20180812-11




1: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:25:48 ID:2KF

ワイが訳した三国志演義をみんなで見るスレ
http://blog.livedoor.jp/foufif/archives/53905630.html

ワイが訳した三国志演義をみんなで見るスレ2
http://blog.livedoor.jp/foufif/archives/53942736.html



2: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:28:45 ID:gtq
イッチ待ってたで



4: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:30:14 ID:2KF
ほな始めます



5: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:30:21 ID:2KF

第三回 温明殿で議論して董卓は丁原を叱り 金珠を送って李粛は呂布を説得する

さて、この日、曹操は何進に対して言いました。
「宦官の禍は、古今東西にありますが、ただ、今の主が奴らを寵愛したために、このようになったのです。
罪を問いただしたいのでしたら、元凶を除き、一人の獄吏に渡すだけで十分です。外の兵を召して混乱させる必要などありません。
宦官を全員誅殺しようとすれば、事は必ずや露見いたしましょう。私はそれを必敗の道と考えております」
しかし、何進は怒って言いました。
「孟徳も私心を抱いているのか?」
曹操は退出すると言いました。
「天下を乱す者は、間違いなく進だ」
こうして、何進は使者に密詔を持たせ、その夜のうちに各鎮に行かせました。



6: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:31:55 ID:2KF
>>5
東漢は外戚と宦官の争いの歴史やけどここの何進の策は失敗やと思ってる
曹操の進言通り混乱を招くことになったのはご存知の通りや



7: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:32:55 ID:gtq
>>6
まあ、参加者があそこまでろくでもないのばかりがくるとは思ってなかったんやろ
肉屋の大将が地方に詳しくなったのが悲劇の元か?



10: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:34:17 ID:2KF
>>7
ワイもちょっと考えてみたんやけど董卓は予想つかんわな
正史の話になるんやけど地元だと評判があったらしい



8: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:33:11 ID:2KF

さて・前将軍・鰲郷侯・西涼刺史の董卓は、以前黄巾に破られて功がなかったため、朝廷はその罪を問おうとしましたが、十常侍に賄賂を送って免れておりました。
後にまた朝廷の重臣と結託し、高官に任じられ、西涼州で二十万の大軍を統率する立場になると、常に逆臣の考えを有するようになりました。
この時、詔を得ると大いに喜び、兵馬を整え、陸続きに行軍しました。
彼の婿で中郎将の牛輔に陝西を守らせると、自らは李傕・郭汜・張済・樊稠らを連れ、兵を率いて洛陽に進発しました。
董卓の婿で参謀の李儒は言いました。
「今、詔を奉じておりますが、その中には多く不明な点がございます。人を差し向けて上表し、名目を正せば、大事は図れましょう」
董卓は大いに喜び、上表しました。そのあらましは、

窺うところによれば、天下で反逆が止まらないのは、全て黄門常侍の張譲らが常道を侮って怠慢しているためです。
臣は湯が沸くのを止めようとすれば、薪を取るだけでよく、出来物を潰すのは痛くとも、毒を養うよりはましだと聞いております。
臣はあえて鉦と太鼓を鳴らして洛陽に入り、譲らを除きます。これこそ社稷の幸甚です!天下の幸甚です!



9: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:34:04 ID:gtq
涼州の名物は名馬と賊やな



11: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:35:22 ID:2KF
>>9
賊が名物やない土地なんてないやろ(適当)



12: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:36:13 ID:2KF

何進が上表文を得て、大臣たちに見せたところ、侍御史の鄭泰が諌めました。
「董は豺狼です。都に引き入れれば、必ずや人を食いましょう」
何進は言いました。
「お前は疑い過ぎだ。共に大事を謀れないな」
盧植も諌めました。
「植は元々、董卓の人となりを知っております。彼は表面こそ善人ですが、心は残忍で、一度禁中に入れれば、必ず禍を生じさせます。
制止してこちらに来させなければ、乱は防げましょう」
何進は聞き入れなかったため、鄭泰・盧植は官職を棄てて去りました。朝廷の大臣も大半が去りました。
何進は人を遣わして董卓を澠池で迎えさせましたが、董卓は兵を抑えて動かしませんでした。



14: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:37:48 ID:2KF
>>12
ここの豺は「やまいぬ」の意味でよく狼とならんで残忍な人のたとえとして出てくる
ちな盧植が官職を捨てることも後の伏線となるで



13: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:37:44 ID:1kb
この時から董卓は警戒されてたんやね



16: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:39:38 ID:2KF
>>13
せやな
後の行動見ればあいつアカンってなる理由もわかるわ



15: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:37:59 ID:gtq
普段は優柔不断なくせにこんなときだけ・・・



16: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:39:38 ID:2KF
>>15
優柔不断な人がごり押しすると大抵駄目になるのはありがち



17: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:39:44 ID:2KF

張譲らは外から兵が来たと知ると、協議しました。
「これは何進の謀だ。我らが先に手を下さねば、皆族滅してしまうだろう」
こうして先に五十人の衛兵を長楽宮嘉徳門の内側に伏せると、何太后に会いに行って告げました。
「今、大将軍は詔と偽って外の兵を都に召し入れ、臣らを滅ぼそうとしているので、娘娘は憐れんでお救いください」
何太后は言いました。
「お前たちは大将軍府に行って謝罪しなさい」
張譲は言いました。
「もし府に行けば、我々は骨肉共に粉々にされてしまいます。娘娘は大将軍を宮中に呼び入れ、説得なさってください。そうしてくださらぬのなら、臣らは娘娘の前で死にましょう」
そのため、何太后は詔を下して何進を呼びました。



