ミスター・クラストゥループ:iPod touch一つで出来ること

20歳のライターが考える、シンプルで身軽かつ快適な仕事のやり方や、ワークライフバランス。 たまにのろけます

初めまして フリーライターやってます 小説家志望 84日間のヨーロッパバックパッキングを基にした小説を執筆中 ワークライフバランスの他に、海外情報なども載せます たまにのろけが入ります 旅とお酒と美女が好きな20歳 大学進学を計画中 そこそこ話せる英語の他に、フランス語とリトアニア語とヘブライ語を勉強中 旅から得た教訓− 【”チャンス”という幸運に出会うには、努力を続けること】 【自由を満喫するためには自制心も必要だということ】

84日間の旅:3−コペンハーゲン:2

今回の初めての海外旅行をするにあたって、ぼくはルールブックを作成した。
そこには、幾つかのルールが収まっていて、ルールのひとつには、やるべきことリストというものもあった。
そのリストの上に横線を引くことが、旅の目的の一つ。
思わぬハプニングのおかげで、リストを一つ埋めることができそうだった。
スターバックスが一番安いことに少しだけ驚いた。
この感覚は、初めて六本木に行った時以来だ。
コーヒーの横に五百円と書かれたメニューを見て、バカかよ、とつぶやき、惨めな気分で店を後にした時のことを覚えている。
ここ、コペンハーゲン国際空港の中でも、一番安く飲めるコーヒーはスターバックスだった。
もちろん、一番安いのは免税店などでチップスやジュースを買って済ませることなのだけれど。
コーヒーを啜り、レモンケーキを食べる。
芳醇な香りも、甘酸っぱい味も、日本と同じ味な気がするし、そうじゃない気もする。
海外の空気は、鼻通りや匂いも違うのかもしれないと思っていた。
コペンハーゲンの空気は、少しだけ軽く感じられた。
Le Sommelier Bar & Bistroは、魚介系の料理を出してくれるバーだった。
ぼくは、生牡蠣と、名前を覚えることもできない白ワインを飲んでいた。
フリーパンフレットを取り、コペンハーゲン市内について想いを馳せたが、立ったの1日でどれだけ見て回れるかを考えると、空港から出る気になれなかった。
ふと、視界の端から視線を感じた。
見ると、何だか見覚えのある顔。
誰だったっけ。
見覚えはあったけれど、ピンとこない。
彼女は、ぼくに気がつくと、ニコニコとこちらにやってきた。「ーーハーイ」
「ハイ」ぼくは言った。彼女の目、透き通ったブルーの光彩とゴールデンブラウンの光輪を見て、思い出した。
入国審査の際に見つめ合った警察官だ。
「これからコペンハーゲンに出るの?」彼女は言った。
「いいや。乗り継ぎで来たんだ」
「空港で泊まり?」
「フィンランドが大雪でさ」
「残念ね」
「まあね」
少しだけ間が空いた。
「君は、帰るの?」
「ええ。明日も早いから眠らなきゃ」
「そ」
また、少しだけ間が空いた。
「きみ、名前は?」
「テイラー」
「ぼくは、快。ねえ、テイラー。あのさ、素敵なバーを探してるんだけど、どこか知らないかな」不思議と、恥じらいも抵抗もなく、そんな言葉がすらすらと出てきた。
「バー?」
「うん」
「ここじゃダメなの?」
「悪くはないんだけどね、もっといいところがあるかなって」
「そうね」テイラーは、少しだけ間を置いた。「行く?」
「良い?」
「一杯奢ってよ」
ぼくは、小さく笑った。
テイラーは首で、行くわよっ、と言った。
案内された先は第3ターミナル。
その地下にある駅。
テイラーに言われるがままにチケットを買い、ホームに向かい、電車に乗る。
「嘘、18歳?」
テイラーは笑った。「こっちの台詞よ」
「信じらんないな。学校は?」
「行ってないわ。ちょっと前まで、あっちこっちの学校を一年ペースで代わる代わる通ってたんだけどね。スウェーデンとか、バルト海とか、フランスとかイギリスとかスイスとか、あとは、オーストラリアとか、スイスとか、ウクライナとか、イタリアとか、カナダとか、ルクセンブルグ、イスラエル、あと、日本にも行ったよ」
「すごいね」
「親の方針でね。それが、4歳からのことで」
「ご両親の仕事とか?」
「ううん。ただの教育方針。13カ国の学園って、全部提携グループの傘下で、それぞれ、学べることも違うからって、その学園に通う子供たちって、親の意向でそういうことさせられること多いのよ。そんで、去年、デンマークに帰ってきて、そっから、エフタスコーレっていう、なんていうのかな、専門学校みたいな感じの学校に通うことにしたの。なんだか、自分の取り柄とかがわかんなくてさ。そこって、人生に迷っている奴らが自分の生きる道を見つけるために行くような場所なのよ。あなた英語は話せる?」
「まあ、人並みには」
「なら通えるわ。一度見学にでも行ったら?」
「次の機会にね」
「それで、まあ、そこに通いながら、空港で警備員の仕事募集してたから、応募してみたわけ。なんだか好きなのよ、こういう、いろんな人が集まる空間っていうのが」
「いいね」
「あなたの仕事は?」
「ぼくは、学生だよ。観光系の専門学校にね。ホテルのレセプションになったり、通訳になったりって、そういうスキルを勉強してるんだ」
本当は、ぼくは、フリーランスのライターをやっていたが、ライターとしての収益は、月の生活費の3割ほどでしかないために、胸を張って言えるような仕事でもなかった。
ライターに加えて、ブログを書き、アドセンスやアフィリエイトやインセンティブの収益と、ホテルの清掃員のアルバイトの収入で、日々を食いつないでいた。
小学生の頃から書き続けていたブログは、年々、徐々に読者が増えており、新しく始めた二つのブログもそこそこの読者がついていたために、ブログでの収益は、十分な生活の支えになってくれていた。
電車を降りてすぐ、コペンハーゲン中央駅で電車を降りると、ぼくたちは、流れるように駅を出た。
右手には大きな公園。
チポリ公園というらしい。
テイラーは、晴れの日にベンチに座って本を読んだり音楽を聴いたり、昼寝をしたりするらしい。
少し歩くと、大きなホテルにたどり着いた。
ここが目的地らしい。
ラディソン・ブル・ロイヤル・ホテル。
広大なレセプションを抜けて連れてこられた場所は、とても、広く高級感にあふれたバーだった。
壁は、ワインレッドと白のコントラストが美しかった。
薄暗い灯り。
革張りのソファでは、高そうなスーツに身を包んだ細いフレームの資格メガネをかけた双子のサラリーマンが、グレーのカクテルを手に会話を楽しんでいた。
ぼくは、テイラーがカウンターの赤い椅子に座るのを見た。
「こっちおいでよ」テイラーは言った。
「ああ、うん」ぼくは、恐る恐る、テイラーの右側に座った。
おやおや? メニューがないぞ?
辺りをキョロキョロするぼくを見て、テイラーは小さく笑った。バーテンダーさんに指を鳴らす彼女。「すみません、こっちの紳士にメニューを持ってきてくれる?」
頭の両サイド以外の髪をすべて失ってしまったバーテンダーは、ぼくを見ると、口元を小さく笑わせ、そして、高級感あふれる黒い厚紙のメニューを差し出してきた。
