小淵沢の冷蔵庫

はんでめためたごっちょでごいす! このブログは、IE(Internet Explorer)で閲覧しないことをお勧めします。 "Google Chrome" "Firefox"で最適化するよう編集しておりますので、 IEでは表示が乱れます。「小淵沢の冷蔵庫」というタイトルをクリックすると最新50件の日記が表示されます。              

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オリンピックは、新しい種目が「商業的」に期待される、もしくはそれを狙った種目選考が重要です。競技人口とは別に「放映権」がビジネスだからです。 そんな背景の中で、たいへんなのは中継するアナウンサーです。 あたらしい種目、もしくは新しい技術に対する知識が必要だからです。オリンピックのテレビ中継アナウンサーは、NHK,民放の選抜チームです。スポーツ中継の経験が豊富で、その中でも得意種目がある人が選ばれます。かつて、かつてというのは10年以上前ですが、スノーボードの技やその難易度に言及できるアナウンサーは居ませんでした。カーリングの戦略にコメントできるアナウンサーも居ませんでした。すべて解説者に丸投げ。 アルペンスキーもノルディックスキーでも、今回のオリンピックでは、解説者に振る前のアナウンサーのコメントが的確です。 アナウンサーの「勉強量」を感じます。 もちろんプロだから当たり前なのですが。 さて、 それに比べてその競技で選手として過ごしてきた時間がある人の解説者としての「言葉」が貧しいと思うのは僕だけでしょうか。

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今回のオリンピックでは、クロスカントリースキーに、男女とも一人づつしか選手が出場していません。寂しいことです。男子は吉田 圭伸選手です。今日、最初の種目であるクラシカルとフリーを15キロづつ走るアスロン競技がありました。 テレビで見ていました。 解説の今井さんは、クロスカントリーの第一人者でした。彼がテレビの解説の中で、「ネップ根性みせてほしいです!」と言ったのです。これは、ほぼスキー関係者しか理解出来ないと思います。結局、彼はクラシカルの差を縮めることができず満足できる成績ではありませんでした。

 ネップ根性とは、造語です。これは吉田選手の出身高校であるおといねっぷ美術工芸高校の生徒が作ったのだと思います。音威子府とはアイヌ語で「濁った河」という意味だそうです。村は人口800人。唯一の高校である美術工芸高校は、豊富な森林資源を活用して木工工芸を学ぶ珍しい高校です。そして、クロスカントリースキー部は二年連続でインターハイ優勝。過去から名選手を輩出しています。吉田選手もその高校の出身です。スキー部では無いのです。クロスカントリースキー部。

 冬の間、気温がプラスにならない音威子府。

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僕の音楽体験のルーツは、小学生時代の父のクラシックレコード、中学、高校、大学時代の友人のレコード。そして、東京FMのコスモポップスベストテン、とサンデーソングブックです。学生時代、僕は知人のピンチヒッター、代理でテニスクラブでアルバイトをしていました。土曜日の午後が多く、クラブハウスではいつも東京FMのコスモポップスベストテンが流れていました。サイモンとガーファンクル、ロッドスチュアート、ABBA、クイーン。 ブライアン・フェリーを知ったのもこの番組でした。その後、コスモポップスベストテンに続く時間帯に、山下達郎氏の番組が始まりました。最初はサタデーソングブックでした。土曜日の午後は、まさに僕のゴールデンタイムになりました。

 あっという間の25年。 山下氏と音楽の付き合い方を俯瞰する永久保存版の雑誌。コスモポップスベストテンの後にサンソンが流れてくるという素晴らしい体験を僕は今でも懐かしく思い、それは貴重な時間でした。

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U2の名アルバムと同名のTax Mex料理のお店は、なかなか居心地がよく料理も美味しいです。小淵沢近辺には、このようなTaxMex系や、BAR(バル)系のお店が少ないのがすこし寂しい感じです。前者は安いビールにとっても合いますし、後者は安いワインに合います。つまり、お手軽で美味しい「気取らない料理」なのです。僕はどちらも大好きです。山梨大学医学部附属病院、網膜外科での診察後、立ち寄りました。きっとこの店は繁盛するでしょう。

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平成元年に亡くなった森敦氏の短編小説なのかエッセイなのか判然としないこの本を僕は衝撃をもって読みました。もうずいぶん昔の話です。今日、久しぶりに読み返しました。

 天上の尺度

56億7千万年といえば、ほとんど永劫である。しかし、この56億7千万年は弥勒菩薩のいます浄土兜率天にあっては、4千年に過ぎない。すなわち、わたしたちこの世に尺度で56億7千万年であるものも、天上の尺度にしたがえば4千年である。わたしがどの尺度にしたがって、4千年を56億7千万年とするか、56億7千万年を4千年とするかは、わたしたちがわたしたちを天上の尺度にしたがわしむるか、この世の尺度にしたがわしむるかにある。

※弥勒菩薩がこの世に現れて、私達を救うという年月が、地球の年齢に近く、その浄土の年月が、メソポタミアの最古の文字に極めて近いということに、僕は衝撃を受けました。森敦、まだ読んでいない本があるので、これから物色いたします。

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人生初のインフルエンザ。40度近い高熱が去った昨日のこと、夜はネットで昔の知り合いを探していました。僕の高校時代、北海道ではまだテニスが盛んとは言えない状態でした。そんな中、男子では札幌東高校のS君と、僕のダブルスのペアだった小樽潮陵高校のS君が2強でした。 女子は、同じく小樽潮陵高校のNさん、札幌南高校のOさん、札幌静修高校のDさんが3強だったと記憶します。

 唯一ネットで情報が何件か出て来るのは、Dさんだけです。それもそのはず、僕の同年代で彼女が唯一プロテニスプレイヤーとして活動していたからです。トーナメントで好成績を残したわけではありませんが、ずーっとプロのテニスコーチとして札幌郊外のテニスクラブに所属して活躍していました。
 活躍していました、と過去形なのは、彼女の所属クラブが開いた「Dさんを送る会」という記事があったからです。詳細はわかりませんが、ご冥福をお祈りするばかりです。

 札幌静修高校に京都から小柄な転校生が来ました。それがDさんでした。テニス部に所属した彼女の試合を見てびっくり。ほんとうに上手でした。高校2年の時、札幌中島公園のコートでダブルスの試合がありました。僕達の試合が進む中、Dさんのダブルスの試合が隣のコートで始まりました。もちろん目の前の相手に集中していたのですが、その集中力を乱してくれたのがDさんです。 彼女は自分がイージーミスをすると、大きな声でダブルスのペアに「かんにーーん!」と言うのです。僕の語彙にはそんな言葉は無く、さらにその独特のイントネーションに集中力を削がれたのをはっきり覚えています。 遠い昔の話しです。

※写真は冬の中島公園テニスコート

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小川洋子さんは、僕が好きな小説家の一人です。 もう25年近く前でしょうか彼女の短編集を買いました。彼女が大好きな佐野元春氏の曲、というよりは歌詞を扉とした短編集は今でもときどき読み返します。

 ”Christmas Time in blue”
雪のメリークリスマスタイム
揺れる街のキャンドルライト
道ゆく人の波に流れるまま
Christmas Time In Blue
街のLittle Twinkle Star
夢に飾られているけれど
かまわないさ このままで
歩き続けよう
Christmas Time In Blue
街の輝きはやがて にじんでゆく
時の流れのままに
約束さ Mr.サンタクロース
僕は あきらめない
聖なる夜に口笛吹いて
街のLittle Twinkle Star
揺れる胸のキャンドルライト
いつの日も君は輝きも そのままに
Christmas Time In Blue
いつの日も君は輝きも そのままに
Christmas Time In Blue
Christmas Time In Blue
Sha La La La La La...
愛してる人も愛されてる人も
泣いてる人も笑っている君も
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小川洋子さんは、佐野氏の歌詞につづけて物語を綴ります。