18: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:41:12 ID:gtq
宮廷内陰謀は宦官が一枚も二枚も上手やね



20: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:42:43 ID:2KF
>>18
基本宦官でもなんでもトップに立てるやつは有能や
それが上手く働けば蔡倫や高力士や鄭和なんやけど悪く働く方が多いな



19: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:41:52 ID:2KF

何進は詔を得ると、ただちに行こうとしたので、主簿の陳琳は諌めました。
「太后の詔は、十常侍の謀によるものでしょう。決して行ってはなりません。行けば必ず禍に遭いましょう」
何進は言いました。
「太后が私に詔を出したのだ。禍などあろうものか」
袁紹も言いました。
「今、謀はすでに漏洩し、事は露見しております。将軍はそれでも宮中に入ろうとなさるのですか?」
曹操も言いました。
「先に十常侍を召し出してから、宮中にお入りください」
何進は笑いながら言いました。
「それは小児の見解だ。私は天下の権力を掌握しているのだぞ。十常侍に何が出来ようか?」
袁紹は言いました。
「公がどうしても行くとおっしゃるのなら、我らは武装兵を引き連れて護衛し、不測の事態に備えます」
こうして袁紹・曹操は各々五百の精鋭を選び、袁紹の弟の袁術にそれを率いさせました。袁術は全身に鎧を纏い、兵を青瑣門の外に並ばせました。



21: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:45:05 ID:2KF

袁紹と曹操は剣を帯びて何進を長楽宮の前まで護送しました。
宦官は「太后は大将軍だけをお呼びで、その他の者には入る許可を出しておりません」と伝え、袁紹、曹操らを宮門の外で阻止しました。
何進は昂然として、真っ直ぐと入って行きました。嘉徳殿の門まで行くと、張譲・段珪が出迎え、左右を囲んだので、何進は大いに驚きました。
張譲は声を張り上げて何進を攻めました。
「董后にはどのような罪があって、毒殺したのだ?国母を埋葬するにあたり、病と称して出て来ないとは!
お前は元々、屠殺業の若輩だったが、我らが天子に勧めたために、富貴を得られたのだぞ。それに報いようとは思わず、我らを害そうと謀るとはどういうことだ!
お前は我らを濁っていると言うが、それでは清らかな者とは誰なのだ?」
何進は慌てて出口を探しましたが、宮門はことごとく閉ざされておりました。すると、伏せていた武装兵が一斉に出て来て、何進を真っ二つに斬りました。
後世の人がこのことを詩で嘆いていいますには、

漢室は傾いて天数は終わり、謀の無い何進が三公になる。
何度も聞かない忠臣の諌め、免れられない宮中で剣の切っ先を受けること。



24: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:48:14 ID:2KF
>>21
ここで濁った、清らかっていうのは清流派と濁流派の派閥争いがあったから
宦官が濁流派と蔑まれたことを逆手にとって何進を罵っている



22: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:46:04 ID:lFG
ここの宦官ちょっとかっこいいよね
なお



24: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:48:14 ID:2KF
>>22
悪いことしかしてないんやけどな



23: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:46:38 ID:gtq
日本だと謀って謀略とか策謀とか後ろめたいイメージだけど、あっちだと知恵とかそんな感じなのよね



24: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:48:14 ID:2KF
>>23
基本騙された方が負けってのがあるからな
それが宋襄の仁と呼ばれたり兵は偽りを厭わずと呼ばれたり



25: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:48:34 ID:2KF

張譲らが何進を殺した後、袁紹はいくら待っても何進が出て来なかったので、宮門の外から大声で叫びかけました。
「将軍、車にお乗りください!」
すると、張譲らは何進の首を塀の上から投げ下ろして宣旨を下しました。
「何進は謀反したので、すでに誅殺した。その他の脅されて従っていた者は、全員赦免とする」
袁紹は声を荒げて叫びました。
「宦官が大臣を謀殺したぞ!悪党を誅したい者は進み出て加勢せよ!」
こうして、何進の部将の呉匡が、すぐさま青瑣門の外に火を放ちました。また、袁術は兵を引き連れて宮中に突入し、宦官を見れば、老幼を問わず全員殺しました。
袁紹、曹操は関を斬って中に突入しました。趙忠・程曠・夏惲・郭勝の四人は翠花楼の前で追い詰められ、肉塊にされました。宮中の火焔は天を突きました。



27: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:51:41 ID:2KF
>>25
肉塊は原文「肉泥」
肉塊って訳してるけどミンチの方が近い
ただ横文字は雰囲気に合わないからワイは使わないことにしてる



26: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:50:12 ID:gtq
三国志とか史記とか首を塀の上から投げつけるの好きよね
特に宮廷内で殺されたとき



27: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:51:41 ID:2KF
>>26
なんでやろかね
場面が映えるから?



