2012年01月11日
ヨロコビノウタ
物事が始まるということはどういうことなのでしょうか。
一体どこからがスタートで、一体どの方へとその体を向けているのでしょうか。
そんな明確な線引きを誰もいちいち意識しながら過ごしてはいないと思うけれど、
言うなれば、人生とは複雑に絡み合った始点と終点の集合体です。
たとえば、2カ月前のその日、彼らは気付いていたのでしょうか。
今まで築き上げてきた価値観をあっさりと覆してしまうような、
そんな他のことに代えがたい瞬間があったことに、彼らは感付いていたのでしょうか。
もしかしたら始まりは、2年半前、彼らが入籍をした日だったのかもしれません。
もしかしたら始まりは、3年前、彼らが出会った日だったのかもしれません。
もしかしたら始まりは、遠い昔、彼らが産声をあげたそれぞれの日だったのかもしれません。
ココロハタノシクヨロコビアフレ ミカワスワレラノアカルキエガオ
もしかしたらそんな始まりの日は、
彼らが共に過ごして来た今までの1日1日だったような気がします。
もしかしたらそんな始まりの日は、
彼らが共に過ごしていくこれからの1日1日であるような気がします。
物事が始まるということは、きっとバトンのようなものを受け継いでいくことなのでしょう。
繰り返し繰り返し、目に見えないモノを後者へと送り出していく、
そう考えれば始まりというものは、遠い遠いはるか昔の終わりへと終着するのかもしれません。
待ち望んだこの日に見合う言葉がなかなか見当たらないけど、
あと数カ月、その花が開く日が来ることを心から楽しみにしています。
三好、がっちゃん、おめでとう!!!
待ち遠しくも愛おしい、長い長いカウントダウンの始まりです。
サァイマコソウタオウ ヨロコビノウタヲ
一体どこからがスタートで、一体どの方へとその体を向けているのでしょうか。
そんな明確な線引きを誰もいちいち意識しながら過ごしてはいないと思うけれど、
言うなれば、人生とは複雑に絡み合った始点と終点の集合体です。
たとえば、2カ月前のその日、彼らは気付いていたのでしょうか。
今まで築き上げてきた価値観をあっさりと覆してしまうような、
そんな他のことに代えがたい瞬間があったことに、彼らは感付いていたのでしょうか。
もしかしたら始まりは、2年半前、彼らが入籍をした日だったのかもしれません。
もしかしたら始まりは、3年前、彼らが出会った日だったのかもしれません。
もしかしたら始まりは、遠い昔、彼らが産声をあげたそれぞれの日だったのかもしれません。
ココロハタノシクヨロコビアフレ ミカワスワレラノアカルキエガオ
もしかしたらそんな始まりの日は、
彼らが共に過ごして来た今までの1日1日だったような気がします。
もしかしたらそんな始まりの日は、
彼らが共に過ごしていくこれからの1日1日であるような気がします。
物事が始まるということは、きっとバトンのようなものを受け継いでいくことなのでしょう。
繰り返し繰り返し、目に見えないモノを後者へと送り出していく、
そう考えれば始まりというものは、遠い遠いはるか昔の終わりへと終着するのかもしれません。
待ち望んだこの日に見合う言葉がなかなか見当たらないけど、
あと数カ月、その花が開く日が来ることを心から楽しみにしています。
三好、がっちゃん、おめでとう!!!