ぼくは、屈辱とともにそのメニューを受け取り、そして、それを開いた途端に、飛び出してきたバネ付きのボクシンググローブに鼻柱を殴られた。
スクリュードライバーが200デンマーク・クローネ?
中に気分の良くなる薬でも入れているのかよ?
そういえば、デンマークではマリファナが合法だとかって聞いたことがある。
となると、値段的に、カクテルは全力で避けなければいけない。
ウォッカならいいかもしれない。
ピュアな味わいのウォッカなら、何か変なものを混ぜられていても、舌で触れた瞬間に気がつける。
ぼくは、静かに息を吐き、そして、すました顔とまっすぐな目で、ハゲのバーテンダーを見据えた。
「ウォッカのショットを」言いながら、メニューを彼に差し出す。
バーテンダーは、静かに頷いた。「かしこまりました」
「わたしも同じものを」とテイラー。バーテンダーににこやかな笑顔を向け、小さく頷く。バーテンダーもまた、テイラーに対して、同じような笑顔と趣向を向けた。「きっついわよ?」と、テイラー。
ぼくは肩をすくめた。「酒は強い方でね」
「いいねぇ。飲み比べする?」
「金がないんだ。ただの学生でさ」
「そう。じゃあ、飲み終わったらカジノにでも行く?」
「カジノ?」
「うん。18歳ならギリギリ入れるよ」
「こんな格好で入れるかよ」
「入れるわよ。襟付きのシャツにパンツでしょ。問題ないわ」
「一回ぐらいならいいかな」
ぼくたちは、ウォッカのショットをそれぞれ4杯ずつ決めると、席を立った。
「ここは私が払うわ」
「いや、ぼくに払わせてくれよ」と、酒に飲まれて気が大きくなっている自分に気がつくが、気づいたからといってどうなるというものでもない。ぼくは、すました顔のバーテンダーに向かって丸めた勘定書を投げつけてやりたい衝動を抑え、そして、代わりにデビットカードを差し出した。
「ありがと」
「こちらこそ」
「入場料は私が払うわ」
「いや、ぼくに払わせてくれよ」
テイラーは笑った。「ダメよ。カジノに入る時は自分で払うって決めてるの。そうじゃないとツキが逃げちゃうから」
「それなら、自分の分だけでも払うよ」
「黙ってなさい学生。私が払うっつってんの」
「君だって学生だろ」ぼくは小さく笑った。「じゃあ、頼むよ」
「そうするっての」
クロークは、ぼくのコートの下から出てきたもう一枚のコートに一瞬だけ目を丸くして、おどけるように笑った。
ぼくも笑った。
コートを脱いだぼくに残された服は、H&Mの、紺のイージーアイロンシャツ、黒のスリムパンツ、黒のスニーカー。
少しだけ涼しかった。
「完璧ね」
「ああ」
「捨てちゃえば? あの、コートの中のペラッペラのコート、ゴミみたいよ?」
「そうかな」
入場料は95デンマーク・クローネ。
テイラーは入場料を払うことなく、何かチケットを提示して、ゲートを通った。「10日券よ。毎日、仕事終わりに来るの。300クローネだけ賭けにね」
「勝率は?」
「9:1って感じかな」
「ルーレットばっかやってるんだろ?」
「大人の女はテキサス・ホールデムよ」
「ああ、あれぼくも好きだよ」
「後で行きましょう。初めは元手を稼がないとね」と、テイラーが向かう先は、ルーレットだった。
ぼくたちは300デンマーク・クローネをそれぞれチップに変えた。
始め、ぼくは赤に150を賭けた。
テイラーは、36と18の周りにチップをちりばめた。
赤の18が出た。
ぼくは300デンマーク・クローネを450に増やし、テイラーはぼくとは比べ物にならないほど多くのチップを手に入れた。
ぼくが600デンマーク・クローネを手に入れる時、テイラーは20000デンマーク・クローネを手に入れていた。
彼女の賭け方は絶妙だった。
法則は分からないが、彼女が赤に賭ければ赤が出て、黒に賭ければ黒が出る。
3分の1までの確立を、テイラーは百パーセントの確率で当てた。
彼女は数字にかける時、大穴を狙うことは滅多になかったが、彼女が1つの数字の上にチップを積み上げると、必ずその数字が出た。
神様に愛されているのだ、と思った。
ぼくは、テイラーを信じて、彼女と同じ36の数字の上に、100デンマーク・クローネを置いた。
36が出た。
信じられない気分だった。
テイラーはぼくの肩を叩いた。「勝負の前に一杯奢ってよ」
ぼくたちは、そう遠く離れていないバーカウンターに向かった。
「どうやったの?」
「何が?」
「すごくついてたじゃん」
テイラーは笑った。「あなたはもっと、ディーラーをよく見たほうがいいわ」
その時、彼女の言っていることがわかった。
ディーラーは、出る数字を操作できるのだ。
「くそっ」ぼくは笑った。「楽しいな」
テイラーは笑った。「だからやめられないの」
ぼくはスクリュードライバー2杯分の代金をチップで払った。カクテルには、ウォッカをトリプルで入れてもらった。「これはチップね」と、さらに、カウンターに置く。
「ありがとうございます」と、大人の微笑みを浮かべるバーテンダー。
「これが飲みたかったんだ」
「好きなの?」
「本当はハーヴェイ・ウォールバンガーが欲しいんだけどね」
「ハーヴェイ・ウォールバンガー?」
「スクリュードライバーの親戚だよ。知ってるバーテンダーは少ないんだけどね」
「ふうん? どんなカクテル?」
「映画の中で、注文した俳優の声が良くて、それっきり飲みたくてしょうがないんだ」
テイラーは小さく笑った。
その目は、何かを追っていた。「じゃあ、私はそろそろ本番に行ってくるから」
「そう? 頑張ってね」
テイラーは、一瞬立ち止まってぼくを見たが、すぐに、テーブルの方へ向かった。
コト、という音に視線を戻せば、ぼくの前にカクテルグラスが置かれた。
見ると、バーテンダーが微笑んでいた。
「ハーヴェイ・ウォールバンガーです」
「あ……」しっかりと話を聞かれていたらしい。「ありがとうございます。いくらですか?」
バーテンダーは首を小さく横に振った。「私の腕をご友人方に広めていただけると嬉しいです」
「ありがとう」ぼくは、オレンジ色のカクテルを一口含み、舌の上で転がした。「最高です」
バーテンダーは、満足げに頷いた。
カクテルを味わったぼくは、カウンターにチップを置いて、席を立った。
向かう先は、テキサス・ホールデム・ポーカーのテーブル。
テイラーの金色の頭は、たくさんの金髪に紛れてしまって、一見すると分からなかったが、近づいてみれば、すぐに見つけることができた。
テイラーは、大勝ちしていた。
様々な色のチップが山を作っていた。
テイラーの手元には、平たいカードまで積み重なられていた。
どうやら、ぼくはプロのギャンブラーと知り合ってしまったようだ。
現在の勝負は、テイラーとル・シッフルの一騎打ち。
テーブルの真ん中には、チップの山が置かれていた。
伏せて置かれているため、テイラーの手札は見えない。
同様に、ル・シッフルの手札も見えない。
ル・シッフルは、柔和な笑顔を浮かべていた。「こんなにワクワクするポーカーは久しぶりだよ」
「私もよ」テイラーは、同様に柔和な笑顔を浮かべた。
彼女は、オレンジ色のカクテルを一口含んだ。
テーブルには、ハートのエースが一枚とダイヤのクイーンが一枚、スペードのジャックが一枚置かれていた。
ぼくは、あまりポーカーの手札には詳しくはないが、うまくいけば、ストレートが狙える、ということぐらいは分かった。
