2020426-1




1: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)08:59:35 ID:w70
日本初の本格的な侵略なのに史料なさすぎじゃね?




2: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)09:01:12 ID:5go
史料ないの?
現代のワイらが知っているのは口伝なんか?




3: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)09:01:51 ID:w70
>>2
神風があったのかなかったのか確定できないから論争になるんじゃね?




4: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)09:03:08 ID:w70
あと一騎打ちや名乗りしたとかしてないとか
鎌倉武士が強いとか弱いとか
説にょって言われてること変わりすぎじゃね?




5: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)09:08:34 ID:uQ3
元寇についてよく参考にされてた八幡愚童訓
歴史史料ではなく神様の霊験を説く宗教的なものなので
最近はそのあたりで疑問視する声もある
神様のおかげで勝ったとするためには鎌倉武士の活躍はまあね




6: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)09:09:43 ID:ygk
当時の資料は為政者が虱潰しに書き換えたりしとるし




7: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)09:10:53 ID:uQ3
なお吾妻鏡は途中でエタったので元寇の所まで書いてない
鎌倉時代一大イベントくらいちゃんと書けや!




8: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)09:11:18 ID:trp
台風のおかげにしたい幕府さんサイドと
自分たちの力のおかげにしたい武士さんサイドの伝聞の違いやで




10: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)09:12:33 ID:uQ3
>>8
寺社「ワイらの祈祷のおかげやぞ」




12: ■忍【LV31,ダースリカント,BD】 20/04/26(日)09:18:40 ID:SpZ
生き延びたのってどのくらいいるんやろか




31: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)10:13:16 ID:9NI
>>12
なお高麗史によれば文永の役に参加した高麗人は高麗軍八千、船員六千七百の合計一万四千七百人で、
不還者は一万三千五百余…
文永の役の高麗軍は一万四千七百人のうち千二百人未満しか帰って来なかったことになるんか…?




34: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)10:23:42 ID:9NI
>>12
弘安の役の方は元史によれば台風の後に逃げ帰った将軍たちに置き去りにされた人数が十万余
その後の鎌倉武士の掃討戦で捕虜になったのが二、三万
蒙古・高麗・漢人(元寇より前から元の支配下にあった中国北部の漢人)が皆殺しにされ、南宋人のみ助命されたとあるわ

高麗史によれば、弘安の役に参加した高麗人は九千九百六十、船員一万七千二十九、合計二万六千九百八十九人
うち生還者一万九千三百九十七人、不還者七千五百九十二名で七割以上帰還してる
こっちはガチ台風なのに今回は高麗人の方が生還率が高いんか?




36: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)10:30:02 ID:w5o
>>34
沈んでいた船の殆どは江南船(元で作られてた船)やから単純に高麗船の方が頑丈だったんやろ




15: ■忍【LV31,ダースリカント,BD】 20/04/26(日)09:25:21 ID:SpZ
秋だと常に強風波浪注意報出てるような地域だし当時の船の技術でも難所だったんだろうなと思ってる
風向と波向が違ったりうねりが入って来たりで大変そう




19: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)09:37:41 ID:g0g
>>15
同時の船てより朝鮮の船が平船で遠洋に向いてなかったからな




71: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)16:49:41 ID:PTd
>>15
まあ台風じゃないレベルでも昔の船でホイホイ気軽に行き来できる所じゃないわな
元寇の後だったか、何度目かの元の使者にも台風で引き返した人もいるし




16: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)09:28:04 ID:w70
あと終わりもわからんけど始まりもわからん
そもそもなんで元寇起きたんや
黄金の国目当てから硫黄とか中国との戦争のためとか色々言われとるけど
あっちの史料には「これこれこんな理由で攻め込むでー」ってのは書いてないんか




21: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)09:43:47 ID:g0g
>>16
高句麗が負けて元の中で最下層になった立場を良くしようとしたて説が有力
海に出た事ない元に海渡る理由は皆無だし




37: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)10:34:00 ID:9NI
>>21
元史ざっと読んだ限りやと、クビライがなぜかやたらと日本を攻めたがっとる感じや
元寇の前には日本に使者として言ったこともある臣下から
反対されとるのにそれスルーしての文永の役やし

高麗王(忠烈王)も元寇に積極姿勢ではあるんやけどな
それもクビライが日本攻める言い出した後のことみたいやし
発端はやっぱりクビライやない?




