小淵沢の冷蔵庫

はんでめためたごっちょでごいす! このブログは、IE(Internet Explorer)で閲覧しないことをお勧めします。 "Google Chrome" "Firefox"で最適化するよう編集しておりますので、 IEでは表示が乱れます。「小淵沢の冷蔵庫」というタイトルをクリックすると最新50件の日記が表示されます。              

001

小学校6年生と中学校3年生を対象に「全国学力テスト」 正式には「全国学力・学習状況調査」が実施され、今回から学校毎の順位などが公表できるようになった、というニュースがたくさん報道されています。 公表するかどうかは各市町村の教育委員会の判断に委ねられています。 公表すべきだ、いや弊害もあるので慎重に、 などなど ニュースの論点はそのことに集中しています。 僕はこの報道を聞くにつけ、見るにつけ、「非常に釈然としないモヤモヤ気分」になります。 そこで、昨年度の調査結果資料をきちんと読んでみることにしました。 全ては読んでいませんが、半分くらいは目を通したと思います。 なかなか時間がかかりました。 学校名を含む情報は見れませんが、ほとんどはネット上で閲覧できます。
この調査は「教科に関する調査」と「質問紙調査」に分かれています。 前者が学力テスト、後者は、学習に対する関心、意欲、態度などに関して、学校と生徒に対して行われる質問形式のアンケートのようなものです。 調査結果は、それぞれの調査項目についての集計、順位づけはもちろん、クロス分析、時系列分析、さらには、「特徴のある結果が得られた学校の個別事例集」に及びます。 クロス分析というのは、複数の調査項目についてそれらの相関を分析することですが、これは特に興味深いものです。 僕は教育の現場を知りませんし子供もいませんが、これらの膨大な調査分析や個別事例集を見ると、この調査の目的である「教育レベルの底上げ」に対し充分に活用できる貴重なものであることが一目瞭然です。 なぜ、このような貴重な調査分析とその「活用」という視点でニュース報道が行われないのか? というのが、 冒頭に書いた僕の「釈然としないモヤモヤ」だとわかりました。 個人的には、学校の順位公表にどのような弊害があるのか、よくわかりません。 そんなことはどうでもよいことだと思ってしまいます。

最後に、印象にのこった調査結果を3つ。 重要というわけではなく、あくまでも個人的に目にとまったもの。
〇学科テストの成績では、秋田県が極めて良く。 沖縄県がとても悪い。
〇平日の学校以外の学習時間(塾、家庭教師含む)では、小学生で6割、中学生で7割が1時間以上。小学生、中学生とも、2時間以上と答えた人が3割 !! 僕は小学生、中学生時代、授業以外では宿題しかしたことがありません。 平日の平均だと、たぶん5分か10分くらいだと記憶しています。
〇小学生、中学生とも5割の人がまったく新聞を読まない。 僕はスポーツ欄や大きな見出しは読んでいたような記憶があります。

0228discovery

Maneuvre とも表記するこの言葉。 本当の語源はよくわかりません。  僕が持っている辞書には、a planned movement of troops(soldiers) or warships, esp. a change of position in order to gain an advantage.

とあります。 先日、YouTube で宇宙ステーションのドッキング映像を見ていた時、この言葉が出てきました。 「おーー なんか 久しぶりに聞いたぞ・・」 と思いました。 僕は英語などできないのですが、妙なことを覚えている場合があります。 この単語を覚えていたのです。 サーフィンのコンテストを20年くらい前に見ていた時、コンテストのDJが「マヌーバ」と叫んでいたのです。 どうも 選手の演技、コース取り、構成などを「マヌーバ」ということだと、なんとなく判りました。  でも、辞書的には、軍事用語です。 つまり「機動戦士ガンダム」の「機動」をさす用語です。 どうしてサーフィンにだけこの用語が使われるのでしょうか。 
images


