20181005-6




1: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:19:48 ID:0kC
そりゃ野蛮やと思われるわ

切捨御免(きりすてごめん、斬捨御免)とは苗字帯刀とともに、江戸時代の武士に認められた、殺人の特権である。別名を無礼討(ち)(ぶれいうち)とも。

近世において武士が耐え難い「無礼」を受けた時は、切っても処罰されないとされる。これは当時の江戸幕府の法律である『公事方御定書』71条追加条によって明記されている。 ただし、その判定は厳格であり基本的に命懸けの権利であった。証拠が認められない限り死刑となる可能性が大きかったため、処罰を免れる例は極めてまれであった。 斬り捨て御免は正当防衛的な行為と認識されていた。しかし、それはあくまで建前であり、喧嘩による斬り捨て御免も「無礼討ち」として処理されていた。西洋では近代以前には決闘による名誉回復があったが、これに対して日本の切捨御免は、幕藩体制を維持するための観点から認められていたと考えられている。

あくまでも正当防衛の一環であると認識されているため、結果的に相手が死ぬことはあっても、とどめを刺さないのが通例である。また無礼な行為とそれに対する切捨御免は連続している必要があり、以前行われた無礼を蒸し返しての切捨御免は処罰の対象となった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/切捨御免




2: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:20:13 ID:lmF
ごめんですんだら定期




4: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:20:40 ID:0kC
>>2
相当現場やばかったやろうな




3: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:20:21 ID:0kC
「おまいら武士やろ、殺人してええで」




5: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:21:03 ID:Iqr
水戸黄門(若い頃)「よっしゃよっしゃ切りまくったろwwww」




6: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:21:07 ID:0kC
てか生麦事件で殺されたイギリス人さんカワイソス




37: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:43:31 ID:ZlK
生麦はガチでブリカスがアホだっただけ

生麦事件(なまむぎじけん)は、江戸時代末期(幕末)の文久2年8月21日(1862年9月14日)に、武蔵国橘樹郡生麦村(現・神奈川県横浜市鶴見区生麦)付近において、薩摩藩主島津茂久(忠義)の父・島津久光の行列に乱入した騎馬のイギリス人たちを、供回りの藩士たちが殺傷(1名死亡、2名重傷)した事件である。
尊王攘夷運動の高まりの中、この事件の処理は大きな政治問題となり、そのもつれから薩英戦争(文久3年7月)が起こった。

事件の概要
生麦村住人の届け出書と神奈川奉行所の役人の覚書、そして当時イギリス公使館の通訳見習だったアーネスト・サトウの日記[5]を突き合せてみると、ほぼ以下のような経緯を辿った。
行列の先頭の方にいた薩摩藩士たちは、正面から行列に乗り入れてきた騎乗のイギリス人4人に対し、身振り手振りで下馬し道を譲るように説明 したが、イギリス人たちは、「わきを通れ」と言われただけだと思いこんだ。しかし、行列はほぼ道幅いっぱいに広がっていたので、結局4人はどんどん行列の 中を逆行して進んだ。鉄砲隊も突っ切り、ついに久光の乗る駕籠のすぐ近くまで馬を乗り入れたところで、供回りの声に、さすがにどうもまずいとは気づいたらしい。しかし、あくまでも下馬する発想はなく、今度は「引き返せ」と言われたと受け取り、馬首をめぐらそうとして、あたりかまわず無遠慮に動いた。その時、数人が斬りかかった。<抜粋>
https://ja.wikipedia.org/wiki/生麦事件




8: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:23:54 ID:RUn
>>1
あれ、完全に切り捨てだったのか取り調べを受けるで。




9: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:24:39 ID:Dj9
ゴメンね!(切り捨て)
いいよ!(絶命)




10: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:25:57 ID:ots
ちなみに切ったあと役所に届出して20日の謹慎やぞ
証拠も証人もいる




17: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:28:04 ID:Wvf
>>10
これ
正当な理由じゃないと最悪切腹やでX-<




11: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:26:04 ID:zgH
ボテサラにハムが入ってたから残したら怒られた←こんな感じか?




12: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:26:07 ID:fPf
でも基本的に無罪放免とはならなかったんちゃうの?




13: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:26:11 ID:9mr
町人さん側もチキンレースして楽しんでたんだよなぁ…




19: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:29:08 ID:Wvf
>>13
向こうもよっぽどのことじゃないとできないからギリギリのラインで嫌がらせとか挑発してたんよな:-(




14: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:26:33 ID:mJX
切り捨て侍思い出したわ




16: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:27:53 ID:0kC
例えば鬼ごっこして武士にぶつかったら切り捨て御免されるんかな?やっぱし
生き抜くの無理すぎへん?




