「BLOG 高島回顧録」洋服屋ふじたの四方山話。釣り、競馬、クラシックカーをこよなく愛する男が書き下ろす散文です。

2016年06月29日

依然として侭ならぬ休日稼業が続く。6月も、またこれから来る7月もおよそ水曜日の半分は仕事がねじ込まれ、休みにならない。釣りへいこうにも、午後2時から会議と云われると、つまりは午前〜午後まで会議に備えることになり、わずか1時間先の釣り場でさえ不問。

そんな中だったが、ウキが消し込む様子を体感したくなり、アジ釣りの支度をして大畠へ向かった。

周防大島へ渡れば各所でアジは狙えるのだが、橋を渡らずに竿が出せるなら、都合およそ1時間ほど移動にかかる時間が短縮できるというもの。もしも信号が無い深夜なら、出発から30分後には竿を出していることさえ可能なエリアが大畠。

しかして釣ったアジを食べようと思うなら、やはり由宇より西の海域で釣りたい。そうするとJR大畠駅の裏手にある漁港の堤防が格好の位置なのだが、近年、この堤防が立ち入り禁止となり、釣りができなくなった。

大畠瀬戸は、かつて高島へたどり着く以前、カゴ釣り以前の時代に通い倒した場所がある。通称、タイの波止場とよばれた大型の新設堤防で、沖合いの潮へ向けてコウジを付けた夜のぶっこみ釣りで大型の真鯛が釣れるというあそこ。インターネットでそんな情報を拾い、すっかりその気になって通った場所だった。

夜のぶっこみ釣りはなかなか面倒なものだったが、希に40センチ程度の真鯛が釣れて、チヌから脱却して真鯛を狙い始めた当時の大手柄だった。しかし、さほど多く釣れたワケではなく、大人の腕ほどもある大アナゴや、竿を持って逃げるサメのほか、スレ掛かりではあったけれど大型のオニオコゼなどが掛かった。

やがて遠投カゴ釣りの事を知り、沖家室島へ根を下ろす以前、周防大島なら伊保田、出井などを徘徊し、その途中にここタイの波止場へもカゴ竿を持って周った。

だが、大畠瀬戸というのはドえらい潮が速く、とてもカゴ釣りは無理だと感じた。それはもうゴウトウの豪潮どころではない巻き返すような激流で、どこへ投げても潮相は同じ。カゴから出たコマセとサシ餌が同調などする筈も無いことは一目瞭然。

そんなワケでカゴ釣りは一回の試みで終わってしまい、以来、釣りに訪れたことさえ無かった。

入院騒動から1ヶ月が過ぎ、少しずつ日々のリズムを取り戻す。しかし磯へ立つにはもう少し時間をかけたほうが良いような気がして、水曜日の休みに悶々としながら釣り竿を握ったり、リールをグルグル回してみたり。なにしろ雨続きなのである。

そんな長雨の中、半日ばかり曇り空が保たれる水曜日を見つけた。ウキが消し込む映像を見ると、やはりあの感動を現実に体験したい思いに駆られる。しかし沖家室島はアウト。かと云って伊保田は遠い。

そこでyoutubeを散策しながら見つけた一つの動画があった。それは大畠瀬戸でアジを上手に釣るオジサンの姿が納められたもので、およそ何処の堤防か見当がつく。googleアースで目星を付けたそれは、かつてのタイの波止場からほど近い新設堤防だった。

なるほど、あそこへ行けばアジが釣れるのか。そう考えて駐車場を探し、アジ専用の軽いカゴ釣りの道具を持って出かけた。やはり大島大橋を渡らなければ、30分以上も早く着く印象。

潮回りも分からぬが、先客といて釣り終えていたお兄ちゃんによると、下げ潮の時間帯か。潮は左流れでワンドへ少し入って回る様子で、初めての釣り場であるにもかかわらず何か釣れそうな予感があった。

