20180805-2




1: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:29:51 ID:bRK
上がらなかったので別スレ立てた
今日は第二回やります
実験的に今日は投稿のペースを遅くして批評つけてみます
嫌だったら元に戻すので遠慮なく言ってください

ちな第一回
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1532780652/

ワイが訳した三国志演義をみんなで見るスレ
http://blog.livedoor.jp/foufif/archives/53905630.html




4: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:33:29 ID:23d
ワイの大好きな孔明死後のグッダグダ時代はいつ来るんやろなぁ…(遠い目)




6: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:35:13 ID:bRK
>>4
105回だから週一ペースだとして105×7=735
二年後やな
ワイは現在働き始めたんでこの週一ペースやないと無理なんや
あれやったら完訳自分で買ってみたほうがええかも




8: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:36:06 ID:23d
>>6
駄目みたいですね…()
演義だと孔明死後以降は完全ダイジェストという暴挙にでた奴がいるせいでどうなってるのかわからんのや




7: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:35:43 ID:bRK
開始するで


第二回 張翼徳は怒って督郵を鞭うち 何国舅は宦官を誅殺しようと謀る

さて、董卓は字を仲穎といい、隴西郡臨洮県の出身で、河東太守の官職についており、生まれつき傲慢でした。
この日、玄徳はおろそかに扱われたので、張飛は怒りを発して彼を殺そうとしました。
玄徳と関公は急いで制止しました。
「彼は朝廷の官吏だ。勝手に殺してはならない」
張飛は言いました。
「奴を殺さず、反対に部下となって命令を聞くなど、決して出来ません!兄貴たちがここに居るというのなら、私は別の所に行きましょう!」
玄徳は言いました。
「我ら三人は生死を共にすると誓ったのに、どうして離れ離れになれようか?皆で別の所に去ることにしよう」
張飛は言いました。
「そうしていただければ、我が恨みも少しは収まります」
こうして三人はその夜にうちに軍を引き連れて朱儁の所に向かいました。
朱儁は彼らを手厚くもてなし、兵を一か所に合わせて張宝を討ちに行こうとしました。




9: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:37:09 ID:bRK
今回からスレ盛り上げるために自分で批評つけます(金聖嘆よりは多分まし)
>>7やとここが後に張飛がぼやく場面に繋がるで




10: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:37:54 ID:1Ui
こういう聞いてる人が思ったことを即座に言うのが張飛の魅力やろなぁ




11: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:39:49 ID:bRK
>>10
中国やとこういうキャラが人気やな
説岳の牛皐やったり水滸の鉄牛やったり
ワイもさっぱりしてて関羽より張飛のがすこ




12: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:40:14 ID:bRK

この時、曹操は皇甫嵩と共に張梁を討伐し、曲陽で大いに戦っており、ここでは朱儁が張宝を攻撃しておりました。
張宝は八・九万の賊軍を引き連れ、山の背後に駐屯しておりました。朱儁は玄徳を先鋒として賊と対峙させました。
張宝が副将の高昇に挑戦させると、玄徳は張飛を出しました。張飛は馬を走らせ、矛を構え、高昇と交戦すると、数合もせぬうちに、高昇を刺して馬から突き落としました。
玄徳は軍を指揮して真っ直ぐと突入しました。
張宝は馬上で髪を縛らずにおり、剣にもたれながら妖術を使いました。すると風と雷が大いに起こり、一筋の黒い気が天から降り、黒い気の中からは数えきれないほどの人馬が殺到して来ました。
玄徳は慌てて軍を返そうとしましたが、すでに軍中は大いに乱れておりました。敗北して引き返すと、朱儁と討議しました。
朱儁は言いました。
「彼は妖術を使ってくるので、我らは明日、豚・羊・犬を殺して血を集め、兵士を山頂に伏せ、賊が追って来たら、高い坂の上からこれを注ぎ、奴の法を解いてやろう」
玄徳は命を授かると、関公・張飛に各々一千の兵を引き連れ、山の背後の高い岡の上に伏せ、その一方で豚・羊・犬の血や穢れた物を集めて準備するよう命じました。




13: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:41:42 ID:bRK
>>12
この動物の血で妖術を解くってのは古代中国ならではの発想
あっちの古典を読んでみると戦場で出産してその血で妖術を解くなんていうびっくりな場面まででてくるぞ




14: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:43:21 ID:zYF
糞尿大好きやなぁ(白目)




16: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:45:14 ID:bRK
>>14
穢れが妖術を封印するってよく考えたらわからんよな
でも中国古典では対妖術最強兵器になっとる




21: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:48:09 ID:1Ui
>>16
妖術(妖しい術)だが神仙の使うものなので清浄なんじゃないかな。
一応コイツのもそうだし




22: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:49:16 ID:bRK
>>21
確かに
妖術使うやつは道教か仏教関係者と相場が決まってる




15: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:43:24 ID:bRK

次の日、張宝が旗を揺らし太鼓を叩きながら軍を連れ、挑戦しに来たので、玄徳は迎え撃ちました。
交戦の際に、張宝が法術を使うと、風と雷が大いに起こり、砂が飛び、石が走り、黒い気が天を満たし、滾々と人馬が天から下りてきました。
玄徳が馬を叩いて逃げ出すと、張宝は兵を駆り立てて追撃してきました。
山頂を過ぎようとすると、関・張の伏兵が合図の砲を放ち、穢れた物を一斉に注ぎました。
空中からは紙の人や草の馬がばらばらと地に落ちて来て、風や雷は止み、砂や石は飛ばなくなりました。
張宝は法術を解かれると、急いで軍を撤退させようとしました。
しかし、左から関公、右から張飛の両軍が一斉に出て来て、背後から玄徳、朱儁も一斉に追撃したため、賊軍は大敗しました。
玄徳は「地公将軍」の旗を望むと、馬を飛ばして追いかけたので、張宝は慌てて逃げ出しました。
玄徳が矢を放つと、矢は彼の左肘に当たりました。張宝は矢が刺さったまま逃げ出し、陽城に入ると、堅く守って出陣しなくなりました。