 さて、クリスマスというと僕は必ずある2つの風景を思い出します。僕は今までに34回のこの聖なる夜を迎えたわけですが、会社で残業していても、スキー場にいても、部屋でごろごろしていても、いつの間にかその2つの風景が胸を満たしてくるのです。
(※その後語られる2つの物語は、彼の母が作ったクリスマスリースにまつわる話と、クリスマスに突然亡くなった恋人の話です。)

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 僕にはクリスマスの楽しい思い出というのはあまりありません。 ただ、60歳を前にしたこの年にして、やっとおだやかに口笛を吹いてクリスマスを迎えられるようになりました。Christmas Time In Blue

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白洲正子、須賀敦子のエッセイは、ほとんど読んできました。僕の知らない「何か」に命を与えるような繊細な筆致を通じて僕は多くのことを学んだような気がします。今日は白洲正子の「風姿抄」を読み返しました。風姿抄の冒頭に、荒川豊蔵氏所有の「織部よびつぎ茶碗」の写真があります。漆と金を使って割れた陶磁器を修復する技術のことを、現在、一般的には「金継ぎ」と呼ばれることが多いのですが、僕は「よびつぎ」という言葉のほうが大好きです。白洲さんは、この著書で告白しています。彼女ほどの美意識をもつ人でも、この荒川氏の「よびつぎ」を見るまでは特に興味はなかったそうです。それは、器の持つ美しさを補修して再現したという一品ではなかったからです。荒川氏は魯山人と親交厚い古志野を復興した陶芸家です。彼の茶会で彼は、わざと白洲さんの前に「織部よびつぎ」に茶を入れて出したそうです。この織部よびつぎ、なんと継いだパーツが異なる茶碗のものなのです。それは、すでにもとの器とは異なるものです。 僕が「金継ぎ」ではなく「よびつぎ」という言葉が好きなのは、彼女の著書でこの織部を知ったからだと思います。補修ではなく創作だからです。

 「金継ぎ」を教えてくれる教室はいくつもあります。スキーシーズンが終わったら習ってみようと思います。ただ、継ぐ器がありません。 亡くなった父が買ってきた萩焼きの名品を割ってしまおうかと、本末転倒の妄想に悩まされる今日このごろです。はは

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Robert Sabuda は、絵本作家です。ポップな「しかけ絵本」(いわゆる飛び出す絵本です)は、ポップアートと言えるジャンルだと思います。僕は大好きで、鎌倉のしかけ絵本専門店でこの「クリスマス・アルファベット」を何年か前に買いました。 この季節。ついペラペラとめくります。

 AからZまで、アルファベットごとに開く、飛び出す絵本です。僕は「G」のGiftが大好きです。なぜか猫が箱から出てきます。僕は確かに猫好きですが、だからこの「G」が好きなのではありません。Giftという英語が好きなのだと思います。日本語では、才能、能力みたいな言葉がよく使われますが、どうもそのような努力の産物みたいな言葉にはある種の「重さ」がつきまといます。「Gift」というのは天賦の才、という意味なのだと思います。神様から与えられた何か、それがGift。

 それが大きなものではなくても、とても小さなものでも、与えられたGiftは誰にもあります。たぶん、僕にも。そんなことを信じて生きています。

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そんなに映画を見ない僕にとって、2017年はドキュメンタリー映画の年でした。
 「Janis :Little girl blue」「MERU」そして、最後に「Ryuichi Sakamoto: CODA」です。

Ryuichi Sakamoto: CODA

 まず、本当に僕が疑問だったのは、坂本龍一氏がこのような映画を作ることを決断したことです。それほど、彼はこのような内状告発的な映画の製作を認めるようなキャラクターでは無いからです。彼の性格の本質は、彼自身も言っていますが「作品が全て」という態度です。その製作の過程とか、気持ちの揺れとかを直接的に発言する事には彼は否定的です。それでもなぜ、この時期にこのような、「ナマの坂本」を見せたのでしょうか? 彼は監督の人柄にほだされた、みたいなコメントをしていますが、そんな馬鹿な。それは絶対ウソです。僕は思います。彼ほどの「才能」が、「信じていた音楽という言葉」に「微妙な疑問」を持ち始めたからだと思います。全てが印象的なシーンの連続ですが、僕は、津波で壊れたピアノを弾くシーンが大好きです。響かない音、戻らない鍵盤、淀んだ残響、それでもあのシーンは泣きそうになりました。それと、最後のシーン。 寒いニューヨークの部屋で、初歩的な、ほんとうに幼稚園児が弾くような練習曲のフレーズをたどたどしく弾くシーンです。毎日指を動かそうと言って、彼が言いながら映画はエンドロールに。
 よい映画でした。 けっしてこれが彼のCODAにならないことを祈って

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「探偵はBARにいる」の映画シリーズも3作目です。札幌の東直己氏の看板ともいえる小説は、ススキノ探偵シリーズと言われます。彼のデビュー作がこの映画シリーズの題名になっています。僕は小説も、この映画も大好きでして、映画は一作目から封切りと同時に観てきました。今日はその3作目の封切り日。もちろん観てきました。大泉洋、松田龍平は、映画一作目からの最高のコンビです。ススキノをねじろとする探偵、便利屋みたいな大泉洋と、空手使いの北海道大学農学部の大学院生役の松田龍平コンビがヤバイ事件に巻き込まれながらちょっとコミカルな感じをいつも絶妙に演じています。
 僕は、映画の面白さに惹かれて観続けているのですが、やはり小学校低学年だった子供のころ育った札幌の街の風景に惹かれる部分も大きいかもしれません。僕の家は中島公園の南の端にありました。公園で遊んだあと、家とは反対のススキノに抜けて夕方から夜にかけてウロウロして市電(路面電車)で帰ってきたものです。ススキノでは3回補導歴があります。新しいビルもたくさんできて、様々なお店も入れ替わり続けていますが、やはり、ススキノにはススキノの強い香りがいまだにあります。
 1階が普通の本屋で、2階がピンサロ、3階がカフェで、4階が会社の事務所。なんて雑居ビルがあるのはススキノならではです。はは。

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安田侃(やすだかん)氏の彫刻は、けっこうあちこちにあります。ニューヨーク、ローマ、札幌、東京、その他ほんとうにたくさんの場所に彼の彫刻はあります。その理由はきわめて単純で、美しいカタチだからです。そして、現代の都会の風景にも、荒野にも溶け込むという、言葉は悪いのですが汎用性のある装飾性を備えているからです。えばっていない。ずーっとそこにあっても違和感が無い塊。

 横浜桜木町。日石横浜ビルの前にある「天泉」という作品を僕は大好きです。
 
 彼は僕の母親が生まれ育った北海道の炭鉱町、美唄の出身です。かつては10万人近くの人が暮らした豊かな炭鉱町も今は2万人。財政困窮の田舎まち。彼の子供時代は、美唄が最も景気が良かった時期でした。戦争は炭鉱町に繁栄をもたらし、さらに北海道はまったく空爆などの影響もなく食料も豊富だったと僕は両親から聞きました。戦後もしばらくは石炭需要は大きく、炭鉱町は豊かでした。そんな時代を背景にして、父の故郷である幾春別、母の暮らした美唄、僕の親戚の多い夕張などからは、意外なほど学者、政治家、芸術家、医者、などを多く輩出しています。 まあ、単純に「豊か」だったということなのだと僕は思っています。

