2005年12月08日

時間のつくり方、およびその使い方についての考察

生けとし生けるもの全てに平等に持つことを許されるもの、それは時間だ。
1年365日、1日24時間、天命をまっとうするまでに等しく与えられる。

さらにはその与えられた時間を自由に使う権利も同時に与えられ、我々は可能な範囲で自分にとり有意義な形でそれを扱うことができる。

与えられた時間が有限であるからこそ、その日1日を振り返り満足感に浸ることもあり、はたまた後悔することもある。


しかし同じ時間を過ごすのであれば、やはり満足のいくものでありたいと思うのは人の常。私も当然そう思う。
人間共同体の中で生活をする以上、どうしても割かなければならない時間というものがあって、それは仕事であり、研究であり、自らの立場、役割に応じてなんらかの固定時間が存在するはずであるが、まずはその時間を納得のいくように使いこなすのが満足感を得る第一歩である。

次いで、そして最も重要になってくるのが自由時間だ。これは本来の意味で自分の好きなように使える時間のことで、これに確保できる時間というのは、ひとそれぞれで平等なものではない。
社会人ならば、会社から帰ってから寝るまでであろうし、ニートならば起きてから寝るまでであろう。
この時間の確保は非常に難しく、かつ重要な問題で、それこそ人生のメリハリを支える上では大きな役割を担っていると言える。
別に多く時間があればいいというわけでもないが、それでも少ないよりは多いに越したことはない。


ではどうすれば多く確保することが出来るだろうか?
答えは簡単で、眠らなければよい。1日6時間眠るとすると、いつもより6時間多く自由時間を確保できるということだ。

すばらしいアイデアである。



ということで今日も徹夜をしたわけである。
別に寒くて帰るのが面倒になったとか、暖かい鍋を食べていて終電を逃したとかいう理由で徹夜したわけではない。
が、実際夜中に何をしたかを思い出してみると・・・湯豆腐を作って食べる、友達とバカな話をする、申し訳程度に勉強でもしてみる・・・と、あれ?意外とたいしたことはやってないな。

今手元に残っているのは、徹夜したという事実による満足感と今日をどうやって過ごそうという漠然としたモヤモヤ感、若干の後悔のみ。

ん、まあ後悔した時間があればこそ満足いったときの達成感はひとしおであろうし、こんなこともあっていいだろう。

少し小じわの増えた干し柿は、眩しい朝日と木枯らしを受け今日もぶらぶらと体を揺すっていた。
そんな1日。  
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2005年12月03日

風のとおり道

はっ!気づけば12月。


早い早い。今年もあと30日を切ってしまった。

早い早い。このページを放置して2ヶ月程経ってしまった。


知人にこのページをほったらかしすぎ、というようなことを言われるまでこんなブログを作ったことすら記憶から忘却していた。


早い早い。脳の老化にはまだ早い。


学校に泊まったり、徹夜したりといった不健康極まりない生活を続けていたので、時間間隔というものが欠如していたのだろうか。否、それだけ研究室生活が充実しているということだろう。そうに違いない。

しかし、いくら曜日感覚が無くなろうとも忘れてならないのは金曜の夜、すなわち昨日の夜。

さすがにバイトの曜日くらいは体が覚えてしまっているらしい。この日ばかりは早々と荷支度を済ませ、時刻表を確認。最適な電車の時間帯をチェックし研究室を出る時間を逆算する。全く無駄のない一連の作業を終え、ついでに図書館で借りていた本を返そうと、設定時刻より少々早めに部屋を出る。とそこで、


”あれ?シフト土曜に変わったって言ってなかったっけ?”


!!


早い早い。脳の老化にはまだ早い。


記憶は脳のどの部分を通って外に出ていっているのだろうか。
すっかり失念していた。これで週末を楽しめると騒いでいたばかりではないか。
24日と31日が土曜でえもいわれぬ虚脱感に苛まれたばかりではないか。


寒い寒い。師走の夜風は身も凍らせる。


始発を待つ私に微笑みかけてくれるのは、窓際の大きく頬を赤らめた干し柿だけだった。
そんな1日。


  
Posted by fragrance_of_memories at 01:53Comments(2)TrackBack(0)研究室

2005年10月14日

我何想虹

気づけば回りは秋模様。
明日から授業も始まるので、形式上の夏休みはもう終わり。
だからブログの夏休みも、もう終わり。

どうせほとんど見られてないだろうけど、また細々と再開しようか。

これに書き込むのも、ほぼ一月ぶりくらいであろうか。
始めは家のパソコンの調子がよくなく、ネットにうまく繋がらなかったことに始まり、学校でも9月中にやっておきたいことがあり、あまりパソコンを使わない日が続き、徐々にインターネットの世界から遠ざかっていったのだ。
9月も後半になり、家のパソコンの調子もよくなり、学校でもパソコンを使ってたのだが、なんだか面倒でずっと更新しないままになってしまった。

やはり人は慣性、というか惰性に支配されているんだとつくづく思う。
同じことを繰り返し、それに慣れてしまうと自分とは無意識のうちに同じことを繰り返してしまう。
楽、苦痛なんて関係なく繰り返すのだ。
今までも惰性でなんとか更新してきたが、暫し間が開くとどうもやる気がしない。

それは、これから少しずつ取り戻していこう。



さて、先述のとおり明日から授業が始まる。また早起きの生活が始まると思うと、どうしても憂鬱になる。これもやはり惰性による所が大きいのだろう。
昼前にのんびり登校できたこの2ヶ月間が懐かしい。

