2017年02月15日

 選択的夫婦別姓制の実現へのお願い

 選択的夫婦別姓制の実現へのお願い
                                   夫婦別姓訴訟原告団長 塚本協子


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訴訟から5年、憲法判断を争う最高裁大法廷をも動かし、最期までやり遂げられたのは、皆様方のお陰です。有り難うございます。
苦しいこともありましたが、お互い切磋琢磨し、成長を遂げ、戦いをともにし、少数意見ですが5人の違憲判決を勝ち取りました。あと3人が、違憲ならば勝てるところまで来ました。結果は、負けましたが、先人が心の血を流しながら築いた財産を武器に、この夫婦別姓訴訟があることに感謝します。

私は13年間の事実婚や通称使用をしながら、それでも、自分の生まれたときの姓を社会の一部に対して、堂々と名乗っても受け入れられないどうしようもない違和感に、54年間苦しみ続けました。戸籍姓の署名は、公文書や医療機関で必ず必要です。書く度・聴く度に、私のアイディティを失って燻されるような痛みが、背中を走ります。そして、裁判に負けたことで、この苦しみが続くのです。

明治民法(1898年)に「家制度」が規定されてから初めて、2011年2月に原告団5人と弁護士団13人で夫婦別姓訴訟を提起しました。
この夫婦別姓訴訟は、民法750条の同姓強制規定の改正を求めて提起しました。96%もの女性が夫の姓で結婚改姓をしています。見えない社会の圧力を感じませんか?この訴訟は、「個人の尊厳」「婚姻の自由・両性の本質的平等」「国際人権法の遵守」という、まさに憲法の根幹を争う戦いでした。
一審で棄却。2審でも棄却。負ける度に弁護士が多くなり、最高裁の上告時は、弁護団は19人と5人の原告との対決になりました。マスコミ報道や世論の高まりを背後にして、心強くたたかいました。

2015年12月16日の民法750条に対する最高裁大法廷の判決の10人は合憲でした。
判決は人権侵害(憲法13条と14条と最高法規98条の女性差別撤廃条約違反に対する言及を避けています。
●人権侵害とは:二宮周平立命館大学教授にいわく「(弁護団が)この訴訟の基本は、氏名に関する人格権の問題だとし、これを第一に取り上げたことに同意する。これは人権侵害の問題であって、家族の在り方を論じているのではない」
●女性差別撤廃条約違反とは:大谷美紀子弁護士いわく「条約違反であるだけでなく、条約遵守義務を定めた憲法98条2項にも違反する」と、政府の条約遵守違反を厳しく指摘しました。

しかし、判決では、日本国憲法の第24条(両性の本質的平等)について、初めて具体的な法規範性を認めました。これからの女性運動の礎になるでしょう。

私たちが望んでいるのは「愛し合う二人に別姓結婚も認めよう」ということだけです。
私の子ども・孫には、同姓もしくは別姓を、自由に選んで欲しいと思います。
私と同じような苦しみを、感じてほしくないのです。
この運動を通して、そういう優しさを広めていきたいのです。

仲間が増えていけば、国も決して、無視はできない。 
これからも、仲間と優しさを増やし、一緒に歩んでいきましょう。

そして、できうるならば、塚本協子で生き、塚本協子で逝きたいです。


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選択的夫婦別姓制の実現へのお願い

 選択的夫婦別姓制の実現へのお願い
                                   夫婦別姓訴訟原告団長 塚本協子


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訴訟から5年、憲法判断を争う最高裁大法廷をも動かし、最期までやり遂げられたのは、皆様方のお陰です。有り難うございます。
苦しいこともありましたが、お互い切磋琢磨し、成長を遂げ、戦いをともにし、少数意見ですが5人の違憲判決を勝ち取りました。あと3人が、違憲ならば勝てるところまで来ました。結果は、負けましたが、先人が心の血を流しながら築いた財産を武器に、この夫婦別姓訴訟があることに感謝します。

私は13年間の事実婚や通称使用をしながら、それでも、自分の生まれたときの姓を社会の一部に対して、堂々と名乗っても受け入れられないどうしようもない違和感に、54年間苦しみ続けました。戸籍姓の署名は、公文書や医療機関で必ず必要です。書く度・聴く度に、私のアイディティを失って燻されるような痛みが、背中を走ります。そして、裁判に負けたことで、この苦しみが続くのです。