お兄ちゃんに続いて竿をもってやってきたオジサンによると、この大畠瀬戸は潮の干満を問わず9割が左流れ(満ち潮向き)、1割が右流れ(引き潮向き)だという。おそらく本流は左右の向きが明確に変化する筈だが、引かれ潮となる沿岸部に見られる状況か。沖家室瀬戸と本浦でも同じような状況が見られる。

かくしてアタリはというと、これがサッパリ。あちらこちらの潮を窺ってみるが、やはりアタリはない。どこかに瀬がある筈だが、その情報も知る術がなく、いたずらに餌を失って時間が過ぎる。

それでもウキは消し込んだ。2回はベラ。もう2回はメバル。いずれも取り込むには至らないミニサイズで獲物にならない。

そうこうしている内に小雨が混じってきて、持参したジアミも無くなった。動画で見る限り、潮との噛み合いが良ければ良型のマメアジは掛かる筈。この日はダメダメ。致し方ない。

喰わないときの諦めというか、良くない潮をあっさりと受け容れることが出来るようになったのは、やはり高島の経験か。ここは潔く退散。

本浦の釣りも難しくなったとすれば、瀬戸内海のカゴはほぼ封印か、それでなければ伊保田を開拓するしかないか。



foujitas at 12:34コメント(0)TB(0)釣武者修行潮待放談 

グーグルの広告です

2016年06月15日

カゴ釣りの醍醐味といえば、やはりあのアタリの瞬間。リールに当てた指が道糸に弾かれる感覚は一気に血圧があがるが、それよりも趣が深く感動的でスカッとするのが、あの大きな棒ウキがズバリと消し込む有様を目撃することだ。

もちろん、繊細な棒ウキがピクピクと動いて知らせる魚信は風情があって良い。しかし、その上をいくのが、遙か沖合にある40センチもあろうかという棒ウキが「ズバッ」という擬音でも携えているかのように消えるのは、もう幸せの絶頂。

沖家室島で釣っていると、遠投カゴで真鯛を狙う限り、そうズバズバとアタリは無い。一日竿を振って、せいぜい2〜3回。悪くすれば0回。これがアジなら数十とウキが動くが。

高島ならば忙しく釣れば10回以上のアタリが拾えるし、大当たりのタカイワでは40回以上のヒットがある。もうこうなるとありがたみも薄まるが、それでもウキが消し込む挙動と、それを見た瞬間の興奮は他に比べるものがない。

考えてみれば、フナ釣りはウキ釣り。テンカラは脈釣り。キスは引き釣り。アジはサビキ釣り。カゴは正真正銘のウキ釣り。道理で面白いワケだ。

もちろん磯際にあってウキを見るのが一番の幸せに違いないが、youtubeにアタリの瞬間だけを集めた動画があった。思うように釣りへ行けない昨今にあっては、これがなかなか面白い。

明日は午前中だけ堤防へ行ってみるかねえ。



foujitas at 06:29コメント(4)TB(0)潮待放談 

2016年06月14日

スイングジャズの巨匠「グレン・ミラー」は、米陸軍航空隊少佐として軍楽隊を組成し、世に数々の名曲を残した人物。ジャズを聞いたことがなくても、その名前くらいは耳にした事があるかも知れない。

グレン・ミラーの没後、アメリカには航空隊をルーツにする空軍が誕生する。USエアフォースであり、軍の頂点に経つ部隊。その正規軍楽隊をパシフィックショーケースと呼び、アジア地域の親善活動を一手に担っている。

所属するミュージシャンは全員が軍人。しかし厳しいオーディションを勝ち上がってきた職業音楽人であり、軍でも軍曹などの階級を持っている。一人々々のキャリアを訊けば、元ブロードウェイのステージに居たとか、有名なポップス歌手のバックバンドマンだったとか、いわゆるプロの音楽集団だという。

今回の米空軍ジャズ岩国公演は、正しくは「パシフィックショーケースジャズin岩国」という公演で、グレンミラー音楽に振れられる非常に貴重な機会。しかも軍属の活動故に出演ギャラが不要(演奏料の徴収は違法)の破格値。会場やポスター印刷にかかるコストだけで、その上質な音楽に触れられる。