16: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:45:14 ID:bRK
>>15
ここの玄徳は弓を使っとるけど玄徳は弓馬の達人で作中弓を一度も外したことがなかったりする
馬の名シーンは後々でてくるで




17: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:45:41 ID:bRK

朱儁は兵を引き連れ陽城を包囲する一方、斥候に皇甫嵩の様子を探らせました。
斥候は帰って来て報告しました。
「皇甫嵩は大勝を得ておりました。そこで朝廷は嵩を連敗している董卓と交替させましたが、嵩が到着した時には、張角はすでに死んでおりました。
そのため、張梁が賊軍を率いて、我が軍を拒みましたが、皇甫嵩は七戦連勝し、張梁を曲陽で斬り、また張角の棺を暴いて、屍を切り刻み、首を晒して、それらを都に送りました。残された賊は皆、降伏しました。
朝廷は皇甫嵩を車騎将軍・冀州牧としました。皇甫嵩はさらに盧植には功はあれど罪はないと上奏したので、朝廷は盧植を元の官職に戻しました。
曹操も功を立て、済南の相に任命されたので、即日軍を率いて赴任しました」
朱儁はその話を聞くと、兵士たちに力を尽くして陽城を攻めるよう命じました。
賊軍は危機に陥りました。すると、賊将の厳政が張宝を刺し殺し、首を持って投降しに来ました。朱儁は遂に数郡を平定し、勝報を届けました。




19: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:47:46 ID:bRK
>>17
朱儁は吉川三国志や横山三国志で悪い役として書かれたけど演義やと初期劉備の最大の庇護者や
もちろん実力も十分やで




18: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:46:44 ID:zYF
朱儁と皇甫嵩は互いにペアに恵まれたな
盧植董卓ペアといったら……




19: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:47:46 ID:bRK
>>18
朱儁に対する劉備・孫堅、皇甫嵩に対する曹操
バランス悪すぎじゃないですかね




20: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:48:03 ID:bRK

この時、黄巾の残党に趙弘・韓忠・孫仲という者がおり、賊軍数万を集めて焼き打ちや盗みを行い、それを張角の報復だと称しておりました。
朝廷はすぐさま勝った勢いのある軍で彼らを討伐するよう朱儁に命じました。朱儁は詔を受けると軍を率いてその地に向かいました。
この時、賊は宛城に依拠しておりました。朱儁が兵を引き連れて城を攻撃すると、趙弘は韓忠を出陣させました。
朱儁は玄徳・関・張に城の西南の角を攻撃させました。韓忠は精鋭をことごとく率いて西南の角で抵抗しました。
朱儁は自ら鉄騎二千を率いて真っ直ぐと東北の角を奪いに行きました。賊は城を失うのを恐れたため、急いで西南を棄てて引き返しました。
玄徳が背後から急襲すると、賊軍は大敗し、宛城に逃げ込みました。




23: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:51:02 ID:bRK

朱儁は兵を四方に分けて包囲したので、城内の兵糧はなくなってしまいました。
そこで韓忠は使者を城の外に出して投降を申し出ましたが、朱儁はそれを許しませんでした。
玄徳は言いました。
「昔、高祖が天下を得られたのは、思うに、降伏した者を受け入れたからでしょう。それなのに、どうして公は韓忠を拒まれるのですか?」
朱儁は言いました。
「その時はその時だ。秦の項羽の時代は、天下が大いに乱れ、民には定まった主がいなかったために、降伏を勧告して恩賞を与えることを奨励していたのだ。
今は海内が統一されており、黄巾だけが造反している状況だ。もしこの状況で降伏を受け入れてしまえば、善行を奨励出来なくなろう。
賊は有利であればほしいままに略奪を働き、不利となれば投降する事が出来るため、これでは賊を増長させてしまう。良策とはいえまい」




26: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:52:46 ID:bRK
>>23
高祖と項羽ってのは秦の末期に天下を争った二人や
高祖が勝ってこの漢王朝を開いたんやで
項羽は倒した敵に容赦しなかったが高祖は寛容に扱ったのが二人の差やな




27: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:53:42 ID:zYF
寛容(侍女に足を洗わせながら)




31: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:55:27 ID:bRK
>>27
出身が一亭長やからしゃーない




28: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:53:57 ID:bRK

玄徳は言いました。
「賊の降伏を受け入れないというのは、ごもっともです。ですが、今は四方を鉄の桶のように囲んでおります。賊は降伏を求めても認められねば必死に戦いましょう。
万人が心を一つしただけでも、それに当たるべきではございませんのに、ましてや城内に数万人の死を覚悟した者がいるのです。
ここは東南の兵を撤去させ、西北だけを攻めた方がよろしいでしょう。賊は城を棄てて逃げ出し、闘争心をうしなうはずなので、即座に捕らえられましょう」
朱儁はその通りだと思い、東南二方面の兵馬を撤去させて一斉に西北を攻めました。
韓忠は果たして城を棄て、軍を引き連れて逃げ出しました。
朱儁が玄徳、関・張と共に三軍を率いて急襲し、韓忠を射殺すと、その他の者は全員四散しました。




29: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:54:38 ID:zYF
玄徳さん呂布も真っ青なレベルのスナイパーやな




31: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:55:27 ID:bRK
>>29
せやけど演義やとこれよりすごいやつがもう何人も出て来るで
ちな劉備は三射全中




30: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:55:23 ID:1Ui
囲師は周するなかれ、やっけ?