明治民法(1898年)に「家制度」が規定されてから初めて、2011年2月に原告団5人と弁護士団19人で夫婦別姓訴訟を提起しました。
この夫婦別姓訴訟は、民法750条の同姓強制規定の改正を求めて提起しました。96%もの女性が夫の姓で結婚改姓をしています。見えない社会の圧力を感じませんか?この訴訟は、「個人の尊厳」「婚姻の自由・両性の本質的平等」「国際人権法の遵守」という、まさに憲法の根幹を争う戦いでした。

民法750条に対する最高裁大法廷の判決の10人は合憲でした。
判決は人権侵害(憲法13条と14条と最高法規98条の女性差別撤廃条約違反に対する言及を避けています。
●人権侵害とは:二宮周平立命館大学教授にいわく「(弁護団が)この訴訟の基本は、氏名に関する人格権の問題だとし、これを第一に取り上げたことに同意する。これは人権侵害の問題であって、家族の在り方を論じているのではない」
●女性差別撤廃条約違反とは:大谷美紀子弁護士いわく「条約違反であるだけでなく、条約遵守義務を定めた憲法98条2項にも違反する」と、政府の条約遵守違反を厳しく指摘しました。

しかし、判決では、日本国憲法の第24条(両性の本質的平等)について、初めて具体的な法規範性を認めました。これからの女性運動の礎になるでしょう。

私たちが望んでいるのは「愛し合う二人に別姓結婚も認めよう」ということだけです。
私の子ども・孫には、同姓もしくは別姓を、自由に選んで欲しいと思います。
私と同じような苦しみを、感じてほしくないのです。
この運動を通して、そういう優しさを広めていきたいのです。

仲間が増えていけば、国も決して、無視はできない。 
これからも、仲間と優しさを増やし、一緒に歩んでいきましょう。

そして、できうるならば、塚本協子で生き、塚本協子で逝きたいです。



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2016年12月29日

(再)別姓訴訟原告からのお願い(その1)2015年6月26日サンフエスWS

別姓訴訟原告からのお願い(その1)2015年6月26日サンフエスWS

別姓訴訟原告から報告:最高裁大法廷で2015年11月4日午後2時から弁論あります。
最高裁から6月25日午後3時頃電話で弁護士団長にありました。



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 皆さんが夫婦別姓を求めているその気持ちが一致すれば嬉しいと思います。
後継ぎのかたも、私も家父長制のもと苦しんできました。

  私が生まれて2か月で父が亡くなり、私と母は大家族の中の長男の嫁と跡取りとして過ごしました。 「家族のために生きなさい」というように育ってきました。

私にはある原風景があります。母が、夕飯に具のない味噌汁と残り物を食べている姿。女って惨めだと感じました。

 祖父は典型的な家父長でした。叔父が自分で決めた許嫁がいたにもかかわらず、それを認めないで他の女性をお嫁さんに貰ってしまうのをみて、私は小さい時から不思議でした。

小学生のとき裁判所に社会見学にいくとき、母に何か質問はないかと尋ねたら、「女は三界に家なしについて聞きたい」と。聞いてみました。裁判所の人は丁寧に新しい民法のことを、嬉しそうに教えてくれました。
「今の民法はそれがなくなって、女の人も人として認められるようになりました」「憲法では基本的人権を守る、あなたの権利を守ることができるんですよ」。それを母に伝えたら、「家父長制は無くなった」と涙を流して喜んでいました。

  私が高校3年生の時、母親から「あなたには許婚がいるから、卒業式が終わったら結婚しなさい」と言われて、3日間、炬燵(こたつ)に入ってサボタージュしました。
その時、私も母も家父長制の犠牲者なんだって。私にとって、開眼出来た!! 

1947年に明治民法から現行民法なり、民法第750条で、家父長制が、なくなりました。」
しかし、「民法750条 夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。」夫婦同姓規制になり、敗戦時の旧勢力は、「戸籍」「天皇制」を死守しました。
それに、戸籍筆頭者や住民票に所帯主が、加わってから、未だに家父長制があると思っている男性大勢いいます。
それで、家父長制の残滓は、長幼の序・男尊女卑・妻ヘのDVも当たり前の家庭。富山では、何処にでもある景色です。

  富山では別姓がやりづらい。その頃は「別姓」という言葉もなかった。夫は長男だし、結婚する時に困りました。スウェーデンやデンマークのように別姓を認めて欲しいと願いましたが、叶いませんでした。日本にはたくさんの学者もいる、先に結婚する人もいるから、誰かが叶えてくれると思っていたけど、誰も叶えてくれませんでした。私は悲しかった。

