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2019年01月03日

リケの「カニジウス校の思い出」

2018年リケの新婚旅行パンフ用
『カニジウス校の思い出』

2008年の訪日オーケストラのメンバーの一人、ヴァイオリン担当のフリーデリケさんは2019年のカニジウス校オーケストラの再来日事業の成功を祈り、同校の思い出について日本語で記してくれました。


私はカニジウス校を2009年に卒業しました。もう9年間なのに、いつでもカニジウス校に行った時期についていい思い出をいっぱい持っています。

14歳の時に、私はベルリンへ引っ越しして、9年生としてカニジウス校に入学しました。普通は5年生として入学するから、私は9年学級で一人の新しい学生で、ちょっと怖くて、不安でしたが、同級生も先生も始まりからとても親切にしてくれたり、不安な所で助けてくれたりしましたので、割と早く新しい学校生活に慣れて、安心できました。

カニジウス校に行く間に出来た友達は一番目のいい思い出です。

二番目のいい思い出は先生です。

私の先生は皆厳しかったですが、親切な、中正な、知識が多い先生でした。ですから、授業はいつも興味のあり、有益でした。いっぱい勉強できて、大学も頑張れるようになる予習でした。

三番目のいい思い出は外国語、そして殊に日本語を勉強する可能性です。

私は数学や物理学などより、外国語の方が得意で、好きです。カニジウス校でラテン語と英語だけではなく、フランス語と日本語も勉強できて、本当に良かったと思います。ドイツの学校で日本語を勉強できるのは非常に珍しいです。ですから、私はカニジウス校で日本語が勉強できて、本当に幸せと思います。日本語の授業に参加しましたから、ドイツと全く違う国語や文化や歴史を発見しました。日本語の授業の一環として、私は1617歳の時に日独交換留学に参加しました。この際に初めて3週間日本へ行ってきて、日本が大好きになりました。帰国後また日本へ戻りたいようになって、学校の卒業後一年間日本でボランティアとして働くようになりました。そして、大学で日本学を勉強するようになりました。カニジウス校での日本語の授業の中枢部はもちろん私の先生、梅津先生、でした。他の先生のように厳しかったですが、とてもいい先生でした。カニジウス校の先生の中に私が一番好きな先生でした。もう9年間前に卒業したのに、今もお互いに交信したり、会ったりします。梅津先生も私の結婚式にいらっしゃってくれました。

最後のカニジウス校のいい思い出はオーケストラのサークルです。

私はバイオリンを弾いていて、オーケストラに参加する間に、きれいな楽曲を弾いて、楽しい演奏は多いでした。一番楽しい体験は日本への2週間の演奏旅行でした。日本に居る間に日本の音楽家に会って、一緒に演奏をしました。私のオーケストラの音楽家も日本の音楽家も大体に相互国語が話せなかったのに、それでも一緒にきれいに音楽を弾けましたから、私は音楽には文化の壁を超える力があると分かるようになりました。とても有益な経験でした。

 

カニジウス校に行く間にこんなに多くの素晴らしい思い出ができて、心を込めて嬉しくて、有難いと思います。

(原文のまま)

 

フリーデリケフィリップ

 



fowy at 23:08 

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