35: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:57:39 ID:bRK
>>30
それは聞いたことないけど孫子に囲師必ず欠くとあるのは知ってる
ちょうどその孫子の末裔がこの孫堅




32: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:56:16 ID:bRK

まさに追撃していると、趙弘・孫仲が賊軍を引き連れやって来て、朱儁と交戦しました。
朱儁は趙弘の軍が多いと見ると、軍を率いてとりあえず撤退することにしました。趙弘は勢いに乗じて宛城を奪い返しました。
朱儁が十里離れた所に陣を敷き、攻めようとすると、突然真東から一隊の人馬が到来しました。
先頭の将は、生まれつき広い額に広い顔、虎の体に熊の腰といった容貌をしており、呉郡富春県の出身で、姓は孫、名は堅、字を文台といい、孫武子の末裔でした。




33: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:57:09 ID:1Ui
異様な顔に虎の体に熊の腰(下半身)
どうみてもキマイラです 本当に(ry




36: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:59:36 ID:bRK
>>33
こういう体の表現しょっちゅうあるけど大げさに言ってるだけや




34: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:57:24 ID:zYF
董卓の天敵孫堅すき
董卓にとって袁術袁紹レベルの害悪やし




36: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:59:36 ID:bRK
>>34
演義やとあれやけど正史みるとギャップあるな孫堅さん




37: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)21:59:49 ID:bRK

十七歳の時、父と共に銭塘に行くと、十人余りの海賊が商人から財物を奪い、岸の上で分配しているのを見かけました。
孫堅は父に言いました。
「あの賊は捕らえられます」
すると、孫堅は奮起して刀を提げながら岸に上り、声を張り上げて叫び、東西を指揮して人を呼び寄せているような様子をしてみせました。
そのため、賊は官軍が来たと思い込み、財物をことごとく棄てて逃げ出してしまいました。さらに孫堅は敵を追いかけ、賊の一人を殺しました。
このことから郡県で名を知られるようになり、校尉に推薦されました。
後に会稽の妖賊の許昌が反乱を起こし、『陽明皇帝』と自称して数万の賊軍を集めると、孫堅は郡司馬と一千人余りの勇士を募り、州郡で会合して敵を破り、許昌と彼の子の許韶を斬りました。
刺史の臧旻がその功を上表すると、孫堅は塩涜の丞となり、さらに盱眙の丞、下邳の丞と転任しました。
今は黄巾賊が蜂起したことから、郷里の少年や商人たち、淮水・泗水の精鋭一千五百人余りを集め、応援に来たのでした。




40: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:02:02 ID:bRK
>>37
ここの孫堅は賢いな
孫休や孫亮の聡明さもなんか納得する




38: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:01:01 ID:zYF
>>37
わざわざ追撃して手の内明かさなくてもいいのに追撃する当たり孫堅だなぁって感じの逸話やね




40: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:02:02 ID:bRK
>>38
ここがあの末路に繋がるんか
深い




43: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:03:36 ID:zYF
>>40
知略も働く猪野武者とかいう手に負えない存在




46: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:05:20 ID:bRK
>>43
張飛が思い浮かんだ
末路もだいたい同じやった




47: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:06:06 ID:zYF
>>46
暗殺と戦死じゃだいぶ違うと思います(小並感)




53: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:08:44 ID:bRK
>>47
軽率な行動してってところや
張飛は部下を痛めつけて暗殺
思ったけど孫策にも似てるな




54: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:10:16 ID:zYF
>>53
堅策と横死やからなぁ
確かに




48: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:06:55 ID:1Ui
>>46
ムスッコは酒で愉快なエピソードをしてるしな・・・
土盛ったり船の上でやったり処刑命令出してみたり




53: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:08:44 ID:bRK
>>48
曾孫はもっと愉快やで




39: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:02:00 ID:1Ui
塩涜の丞ってのがわからんのやが、塩の公売に関する役人ってこと?




41: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:02:33 ID:bRK
>>39
塩涜は地名で丞は副官の意や




44: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:04:27 ID:bRK
>>41
ちな地域名は基本漢音で読むことになってるから「エントク」
中国古典で名前の読み方がわからなくなってもこの原則知ってたら読めるから覚えておくと便利やで




45: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:05:16 ID:1Ui
>>44
ググったら塩城ってのが出てきてなんのこっちゃと思ったらそういうことか
普通にエンバイって読んでました・・・




49: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:07:03 ID:bRK
>>45
編や旁の読み方に引っ張られると間違うから気をつけたほうがええで
向(ショウ)や西(セイ)とか漢音やと読み方が違うのも注意や




42: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:03:21 ID:bRK

朱儁は大いに喜び、孫堅には南門を、玄徳には北門を攻めるよう命じると、自らは西門を攻めることに決め、東門は賊を逃がすために開けておきました。
孫堅は先頭になって城に登り、二十人余りの賊を斬ったので、賊軍は潰走しました。
趙弘は馬を飛ばして槊を構えながら、真っ直ぐと孫堅に向かいましたが、孫堅は城の上から飛び降りると、趙弘の槊を奪い取って彼を刺し殺し、馬から突き落とし、さらに趙弘の馬に乗って飛ぶように往来し、賊を殺しました。
孫仲は賊を引き連れて北門から脱出しましたが、玄徳に正面から迎え撃たれたため、戦う心がなくなり、ひたすら逃走しようとしました。
そこで玄徳が弓を張って矢を射かけると、孫仲は矢に当たり、身を翻して馬から落ちました。
そのうえ、朱儁の大軍が後ろから急襲したので、数万人が斬首され、計りきれないほどの者が降伏しました。
こうして南陽の一路にある十数の郡は全て平定されました。
朱儁は都に帰還すると、詔によって車騎将軍・河南尹に封じられました。
朱儁が孫堅・劉備らの功を上奏すると、孫堅にはお沙汰があり、別郡司馬に任命されて任地に赴きましたが、玄徳は長らく命を待っても官職を授けられませんでした。