28: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:52:08 ID:2KF

張譲・段珪・曹節・侯覧は太后と太子・陳留王をさらって禁中から逃げ、裏道から北宮に向かいました。
この時、盧植は官職を棄てたものの、立ち去ってはいなかったので、宮中で事変が起こったと見るや、甲冑を着て戈を持ち、閣の下に立ちました。
そこで段珪が何后を連れ去ろうとしているところに遭遇したので、盧植は大声で叫びました。
「段珪の逆賊、どうして太后をさらうのだ!」
段珪は身を返してただちに逃げ出しました。何太后が窓から跳び出すと、盧植は急いで助けに行ったので、何太后は難を逃れることが出来ました。
呉匡が内殿に突入すると、何苗が剣を提げて出て来るところに出くわしました。
呉匡は大声で叫びました。
「何苗は奴らと共謀して兄を害した!一緒に殺してしまえ!」
人々は皆、言いました。
「自分の兄を謀った賊を斬らせてください!」
何苗は逃げようとしましたが、四方を囲まれ、ずたずたに斬られました。
袁紹はさらに兵士を分け、十常侍の家族を老幼関係なく全員誅殺するよう命じたので、多くの鬚がない者が誤って殺されました。
曹操は宮中の火を消させ、何太后に大事を取り仕切らせる一方、兵に張譲らを追わせ、少帝を探させました。



29: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:53:14 ID:gtq
元肉屋を殺して、自分は肉塊(挽肉?)にされるとは因果応報
ついでに言うと皇后への上奏でも肉も骨も砕かれるというてるのも前振りか



30: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:54:29 ID:2KF
>>29
そういえば気にしてなかったけど伏線やったりして
多分原文は「粉骨砕身」の互文や



31: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:55:12 ID:1kb
袁紹サイドもけっこうやらかしてるのね
関係ない人殺したり



33: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:57:04 ID:2KF
>>31
時代が時代やからしゃーない



32: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:55:50 ID:2KF

さて、張譲・段珪は少帝と陳留王をさらい、煙を冒し火に突入し、夜通し北邙山に逃げました。約三更の時分になると、後方から喚声が大いに起こり、人馬が追って来ました。
先頭の何南中部の掾吏の閔貢は大声で叫びました。
「逆賊、止まるのだ!」
張譲は危機が迫っていると見て、遂に黄河に身を投げて死んでしまいました。
少帝と陳留王は状況がわからなかったため、声を上げようとせず、黄河の岸辺の草むらの中に身を伏せました。
兵たちは四方に分かれて探しましたが、帝の居所がわかりませんでした。
少帝と陳留王は四更まで伏せていると、露が身体にかかり、お腹も空いたので、抱き合って泣いてしまいましたが、人に知られないようにと、草むらの中で声を殺しました。
陳留王は言いました。
「ここに久しくはいられません。別に活路を探しましょう」



33: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:57:04 ID:2KF
>>32
この陳留王は姓を劉、名を協っていって後に献帝になる人やで



35: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:58:19 ID:gtq
献帝ほんまろくな目にあわない
ぜってー禅譲後のほうが生活楽しんでたわ



36: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:59:34 ID:2KF
>>35
どこの皇帝も末期になると可哀そうなもんや
献帝も安泰とはいえ曹氏の監視があったやろうし本当に酷い一生やな



38: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:00:33 ID:gtq
>>36
確かに最後の皇帝なのに、やめた後生活楽しんだり、故郷を思わなかったりしないやつはおらへんわな
・・・おらへんよな?



39: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:01:51 ID:2KF
>>38
いないな(ある人物に目を背けながら)



37: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)21:59:48 ID:2KF

こうして二人は衣服を結び、岸辺に上りましたが、この地は一面に棘があり、また暗闇の中だったため、道が見つかりませんでした。
まさにどうしようもなくなっていると、突然蛍が幾千の群を作って現れ、輝きながら少帝の前まで飛んで来ました。
陳留王は言いました。
「これは天が我ら兄弟を助けているのです!」
蛍の光に従って進むと、だんだんと道が見えてきました。
五更まで歩き続けると、足が痛くなって動けなくなりました。岡の側に草の山があったので、少帝と陳留王は草の山の上で眠りました。
草の山の前方には屋敷がありましたが、その屋敷の主人は夜、夢で二つの日輪が屋敷の後ろに堕ちたのを見たので、驚いて目が覚めました。
衣服を着て外に出て、四方を望んでみると、屋敷の後ろの草の山の上から紅い光が発せられ、天を突いておりました。
慌てて見てみると、例の二人が草の上で寝ておりました。



39: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:01:51 ID:2KF
>>37
この日輪は天子の象徴
紅い光は恐らく漢王朝の火徳から
蜀漢の後主劉禅も赤い光を発して張?を撤退させる場面がある



40: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:02:07 ID:gtq
やっぱり赤い光は漢が火徳の王朝やからか
水徳の王朝だったら黒い光か 助けたくない(確信)



42: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:03:07 ID:2KF
>>40
なんでや!ブラックかっこええやろ!