 イタリアを拠点とし、白い大理石を使った現代的なアート作品を早くから志向した安田氏のキャリアには、かつての炭鉱町の繁栄が少なからず影響していると思います。そんなことを考えながら「天泉」を見ていました。

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森崎 博之、安田 顕、大泉 洋、戸次 重幸、音尾 琢真の5名による演劇ユニットが「TEAM NACS」です。40歳代前半のこの5名は、札幌の北海学園大学演劇研究会のメンバーでした。リーダーは森崎博之ですが、全国区で名前が知られているのは大泉洋、安田顕だと思います。この売れっ子2名でさえも、いまだに北海道に軸足を置いて活動しています。所属芸能事務所も札幌のクリエイティブオフィスキューです。全国区の2名に共通するのは「笑いを作るセンス」だと思います。もちろん、持って生まれたセンスもあると思いますが「舞台で練られた言葉」「観客との間」などが、彼らを鍛えたのだと思います。
 以前にも書いた記憶があるのですが、洋の東西を問わず、コメディアン、喜劇俳優の中にその後、映画や舞台で大成する人が多いのですが、大泉氏や安田氏にも同じニオイを感じます。 

 劇作家、演出家の福田 雄一と安田顕の対談の中で、「泣きのパターンは4つくらいだけれど、笑いのツボは無数にある」という話がありました。そのとおりだと思います。笑いのセンスは無数にある「状況設定」と「間」をコントロールする能力だと感じます。お笑い界の大御所、落語の名人、そして、大泉氏や安田氏に僕はその能力を感じます。

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山梨県山梨市のマキタスポーツ用品店は閉店してしまいましたが、マキタスポーツは絶好調です。彼がブレイクするきっかけの一端は、「東京ポッド許可局」というインターネットによるポッドキャスト配信でした。同時に、局員であるサンキュータツオ(通称タツオ)、プチ鹿島(通称PKさん)も今や「北野オフィス」の芸人の枠を超えて大活躍です。

 TBSラジオは、2001年より、在京ラジオ局の中で、ダントツの聴取率を誇っています。森本毅郎、毒蝮三太夫、大沢悠里、荒川強啓などに加え、他のラジオ局から移籍してきた伊集院光やライムスター宇多丸、若手評論家の荻上チキ、コラムニストのジェーン・スー、ジャズミュージシャンの菊地成孔などを起用しながら、思い切った番組編成を行ってきた結果です。
 さらに、なんといってもラジオ業界で前例のなかった決断は、ポッドキャストで人気のあった「東京ポッド許可局」をラジオ番組として採用したことです。さらにあり得なかったのは「スポンサーの無い番組」だったことです。 ただ「おもしろい」というだけでスポンサー無しで番組を開始したのです。NHKじゃないのに。 ごく最近、レナウンがスポンサーになりました。

 東京ポッド許可局という「お喋りおじさん3人」は既に「名言」と呼んでいい言葉を数え切れないほど生み出していますが、ここでは当然それら全てを紹介することはできません。ラジオクラウドというアプリが配布されていますので、興味のある方はダウンロードして聞いてみてください。その代表例が表題にあるマキタスポーツの「つぶやきは、脳のオナラである」です。オナラは生理現象です。つぶやきは、言葉なので生理現象ではありません。しかし、意識的に計算された言葉はつぶやきでは無いと彼は言っているのだと思います。生理的に出てくる独り言こそが、つぶやきの本質だと。けだし名言。
 彼は、ツイッターに投稿されるほとんどの言葉は、本来の「つぶやき」とは微妙に異なると思っているのだと思います。

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MITのメディアラボが主催するプレゼンテーション番組に、ラボの所長である伊藤氏とともに登場する女性がスプツニ子という人です。彼女自身もMITの助教です。モスバーガーに置いてある無料のタブロイド版フリーぺーパー「BUSINESS TIME LINE」に彼女のインタビューが載っていました。
 MITのAI研究の最前線の一コマを簡潔に話しています。一つはクルマの自動運転をモデルにしたテーマです。自動運転中のクルマが不慮の事態に陥った場合、つまり、AIが事態を回避すれば運転手が助かるけれども、その結果多くの他者を傷つける、死傷させると判断した場合にとる対応はどうあるべきかという問題です。多くの人にこの問題について聞いた結果は、運転手よりも多くの他者を守るべきだという回答だったそうです。ところが、このような自動運転のクルマを買うかという問いには「買わない」という回答。これがAIが直面する倫理のアルゴリズムです。また、過去の膨大な知識をベースに導きだされたAIの結論が、人々の「理解が及ばない」領域になってしまった場合、それは巫女の言葉、神様のお告げ、みたいなことになってしまう可能性があるという問題です。これは深刻です。
 彼女のインタビュー記事の後に、AI開発の最先端に居ると思われる人々の対談がありますが、これがまた興味深いものです。AIが「抽象化」という概念を得た場合、その先にあるのは過去の知識の蓄積から導き出されるものだけではなく、想定外を想定する、つまり想像力を持つ可能性があるという話です。
 これは画像解析技術の進展による延長線なのだと僕は認識します。画像認識は見えない部分を想定する技術です。これは一種の抽象化の原点です。楕円を卵かもしれないと認識する。尻尾のある機敏に動く動物を猫かもしれないと想像する。黒い状態を闇夜かもしれないと想像する。これは人間だけが、たぶん発達させた抽象化する脳の機能です。これをAIが持ったとしたら、人間が制御できない可能性があります。ネットワークに常に接続されてあらゆる情報の混沌から自分が判断するという「攻殻機動隊」の電脳サイボーグ草薙素子の存在そのものだからです。

ということで、モスバーガーに無料で置いてあるBTLは、いつも刺激的な内容です。

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クルマというのは生活の道具であるという意味ではパソコンやスマホと同列なのですが、一部の人にとっては「風景」「思い出」「大切な時間、場所」「移動する自分を俯瞰する媒体」、ある時は「リスニングルーム」であったりします。僕もそんな一人です。
 矢作俊彦氏の14編からなる短編集は、そんなことを考えさせられる本でした。BOW氏の装画もなくてはならないこの作品の一部です。この作品群は1980年代に創刊された「NAVI」というクルマ雑誌に掲載されたものです。大川悠氏が創刊時の編集長だった時期、僕はこの雑誌をよく読んでいました。当時、クルマ雑誌は雑誌の記者、自動車評論家と呼ばれる人たちの執筆記事がほとんどを占めていました。僕はどうもそのような記事、自動車評論を「鼻持ちならない」と感じていました。 そんな頃創刊された「NAVI」は多彩な執筆陣のコラム、対談、そして小説などが散りばめられており、いつも楽しく読んでいました。
 14編に登場するクルマたち。どれも魅力的ですが、僕が過去に購入を検討したクルマが一つだけあります。表題作「舵をとり風上に向く者」に登場するバンデンプラ・プリンセスです。

※余談
当時の「NAVI」、渡辺和博氏のコラムが愉快で、好きでした。エンスーという言葉を発明した人です。彼のエンスー論、クルマのエバリ度論を今でも覚えています。ベンツ、BMWなどドイツ車は一般的にはエバリ度が高いが、アウディはちょっと自己主張が弱い帰国子女みたい、という渡辺氏の言葉に大笑いしたものです。
 