50: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:07:17 ID:bRK

三人が鬱々としながら街を歩いていると、ちょうど郎中の張鈞の車が到着したので、玄徳は彼に会い、自分たちには功績があると述べました。
張鈞は大いに驚き、朝廷に行って霊帝に会い、話しました。
「昔、黄巾が反乱を起こしたのは、全て十常侍が官職を売り、爵位を売ったことが原因です。
十常侍は親しい人でなければ用いず、仇の間柄でなければ誅さなかったために、天下は大いに乱れたのです。
今、十常侍を斬って首を南の郊外に掛け、使者を遣わして天下に布告し、功があった者に重き恩賞を賜れば、四海は自ずと清らかになりましょう」
すると、十常侍は霊帝に上奏しました。
「張鈞は主を欺いております」
そのため、霊帝は兵士に張鈞を追放させました。




51: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:08:10 ID:zYF
>>50
朝臣の世渡りがへたくそなのか
宦官が巧み過ぎるのか




55: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:10:39 ID:bRK
>>51
宦官なんてものは普通表舞台に出て来ないから前面に出て来るやつは何かしら才能あるで
よく働けば蔡倫や鄭和やが悪く働けば…




52: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:08:15 ID:1Ui
>>50
何で南門なんや? そういう決まりでもあったんかかな?




55: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:10:39 ID:bRK
>>52
そういや知らんな
皇帝南面と関係するとか?




59: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:14:39 ID:zYF
>>52
ちょっとしらべたら南郊って炎帝の方角らしい
炎帝=火徳やし、漢王朝も火徳やし関係有るんとちゃうか?




60: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:16:05 ID:bRK
>>59
はえー
火徳の神に対して晒したんかな




63: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:16:52 ID:zYF
>>60
炎帝則ち農神氏やな
あとは祝融の方角でもある

関連性はしらん




66: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:20:13 ID:bRK
>>63
関連調べてみたら面白そうやな




56: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:10:52 ID:bRK

十常侍は協議しました。
「これは黄巾を破り、功を立てた者が、官職を得られなかったために、怨み言を出したに違いない。とりあえず役人たちに命じて低い官職につけさせ、後日また対処しても遅くはなかろう」
この結果、玄徳は定州中山府安喜県の尉になり、日を選んで赴任しました。
玄徳は兵を郷里に帰らせると、二十人余りの側近や関・張と共に安喜県に赴任しました。
県の仕事に就いて一月経ちましたが、民に対して全く悪事を働かなかったので、民は皆玄徳に感化されました。
赴任して以来、関・張は玄徳と食事をする時は同じ席に着き、寝る時は同じ床で眠り、玄徳が多くの人と座を共にする時は、その側に侍り立って終日怠けませんでした。




57: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:12:26 ID:bRK
>>56
ここの関張と劉備の関係正史にもあるけどすこ
史実やと義兄弟ではないがこういうところに兄弟となる所以があるんやね




58: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:13:59 ID:bRK

県に来てから四か月も経たぬ頃、朝廷から詔が下り、軍功があって長吏となった者を監察させることになりました。玄徳はその中に自分が入っているのではないかと疑いました。
たまたま督郵が県に来たので、玄徳は郭を出て迎え、督郵に会って挨拶をしました。
督郵は馬に乗ったまま、わずかに鞭で指し示して答えるだけだったので、関・張の二公は共に怒りました。
駅舎に着くと、督郵は南面して高い所に座りました。玄徳は階下に侍り立ちました。
しばらくすると督郵が問いました。
「劉県尉はどこの出身だ?」
玄徳は言いました。
「備は中山靖王の末裔です。涿郡から黄巾の討伐に加わり、大小三十回余りの戦いを経て、いささかの功があったので、今の官職に就きました」
すると、督郵は大喝しました。
「お前は皇族を詐称し、功績を偽って報告したのか!目下、朝廷は詔を下し、お前のような悪い役人を取り締まらせようとしているのだぞ!」
玄徳は何度もそうですその通りですと言ってから退きました。




62: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:16:29 ID:1Ui
>>58
コレまでの経緯を見てるとサラっと戦闘回数盛ってるような・・・




66: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:20:13 ID:bRK
>>62
確かに
実は見えないところで戦ってた説
後に引けなくなって盛っちゃった説
のどっちかやろ




61: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:16:26 ID:bRK

県に帰ると、県吏と相談しました。
県吏は言いました。
「督郵が威嚇するのは、賄賂を求めているからではないでしょうか」
玄徳は言いました。
「私は民を少しも虐めていない。彼に財物を渡せるものか」
次の日、督郵はまず県吏を捕らえ、県尉が民を害しているといった内容の文章を作らせようとしました。
玄徳は自ら何度も解放するよう求めに行きましたが、その都度門番に阻まれてしまい、会うことすら出来ませんでした。




65: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:18:55 ID:bRK
ちな玄徳さん末裔じゃないって言われてるけど貴族の仲間から外されたのは酌金律のせい
これ武帝時代の諸侯取り潰し制度で徳川時代のお家取り潰し(詳しくは知らん)と同じ
いちゃもんつけてとにかく潰しとけって感じで百家くらい一気に潰されたこともある




67: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:20:13 ID:1Ui
>>65
ご一門なんて養うのに金はかかる、反乱は起こすとろくなことがないからな(後の司馬さんを見ながら)




71: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:22:09 ID:bRK
>>67
武帝の制度に倣う暇なく速攻で外戚、王族のコンボやからしゃーない




68: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:20:23 ID:bRK

さて、張飛は憂悶しながら酒を数杯飲んだ後、馬に乗って駅舎の前を過ぎたところ、五・六十人の老人が、門の前で泣いているのが見えました。
張飛がそのわけを問うと、老人たちは答えました。
「督郵が県吏に迫って劉公を害そうとしているので、我らは皆、諌めに参りました。ですが、入れてもらえず、かえって門番に打たれたのです!」
張飛は大いに怒り、環眼を怒らせ、歯ぎしりし、鞍から落ちるように下馬し、真っ直ぐと駅舎の中に入りました。門番はそれを阻めませんでした。
真っ直ぐと後堂まで行くと、督郵が広間に座っており、県吏が縛られて地面に倒されておりました。
張飛は大喝しました。
「民を害す賊め!私を知っているか?」
督郵が言葉を返さぬうちに、張飛は早くも彼の髪を引っ張って駅舎から引きずり出し、真っ直ぐと県の前の馬を繋ぐ杭の前まで行くと、杭に縛り付け、折った柳で督郵の両腿を力いっぱい打ち、続けざまに十数本の柳の枝を折ってしまいました。




