>51
江戸時代どころか戦後しばらくまではエンゲル係数がバカ高だから、食い物の値段がちょっと上がっただけで
町では食い詰める者が続出した。農村では食い物を蓄えられたけど、町では銭も雑穀も無理だからね。
アホの子はエンゲル係数の低い今を基準に考えるからバカだとばれるわけだ。




52: 日本@名無史さん 2016/06/17(金) 14:01:13.86
今のテレビ時代劇の、庶民の豪華衣装の暴走はどうにかならないのかね
江戸時代の庶民は、ぼろの着物を一着持ってるだけだろ




54: 日本@名無史さん 2016/06/17(金) 16:18:34.36
明治生まれの人が生きてた時代は、江戸時代の時代劇も、まだリアルさがあったが
今のはひどい、昭和初期でももっと貧相だった。
昭和30年代の百姓でも、今の時代劇の百姓より貧相だ




56: 日本@名無史さん 2016/06/27(月) 00:37:24.47
重苦しい時代劇好きだけど
最近の役者は似合わないんだよ




62: 日本@名無史さん 2016/10/23(日) 16:41:01.09
田沼の金権政治によって、江戸の武士は、「元禄期からもう一段階推し進めた贅沢」をするようになり、




63: 日本@名無史さん 2016/10/23(日) 17:07:18.59
江戸時代でも1両の価値は初期と末期で異なるだろう
貨幣改鋳でインフレとかも進んでる。




64: 日本@名無史さん 2016/10/23(日) 17:26:09.31
キリよく1両=10万円で良いだろ
何かと計算しやすい





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