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心は自由でありたいと願いながら、良妻賢母として振る舞ってきた。
だけど、自分の名前だけは相手にあげることができなかった。名前を捨てることはできなかった。

  1985年、女子差別撤廃条約が結ばれたときに、3つの条件がありました。もう一つ夫婦別姓を付け加えてもらいたかった。私たちは家父長制のなかで生きていた。現行民法には、こんなに古いところがあるのだから、民法改正を条件に入れて欲しかった。

  女性差別撤廃条約にしたがって、必ず4年おきに勧告を出してくれています。政府はレポートを出さなければなりません。国連には女性差別撤廃委員会、セダウと言っていますが、そこから必ず勧告が出ています。私はそこにすがるしかないと思ってはいたけれど、行動にはできませんでした。

  92年〜96年に内閣府で改正案がでました。閣議決定すればすぐに国会で通ったはずだったのに、一部の人たち、今の日本会議の人たちが「夫婦別姓とは何事だ」「日本の伝統に反する」と言って反対しました。

昔・9割の庶民には姓がなかった。明治の6年に姓が庶民に与えられた。戸籍簿が、徴兵制・徴税のために作られました。明治31年(1898年)明治民法で家父制度が作られ、夫の家の戸籍に妻が入り、その家の氏を称する。日本の伝統と嘘をつかないでほしいと思いました。



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2016年10月05日

夫婦同姓強制はいやです。



夫婦同姓強制はいやです。


私は婚姻後の姓を同姓と別姓とを自由に選べる制度の実現を願ってきました。


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私は旧姓と戸籍姓の二つの使い分けに不便と痛みを堪えながら、人としての”生き方”(尊厳)を保って来たつもりです。

 女性が男性のように出自の姓で生きていけたらどんなに幸せでしょう。
私がが私でであり続けるために、名前は社会的にも人間としても根源的に大切です。

 婚姻届けを出すとき、好きな姓を選べる選択肢があれば、夫婦同姓であっても夫婦別姓であっても、夫婦は対等です。しかし、事実、女性の96%が改姓を求められる現状は不平等であり損害は甚大です。また、750条がこのままであれば婚姻を避けるという統計も出ております。

 戦後1947年から、選択的夫婦別姓制が、民法改正が俎上しました。
何度も国会で話し合われると共に、女性差別撤廃条約調印のころから、選択的夫婦別姓の論議は人々に広まってきました。

本来なら、女性の人権問題として多数決に馴染まず、女性個人の人格権を守るために絶対に実現しなければならない問題です。
政治の不作為です。

 権交代が実現し、「内閣は憲法の趣旨に沿って閣議決定が行われる責任を負う」(2月下旬)の平野官房長官の発言を受け、大きな変革の波を一緒に起こしたいと思っております。

 更に、国連の女性差別撤廃委員会からの総括所見で問題にされた婚姻の際の夫婦同姓強制、再婚禁止期間、婚外子差別のために多くの女性・子供たちが苦しんでいます。
2年以内に、速やかに、条約と民法などの国内法を合致させて欲しいとの強い勧告を受けました。婚外子相続分の法改正の遅れを叱咤する最高裁判決と、民法法改正への流れが起こっています。

 自分が臓器提供をしたくないのに、臓器移植法の賛否を応えるとおなじ理屈です。
自分は夫婦別姓をしないのに、夫婦同姓強制に反対するのと、同じと思います。

皆様、どうか、夫婦同姓強制に反対し、選択的夫婦別姓制に賛成して下さいますよう、よろしくお願いします。



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2016年09月08日

女性差別撤廃条約は、世界女性の憲法です。

2016年3月7日に女性差別撤廃委員会(CEDAW)から第7,8 次日本政府に勧告がありました。

その文書と政府に対応について私が感じた事を述べます。


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*この勧告を日本政府が、厳粛に受け止め、ホームページでも公開して下さい。
安倍政権になって、内閣府の男女共同参画局のホームページから、それまで受けてきた女性差別撤廃条約委員会(CEDAW)からの勧告が、悪事を隠すかのように、消されて見えない状態になっています。よっぽど、後ろめたい気持ちがあるのでしょうね。
**国際的にも夫婦別姓訴訟について関心があり、凄く勉強されていました。
  2月15日の開会式後、NGO団長大谷美紀子弁護士が夫婦別姓の最高裁判決についても報告されました。それを受けて勧告にも、鋭い指摘がなされてあり、私も驚くほどでした。
私は、この文書を託し、CEDAWで読んでもらいました。みなさんも、私の思いを、お聴き下さい。