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企業内の不祥事、法令違反というのは内部告発である場合がたいへん多いと思います。日産自動車、神戸製鋼が毎日のように報道されています。どのようなかたちであれ、不正が表沙汰になるのはいいことです。ただ、大企業の不正と内部告発による発覚は、そもそも内部告発でしか是正できない「雰囲気」、企業内の抑圧的なさまざまな態度、評価にたいする不満、などが土壌として存在するということです。
 氷山の一角 という感がいなめないのは、僕が大企業に長年居たからかもしれません。

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さて、選挙の季節となりました。なんだか投票意欲がわかない選挙だと思う人が多いのではないでしょうか。僕もそうです。でもみなさん、投票はしましょうね。投票以外に自分の意志を政治に反映する手段は多くの人にとって無いからです。
 さて、僕は一つの政党を支持しつづけることは過去ありませんでした。これからも無いかもしれません。父は自民党員でした。その事には父なりの論理があったはずです。母は共産党よりの選挙行動を取ります。そのことを深く考えたことは無いのですが、共産党の候補者は小さな具体的な政策、つまり地域の条例レベルの公約を言うので、母には分かりやすかったのだと思います。
 僕は共産党の政策に精通しているわけではありませんが、一つだけ、明らかに他政党と異なる合理的、論理的な方針がこの政党にはあると思っています。
 小選挙区を廃止、中選挙区と比例代表にシフトすべきという主張。それと議員定数の削減ではなく増員という主張です。僕はずーーっとそう思っています。だって、そうしないと一票の格差って絶対になくならないからです。一票の格差というのは現在の民主主義というシステムを肯定するならば、決して譲れない条件です。共産党の主張はまったく正しいと思います。極端にわかりやすく言えば、国会議員の人数を10倍にして選挙区に配分すれば一票の格差は無くなります。国会議員を10名にすれば、地区ごとの「公平な」選出ということは不可能です。この当たり前の事を都道府県別の選挙区制度を前提に「議員数の削減」と「一票の格差是正」をなんとなく雰囲気で言うのはもうやめてほしいです。

 共産党の抱える一番の問題はその「名前」です。電通でも博報堂でもいいのですが、1億円くらい払って、代理店の中に「共産党部」を立ち上げてネーミングと中期のイメージ戦略をすべきだと思います。

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 辞典を買ったのは40年ぶりだと思います。 40年前に買ったのは英英辞典でした。今でも時々使います。 今回買ったのは古語辞典です。きっかけは僕がいつも聞いている「東京ポッド許可局」というTBSラジオの番組です。この番組は、ポッドキャストでほそぼそと作られていた3名の会話が、ラジオ番組に昇格したという珍しい番組です。オフィス北野に所属する芸人、サンキュータツオ、マキタスポーツ、プチ鹿島の3名がパーソナリティ。様々な傑作コーナーがあります。不定期ですが「推薦図書コーナー」というのがあり、3名それぞれが持ち回りで推薦図書を解説します。
 先日、サンキュータツオ氏が昨年末に発売された「新全訳古語辞典」を推薦しました。彼は「学校では教えてくれない国語辞典の遊び方」「へんな論文」など興味深い本をたくさん書いています。彼が推薦したこの辞典は、20種類くらいのアイコンを使って直感的に古語の分類や特徴を示したり、付録と称して「辞典内ミニ辞典」みたいな構成になっています。この付録がまた傑作で、古典文学マップ、百人一首辞典、古語ウォーキング辞典、などなど、これらが単独の読み物としても面白いのです。放送翌日、思わず買ってしまいました。 期待通りの面白さで、ときどきペラペラめくっています。ちなみにサンキュータツオ氏は、漫才コンビのツッコミですが、同時に日本語学者です。一橋大学、早稲田大学、慶応大学などで講義を持っています。
早稲田大学文学部文学科文芸専修、同大学院文学研究科日本語日本文化専攻修士修了。

 1970年代から神戸大学の石橋教授の研究に端を発して、東海地震の発生メカニズムとその予測が地震を研究する学会の潮流になりました。その後文部科学省は莫大な予算を「地震予知」に投じて、関連予算も含めるとその額は累計数千億円とも言われています。このような日本の地震研究の方向性に早くから強く異を唱えていたのが、地質学の東京大学ロバート・ゲラー教授です。
 彼は1990年位から、論文、雑誌への寄稿、講演、その他で「地震予知は不可能であり無意味」と主張し続けてきました。僕も彼の寄稿を雑誌でしばしば読みました。地震は予知できない、ある程度予知できてもその事には意味がない、必要なのは災害の予知と対策である。というのが彼の一貫した主張でした。やっとそのことが政策に反映されることになりました。 つまり、それほどいったん承認されたアカデミックに見える学会の論理と予算は、一体となって硬直的に運用されるということです。そしてそれは殆どの場合無駄を生み続けることになります。
 このことは政策や国の予算に限ったことではありません。決められた方針、方向性を柔軟に修正できない企業の末路はほとんどの人がその例をたくさん知っています。
 ロバート・ゲラー氏の主張が彼のご顕在のうちに広く認められたことは、喜ばしいことです。

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 岸本健氏のライフワークであるオリンピックの報道写真を集めた展示が、品川のキャノンギャラリーで行われています。東京オリンピックの写真がやはり、なんとも言えず懐かしい風景写真にも見えてきます。典型的な日本のサラリーマン家庭の常で、我が家にもこのオリンピックに合わせてテレビが導入されました。小学校一年生の私には、テレビでオリンピックを観戦したという記憶はたいへん薄く、その後、父に連れて行かれた市川崑監督の記録映画映像の方をよく覚えています。
 以前、猪谷千春氏のお話を聞く機会がありました。猪谷氏は「Olympic Movement」「オリンピック運動」という言葉を多用しながら、オリンピックに求められる精神について語ってくれました。たいへん感銘を受けました。
 しかし、現実には多くのオリンピックが今や死語かもしれませんが「国威発揚」に利用されてきたことも事実です。報道写真の多くは、本来のOlympic Movementと国威発揚の両側面を映し出していると感じました。
 先日、次回の東京オリンピック後の夏のオリンピック2大会が投票無しで決まりました。政治家、民間の人脈を駆使して、大きな裏のお金や接待が横行して決まってきた過去のオリンピック開催地ですが、今や立候補する都市が無くなってしまいそうな様相。 隔世の感があります。

 10月7日まで、キャノン本社にあるギャラリーで気軽に見れる展示です。
 

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原美術館では異色の、そして必見の展示を行なっています。6月に永眠した田原桂一氏は、陰影が印象的な白黒写真の表現で、早くから有名な写真家でした。その彼が舞踏家田中泯を撮りためた作品群が、まったく未発表のままあったのです。田中泯は二年前から田原から「発表の場を持ちたい」と相談されていたそうです。田中泯は、この展覧会についてマスコミで多くを語っていません。そこには、舞踏家である自分が田原の作品を語ることを「よしとしない」潔さのようなものを感じます。ラジオ番組で彼は作品について一言だけ語っています。

「僕が写っているのではありません。田原さんが写っているのです。撮影の時田原さんは、自分も踊っているようだ、と言っていました。」
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2015シーズンのテストの結果は誰が見ても惨憺たるものでした。マクラーレンホンダにとって、開幕前に2015シーズンは終わっていました。2016シーズン開幕直前に、僕は本田エンジンの改善には5シーズンかかる、と書きました。そして、その前にこのチームは解散する(パートナーシップの解消)とも書きました。本音ではそうならないでほしいと思いながら書いていました。残念ながら現実になってしまいました。いろいろと専門家が分析していますが、とどのつまり、F1参入時点の人事に問題があったと、僕はいまでも思っています。