20: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:29:16 ID:ots
>>16
大名行列にぶつかった女の子はお金で許されてたって話はあるみたい




21: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:30:36 ID:0kC
>>20
流石に情けはかけてくれるんやな




18: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:28:45 ID:yCW
すまんなええんやでの精神




23: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:31:03 ID:yCW
その点ぶつかっても5段のアイスを買わせてくれるスモーカーさんって偉大だわ




24: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:31:44 ID:EI7
同心は刃物持っちゃいけないんだもんなぁ
そりゃそんぐらい物騒なのを置いとかないとビビらないもん




25: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:32:01 ID:ots
武士「お前ぶつかったやろ謝れよ」
町人「は?」
武士「切り捨て御免や」
武士(でも一方的に切るのかわいそうやなあ)
脇差ワタシー
武士「これで決闘や」
町人「脇差持って逃げるやでーw」
武士「」

なおこのあと逃げられた武士は社会的信用を失いキレて町人の一家を皆殺しにする模様




28: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:33:39 ID:0kC
>>25
懐かしいな~なんかで見た覚えある、忠君とか一族の名とかホント重視してるよなって思う




26: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:32:29 ID:0kC
その代わり切腹制度もあると思うと刀持つのも一概にいいとは言えんかもしれんな、時代の流れで没落していっちゃうし




29: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:34:07 ID:jj1
実際にどのくらいの件数の「無礼討ち無罪」が発生していたのか研究したら面白いやろうな




30: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:34:31 ID:ots
江戸初期は多かったらしいな




32: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:37:08 ID:jj1
>>30
経済社会になって町人階級が強くなる前だから、多少はね?




31: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:35:46 ID:HPd
辻斬りは死罪やから、許されるのは相手に非がある場合だけやろ?

辻斬(つじぎり)とは、武士などが街中などで通行人を刀で斬りつける事。

中世から見られるが、特に戦国時代から江戸時代前期にかけて頻発した。1602年(慶長7年)徳川家が辻斬を禁止し、犯人を厳罰に処することにした。近世刑法上、辻斬は、10両以上盗んだ罪と同様、死罪である(石井良助『江戸の刑罰』中央公論社)。

辻斬りをする理由としては、刀の切れ味を実証するため(試し斬り)や、単なる憂さ晴らし、金品目的、自分の武芸の腕を試す為などがある。また、1000人の人を斬る(千人斬り)と悪病も治ると言われる事もあった。

『八十翁疇昔物語』によれば、番町方の長坂血鑓九郎、須田久右衛門の屋敷と、牛込方の小栗半右衛門、間宮七郎兵衛、都築又右衛門などの屋敷とのあいだは、道幅100余間もあり、草の生い茂った淋しい原であったので、毎夜辻斬りがあったという。

『甲子夜話』第1巻には、「神祖駿府御在城の内、江戸にて御旗本等の若者、頻りに辻切して人民の歎きに及ぶよし聞ゆ。(省略)所々辻切の風聞専ら聞え候、それを召捕候ほどの者なきは、武辺薄く成り行き候事と思召候。いづれも心掛辻切の者召捕へと御諚のよし申伝へしかば、其のまま辻切止みけるとぞ」とある。

幕末には薩摩藩士の間で、江戸辻斬が流行したが、歩行しながら居合斬りをするため、相手は対応できず、警護を2人つけた幕臣ですら殺害された上に、全く表情に動揺がないので気づかれなかったことが『西郷隆盛一代記』に記されており、その一人をこらしめ(辻斬をする薩摩藩士達に警告し)た達人として、50余歳になる斎藤弥九郎(飯田町に道場を開く)の話が記述されている(のちにその辻斬犯は弟子になっている)。
https://ja.wikipedia.org/wiki/辻斬




33: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:37:09 ID:LOp
岡田以蔵って何人斬ったんやろ




34: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:40:23 ID:jj1
明治維新で武家社会を崩壊させたから
武士の特権については武士が悪く言われがちなバイアスも多少あると思うわ
実際に詳細を調査研究したら実はそんなに横暴が許されていたわけではない
みたいな結果になりそう




35: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:40:56 ID:tGG
たけのこ差してるのがバレたら舐められ放題じゃねーか




36: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:42:16 ID:nsO
>>35
たけみつ!




38: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:45:17 ID:hKW
切り捨て御免と辻斬りは別物やろ?




39: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:46:08 ID:ots
>>38
相手が悪いかと証拠と証人がいるかやな




40: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)12:54:49 ID:nc5
まあ武士が切り捨てご免とか言ってイキってられたのも、元禄くらいまでやけどな
幕末くらいやと、斬り合ってた武士同士が豆腐屋のおからの桶ひっくり返して
キレた主人に二人で弁償させられたとかあるわ




41: 名無しさん@おーぷん 2018/10/05(金)13:15:21 ID:Ra3
実際は武士に対して突っかかってくる農民が多すぎたための制度