夕方そんなことを研究室の同期と話しながら外をぶらぶらと歩いていると、雨上がりだったからであろうか。目の前に大きな虹が架かっていた。

薄暗く、殆ど雲に隠れた空の中に、ほんの少しだけ見える晴れ空の光を精一杯反射して輝くその姿を見て、ただただその大きさ、美しさに感激するばかりであった。


こんな虹を見たあとでは、今までの悩みなどまことちっぽけに感じられるから不思議である。
まあ健康的な生活をおくることができると思えば、悪いことはないか。前向きに考えよう。
目下の目標は、明日寝坊しないことくらいか。
絶好のスタートダッシュを切るべく、今日は早寝を誓う。
そんな1日。  
Posted by fragrance_of_memories at 00:09Comments(0)TrackBack(0)日々の出来事

2005年09月09日

睡魔とやる気とアルコールのうつリズム

今日の3限から、英語の教科書を1年かけて一冊読みきってしまおう、というゼミ形式の授業が再開されると知り、予習に着手したのが昨日の午後6時。

その予習はなかなかにめんどくさいもので、とりあえずは本を読んで大まかな流れをつかむ。それから途中式の計算のフォローをし、物理的考察を考える。最後にそれらをTeXでまとめるという、今文章に書いているだけでもうんざりしてくるようなものなのだ。
当然すぐに出来るわけもなく、今日は学校には泊まりたくはなかったので、家で残りをやることにした。


私が家で課題をやることはほとんどない。誘惑の多い部屋では集中できないからだ。
しかし、状況が状況。やるしかない。


が、最近体調もよくなり真面目に朝から学校に行っているせいか、家に帰るとどうも眠くなってしまう。
朝はわりと早く起きるのに、夜寝る時間は遅いせいだろう。
しかし、それはいつものことなのだ。いつもは眠気は感じるものの、家に帰れば自分の好きなことを出来るから、特に気にもならずついつい夜更かしをしてしまう。言い換えれば、夜更かしをすることが出来る。

だが、好きなことではなく、課題をやらないといけないと思うとなかなかモチベーションが上がらない。
好きなことじゃあないのだからそれはそうなんだろう。
と言って、そのまま寝てしまうわけにはいかない。そこで、しかたなく奥の手を使うことにした。


それは、アルコールである。
状況にもよるが、私はアルコールを飲むと基本的に頭が冴え、眠気が飛ぶのだ。
ただ、ビールなど度数の低いものはあまり効果がなく、ある程度まとまった量を飲まないとならないし、さらに酔いがさめてくるとともに眠気もいっしょに戻ってくるという欠点もあるのだが。
まあ今はこれに頼るしかなかろう。

くちの広いグラスに、かち割りの氷を多めに入れ、先日日帰りで実家に帰ったとき持ってきたウイスキーの角瓶を七部ほど注ぐ。
村上春樹の小説にもよく出てくるオン・ザ・ロックというやつだ。
美味しんぼにも書いてあったが、ウイスキーの本当においしい飲み方は、水と1:1で割る所謂トゥワイス・アップとうやつらしいのだが、別にいいのだ。
ロックの方がなんだかきれいな気がするし、私は好きなのだ。


ともかくそれをいただく。

・・・

うむ、角瓶はやはりうまい。コストパフォーマンスを考えるとこれがウイスキーでは一番旨いように思える。
ついつい飲みすぎないよう注意しながら、味わう。

2杯ほど飲むと、心地よい浮遊感を纏っている自分に気づく。

これだ、この感じだ。
よしよし、なんとか予習できる状況が整ってきた。
机に向かい、本を広げ、開始する。

・・・

・・・

おお!驚くほどに調子よく進む。
これはすごいな。今度から家で何かをするときは、奥の手を解禁するか。
式のフォローまで順調に進み、アルコールの作用も相成って非常に気分がいい。
最後にPCでまとめるのは明日の朝学校でやろうと、ここで切り上げるのはご愛嬌。


さあ、眠くなるまで何か建設的なことをやろう。万全の体勢で今日を迎えることの出来た自分に乾杯と、もう少しオン・ザ・ロックをいただく。
そんな1日。

  
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2005年09月07日

台風一過

本日は台風も去り、電車も通常運転になり、なによりである。

昨日やりたかったことと、今日やろうと思ったことをコツコツと片付けてはいるのだが、これがやはり量が多い。
小さいときは台風が来ると学校が休校になると大喜びで、天気予報を見ながらよく台風の応援をしていたものだが、この年になると、そうでもないようだ。
こなすべき量は変わらず、こなす時間が少なくなるのはよろしくない。

しかし、昨日は思わぬ休日が出来たおかげで、少し前に買ったゲームをずいぶんとやることができた。
今までは、学校から帰ってから1、2時間程度のプレイを繰り返すという大学受験前の学生のような、ちまちましたやり方だったので、なんとも味気なかったのだ。
やはりまとまった時間をとってやった方が、その世界にどっぷり浸かることができてよい。


今やっているゲームは、名を’テイルズオブレジェンデイア’という。
このシリーズはなかなか息が長く、初作が出たのは私が中1の冬まで遡り、以来欠かさずやってきてる。

このゲーム、ジャンルはアクションRPGで戦闘を楽しむというのが、まあ目的ではあるのだが、前々作、前作、いやそれよりも前からストーリーもなかなか考えさせるようなものになってきた。
物語の根本に、2つの種族間争いがあり、それからよくあるような世界規模の問題に
発展していくというようなものだ。

昔のゲームっていうのは、所謂勧善懲悪の世界から成り立っていて、冒頭から絶対悪が存在し、それを退治するというものがほとんどであるが、最近はそうではなくなってきたようなのだ。
それぞれが、一人よがりでない理にかなった自分だけの正義を持ち、それを胸に自分の対抗勢と戦うようになってきている。そこには正義とか悪とか言った概念は存在しない。どちらか片方を我々プレイヤーが操作し、その視点から物事を見るので、便宜上悪があるだけ。もし操る人物が違えば、当然悪も違ってくるのだ。
それだけにやりがいがあるし、色々と考えさせられる面も多い。