福生の横田基地に在所する米空軍と岩国市、また私が属する街づくり会社が手を組んで実現する、極めて希なチャンスです。入場料はたったの千円。ぜひ、お誘い合わせの上、ご鑑賞ください。m(__)m

と き:6月16日(木)18時00分開場、18時30分開演(〜約2時間)
ところ:岩国市民会館大ホール(https://www.google.co.jp/map...)
料 金:大人1000円、中高生500円、小学生以下無料
チケットのお求めは「フジグラン岩国」や「岩国まちなか倶楽部」など
詳しくは中通り商店街ホームページへ。



foujitas at 07:11コメント(0)TB(0) 

2016年06月13日

自宅から最も近い海と云ったら、岩国港の岸壁か、あるいは帝人製機や日本製紙の堤防か。釣りに相応しい海岸と云ったら、米軍基地を挟む河口か、いっそ由宇町の潮風公園か。いずれも空いていれば自動車で10分の距離。

古巣とした沖家室島までは片道65km。夜打ち朝駆けなら60分以内。余裕をもって80分程度か。大浜港までなら片道125km。同じくノンストップの深夜なら2時間丁度。コンビニ休憩を含めると2時間30分を見ておけばいける。

道中でしかし前方を走る低速車輌があった場合は、話しが違う。それでも時速60キロ以下にならないときは黙って追走し、できれば道を譲ってくれるのを待つ。大型トラックなどは心得ていて、そう煽ったりしなくても追い越し可能な道に達したら、先行を促してくれるもの。

しかし、低速車輌の中には後方ミラーを無視しているのか、走行時の前後状況を感知する必要もなく走るドライバーもいて、恐ろしいのは、しばしばそういうクルマは突如曲がったり止まったり、走行速度が乱高下する。ほぼウインカーは故障したかのように点灯しない。

あまり危険な自動車は抜き去ってしまうに限るのだが、これがまた怖い。見通しの良い道路で直線距離が長い道路、または左へ緩くカーブした道路なら数百メートル先の道路状況が完全把握できる場所などを覚えていて、それを目指して焦らず追随する。

安全マージンをできるだけ多く確保し、満を持してウインカーを右へ出し、ヘッドライトを点灯させ、猛然と対向車線へ出て加速すると、ここで予期せぬ事が起こる。

軽トラは忽然と減速を始め、何の予告も知らせもなくおおらかに右へ曲がり始め、加速を始めたこちらのクルマの前方を塞ぐ。「え"ー、そこぉ?!(^。^;」

しかしこれは追い抜くこちらの予測不足。周防大島を時計回りに走って沖家室島へ行く場合、国道は進行方向左手が海、右手が陸。左側が堤防を挟んで海に隣接した追い越しをかける場所では、つまり前を行く軽トラは、左折する可能性は非常に小さいが、右折する可能性は大きく残っている。左折したら海、だが右側には家屋や小径が多数ある。

競技用トラックならコーナーの形によっては先行車輌の左から追い抜く場合があるが、左側通行を遵守した公道の対面2車線で左側へ突っ込むのは不可能。いきおい左カーブを外から被せて抜くか、S字を知っていて、そのまま右カーブのインを差すか、いずれにしてもコーナー頂点は滅茶苦茶なライン取りになって危険極まる。

そんな事もあって、往復道路の危険は排除したいので、できるだけ追い越しや追い抜きはしないよう、またしなくても良いように早めの時間で動くように心がけるばかり。

なにしろクルマは39馬力のサンバー。390馬力のスポーツカーならもう少し軽いリスクで抜けるかも知れない。(笑)

さて、水曜日は米空軍ジャズコンサートの前夜祭。山陰へ釣りには行けないし、沖家室島も湾港工事の最中。伊保田も試してみたいが、不慣れな釣り場は苦手でもあり、ちょっと遠い。(^。^;