41: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:02:40 ID:2KF

屋敷の主人は問いました。
「二人の少年よ、お前たちは誰の家の子なのだ?」
少帝は答えようとしませんでした。陳留王は少帝を指差して言いました。
「彼こそ今の皇帝であらせられる。十常侍の乱に遭われ、難を逃れてここまでいらっしゃったのだ。私は帝の弟の陳留王だ」
屋敷の主人は大いに驚き、再拝しながら言いました。
「臣は先朝の司徒であった崔烈の弟で、崔毅と申します。十常侍が官職を売り、賢者を妬んでいるのを嫌って、ここに隠れ住んでおりました」
こうして少帝を助けて屋敷に入れ、跪きながら酒と食事を進呈しました。



43: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:05:26 ID:2KF
ちな火徳っていうのは鄒衍の五行説から来てる
どの王朝も五行のどれかに配当されていて漢の場合は火徳を受けたと考えられていたんや
これを引き継ぐものは土徳やから曹氏や孫氏は年号に土徳のイメージカラーの「黄」の字を入れてるんやで



47: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:07:23 ID:gtq
>>43
知ってたらでええんやけど王朝って五行に応じて木→火→土→金→水→木よな?
相克でぶっ倒して王朝交代するって思想はなかったんか?
それこそ漢を水徳のやつが倒すとか



50: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:12:08 ID:2KF
>>47
五行相克やと天命を受けて交替させられたのと矛盾するってわけで始皇帝の時代から五行相生説に従ってる
秦は周を火徳とみなして自分を水徳と置いた
これで秦は軍を全て黒で統一した
また始皇帝が6って数字にやたら凝ったのも五行説から



49: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:10:46 ID:HaC
>>43
張角は漢を蒼天(木徳)と言ってるぞ



52: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:12:44 ID:2KF
>>49
あれ謎だよね
よーわからん



54: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:15:40 ID:gtq
>>49
軽く調べてみると前漢の武帝はワイは土徳(=黄帝と同じ)や!って主張してるみたい
流行色とかで皇帝がガバく決めてええんちゃう?



56: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:17:00 ID:2KF
>>54
土徳が来るってのは確か秦を否定して周→漢にしたからやったかと



57: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:18:09 ID:gtq
>>56
自身を土徳に置くことで木を生ずるから実は漢王朝を補佐しようとしてた説



58: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:18:36 ID:2KF
ワイもちょっとこんがらがって来た
鄒衍の五行説やと水が火に勝つ
だから秦は水だった
これもしかして相生説?



60: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:21:25 ID:2KF
ごめん>>50のやつワイが間違ってる
水は火に勝つわけやから五行相克説やこれ
周が火ってのは確実やからそれを受け継いだ秦が水になるならば相克説以外にない



78: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:34:26 ID:2KF
五行説はワイが間違ってたので訂正します

調べたところ武帝の代までは
黄帝(土)→夏(木)→殷(金)→周(火)→秦(水)→漢(土)
の相克

それを新の王莽が
黄帝(土)→夏(金)→殷(水)→周(木)→漢(火)→新(土)
の相生に変えたとのことでした



83: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:36:42 ID:gtq
>>78
史記に太祖が赤い気を発したとか赤龍が入り込んだとかって逸話があったと思うんだが
あれも改変くらっとるんかな?



84: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:40:13 ID:2KF
>>83
そういやそうやな
改変されてるのか他に理由があるのかもしれん
赤い光が火徳っていうこと自体違う?
でも宋の趙匡胤が赤い光に包まれて生まれたってのも火徳だからって聞いてるんやが…
わかる人助けちくり~



44: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:05:40 ID:2KF

さて、閔貢は追いかけて段珪を捕らえると、天子の居場所を問いただしました。段珪は途中で見失ったので、居場所はわからないと言いました。
閔貢は段珪を殺し、頭を馬の首の下に掛けると、兵を四方に分けて捜索させる一方、自らも馬に乗り、道に沿って帝を捜索しました。
偶然崔毅の屋敷に着きました。崔毅が首を見て、そのことを問うと、閔貢は一部始終を話しました。
崔毅が閔貢を少帝に引き合わせると、君臣は共に痛哭しました。
閔貢は言いました。
「国には一日でも君がいなくてはなりませんので、陛下は都にご帰還ください」
崔毅の屋敷には痩せた馬が一頭いたので、少帝に乗らせました。閔貢と陳留王は一頭の同じ馬に乗りました。



45: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:06:45 ID:1kb
>>44
一瞬で殺される段珪可愛そう



46: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:07:17 ID:2KF
>>45
逆賊なうえ使えないからしゃーない



48: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:07:42 ID:1kb
>>46
殺されて然るべきやね



51: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:12:25 ID:2KF

屋敷から離れて進んでいると、三里も行かぬうちに、司徒の王允、太尉の楊彪、左軍校尉の淳于瓊、右軍校尉の趙萌、後軍校尉の鮑信、中軍校尉の袁紹ら一行の人々と、数百の人馬が車駕を迎えました。君臣は共に泣きました。
こうして、まずその場にいた人に段珪の首を都で晒すよう命じると、少帝と陳留王の馬を別の良馬に換えて騎乗させ、帝を囲みながら都に帰りました。
これより先に洛陽の小児が「帝は帝に非ず、王は王に非ず、千乗万騎は北?に走る」と謡っておりましたが、果たしてその予言の通りとなりました。



55: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:15:40 ID:2KF

車駕が数里も進まぬうちに、突然旗が日を覆い、塵が天を遮り、一隊の人馬が到来しました。百官は色を失い、少帝もまた大いに驚きました。
袁紹が馬を走らせて出て行き、誰かと問うと、刺繍のされた旗の影から、ある将が飛び出て、声を張り上げて問いました。
「天子はどこだ?」
少帝は戦慄して何も言えなくなりました。
陳留王は馬の手綱を引いて前に向かい、叱りました。
「来た者は誰だ?」
そのため、董卓は言いました。
「西涼刺史の董卓です」
陳留王は言いました。
「お前は車駕を保護しに来たのか?奪いに来たのか?」
董卓は言いました。
「車駕を保護しに参りました」
陳留王は言いました。
「すでに車駕は保護され、天子はここにいらっしゃる。どうして下馬しないのだ?」
董卓は大いに驚き、慌てて馬を下り、道の左で拝礼しました。
陳留王は言葉で董卓を慰撫しましたが、初めから終りまで、失言は全くありませんでした。
董卓は密かに彼を素晴らしいと思い、こうして皇帝の廃立を考えるようになりました。