こういったことは、容易に実生活での話に飛躍される。
自分が良かれとやったことを、良くは思わない人は必ずいるし、その逆もあり得る。価値観はあくまで相対的なもので、絶対的な尺度なんてものはないのだ。
近年の科学の発展で、時間だって相対的なものだというのだから、人の考えなんて曖昧で形の無いものが絶対的であるはずがない。

たまたま近い尺度を持ち合わせた者どうしが、徒党を組み、ともに行動し何かをやっているだけだ。
その尺度に合わないものを排斥するという行為、すなわち戦争は、やはり醜いし、やってはならぬと誰しもが思えることである。
が、今は客観的に見ているからそう思えるだけで、いざ自分が当事者になってみると、果たしてそんな他人事な口調で物事に立ち向かえるだろうか。
それはわからない。100%立ち向かえるとはもちろん言えない。


だから、ゲームをやる度考えるのだろう。答えを知っていれば悩むことなんてないは
ずだから。
その答えを探すべく、今日もゲームに勤しむために、早くやることをやってしまおうと決意する。
そんな1日。

  
Posted by fragrance_of_memories at 20:00Comments(3)TrackBack(0)ゲーム

2005年08月31日

祭りのあと

部活の同期のへんなやつがキャンパス移転に伴い引越しをするとのことで、その手伝いに借り出された。

引越しといえば、どうせ業者に頼んでるから、そんなにすることはないだろうと気楽な気分で家に行って見たのだが、どうも状況は私が思っていたものとは大分違うようであった。

集合時間本人は部屋にいないようで、しばらく外で待機していると、マンションの前に、上下繋がった作業着を着ているおじさんがトラックでやってきた。何事だろうと近づいて見ると、なんと作業着親父がへんなやつ本人だったのだ。
なんでも荷物がそんなに多くないから、トラックを借りてそれに自分達で荷物を積み込んで、持って行くとのこと。

まったくバカなことをやってくれる。部屋は6階なんだぞ!
とまあブツクサ文句をたれても状況が変わるわけでもないので、作業にうつることにした。作業員は他にこれと多留の4名。
2人ずつ分かれ、一組が部屋の荷物をエレベータに乗せ、もう一組がそれを下で受け取り、トラックに乗せる。

こういった類の作業は部活柄よく行っていたので、皆お手の物。
規模も小さなもので、思いのほか早く終えることが出来、作業着親父もご満悦の様子。

とはいえ炎天下での作業だったということもあり、一休みしようということで、荷物の運び終えた部屋に一同戻ってくることになった。


そこにある景色は、今までとはあまりにかけ離れた静かな風景。
何もない部屋っていうのはやはり寂しい。
ただ何もないから寂しいのではなく、今まであったもの、機能していたものがその役目を終えた姿を見るのが寂しいのだ。
この部屋にも実に色々お世話になった。
床についた長年敷いていた机やベッドのあと、壁のキズなどがそれらを物語っている。
それは、祭りのあとの静けさに似ているものかもしれない。
自分も学部2年の終わりの頃今のアパートに引っ越すとき、前のアパートがあまり好きではなかったにもかかわらず、引越し前日はなんだか感慨深い気分になった記憶がある。
作業着もやはりそうだったのだろうか。

部屋に最後の挨拶を済ませ、いざ新居に向かう。


眠ってしまいそうなほど単調な田舎道を抜けると、そこは・・・やはり田舎だった。

祖母の家を彷彿とさせる田舎屋敷の中に不似合いな新築のコーポ。
最寄のコンビニにバイクで15分。

・・・

・・・

同情はするまい。彼は強く生きていけるはずだから。

始めと同様の手順で荷物をおろし、部屋に放り込んだ。

充満するなんとも言えない芳香が、部屋が新築であることを強調する。

数年もすれば、ここにも様々な人の思い出が刻まれていくんだろうな。
ただ外を遮っただけの空間は、人が生活を営むことではじめてその人が刻み込まれたその人の固有空間となり得る。当然愛着も沸き、従って別れを悲しむことも出来るようになる。
残りの1年半、この部屋を彼色に染めきってほしいと思った。


帰り道、たまには自分の部屋でも掃除をしてみようか、と考えていた。
そんな1日。
  
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2005年08月29日

大人の階段

風邪とバイトが相成って、今週はいつもに比べると格段にきつく、いそがしかったように感じる。
学校にもほとんど行っていない。
風邪の辛さを再認識した週間であった。


何がそう感じさせたかというと、テレビゲームをやる気がしないのだ。
といってもただのゲームではない。発売日に買った新作ゲームを、なのだ。

今年に入ってからほとんどやっていないとはいえ、こちとら親の次にゲームとは付き合いが長い。切っても切れない仲ということだ。
新作を買ったときは、食事もとらず、授業にも行かず、最低限度の睡眠時間しかとらずにやっていたというのに・・・

たかが風邪如きでこうもモチベーションが上がらないとは・・

さらにショックなのは、小学生の時は、風邪で休んで熱が39度あっても嬉々としてゲームをやっていたという事実。

事実として脳内に存在するも、それは今から考えると疑いたくなるような事実。
そう、それはまぼろしであったかのよう。
子供が大人になるのは避けられない事実。
まぼろしも、いつしか現実に回帰することを余儀なくされるもの。


これが大人になったということなのか?