竿袋でも見てみるか。



foujitas at 08:20コメント(0)TB(0)潮待放談車道楽談義 

2016年06月11日

6.12(SUN)
「雑貨&フリマ in 岩国」中通り商店街で開催。

まちなかエネルギーUP!!第2弾。かがやく女性のための\オシャレな/雑貨&フリマ in 岩国。

癒し、おしゃれ、占い、和菓子にお弁当、お洒落雑貨やフリマ&体験楽しいイベントが盛り沢山。

主催:クリエイティブエナジーサポート( https://www.facebook.com/jyoseigakagayakumirai/ )



foujitas at 08:15コメント(0)TB(0) 

2016年06月09日

釣ったら喰う。食べない魚は釣らない、とそう決めて釣るようになったのは、ブラックバス釣りから足を洗ったときだった。それまでのフナやゴリは釣りの内に入らないか、まあ、子供の遊びの範疇だったが、中学生のサーフの釣りを覚えた頃から、釣った魚を食べる機会を迎えた。

シロギス、ときにアオギス。カレイ、アイナメ、ベラ、コチ、トラハゼやグチなどもゴカイ餌が付いた鈎に掛かった。美味しいか否かの問題に加え、釣った魚のサイズがサイズだから、食べると云ったって全てとはいかなかった。

ブラックバスは、食用とはいえ実際にアレを食べるには勇気が要るもので、実のところ一度だけフライにして貰ったが、それ以外はすべてリリース。今のゲームに云う、キャッチアンドリリースだ。

しかし貪欲で賢くないブラックバスは、尾が切れようと、口が鈎によって裂けようと、その本能と習性から、ルアーを見るとまたバイトする。手応えを楽しんで釣りあげてみると、魚はもう満身創痍。よく生き長らえているものと感心するやら、生き物の命を弄んでいるようで心苦しいやら。

そんな頃だった、中山ダムで出会った男子中学生が、釣ったブラックバスの腹を切り開き、胃の内容物を検査。息も絶え絶えの魚は弔いをされるワケでもなく、道具かゴミのように雑草の茂みの中へ放り投げられた。

そう遠くない対岸からその一部始終を見ていて、衝動的に許せない怒りがこみ上げてきた。そこへバスロッドを叩きつけ、男子中学生を大声で呼び止めて咎めた。魚の命について話し、捨てられた魚の哀れや、人間のおごりを諭した。おそらく中学生には何ら堪える事は無かっただろう。ただ見知らぬヤバい兄さんが激怒していただけ。

それ以来、キャッチアンドリリースが嫌になって、そういう釣りから遠ざかった。

入れ替わって始めたのがテンカラだった。元々は漁技の一つだった毛鈎釣りは、食糧としての魚を捕まえることが目的。面白いから釣るというモチベーションが第一義になっていないと思った。

大した腕ではなかったので、放流するほど釣った経験は僅かだったが、比較的よく釣れた日でも、家族や友達が食べる分を釣ったら潔く竿を納めた。それが山女魚や岩魚に対する礼儀だと思っていたし、釣り場に対する恩返しだと思っていたし、自然へ対する畏敬の念だった。

その後に渓流釣りから磯釣りへとフィールドを移しても、概念は曲げられなかった。釣った魚を放流すると、その魚の余生とはどんなものなのか。釣り人の情や予想のとおり、そこから再び成長が始まり、いずれは仕掛けに掛かる獲物となるのか。

確かな実験データで検証したのではないが、研究者によると、一度鈎に掛かった魚の多くは、その傷から細菌感染を起こし死に至るという。魚類はほ乳類や高等動物と違い、大量の卵から孵化して成魚になる。生態系や種族のバランスを考えても、また魚の簡素な生態を考えても、人類のような抗体を持っているとは考えにくい。

これらの点から科学者の、鈎が掛かって一度水揚げされた多くの魚は長生きできない、という意見に異議が唱えられない。だから掌サイズの真鯛の幼魚、通称みそ汁鯛でも、途中で鈎外れしなかった魚は確実に絞めてクーラーへ納める。実のところ、食べたら美味しい。