ネットで調べるとこのような説明もあります。
”Skilled movement or procedure”  これなら納得です。 スポーツでも使えます。 でも スキーやフィギュアスケート、アメリカンフットボールでもマヌーバとは言いません。 戦略的ながら、機敏な判断による効果的な動きという解釈なら、スポーツ用語になってもよいのでしょうが、なぜ、サーフィンだけこの言葉を使うのかは謎です。

でも、とにかく この言葉の「響き」が大好きです。

mominoki2
mominoki


中央高速道路 小淵沢インターのすぐ近く、ほとんど人が入っていかない路地を数分歩いたところに八ケ岳山麓では珍しい巨木があります。 真夏の観光シーズンでも人はまばらです。 500年前に神社のご神木として植えられたと伝わる樅の木です。神社はとっくにありません。 幹の周囲は6メートル、高さ50メートル、 そんな巨木は八ケ岳山麓にはありません。 この地域は、少し土を掘れば、大きな石、岩だらけで木の根が深く延びることができません。したがって巨木が出来ないのです。  大きくなると風などで倒れてしまいます。 そのような環境の中でこの樅の木は、どうしてこんなに大きくなったのでしょうか? この巨木のすぐ下には湧水があり、この付近は小さな湿地のようになっています。 樅の木は、この環境で上手く根を伸ばすことが出来たのでしょう。 

山本周五郎さんの傑作小説の題名 ぱくりました。

※ ちょっと大きさがわからないと思います。 ちなみにこの樅の木の周辺にある唐松が写真に写っていますが、それらの木の後ろに僕は完全に隠れることができます。 そのくらいこの樅の木は巨大です。

1604521_608122805944295_4867196393003254981_n

冨永直樹氏の展覧会が茅野市美術館で開催されています。 これは必見だと思います。 これだけ代表作を集めた展示は今後あまりできないかもしれません。 ほとんどの作品は長崎県美術館や個人所蔵のもので、まさか茅野で見ることが出来るとは思ってもいませんでした。長崎県美術館の学芸員、野中氏の解説、お話もきわめて興味深いものでした。 シャープでシンプルな造形と知的な印象を残す彼の作品ながら、ユーモラスとも言える猫のブロンズ像がこんなにあるとは思いませんでした。 奥様の実家の人々が猫好きで、その影響で孫に猫を買い与えたり、自分でも飼っていたようです。 
彼のブロンズ像は、メッセージ性が強く、公共の場に設置されているものも多いのですが、僕は、頭部の小品や身近に居る動物を題材にしたものに親近感があります。 もちろん大作の迫力ははんぱなものではありません。

さて彼の作品で最も知られているのは、これです。
05_photo_01


沖電気の工業意匠部門に在籍していた時の作品「国産4号電話機」です。 アメリカの会社と熾烈なコンペの結果、当時の逓信省に採用された富永氏のデザインです。

_SS500_
1386894382_b

1990年代に、僕はアトリエ・エレマン・プレザンに通う人の絵に衝撃を受けました。 
ワシリー・カンディンスキーや、ジャクソン・ポロックは、芸術作品を「作為」から遠ざける努力を、「作為的」におこないました。 それはとても画期的な業績で、彼らの作品はとても大好きです。  ところが、エレマンのアトリエにおけるダウン症の人達の作品を見て、 なにかが弾けたのを覚えています。 

僕は今でも芸術は職人のものだと思っています。というか思いたいと考えています。 安定した技術の上に芸術があるという思い込みです。 ただ 今日、図書館から借りてきた「おしゃべりな絵日記」を見ていると、 その思い込みは、 間違いであったと思わざるを得ません。

pwyvupwj

私のブログは15年以上続いているのですが、過去、2, 3回書いたことをシツコクまた書いてしまいます。 新聞のスポーツ欄で最もレベルが高い記事を掲載しているのは、日本経済新聞です。 さらに言えば、サッカー関連記事に関しては、本当にいつも感心させられます。 ザッケローニ氏がレベルの高いメディアの論評が、サッカーには必要な要素だと言ったことがありますが、それを体現しているのは日本経済新聞だけだと私は思っています。