自分ではよくわからない。ただ、好奇心よりも睡眠欲が勝っていただけだろう。徹夜のバイトで使う体力を温存しておくために。
でも、それが大人になったということなのかもしれない。

大人とは何かを失うこと。
何かを犠牲にして、今までもそしてこれからも生きていくのだろうな。
失うことを悲しむよりも、得ることを喜べる大人になりたいものだ。
そんな1日。



  
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2005年08月23日

天使がくれた休日

いつもいつも忘れた頃にやってくる。なんの前触れもなくやってくる。
それは年に大体1度、夏のこの時期にやってくる。
もちろんサンタクロースではない。彼は小学3年生の頃から見かけなくなったから。


夢を忘れ、現実を受け入れた自分にも容赦なくやってくるもの、それは・・・風邪である。


ふん、なんだそんなことか、なんて思っている奴はいないか?ええい黙れ黙れ、風邪とてあなどることなかれ。悪くすれば死に至ることだってあるのだ。


日曜からどうにも体の調子がよくなかった。そのときはあまり気にしないでいたのだが、今日朝学校へ行こうと布団から出た途端に後頭部に走る旋律を感じ取ることが出来た。強烈な頭痛と眩暈だ。


とりあえず今日は学校は欠席し、闘病に専念することにした。
体に鞭打ってコンビニへ行き、ポカリスウェットとウィダーインゼリーを買う。
我が家では風邪の日はポカリと決まっていたのだ。これで準備は整った。
布団に戻り、本能の赴くままに、目を閉じた。
しばし経てば、熱も引くだろう。


それにしても、何が原因だろうか。先週の連荘バイトか、それとも土曜のビアガーデン→カラオケか。
考えて見ると、どれもこれも原因のような気がしてならない。

が、こんな考えを巡らすのも毎年のこと。もはや恒例行事だ。逆に言えば、今風邪を引いたから、今年はもう大丈夫だというバロメータでもある。


そしてまた、これも毎年思うことだが、健康ってものはものすごく有難いものなんだなっと思うのだ。これは、体調を崩してみないとわからない。
年に1度、365日分の今日という日があるから、その他の364日を感謝しつつ無茶できる。
こんな日も悪くない。

事実夜目が覚めたときには随分熱が引いているし。こうしてブログも書くことが出来る。

それにしても、なんだかいつもよりもブログの文字が大きいように見えるのはなぜだろう。まだまだ完治してないようだ、無理せずゆっくり休養をとることにしよう。
そんな1日。


  
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2005年08月16日

空は遠く、果てしなく

電車旅の続きでもと思ったが、今日は書きたいことがあるのでそれを少々。


日付変わって昨日は、同期Mの命日だった。

あっという間の1年間。

それはあまりにも鮮烈で、完全な形で私の心に残っていたため、言葉にも文章にもすることが出来なかった。

所詮文字は不完全なもの。それで表すことの出来るものもまた、不完全なものでしかないのだ。

あれから1年経ち、当時の感情は時間と慣れというオブラートに幾重にも包まれ、ようやく文章でも表せるようになったような気がする。


彼の死後も、我々はいつもと変わらない毎日を過ごしている。
もちろん2,3日は院試の勉強はおろか、何もやる気がしなかったが、いつまでも立ち止まってばかりはいられない。前に進む努力をした。

そんな何事もなく進んでいく日々のなかでも、ふとしたきっかけで彼の記憶が蘇る瞬間というのが多々ある。

彼にしてやれることがあったのでは?ということは考えないというふに決めてきたものの、そういった瞬間はどうしても考えてしまう。
割り切ることなんてなかなか出来るものではない。そんなに強い人間ではないのだ。


時が経つにつれ、そんなある種罪悪感のようなものは、薄れていった。
誰の指図も受けず、ゆっくりと前に進んでいく時間の流れに、自分もまた乗っているからだろうか。
それは良いことなのだろうか。悪いことだろうか。
それはわからない。
ただただ忘れていくことが悲しいのだ。

残された自分が、彼のために出来ることは、いつまでも彼のことを覚えていることだけだ。
欠かさず墓参りに行こうと誓った。



14日、2度目の墓参りに同期5名と訪れた。

お供え物と花を彼の墓前へ供える。
そこにはすでにその数日前に来ていた同期第一陣の持ち寄ったものが置いてあった。
黒霧のワンカップの蓋が開いており、中身が半分なくなっていた理由はここでは書くまい。

先祖の墓参りのときは何も感じることなく、ただ決められたとおり線香に火をつけて祈っているだけというふうなものであったが、彼が亡くなってからはこういう行為の一つ一つが、ものすごく重要なものに思えるようになってきた。

一通り終え、一路帰路に着く。
帰り道は、おそらく今までで一番彼のことを考えていた。


明日からも変わらぬ生活、でも彼のいない生活。
死んだMはそんな皆をどういうふうにみているのだろう。

自分が死んで、あの世に行った後Mに会って、胸を張れるような人生を送りたい、いや、送れるように前に前に進んでいこう。Mに笑われないように。
そんな1日。


  
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2005年08月15日

最果ての富士に告ぐ

山梨県は河口湖、富士山の麓にあるホテルの一廓を間借りしての4日に及ぶ研修、研究発表。
そこでは、実に様々なことを学ぶことが出来た。
研究面はもちろんのこと、主にそれ以外のことの方に重きを置いてきた期間だった気がする。

他大学の方々との交流、これが自分にとって一番の刺激となった。
まずは研究について。まかりなりにも研修で旅立ったのだから、これははずせない。
自分たち以外は、ほとんど実験系の研究室出身であったので、そちらの専門の話は解らないことだらけだったが、賢い人間はどこまでも賢いのだな、と思い知らされた4日間であった。

やはり東大の学生はよく勉強している。
研究分野のことは、すべて網羅しているのではないかという博識っぷりだし、将来の自分の研究者像というものをしっかりと描いて日々の研究生活を送っているのがありありと伝わってくる。
研究以外は何も目に入らないと言うセリフを聞いたもんだからもうたまらない。
無し崩し的に大学院に進学した私には、彼らの背に後光が差しているようにすら思えた。
見習うべき点は大いに見習い、今後の刺激剤にしていきたい。


とまあこれが今研修会に於いての真面目な部分。
次からが本題の不真面目な部分だ。


たしかに、よく勉強をしている人が多い東大であるが、実はそれよりも遥かに多くの人は、どうしようもなく遊びほうけているようだ。
そのグループはさらに大きく二分割することが出来る。
遊びながらもきちんとやるべきことをこなしている者、遊んでいるだけのもの、という具合だ。