72: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:22:11 ID:1Ui
>>68
阻めなかったのか阻まなかったのか
どのみちガチギレした絵にかかれるような張飛が見たら逃げるわな




75: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:25:54 ID:bRK
>>72
百万の軍ですら逃げる張飛を止められる者なんておらんやろ
最悪ビビり死んだやつおるぞ




76: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:26:31 ID:zYF
>>75
夏侯傑やっけ?
落馬しただけやと思うんやが




79: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:28:50 ID:bRK
>>76
民間伝承の方の話や
ちな演義やと夏侯覇が出る版本と夏侯傑の出る版本があるけどワイが訳した毛本は夏侯傑やで




81: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:30:06 ID:zYF
>>79
ちな死んだのは誰や?
夏侯傑か?




83: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:31:18 ID:bRK
>>81
夏侯覇
何故かこっちの名前なんだよね




86: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:33:40 ID:zYF
>>83
正史でも演義でも張飛は橋を落としてから大喝しとったきがする




87: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:35:51 ID:bRK
もう一つ張飛の小話
張飛の大喝で橋が粉々になったっていう設定の本もある
確か三国志平話

>>86
なぜか(夏侯覇を)橋(から)落とした後で(夏侯覇が)対岸からギャーギャー言ってたと勘違いした
正史やと橋を落としてからやね




88: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:36:38 ID:zYF
>>87
流石平話やな荒唐無稽で好き




91: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:38:04 ID:bRK
>>88
ワイは嫌いというかついて行けなかったわ
五十万の兵を三千騎でフルボッコだぞ




96: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:41:28 ID:23d
>>91
3000で100万を破った劉秀とかいるからセーフ




100: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:43:50 ID:bRK
>>96
昆陽の時は総兵力100万でも局地戦やと10万やぞ
さらに突撃した時にはもっと減ってる
ただ凄いことには変わりない
カルト以外の欠点ないなろう主人公みたいな存在やな




78: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:28:31 ID:23d
>>75
橋落とした後で対岸からギャーギャー言ってたらしいぞあれ




83: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:31:18 ID:bRK
>>78
それは吉川先生のオリジナル設定やな




69: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:21:24 ID:23d
劉備がやったことをナチュラルに張飛がやったことにしていくスタイル
いかんでしょ




73: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:23:57 ID:bRK
>>69
イメージが違うからしゃーない
漢の時代の遊侠はある意味ステータスやけどそれがずっと通じるわけでもないし




74: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:24:09 ID:bRK

すると、側から関公が出て来て言いました。
「兄上は多くの大功を立てられたのに、県尉にしかなれず、今はかえって督郵に侮辱されております。
私が思うに、棘だらけの草むらの中は、鸞鳳の棲む場所ではありません。督郵は殺さずにおき、官を棄てて郷里に帰り、別に遠大なる計を図りましょう」
玄徳はこうして印綬を取り出し、督郵の首に掛けると、彼を責めました。
「お前のように民を害する者は、本来殺すべきだが、今はお前の命を残しておいてやる。私は印綬を返し、ここから去る!」
督郵が帰って定州太守にこのことを告げると、太守は省府に上申し、人を逮捕に向かわせました。
そこで玄徳・関・張の三人は代州に行って劉恢を頼りました。劉恢は玄徳が漢室の宗族だと知ると、家に匿いましたが、その事は話さないでおきます。




80: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:29:06 ID:bRK

さて、十常侍は大権を握っており、さらに互いに相談して、自分達に従わぬ者を誅殺しておりました。
趙忠・張譲は人をやって黄巾を破った将士に金や絹を要求し、それに従わない者を罷免するよう上奏しました。
皇甫嵩・朱儁は賄賂を渡さなかったので、趙忠らは全員で彼らの官職を罷免するよう上奏しました。
霊帝は趙忠らを車騎将軍に封じ、張譲ら十三人を皆列侯に封じました。
朝政はますます壊れ、人民は嗟怨しました。そのため、長沙の賊の区星は反乱を起こし、漁陽の張挙・張純も背きました。張挙は天子と称し、張純は大将軍と称しました。
上表文はひっきりなしに急を告げましたが、十常侍が全て隠蔽して上奏させませんでした。




85: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:33:16 ID:bRK

兵士が劉陶を囲みながら引き出し、刑を執行しようとすると、ある大臣が叱ってそれを止めました。
「手を下すな。私が諌めに行くのを待て」
人々がその者を見てみると、彼こそ司徒こそ陳耽でした。真っ直ぐと宮中に入り、霊帝を諌めました。
「劉諌議はどのような罪で誅殺されるのですか?」
霊帝は言いました。
「朕の近侍を謗り、朕を冒涜した」
陳耽は言いました。
「天下の人民は誰もが十常侍の肉を食らわんとしておりますが、陛下だけが彼らを父母のごとく敬愛し、その身に寸功がなくとも、皆列侯に封じました。
ましてや封諝らは黄巾と結び、内乱を起こそうとしたのですぞ。今、陛下が反省なさらなければ、社稷はたちどころに崩壊いたしましょう!」
霊帝は言いました。
「封諝が反乱を起こしたかは、はっきりとしていない。それに十常侍の中に一人や二人くらい忠臣がいてもおかしくなかろう?」
陳耽は頭を階にぶつけながら諌めました。霊帝は怒り、引き出して劉陶と共に牢獄に入れるよう命じました。
この夜、十常侍はすぐさま獄中で彼らを謀殺し、さらに帝の詔と偽って孫堅を長沙太守に任じ、区星を討伐するよう命じました。