吉田さん、阿刀田さん、武智さん、など 執筆陣のレベルはスポーツ記者、サッカーファンというレベルを超えて、サッカーという文化と社会のかかわり、 クラブスポーツの意義、 ホイジンガーの著作にも通じる人間と遊びの本質的な考察にも及びます。  

日本経済新聞のワールドカップサッカー記事に関するアプリが無料で提供されています。 さて 今年も日本経済新聞に期待します。

image-sakaigawa3

外国人力士の日本語が流暢なことは、もはや自明のことで、あまり話題にもなりません。 力士の日本語が上手な理由には、定番となっている説明があります。 まず、外国人といえども、相撲の世界に入るということは、「弟子」として若い年齢で入門することになります。 日本語しか通用しない世界、さらに組織の一番下っ端からの生活ですから、日本語が出来なければやっていけません。 当然、日本語は上達する。 という説明です。 確かに、外国人サッカー選手、外国人野球選手は、既にその世界では実績のある人ばかりです。 通訳もつけば、そのスポーツで使用する言葉は、日本でも通用します。 チャンコの材料を買いに行ったり、先輩や親方の世話をしたりする必要はありません。 でも、それにしても自然で流暢な日本語、と感じる理由としては、すこし説明が足りない気がします。

力士の日本語が日本語らしいと感じる大きな理由は、上位者、下位者、友人、後援者、マスコミなどに対して言い方を使い分けられるからだと思います。 尊敬語、丁寧な言い方、くだけた表現、、仲間内の話し方、などなどは、単に日本語が上手というだけではなく、組織、社会の中でこまかい日本語の言い回し、ニュアンスを使い分けられるということです。 これは、弟子として入門し、その世界で生きのこってきたからこそのスキルなのかもしれません。

346673view001

漫才コンビ 品川庄司の品川ヒロシさんの映画3作目。 漫才、コント、喜劇など お笑いの世界で活躍する人の中に「映像作品」を作る才能に長けた人が多いのはなぜなのか、時々考えますが、理由はわかりません。 古くはチャップリン、今では北野武。 国内海外を問わず例を挙げればきりがありません。 品川ヒロシさんもそんな一人に将来数えられるかもしれない、と思わせる作品でした。 あえて言えば、「笑い」を作るセンスは、「状況」を切り取り、設定するセンスだと思います。 おもしろい事、をやるのではなく、おもしろい状況を演じる感覚です。 それが映像表現に通じるのかもしれません。

映画冒頭シーンから釘付けでした、川崎のキャバクラで→Pia-no-jaC←の演奏。


1619431_600580460031863_615191214_n

毎年、秀作が並ぶ写真展。 公募展ながら海外からの作品も多く、とても楽しいものです。 10年くらい前と選考された作品を比較すると、作家性 というかアートとしての作為的な表現方法をとった作品が極端に減ってきたと思います。 大雑把に言ってしまえば、リアリズム回帰なのですが、こじんまりしてきた感もあります。 とは言ってもいつも楽しい展示。 これからも長く続いて欲しいものです。

冤罪事件の悲劇的視点は、もちろん、冤罪の被害者に向けられるわけですが、 ほんとうの悲劇、本質的な問題の多くは、(もちろん冤罪被害者を軽んじるつもりはまったくありません) 冤罪によって、本当の犯罪人を摘発する行為が停止し、そのこと、つまり真相解明を後追いで実施することは不可能で、結果として真実に迫る可能性を閉ざしたことにあります。 
被害者や、その家族に「救い」がないことが、冤罪事件の本当の悲劇だと思います。