待ち遠しくも愛おしい、長い長いカウントダウンの始まりです。
サァイマコソウタオウ ヨロコビノウタヲ
2011年12月31日
セルアウト
2011年ももう終わりです。
何かいいことがたくさんあるんだろうなと、
何気なく思っていた去年の今頃、
このブログを再開することにしました。
どうしてでしょうか、
なぜかあの時、そんな気持ちになったんです。
僕を取り巻くかけがえのない友人たちの姿を、
思い出すだけで腹を抱えるような会話を、
胸が熱くなるような新しい出会いを、
そこから拓けた僕たちの未来の過程を。
そんな一生忘れることのできないような出来事を、
ここに書き留めていくつもりでした。
そしてそんなことに対する素直な感謝の気持ちを、
ここに書き記していくつもりでした。
けれどそんなことってものすごく無意味だなと、
いつしかそう思うようになりました。
活字にすることでいろんなことが削ぎ落され、色褪せてしまうような気がして、
だんだんとその行為自体が億劫に感じるようになりました。
日々少なくなっていく更新の数がそれを物語っていたと思います。
それはもちろん僕の文章力のせいもあって、
文字を起こすということにつくづく向いてないなと実感しました。
もしかしたら4つの「チカイノヒ」を転載し終わったあの時、
僕の目標は達成されてしまったのかもしれません。
再開してちょうど1年、
もっと書きたいことも、書き溜めた中からの転載もたくさんしたかったんだけど、
ずるずると惰性で続けていくよりは、そして更新もせずに放ったらかしにするよりは、
ここできっぱりと辞めた方がいいのかなと思います。
2012年はどんな年になるのでしょうか。
去年と同じように、何かいいことがたくさんあるんだろうなと、
ただ何気なくだけどそう思っています。
誰もが思い通りに幸せになれるわけではないだろうけど、
見上げる星や月や太陽のその距離よりは、
僕たちの幸せはずっと近いところにあるんだろうなと思います。
文字もブログを再開したようです。
純己も子供が生まれたとき、コソッと更新をしていたようです。
僕も自分ができることに悩みながら、
きっと何かを作り続けていくのでしょう。
「Further Along」。もっと遠くへ。
ではまた会う日まで。

何かいいことがたくさんあるんだろうなと、
何気なく思っていた去年の今頃、
このブログを再開することにしました。
どうしてでしょうか、
なぜかあの時、そんな気持ちになったんです。
僕を取り巻くかけがえのない友人たちの姿を、
思い出すだけで腹を抱えるような会話を、
胸が熱くなるような新しい出会いを、
そこから拓けた僕たちの未来の過程を。
そんな一生忘れることのできないような出来事を、
ここに書き留めていくつもりでした。
そしてそんなことに対する素直な感謝の気持ちを、
ここに書き記していくつもりでした。
けれどそんなことってものすごく無意味だなと、
いつしかそう思うようになりました。
活字にすることでいろんなことが削ぎ落され、色褪せてしまうような気がして、
だんだんとその行為自体が億劫に感じるようになりました。
日々少なくなっていく更新の数がそれを物語っていたと思います。
それはもちろん僕の文章力のせいもあって、
文字を起こすということにつくづく向いてないなと実感しました。
もしかしたら4つの「チカイノヒ」を転載し終わったあの時、
僕の目標は達成されてしまったのかもしれません。
再開してちょうど1年、
もっと書きたいことも、書き溜めた中からの転載もたくさんしたかったんだけど、
ずるずると惰性で続けていくよりは、そして更新もせずに放ったらかしにするよりは、
ここできっぱりと辞めた方がいいのかなと思います。
2012年はどんな年になるのでしょうか。
去年と同じように、何かいいことがたくさんあるんだろうなと、
ただ何気なくだけどそう思っています。
誰もが思い通りに幸せになれるわけではないだろうけど、
見上げる星や月や太陽のその距離よりは、
僕たちの幸せはずっと近いところにあるんだろうなと思います。
文字もブログを再開したようです。
純己も子供が生まれたとき、コソッと更新をしていたようです。
僕も自分ができることに悩みながら、
きっと何かを作り続けていくのでしょう。
「Further Along」。もっと遠くへ。
ではまた会う日まで。

2011年12月18日
シハセヅキ
キラキラと電飾を装った街の景観に反して、
この時期のセカセカとした雰囲気が僕は嫌いです。
誰も彼も足並みを揃えるように忙しいフリをして、
今までサボった分のツケを払いその辻褄を合せるように、
年末へ向けてのバタバタとしたこの時期の空気感が僕は大嫌いです。
元々、寒いのが苦手なのもあって、
場所を変える度に着込んでは脱ぎ、着込んでは脱ぎと、