90: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:37:03 ID:bRK

五十日も経たないうちに、江夏は平定されたとの勝報が報せられたので、詔を下して孫堅を烏程侯にしました。
また劉虞を幽州牧に封じ、兵を率いて漁陽の張挙、張純を討伐するよう命じました。
この時、代州の劉恢が書を送って玄徳を劉虞に推薦しました。
劉虞は大いに喜び、玄徳を都尉に任じ、兵を引き連れさせてただちに賊を討伐しに行かせたところ、賊と数日間大いに戦って、敵の鋭気を挫きました。
張純は凶暴さしかない男だったので、兵士は心変わりしました。帳下の頭目は張純を刺し殺し、衆を率いて投降しに来て、彼の首を献上しました。
張挙も敗北を悟ると、自ら首を括って死にました。漁陽はことごとく平定されました。
劉虞が劉備の大功を上奏すると、朝廷は督郵を鞭打った罪を許し、下密の丞に任じ、後に高堂の尉に昇進させました。
公孫瓚もまた玄徳の以前の功を上奏したので、別部司馬に封じられ、平原県の令に昇進しました。
玄徳は平原でいささかの金銭や兵糧、兵馬を手に入れ、昔日の勢いを取り戻しました。
劉虞は賊を平らげた功により、太尉に封じられました。




93: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:39:44 ID:zYF
禰衡とかいう腐れ儒者すき
孔融か楊脩しか有能はおらんとか嘯いてるけど狙ってんのかお前www




94: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:40:56 ID:bRK
>>93
煽りまくるくせに頭のいい切り替えしができる無敵の存在
なお




95: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:41:05 ID:bRK

中平六年の夏四月、霊帝は危篤となったので、大将軍の何進を宮中に召し入れ、後事を相談しました。
この何進は屠殺業の出身ですが、妹が宮中に入って貴人となり、皇子の劉弁を産み、皇后に立てられたため、大権を得て重任を担っていたのでした。
霊帝がまた王美人を寵愛し、皇子の劉協を産むと、何后は嫉妬し、鴆毒で王美人を殺しました。そのため、皇子の劉協は董太后の宮中で養われました。
董太后は霊帝の母で、解涜亭侯劉萇の妻でした。当初、桓帝には子がなかったため、解涜亭侯の子が擁立されましたが、その子がすなわち霊帝です。霊帝は皇統を継ぎ、養母を宮中に迎え、尊んで太后としました。
董太后はかつて霊帝に皇子の劉協を太子に立てるよう勧めました。霊帝もまた劉協を偏愛していたので、彼を立てようとしておりました。
この時危篤になると、中常侍の蹇碩が上奏しました。
「協を立てたいのでしたら、先に何進を誅し、後患を絶つ必要がございます」
霊帝はその話の通りだと思い、何進に宮中に入るよう命を下しました。




97: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:42:12 ID:zYF
ワイも鴆を一目見たかったンゴ




103: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:45:15 ID:bRK
鴆は実在したみたいな話半年前の時にあったわ
かわいい鳥だった気がする




108: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:47:19 ID:1Ui
>>103
ピトフーイかな? 見た目はかわいいで
そういやコイツも羽根に毒あったなぁ




101: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:44:20 ID:zYF
光武帝さん凄すぎて非実在説もある模様




109: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:49:45 ID:bRK
>>101
さすがに実在しなかったはないけど盛ってる可能性はあるな




104: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:45:25 ID:bRK

何進が宮門までやって来ると、司馬潘は彼に対して密かに言いました。
「宮中に入ってはなりません。蹇碩が公を殺そうと謀っております」
何進は大いに驚き、急いで自宅に帰り、諸大臣を召し出して、宦官をことごとく誅殺しようとしました。
座の中のある人が率先して言いました。
「宦官の勢力は沖帝の時代に強まり、質帝の時代になると、朝廷に蔓延って極めて多くなりました。これでは全員を誅殺することなど出来ないでしょう。
もし事が機密にならねば、族滅の禍を受けるに決まっているので、どうか慎重になさってください」
何進がその人を見てみると、彼こそ典軍校尉の曹操だったので、何進は叱りました。
「お前のような若輩者に、どうして朝廷の大事がわかろうか!」
まさに逡巡していると、司馬潘が密かにやって来て言いました。
「帝はすでに崩御されました。今、蹇碩は十常侍と共謀し、喪を公表せず、詔と偽って何国舅を宮中に召し入れ、後患を絶ってから、皇子協を帝に立てようとしております」




106: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:46:38 ID:23d
この辺は史実と演義で大分違うんやな
てか曹操ェ…




109: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:49:45 ID:bRK
>>106
校尉なんて大将軍からしたらペーペーよ




107: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:47:01 ID:zYF
司馬潘って誰やろ




109: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:49:45 ID:bRK
>>107
後漢書にある名前をそのまま持って来ただけの可能性
別に晋の司馬氏に連なるような人やない




110: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:50:15 ID:bRK

その話が終わらぬうちに、使者が到着し、何進に速やかに宮中に入って後事を定めるよう言いました。
曹操は言いました。
「まず行うべき計は、先に君位を正し、しかる後に賊を図ることです」
そこで、何進は言いました。
「私と共に君を正し、賊を討ちに行く者はおらぬか?」
すると、ある人が率先して言いました。
「精鋭五千をお貸しいただければ、関を斬って中に入り、新君を立て、宦官をことごとく誅殺し、朝廷を払い清め、天下を安んじましょう!」
何進がその人を見てみると、彼こそ司徒袁逢の子、袁隗の甥、名は紹、字を本初という人物で、現在の官職は司隸校尉でした。
何進は大いに喜び、五千の御林軍を集めました。袁紹は全身に鎧を纏いました。
何進は何顒、荀攸、鄭泰ら三十人余りの大臣を引き連れて、順次突入させ、霊帝の柩の前で太子の劉弁を皇帝に即位させました。




112: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:51:47 ID:1Ui
>>110
五千も集めたのによう気づかれずに突入できたよな




113: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:53:45 ID:bRK
ピトフーイの画像調べたらこいつやった