73: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)17:12:34 ID:PTd
>>21
元は他国を征服や従属させて物や人要求したり戦わせたりの国やから、
日本を支配すれば金やら硫黄やら手に入るし、南宋が貿易でそれら手に入れるの止められるし
南宋との戦争に日本人使えるいう利点はある
から元が日本攻める理由は皆無ではないで

海渡るのは困難いうても高麗従属後やったら
海渡る手段は持っとるわけやから、海渡れんから諦めることもないしな




74: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)17:15:20 ID:PTd
>>21
それとフビライは結構視点がグローバルいうか、
戦争にしろ貿易にしろ結構広い視点で見とるから、
それまでのモンゴルがどうでもフビライは
海の先の国さえも欲しがるほど征服の方でも視野が広かったから
日本までも欲しくなった、っての普通にありえると思うで




17: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)09:28:43 ID:LDC
桃太郎伝説と同様に真実が分かると都合の悪い団体が隠ぺい、廃棄しとるんやで




18: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)09:29:03 ID:w70
>>17
桃太郎伝説の真実てなんやw




23: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)09:45:25 ID:4OX
>>18
実は本当の鬼は鬼を迫害した人間の心に住んでたらしい




25: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)09:46:00 ID:wv5
>>23
鬼って多分少数民族みたいなやつやろな




26: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)09:46:26 ID:4OX
>>25
あと実は桃から人なんて生まれないらしい...




27: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)09:46:56 ID:wv5
>>26
初期のストーリーでは蓬莱山の桃を食って若返ったババアがジジイとセ●クスして妊娠したんやっけな




28: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)09:47:35 ID:4OX
あとこれが一番衝撃の事実なんだけど

桃を流したところでどんぶらこどんぶらことは鳴らないらしいんや...




29: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)09:47:49 ID:wv5
蓬莱山の桃食ったババアどうなったんやろな
一生老化しない呪いみたいなのかかってそうやが




20: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)09:43:06 ID:wv5
神風が吹いたから勝てたんや!だから褒章なしな!
っていう鎌倉幕府の方便とも言われてるぞ




22: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)09:44:28 ID:wv5
そもそもモンゴルに勝てたのは毎晩のように夜襲をかけて寝させなかったり
略奪される前に先に博多を略奪しといたり敵の船にウ●コ投げ込んだり
人質取られてもかまわず矢を射かけまくったりしたからであって神風は関係ない




24: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)09:45:38 ID:wv5
むしろ仏教の戒律は一つ残らず破らないと敵には勝てない
信仰なんて愚民を抑え込むための弱体化方法に過ぎないんや




30: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)10:11:11 ID:9NI
神風がなかった説があるのは文永の役
11月後半という時期的にも台風の可能性は、皆無ではないがかなり薄い(11月も稀に台風は来る)
ただ高麗史には「大風雨」があって戦艦が崖に接触したとか、左軍使が溺死したという記述はあるんで、
台風ではないが暴風雨はあったんやないか
ただし同じ高麗史の軍議の記述を読むと、撤退はその前に決定している様子




32: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)10:19:55 ID:w5o
少弐資能とかいうやべージジイすこ




50: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)11:22:08 ID:P5x
>>32
息子の副司令官もなかなか
元軍の副司令官を射落として落馬させとる




51: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)11:22:58 ID:P5x
息子の副司令官てなんや
少弐資能の息子の少弐景資やw




33: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)10:20:15 ID:HQR
高麗史の編纂も100~150年後なんやな




35: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)10:26:40 ID:xW1
調べれば調べるほどやべー集団だったということがわかる鎌倉武士とかいうバーサーカー供




38: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)10:39:01 ID:6x7
フビライが「艦隊で神戸に直接上陸」とかいいだしたのを「まず博多だろJK」と言っただけなのを主戦論は無理がある




39: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)10:43:48 ID:9NI
>>38
クビライは1268年にはもう宋と日本を討つとかいうとるんや
この頃はまだ、はじめて日本に来てクビライの国書届けた使者が日本にいる時期やから
まだ日本との交渉中のその最初期や




55: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)11:33:18 ID:k0h
>>38
神戸って瀬戸内海に面しとるんやけど
わざわざ瀬戸内海入って上陸するんか?