そんな動作の繰り返しを想像してみるだけでいろんなことが億劫になってしまって、
結局ソファの上のタオルケットに身を包んで、ただじっと時間が過ぎるのを待っています。
「キット」「コイル」「キット」「コイル」、、、
まるで無意識に口から洩れるうわごとのように、
この2つのワードが頭の中をぐるぐると巡り巡って、
それを巧く表せられるイメージが浮かんでは消え、浮かんでは消えと、
なかなか形にならないジレンマと苛立ちを抱えて、僕はそのまま眠りにつきます。
12月5日の自らの記念日にまゆちゃんから温かいメールが届きました。
本当ならこちらから「おめでとう」と伝えなくてはいけなかったのに、
その意に反した、それは僕への感謝とお礼の言葉でした。
あの時のような力はもう僕にはないのでしょう。
言うなれば、成し得たことの全ては僕の力ではなく、
僕の背中を押していた他の誰かの力だったのでしょう。
白く四角い部屋の天井を見上げながら、
何となくそんなことを考えていました。
13日に僕にメールをくれた方々ありがとうございました。
Facebookには誕生日をあえて公開していないのですが、
どこかに記してくれていたのでしょうか、それとも心に留めていてくれたのでしょうか、
はたまた楽しみにその日を待ちわびていてくれたのでしょうか、
義務的ではなく自主的にわざわざメッセージをくれた方々は、
電子的で表面的な「つながり」ではなく、本当の「友達」という存在に近いのかもしれません。
誕生日もクリスマスも、
大切な人がいて初めて、意味のある日になるような気がします。
「キット」「コイル」「キット」「コイル」、、、
残りの2週間はあっという間に過ぎ、
この2つの難題を抱えたままの僕を、新たな年はあっさりと飲み込んでいくのでしょう。
あの時のような力はもう僕にはないけれど、
新たな門出を迎えようとしている友人たちの姿は、
再び僕の背中を押し続ける大きな力となり得るのでしょう。
白く四角い部屋の天井を眺めながら、
何となくそんなことを考えていました。
ってことで風邪っぴきから完全復活っ^^/
年内のイベント群を思いっきり楽しみたいと思います!!!
そしてまだ書くことは何も決まってないですが、
次の更新をもってこのブログは最後にしたいと思います。
この時期のセカセカとした雰囲気が僕は嫌いです。
誰も彼も足並みを揃えるように忙しいフリをして、
今までサボった分のツケを払いその辻褄を合せるように、
年末へ向けてのバタバタとしたこの時期の空気感が僕は大嫌いです。
元々、寒いのが苦手なのもあって、
場所を変える度に着込んでは脱ぎ、着込んでは脱ぎと、
そんな動作の繰り返しを想像してみるだけでいろんなことが億劫になってしまって、
結局ソファの上のタオルケットに身を包んで、ただじっと時間が過ぎるのを待っています。
「キット」「コイル」「キット」「コイル」、、、
まるで無意識に口から洩れるうわごとのように、
この2つのワードが頭の中をぐるぐると巡り巡って、
それを巧く表せられるイメージが浮かんでは消え、浮かんでは消えと、
なかなか形にならないジレンマと苛立ちを抱えて、僕はそのまま眠りにつきます。
12月5日の自らの記念日にまゆちゃんから温かいメールが届きました。
本当ならこちらから「おめでとう」と伝えなくてはいけなかったのに、
その意に反した、それは僕への感謝とお礼の言葉でした。
あの時のような力はもう僕にはないのでしょう。
言うなれば、成し得たことの全ては僕の力ではなく、
僕の背中を押していた他の誰かの力だったのでしょう。
白く四角い部屋の天井を見上げながら、
何となくそんなことを考えていました。
13日に僕にメールをくれた方々ありがとうございました。
Facebookには誕生日をあえて公開していないのですが、
どこかに記してくれていたのでしょうか、それとも心に留めていてくれたのでしょうか、
はたまた楽しみにその日を待ちわびていてくれたのでしょうか、
義務的ではなく自主的にわざわざメッセージをくれた方々は、
電子的で表面的な「つながり」ではなく、本当の「友達」という存在に近いのかもしれません。
誕生日もクリスマスも、
大切な人がいて初めて、意味のある日になるような気がします。
「キット」「コイル」「キット」「コイル」、、、
残りの2週間はあっという間に過ぎ、
この2つの難題を抱えたままの僕を、新たな年はあっさりと飲み込んでいくのでしょう。
あの時のような力はもう僕にはないけれど、
新たな門出を迎えようとしている友人たちの姿は、
再び僕の背中を押し続ける大きな力となり得るのでしょう。
白く四角い部屋の天井を眺めながら、
何となくそんなことを考えていました。
ってことで風邪っぴきから完全復活っ^^/
年内のイベント群を思いっきり楽しみたいと思います!!!