前者の方が最も理想的なパターンであろう。
学業本業の身分とはいえ、これが最後の学生生活。あと数年もすれば否応無しに世間の荒波に揉まれることになるのだ。この次期にしかやれないことをやるのも学生の仕事であり、特権でもあるのではないかと思う。
果たして私はこちらのグループにカテゴライズされているだろうか。まだまだしっかり研究しているとは言えないな。研究以外の方は充実しているのだが。
残りの8月、そして9月のわりと暇な時間を有効に使おう、そう決心した瞬間であった。


そして後者。
これはもう・・すごいとしかいいようがない。
尊敬してしまうほど遊んでいるのだ。1,2週間に1度しか学校に行かない者もいるようだ。
この中でも、ある種天才的頭脳を持った人間は、遊びの合間の刹那的瞬間にやることをやっているらしく問題はないそうで、さすがは日本の最高学府と思わずにはいられないが、そうでない人間はもう悲惨なものだ。
講演内容は、用語すらわからない。同室メンバーでの意見交換にも着いていけない。
教授に見捨てられ、自分の研究テーマがない。
こういう人たちはどうやって修士論文を書くのだろうな。

窓辺から雲がかかってぼやけた富士山を見ながらボソボソと呟く姿は、なんだか哀れに思ったが、自業自得である。仕方がない。
こういうふうに人から見られるのは勘弁だな。やるべきことはしっかりとやる、学生とはいえもう立派な大人なのだから。
どんな人からも学ぶべき部分はある。
彼らには大事なことを教わった気がした。



しかし、そういった様々な人も、夜になり酒を酌み交わせば同じ男。
研究そっちのけでバカ話に花を咲かせる。
くすりとも笑わない、無骨で無口な九州人を立派に演じてみせるつもりが、開始3分ではやくも崩壊。
部活の同期飲みのようになってしまった。
学校や出身といった隔離された離島にいとも簡単に橋を架けることの出来るアルコールというものは実に凄いものだ。

連日連夜にわたる飲み会を経ると、彼らとはまるで昔からの知り合いのように仲良くなり、悪質な冗談も気軽に?言い合える仲となった。
遠い地に知り合いが増えることはいいことだ。
部門は違えど同じようなテーマを研究しているから、気軽に意見交換が出来るし、何かの機会に出会うことが出来れば、また飲むことも出来る。
こういった出会いを大切にしていきたい。


長旅の疲れを忘れさせてしまうほどに、それに勝る思い出の出来た研修会。
この出来事が今後の自分の血肉になっていくことを切に望む。
そんな4日間。


  
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2005年08月14日

日本の車窓から −起後−

徹夜のまま迎える朝。
一切の睡眠をとらず、極限まで喉と肝臓を酷使した身にとり、眩しいばかりの朝焼けはこうも痛々しいものか。

とても自分のものとは思えぬ体を引きずり、一路大阪駅まで向かう。

実は大阪ではここでは書けないほど様々な出来事があったので、それについては後日ゆっくりと話すことにしよう。


散々悩んだ結果、どうしても鈍行だけでは規定時刻には間に合わないと言うことで、しぶしぶながら、新横浜までは新幹線を使うことになった。
これであれば、2時前には目的地に到着することが出来る。
ただ、新幹線は区間料金を18切符でまかなうことが出来ないので、その出費は大きな痛手になったのだが、昼からの講演がこの研修で最も聞きたい内容だったので、致し方ない。
時間をお金で買えるのなら長い目で見ればものすごい得になるはずだから。


脱兎の如く、関東圏内まで駆け抜け、そこからは東京回りで山梨まで向かう。
この辺までくると、乗車客の数や車両数もこちらとはケタちがいで驚かされるばかりだ。


中で一番驚愕したのは、おそらく夏休みを利用して遊びに出かけているのであろう小学生の集団である。
まずもって会話の内容がませていることこの上ない。
お父さんの会社が不景気で、私の前では平気な顔をしているけど実際は苦しいらしいだの、その影響がこずかいに響くのは勘弁だの、そんな会話を関東風のスカした口調で話されるからたまらない。
さらには背負っている鞄に書かれたプラダの文字・・・

時代は大きく変わってしまったのだな。自分が子供のころなど、日が暮れるまでけいどろをやったり、火薬銃の火薬を穿り出して爆弾を作って遊んだりと、実に子供らしい日々を過ごしていたもんだが。
土地の影響もあるのかもしれない。
あのセリフもコテコテの博多弁だったら、なんとなく親しみがわいて笑って許せる気もするのだ。
やはり子育ては地元に限る。是非自分のことをオイドンと言うような、無骨な九州男児に育てたいものだ。


そんなこんなで数度の乗り換えの後、ついに目的地河口湖へ到着。
道中眠くてかなり厳しいものがあったが、やはりゴールに着くと何かしら心にグッと響くものを感じる。
何かをやり遂げた喜び、それはまるで登山で山頂にたどり着いたときのように。

帰りのことは考えるまい。4日間自分に出来ることをやろう。
他大の人や、最先端の講演に心を馳せ、いざ会場であるホテルへとむかう。
そんな1日。  
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2005年08月13日

日本の車窓から −起前−

先週の日曜日から、研究会とやらで河口湖まで行ってきた。
メンバーは自分を含む研究室の同輩3人。
交通手段は・・・鈍行である。


同輩達は電車で遠出をしたことがないらしく、いい機会だし、青春を謳歌しようとか、お金がもったいないとかわけのわからないことを言って、あれよあれよという間に電車旅行に決定してしまったのだ。
お金は研究室から出るから、リッチに行こうという私の意見など聞く耳持たぬという様子で2人は当日の予定などを楽しそうに考えている。