20140310-00000003-minkei-000-0-view

原作の角野さん、監督の清水さん、この映画に係ったたくさんの人達には、ちょっとごめんなさい。期待していなかったのです。
 児童文学として発表された角野さんの作品はジブリ作品として脚光を浴びました。それを、あえて原作に近づけて、実写化するというのは勇気が必要だったと思います。

申し訳ありません。 本日、本屋に行ったり、床屋に行ったり、CDを買ったりしたついでに、まったく期待せずにこの映画を見ました。 瀬戸内海の島でロケを行った「魔女宅」は、まったく期待していなかったのに、おいちゃん、けっこう感動しました。 お勧めです。 とてもよい映画です。 

http://www.majotaku.jp/

ac9cac39f0e29df1c572022de8e3b56a-191x128

物事に対して、不満を表明したり、個人的な見解から憤り、批判をする事の多くは、実際にはあまり前向きな行いではありません。 自分が新たな行動を起こし、何かを変えることが最も効果的なやり方です。 
 僕は3.11の震災に際して、新たな行動を起こしませんでした。 しかしその時、憤りを感じた事がありました。 それは僕の生き方に関わることなので、再度言わなければならないと思います。 震災の時、スキー場も震度5でした。 横浜の母親とも連絡が取れず、不安でした。 また東北に居る友人の安否もまったくわからない状態でした。 
 山梨県の停電状態も一日続き、スキー場の営業はもちろんできません。 さて、電源が復旧し、スキー場が営業を開始した直後から、「こんな時期に、なぜスキー場を営業するのか? 自粛すべきではないか」という電話や、営業自粛を声高に主張する人々がたくさん出現しました。 そのような主張の前提にあるのは、「無知」です。「無知」とは簡単に言うと「バカ」だと言うことです。 
 さて、 スキーをすることを「自粛すべき」と主張する人にとって、震災の為にすべきこととはなんだったのでしょう。そして彼ら、彼女らはなにをしたのでしょう? それはわかりません。 ただ、その人達は、柔道や剣道の練習をする子供達に、練習を「自粛しろ」と言わなかったと思います。 たぶん。 ウィンタースポーツは、「享楽的な贅沢な遊びである」という大前提のもとに、「ちゃらちゃらあそんでるじゃねーよ」と彼ら、彼女らは言ったのだと思います。 

 僕はあっけにとられました。 そして憤りを隠せませんでした。 大きな震災、災害の際に重要なのは、たぶん、支援と、そして直接的に支援活動を行えない人が営む普段の生活、仕事を継続することです。 スキー場を営業することもその一つです。 スキーを楽しむ大人、練習を日常としている子供たちもたくさん居ます。 レジャーとして年に1度のスキーを楽しむ人も居ます。 その全ての人達の日常と、それに纏わる産業によって生活している人達が居ます。 大きな震災の復興にはたくさんのお金が必要です。それは税金です。 税金の徴収を継続することは、人々の日常生活とそれに関わる企業活動の継続が大前提です。 「自粛」を声高に叫んでいた人達は、なにを自粛したのでしょうか? 喪に服して国民が半年自粛した場合、この国の経済は破綻します。 くどいようですが、彼らは「自粛」を実践して震災復興に貢献したのでしょうか? 

 私が所属するスキースクールの校長は、自分のトラックに食料や燃料を積み込んで被災地に向かっていました。 僕は普段通り、子供たちのレッスンをしていました。 子供達にとって初めて体験した大地震について、その後の幼稚園や小学校での様子をレッスンをしながら子供達はリアルに話してくれました。 

H10

牧野富太郎氏は高知の生んだ異才の植物学者です。 彼の著作は著作権が既に切れているので、青空文庫や高知県立牧野植物園のホームページで無料で購読できます。 彼の文章は、ことさら魅力的とは言えませんが、植物に対する愛情と卓越した画力で、読む者をひきつけます。 今日は一日パソコンの画面で読んでいました。