57: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:18:09 ID:gtq
>>55
献帝最後の輝き



59: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:18:57 ID:2KF

この日、宮殿に帰って何太后に会うと、二人は共に痛哭しました。
宮中を点検すると、伝国の玉璽がなくなっておりました。
董卓は兵を城外に駐屯させ、毎日鉄甲騎兵を率いて入城し、街市を横行したので、百姓は恐れ、不安になりました。
また、董卓は宮中を出入りし、憚る様子を少しも見せませんでした。
後軍校尉の鮑信は袁紹に会いに行って言いました。
「董卓には必ずや異心がありましょう。速やかに排除すべきです」
袁紹は言いました。
「朝廷の混乱は収まったばかりだ。軽々しく動いてはならない」
鮑信は王允に会い、彼にもこのことを話しました。
王允は言いました。
「とりあえず相談させてくれ」
そのため、鮑信は手勢の軍を引き連れて泰山に去って行きました。



61: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:21:54 ID:2KF

董卓はまた何進兄弟の部下を招き、ことごとくを掌握しました。
こうして、密かに李儒に言いました。
「私は帝を廃して陳留王を立てたいのだが、どうであろうか?」
李儒は言いました。
「今、朝廷には主と呼べる者がいないので、この時に事を起こすべきです。遅れれば変事が起こりましょう。
明日、温明園の中に百官を召集し、廃立を論じて、従わぬ者を斬ってください。さすれば、権威の行使は今日にでも出来るようになりましょう」
董卓は喜びました。



62: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:22:40 ID:HA0
董卓が無能豚みたいなイメージあるの悲しい



63: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:23:22 ID:2KF
>>62
豚ではあるが無能ではない(確信)



64: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:23:29 ID:gtq
>>62
死してなお都を照らし続けた男やぞ(へそに蝋燭の芯ぶすー)



65: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:24:11 ID:1kb
>>62
なんだかんだ涼州時代は有能らしかったしね



67: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:25:38 ID:Ekl
>>65
なお皇甫嵩には逆立ちしても勝てない模様



66: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:24:12 ID:2KF

次の日、盛大な宴席を用意し、あまねく公卿たちを呼びました。公卿たちは皆、董卓を恐れていたので、全員やって来ました。
董卓は百官が来るのを待ってから、ゆっくりと園の門まで行って馬を下り、剣を帯びて宴席に入りました。
酒が何度か回ると、董卓は酒を止めさせ、声を荒げながら言いました。
「私には一つ言いたいことがあるので、百官は静かに聞いてくれ」
そのため、百官は耳を傾けました。
董卓は言いました。
「天子は万民の主だ。威儀がなくては宗廟や社稷を奉ることは出来ない。今上は惰弱だが、陳留王は聡明で学を好んでおられ、帝位を受け継がれるには十分であろう。私は帝を廃し、陳留王を立てたいのだが、大臣たちの意見はいかがだ?」
百官は聞き終えても、声を出そうとはしませんでした。



68: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:26:45 ID:gtq
>>66
この発言自体はごもっともとしか言い様がないよな



75: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:30:16 ID:2KF
>>68
まあ建前あるから…



70: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:27:05 ID:2KF

すると、座の中にいたある人が机を押しのけて真っ直ぐと出て来て、宴席の前に立ち、大声で叫びました。
「駄目だ!駄目だ!お前がどのような人であって、あえて大言壮語するのだ?今の天子は先帝の嫡子で、過失もないのに、どうして妄りに廃立を議論するのだ?お前は簒奪を行いたいのか?」
董卓がその人を見てみると、彼こそ荊州刺史の丁原でした。
董卓は怒って叱りました。
「私に従う者は生き、私に逆らう者は死ぬことになろう!」
こうして、帯びていた剣を手に取って丁原を斬ろうとしました。
この時、李儒は丁原の背後のある人が、生まれつき意気軒昂、威風凛々で、手に方天画戟を持ち、目を怒らせて睨んでいるのを見かけました。
李儒は慌てて進み出て、言いました。
「今日は酒宴の席なので、国政を談ずるべきではございません。明日に都堂で議論しても、遅くはないでしょう」
人々は皆、丁原に馬に乗って去るよう勧めました。



73: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:28:23 ID:gtq
>>70
宴会だっつーのにどいつもこいつも武装しすぎやろ
剣ならまだしも戟って



75: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:30:16 ID:2KF
>>73
護衛のためやない?