しかし鈍行の旅というのは、これでなかなかに厳しいものだ。
これを見ている人々は8割方部活関係者であろうからもちろんご存知だろう。

四国までの半日旅でも、私はお腹一杯だったのに、今回は関東だ。
軽く見積もっても、休憩などを考えると、片道だけで丸2日かかってしまう。
往復で4日間電車に乗りっぱなし・・
考えるだけで憂鬱になる。


とまあ文句ばかり言っても状況が変わるわけでもなく、どうしようもないまま出発の朝をむかえ、朝も早よからなし崩し的に電車に乗り込んだのであった。


下関から山陽に乗り換え、大阪まで行くのが本日(日曜)の目標。
この日の楽しみは、広島風お好み焼きと大阪風お好み焼きを食べ比べることだけである。

旅費をケチる分、食費をおおいに浪費しようと決めていたので、朝食は下関で買ったふぐ弁当とビール、昼食は広島焼に生ビールと自分に出来る範囲の贅沢を尽くした。

ビールは電車旅の必需品だ。これがないとただでも気乗りしない旅がさらに悲惨なものになる。都合よく同輩も酒好きなので、車内の振動も相成り、皆良い心持で移動を続けた。


幾度とない乗り換えを繰り返し、やっとのことで大阪駅に到着。
感無量の一言である。

早速お好み焼き店を探し、1番高いものを注文。生ビールとともに頂く。
やはり本場は本当においしい。
これではもう家であまりものの野菜を混ぜ込んだお好み焼きは食べれないな。
これだけで、電車もいいなと思うようになってしまった。人間なんて現金な生き物だ。この後どんなことがあるかも知らずに・・・


毎度の如くカラオケボックスという宿も確保し、長い長い日曜は終わりを迎えようとしていた。
そんな1日。


  
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2005年08月05日

金曜の憂鬱

完全週休2日制が当たり前となった現在、金曜日が週の終わりとなる。
それまでの4日間、どれだけきつかろうともこの日を迎えれば、そんな疲れもすぐに吹き飛ぶ。
何せ待っているのは自由な土日だ。それは気分もよくなる。


でも私は金曜を迎えると、なんだか気分が重くなる。
理由は様々だ。

まずは授業で行われるゼミ。これが非常に面倒なのだ。
教科書も大して面白くないし、受講者が少ないので、毎回かなりの量を予習しなければならない。

さらに月曜に研究室の報告会てゼミがあるので、それにも着手しなければならない。もちろん金曜だけで終わるわけはないのだが、それでも足がかりだけでも付けておかないと、土日に負担がたまってしまう。


そして何よりの負荷はやはりバイトだろう。
いざ始まるとそうでもないのだが、行くまでの何とも言えないあの感覚は1年以上たった今もどうにも慣れない。
さらに、次の日は徹夜明けなので、相当気合いを入れてないと夕方まで寝てしまう。
まあこれは、大学院に進学してから直さざるを得なくなったので、平気なのだが。


とまあ週末はいつも以上に密度の濃縮した日なので、中高時代のように休日を迎える楽しみを味わえないのはなんだか寂しい。
しかし、学生生活は毎日が休日のような気もするからそれはそれで良い刺激になっている気もする。

ようは考え方次第のようだ。

もの言えぬ感情と背中合わせのまま、来週からの研究会に向けての悪あがきを試みる。
そんな1日。

  
Posted by fragrance_of_memories at 14:27Comments(0)TrackBack(0)研究室

2005年08月02日

学生の本業

気づけば8月。
泣く子も笑う8月である。

とは言っても別段生活が変化するわけでもない。
起きれば支度をし学校へ行くし、そこでも今までと変わりなく過ごす。


ただ、少し違うところは授業がないところだ。
早起きを不得手とする私にとって、この半期の1限地獄から逃れることが出来たのは、この上ない喜びだ。

思えばまともに1限に行ったのは、学部1年の時以来ではないだろうか。
学年が上がるにつれ、ゆっくりと、しかし確実に起床時間は遅くなっていった。

大学生活にも慣れた3年の頃にはもう・・言葉にできない。


そんな私だが、この4ヶ月は本当によくやったと思う。自分でも信じられない。
その1番の理由は授業で出席という一言に尽きる。
学部の講義は出席などほとんどと言っていいほど取らなかったものばかりなのに・・・
理学部のあのラフさが懐かしい。


それにしても出席制度はどうにかすべきだと思う。そうしないと学生が聴講しないようなくだらない授業をやる教員側にも責任はあるのではないか?出席点が6割などなめているとしか考えられない。


私は学部時代実に多くの講義を所謂無断欠席してきたが、その分別に時間をとって自分でやっていたし、まあ死なない程度に点数もとってきたつもりである。
それに毎年これはなかなか、というような講義が一つや二つあって、その講義には何があろうとも出席してきた。


それでいいではないか。
重要なのは、講義に出ることではなく、講義でやる内容を理解することなのだ。
強制力を働かせないと何もしない学生は、何もしなければいい。別に学校側で何かしてやる必要はないのだ。


と、くどくど不満を書き綴ったが、その苦難ももうおしまい。10月まではじっくり朝寝を楽しむことが出来る。

目覚ましをかけずに眠る心地よさを明日も味わえると思うだけで、自然と頬も緩み、夜更かしに力が入る。
ずっと8月ならいいのにと思ってみたりもする。でも、今だけだからこそ、それが楽しいのだということもわかっている。今はただこの状況を真剣に楽しもう。
そんな1日。
  
Posted by fragrance_of_memories at 23:54Comments(2)TrackBack(0)日々の出来事

2005年08月01日

彦星のわすれもの

夢を見た。
大きな森の中にいる夢を。
木々の間にハンモックを吊るし、それに寝転がり読書やらなにやらをやっている夢を。

ハンモックっていうのは横になると下に凸の形に大きく歪曲してしまう。
これは腰の負担にならないのだろうか?ハンモックで寝た経験など今までにないからわからないが。

夢見心地にそんなことを考えていると、案の定腰、というか背中のあたりが妙に痛くなってきた。
ちかごろの夢は実にリアリティ溢れるものなんだなぁと少し関心していると、どうやら痛いのは夢の中の話ではなく、現実の出来事のようで、そこで目が覚めてしまった。