そしてまだ書くことは何も決まってないですが、
次の更新をもってこのブログは最後にしたいと思います。
2011年12月05日
シンキイッテン
あの日は僕にとってどんな日だったのでしょうか。
それは留意していないと見過ごしてしまうような、
今思うと小さな転機だったのかもしれません。
最近、ちっともやる気が起きません。
どんどんやるべきことが目の前に積み上げられていくのを横目に、
さっぱりそれに手を付ける気が起きません。
観ているのではなく、ただ見ている、
聴いているのではなく、ただ聞いている、
生きているのではなく、ただ息をしている、まさにそんな毎日です。
制御のきかない僕のプロペラは、どうやら長い超低空飛行の状態に突入したようです。
それでも何かしなくちゃと、そう思いながらずっとMacの前に座っていました。
けれど頭でそう思えば思うほど、手というものは思い通りに動いてくれないもので、
小さな虫が体中に這い回るようなムズ痒い感覚に似た焦燥感を、
あぁあの時と同じだなと、ニヤニヤとした気持ちで思い出しています。
互いに信頼のできる友人がいなければ、
僕たちはおそらく今のような関係になることはなかったでしょう。
あの大きな大きな目標を互いに共有していなければ、
僕たちはおそらく友人と呼べる間柄になることはなかったでしょう。
けれど、どうしてでしょうか。
それまでに為し得てきたものを、もう一つ上の段階へと引き上げてくれたのは彼でした。
もう限界だと思っていた僕の能力を、さらに引き出してくれたのはいつも彼でした。
それは彼の頼りなさのせいだったのかもしれません。
それはただの僕の衝動のせいだったのかもしれません。
もしかしたら友情や愛情というものではなくて、
僕の一方的な強い責任感だったのかもしれません。
そろそろかな、とずっと思い続けていました。
けれど愛着というものが邪魔をして、なかなか踏ん切りをつけることができませんでした。
有り難くも煩わしくも、いろんな人からモノ作りをする機会を与えられ、
その度に僕はその前に座り込み、気が遠くなるような時間を費やしてきました。
僕が作ったものは全てこの白く古びたMacから生まれ出てきました。
僕とみんなを繋いでいたものは実はこの時代遅れのMacだったのかもしれません。
新たな気持ちで今までと違うモノを作ろうと、僕はMacを買い替えることにしました。
どんなにキレイに掃除をしてみても、電源コードを抜いてしまえば、
もう役目を終えたかのように、昔のような輝きを放つことはありませんでした。
自分の大切な日の一部を僕に委ねてくれたこと、
そして超えられそうにない高い高い壁を用意してくれたことに、
みんなと同じように僕は感謝をしています。
図々しくも厚かましくもあったあの時の彼の態度は、
きっと僕の重い腰を持ち上げるための彼なりの優しさだったような気がします。
あの日は僕にとってどんな日だったのでしょうか。
いろんなことがありすぎて、思い出すことをやめてしまっていたけれど、
それは気に留めていなくても互いに確認し合った、
僕たちのこれからのための小さな足掛かりに過ぎなかったのかもしれません。
今日は12月5日。
彼の結婚式からちょうど2年が経ちました。
あの日の二人を思い返すように、そしてあの日の自分の作品をなぞるように、
この古ぼけたMacで作った最後の作品は、僕から彼への新居祝いのプレゼントでした。
草ちゃん、まゆちゃん、おめでとう^3^
「あれからまた一年、それはこれから二人がずっと繰り返し重ねていく、365日」
忘れずに〜

「ハウスウォーミング」FDWK-0010 (c) 2011 FREEDOMWORKS
それは留意していないと見過ごしてしまうような、
今思うと小さな転機だったのかもしれません。
最近、ちっともやる気が起きません。