>>112
宦官は兵権ないし本来守るべき御林(禁軍)が何進についたわけだからどうどう突入してもそら大丈夫よ




114: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:54:57 ID:bRK

百官の万歳が終わると、袁紹は宮中に入って蹇碩を捕らえようとしました。
蹇碩は慌てて御苑に逃げ、花の陰に隠れましたが、中常侍の郭勝に殺されました。蹇碩が率いていた禁軍は、全て投降しました。
袁紹は何進に言いました。
「宦官は徒党を組んでおります。今日、勢いに乗じて全員誅殺しましょう」
張譲らは危機が迫っていると知るや、慌てて何后に告げました。
「当初、大将軍を害そうと謀ったのは、蹇碩一人だけで、臣たちは干渉しておりません。
今、大将軍は袁紹の言葉を聞き、臣らをことごとく誅殺しようとしております。どうか娘娘は我らを憐れんでください!」
何太后は言いました。
「お前たちは憂えずともよい。私がお前たちを保護しましょう」
こうして命を下して何進を宮中に召し入れました。




116: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:55:34 ID:bRK
>>114
宦官に兵権ないって言ったけど蹇碩が禁軍率いてたな
すまんで




117: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:56:01 ID:zYF
>>116
西園八校尉やっけ




118: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:57:45 ID:bRK
>>117
西園八校尉は誰にも縛られない皇帝直属の部隊や




119: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:57:52 ID:1Ui
>>114
肉屋の大将、諫言は聞くし慎重派やし有能の部類よな、このご時勢




120: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:58:58 ID:23d
>>119
史実だとワイ的には無能だと思うで
人望はあったけど




121: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:00:16 ID:1Ui
>>120
治世の能臣になれたのかもしれへんね
もっとも治世じゃ単なる肉屋で終わったかもだが




122: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:01:24 ID:23d
>>121
何皇后が皇帝の嫁になったからついでに何進も出世できたわけやから治世でも変わらんとちゃう?




125: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:03:18 ID:1Ui
>>122
うまくいったら春申君・李園コースかな




123: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:02:20 ID:zYF
>>121
どうせ宦官―外戚の対立構造に巻き込まれて政争に敗れて死ぬ運命よ




115: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:55:26 ID:zYF
司馬藩って潘隠のことけ?




118: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)22:57:45 ID:bRK
>>115
ちょっと待って
ワイが誤訳してるかもしれんから調べます




124: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:03:06 ID:bRK
解決した
「司馬潘隠謂進曰」を「司馬潘隠れて進に謂って曰く」に取ってた
潘隠という名前の人物がいるなら「司馬の潘隠進に謂って曰く」やな
もしかしたらこれ以降も誤訳あるかもしれんからいやだって人はこんなスレみないで正規品買ってやで
ほんま自分が嫌になるわ




127: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:04:05 ID:1Ui
>>124
一字千金の学者でも集めん限り誤読は普通やからへーきへーき




128: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:04:44 ID:zYF
>>124
わざわざサンガツ




129: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:05:58 ID:bRK
>>127
>>128
こっちこそすまんな
誤訳はなるべくしないように気をつけたけどおかしいと思うところあったらこれからもどんどん指摘オナシャス




126: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:03:41 ID:bRK

何太后は密かに言いました。
「私もあなたも低い身分の出身です。張譲らがおらねば、どうしてこのような富貴を享受出来たでしょうか?
今、蹇碩は不仁な行いをしましたが、すでに誅殺されました。それなのに、あなたはどうして他人の言葉を信じ、宦官をことごとく誅殺しようとするのですか?」
何進はそれを聞くと、宮中から出て百官に言いました。
「蹇碩は私を害そうと謀ったので、彼の家は族滅させる。だが、その他の者に妄りに害を加える必用はない」
袁紹は言いました。
「草を斬っておきながら、根まで除かねば、必ずや我が身を滅ぼすことになりましょう」
何進は言いました。
「我が意はすでに決している。お前は多言無用だ」
百官は皆、帰りました。




130: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:07:10 ID:bRK

次の日、何太后は何進を録尚書事に封じ、その他全員もそれぞれ官職に封じました。
董太后は張譲らを宮中に呼び入れて相談しました。
「何進の妹は、当初、私が推挙しました。今日、彼女の子が皇帝に即位し、内外の官僚は、全員彼女の腹心となり、権威はとても重くなりました。私はどうすればよいのですか?」
張譲は上奏しました。
「娘娘は朝廷に臨まれ、簾を垂れて政をお聞きになり、皇子の協を王に封じ、国舅の董重に高い官職を加えられ、軍権を掌握され、臣らを重用なされば、大事は図れましょう」
董太后は大いに喜びました。
次の日、朝廷を設けると、董太后は宣旨を下し、皇子劉協を陳留王に封じ、董重を驃騎将軍に封じ、張譲らに朝政を預けました。




132: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:08:39 ID:1Ui
>>130
垂簾政治の語源ってこれか? それとももっと古いんか?




133: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:10:50 ID:bRK
>>132
すくなくとも漢初の呂后がいるな
それ以前で女性がってのは知らん




135: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:12:23 ID:1Ui
>>133
女性の神仙は○○娘々って言われるな
つまりにゃんにゃんするとは道教の修行だった?(左道)




136: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:14:46 ID:bRK
>>135
にゃんにゃんするは別のところからやけど実は間違ってないでそれ
道教には房中術っていう性交から力を得る方法が考えられてたんや
三国志やと左慈がその代表やな




131: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:08:39 ID:zYF
にゃんにゃんかわいい




133: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:10:50 ID:bRK
>>131
実は中国語やと娘は母親のことを指したり
娘娘は皇帝とか女神のような高貴な女性に対して使う
これ適当な役がなかったんでそのままにした