****************************************
別姓請願書
日本には、戸籍という、家を単位として、家の構成員を役所に届け出る制度があります。
そして、結婚するときに夫婦の姓は、強制的に同じものにされます。

96%の女性が夫の姓を名乗ります。社会の見えない力を感じます。
自分の姓を失い、アイデンティティも失うと感じる女性がいます。
私は、同姓でも、別姓でも、選べることを求め、裁判で敗れました。
私は、生まれたときの姓を名乗れないことで、54年苦しみました。
それは、これからも続きます。どうか助けてください。

そして、できうることなら、これから結婚する若者に同じ苦しみを、与えたくはないのです。
優しさを広める活動に、どうかご協力をお願いします。
*****************************************

私の生い立ちについて、少し説明させていただき、その後で、私の思いを聴いていただきますね。

名前は、私が生まれたときから当たり前に持っていて、自分を表すかけがえのない自分の一部として、アイデンティティを感じていたので、夫婦同姓強制にはどうしても抵抗がありました。50年間この思いを持ち続けてきました。夫と婚姻の意思の合致はありましたが、子どもが産まれる度に婚姻届とペーパー離婚を繰り返し、13年間の事実婚や通称使用をしました。私は、棄てさせられた姓(なまえ)を捜しなどしながら法制化を待ち望んできました。

2002年に「ななの会」という選択的夫婦別姓を目指すグループを作ったり、Mネット(民法改正の全国ネット)の院内集会に参加したり、地道な活動で草の根の運動をしてきました。また、署名を集めたり、要望書を出したり、政治にも働きかけてきました。政治は動きませんでした。

民主党政権下でさえ、選択的夫婦別姓案は通らず、選択議定書も批准無しでした。期待がついえ、終わったかのような失望感に見舞われました。このままではいけない。自分の姓(なまえ)を取り戻すために、自分を入れて5人・原告となって、裁判を起こしました。
ご存知の通り、裁判には負けましたが、五人の反対意見を得て、あと3人がひっくり返ればというところまで追い詰めました。

19人弁護団をはじめ、様々な人の思いを胸にこれからも闘っていきます。高橋和之名誉教授は、5月19日に「最高裁は、制度の範囲内に人権がある考え方をしているように思えるが、逆だ。人権が許す範囲内での制度でなければならない」と.

私は、「塚本協子で生き、塚本協子で逝きたいです。」


女性差別撤廃条約は、世界女性の憲法です

 女性差別撤廃条約は、「国連女性の10年」のさなか、世界中の国々が、ジェンダー平等に向けて歩みを進めてとき、呱々の声をあげた。 1979年「 女性差別撤廃条約が、第34回国連総会で採択されました。1980年条約の署名式が第2回世界会議(コペンハーゲン)の席上で行われ、日本も高橋展子デンマーク大使が、政府を代表して、署名をした。1985年に条約を批准し、世界で72番目の締約国になり、現在、189国が締約国です。
     なんで つくられたがけ 
 条約の2条に書いています。女性差別を無くしたいです。そのために、法律の中の差別を削除しよう。署名したから批准まで3つの国内法整備をしました。「国籍法改正」や「男女雇用平等法」と「高校での家庭科男女共学」です。4つ目に「民法の改正」を加えて欲しいとの私の呟きを、朝日新聞の声に採用されたので、嬉しかったです。明日から均等法の実施の前日、高校教師辞めました。「家庭の事情」と書くとき、夫に「辞めてよ」と言いました。凄く男社会を感じました。それまで、日本国憲法の基本的人権を守るための立憲主義のための民主主議が有るにで、大丈夫だと思っていました。

女性差別撤廃委員会による締約国の報告書審査と総括所見(勧告)
  2003年(CEDAW=女性差別撤廃委員会=23人専門家)の勧告を読みました。選択的夫婦別姓を助けるのは、総括所見(勧告)しかないと思いました。

日本女性差別撤廃条約NGOネットワーク(JNNC)
  NGOネットワークで、現在は、45団体が参加です。各団体が取り組んでいる課題の報告書など屋委員会の傍聴の他に、委員と対話ができる機会です。 

女性差別撤廃条約選択議定書を1刻も早く批准して欲しいと願います。
   最高裁大法廷の判決で、民法750条 夫婦同姓は、合憲です。第24条(両性の本質的平等)について、初めて具体的な法規範性を認めました。これからの女性運動の礎になります。