かくて沖家室島のチヌ。沖の潮の中を泳ぐチヌは、磯や堤防に着いている個体のような臭みが無いとされる。持ち帰って刺身にしてみたところ、スズキにも似た淡泊で仄かな甘味を感じる一皿になった。たっぷりの山葵醤油が合う。

次こそは高島の真鯛か、イサキか、ヒラマサか。

ほぼ復帰準備完了。



foujitas at 18:18コメント(2)TB(0)潮待放談 

2016年06月08日

愛宕山の別荘から退院して3週間、正月松の内に高島でヒラマサを釣ってから実に半年の月日が過ぎていた。再び磯釣りへ復帰するためのリハビリとして、古巣である沖家室島は本浦へ釣り道具を担いで赴いた。

道中の自動車ももどかしいが、あまり急いで事故などしては台無しなので、ゆっくり走って本浦へ着いたのは午前8時前だった。遠目に見た堤防に人影が無いと思ったら、なんでも湾口工事(堤防修理)のため堤防の先端から30mほどが立ち入り禁止。大きな仮設フェンスが立っていた。


尤も近年は造船所の石波止場に座を構えるので、堤防の立ち入り禁止は無関係。ポイントもまた湾の外なので、サビキの仕掛けに邪魔をされない分、お得な感じではある。弱い風の中、竿ケースから道具を出す。

なにしろ1月6日以来の魚釣り。しかも目眩を伴う入院生活から復帰して3週間が過ぎたところ。軽い組み合わせとは云え、剛弓とトーナメントISO遠投の組み合わせは、やはり大袈裟なもの。力一杯に振り抜くには相当の体力や筋力を要求される。

食べては横になり、リハビリといってヨタヨタと歩くばかりでは、いつまで経っても高島の磯へなど戻れない。ここは一つ、少し負荷をかけるべく身体を動かし、かつての豪腕を身体に思い出させる機会も必要。

そういうワケで懐かしささえ覚える座へ道具を構える。仕掛けは底カゴ。沖家室島の定番仕掛けで真鯛を狙うもの。尤も、キャスティングや立ち回りの確認が主な目的なので、今日のところは釣り果を申さぬつもりで釣り始めた。

潮は左流れ。沖家室島の典型的な満ち上がりで、10時半頃が満潮予定。『喰うなら満ち迄か』釣れなくても良いと決めておきながらも、やはりウキの挙動は気になるもので、手返しの所作を確かめつつ潮の様子を窺う。

獲物に欲を出さないとは云っても、仕掛けは真鯛向き。もしも本命が掛かったら、掬えませんでしたでは情けない。一応、タモ網の用意をしながら、少し気が重たかった。高島では冗談交じりに「魔法のタモ」と云って竿袋から出したら、偶然か必然かタモが活躍する。つまり坊主を免れ、ちゃんとした魚が鈎に掛かるのだ。

その「魔法のタモ」も、今回ばかりは神通力を失うか、さもなくば幸運の流れをボウズで断ち切ってしまうのか。致し方ない。

典型的な満ち上がりは、総じて手前の潮が速く、沖の潮が緩い。風は潮の流れと同じ向きなので、フケ糸の養生をするべく穂先を煽ると、それが格好の誘いとなる。このパターンで真鯛を掛けた記憶は鮮明なもの。

遠投の練習を兼ねて沖の潮を釣るが、ほぼ反応は無い。やはり3本近く入れるとサシ餌が落とされ、2本ではしばしば餌が残る。

9時を待たずして、段々鈎の登場。しかし経験上、沖家室島における段々鈎は殆ど効果がない。高島を始め、浜田や三隅の堤防では絶大な効果を挙げる必殺の武器だが、土地が変われば仕掛けもまた変わるという事か。以前もダメだったが、今回もまったく釣れそうにない。