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原村では夏の間、屋外で映画祭があります。今年はラ・ラ・ランド、メルー、そして昨晩はジャニス:リトル ガール ブルーを観ました。メルーとジャニスは、メジャーの配給では無いため、上映館が少ない作品です。そしてどちらも完全なドキュメンタリーフィルムです。良くも悪くも「作り込まれたエンタテイメント」であるラ・ラ・ランドと「迫ってくる」ドキュメンタリー2作品を観ることが出来たので、今年は良い夏でした。
 
 ジャニス:リトル ガール ブルーは、貴重な記録映画だと思いました。ジャニス ジョプリンほど、多くのロックボーカリストに影響を与えた人は少ないと思います。ましてや、ビッグネームの女性歌手にとっては絶対に無視して通ることができない人物でしょう。ジャニスが好きか嫌いかではなく、おそらく、誰もが気持ち、心を揺さぶられるからです。日本の女性歌手も例外ではなく、古くは、カルメン マキ。寺田恵子。最近では越智 志帆などが思い浮かびます。
 僕は普段、ほとんどジャニスを聴くことはありません。理由は明確です。ジャニスを聞きながら「何かをする」ことが不可能だからです。自動車の運転などもってのほか。危険すぎます。部屋でジャニスを聞きながら雑誌を読むこともできません。 歌が入り込んできて、何もできなくなるのです。 そのような曲、歌声は、当然聴く機会が少なくなってしまいます。 この映画を機会に、じーーっと1日ジャニス ジョプリンという日を作ってみようかなぁ と、ふと思いました。

 

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僕が日本の近代史について多少なりとも勉強したのは、1980年の9月から1981年の1月までです。人生の内、この時だけ。 たった5ヶ月です。 中学校でも高校でも、まともに習った記憶がありません。ましてや、この本の表紙にあるように歴史という教科は、古い順に進むので、当然近代、現代は後回しで時間切れという始末。はっきりいって、縄文時代だとか安土桃山時代だとか江戸時代とか、そんなものは、興味のある人が大学に入ってから学べばよいと思っています。今の国の形、生活の仕方、周りに山積する問題、課題はほぼ、明治以降の歴史の中にあると僕は思っています。そのことを学ぶ時間の少なさは、結果として国を危うくすると感じます。近代の政治、戦争、産業のありかたこそが、10代の内に学ぶべき大切な知識だと思います。文科省もそのことには意識があるのでしょうが、とにかく改革は進みません。大学入試改革や英語教育よりも近代史教育の「時間をたくさんとる」という事に舵をとっていただきたいと考えます。
 五ヶ月間だけ、少し勉強した理由は、財閥の成立と金融システムに与えた影響について、論文を書かなければいけなかったからです。

 戦争の真実は当然ながら、近代の歴史を学ばないとまったくわかりません。そして、その先の未来さえ想像が出来ないのです。

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少年ジャンプ創刊号と、1994年に最高部数を記録したジャンプ。復刻版がセブンイレブン店頭にあったので、思わず買ってしまいました。マンガの内容もさることながら、当時の広告、懸賞記事など、ものすごく興味深い内容です。653万部の勢いって、すごいなと納得させられる内容です。

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台風の雷雨。今日は正樹さんから休みましょうとのメール。甲府で映画を観てきました。ハクソーリッジという戦争の映画です。 沖縄戦の幾つかの激戦の中でも特に壮絶だったと言われる「前田高地」が舞台です。前田高地は、侵入経路が少なく、150メートルちかい断崖絶壁がありました。(今は開発で地形も変わっています)写真は、アメリカ軍の公式資料で、戦車が火炎放射をしていますが、大型の武器、戦車などの侵入はきわめて難しかったと言われています。結果として、陸軍歩兵の熾烈な戦いとなり、双方とも多くの死者を出しました。主人公は、そんな戦闘に参加した若い衛生兵です。

 エドモンド・ドス。実在の人物の実話です。銃を持つことをかたくなに拒否し、この戦闘で多くの兵士を助けました。日本兵すら助けようとしていたのです。衛生兵とて、戦場では敵からの攻撃に備えて銃を持つのはあたりまえ。そのことを彼は拒否し続けました。誰からも、変人、臆病者よばわり。しかし、沖縄戦の功績で、トルーマン大統領から勲章をもらいました。 映画の最後に生前の彼の写真、インタビューが流れます。 エドモンド・ドスを演じたアンドリュー・ガーフィールドがほっそりした優しそうなドスとそっくりなのに驚きました。監督、メル・ギブソン さすがです。

 僕が畑で仕事が無い今日、この映画を観ようと思ったのは、映画の評判がよかったからだけではありません。 
 前田高地で戦った日本軍は、第62師団と第24師団です。人数としては沖縄戦に投入された部隊の中で、24師団が最多。いずれも歩兵連隊を従え、おそらく疲弊しきって、銃弾もつきていたと思われます。24師団は、北海道出身者が主力で、満州国境警備から沖縄へ急遽移動してきた部隊です。最後に指揮をとったのは山形出身の連隊長 北郷格郎大佐です。 この部隊に兄弟が多かった私の父の長兄が居ました。 戦死しました。

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石塚真一氏のマンガ「ブルージャイアント」を一気読み。たぶん、彼の代表作の一つになると感じるすばらしい作品です。音楽をジャンル分けするのは本来意味のないことなのですが、ジャズというスタイルが存在し、音楽全体に大きな影響力を持っている事は間違いありません。僕は学生だった頃、友人の家で聞いたキース・ジャレット、ジョン・コルトレーン、マイルス・デイヴィス、ビル・エヴァンスなどに衝撃を受けました。レコードを聴く機器も無く、ましてや、レコードを買うお金も無く、友人のレコードをカセットテープに録音して聴く日々でした。
 ジャズは、なんといってもトリオが面白いと感じます。もちろん名人のソロも良いのですが、指揮者の居ないトリオの掛け合いにジャズの真骨頂があります。これはクラシックの弦楽四重奏と似たところがあります。10巻からなるこのコミックは、ジャズに魅せられて疾走するティーンエイジャーの物語です。音楽を題材にしたマンガは、のだめカンタービレ、ピアノの森、などヒット作はありますが、泥臭く地に足が付いた感じの作品として、この「ブルージャイアント」は異色と言えます。音楽のエネルギーが聞こえてくる感じがするのです。多くの人に読んで欲しいとともに、このマンガをきっかけにジャズを聞く人が増えることを願います。

 作品とは関係ありませんが、ひょんなことから石塚真一さんの事を知人が話しだしたことがあります。 彼の出世作「岳(がく)みんなの山」が幾つかの賞を受賞した頃のことです。時々テニスをする小柄な女性(めちゃくちゃ上手くて僕はまったくかなわない)とテニスコートで最近読んで面白かったマンガの話をしていた時です。 「岳、面白いですよね」と僕が言うと、彼女は言いました。 「うん、だけど小林さん、学生時代の友達とこの前話していたんだけど、石塚くん、だいじょぶかなぁ、って。このあと書くことあるのかなぁって。」 「はあ?」僕。 「だって、あのマンガ、彼の大学時代の体験そのものなんだもの。それ書いちゃったから。」 
 なんと彼女は、アメリカの大学で山ばかり登っていた石塚氏と同級生。お友達だったのでした。彼女の心配は杞憂に終わりました。