  女性差別撤廃条約選択議定書の個人通報制度と調査制度の資格を持っているのに使えないのは、残念です。 
               夫婦別姓訴訟の元原告 塚本協子





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2016年06月28日

夫婦同氏の強制及び再婚禁止期間に関する民法改正を求める院内集会

夫婦同氏の強制及び再婚禁止期間に関する民法改正を求める院内集会 

日弁連は5月19日11時半〜院内集会を開催しました。(JNNC後援)。
5月19日11時30分〜1時 参議院議員会館B107


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報告:山口智美氏(モンタナ州立大学社会学・人類学部准教授)から、24条をめぐる改憲の動き、
高橋和之氏(東京大学名誉教授)からは夫婦別姓訴訟の最高裁大法廷判決批判、
中川武隆氏(夫婦別姓訴訟弁護団・弁護士)から弁護団の報告、
坂本洋子氏(NPO法人mネット・民法改正情報ネットワーク理事長)からはCEDAW
からの勧告や民法733条をめぐる動きについてのご報告、


日本の右派運動について調査・研究しているモンタナ州立大の山口智美准教授(文化人類学)
 夏の国政選挙の争点の一つが、憲法改正。

憲法9条に注目が集まることで、隠れてしまっている論点もある。
例えば、緊急事態条項や個人の尊厳と男女平等を定めた憲法24条だ。
その憲法24条を「家」を重視する観点から変えようとする動きがあると、警鐘を鳴らす山口智美さんです。

 最高裁大法廷の夫婦別姓訴訟の判決では、日本国憲法第24条  婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、・・・△任藁樟の本質的平等・・について・、初めて具体的な法規範性を認めました。
これからの女性運動の礎になるでしょう。
1947年、新しい憲法ができ、新しい民法もできると聞いて、戦後のごたごたの中で戸籍制度は残り、夫婦は同姓を強制され、『家』制度は戦前と変わらず、多くの人の意識に残っていました。

 では、その通りに「のみ」を取ると、どんな影響があるのか。
山口さんは「婚姻をするかどうかに、結婚を2人だけで決められないのは「恐ろしいこと」と、山口さんは言う。
この主張は自民党の改憲草案とも一致している。
この草案は、憲法24条に次のような文言を加えている。「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」「戦前の『家制度』の復活を目指しているからではないか」と、山口さんは話す。

高橋和名誉教授は、私達の知りたいことを、何時も教えて下るので、感謝の言葉もございません。

憲法24条は、1項で婚姻の自由を規定し、2項で婚姻制度について定めている。     
なぜ1項に婚姻の自由を規定したかといえば、制度の上に自由があると考えたからだ。
人権と制度との関係について、最高裁は、制度の範囲内に人権がある考え方をしてい
るように思えるが、逆だ。人権が許す範囲内での制度でなければならない」

坂本洋子さんの報告は最後でした。
  嫡出推定を定めた民法772条には、次のようなルールが設けられている。
結婚中に妻が妊娠した場合は、夫の子と推定される。
坂本さんは、嫡出推定の規定が明治時代当時の医学水準で必要だった規定であることを指摘。
現代では(1)結婚中に妻が妊娠した場合は、夫の子と推定される。
のルール以外は「必要性はない」と主張した。
今回の最高裁判決で、再婚禁止期間については、100日を超える部分については違憲となったが、合憲となった100日間についても不要だという考えを示した。

これも、感謝の言葉もございません。



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2016年03月16日

選択的夫婦別姓の実現へ〜最高裁大法廷の判決を聴いて〜

選択的夫婦別姓の実現へ〜最高裁大法廷の判決を聴いて〜   
                 夫婦別姓訴訟原告団長 塚本協子


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 ◆最近の出来事から

 今年の2月16日には、国連の女性差別撤廃条約の女性差別撤廃委員会の人事理事会がジュネーブで開催されます。日本の女性差別についての現状を国連に伝えるため、結成されたNGO団が、15日の開会式後、NGO団長大谷美代子弁護士が夫婦別姓の最高裁判決も報告されました。私は、裁判で命をそそぎ、心身共に疲弊したので、私の思いを次の時代に繋いでくれることを祈って、手紙を託しました。                以下、手紙の内容です。
別姓請願書報告会 (730x775)20151219
           
日本には、戸籍という、家を単位として、家の構成員を役所に届け出る制度があります。
そして、結婚するときに夫婦の姓は、強制的に同じものにされます。
96%の女性が夫の姓を名乗ります。社会の見えない力を感じます。
自分の姓を失い、アイデンティティーも失うと感じる女性がいます。