「レイズ……」ル・シッフルは、チップを摘んだ。掴んでは、手を離し、掴んでは、手を離す。「……50000で行こうか」
「コール」テイラーは、間髪入れずに言った。「アンド、オールイン」
観客の間から、歓声が沸いた。
テイラーは、自分の手元にあるたくさんのチップやプレートを、惜しみなく、場の中央に寄せた。
ル・シッフルは、困ったように笑い、鼻の頭をこすった。「まいったな……」言葉とは裏腹に、その目は、心底楽しそうに笑っていた。「何者だ?」
テイラーはふふんと笑い、肩をすくめた。「どうするの?」
ル・シッフルは笑った。「私がどうするか?」彼は、自分の手札を見ると、少し間を置いて、テイラーよりも多いチップの山を、テーブルの中央に寄せた。「オールイン」
ディーラーを見ると、若い彼もまた、二人の手札に視線を釘付けにしていた。
「歴史に残るビッグゲームの結末、1、2の、3のコールで幕を下ろしましょうか」と、ディーラー。
観客が、声をそろえて、カウントを始めた。
乗り遅れたぼくも、スリーのカウントで、声を張り上げたが、声が裏返ってしまった。
同時にカードを見せる二人。
テイラーの役は、エースのワンペア、場のエースと合わせれば、スリーカード。
ル・シッフルの役は、ダイヤのジャックと、スペードの10、場のジャックと合わせても、ワンペアだ。
感性がぼくの鼓膜を叩いた。
テイラーとル・シッフルは、歓声の中で握手を交わした。
「気が強いお嬢さんだ」
「あなたの目は全然読めなかった」
「ご一緒にカクテルでもどうかな?」
「とっても甘いお誘いね。でも、連れがいるの」言って、テイラーはぼくを見てきた。
ル・シッフルはぼくを見ると、顔をしかめた。
何が言いたいのかはわかる。
なんだ、中国人かよ。
こんな綺麗で聡明なモデルみたいな子を金で汚しやがって。
「そんな目で見ないでほしいわ。彼は、私のトモダチよ」と、テイラーは、トモダチのところを日本語で言った。
ル・シッフルの目が和らぎ、少しばかりの動揺が見えた。
あれは、罪悪感かもしれない。
あるいは、羞恥心、あるいは、その両方かもしれない。
「いい勝負だったわ」と、ル・シッフルから手を離すテイラー。「ディーラーさん、チップを換えてくれるかしら?」おしとやかながらも芯のある強さを感じられる声で言うテイラー。
テイラーは、一番大きなチップを、場の盛り上げを頑張ってくれていた若いディーラーに渡した。
若いディーラーはテイラーにお礼を言うと、テーブルのチップを集め、コインケースに収め始めた。
しばらくすると、金額が、テイラーに耳打ちされた。
「結構」と、頷くテイラー。
「こちらへどうぞ」と、老齢のディーラーが、テイラーのそばにやってきた。
「行きましょ」と、テイラー。
ぼくは、テイラーの隣に立って、老齢のディーラーについていった。
カジノから出て、電子キーのドアをくぐり、通路を歩き、さらに分厚いドアを一つくぐると、そこには、小さな応接室があった。
豪奢なデスクと、柔らかいソファ、シャンパン、二つのグラス、そして、もう一つのドア。
テイラーがソファに腰掛けるのに続いて、ぼくもソファに腰を下ろした。
ポンッ、という高い音とともに栓が開き、シャンパンがグラスに注がれる。
「クロークのタグをいただけますか?」と、老齢のディーラー。彼は、ぼくたちのタグを受け取ると、うやうやしく一歩下がった。「しばらくお待ちください」
しばらくすると、ぼくたちの上着と荷物が届けられ、ブリーフケースに収まった大量の札束が、テイラーに届けられた。
ぼくたちは、入室に使ったドアとは別のドアから部屋を出た。
部屋を出てすぐの場所に、リムジンが停まっていた。
ぼくたちは、スモークガラスのリムジンに乗り込むと、そのまま、車に揺られてどこかへ向かった。
「よく勝てたね」
「簡単よ。彼は、演出好きなタイプに見えたから、多分、勝ち目がなくても勝負に乗ってくるタイプだろうなって思った。勝負の初めに、彼の目に浮かんだ不安がわかったの。でも、すぐに持ち直して、ハッタリを振りまき始めた。プロだとは思ったけど、でも、勝負が続くごとに、彼の目的はポーカーで勝つこと以上に、自分の羽振りの良さを周囲に見せつけることだってわかった。いいスーツ着てたしね」テイラーは、スーツのポケットから名刺を取り出した。「あとで調べてみようかしらね。いい仕事仲間になるかも。それで、私の手札にはスリーカードが揃った。彼の手には、せいぜいツーペアがいいところだって確信した。なんとなくわかるのよ。勝負の初めっから大金を賭ける奴の手に、いいカードはやってこない、これは定石」
「オーシャンズ11?」
テイラーは笑った。「あの映画のブラッド・ピットが好きなの」
「すごいね。初めっから最後までの流れが、全部頭の中に入ってるの?」
「視野が広いの」
車が停まった。
開けられたドアの向こうには、ラディソン・ブル・ロイヤル・ホテルの入り口があった。
リムジンを出たテイラーは、リムジンから出ようとするぼくを見た。「どうする?」
ぼくは動きを止めた。「何が?」
「まだ遊びたい?」テイラーは、挑発するような目をこちらに向けてきた。
ぼくは、余裕のある男を精一杯装った。「悪くないね」
テイラーは、小さく微笑んだ。
アルコールに飲まれているのかもしれない。
トリプルのウォッカが効いているのかもしれない。
そのとろんとした目が、どんな言葉でも言い表せられないほど、セクシーだった。
リムジンから降りようとするぼくの額を、テイラーが人差し指で抑えた。「今晩だけよ」
ぼくはテイラーの指を横から払い、彼女の手の平をやんわりと取った。
ベルボーイが、ぼくたちの荷物をカートに乗せた。
テイラーは、レセプションに部屋番号を伝え、カードキーを受け取り、ベルボーイに渡した。
エレベーターに乗り、向かった先は13階。
部屋は、それほど広くもなかったが、ベッドは大きかった。
テイラーは、早速、服を脱ぎ散らかしながら、バスルームに向かった。「あなた、フルネームは?」
「快土屋」
「テイラー−トリーネ−ニキータ・リュミエールよ」
「よろしく」
「よろしく。ーー」
ぼくも、服を脱ぎながら、バスルームに向かった。
いつも不思議に思う。
ぼくは、気がつけば、ぼくが気に入った女性から好かれていた。
そんなことが数多くあるわけじゃない。
でも、今までベッドを共にした女性のうちのほとんどは、ぼくが気に入った女性で、彼女たちは、ぼくの何が気に入ったのか、ぼくと共にベッドに入り、そして、一夜を共に過ごしてくれた。
何か、特別面白いコトを言ったわけでもないと思う。
魅力的な人間でいたいとは思っているので、守れるだけの礼儀やマナーやエチケットは守るように努めている。
常に、背筋を伸ばし、ゆったりとした足取りで街を歩き、鼻の柱を中心に前を見据え、そして、人と話す時は人の目を見つめて話し、人と目があった際は、ゆっくりと瞼を下ろし、ゆっくりと瞼を上げ、人と目をそらすようにしている。
でも、やっぱり、未だによくわからない。
そして、心を奪われた女性に限って、ぼくは、いつも、もたついてしまう。
そして、いつだって、彼女たちを、奪われる。