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僕はジャコメティの盲目的、熱狂的ファンです。とかくキュビズムとの関係を強調されますが、それはとても狭い一面的な見方だと思います。彼は、目の前の人を、きちんと素描した人だと思うのです。あまり言葉がありません。2006年の葉山の企画展の時に書いたブログを再度掲載。本当に今回も、同じ思いでした。
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ジャコメッティの作品を一気にたくさん見れました。楽しく、たいへん嬉しく感じました。イサムノグチを横浜美術館で見た後だったので、なおさら感慨深かったような気がします。

イサムノグチの作品が、作品の大小に関わらず、ランドマーク、道祖神であると、わたくしは思いましたが、 ジャコメッティは、その彫刻作品を含めて、全てが「素描」であることに気付き、感心いたしました。 素描とは、ラフなスケッチという事なのですが、作品の完成に至る作者の集中力とセンスにおいて、素描と呼ばれない世に言う「大作」と比べても引けを取るとは思いません。

彼の鉛筆による素描のすばらしさは、言わずもがな、彫刻、油絵とも、それは「素描」としかいいようのない「何か」です。 「素描」という日本語にこじつければ、これは、対象の「素(す)」を「描いた」もの というのが正しいのではないでしょうか。

彼の評価を定めている1940年代以降の作品の中に、矢内原伊作をモデルにした未公開作品も今回展示されており、興味深いものでした。 サルトルのようなスーパー理屈っぽい言葉オタクと、ジュネのような、これも言葉のテクニックによって現実を浄化する破天荒な天才達に愛されながら、ひたすら身近な人物だけを直視した作品を作り続けたこの作家を、ぼくはたいそう気に入っています。

※初期作品のチューと半端なキュビズム作品とか、ぜんぜん上手くない浮世絵の模写とかも見れておもしろかった。

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清里の谷あい深くに写真を専門に展示するミュージアムがあります。ここで行われるヤングポートフォリオ展を10年間必ず観ています。その他にも興味深い企画展、巡回展もあります。これほどの設備が山奥にあるのには、理由があります。 運営母体の宗教法人「真如苑」の開祖はカメラ、写真マニアで現在の北杜市長坂町出身、その妻は北杜市高根町出身なので、その縁でここに立派な施設があるのでしょう。宗教団体がこのようなお金の使い方をするのは、個人的にはありがたいことです。政治活動を行うより、僕にとっては極めて好ましい事です。
 ヤングポートフォリオ展は、写真を芸術分野として職業にすることを志す35歳までのフォトグラファーのコンテストで、入選作はミュージアムが買い取ります。レベルは高く、そして10年も観続けていると、時代の移ろいを感じる選考の変化も感じられます。 話は変わりますが、私がかつて所属していた企業では二つの生産工場が実質閉鎖されていました。その工場跡地の再開発に私は多少関わっていました。二つの生産工場とは、東京都立川の村山工場と神奈川の座間工場です。古い自動車工場というのは、堅牢な基礎構造と土壌汚染対策などの問題からなかなか買い手が付きません。 そんな時、村山工場敷地のほとんどを740億円で買い取ったのが立川に本部を置く真如苑です。

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ローランギャロスの決勝の翌週はル・マンがスタート。その後ツールとウィンブルドンが始まります。モトGPのヨーロッパラウンドも熱戦つづき。
今年のル・マンは、トヨタ渾身の雪辱戦。トップを走りながら、23時間57分でストップ、リタイアした昨年のル・マン。章男ちゃんも現地へ乗り込むかもね。

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今日は映画を観てきました。池坊専好(初代)を主人公とした映画です。もう、華道池坊グループが全面バックアップしているので、その映像は素晴らしいものです。実在の人物なのですが、フィクションとして見るべきでしょう。が、 これはありえると思う面白い脚本でした。
 戦乱の世の中に、華道、茶道、そして能などが、武士に好まれた理由を僕は本当には理解出来ません。ただ、それは研ぎ澄まされた政治の中にも、美学があったということかもしれません。

金澤翔子さんの題字、すばらしい。京都ロケの幾つかは見覚えのある場所です。

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”Annales Geophysicae” というヨーロッパの科学誌に掲載された研究論文について、5月14日の日本経済新聞が報じていました。論文の題名は、”Solar 27-day rotational period detected in wide-area lightning activity in Japan”です。 日本において広域で雷が発生する事が太陽の自転周期27日と関係があるという論文なのです。 僕はけっこう衝撃を覚えました。「来たか!」って感じです。
この論文は、理化学研究所、北海道大学、国立極致研究所、武蔵野美術大学の研究者の共同研究として投稿されたものです。 ん? 武蔵野美術大学? 論文の執筆者、筆頭に名前があるのが武蔵野美術大学准教授 宮原ひろ子さんです。 一般向けのおもしろい本も出している研究者です。

この分野の研究は日の当たらないもので、研究者も少ないと聞いています。つまり研究予算がなかなか出ないのです。太陽の研究、活動そのものは観測技術の著しい進歩と物理学の成果によってかなり解明されてきたと言われています。しかし、太陽の物理的な活動変化が地球環境、気象などに及ぼす影響については、ほとんど目覚ましい成果がありません。意外です。誰が考えても、お天道さまは、暑さ、寒さに関係があるし、寒い夏や、温かい冬など、良いことはありません。ところが、そのような現象を、太陽の活動と結びつける定説と成るような研究成果は少ないのです。わかりやすく言えば、中学校や高校の教科書に載せられるような研究成果はまだありません。なぜ、そんなことを僕が言えるのかと言えば、それはもちろん僕の知見ではなく、その分野の研究者から直接そんなお話を伺ったことがあるからです。一人は、神奈川大学の桜井邦朋名誉教授。そしてもう一人は、国立天文台野辺山の柴崎清登教授です。
 気象現象は、地球の上で、もしくは地球の中で起きている事の影響しか、科学的に証明できていません。つまり、海水と雨を中心とする水の循環、火山活動などの地殻変動、植物や人間活動による酸素や二酸化炭素の濃度変化など、地球上で起きている事に起因するメカニズムしか明らかになっていないのです。そこに、今回の論文です。太陽の自転周期と雷が関係があると観測データは示しているのです。この研究がなにかの突破口になって欲しいと思います。

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中央自動車道の高速バスの出発時間まで一時間ほどあったので、新宿駅南口の高島屋にある紀伊国屋の洋書専門店に寄ってみました。洋書というと、まあ僕の世代ですと、丸の内の丸善を思い浮かべるのですが、最近では蔦屋の新しい店舗など、扱うお店が増えているように感じます。僕は洋書などほとんど買いませんが、洋書店は好きです。海外のスポーツ雑誌の記事などには変わった特集があったり、日本では売っていないスポーツマテリアルが見られるからです。また、写真集、専門書なども日本では手に入りづらいものがずいぶんとあります。
 さて、今回はじめて行ったこの「Books Kinokuniya Tokyo」には驚きました。まず、その規模にびっくりです。それと品揃えにとても特徴があるように思いました。そのいくつかを書き留めておきます。

その1
人物、それも大昔の偉人とかではなく、比較的近年、いろいろな分野で功績があった人にフォーカスした書籍が豊富なこと。それもかなり目立つ場所にあります。例えば、ジョン・F・ケネディ、ヨハン・クライフ、など。 その他著名人の自伝も豊富です。これは他の洋書店、もちろん日本の本屋さんとはかなり雰囲気が違います。