私は、同姓でも、別姓でも、選べることを求め、裁判で敗れました。
私は、生まれたときの姓を名乗れないことで、54年苦しみました。
それは、これからも続きます。どうか助けてください。

そして、できうることなら、これから結婚する若者に
同じ苦しみを、与えたくはないのです。

優しさを広める活動に、どうかご協力をお願いします。




**私は、結婚で改姓して『嫁』になった母とは、異なる生き方を模索していました。**

 ◆ 選択的夫婦別姓制の実現へのお願い〜最高裁大法廷を聴いて〜

 訴訟から5年、憲法判断を争う最高裁大法廷をも動かし、最期までやり遂げられたのは、皆様方のお陰です。有り難うございます。苦しいこともありましたが、お互い切磋琢磨し、成長を遂げ、戦いをともにし、少数意見ですが5人の違憲判決を勝ち取りました。あと3人が、違憲ならば勝てるところまで来ました。
結果は、負けましたが、先人が心の血を流しながら築いた財産を武器に、この夫婦別姓訴訟があったことに感謝します。
私は13年間の事実婚や通称使用をしながら、それでも、自分の生まれたときの姓を社会の一部に対して堂々と名乗っても、受け入れられない違和感に、54年間苦しみ続けました。戸籍姓の署名は、公文書や医療機関で必ず必要です。書く度・聴く度に、私のアイデンティティを失って燻されるような痛みが、背中を走ります。そして、裁判に負けたことで、この苦しみが続くのです。


明治民法(1898年)に「家制度」が規定されてから初めて、2011年2月に原告団5人と弁護士団13人で夫婦別姓訴訟を提起しました。この夫婦別姓訴訟は、民法750条の同姓強制規定の改正を求めて提起しました。96%もの女性が夫の姓で結婚改姓をしています。見えない社会の圧力を感じませんか?この訴訟は、「個人の尊厳」「婚姻の自由・両性の本質的平等」「国際人権法の遵守」という、まさに憲法の根幹を争う戦いでした。

この訴訟の一審及び二審の判決では、棄却されたので、原告団5人と弁護団19人14年4月10日に最高裁へ上告しました。15年6月25日に最高裁大法廷で審議されることになりました。



民法750条同性規定に対する最高裁大法廷の判決の10人は合憲でした。

判決は人権侵害と女性差別撤廃条約違反に対する言及を避けています。

人権侵害とは:二宮周平立命館大学教授にいわく
「(弁護団が)この訴訟の基本は、氏名に関する人格権の問題だとし、これを第一に取り上げたことに同意する。これは人権侵害の問題であって、家族の在り方を論じているのではない」

★女性差別撤廃条約違反とは:大谷美紀子弁護士いわく「条約違反であるだけでなく、条約遵守義務を定めた憲法98条2項にも違反する」と、政府の条約遵守違反を厳しく指摘しました。


しかし、判決では、日本国憲法の第24条(両性の本質的平等)について、初めて具体的な法規範性を認めました。これからの女性運動の礎になるでしょう。

私たちが望んでいるのは「愛し合う二人に別姓結婚も認めよう」ということだけです。

私たちの子ども・孫には、同姓もしくは別姓を、自由に選んで欲しいと思います。
私と同じような苦しみを、感じてほしくないのです。
この運動を通して、そういう優しさを広めていきたいのです。      
仲間が増えていけば、国も決して、無視はできない。 
これからも、仲間と優しさを増やし、一緒に歩んでいきましょう。


そして、塚本協子で生き、塚本協子で逝きたいです。

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2015年12月23日

最高裁大法廷の判決が12月16日にありました。

最高裁大法廷の判決が12月16日にありました。

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ここまで、裁判にたくさんの応援をいただき、ありがとうございました。 〜弁護団より〜
 力が及ばず、残念な判決になりましたが、権利は、与えられるものではなく勝ち取るもの、また、ここからスタートしましょう。

 判決には、これからしばらく、多くの評釈が研究者からも発表され、さまざまな場所で、議論が発展していくものと思います。

 裁判にたくさんの応援をいただき、ありがとうございました。
  このサイトでも、しばらく、関連情報を発信していきます。(支える会のHPからの引用)


原告4人が手をを繋いでいます。その両方に弁護士団が並んでいます。

塚本が、求めた判決で、一瞬に一生をかけ、否定されました。とても、辛いです。悲しいです。80歳なので、最期の別姓訴訟に成ります。名前は私にとってどうしても譲れないものです。私の一生そのものです。