84日間の旅:2−コペンハーゲン

ぼくは、長い行列に並び、何を待っているかもわからないままに、列が進むのを待った。

五分後、列の最前列まであと少しというところで、自分が何を待っているのかがわかった。

金属ゲートをくぐる利用客たち。

ぼくの前にいた子供も、コートを脱いで、丁寧にたたみ、長方形のトレーに載せ始めた。

ぼくは、ギャップのダウンコートと、H&Mの薄いウィンドブレーカーのような上着を脱いで、緑色のシャツを脱いで、十字架のネックレスを外し、財布を取り出し、カードケースを取り出し、それぞれを、トレーの上に置いた。

スポーツバッグが、トレーにぴったりと収まったことが、何だか感動的だった。

ビクビクしながら金属ゲートをくぐると、案の定、鳴り響くブザー。

ぼくは、拳銃を向けられないうちに、ポケットの中を探り、首筋に手を当てた。

外し忘れているものは何もないようだ、と、その時、外し忘れていたベルトを見つけた。

ぼくは、ベルトを外し、もう一度ゲートをくぐった。

検査官たちは、いずれも硬い顔つきで、こちらに冷たい目を向けている。

空港は裁判所以上に冗談が通じない場所、とは有名な話だ。

ゲートを抜け、アクセサリーや服を身につけていく。

冗談の通じない検査官たちにとっては、コートの下にもう一着生地の薄いコートを着ているアジア人なんて、警戒の対象でしかないだろうに、予想以上に、初めての入国審査はうまくいった。

重たいバッグを背負い、さあ、ゲートを抜けよう、というところになって、声をかけられた。

「ーーHey mr.」

「え? Yeah?」

見ると、ぼくに声をかけてきた空港の係員さんは、ぼくの財布を持っていた。

「Be careful」

「Oh my god」ぼくは、小さく笑い、財布を受け取った。「I`m idiot」

「Not bad」係員さんは笑った。

「Thank you sir」

係員さんは、優しく微笑んだ。「You are welcome. Have a nice trip」

世界で一番幸せな国民、デンマーク人。

彼らについて書かれた本、デンマーク人が世界で一番幸せな10の理由-マレーヌ・ダイアル、という本を読んだことがある。

それによると、デンマーク人たちが幸せなのは、内面、つまりは、人格面が素晴らしいから、というところにあるらしい。

なんと、デンマークには、日本同様に、畑のそばに無人の直売所などがあるらしい。

落とした財布が必ず持ち主に戻ってくるらしい。

デンマーク人たちは、人を信じることの大切さを知っている。

デンマーク人たちは、他人を尊重することの大切さを知っている。

デンマーク人たちは、とても、自由奔放で、酒を楽しむことはいいことだと思っている。

デンマーク人たちは、性に対しても自由奔放で、親友同士で楽しんだりもするらしい。

船橋の故郷を思い出してみた。

自分には、幼馴染の大親友が数人いる。

その中にはもちろん、とっても綺麗なやつやとっても可愛い奴がいるけれど、一緒にベッドに入ることができるかどうかは、考えてみても即答できなかった。

逆に言えば、あいつらとやってみたいという自分が、心のどこかにいるということかもしれない。

これは思わぬ発見だ。

ゲートを抜けると、右手に、コーヒーショップとセブンイレブンが見えた。

セブンイレブンが海外にあるなんて、意外だった。

それまで、日本限定のコンビニだと思っていた。

左手には、人魚姫と僕でも聞いたことのある有名な作家の説明書きが展示されていた。

展示スペースの右隣には、免税店。

さらっと目を向けると、酒や洗剤やチョコレートなどが見えた。

空港での待ち時間は3時間。

これだけの時間で、いったいどれほどのことができるだろうか。

ぼくは、とりあえず、奥の方のブースに向かって歩いた。

ブースの隣にあるゲート、その向こうには、たくさんの店があった。

そこでなら、時間がつぶせるだろう。

ところで、このブースはなんなのだろう。

ブースのそばに立っている目つきの悪い北欧美人の警官さんが、いろいろと気になった。

背がすらりと長くて、ほっそりとしたシルエット、でも、近づいてみれば、肩幅は遠くから見た時ほど撫でらかでもないということに気がついた。

じろじろ見ていると、じろっと睨まれた。

ぼくは、急いで目をそらそうと思ったけれど、彼女の、透き通った青い瞳をついつい見つめてしまった。

顔が熱を帯び、目が潤んでしまう。

スッゲェ綺麗だ、とかなんとか思っていると、彼女は、小さく笑った。

「Sir」

声をかけられた方を見れば、ぼくとブースの間には、5メートルほどの空間が開いていた。

ブースの女性は、ニヤニヤとぼくと警官の女性を交互に見ていた。

「Sorry」ぼくは、ブースに向かった。

「Passport please」ブースの係員さんは言った。

[Passport?]