76: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:31:10 ID:2KF

董卓は百官に問いました。
「私の言うことは、公たちの考えと合致しているか?」
すると、盧植が言いました。
「明公は間違っておられます。昔、太甲が不明であったため、伊尹は彼を桐宮に追放しました。
昌邑王は位に就いて二十七日の間に、三千余りもの悪事をしたので、霍光は太廟に告げて彼を廃しました。
今上は幼いといえども、聡明で仁愛があり、わずかな過失もございません。公はそれこそ外の郡の刺史で、元々国政には参与出来ない立場です。また、伊・霍の大才もないのに、どうして無理やり廃立のことを司ろうとなさるのですか?
聖人は『伊尹の志があれば良し、伊尹の志が無ければ簒奪である』と言っております」
董卓は大いに怒って剣を抜き、前に向かって盧植を殺そうとしました。
すると、議郎の彭伯が諌めました。
「盧尚書は天下に人望がございます。今、先に彼を害そうものなら、天下は怯えてしまいます」
そこで、董卓は止めました。
司徒の王允は言いました。
「廃立の事は、酒の後に相談すべきではないので、別の日にまた議論いたしましょう」
こうして、百官は皆、解散しました。



77: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:33:12 ID:gtq
なお昌邑王を推挙したのも廃したのも霍光の模様
どう考えても悪例にしか思えない



80: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:35:25 ID:2KF
>>77
霍光の場合は合意があったからセーフやろ(適当)



79: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:34:47 ID:2KF

董卓が剣を押さえて園の門に立っていると、突然ある人が馬を躍らせ、戟を持ちながら、園の門の外を往来しているのが見えました。
董卓は李儒に問いました。
「あれは誰だ?」
李儒は言いました。
「あれは丁原の義理の息子で、姓は呂、名は布、字は奉先という者です。主公、彼をお避けになりますよう」
董卓は園に入って身を潜めました。



81: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:35:28 ID:Ekl
>>79
李儒さんなんで呂布の姓名知ってるんですかね



82: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:36:26 ID:2KF
>>81
裏で情報収集してた実はマメな李儒説



85: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:40:39 ID:2KF

次の日、ある人が、丁原が軍を引き連れて城外で挑戦していると報せました。
董卓は怒り、李儒と共に軍を引き連れて迎え撃ちに行きました。
両軍が対峙すると、呂布が髪を束ねて金の冠を載せ、百花の戦袍を纏い、唐猊の鎧を着て、獅子の宝帯を締め、馬を走らせ戟を構え、丁建陽に従って陣の前に出て来ました。
丁建陽は董卓を指差して罵りました。
「国家は不幸にも宦官に権力を弄ばれ、万民は塗炭の苦しみを味わった。お前はわずかな功もないのに、どうして廃立について妄言し、朝廷を乱そうとするのだ?」
董卓が答えぬうち、呂布は馬を飛ばして真っ直ぐとやって来ました。董卓が慌てて逃げ出すと、丁建陽は軍を率いて急襲しました。
董卓軍は大敗し、三十里余り退いて陣を敷き、人々を集めて相談しました。
董卓は言いました。
「私が見るに呂布は並の人物ではない。もし彼を得られれば、天下を憂えることはなくなるのだが」



86: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:40:59 ID:2KF
本文貼るのなおざりになってスマンな



87: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:41:28 ID:gtq
ええんやで
こっちもわき道に突っ込んでスマンな



89: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:43:42 ID:2KF
>>87
脇道の方が楽しかったりするからしゃーないんやが
ワイが気をつけんと



88: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:43:15 ID:2KF

すると、帳の前からある人が出て来て言いました。
「主公、心配には及びません。某は呂布と同郷なので、彼は勇敢であっても智謀がなく、利を見て義を忘れる人間であることを知っております。
某が三寸不爛の舌で説得し、呂布を拱手しながら投降させてみせます。いかがですか?」
董卓が大いに喜び、その人を見てみると、彼こそ虎賁中郎将の李粛でした。
董卓は言いました。
「お前はどうやって彼を説得するのだ?」
李粛は言いました。
「某は主公が『赤兎』という名の、一日に千里を走る名馬をお持ちだと聞いております。
この馬が必用で、他に金や珠玉を使って、彼の心を利で動かします。そこで某が説得すれば、呂布は必ずや丁原に背き、主公に投降いたしましょう」
董卓は李儒に問いました。
「この意見はどうであろうか?」
李儒は言いました。
「主公は天下を取ろうとしておられるのに、どうしてたかだか一頭の馬を惜しまれるのですか?」
董卓は欣然として馬を与え、さらに黄金一千両、明珠数十粒、玉帯一本を渡しました。



90: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:46:09 ID:2KF

李粛が贈り物を持って呂布の陣に向かうと、道に伏せていた兵士が彼を囲みました。
李粛は言いました。
「速やかに呂将軍に報告せよ。旧友が会いに来たとな」
兵士が報告すると、呂布は中に入らせました。李粛は呂布に会うと、言いました。
「賢弟や、一別以来変わってないようだな!」
呂布は礼をして言いました。
「久しくお会い出来ませんでしたが、今はどこに住んでおられるのですか?」
李粛は言いました。
「現在は虎賁中郎将の官職に任じられている。私は賢弟が社稷を助けていると聞き、喜びに堪えない。
私には一頭の良馬があり、日に千里走り、水を渡り、山を登ることは、平地のようで、名を『赤兎』という。特に賢弟に献上し、虎の威を助けたいのだ」



91: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:49:09 ID:2KF
>>90
ここで李粛は兄、呂布は弟と呼称されてるけど実の兄弟でも義理の兄弟でもない
儒教が流行した中国では相手を自分より上の世代に位置付けて尊敬、自分を下の世代に位置付けて謙譲を表したりする
一方相手を下の世代に位置付けて貶すことも出来る
それを好んで使うのが孫悟空で、とにかく相手を子や孫と言って罵倒する