 私は、塚本協子で生き、塚本協子で逝きたいのです。

最高裁の判決は、これからも亊実婚が増えるでしょう。裁判所はこうした現実を踏まえて、次の機会の判決では別姓を望む原告を救済し、人権の砦としてこれからも国民に資することを希求します。

 12月16日に色々な声をお聴きしました。その1部を紹介します。

 名古屋の二宮純子弁護士は、「違憲判決を5人も引き出した功績」を称えています。
「別姓訴訟で一石を投じた。負けても嬉しいです」の73歳の結婚の当初から事実婚の方(FBの親友)もいます。
「塚本さんが訴えてくれて日本のみんなが感謝している」
【女のこを授かった、子のために勝ちたかった】
「通称使用では、全く不十分」「反対は声が大きいだけ」
「違憲は今まで9件しか無かった」「判決が出たときシーンとした。どよめきもなかった。司法への絶望」


これからスタートしましょう。最高裁の判決のうち5人も違憲です。もう3人で違憲判決が出ます。
皆で次につなげていきましょう!

「次の原告が、この富山の会から出れば嬉しいです。全国各地に別姓訴訟を起こしてくださいな(*^_^*)
あのユーモアで有名な打越さく良弁護士が引ぱって頑張って行きます。

皆様方のお陰です。有り難うございます。選択的夫婦別姓実現まで、共に歩いて行きたいです。
これからもよろしくお願いいたします。
             

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裁判

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2015年10月20日

別姓訴訟原告からのお願い(その2)2015年6月26日サンフエスWS

別姓訴訟原告からのお願い(その2)2015年6月26日サンフエスWS

別姓訴訟原告から報告:最高裁大法廷で2015年11月4日午後2時から弁論あります。
 

みなさま方の傍聴を、お待ちしております。よろしくお願いいたします。
支える会に案内もアップされましたね。

支える会のリンク



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今、私たちがやろうとしていることは「愛し合う二人に別姓結婚も認めよう」としているだけです。たっだそれだけです。でも、なぜ反対する人がいるのかわかりません。この法案が採決されたからと言って桜見も出来ます。桜も散ります。ってユーモア交えての日本の国会スピーチ聴きたいです。

自分の名前で生きたい〜選択的夫婦別姓を求めて〜

私派80歳です。10歳の頃から、家父長制で決められた、姓で生きてきたと思います。
ですから、最高裁大法廷で2015年11月4日〜最高裁の決定で、69年間の「審判」を静かな心境で受け止めたいと願っています。

 2002年にシャキットの方に選択的夫婦別姓の会・富山(ななの会)を作って貰いました。
そこで初めて富山県下でKさんに会いました。 
それまで私は1人で耐えていました。夫とは13年間事実婚をとおしていたけれど、校長命令で婚姻届けを出して、名前を捨ててしまいました。

 職場と夫の親戚だけは夫の姓で、それ以外はすべて塚本で通しました。「通称使用」という言葉を聞いたとき、すべてを通称使用にしようと思ったけれど、戸籍に関するものはできずに困りました。夫の名前で呼ばれると背中が焙られるようにチクリチクリとするんです。全国に、同じように夫婦同姓強制に苦しんでいる人は大勢います。

  2002年は政局も動いてました。党議拘束をはずして党派を問わずに投票できたら必ず法案が通るはずだったんですが、1997年ごろから日本会議がつくられました。目的は二つだけ、靖国神社参拝・夫婦別姓反対というので作られたかたが今政治の中心にいるかたです。

  ななの会から要望書をだしたり、立候補者にアンケートをとって考え方を公表したりしてました。2009年には民主党が夫婦別姓法案を通そうとしたけれどダメで、ショックを受けました。

 2010年のワークショップで坂本洋子さんをお迎えした時、「私は別姓訴訟をしたいので、弁護士さんを探してください」とお願いしました。それで紹介されたのが榊原富士子先生なんです。

  11月4日に最高裁で弁論を開くと決まって、原告たちはみんな喜んでいます。このニュースを自分のことと同じように感じてくださる人が別姓の会富山にたくさんいらっしゃいます。私はただの代表で皆さんと一緒に歩いていけばいいんだって安心しました。

  ここで違憲判決がでても、安心できません。あれだけ憲法学者が違憲だと国会で発言しても現政権は問題にもしません。憲法学者のなかにもお金が欲しいために賛成する人がいるわけです。
 今野党で民法改正法案をだしていますが、消え去りました。最高裁では違憲だけではなく、立法不作為を出さないと効果がありません。