[Yeah]

ぼくは、少しもたついて、ポケットからパスポートを取り出した。[Here you are]

[Thank you]女性は、ぼくのパスポートを見ると、ページをパラパラとめくり、ぼくの顔写真などの身分情報の載っているページを見て、ぼくの顔を見た。[What is your purpose of visited?]

[Purpose?]

女性は頷いた。

えーっと、あれは何て言うんだっけな。[Sightseeng?]

{Sightseeng?]女性はぼくの言ったことを繰り返した。

[Yeah..]ぼくは頷いた。少しだけ、不安な声を装った。

女性は、少しだけ間をおいて、頷き、パスポートにスタンプを押した。[Welcome to Copenhagen]

[Thank you]ぼくは、パスポートを受け取り、ブースの横を抜けた。

[Next]背後から声が聞こえてきた。

ゲートを抜ければ、そこには、たくさんの店が並んでいた。

足元は木の板で、照明は薄暗い。

店に並ぶ雑誌や壁に書かれた示し書きには、ぼくが理解できるはずもない言語で、様々なことが書かれていた。

それに何より、周りには、好みの女性が大勢いた。

彩色の波打つ髪。

その鮮やかな、アーモンド型の瞳は、途方もなく美しく透き通っていた。

知性を感じさせる眼差し。

背は高く、足も長く、肩幅はがっしりとしている。

彼女たちは、みんな、鼻が高く、端正な顔立ちをしていた。

ぼくは、H&Mに入った。

北欧の物価は高いと聞いていたので、どの程度高いのか知りたくなった。

日本でなら、千五百円もしない値段で買えるイージーアイロンシャツには、200クローネのタグが張り付いていた。

200クローネと言ったら、どれくらいだろう。

1デンマーク・クローネが20円だとしたら、4000円?

ぼくは笑った。

「バカかよ」

予想以上だった。

ぼくは、両替所に行き、窓口で、50ユーロ紙幣をトレイに載せた。

男性は、何かよくわからないことを聞いてきた。

「えっと、50ユーロ全部を、デンマーククローネにしてください」

男性は、更に何かよくわからないことを言ってきた。

変な間が空いたあと男性は、わかったよ、といい、デンマーク・クローネの紙幣を、トレイにおいて渡してきた。

「ありがとう。ごめんなさい。ぼくの英語は、あまり上手じゃないんだ」

男性は小さく頷いた。

受け取った貨幣の合計は、200デンマーク・クローネだった。

これなら先ほどのシャツが買えるが、これ以上荷物を増やすことが得策ではないことは、ぼくにだってわかった。

空港の中を歩くのは楽しかった。

ある大部屋は、天窓から射す日差しが部屋中を照らしていた。

フードコートの景色は、全体的に日本ほど詰め込みすぎている感じもなく、視界が広かった。

大窓の外に見える景色は、日本もデンマークも同じなのだということを知った。

トイレに行けば、便座の高さに驚いたが、それでも、予想していたほど高くもなかった。

てっきり、便座が高すぎて用をたすのに脚立や梯子の助けを借りなくてはいけないと思っていたが、そんな目に遭わなかっただけで、ぼくには十分だった。

ゲートのそばのコンビニで、オレンジとリンゴを買った。

ブースで出国のスタンプをもらい、ゲートをくぐる。

その広大なスペースを楽しめるほど、ぼくの足は軽くなかったので、ぼくは、エスカレーターで2階へ上がり、ベンチに腰掛け、リンゴを食べた。

問題はオレンジだった。

手元にはナイフがなかった。

ナイフは、飛行機のキャビンにあるだろうスーツケースの中に入っている。

ぼくは、爪を立て、皮を剥こうとしたが、中々うまくいかなかった。

どうにかこうにか皮を剥き終えた。

残っていた皮の苦さと芳醇なオレンジの香りが、なんとも言えなかった。

コーヒーショップに向かった。

「こんにちは」と、デンマークのおねえさん。例に漏らさず、彼女も飛び切りの美人だった。

「こんにちは」ぼくは反射的に挨拶を返したが、ここで、思い出した。海の外では、店員と客は対等な関係を築かなければいけない。店に入った時も、レジで自分の番が回ってきた時も、まずは挨拶だ。「こんにちは」ぼくはもう一度言って、メニューに視線を落とした。幸い、メニューには英語が使われていた。「ホワイトコーヒーをお願いします」

「ホワイトコーヒー。以上で?」

「すみません」

「なんで謝るの?」

「すみません」

レジの彼女は首を傾げた。「35デンマーク・クローネよ」

ぼくは金をトレイに載せた。

レジの操作をする彼女は、突然舌打ちをし、レジを小さく叩いた。

「すみません」ぼくは言った後で、笑ってしまった。

「違うの。私のミスよ。慣れてなくて。コーヒーはすぐに入るから、ちょっと待ってて」言って、お釣りを渡してくる。「次の人」

少ししてコーヒーを受け取ったぼくは、すぐ近くの、立ち飲み用のテーブルにコーヒーを置いた。

立ち飲み用のテーブルは、ぼくの鎖骨あたりまであった。

どこかで見聞きした話によると、デンマーク人の平均身長は、180センチくらいらしい。

ぼくの身長は170センチ。空港中を歩いていたあどけない笑顔を浮かべる子供達よりも少しだけ高いくらいだ。

コーヒーを飲みながら、電光掲示板を見る。

三時間は、あっという間に過ぎていった。

電光掲示板の真ん中あたりには、ぼくの乗る予定の便の名前と時間が書かれていたが、その右端には、赤い文字で何かが書かれていた。

その英単語を、グーグル翻訳にかけてみれば、驚きの事実がわかった。

欠航だ。

ぼくは、すぐそばを通りかかった空港職員っぽい男性に声をかけた。

彼は、自分の乳首ほどの高さしかないアジア人であるぼくにも、温かい目を、まっすぐに向けてきてくれ、ぼくのつたない英語に、健気に耳を傾けてくれた。

「ぼくの乗る便が、欠航って出ているんですけど」

「少し待ってなよ」言って、彼は、iPad miniよりも少しだけ小さいタブレットを取り、何かを調べ出した。「残念なお知らせだ。現地大雪で、今日は、フィンランドへのフライトができないらしい。今のところの発着予定は、明日の同時刻だな」