早々と段々鈎を中止。

沖家室島では、本浦港を通り過ぎた護岸の波返しから沖の潮へカゴを投げても真鯛が狙える。事実、その護岸で真鯛を釣ったシーンを何度か目撃しているのだ。真鯛がヒットする場所は、急深な礫底のかけあがり。そこを潮が通し、真鯛が回遊する。

石波止場からなら横向きに投げる形になるが、そのポイントを狙うことが出来る。そうして投げ込んでみたところ、かけあがりの潮は豪潮。ゴウトウの豪潮にも似た速度で沸き返して流れていた。

釣れないことは無いが、投げた場所から云うと手前に戻る位置関係で、それがドえらい速い潮では釣りづらい。

ここは元の正面から牛ヶ首の間を狙うが良策か。そこで、沖のトロトロ潮と手前の豪潮の境目、その沖側を意識的に狙って流す。高島でもよく試みる手で、オキアミやプランクトン、すなわち小魚や小さな甲殻類が、質の異なる潮の弛みに溜まり、これに魚が付くという考え方。


沖家室島では、そろそろホンダワラが切れて流れ物となって沖へ漂う。仕掛けを回収するときに引っ掛かると、重たくなった手応えに思わず興奮する勘違いもあったりする時節。

仕掛けが着水したらウキが立つのを待ち、カゴからコマセが出るように竿を煽る。しばらく経ったら、軽く穂先を煽ってサシ餌にアクションを与える。この誘いの動作はもう癖になっていて、このときも無意識に竿を動かした時だった。

見ればウキが無い。そして海面を凝視していると、脇に抱えた竿の穂先を道糸が引っ張る。『アタリじゃ!』

竿を起こして軽くアワセをくれて巻き取り開始。巨大な獲物ではないが、何かが付いていることは間違いない。やがてウキが浮かんでくると、これに藻が絡み付いていて、もしかするとまんまと勘違いだったか?!(^。^;

いやいや、獲物はあった。真鯛ではなく、黒い。中型のチヌだった。それでもトレーニングのつもりで打ち返していた仕掛けに獲物が掛かるのは率直に嬉しいものであり、拙いながらにも潮を読んで投入した潮筋でアタリが出たことに、どこか自信のようなものを取り戻したような気がした。

不要と思って竿ケースに入れていた小出刃で魚を絞め血抜き網へ移し、魔法のタモの威力というか御利益に感謝と驚きを捧げながら、沖家室島の潮際に居られる幸福を噛みしめた。


9時半頃だったか、サビキのおじさん登場。いつもの堤防が進入禁止になっている事を一通り恨めしく話し、この石波止場で一緒に釣らせて欲しいという。少し狭いが、こちらはもういつ終わっても良い状況。オキアミが使いきれなかった事だけが気がかりだった。

そうしていると、今度は湾口工事の作業員が黒板を立てて写真を撮り始めた。石波止場の座は問題ないが、投入ポイントへ大型のクレーン船が停泊し、アンカーを打つという。つまり、釣りはここまで。石波止場で夕方までサビキ釣りをしようと企んだおじさんも、すっかり諦めムード。

沖家室島本浦港は、平成28年6月6日から同年7月28日まで堤防への立ち入りが制限される。工事人の話しでは、不明瞭ながら今後、堤防の延長造成計画が控えているらしい。本浦の釣りは、少し様変わりするかも知れない。



foujitas at 16:33コメント(0)TB(0)沖家室島釣記潮待放談 

2016年06月06日

高島行きの船は3隻。いずれも4月から11月の操業には午前便と午後便が運行され、高島の午後の釣りが楽しめる。通称は「朝便」に対して「午後便」または「半夜便」とか単に「半夜」と呼ぶことが多い。

高島の干満や潮汐は目まぐるしく変化し、漁師でも読み切れないというのは有名な話し。堤防や港で釣っていた者にすれば、干潮や満潮の時刻が気になり、同時に潮の流れというか向きに対してナーバスになる。

沖家室島の体験は、まさしくそこに陥る大きなきっかけで、タイドグラフを見ながら『明日の高島は朝がいい』など決めて掛かっては惨敗。10年くらい経って『高島の潮は出たとこ勝負。潮と対話し、潮を読んで、それぞれのシーンに適応した仕掛けや釣り方が釣り果を大きく左右する』と漸く理解が達した。