 そうしてやっと皆さんの希望される別姓法案が国会にかけられます。国会を動かすには、ロビイングが必要です。
 裁判所を動かすのは皆さんの署名・傍聴だと思います。今、国会と裁判所は車の両輪です。違憲判決と立法不作為が大事。そうなれば嫌でも政府は国会にかけなければなりません。そしてやっと別姓結婚が出来ます。
同姓でも別姓でも、好きな方を選びませんか。女性にとって優しくて居場所のある社会にとお願いします。

  どうか勝てるよう、行動をよろしくお願いします。



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free71 at 12:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年08月11日

別姓訴訟原告からのお願い(その1)2015年6月26日サンフエスWS

別姓訴訟原告から報告:最高裁大法廷で2015年11月4日午後2時から弁論あります。
最高裁から6月25日午後3時頃電話で弁護士団長にありました




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 皆さんが夫婦別姓を求めているその気持ちが一致すれば嬉しいと思います。
後継ぎのかたも、私も家父長制のもと苦しんできました。

  私が生まれて2か月で父が亡くなり、私と母は大家族の中の長男の嫁と跡取りとして過ごしました。
「家族のために生きなさい」というように育ってきました。

私にはある原風景があります。母が、夕飯に具のない味噌汁と残り物を食べている姿。
女って惨めだと感じました。

 祖父は典型的な家父長でした。叔父が自分で決めた許嫁がいたにもかかわらず、それを認めないで他の女性をお嫁さんに貰ってしまうのをみて、私は小さい時から不思議でした。

小学生のとき裁判所に社会見学にいくとき、母に何か質問はないかと尋ねたら、「女は三界に家なしについて聞きたい」と。聞いてみました。裁判所の人は丁寧に新しい民法のことを、嬉しそうに教えてくれました。
「今の民法はそれがなくなって、女の人も人として認められるようになりました」「憲法では基本的人権を守る、あなたの権利を守ることができるんですよ」。それを母に伝えたら、「家父長制は無くなった」と涙を流して喜んでいました。

  私が高校3年生の時、母親から「あなたには許婚がいるから、卒業式が終わったら結婚しなさい」と言われて、3日間、炬燵(こたつ)に入ってサボタージュしました。
その時、私も母も家父長制の犠牲者なんだって。私にとって、開眼出来た!!<useremoji:4672> 

1947年に明治民法から現行民法なり、民法第750条で、家父長制が、なくなりました。」
しかし、「民法750条 夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。」夫婦同姓規制になり、敗戦時の旧勢力は、「戸籍」「天皇制」を死守しました。
それに、戸籍筆頭者や住民票に所帯主が、加わってから、未だに家父長制があると思っている男性大勢いいます。

それで、家父長制の残滓は、長幼の序・男尊女卑・妻ヘのDVも当たり前の家庭。富山では、何処にでもある景色です

  富山では別姓がやりづらい。その頃は「別姓」という言葉もなかった。夫は長男だし、結婚する時に困りました。スウェーデンやデンマークのように別姓を認めて欲しいと願いましたが、叶いませんでした。日本にはたくさんの学者もいる、先に結婚する人もいるから、誰かが叶えてくれると思っていたけど、誰も叶えてくれませんでした。私は悲しかった。
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心は自由でありたいと願いながら、良妻賢母として振る舞ってきた。
だけど、自分の名前だけは相手にあげることができなかった。名前を捨てることはできなかった。

  1985年、女子差別撤廃条約が結ばれたときに、3つの条件がありました。もう一つ夫婦別姓を付け加えてもらいたかった。私たちは家父長制のなかで生きていた。現行民法には、こんなに古いところがあるのだから、民法改正を条件に入れて欲しかった

  女性差別撤廃条約にしたがって、必ず4年おきに勧告を出してくれています。政府はレポートを出さなければなりません。国連には女性差別撤廃委員会、セダウと言っていますが、そこから必ず勧告が出ています。私はそこにすがるしかないと思ってはいたけれど、行動にはできませんでした。

  92年〜96年に内閣府で改正案がでました。閣議決定すればすぐに国会で通ったはずだったのに、一部の人たち、今の日本会議の人たちが「夫婦別姓とは何事だ」「日本の伝統に反する」と言って反対しました。

昔9割の庶民には姓がなかったのに、嘘をつかないでほしいと思いました。




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