その2
これは、僕の趣味、嗜好から、ことさら「そう見えた」のかもしれませんが、建築関連の書籍、写真集がこれでもか、という品揃え。ため息。

その3
一般の人や、子供向けの学習参考書が、日本の本屋さん並のスペースをとって豊富。 これも他の洋書店にはない品揃えだと感じました。外国の方が日本語を勉強するための参考書、ノウハウ本もたくさんありました。

その4
日本のマンガの品揃え。びっくりです。ジブリコーナーなど大きなスペースをとっています。

その他にも学術専門書なども目をみはる品揃えなのですが、これについてはまったく僕には知見がなく、日本で洋書を扱う場合の鉄則なのかもしれません。あくまでも、ぼくのイメージ、主観なのですが、丸善は、洋書を必要としている日本人が行くお店という感じ、この紀伊国屋の店舗は、どこか、外国の街にある大型の本屋さんがそのまま新宿に出現したような感じがしました。英語、ロシア語、フランス語の会話が僕のまわりで飛び交っていました。

 僕は、10年前まで農業に関わるなどとまったく想像できませんでした。今でもプロとして土や農業に関わっている訳ではありません。友人の手伝いを少ししているだけです。でも、さすがにものすごく馬鹿ではないので、知識は少し増えました。ラウンドアップなどという製品はサラリーマン時代、全く知りませんでした。それはモンサントというアメリカの会社の製品です。実は横浜の実家の通路の除草に使っている製品です。
 テレビCMが最近たくさん流れています。不気味な感じがするのです。
 
 モンサントは、今や巨大企業です。除草、害虫駆除などを薬剤で実現しました。同時にその薬剤に耐性のある作物を遺伝子工学で作り上げてきました。アメリカのトウモロコシ畑にはトウモロコシしかはえていません。雑草ゼロ。 そこを巨大コンバインが収穫していきます。小麦畑も同じです。

 このような技術がたくさんの人々の生存を保証し、人類の栄養を支えてきたことは間違いありません。それは、軍事技術、発電技術、などと同じく、必要だったと誰もが認めざるを得ません。

 ただし、モンサントの技術がベトナム戦争において、ゲリラ戦の対抗策として植物を枯れさせて、視界を広げる為に使われたことが、この会社の起源だということはきちんと認識しなければなりません。その結果、ベトナムの人々に奇形の子どもが激増したことを、今の若い世代の人は知らないかもしれません。 

 僕達が生きていくために作物を作っている技術は、極めてギリギリの理性の産物です。僕はまったくそのことを否定しません。だって、その技術によって僕たちは飢えを乗り越えてきたことが事実だからです。

 無農薬、自然農法とかを無条件にありがたがる人なんか、僕はまったく信用していません。
 だって、世界がそんなことしたら、食物は僕達のもとに届かないのですから。

自衛隊が軍隊ではない、という前提が、自衛隊の行動を制御してきたことを「良かった」という論説がリベラルを標榜する知識人の立ち位置です。 僕は、まったくこの立場を否定しています。自衛隊は軍隊です。 その組織は私達の生活を守る事を目的としているので、そのことを「動きづらい」変なイデオロギー、というか戦後の「しばり」をどう考えるのか。 戦争の渦中に僕達が巻き込まれるのは避けてほしいが、そのような状態をきちんと想像できることがとても大事なことだと思います。実は、現実として想像できない極めて楽観的なテクノクラートの態度は、疑問です。

国家は軍隊によって国を守るのが前提です。

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This exhibition is curated by Designmuseum Danmark and Michael & Mariko Whiteway.
見ごたえがありました。なぜ日本人は北欧デザインに惹かれるのか? まあ、日本人は、と言い切るほどの理由があるわけではありませんが、少なくとも僕の遊び仲間、飲み仲間、古い友人、ほんの少しだけ知っている知人などなど、みんな北欧デザインが大好きです。 ということで、日本人は北欧デザインが大好きだと僕は思っています。 ぼくも大好きです。ミニマル、シンプル、自然素材、手仕事感、などなど、なんとなく説明できそうなのですが、うまく言えません。

根拠無く思うのですが、きっと北欧の人達も日本の伝統デザインが好きなのではないでしょうか。 北欧デザインのスキーウェアを買いたいのですが、なんとも高額で手が出ません。とほ

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山手公園には巨大なヒマラヤスギがたくさんあります。明治初期にジャパンヘラルドの社員がインドから種子を持ち込んだそうです。公園の一番高いところにテニス発祥記念館があります。いろいろな方から寄贈されたと思われる古いテニスラケット、ボール、様々な写真、資料が展示されています。山手に来るとなんとなく寄ってしまいます。 渡辺功氏、石黒修氏、柳恵誌郎氏 等々がテニスコート上に並んで写っている写真の説明に、一人だけ名前が紹介されていない人が居ます。説明員の方が「先日、坂井利郎さんがお見えになって、これは僕です、と教えていただいたので写真の説明文章を今度書き換えます」と言っていました。
 かつてテニスを始めた頃、使っていたカワサキのオールマンが展示してありました。
 いつも静かな小さな記念館です。


https://www.youtube.com/watch?v=hr4GaRPX6cM
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近年、僕が感動した音楽の中でも最高のもの。 韓国のヒュゴ。 このふっきれた、言葉は悪いかもしれないけどマネではない洋楽テイスト。自分の土壌など関係なく、純粋にかっこいい要素を消化したような音楽。これはこれで、本当に凄いと思います。 オリジナリティーとか、個性とか、そんなことよりも、かっこいい要素を組み合わせるセンス。 唖然。

ルーツが感じられない。 突然出てきたいいとこ取りの才能。 実は、アートの本質に近いと感じます。

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FISアルペンスキーワールドカップが終了しました。男子は不動の王者、マルセル・ヒルシャーが6度目のクリスタルトロフィーを手にしました。女子は、この3月に22歳になったばかりのシフリンが初の総合優勝となりました。彼女は15歳でワールドカップデビューを果たした天才スラローマーです。大きな怪我が今後無ければ、たくさんの勝利を重ねるでしょう。いろいろな記録を塗り替える可能性もあります。 彼女の家族と、いつも明るいアメリカチームが、彼女を支えてくれることでしょう。

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諏訪大社下社春宮を訪れたのは、もう10年前。 僕は震えました。 龍脈の結界、つなぎ目だとすぐにわかったからです。 久しぶりに訪れました。その感覚は昔とかわりません。 これほど龍脈を感じる場所を僕は知りません。 この場所、特に境内横を流れる浮島社、川の中の島が本当のポイントです。この地を、もし誰かが意図せずに壊すと、もしくは壊れてしまうと日本列島は間違いなく崩壊すると僕は感じます。それほどの強い気を感じます。 なにか不安な感じもします。 今日は隣の秋宮でお祓いをしてもらいました。 僕の予感が当たらないことを祈ります。

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僕は、評判の良い洋画を公開間もなく見ることなどほとんどありません。多くは何年か後にテレビで放映されて初めて見るというのが相場です。例外は、音楽がらみの映画。 LA LA LAND 観てきました。
過去のミュージカル映画へのリスペクトを散りばめた脚本、音楽の素晴らしさ、評判どおりのすばらしい映画でした。

僕は、若い頃から「生まれ変わったらどうなりたい?」という話題になると、回答は決まっていました。「場末のレストラン、バーでジャズピアノを弾く人」です。なんとか食べていける給料をもらい、お酒はタダで飲める冴えないピアニストです。その望みは今でも変わっていません。まあ、生まれ変わったら、生後3日で死んでしまう野良猫のほうが、可能性は高いのですが。