研究室で椅子を2つ並べての仮眠は、目覚めるといつも背中が痛くなる。これが椅子3つだと快適な睡眠が保証されるのだが、まだまだやることがたくさんあるので、あえて2つで仮眠をとったのだ。

実に平和な寝覚めである。


さて、気分を一転がんばろうと机に向かうものの、今まで一切気にすることもなかった回りのプリントの山が妙に気になり、集中できない。

このままでははかどらないだろうから、しかたなく片付けることにした。
これはいつか使うから・・なんていってとっておいたプリントを再び見た記憶などないから、重要書類を除いて全てゴミ袋に詰めていった。

そんなA4サイズの紙と一戦交えている中、その場に似つかわしくない、細長く中央上部に紐をくくり付けた紙が見つかった。


どうやら七夕の時に書いた願い事の余りのようである。

自分でも何を書いたか覚えておらず、表返して見てみると、


『日々平穏』


と一言書かれてあった。


笹の葉に括りづけずとも、私の願い事はしっかりと叶えてくれていたようだ。

願わくば、明日のゼミとプレ口頭発表の時までに平穏が持続することを、と願をかけつつ明日(今日)の準備を進める。
そんな1日
  
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2005年07月30日

人間万事塞翁が馬

バイオリズムというものがある。
どういう定義かは定かではないが、体調、運、その他様々な要因から導かれだした人間の浮き沈みのようなものだ。

いつもと変わらぬことをするにしても、バイオリズム次第でその結果は全く変わってくるという。

そういった浮き沈みでその日1日を振り返るなら、今日は紛いのない沈んだ日なのだろう。まだ1日は終わってないが。


昼過ぎに目を覚まし、食事を摂り、学校へ行くかと身支度を済ませ駅へと向かう。
うっすらと湿った空気が体にまとわりつく典型的な日本の夏といった陽気だが、適度に心地よい風が吹くので、それほど不快感はない。
電車は思ったほど混んでなく、窓際の席へ腰掛け景色を楽しむことができた。これぞ電車の醍醐味だ。

風景にも飽きて少々休もうとと瞼を閉じ、手を頬に付き、体を窓に傾ける。
この体勢に電車の微かな振動が内なる睡魔を呼び覚ます。



ふと気づくと、佐賀県まで来ていた・・というと誰かが大喜びなんだろうが、そんなことはない。下車駅の一駅前でしっかりと目を覚ました。

しかし、目の前に広がる景色は今までとは一転するものであった。

それはまるでどしゃ降りのアマゾン川を舟で渡っているかの如き勢いと騒音。
電車を降り、駅を出ても一向に止む気配はない。

駅から学校は目と鼻の先だが、そこから研究室までは結構距離があるのだ。
しかたがないので、最寄りのコンビ二で傘を買うことにした。

駅からの距離はだいたい20メートル弱。
普段なら何ということのない道のりを、今日ほど遠いと感じたことはない。

なんとか購入したものの、最早傘を使う意味があるのかというほど濡れてしまった。
それでもやっと研究室へ行けると、遠足の前の日のような軽い足取りで歩いていたら、

・・

・・

・・

ピタリと雨が止んだ。まさにピタリという言葉が相応しい。


はあ・・・あと10分駅で雨宿りしていればこんなに濡れなくて済んだのに・・後悔の念は後をたたない。

部屋へ到着し、シャツを脱ぎクーラーの前に干し、体をタオルで拭く。
ゼミの本はヘニャヘニャになる、友人にも笑われる、まったくとる行動すべてが悪い方へと流れているようだ。


明日からの運気回復に希望を抱きつつ、課題を進める。
そんな1日。


  
Posted by fragrance_of_memories at 16:28Comments(0)TrackBack(0)研究室

2005年07月28日

あくなき挑戦

やるべきことがたくさんあったため、思いがけずいつもよりかなり遅めの電車に乗って帰ることになった。
というよりもそのことに熱中し過ぎて、普段乗っている時間のものを逃したというのが正しい。

しまった、と思ったときには既に遅く、ずいぶんと後にしか電車は来ないようなので、研究室でしばし時間を潰す。


なんとなくパソコン等いじっていると、研究室の友人が何やら面白そうな夢物語(学問上の)を語りだした。
なかなか興味深い話で、私もこうなればもっとよくなるのじゃあないか?などと意見を出し、それについてまた考察というのを繰り返していた。

少量の知識を武器に、大規模のものを頭の中で扱うというのは、この上なく楽しいことで、そこから浮かんだ疑問等を調べたりすると、また新たな発見があったりと、得ることがとても多い。


時間を忘れ、議論を繰り返していると、気づけば電車の時刻までもうカップめんを作る時間も残ってないことが判明。


しまった!次に来るのは40分後なのだ。これはかなり厳しい。


私も男だ。一か八かの勝負に出ることにした。
男っていうのは闘いに身をおいて生きていくものだから。


全力で研究室を駆け出す。エレベータは当分きそうもないので、階段を駆け下りる。
建物を出て、いつも通り抜ける建物の扉に手をかける、が、扉はすでに施錠されていた・・・

なんてことだ・・もう駄目だ、と弱気になってみたりもしたが、諦めたらそこで試合終了だ。めげずに駆け抜けた。



いよいよ横断歩道を渡れば駅は目の前というところで、

願いもむなしく電車は去っていった。


「・・時・・分発〜行電車が発車します。・・・」


駅員は、'闘う男'の内なる慟哭と哀しみの心などなにも理解しようとせずに、そんなことを言うばかりだった。
そんな1日。

  
Posted by fragrance_of_memories at 00:46Comments(0)TrackBack(0)研究室

2005年07月25日

なんちゃってサプライズ

それは金曜日の出来事。
その日は夕方から校舎の前でバーベキューが催された。
ソフトボール大会の優勝商品のビール券1万円分をパアっと使ってしまおうということ。
もちろん有無を言わず参加である。