どんどんやるべきことが目の前に積み上げられていくのを横目に、
さっぱりそれに手を付ける気が起きません。
観ているのではなく、ただ見ている、
聴いているのではなく、ただ聞いている、
生きているのではなく、ただ息をしている、まさにそんな毎日です。
制御のきかない僕のプロペラは、どうやら長い超低空飛行の状態に突入したようです。
それでも何かしなくちゃと、そう思いながらずっとMacの前に座っていました。
けれど頭でそう思えば思うほど、手というものは思い通りに動いてくれないもので、
小さな虫が体中に這い回るようなムズ痒い感覚に似た焦燥感を、
あぁあの時と同じだなと、ニヤニヤとした気持ちで思い出しています。
互いに信頼のできる友人がいなければ、
僕たちはおそらく今のような関係になることはなかったでしょう。
あの大きな大きな目標を互いに共有していなければ、
僕たちはおそらく友人と呼べる間柄になることはなかったでしょう。
けれど、どうしてでしょうか。
それまでに為し得てきたものを、もう一つ上の段階へと引き上げてくれたのは彼でした。
もう限界だと思っていた僕の能力を、さらに引き出してくれたのはいつも彼でした。
それは彼の頼りなさのせいだったのかもしれません。
それはただの僕の衝動のせいだったのかもしれません。
もしかしたら友情や愛情というものではなくて、
僕の一方的な強い責任感だったのかもしれません。
そろそろかな、とずっと思い続けていました。
けれど愛着というものが邪魔をして、なかなか踏ん切りをつけることができませんでした。
有り難くも煩わしくも、いろんな人からモノ作りをする機会を与えられ、
その度に僕はその前に座り込み、気が遠くなるような時間を費やしてきました。
僕が作ったものは全てこの白く古びたMacから生まれ出てきました。
僕とみんなを繋いでいたものは実はこの時代遅れのMacだったのかもしれません。
新たな気持ちで今までと違うモノを作ろうと、僕はMacを買い替えることにしました。
どんなにキレイに掃除をしてみても、電源コードを抜いてしまえば、
もう役目を終えたかのように、昔のような輝きを放つことはありませんでした。
自分の大切な日の一部を僕に委ねてくれたこと、
そして超えられそうにない高い高い壁を用意してくれたことに、
みんなと同じように僕は感謝をしています。
図々しくも厚かましくもあったあの時の彼の態度は、
きっと僕の重い腰を持ち上げるための彼なりの優しさだったような気がします。
あの日は僕にとってどんな日だったのでしょうか。
いろんなことがありすぎて、思い出すことをやめてしまっていたけれど、
それは気に留めていなくても互いに確認し合った、
僕たちのこれからのための小さな足掛かりに過ぎなかったのかもしれません。
今日は12月5日。
彼の結婚式からちょうど2年が経ちました。
あの日の二人を思い返すように、そしてあの日の自分の作品をなぞるように、
この古ぼけたMacで作った最後の作品は、僕から彼への新居祝いのプレゼントでした。
草ちゃん、まゆちゃん、おめでとう^3^
「あれからまた一年、それはこれから二人がずっと繰り返し重ねていく、365日」
忘れずに〜

「ハウスウォーミング」FDWK-0010 (c) 2011 FREEDOMWORKS
2011年11月20日
キット
いつだったか、いつもの他愛もない電話の中でミクが僕にこう言いました。
「私たちの友達ってキョウヘイしかおらんと思うねん」
旦那のヒデと会話をしていた時の、それは些細な話題の一つだったようです。
2011年11月11日、「1」がキレイに並んだこの日、文字が大阪へ帰ってきました。
母としての風格を身に纏った香子ちゃんとその腕の中に優しく抱かれた娘を連れて、
彼は僕たちの前に姿を現しました。
彼と会うのは純己の結婚式以来、