「そうですか」ぼくは、日本語で呟いた。「わかりました。ありがとうございます」

彼は、小さく微笑むと、どこかへ歩いて行った。

ぼくは、コーヒーをすすり、大窓の外を見た。

84日間の旅:1

窓の外。
空港や飛行機、外の景色のすべてが、徐々に速度を増しながら、後方へと流れていく。
胸を埋めるのはワクワク感。
頭に浮かぶのは、離陸直後に墜落する飛行機。
その中で、ぼくは一体どのような最期を迎えるのか。
考えるのをやめようと思って止められるものでもない。
座席の肘掛に置いておいた手に、力がこもる。
もうすぐだ。
もうすぐ。
もうすぐ、もうすぐ、もうすぐ。
窓の外を流れる景色は、徐々に徐々に速度を増し、そして、空港が、いきなり窓枠の下に消えた。
離陸したのだ。
ぼくは、さらに、力強く肘掛を握りしめた。
窓の外の景色は、傾斜を描いている。
雲を抜け、再び雲の中に飛び込んだ。
下から見上げれば、同じ高さにしか浮かんでいないように思える雲も、空に上がれば、全く別の様相を見せるようだ。
二層目の雲を抜けた。
下には雲海。
真っ青な空には輝く太陽だけが浮かんでいる。
電子音がし、シートベルトを外してもいいという機内アナウンスが流れた。
ぼくは、座席にもたれ、深く息を吐いた。
全身から力を抜くと、シートベルトとぼくの体の間に、大きな隙間が生まれた。
シートベルトを外し、背筋を伸ばす。
ここまできて、ようやくぼくの腹が決まった。
運命に身を委ねよう。
飛行機が死ぬとき、それはぼくが死ぬときだ。
飛行機が落ちるということは、ぼくは、ぼくの夢を諦めないといけない。
それは、そういう運命だったのだと、割り切るしかない。
ぼくは、モニターを操作し、映画のラインナップを見た。
ついている。
そこには、ぼくが期待していた通り、シャーロック・ホームズがあった。
不思議だ。
昔から、ぼくが望んだことは必ずぼくの前にやってきた。
ぼくは、神様から愛されているのだ、という考えが、いつ頃からか、ぼくの頭の中に住み着いていた。
ぼくは、シャーロック・ホームズを再生した。
字幕は付いていなかった。
自分の英語のヒアリング能力を試すいい機会だと思い、音声に耳を傾けるも、何一つ聞き取れない。
いや、なんとなく聞き取れている気がする。
ワトソン、君は馬鹿か?
いやいやホームズ、君こそ馬鹿か?
いや、待てよ?
ロバート・ダウニーjrの声はこんなだっただろうか?
ジュード・ロウの声は、もう少し低く落ち着いた声だった気がする。
しばらく経って、この音声が英語ではなく、北欧諸国で話される言語のいずれかなのだということに気がついた。
となると、先ほどぼくの頭に浮かんだ一連の会話は、すべてぼくの創作ということになる。
ぼくは、窓の外に視線を向けた。
今にも窓の外の景色が傾き始めてしまうのではないかと、気が気がでない。
しばらくすると、機内サービスのドリンクカートがやってきた。
初めの一、二杯はタダらしい。
ぼくは、金髪の美しいキャビンアテンダントさんにコーヒーを注文した。
他には?
キャビンアテンダントさんが何を言っているのかはわかったが、返事をしようにも、思ったように声が出なかった。
なんです?
「ーーあ、あの、いえ、結構です。ありがとうございます。すみません」
キャビンアテンダントさんは、ぼくの感謝と謝罪に、特にこれといった反応も示さず、機内の後ろの方へカートを押していった。
ぼくは、コーヒーをすすり、再び窓の外を見た。
これから10時間を超えるフライトがぼくを待っている。
退屈をごまかす方法は、目の前の映画とノートとペンと、読みなれた本だけ。
本には愛着があったためにバッグの中に入れてきてしまったが、本当のところは、すでに10回以上読んだその本は、すっかり飽きてしまっていた。
本を読もうと思っても集中できない。
窓の外にたそがれようと思っても、変わり映えのしない景色に飽きてしまう。
画面の中の映画は、ぼくが理解できるはずもない言語だけ。
役者たちの演技から内容を探ろうにも限界があった。
ぼくは、座席に体を預け、瞼を閉じた。
座席を倒したりはしなかった。
そんなことをすれば、後ろの席の人に怒られてしまう。



目をさますと、キャビンアテンダントさんが、ぼくの前に機内食を置いてくれていた。
鮮やかな金色の髪、輝くような作り物の笑顔、鮮やかなブルーグレーの瞳。
素敵な人だ。
うっかり惚れてしまわないように気をつけないと。
ぼくは、どもりながら、彼女にお礼を言った。
すると、キャビンアテンダントさんは、その輝くような微笑みをぼくに向けてくれた。
ぼくは、プラスチックのナイフとフォークを持って、ステーキを切った。
小さく切ったステーキを、口に運ぶ。
美味しかった。
北欧諸国の料理は味が薄いと聞いていたし、機内食は味がイマイチだとも聞いていた。
だが、ぼくが口に運んだこれは、味が濃くて、とっても美味しかった。
ネットの情報なんてあてにならないな。
ぼくは、頭の中で、いちいち感想を述べながら、機内食を口に運んだ。
しばらくすると、先ほどのキャビンアテンダントさんがやってきた。
ティー? ティー? ティー? と、機内の一人一人に聞いている。
ぼくは、彼女を視界の中から追い出し、窓の外を見た。
ティー?
彼女がすぐ隣に来た。
「お願いします」
彼女は再び微笑み、ぼくにコーヒーを入れてくれた。
ティー? ティー? ティー? と、一人一人に聞きながら、機内の後方へ向かうキャビンアテンダントさん。
ぼくは、小さなプラスティックのカップに入った熱々の紅茶をすすった。
小さなレモンを垂らし、小さなミルクを入れ、スティックシュガーを一本入れる。
しばらくすると、再びキャビンアテンダントさんがやってきて、パンのおかわりを勧めてきたので、ロールパンを一つもらった。
再びキャビンアテンダントさんがやってきて、コーヒーはいかが? と聞いてきたので、お言葉に甘えた。
なぜか知らないけれど、先ほどから、ぼくの目が潤んでいる。
ぼくは、一人で勝手に追い詰められていた。
キャビンアテンダントさんが、ゴミ箱を押してきた。
ぼくは、彼女にゴミを渡すと、再び座席にもたれ、瞼を閉じた。