それでも、一年を通して釣っていると、朝真詰めから朝を過ごし、正午前後に納竿する半日の潮に恵まれない事がある。5月頃に遭遇するケースが多い印象だが、なんというか潮が鈍かったり、重たかったり、うろうろと左右前後にトロトロしたり。そういう時は決まって、納竿時刻が近づいた11時過ぎになって潮が立つ。

何かこう、堰を切ったような潮相に気付き、どんよりしていた磯の雰囲気も一変。『これから喰い立つに違いない』と希望的観測が芽生えたと同時に、ほぼ釣り終わりを意識しなければならぬ状況がある。

こういうときが『午後の潮』と云って、半夜の釣りに大きな期待がかかるもの。

昔の昔は高島にも磯泊まりのルールがあって、クエを専門に狙う底物師が凱歌を挙げたという。当然、釣り時間も今より長かったことが想像され、午前午後とも通した潮を釣ることが出来た事だろう。

しかし今はナシ。午後の潮が釣りたかったら、つまり半夜便に乗るしかない。午前を釣った後なら、一旦帰港した後に半夜に申し込み、ダブルヘッダーとなる。

ところが岩国から高島へ釣りに行き、水曜日の一日のみの休みで釣行する場合、この半夜便は時間の都合が難しい。13時、13時半に出航し、19時、20時に帰港。すると大山を発つのが水曜日の21時頃になり、岩国へ戻ったら夜11時前後。それから魚を捌いて道具を片付けると、もう確実に日付は変わり木曜日未明となる。2連休があれば問題ないが、それは。

そんな事もあって半夜の釣りを経験したのは1回のイケマだけ。西向きのタカミ方向へ日が沈む海の風景は、ちょっと感動的でもあった。

イサキシーズンは、しばしば半夜のほうが良い場合がある。釣り人も少なく、時としてビッグチャンスが巡る高島の半夜便。今年は経験できるだろうか。



foujitas at 14:59コメント(0)TB(0)潮待放談 

2016年06月05日

数年前に江津の知人へ頼んで買ってきて貰った、横置き型のソフト竿袋。高島のベテラン勢が持ち歩く、リール付きのカゴ竿3〜4本が収納できて、かつ残った空間には小物や衣服などが入れられる、ロッドケースというより竿も入れられるバッグ。

調べてみたところSASAKIのブランドで流通していたが、やがて生産中止となり、使い続けている人だけに見られるようになった。その後の近年、江津の釣具屋さんで同じような形の品物が売られている事を知って、それを調達した次第。

しかし残念ながら130cmの全長で、がまかつやダイワの竿の仕舞い寸法135cmと不適合。無理に入れると入らぬではないが、竿のトップカバーを強く押しつけた状態になり、つまり使えなかった。改造するつもりで、長らく放置してあったのだが──。

その竿袋には「X-SELL」のブランドタッグが付いていた。割合と最近になってから釣具店で見かけるようになった名前で、相対に安価な商品群。竿袋だけでなく、ブーツや手袋、フローティングベストなどもある。

大手の著名なメーカーやブランドの品物と比べれば、価格は優しい。品質はわからないけれど、手袋や小物入れを使ってみた限り遜色ない。この先にもっと多様な品物が発売されそうな雰囲気を持つ同社のホームページがあった。

X-SEL(http://x-sell.net/)

さて、その役に立たなかった竿袋は、結局何も加工しないまま埃を被っていたが、さきごろフカセ釣りを嗜む友人が使うというので進呈。軽くて使いやすいと好評の専らだった。

かくて自前の竿袋は、依然としてシマノの黒。ファスナーと本体を縫い合わせた縫い糸が朽ちて、切れては縫い直し。最近では樹脂の袋部分が裂けるような事もあり、いよいよ縫い糸ばかりでなく接着剤やコーキングの出番となる。