思い起こせばそれはもう一年半も前のことでした。
草ちゃんの結婚式のすぐ後の出来事で、
僕たちの間に亀裂が入っていたことは確かです。
第三者のちょっとした不用意な一言で、
僕たちの間に取り返しのつかない大きな溝ができていたことは事実です。
その件に関しては僕が彼を許すことはありません。
僕の隣でヘラヘラと笑っていた中ちゃんのことを僕が許すことはありません。
けれど「そんなことで簡単に崩れてしまうのか」と、
そう聞かれてみれば、僕には返す言葉がありません。
「それが本当の友情なのか」と、
そんな風に違う立場になって考えてみると、僕は首を傾げることしかできません。
この日、文字が話した言葉を聞きながら思ったことがあります。
それは今まさにいる僕の居場所ついてです。
以前「ワレオモウユエニ」で書いたように、
僕が今いる場所は文字が繋げていた輪の中です。
何食わぬ顔で、そして今では当たり前のように、その中にどっかりと居座っているけれど、
もしかしたら僕は大きな過ちを犯しているのかもしれません。
日々蓄えた知識を饒舌に披露し続けた悟史と、
口数少なく「うんうん」と頷いていた三好と、
無理矢理スケジュールを合わせてまで駆けつけた純己と、
みんなが揃ったことが終始嬉しそうだった草ちゃんと、
そしてその様子を腕を組みながら物静かに眺めていた文字と。
僕のせいで彼らの関係は変化してしまったのではないでしょうか。
僕がいなければもっと話すべきことが他にたくさんあったのではないでしょうか。
2年前の僕と文字の出来事が彼らの関係に影を落としているのではないでしょうか。
もしかして僕はものすごく身勝手な人間なのではないでしょうか。
僕という存在は邪魔以外の何者でもないのかもしれません。
4年前のあの日僕が顔を出したことで、
僕は彼らの大切な未来の形を歪めてしまったのかもしれません。
その話を聞いて、僕はミクにこう答えました。
「他人がどう思っているかは関係ないかな」
自分が友人だと思えることが何より重要なんじゃないかなと。
他人が自分に恩や感謝を感じているかは別にして、
そう思うならまず自分がそれを相手に伝えるべきじゃないかなと。
それに対する努力はいくらしてもし足ることってないんじゃないかなと。
もちろんそう思えるヒデとミクは、僕の大切な友人です。
いつだったか、いつもの下らない電話の中で悟史が僕にこう言いました。
「来年はきっといいことがありそうな気がする」
すごくありふれた言葉だけど、なぜかその時、
ふと悟史が口にしたこのセリフに僕は微笑ましい気持ちで一杯になりました。
この日文字が話したように、「きっと」という言葉には、
僕たちの思い描く限りの全てが詰まっているような気がします。
僕たち人間の原動力は全てこの言葉によって言い表せてしまうような気がします。
そしてそれにはおそらく僕たちのこれからも含まれていることでしょう。
文字は今月末からシンガポールへ移住するようです。
2011年11月11日、「1」がキレイに並んだこの日に合わせるように、
僕たちは1年半振りに大阪で顔を揃えました。
どんなに年月を経ても、いつかまたこうして集まる日はやって来ることでしょう。
彼らもまたかけがいのない僕の大切な友人たちです。
少なくとも僕は、、、そう思っています。
じゃ文字、行ってらっしゃい(^-^)/
近々みんなでそちらに伺います。

ちなみに私、5年振りにMacを買い替えまして、、、
あれもこれもとやることが山積してる割になかなか前に進みませんで、、、
決してサボっているわけではありませんので〜
じゃみんな、今週末草野家新居で会おうぞ。
「私たちの友達ってキョウヘイしかおらんと思うねん」
旦那のヒデと会話をしていた時の、それは些細な話題の一つだったようです。
2011年11月11日、「1」がキレイに並んだこの日、文字が大阪へ帰ってきました。