次に目を覚ました時は、何怒ってはいなかったが、少しだけ腹が減っていた。
ぼくは、成田空港で買っておいたカップラーメンを、前の座席のトレーに乗せた。
キャビンアテンダントさんがやってきた。
ぼくは、手を上げて彼女の気を引き、そして、口を開いた。「Hot water?」
キャビンアテンダントさんは、頷くと、機内の後ろの方を指差した。
ぼくは彼女に頷き、座席を立って、機内の後ろの方へ向かった。
少し歩くと、控室のような場所にたどり着いた。
そこには、キャビンアテンダントさんたちがいた。
ぼくは、そのうちの一人に、温かいお湯が欲しいのですけれど、といった。
キャビンアテンダントさんは、ぼくの手にあるカップ麺を受け取ると、カップに温かいお湯を注いでくれた。
温かいお湯は、普通の蛇口よりも幾分か細い管から出てきた。
ぼくは彼女にお礼を言って、席に戻った。
途中、意地悪な乱気流によってカップの中身をぶちまけさせられそうになったけれど、なんとか持ち直すことができた。
座席に戻ったぼくは、ラーメンを食べ、そして、空いたカップをビニール袋に入れ、それを隣の席に置いた。
ビジネスバッグを取り、中から、エトランジェ・ディ・コスタリカのノートとペンを取った。
旅の記録を書き留めようと思って買ったものだ。
はじめのページには何を書こうか。
旅の始まりから、今までのことを書こう。
ぼくは、ノートにペンを走らせた。



夜の7:00に家を出る。
重たい荷物を引きずりながら、いつもならスイスイ行ける道を、二倍近い時間をかけていく。
駅にたどり着く頃には、汗だくだった。
電車に乗って、二、三時間。
千葉の駅で、問題にぶち当たった。
今日最後の……。



ぼくは、書きかけた最後の行に横線を引いた。



その日最期の電車は、成田駅までしか行かなかった。
ぼくは、どうしたもんかと途方にくれたけれど、やることは一つしかないように思えた。
成田駅から、成田空港まで歩こう。
成田駅前のロータリーで、タクシードライバーのおじさんに、成田空港までの運賃を聞いたところ、四千円くらいかな、と言われた。
どれくらい離れてます?
20キロくらいかな。
あ、そんなもん?
タクシードライバーのおじさんたちは笑った。言うねぇ。若いねぇ。
ぼくは、彼らにお礼を言って、空港までの道を歩くことにした。
途中、道に自信が持てなくなったぼくは、ちょうど近くを通りかかったパトカーに近づき、背の高い若い警察官と、キャリアを積んでいそうな警察官に、成田までの道はあっているかどうかを聞いた。
二人は、あってはいるけど、すっごく離れてるよ? と言った。
ぼくは、初めての海外旅行で、いい思い出になるかなぁって思って、歩いて行こうかなって思ったんですけど、といった。
ベテランっぽい警察官さんは、それもわかるけど、前にね、私、自転車で空港まで行ったことがあるんですけど、ずいぶん大変だったよ。特に、ほら、目の前にある橋、わかるかい?
ベテランさんが指差す先には、大きな橋があった。
その橋の傾斜がきついんだよ。あの橋も、なかなか性格が悪くてさ、上がったり下がったりって、傾斜があんのよ。
そうなんですか?
ぼくは、少しだけ悩んだ。諦めます。
それがいいと思うよ?
ぼくは、今まで進んだ道を戻り、代わりに、成田駅の周辺を探索することにした。
夜の駅の周りは、なかなか物騒な空気に満ちていた。
ぼくは、慣れない道と暗闇に怯えながら、道を進んだ。
東口から西口に移動しようとするも、途中で、道に迷ったようで、線路を渡ったり、しながら、暗闇の中、慣れない道を歩き続けた。
道の向かいからやってきた女性に、ぼくは、成田駅の西口に行きたいんですけど、と聞いた。
彼女が教えてくれた内容によると、ゴールはすぐそこ、次の交差点を左に曲がるだけだった。
ぼくは、左手に見えた、見覚えのある大きなホテルを見て、泣きそうになった。
こんなんで、これから三ヶ月も、一人で海外でやっていけるのかよ、とかなんとか思いながら、自分を自嘲しながら、ぼくは、タクシードライバーのおじさんたちのいないロータリーに戻った。
セブンイレブンで、ラーメンを食べた。
お腹が空いていた。
そばを通りかかった猫に、鳴き声を向けた。
猫は、ぼくを振り返って立ち止まったが、すぐに、向こうへ行ってしまった。
駅に響く笑い声。
ガラの悪い連中がたくさんいた。
ぼくは、連中から距離を置きながら、連中に注意を向け、そして、日が昇るのを待った。
5時よりも少し前、まだ、周辺は真っ暗だったが、駅の周辺に人気が戻り始めた。
空がぼんやりと明るくなった頃、ぼくは、駅の構内に向かった。
少しばかり長い階段。
重過ぎる荷物。
ぼくの手は、既にボロボロだった。
どうにかこうにか階段を登り終え、切符を買い、ホームには、エレベーターを使って降りた。
ぼくは、巻きおにぎりを食べながら、電車が来るのを待った。
飛行機が出るのは、11時ごろ。
ぼくは、やってきた電車に乗り、座席に腰を下ろした。
周りには、ぼくのように、たくさんの荷物を抱えた旅行者が、たくさんいた。
国に帰る人もいれば、これから旅行に行く人もいるのだろう。
窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めながら、ぼくは、時間を過ごした。
今日の11時ごろに死ぬかもしれないと思うと、なんだか、この瞬間を大切に生きなくちゃいけないはずなのに、最後の数時間をどう過ごせばいいのか、全くわからなかった。
空港に着いた。
シャワールームがあるのを知った。
ぼくは、シャワーを浴びることにした。
初めての海外旅行の幕開けを、汗臭いものにしたくはなかった。
シャワーは30分で千五百円くらい。
ぼくは金を払い、鍵をもらった。
バスルームは、思いの外広くて、その空間にいる自分が、なぜか、少しだけ大人になったような気がした。
オーガニック素材のシャンプーとボディソープで全身を洗い、荷物を整理する。
そうこうしているうちに、30分はあっという間に過ぎた。
室内電話が鳴った。
ぼくは、15分延長することにした。
その15分も、あっという間に過ぎた。
戻る頃には、1時間以上が過ぎていた。
ぼくは結局、1時間分の料金を支払うことになった。
空港の中を、歩き回った。
それだけのことが、なんだか嬉しかった。
ぼくの名前を呼ぶ声があちらこちらから聞こえてきたけれど、いつも通りの幻聴だと思い、無視をすることにした。
過去は捨てる、そう決めたのだ。
両替所で、ユーロとズウォティとチェコ・コルナを変えた。
一万円をユーロに、五千円をズウォティに、もう五千円をチェコ・コルナに。
ぼくは、SASの搭乗手続きのカウンターで、全く経験のない手続きを、係員さんたちの手を借りながら、こなした。
機内持ち込みの荷物は、二つ。
プーマのスポーツバッグとビジネスバッグ。
だが、要項の解釈が曖昧で、この二つの荷物を機内に持ち込めるのかが不安だった。
係員さんに聞くと、問題ないとのことだった。
手続きを終えたぼくは、滑走路と窓一つで仕分けられている、たくさんの座席の並ぶ場所で、時間を潰すことにした。
一番前の座席の、一番右端。
テレビを見ながら、時間を潰そうと思うも、内容は全然頭に入ってこなかった。
あと少しで、ぼくは死ぬかもしれないんだ。
どうしよう。
そう思うと、不安で泣きそうになった。
どうして、こんな目に遭ってまで海外に行きたいのだろう。
ぼくは、自分にそう聞いた。
答えは、すぐに帰ってきた。
自分の夢を叶えるためだ。
そう思った瞬間、落ち着かない胸の鼓動が、少しだけ、静かになった。
自分の夢を叶えるためなんだ。
死んだっていいじゃないか。
ぼくは、手元に視線を落とした。
自分の掌を見ているうちに、迷いがなくなった。
そうだね、と、ぼくはつぶいた。
しばらくして、ぼくの便の搭乗が開始した。
コペンハーゲン行き。
コペンハーゲン。
ぼくが初めて向かうのは、北欧のデンマークだ。
航空券を買いに代理店に向かったとき、初めに出されたプランは、一番安いもので、経由地は、トルコの首都、イスタンブールだった。
ちょうど、テロだなんだと騒いでいたので、できれば近づきたくなかった。
ぼくは、他のプランを訪ねた。
そして、提示されたプランが、経由地がコペンハーゲンのものだ。
少しだけ高かったが、その差は五千円ほどだった。
おまけに、ヨーロッパだ。
ぼくは、この件に決めた。
飛行機に足を踏み入れた瞬間、再び恐怖が蘇ってきたけれど、ここまできたら、覚悟を決めるしかない、とも思った。
他にも理由があった。
ぼくの前に、機内へと足を踏み入れた乗客は、ほんの小さな子供だったのだ。
そして、ぼくは、恐怖とともに、飛行機に乗り込んだ。
初めてのフライト、そのスタートは、悪くなかった。
少なくとも、ぼくはまだ生きているのだ。



