2006年12月14日

高島コンクリ(別話)文教堂の跡

cb70e35d.jpg『高島散策ができる余裕の釣りができるようにならなくちゃ』いみじくも、こんな事をコメントしていた11月4日のエントリー。予期せぬ餌切れに時間を余し、背後の岩へ備えられた階段を上った。

そう、かつて高島に人々が暮らしていた痕跡を辿る、唯一の小径である。三十年前。肩を寄せて暮らす七戸島に人たちは、この道を歩いて海に出たのか。

浜田海上保安本部のホームページによれば、階段を上り、椿の林を抜けると当時の文教堂があるという。雨で足場はよろしくないけれど、やたらと興味を惹かれる道ではある。

整備されたコンクリートは新しく、山頂の灯台へ行くために拵えたモノだろう。椿の木々をくぐる高さまで上ると、雑木林は鬱蒼として行く手を阻んだ。見上げると、石垣がある。『あれか!?』

赤土にも似た斜面に、もはや道は見つけられず、滑落の危険を感じながら梢に手を伸ばし、断片的に遺されたコンクリートの道を辿ると、いよいよ土壁と軒が見えてきた。

しかしそれは無惨にも倒壊した後の廃屋であり、ちょっと手を触れただけでも崩壊してしまいそうなほど脆弱なものだった。たしかに文教堂は、ここにあったのだろう。廃屋跡を回り込み、中へ足を踏み入れると、私が立っていたのは倒れた壁に重なった甍屋根の上だった。

あの写真は、いつ頃撮影されたものなのだろうか──。30数年という大して長くない年月でも、木造家屋は風雨に晒され、見る影も無いほど老朽するのである。高島の気候風土が如何に厳しいものだったか──ふと思い知らされた刹那だった。

きっと、この奥に広場があり、集落の跡もあるのだろう。見てみたい気持ちと、そっとしておきたい思いが交錯し、しばし逡巡した。

また来よう。高島の人々の伝説が本当だった事を、この目で確かめることができた。それだけで充分に満たされた気がしたのだった。

コンクリで坊主を喰ったおかげと云えば、まちがいなくそうなのだがねえ。(とほほ)

foujitas at 11:59コメント(2)TB(0)高島回顧録 | 潮待放談 
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コメント一覧

1. Posted by green_apple   2006年12月17日 16:47
こんにちは^^

ここ数日バタバタしていてこの記事を読むのが遅くなってしまったのですが、実は「待ってました!イニシエの高島実況!!」という感じです^^
もちろん、ふじたさんの釣果が上がることがイチバンではあるのですが、“ふじたさんが目で見てきた昔の高島の跡”をブログで読めたら良いなとずっと期待していました〜。(連敗の末のレポートなのに不謹慎ですみません^^;)

文教場はだいぶHP掲載写真より無残な姿だったのですね…。昔は賑やかな声や足音が響いていただろうに…と思うとなんだか悲しい現実ですね。
私も「そっとしておきたい思い」に同感します。
でも、どんなに崩れた壁や屋根があろうとも、その下にある高島の地は当時の記憶をそのままにしている(いてほしい)でしょう!
2. Posted by ふじた   2006年12月17日 17:19
こんにちは^^
コンクリと呼ばれる磯へ上がったとき、その階段は見えました。運良くというか悪かったのか、いみじくも探検する時間を得て登ってみたのでした。国土地理院の地図によると、道の先には灯台があり、島の中腹をぐるりと廻るように辿っているようです。
文教堂は、海上保安本部のウェブページにもあった通り、まさしく自然に帰ろうとしていました。木と土で造った家屋ですから、大地や樹木に同化していくような様でした。
高島という場所に思いを馳せ、古の人々へ感謝を込め、きっとまた訪れたいと強く思った刹那。ずいぶん前ですが、アイルランドのアラン諸島を訪ねたことがあります。そのときの感想に相通じるような──そんな高島でした。
拙著:【紀行】アラン探訪 そして英国へ
http://www.fujitagroup.com/content/aran.html

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