134: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:11:21 ID:bRK

何太后は董太后が権力を専横するようになると、宮中で宴席を設け、董太后を呼びました。
酒宴がたけなわになると、何太后は身を起こして盃を捧げ、再拝しながら言いました。
「我らは婦人なので、朝政に参与するのは、よろしくありません。昔、呂后が大きな権力を握ると、千人の宗族は皆殺しにされました。
今、我らは宮中の奥深くに住み、朝廷の大事は大臣や元老に任せ、彼らで相談させるのがよろしく、それが国家の幸いでしょう。どうかお聞きくださいませ」
すると、董太后は大いに怒って言いました。
「お前が鴆毒で王美人を殺したのは、嫉妬心からでしょう。今、お前は自分の子が君になったことを頼みとし、お前の兄の何進の勢いを借りて、乱り言を出すのですか!
私が驃騎に勅命を下して、お前の兄の首を斬ることは、掌を反すように簡単なのですよ!」
何后も怒って言いました。
「私が丁寧な言葉でお勧めしているというのに、反対にお怒りになるのですか?」
董后は言いました。
「お前の家は屠殺業でしょう。それなのに、どのような見識があるというのですか!」




137: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:15:13 ID:bRK

六月、何進は密かに人を遣わして董后を河間の駅舎の庭で毒殺し、柩を都に持ち帰らせ、文陵に埋葬させました。
何進はそれから病と称して外出しなくなったので、司隸校尉の袁紹は何進に会いに行って言いました。
「張譲・段珪らが外で、公が鴆毒で董后を殺害したとの流言を広め、大事を謀ろうとしております。今、宦官を誅殺しておかねば、後に必ずや大禍となりましょう。
昔、竇武は宦官を誅殺しようとしましたが、事が秘密にならず、かえって禍を受けました。
しかし、公の兄弟・兵士・将吏は、誰もが英傑なので、力を尽くせば、大事は掌握出来ましょう。これは天の助けなので、失ってはなりません」
何進は言いました。
「とりあえず相談させてくれ」
周りの者がそのことを張譲に密告したので、張譲らは何苗に伝え、さらに多くの賄賂を送りました。
何苗は宮中に入って何后に上奏しました。
「大将軍は新君を輔佐しておりますが、仁愛を広めず、もっぱら殺伐としたことに努めております。
今また、わけもなくまた十常侍を殺そうとしておりますが、これでは乱を起こすやりかたです」
何后はその言葉に納得しました。




138: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:19:18 ID:bRK
上で何進議論してるの今更ながら加わりたかった
外戚やと竇憲や梁冀っていう失敗例もあるが上手くいけば王莽みたいに皇帝になれることもあるし別に衛青みたいな活躍する人もおる
何進は王にも衛にもなれないが無能とは違うと思うんやが




139: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:19:32 ID:bRK

少しすると、何進が宮中に入り、宦官を殺そうとしました。
すると、何后は言いました。
「宦官が禁中を統べるのは、漢家の昔からの習わしです。先帝が崩御されたばかりだというのに、あなたが旧臣を殺そうとするのは、宗廟を重んじるやり方ではありません」
何進は元より決断が出来ない人なので、何太后の言葉を聞くと、そうですその通りですと言って出て行きました。
袁紹は出迎えて問いました。
「大事はどうなりましたか?」
何進は言いました。
「太后は承諾されなかった。これからどうすればよかろうか?」
袁紹は言いました。「四方の英雄に兵を率いて都に来るよう命じ、宦官をことごとく誅殺させましょう。危急となれば、太后も従わずにはいられないでしょう」
何進は言いました。
「それは妙計だ!」
こうして檄を各鎮に発し、都に召し寄せようとしました。




141: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:21:18 ID:zYF
この外圧は必要だったのかな?
よくわからん




142: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:22:03 ID:23d
>>141
不要、むしろ大失態やぞ
多くの群臣が猛反対してたし




143: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:22:09 ID:bRK
>>141
ちょうど言おうと思ってたけどこの手が悪かったとワイは考えてる
鶏に牛の刀はいらんやろ




144: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:23:19 ID:bRK

すると、主簿の陳琳は言いました。
「してはなりません!俗に『目を覆って燕雀を捕らえる』と言いますが、これは侮りです。わずかな物ですら侮るべきではないのに、ましてや国家の大事ではどうでしょうか?
今、将軍は皇帝の威を頼って兵を掌握しており、龍が昇り虎が駆けるような勢いがあり、何事も思い通りです。
宦官を誅したいのなら、それこそ大きな炉に髪の毛をいれるように簡単で、速やかに兵を発し、権力で裁断すれば、天も人も順じることでしょう。
もし外の大臣に檄を発し、都に侵略させれば、確かに英雄は集まりますが、各々よからぬことを考え、いわゆる干戈を逆さに持ち、人に柄を授けることとなります。
功は成らず、かえって混乱を生じさせるに違いありません」
何進は笑いながら言いました。
「それは臆病者の見解だ!」




147: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:26:30 ID:bRK

その時、側にいた人が掌を叩いて大いに笑いながら言いました。
「このことは掌を反すように簡単です。多くを議論する必要などありましょうか!」
そこで、その人を見てみると、彼こそ曹操でした。
まさにこれは、

君の側にいる小人の乱を除きたいならば、朝廷の智者の謀を聞かなければ。

曹操はどのようなことを話し出すのでしょうか?まずは次回の説き明かしをお聞きください。




148: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:28:49 ID:1Ui
オツカーレ
政治の場面は曹操、戦闘は劉備が主役って感じやね




149: 名無しさん@おーぷん 2018/08/04(土)23:30:13 ID:bRK
おかげ様で今日は前より人が集まりました
相変わらず正史スレよりは伸びない(正史スレは予告なしで15人くらいはいく)けどそれは需要の差ってことで
今日のこの方法がよかったのかそれとも偶然なのかわからんから次回も同じようにやります

では来週8/11(土)の21:30から第三回をやるのでよかったら見に来てください
ほな

>>148

これから曹操が軍事政事両方の中心になっていくで
劉備軍が活躍するのはもう少し後やな(それでもちょくちょく出てくるが)