しばらくすると、二度目の機内食が運ばれてきた。
先ほどのキャビンアテンダントさんだ。
モニターを見れば、すでに飛行機はロシアの半分を過ぎていた。
フライトはあと半分。
気がつけば、繰り返し再生をしていたシャーロック・ホームズが何回目なのかもわからないくらいの時間が経っていた。
マーク・ストロングは、いったい何回モニターの中で首を吊ることになったのだろう。
ぼくは、機内食を食べ終え、ふと、窓の外を見た。
なんだか、このまま行けそうな気がする。
なんだかんだで、落ちないんじゃないかな。
そんなことを思ったりするから、こんなのが見えちまうんだ。
口元が緩んだ。
窓の外、こちらに飛んでくる飛行物体は、UFOではなく、戦闘機のような、シャープな形状の、小さな飛行機だった。
それは、徐々に徐々にこちらに近づいてくる。
あれは、この飛行機を打ち落としに来たのだろうか。
ウラジミール・プーチンの顔が頭に浮かんだが、憎むべきは彼なのか、それとも軍の上層部なのか。
そんなことを考えているうちに、戦闘機っぽい飛行機は、飛行機の下を通りすぎていった。
ぼくは、再び瞼を閉じた。



キャビンアテンダントさんに肩を揺り起こされて目を覚ませば、すでに、機体はデンマークの上空に来ていたようだった。
ぼくは、荷物棚から荷物を降ろし、自分の両足の間に挟み、シートベルトをした。
キャビンアテンダントさんは、ぼくの足の間にある二つのバッグに気がつくと、それを指差し、次に、上の荷物棚を指差した。
言いたいことはわかった。
ぼくは彼女に頷いたが、すでに機体は着陸の姿勢に入っていた。
ぼくは、立ち上がらず、そのまま、窓の外を見た。
地上が近づいてくる。
恋しかった地上。
それにもかかわらず、ぼくが抱いているのは、不安だった。
着陸に失敗したらどうしよう。
ぼくは、どうしようもないだろ、と自分に言った。
ぼくは十字を切り、そして、瞼を閉じた。
着陸の衝撃は、ぼくが思っていたよりも、柔らかく、軽かった。
クッションの上で跳ねるようなものだ。
ぼくは、前から後ろへと高速で流れる窓の外を見ながら、ほっと、息を吐いた。
とりあえず、ぼくは初めの旅を成功させたのだ。
てっきり、機内を拍手が飛び交うかと思っていたが、そんなことはなかった。
みんな、淡々と立ち上がり、荷物を手に、機体の外へと向かっている。
先ほど見かけたあの小さな子供も、すました顔で、ぼくのそばを通り過ぎて行った。
ぼくは、勝手知ったるといった風情のその子供の後について、機体の外へ向かった。
出入り口付近で、ぼくは、あの見慣れたキャビンアテンダントさんに、お礼を言った。
キャビンアテンダントさんは、優しく微笑むと、良い旅を、と言ってくれた。
良い旅になる予感しかしなかった。

次回

37
次回の更新は日曜日になります。

英語を話しているときの自分

私は、英語を話しているときの自分が好きです。

日本語を話している時よりも、社交的で、軟派で、物腰も柔らかくなることが出るからです。

また、私は美しい欧州女性と話をするのが好きですが、日本の女性と話すことはできません。
さながら、一種の場面緘黙症のように、自分の思考を頭の中で組み立てることができなくなるのです。

また、私は、日本語を話しているときの自分が、あまり好きではありません。
社交性なんてかけらもなく、物腰もこわばった、硬いもの。
自信なさげに紡ぎ出される日本語、頭に浮かぶことは常にネガティヴなことだけ。

ネットで調べてみると、似たような意見をいくつも見かけました。

さながら、多重人格のようだ、という意見。

言語を学ぶ事の面白さの一つだと思います。

行き詰まりを感じるこのところ

ブログの更新が滞っているこのところ。

自分の人間性の薄さをさらすようでお恥ずかしい限りです。

毎日記事を更新するために、曜日ごとに、7つのジャンルに分けての更新を行っていきたいと思います。


現時点での更新予定は以下の通りになります。内容は予告なく変更になることがあります。
日曜日(今日のお楽しみ
月曜日(自殺したくなる一週間の始まりを明るくするトピック
火曜日(ライフハック
水曜日(今週の映画
木曜日(今週の小説
金曜日(一週間の疲れを吹き飛ばす息抜き
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