ってか瀬戸内海や中国地方の地形知らんやろし無理やろ
九州だけは元寇直前に偵察しまくって帰ってった使者がおったから知られとったみたいやけど
その使者もその前の使者もみんな九州で止められとるから他の所しは偵察しとらんやろし




40: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)10:44:23 ID:6x7
すまんワイの日本語ガバやったわ




41: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)10:45:34 ID:QGL
名乗り邪魔されて鎌倉武士共がガチギレしたのが真相やろ




43: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)10:54:41 ID:wv5
>>41
名乗りは別に見栄とかしきたりとかじゃなくて
名乗っとかないと誰が打ち取ったかわからなくて褒章くれないという現実的な理由らしいな
それだけ鎌倉の幕府と武士の信頼関係が崩壊してたってことでもある




49: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)11:13:44 ID:P5x
>>43
敵へ名乗っとるわけやなく味方へのアピールやとも言われとるなあ
そりゃ外国人に名乗っても意味ないもんなあ




42: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)10:53:41 ID:wv5
1(中) 壱岐対馬は最初から見殺して相手の戦法を見極めてた
2(二) 既に出兵5か月前に出兵の時期を想定し鎌倉武士団を大宰府に展開してた
3(一) 相手が人質を楯にして攻めてきても関係なく矢を射かけまくってた
4(三) 2度目は30キロの防塁を沿岸に、20キロの空堀を博多の南に、10キロの水堀を大宰府に築いていた
5(遊) 博多が略奪されてるのは目に見えてるので、敵が来る三日前に博多を略奪しつくしてた(鎌倉武士団が)
6(右) 2度目の時はモンゴルに倣って人質を楯にして攻撃してた
7(左) てつはうにあんまり動じずそのまんま徒歩で戦ってた
8(捕) 2度目の時は夜襲しまくって眠らせなかっただけじゃなく相手の船に牛馬の腐乱死体を積極的に投げ入れてた
9(投) 元軍が壊滅した後、取り残された元軍の内、宋人は助命したが高麗人、モンゴル人は負傷者も女性も含めて皆殺しにしてた




46: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)10:55:41 ID:L8T
>>42
なおほとんど出典なしのもよう




44: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)10:54:46 ID:LIm
てつはうすこ




48: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)11:12:44 ID:P5x
大陸で地続きで何十年も前から戦争しとって色々因縁もできとる南宋はともかく
なんで日本まで討ちたいんや
しかも一回目の時にはまだ南宋との戦争の途中なのに日本にまで手出しとる場合やなくね
クビライって暇なんか欲深いんか




52: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)11:24:25 ID:i4H
幕府軍総大将の宇都宮貞綱
戦場に到着前に戦が決着した模様




53: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)11:29:26 ID:k0h
九州武士「別に倒してしまっても構わんのだろう?」
台風「よろしくニキー!!wwwwwwwwww」
宇都宮貞綱「」




54: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)11:30:34 ID:1eQ
「やあやあ我こそは駿河のうんたらかんたら」
「何言ってだこいつ(てつはうポイー)」




57: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)11:47:36 ID:Q7Q
双方に文献のこっとるし
そもそも海底に死体あるやん
あのとんがり棒みたいな兜も船も沈んどって済州島とかの海底にも大量にあるらしいで




59: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)11:49:29 ID:k0h
>>57
死体って流石にもう残ってへんのやない?
沈没船はまだあってたまに調査されとるらしいけど




60: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)11:51:35 ID:Q7Q
>>59
いやあったって何回か読んだことあるで




58: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)11:48:58 ID:Q7Q
ただ戦争はしたけど交易は普通にしとったからな
戦いに来たのもほとんどしなちょんだけらしいし




61: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)11:53:01 ID:k0h
海の中やろ?
少なくとも肉のままでは残らんやろ
白骨ってこと?