この映画、ライアン・ゴズリングが、そんなピアノマンとしていきなり出てくるので、もうそれだけでおいちゃんはワシづかみです。3ヶ月のレッスンであんなに弾けるようになるというのも驚き。役者根性ってすごいです。

映画を見ながら、僕は映画の中に身を置きながら、マルチチャンネルで昔の事をずいぶん思い出していました。

学生時代、僕は文学部の授業に忍び込んで無断で受講していました。その文学部にあるスロープの下にミュージカル研究会というサークルの部室がありました。練習場所でもあり、公演もそこでやっていました。僕はなんどもそのサークルの公演を観ています。当時、脚本、作曲などをしていたのは、一年先輩の政治経済学部の男子でした。耳にのこる名曲を数々残しています。僕は無意識に口ずさんでいたほどです。 彼は普段から旧漢字、旧仮名使いで文章を書く変な人でした。 缶は「罐」と書き、ひらがなも「ゐ・ゑ・ヰ・ヱ」などの文字を使う人でした。彼のミュージカルを僕はいつも楽しみにしていました。

下北沢の本多劇場の地下にあった「Stage Door」には、いつもボトルをキープしていました。慶應義塾のOBたまりばみたいな店でしたが、居心地がよく通っていました。

「コーラスライン」は映画館で3回観ました。新宿で2回。札幌のススキノで1回。

そんなことを思い出しながらLA LA LANDを観ていました。アメリカ人は変な大統領を選びましたが、こういう映画を見ると、「やっぱアメリカ、あなどれないな」と単純に思ってしまいます。よい映画です。

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世界の「音楽」を俯瞰し、比較し、その音楽と人間との関係についてフィールドワークを通じて、これほど深く考察した人物は、小泉文夫氏を除いて居ないと思います。僕がこの本を手にとったのは、1986年です。中森明菜、少年隊、チェッカーズなどがヒットチャートを賑わせていた頃、なぜこの本を読んでいたのか、理由は忘れてしまいました。 ただ、なんとなく感じるのは坂本龍一や武満徹の周辺にある情報を読み漁って居た時に小泉文夫という名前が良く出てきたからだと思います。小泉氏の著書はどれも面白いのですが、対談などに出てくる例えがけっこう面白くて笑えます。

「いま手鞠唄が唄われなくなったのはね、それは手鞠がゴムボールになったからですね。だってゴムボールはポンポン撥ねて速いリズムになっていく。これでは手鞠唄は合いません。あれは糸を巻いてつくったものなんですから」
「ピンキーとキラーズの『恋の季節』はね、あれは何だと思います? 『あんたがたどこさ』なんですよ。ラドレミソラのね」
「観世流の弱吟(よわぎん)は民謡と同じコンジャンクトからディスジャンクトに移っているところに特徴があるんですよ」

「松任谷由実のブリザード、あれはソーラン節ですね」※すみません。これは僕が言ったことです。

西洋クラシック音楽こそが「教養」であり「文化の象徴」であるかのごとき、当時の日本の風潮を鋭く批判し、音楽教育の方向性を明確に提示した数少ない人物の一人でした。

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カエターノ・ヴェローゾの曲が深夜に聞こえてきました。菊地成孔さんが、藤村俊二さんへの追悼の思いを込めて、ヴェローゾが歌うSo in Loveを自身のラジオ番組で流したのです。菊地さんのセンス、感受性にはいつも感心、驚かされます。 ああ、確かにこれは藤村俊二さんだ、と。
 昭和9年生まれの芸能人には良い意味でクセのある人が多いように思います。藤村さんもそんな一人でした。

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私にはひとつだけ思いつめていることがありました。ピアノに触れてみたかったのです。買うなどとんでもないことでした。そこでうまい手を考えつきました。紙の楽器を作ったのです。正確に同じサイズで銀盤を描きました。折りたためるので、どこへでも持ってゆきました。私は長いことそれを弾いていました。のちにピアノは手に入れました。でも私の物言わぬ銀盤からは、ずっとたくさんの音が鳴り響いていたように思います。

武満氏の言葉は、僕を強く揺さぶるのですが、絶望的に落ち込ませます。音楽の神様に愛されてこの世に生まれてきた人と、そうではない人の差を思い知るからです。

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国家というのは、古代より人の移動の結果出来上がったものです。先住民を駆逐して築かれてきた歴史があります。アメリカ合衆国という国家は、近代になってから移民の流入によって出来上がった、とても珍しい例です。州ごとの自治を認めたのは、広大な移民国家を統一制御することの難しさを示し、国家の理念を保ち外交と戦争に備えるシステムとして、大統領に大きな権力を与えました。きわめて賢明な仕組みだと思います。 

近代移民国家としての歴史をかかえ、その複雑な軋轢を耐えてきたのがアメリカの本質です。それを否定する場合。国家の「成り立ち」そのものを否定することになりかねません。

そのことを、本当に今の大統領は冷静に分析できているのでしょうか? 国の成り立ちを軽んじるというふうに、国民が判断した場合、アメリカという国は危ういと思います。 独善的な移民国家は、さまざまな問題を世界中に広げてきましたが、それを収束する方法を誤るかもしれないと、僕は心配です。

ピーナッツの愛すべきキャラクターの全ては、もちろんそれら移民の子孫です。

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吉本隆明という人は、ものすごく頭が良いのですが、実は芸術とは距離がある人だと僕は思っています。彼の論説の説得力は、なにかモゾモゾした心理に訴えるものではなく、きわめて冷静な、悪く言えば冷たい論理だからです。 久しぶりに読み返しましたが、このベストセラー小説、マンガを論じた本は、すばらしいものです。 いきなり「沈黙の艦隊」論 ですからね。

吉本氏は、明確に、そして誰もが否定出来ない言葉を巻頭に残しています。

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「沈黙の艦隊」の世界は劇画として三島由紀夫の行動思想とおなじ世界をつくりだしている。この魅力は抗しがたいほど大きい。
・・・・

男の子の論理は女子とはまったく異なります。 ルールを破って、すまし顔 が一番かっこいい男の子。女子は多くの場合、戦争を起こしません。

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「将来にわたって多くの人に長く見続けられる」と思える映画作品に出会うことはまれです。「この世界の片隅に」という作品に対して僕はまったく予備知識がありませんでした。公開間もない11月に、この映画を観る機会がありました。アクションというマンガ雑誌に連載されていたこと、テレビドラマもつくられていたことなど、映画を見てから知りました。「戦争」を描いたアニメ作品であることは、誰の目にも明らかですが、何か説明しきれないものが、自分の中の何かにひっかかり、それを拭い去ることができないこの感覚はなんなのだろうと、今も思います。戦争というのは起きてはいけない非日常ですが、表裏一体となった日常もたしかに存在します。そんなことは「あたま」ではわかっているのですが、そんな日常を、淡々と、真面目に、普通に、必死に生きていくという事の、大切さ、可笑しみ、そして悲しさなどに、僕は圧倒されました。 この映画を観た多くの人もそう感じたのではないでしょうか?  この映画のことをもっと「的確な言葉」で批評、説明する人もたくさんいるでしょう。僕にはうまく表現できません。 僕の「出会えてよかった映画10本」に入る作品でした。

若くして、広島から呉に嫁いできた絵が上手でのんびり屋の主人公、北條すずのセリフ。

「すぐ目の前にやってくるかと思うた戦争じゃけど、今はどこでどうしとるんじゃろ」

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