さて、弥生です。 「木草弥や生ひ(きくさいやおい)」の月。 やっと草木が茂る月という美しい日本語です。

100132121

遅ればせながら、百田尚樹氏のベストセラー小説「海賊とよばれた男」を読了しました。おもしろかったです。
出光興産と言えば、創業者出光佐三のキャラクター、武勇伝、日章丸事件、独特の社風などが話題になります。今でこそ、株式を上場しましたが、それは2007年のことでした。 僕は、いろいろな企業の方々にお世話になりましたが、出光興産もその一つです。

小説とは関係ありませんが、出光興産にはもう一つ、とても大きな特徴があります。 世界中の石油元売会社が、石油燃料の販売から事業を開始した歴史を持ちますが、唯一、出光興産は潤滑油の販売からはじめました。その影響もあると思うのですが、潤滑油の開発力、取得特許は群を抜いています。 自動車メーカーや、産業機械メーカーなどが新しいメカニズムを開発する場合、メカと相性がよく、高性能な潤滑油を探したり、時には新たな潤滑油を開発しなくてはなりません。 まず、最初に話をもちかけ、開発のパートナー候補にあがるのが「出光興産」です。小説には出てこない、もうひとつの出光の顔です。

ph05

昨年、ナショナルジオグラフィックに「世界一の豪雪国」という特集がありました。 防災科学研究所・雪氷防災研究センター(長岡)の佐藤氏を取材したものです。 この研究所は、雪崩れ災害などがあると、すぐに現地調査へ入り、膨大なデータの蓄積があるところです。 「豪雪」の定義は、「積雪積算値が50メートル以上」というものです。 これは、積雪量を毎日測り合計したものです。 つまり、50センチの積雪が100日間あると「50メートル」となります。 そんな地域が国土の半分を占める国は日本だけです。 さらにその地域にけっこうたくさんの人が住んでいるというのは非常に特殊だそうです。 

雪氷防災研究センターの専門分野ではないでしょうが、今、予期せぬ豪雪で、こうして雪に閉じ込められていると、なんとなく考えることがあります。  300年、400年以上前、この国において、冬は「休戦期間」を意味していました。 人々は「保存食」と「備蓄燃料」で冬をやりすごすしかなかったはずです。 僕のように、物流に頼ってのほほんと過ごしている人はいませんでした。 
 さて、そろそろ食料が尽きます。            

ralphlauren-sochi_01-thumb-580x870-241185

僕は、とにかくどんなスポーツでも見て楽しむことが大好きです。見ていて「つまらない」と思ったスポーツはいままでありません。 当然オリンピックなど大好きです。 そして、冬季オリンピックにはスポーツ観戦に加えて大きな楽しみがあります。 主に、開会式、レセプションなどで着用される各国選手団のユニフォームを見ることです。 フランス、カナダなどは、いつもカッコいいのですが、今大会では、圧倒的にアメリカがいいです。 コート、セーター、帽子、パンツなどラルフローレンが手がけたアイテムが、超かっこいい。 それと比べて・・・・ わが国の・・・・ とほほ

roundabout

ラウンドアバウトというのは、ロータリー形状の信号の無い交差点システムのことです。 このシステムの起源は古いのですが、現在の道路設計に活かされるようになったのは、まだ50年くらいかもしれません。 ロータリー内を走行する車両が「優先権」を持つ、という事だけが「ルール」です。 これは極めてシンプルですが、合理的な交差点の車両交通システムだと思います。 信号のある交差点よりも事故が少ないという統計数値もあるそうです。 「停止」を強制的に指示するシステムは、人間の判断能力を阻害する可能性が高いと思います。 ルールに従わない人を「想定」しない傾向があるからです。 ラウンドアバウトは、ルールを規定しても、それに従わない人を想定する余地を残しているので、結果として自律的な制御を促進するのだと思います。 信号交差点と比較して重大事故の減少が立証されています。 それともう一つ、決定的なメリットがあります。 停電による交通の混乱が回避できることです。