93: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:50:46 ID:gtq
>>91
孫悟空からしたら人間なんて全部弟やし、神仙仏でもなきゃ年下なんていないわな・・・



94: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:53:14 ID:2KF
>>93
年齢やとそうなんやけどこの場合尊敬か謙譲かで決まるから圧倒的に年下の唐三蔵を父として扱ってる
面白いのが敵の妖怪に爺さんを返せっていうところ
敵を悟空の子供として扱い三蔵を親として扱ってるから敵から見た三蔵=爺さんを返せってなるんや



92: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:49:39 ID:2KF

呂布がすぐさま見せてくれと頼むと、果たして、その馬は全身が炭火のように赤く、半分の混じり毛もなく、頭から尾まで長さ一丈、蹄から頭まで高さ八尺、いななきは咆哮のごとく、空に昇り海に入る勢いがありました。
後世の人が赤兎馬を詩で謳っていいますには、

千里を奔走して塵を踏み、水を渡り山を登れば紫の霧が開く。
糸の手綱を引き断ち玉の轡を揺るがし、火龍は九天より飛び下りて来る。



95: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:53:31 ID:2KF

呂布はこの馬を見ると、大いに喜んで、李粛に感謝しました。
「兄上からこの良馬を賜りましたが、何をもって報いればよいのでしょうか?」
李粛は言いました。
「某は義気をもって連れてきたのだ。どうして報恩を望もうか」
呂布は酒を用意して歓待しました。



96: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:54:36 ID:Ekl
演義では
馬中の赤兎、人中の廖化な印象(寿命



97: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:56:07 ID:gtq
>>96
どっちも二代目やから・・・(震え声)



98: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:56:40 ID:2KF
>>96
廖化の長寿は勘違いから広まっただけやで
廖化は黄巾の残党だったってのがなぜか黄巾の乱に参加したって思われてる
黄巾の乱ころに生まれてなくても黄巾賊の残党がいてそいつらの仲間になれば残党やん
前も言ったけどこれWikipediaですら間違ってるんや



101: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:59:24 ID:Ekl
>>98
だから演義印象やって



103: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:01:19 ID:2KF
>>101
すまんな
その演義が長寿じゃないんや



104: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:03:22 ID:Ekl
>>103
そういう印象であって演義での事実どうこうというわけじゃ………

まぁどうでもええわな



105: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:04:22 ID:2KF
>>104
変なこと言ってすまんやで



99: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:56:53 ID:2KF

酒宴がたけなわになると、李粛は言いました。
「粛は賢弟とは滅多に会えないが、ご尊父とはよくお会いしている」
呂布は言いました。
「兄上、酔われましたな!私の父が亡くなってから、多くの年月が経っております。どうして兄上とお会いすることがありましょうか?」
李粛は大いに笑いながら言いました。
「そうではない。某は今、丁刺史のことを話しているのだ」
呂布は恐れて言いました。
「某が丁建陽の所にいるのは、やむを得ないことなのです」
李粛は言いました。
「賢弟には天を支え海に乗るほどの才能があり、四海のうちで敬わない者などおらぬ。功名や富貴は、袋から探して取り出すように簡単なのに、どうしてやむを得ず人の下についているのだ?」
呂布は言いました。
「恨めしいことに、良き主に会えないのです」
李粛は笑いながら言いました。
「『良禽は木を選んで棲み、賢臣は主を選んで仕う』という。機を見て早く実行しなければ、悔んでも悔やみきれなくなるぞ」



100: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)22:59:18 ID:gtq
>>99
丁原悪く言われとるが、そこまで言われる筋合いないよな



103: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:01:19 ID:2KF
>>100
呂布を焚きつけるためやから李粛はそう言うだろうけど呂布は何があったんやろか



102: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:00:13 ID:2KF

呂布は言いました。
「兄上は朝廷におられますが、誰が世の英雄だと見ておりますか?」
李粛は言いました。
「某があまねく群臣を見ても、皆、董卓には及ばない。董卓の人となりは、賢者を敬い士人に礼を尽くし、賞罰が明らかで、最後には大業を成せるであろう」
呂布は言いました。
「某も彼に従いたいと思っておりましたが、恨めしくもつてがありません」
そう言うと、李粛は金・珠玉・玉帯を呂布の前に並べました。
呂布は驚いて言いました。
「どうしてこのようなものがあるのですか?」
李粛は周りの者を退かせると、呂布に告げました。
「これは董公が君の高名を久しく慕われ、特に某に献上させた物だ。赤兎馬もまた董公の贈り物だ」
呂布は言いました。
「董公がこのように愛してくださり、某は何をもって報いればよいのでしょうか?」
李粛は言いました。
「某のような不才ですら、虎賁中郎将になれたのだ。公がもし董公の元に行けば、貴ばれるのは、言うまでもなかろう」



111: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:08:24 ID:2KF
>>102では虎賁中郎将と言ってるで



112: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:08:51 ID:Ekl
>>111
高位やん



114: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:10:56 ID:2KF
>>112
せやな
実は有能さん?