母としての風格を身に纏った香子ちゃんとその腕の中に優しく抱かれた娘を連れて、
彼は僕たちの前に姿を現しました。
彼と会うのは純己の結婚式以来、
思い起こせばそれはもう一年半も前のことでした。
草ちゃんの結婚式のすぐ後の出来事で、
僕たちの間に亀裂が入っていたことは確かです。
第三者のちょっとした不用意な一言で、
僕たちの間に取り返しのつかない大きな溝ができていたことは事実です。
その件に関しては僕が彼を許すことはありません。
僕の隣でヘラヘラと笑っていた中ちゃんのことを僕が許すことはありません。
けれど「そんなことで簡単に崩れてしまうのか」と、
そう聞かれてみれば、僕には返す言葉がありません。
「それが本当の友情なのか」と、
そんな風に違う立場になって考えてみると、僕は首を傾げることしかできません。
この日、文字が話した言葉を聞きながら思ったことがあります。
それは今まさにいる僕の居場所ついてです。
以前「ワレオモウユエニ」で書いたように、
僕が今いる場所は文字が繋げていた輪の中です。
何食わぬ顔で、そして今では当たり前のように、その中にどっかりと居座っているけれど、
もしかしたら僕は大きな過ちを犯しているのかもしれません。
日々蓄えた知識を饒舌に披露し続けた悟史と、
口数少なく「うんうん」と頷いていた三好と、
無理矢理スケジュールを合わせてまで駆けつけた純己と、
みんなが揃ったことが終始嬉しそうだった草ちゃんと、
そしてその様子を腕を組みながら物静かに眺めていた文字と。
僕のせいで彼らの関係は変化してしまったのではないでしょうか。
僕がいなければもっと話すべきことが他にたくさんあったのではないでしょうか。
2年前の僕と文字の出来事が彼らの関係に影を落としているのではないでしょうか。
もしかして僕はものすごく身勝手な人間なのではないでしょうか。
僕という存在は邪魔以外の何者でもないのかもしれません。
4年前のあの日僕が顔を出したことで、
僕は彼らの大切な未来の形を歪めてしまったのかもしれません。
その話を聞いて、僕はミクにこう答えました。
「他人がどう思っているかは関係ないかな」
自分が友人だと思えることが何より重要なんじゃないかなと。
他人が自分に恩や感謝を感じているかは別にして、
そう思うならまず自分がそれを相手に伝えるべきじゃないかなと。
それに対する努力はいくらしてもし足ることってないんじゃないかなと。
もちろんそう思えるヒデとミクは、僕の大切な友人です。
いつだったか、いつもの下らない電話の中で悟史が僕にこう言いました。
「来年はきっといいことがありそうな気がする」
すごくありふれた言葉だけど、なぜかその時、
ふと悟史が口にしたこのセリフに僕は微笑ましい気持ちで一杯になりました。
この日文字が話したように、「きっと」という言葉には、
僕たちの思い描く限りの全てが詰まっているような気がします。
僕たち人間の原動力は全てこの言葉によって言い表せてしまうような気がします。
そしてそれにはおそらく僕たちのこれからも含まれていることでしょう。
文字は今月末からシンガポールへ移住するようです。
2011年11月11日、「1」がキレイに並んだこの日に合わせるように、
僕たちは1年半振りに大阪で顔を揃えました。
どんなに年月を経ても、いつかまたこうして集まる日はやって来ることでしょう。
彼らもまたかけがいのない僕の大切な友人たちです。
少なくとも僕は、、、そう思っています。
じゃ文字、行ってらっしゃい(^-^)/
近々みんなでそちらに伺います。

ちなみに私、5年振りにMacを買い替えまして、、、
あれもこれもとやることが山積してる割になかなか前に進みませんで、、、
決してサボっているわけではありませんので〜
じゃみんな、今週末草野家新居で会おうぞ。