ルールが決められていないように見えるジャズセッションだってラウンドアバウトです。 ロータリーを運行している人が優先。 そこに入る人は、タイミングを判断し、ロータリーを出る人の判断にも「調和」が求められるからです。

img01

ニュルブルクリンク24時間レースには多くのカテゴリーがあり、個人の趣味、企業のPR、クルマのテスト、等々いろいろな思惑でたくさんのチームが参加します。 時価総額日本一の大企業を率いるオッサンもドライバーとして参戦しています。 豊田章男さんです。 リーマンショックを乗り越え2兆4000億円という過去最高の営業利益をたたき出した企業のトップにしてレーシングドライバー。

私がビジネスの世界に身を置いていた頃、幸運にも多くの知己を得ることが出来ました。 中でも、トヨタ自動車の社員のみなさんからは、多くの情報、示唆を得たと思っています。 その詳細をここで紹介するわけにはいきませんが、確かに、そこには2兆4000億円の利益を得るための「なにか」があったような気がします。

トヨタ自動車という会社は不思議な会社です。 歴代社長の半数が「豊田一族」なのに、「一族経営」と言われることがありません。 なにかを始める時、そんなに「決断が早い」わけではありません。 ただ、それを「やり続ける」かどうかの判断と、「やめてしまう」という判断は、めっぽう早いのです。 グループ、系列を崩さない経営姿勢を貫いていますが、「もたれ合い、甘え」がはびこることがありません。 どのような企業にも例外なく危機を乗り越えてきた歴史があります。 ただ、陳腐な言い方ですが、それらの経験を自身の血肉にできるかどうかは、企業の人格にかかわる問題なのかもしれません。

wangan

「湾岸ミッドナイト」を読みかえしました。 楠みちはる という土佐の漫画家は異端です。 けして絵が上手いわけではなく、テーマも狭い範囲です。 でも、僕は彼のマンガが大好きです。 湾岸ミッドナイトというマンガは、無謀に首都高を走る「悪魔のZ」と「ブラックバード」の対決が中心テーマです。 日産製の古いスポーツカーと同じく古いポルシェのチューンドカー対決という単純な物語なのですが、けっこうこれが「深い」のです。 まず 経済環境とチューンド、という世界の関係。 クルマという工業製品が人に与える快楽のインパクト。 アスリートとしての肉体的な秀逸さとは異なるドライビングセンスのありかた。 クルマビジネスにかかわる人達の泥臭い実像。 深くかかわった世界なので、しみじみ します。

R32 GTR を走らせるレイナという女性は、アウディクワトロを駆ってWRCで活躍したミシェル・ムートンを思い出させます。  クルマのメカニズムを全く知らず、 走る感性だけでクルマを操る人というのは たしかに居ます。

改造、チューニングを行う文化は、実は大切なことだと思います。 ベースとなるモノを土台としてチューンすることは、 音楽、物理、数学、絵画、・・・・ だって あたりまえ。 

連載当時、僕は日産のZ32、BMWZ3 で首都高湾岸線で通勤していました。 理由は、JRの終電時刻に退社できなかったからです。 土曜日の湾岸。 チューンドGTR満載の中、横浜へ帰宅したものです。

そして、湾岸ミッドナイトを魅力的な作品としている、大きな理由は、ほとんどが「心理描写」に徹していることだと思います。 

_SL500_AA300_


家畜人ヤプーを 「購入して」 読みました。 沼正三という覆面作家の、超エロイSM SF ばかばか小説なのですが、 これがものすごく良く出来ているのです。 家畜として改造された日本人が、白人社会で「使役」される未来小説なのですが、これが、きわめておもしろく、 そして深い。 気がします。