106: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:04:29 ID:2KF

呂布は言いました。
「恨めしいことに、私にはわずかな功もなく、会う時の礼物もありません」
李粛は言いました。
「功は手を翻すように簡単な所にあるが、公がしないだけだ」
呂布は久しく考え込んでから言いました。
「私が丁原を殺し、軍を引き連れて董卓に帰順するのは、いかがですか?」
李粛は言いました。
「賢弟がもしその通りにすれば、本当に莫大な功だ!ただ、事を遅らせるのはよくないので、速やかに決行するべきだ」
呂布が李粛に明日投降すると約束すると、李粛は別れを告げて去って行きました。



107: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:05:59 ID:gtq
>>106
あからさまな悪役よな、李粛

>功は手を翻すように簡単な所にあるが、公がしないだけだ(ゲス顔)
こんな印象



108: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:07:14 ID:2KF
>>107
この直接私が指示したわけではないってスタンスすこ
まさに奸悪の典型や



109: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:07:47 ID:Ekl
李粛て騎都尉やっけ



111: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:08:24 ID:2KF
>>109では虎賁中郎将と言ってるで



110: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:07:48 ID:2KF

この夜の二更の時分に、呂布は刀を提げて真っ直ぐと丁原の帳の中に入りました。
丁原は燭台の下で書物を見ておりましたが、呂布がやって来たので、言いました。
「我が子や、どうして来たのだ?」
呂布は言いました。
「私は堂々たる大丈夫だ。お前なんぞの子であるわけがなかろう!」
丁原は言いました。
「奉先、どうして心変わりしたのだ?」
しかし、呂布は前に向かい、一刀のもとに丁原の首を斬りました。
こうして、大声で呼びかけました。
「周りの者よ、聞くがよい!丁原は不仁であるため、私が殺した。従いたい者はここに残り、従いたくない者はここから去るのだ!」
兵士の大半は散っていきました。



113: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:09:09 ID:gtq
>>110
ここで大半が散っちゃうあたり人徳のなさが透けて見えるわ



114: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:10:56 ID:2KF
>>113
罪のない義理の父親殺したのは一切擁護できないわ



115: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:12:13 ID:2KF

次の日、呂布は丁原の首を持って李粛に会いに行きました。李粛は呂布を董卓に引き合わせました。董卓は大いに喜び、酒を用意して歓待しました。
董卓は真っ先に拝礼しながら言いました。
「卓が今、将軍を得られたのは、干からびた苗が甘雨を得たようなものです」
呂布は董卓を席に座らせると、彼に拝礼しながら言いました。
「公がお見捨てにならぬのであれば、布は義父として仕えましょう」
董卓は金の甲冑と錦の袍を呂布に賜ると、呑気に飲んでから解散しました。
董卓はこれ以降、勢力が強まり、自らは前将軍となり、弟の董旻を左将軍・?侯に、呂布を騎都尉・中郎将・都亭侯に封じました。



116: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:13:45 ID:2KF
>>115
ここで都亭侯とあるけどこの後いつの間にか温侯に封じられてる
ちな水滸の呂布大好きマン呂方が「小温侯」と名乗るのもこの爵位から



118: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:17:09 ID:gtq
>>115
前将軍とか意外と控えめな官職に思えてしまう
もっと上位についてもよさそうなのに



119: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:18:46 ID:2KF
>>118
漢の前将軍やと超高官位なんやけどそれでも控えめに見えるのはおもろいな
後に相国につくからそのための段階を踏んでるとか?



117: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:15:18 ID:2KF

李儒は董卓に、速やかに廃立の計を定めるよう勧めました。
そこで、董卓は禁中で酒宴を設けて公卿を集める一方、呂布に千人余りの武装兵を率いて、周りに侍るよう命じました。
この日、太傅の袁隗や百官は全員やって来ました。
酒が何度か巡ると、董卓は剣を抜いて言いました。
「今上は暗愚にして惰弱なので、宗廟を奉じられぬ。
私は伊尹・霍光の故事に倣い、帝を廃して弘農王とし、陳留王を帝に立てるつもりだ。従わない者は斬り捨てるぞ!」
群臣は恐れて何も答えられませんでした。



120: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:18:53 ID:2KF

その時、中軍校尉の袁紹が身を乗り出して言いました。
「今上が即位してから幾ばくも経っておらず、また、徳が備わっておられないわけでもないのに、お前は嫡子を廃し庶子を立てようとしている。
それが反逆でないのなら、何だというのだ?」
董卓は怒って言いました。
「天下のことは我が手中にある!私が現在行おうとしていることに、従わない者などおろうか?お前は我が剣の鋭さを知りたいのか?」
すると、袁紹も剣を抜いて言いました。
「お前の剣は鋭いだろうが、私の剣も鋭くないわけではないぞ!」
両者は宴席の中で対峙しました。
まさにこれは、

丁原は義によって先に死に、袁紹も鋒を争って形勢不利。

はてさて、袁紹の生命はどうなるのでしょうか?まずは次回の説き明かしをお聞きください。



122: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:22:41 ID:gtq


全回やるつもりなんか?



123: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:24:18 ID:2KF
>>122
せやぞ
百二十回まで完訳済みなんやがまだ第六十回までしか校訂してないから週一ペースで時間稼ぎつつって感じ



124: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:27:30 ID:gtq
>>123
愉快な孫呉の連中が出るの楽しみにしてるわ



125: 名無しさん@おーぷん 2018/08/11(土)23:30:15 ID:2KF
>>124
スマンが結構後になるわ
気長に待つか、待てなかったらワイの拙訳やなくて学者の訳した三国演義を買って読んでみてください