大型の竿袋は幾らくらいするのだろうか。高島2回分程度なら、ちょっと新調を考えてみるのも悪くない。↓これ欲すぃ。(^。^;



foujitas at 07:14コメント(4)TB(0)潮待放談 

2016年06月04日

いそいそと釣りの支度にとりかかるも、実際のチャンスはまだ先。イメージトレーニングでもしてようかと思うこの頃。(笑)

あまりにも釣りへ行けないので、またぞろkindle版釣ファン創刊号を捲る。先の連載でも少し触れたが、当時の磯釣りの道具とうのはどのような物だったか、当時の様子が「指南」の形で書いてあった。

磯釣りと云っても、今のような遠投する道具もなければ、オキアミのような餌も無い時代。釣りものと云えば、磯際から精々20m以内の底物を狙うばかりで、沖の潮をどうこうするカゴ釣りとは全く異なる釣り風景。つまり石鯛、寒鯛が大物の頂点で、そこへクエなどが加わる。

釣り竿は、どうやらグラスファイバー製の品物が出回り始めた頃らしく、推奨するのは竹竿だという。それも印籠継ぎの5.7mで、リールシートやガイドを備えているというのだから、いったいどんな形の竿だったのか、いまでは想像がつかない。

そして指南役は、竹竿は癖がついたり、折れたりする場合があり、保管では竿が蒸れたり虫が付くなどの心配をする必要があると書いている。

それほど面倒でも、『やはり竹竿には他の釣り竿では味わえないような、良いものがある』と愛して止まない。釣りへ行くときも東正作の和竿が3本と、予備としてグラス竿を1本携行したという。想像するに、おおらかな釣り風景ではある。

リールに関しては、これも道具としては導入されて間もなかった時代のようで、性能というよりも機能が重宝されたよう。品物としては「オリムピックの51型」とか「61型」やその改良型などの名前が挙げられ、「スタードラック式」をやはり推奨するとある。

その素材には殆どベークライトが使われているので、磯で岩の上に落とすと割れてしまうから注意が必要と促している。そして指南役は、61型を7年も使っているが手入れしているのでビクともしない、と書いて本章を括った。

こうして見ると、この半世紀における釣具の進化とそれに伴う釣技の発達は凄まじい。いまでこそカーボン素材や特殊な合成繊維が製品に使われ、リールの材質や性能も黒電話とスマホくらい異なる。餌も然り。当然、釣りものも多様化した。

そんな中にあって、たとへば「鈎」だけは大きな進化が見られず、原型に近い形で今に至るだろうか。チタンなどの新素材、あるいは蛍光塗料やメッキの技術を除くと、鉄を使い、海のゴミとなっても自然に還元されるところは不変。

叩き、軸、あご、ふところ、先、返しなど構成する形状も大きく変わっていない。最近では結んだハリスの滑りを防ぐため、軸上部の叩き下へギザギザの溝を付けたり、素糸方向へ伸びる糸と平行にV字型加工をしたものなどが見られる。

竹ののべ竿で釣りの初体験をしたのが幼少期だった50年前。その頃の大人たちは、こんな道具で磯釣りをしていたという事か。今現在の釣り風景と比較すると、もう歴史の教科書に書かれるか、歴史資料館に展示されるレベルの時代格差が見てとれる。

ひょいと高島へ渡り、磯から底カゴ仕掛けを遠投し、あの棒ウキがガバチョと消し込んで道糸が指を弾いて走り出すなどという釣りは、今の時代だからこそ実現できる醍醐味。先達が途方もない時間と能力を注ぎ込んでくれたからこそ達せられた、磯の大物釣りだという事を再認識する「釣ファン創刊号」だった。



foujitas at 09:08コメント(0)TB(0)釣ファン創刊号潮待放談 

BLOG foujitas
高島回顧録


ADMIN


必読オススメBLOG(^^)

いろいろ報告…錦帯橋

【プロフィール】
ふじたのぶお


最新のコメント
  • ライブドアブログ