63: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)11:57:56 ID:Q7Q
>>61
確か朝鮮に記念館みたいのあったはず
そこに骨の写真とか読んだ記憶がある




65: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)12:29:01 ID:k0h
>>63
ほー元寇の歴史観とかあるんか?
中韓やモンゴルやと元寇についてはどういう歴史観なんやろ




66: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)12:30:59 ID:k0h
元寇の歴史観→元寇の記念館やな
なんか中国やと南宋は元に侵略されて無理矢理日本を攻めさせられた被害者でもある、
みたいな感じの記事があったかなあ




62: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)11:55:34 ID:f5P

https://www.youtube.com/watch?v=kFFx2Ewt434




意外と残ってるもんやね




64: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)12:00:17 ID:iia
ボコボコにして返り討ちしまくってたら海が荒れとるから…って帰って行ったあれやろ?




67: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)14:05:48 ID:qqk
>>64
まあ実際文永の役も弘安の役も船がぶっ壊れる程度の風は吹いてたみたいやし
むしろ弘安の役はなんで二か月も粘ってたんや
そんなに経つ前にさっさと退却しとけば台風にもあわずに済んだやろ




68: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)14:14:59 ID:qqk
5月3日 東路軍出航(江南軍遅延) 
5月21日、対馬到着 日本軍と開戦
7月中旬~後半 遅れてきた江南軍合流
7月30日 台風

江南軍遅れてたとはいえ二か月経っても落とせないなら撤退しろや
文永の役の時の撤退の速さはどしたんや




69: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)14:40:45 ID:Jjn
1 :名無しさん@おーぷん:18/10/06(土)22:05:20 ID:Y4y主 ×
一年ほど日本に居た第五回&第六回使節の趙良弼さんの報告より

・獰猛で殺を嗜む
・親孝行を知らない
・上下の礼も知らない
・土地は山水が多くて耕作に利がない
・日本人を得ても役に立たない
・日本の土地を得ても富まない
・舟で海を渡るのも風は不定期で、損害を測ることもできない。
・日本征服なんて有用な民力で底なしの巨大の谷を埋めるようなもの
・結論、(元寇)反対

ここまで言われてなんで攻めてきたんや…




79: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)18:06:56 ID:RU3
>>69の人が予見したことだけど、日本征服は損害が大きすぎるんよなあ
実際には役に立つものもあるとはいえ、メリットがコストやデメリットに釣り合わん




81: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)19:33:23 ID:RU3
鎌倉武士バーサーカー説も誰が言い出したんやろなあ

あ、それも>>69の人が言っとるわ…




83: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)19:40:57 ID:IEy
>>69の趙良弼て元寇直前の使者やから
偵察情報のもとになったのは元寇やないんやろうけど、
まだ戦争にもなってへんのに何を見聞きしたや

それとも過去の源氏やら御家人やらの身内の争いや
承久の乱のことや将軍がお飾りやってことでも耳にしたんやろか




70: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)16:43:29 ID:PTd
弘安の役は損害から言えば元にとっても結構なもののはずなんだけど、
その割に元の史料での扱いはあまり…
損害と言っても支配したばかりの反抗的な南宋人なら
元にとっては惜しむほどじゃなかったのか、
兵の損害はともかく今まで元に攻めて来てもないし日本は
そう敵国として警戒するほどでもなかったのか




75: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)17:18:29 ID:zGg
元寇なければ幕府乗っ取られたり滅ぼされるのも無かったんかな




76: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)17:21:34 ID:PTd
>>75
幕府乗っ取りって北条にってことならそれは関係ないんじゃね
源家男子断絶→摂家(貴族)将軍→皇族将軍に移行して最後のはもうお飾りやけど、
元寇はもう皇族将軍になった後のことや

滅亡に関しては昔は元寇の対処不味くて御家人が不満がもって、
って言われとったけど最近は元寇は原因じゃ無くね?
むしろ元寇で得宗家の力強くなってね?とも言われとってこっちも変わってきとるなあ




77: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)17:23:50 ID:zGg
>>76
執権が内管領の傀儡になった話の方や
元寇無かったら、最終的に内管領が力持つことも無かった気がして




80: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)18:09:20 ID:HEH
日本とベトナムはとりあえず戦闘狂にしとけばいいんやろ感




82: 名無しさん@おーぷん 20/04/26(日)19:35:11 ID:5iF
この300年後に明を征服しようとする日本人が出てくるとは