ビールと肉をおいしく頂き、普段あまり顔を合わすことのない他の研究室の人達とも交流を深め、なんだか良い心持ちになってきたのも束の間、肝心なことを思い出した。




今日(金曜日)はバイトだ・・・



気づいた時は午後8時半、バイト開始は午後10時・・
脱兎の如く研究室に戻り、身支度を済ませ、疾風の如く駅へと駆けた。

電車を待つ間ももどかしく、焦る気持ちを落ち着かせ、深呼吸。

9時には電車も目的地に到着し、そこから家まで小走り。


どうやら余裕を持っても大丈夫な時間のようだ。
少々激しい体操をし、酔いを冷まし、暑いシャワーと水を交互に浴びる。
これで酔いはすっかりと抜け、いざバイトの時間を待った。


しかし、その日のバイトは猛烈な眠気との戦いであったことは言うまでもない・・・



まあたまにはそんなこともあるか。
こういうことも時々ならマンネリ化した日常生活の清涼剤・・にはなり得ないが、たまにならいいだろう、たまになら。
そんな1日。

  
Posted by fragrance_of_memories at 08:17Comments(0)TrackBack(0)研究室

2005年07月20日

ゴッドハンドへの道

ずっと前に書いたが、ここ最近私は左手に凝っていて、食事と歯磨きとマウス操作は全て左手で行っている。
歯磨きとマウスは別段難しいことでもないので、すんなりと出来るが、箸はそうでもないだろうということで、左手に箸を持つことで脳を鍛えようと思っていた。


が、ふと気づけば右手とほぼ同じように使いこなせるようになっていた。
以前は魚を毟るのが結構苦手で苦戦していたのだが、魚を自分が食べていることを意識しないほど自然に毟っている自分を発見してしまったのだ。
それに、食事のスピードも右手のときと全く変わらなくなっている。

人間やれば出来るようになるものなんだな。まさかこんなに早く使いこなせるようになるとは思っても見なかった。これで、いつ右手が骨折しても大丈夫である。
というわけで、左手にはさらなる酷使を施すことにした。


とは言え、何がいいだろう。
鉛筆は正直相当に厳しいと思うのだ。
小学校からのノートを以前なんとなくパラパラと見ていたことがあるのだが、これが成長日記を見ているかの如く、1年で徐々にうまくなっていく様子がわかる。
おそらく今でも少しずつうまくなっているはずである。なにせ元が汚いものだから。
だから、今から鉛筆を左手で持つと、人前で披露できるようになるのは何年後になるかわからないし、何よりその間右手の熟練度が上がらないのも痛い。


うむ、これは却下だ。


しかしよくよく考えて見ると、片手のみを使ってやっている事というのは、実はとても少ない。自転車に乗る、キーボードを打つ等普段行っている動作のほとんどは両手でやるものばかりだ。

世の中はうまく左右一体にできているらしい。


これ以上のことはちょっと私には思いつかないな。
暫くはやはり、現状維持を保つことにしよう。

有力な情報があれば、是非とも紹介して頂きたい。

何かが出来るようになるうれしさを久々に感じた今日午後12時であった。
そんな1日。

  
Posted by fragrance_of_memories at 22:35Comments(0)TrackBack(0)密かなブーム

2005年07月19日

七帝前後をかく語りき  −結ー

大会を無事好成績に終え、あとに残った私たちは会場の後片付けに追われていた。
といっても、スタッフたちの的確な指示と他大学の学連の方々の尽力もあり、スムーズにことを運ぶことが出来たのでそんなにたいしたことでもない。


片付けも一段落つき、体育館前で他愛も無いことを色々と話していると、就職したある人物がこう言った。


’自分は働きだしてから、腹の底から笑ったことが無い’



この言葉に私は少なからず衝撃を受け、未だに忘れることが出来ない。


私は昔から笑いをひとつの生命力として生きている人間だ。
中高、大学、そして大学院といい意味でバカな友人に恵まれ、現在に至るまで笑いを欠かすことなく生活してきた。


研究室生活を送っている今、この瞬間もなお、他のM1と本当にくだらないことをやって大笑いしている。部の先輩でかつ研究室の先輩でもあるM2の先輩には、今年のM1は30代目みたいだね、とも言われたことがある。
もちろん最高の誉め言葉として受け取った。
知らない人もいると思われるが、30代目は本当にバカなのだ、良くも悪くも。


そんな自分が、学生生活を終えて働き出して、日常会話以外に表情筋をくずさない生活を送っていることが想像できないし、想像もしたくない。


言いたいことも言えないこんな世の中なんて、まさにポイズンだ。


でも社会人になっても、こんな世の中でも、今までのような自分の場所はきっとあるはずだ。なかなか見つからないだけでそれはかならず存在するはずだ。

見つけることが出来たら、それは必ず自分にとってのオアシスになり、生きる活力を与えてくれるだろうし、それは必ず見つけないといけないものだ。

だって私たちは、醜くも美しいこんな世の中で生きていかないといけないのだから。


○○はまだ働き出したばかりだから、慣れないことが多いから、戸惑うことも多いから、きっとまだ笑えないだけだ。
すぐに慣れていつものように笑うことができる。

自分にもそういう葛藤に狂う日が必ずやってくると思うから、そのときは立派に克服した社会人の先輩としていいアドバイスを頂きたい。

そしてまた会うときは、酒でも飲みながらどうしょうもない話をして腹の底から笑いたい。


などと将来の自分のことを含めて色々なことを考えてしまった。
そんな1日。



  
Posted by fragrance_of_memories at 21:36Comments(0)TrackBack(0)日々の出来事