約40年ぶりに読みました。 高校1年生の頃、小樽の工藤書店、角川文庫のコーナーで、3日間、立ち読みで完読しました。 とても、家へ持ち込める内容では無いからです。 ちなみに工藤書店は、伊藤整の小説にも出てくる老舗です。

この小説、スノッブ系の雑誌が特集を組むと、大ヒットすると思います。 みなさまも是非 ご一読を

travels-with-charley_original

僕は、英語が苦手ですが、なんとか読むことは出来ます。 久しぶりに英文の古い本を引っ張り出して読みました。 ジョン・スタインベックの「チャーリーとの旅」です。 スタインベックは、「怒りの葡萄」「エデンの東」などで知られるノーベル文学賞を受賞した小説家ですが、僕は彼の旅の日記、紀行文である「チャーリーとの旅」しか読んだことがありません。 それも英文で。   その理由は、この本が大学1年生の時の英語の授業テキストだったからです。 当時、英語の講師だったSさんが、このテキストを教材に選んだことを僕はとても感謝しています。 スタインベックがノーベル文学賞を受賞した年に書かれた、ユーモアと皮肉と愛情に満ちたこの小品が、きわめて素晴らしいアメリカ文化の教科書だったからです。 この紀行文が教材だったので、僕はまじめに授業へ出席していました。

キャンピングカー「ロシナンテ」とプードルの「チャーリー」を伴った旅。 人間が集団として活動し、組織化される過程で生まれる差別、偏見、 群集の見せる醜さ。 それに対比される個々の人々のけなげな生活力と努力、そして広大な自然。 

この本を読んだだけでスタインベックを知った かのように錯覚している自分に、ちょっと反省ですが・・・・・

image

僕の小さな棲家は、スキーとスノーボードだらけです。 最近、たくさんのスキーを処分しましたが、捨てられないものも多く、それは居間の隅にあります。 オガサカのGSプロトタイプ。 これは一部市販されました。 カザマのカービングタイプのSLプロトタイプ。 これは市販されたのかなぁ? よくわかりません。 たぶん商品化前だと思います。 ロゴタイプデザインが秀逸なビストの板は絶対手元において置きます。 北海道の小さなスキーメーカーが作ったサイコという白いテレマークスキー。 これもカッケー !!  ということで、 これからも僕の部屋は、片付きません。

人工多能性幹細胞は、今までの医療の常識とは全く異なるアプローチによる治療の形を提示しています。
「直す」「悪いやつを叩く」のではなく、本来持っている機能を新たに作り出す、というやり方だからです。 このアプローチは、とても興味深いものです。 それは、「不死」に向かう道筋だからです。 

この医療技術の行く末は、 どのようなものなのでしょう?  私の目は、今のところ、この治療法でしか回復の見込みははありません。 しかし、そんなことより、不死に向かう可能性のある医療は、「死」を前提とした「再生」 つまり、 子孫を残し、自分は死ぬ という事を揺るがす可能性を秘めています。 急速にこの技術が進んだ場合、貧富の差はさらに広がるでしょう。 生き延びる人と、その可能性が低い人は、最新技術を取り入れる資金の差に還元されるからです。

kandachi

日本語が好きです。 どんな地球上の言語も誰が作ったのかわからないステキなコトバによって成り立っています。僕は、特に表意文字が持つ姿と雰囲気が好きなのだと思います。

八ケ岳南麓にあるスキー場へ通う毎日。朝日のあたる斜面にいつも居るとても大きなニホンカモシカの権俵さん。冬山の斜面、それも毎日同じ場所に、身じろぎもせず立ち尽くすニホンカモシカの様子を「寒立ち」と言います。 俳句の季語にもなっていますので、古くから日本の「あたりまえの風景」だったのでしょう。 

まことに身勝手ながら、寒立ちを日常から遠ざけた責任のある張本人ながら、この言葉が生き残ることを望む毎日です。



はっぴいえんど というグループなくしては、日本のポップス、ロックは語れません。 その影響力は絶大でした。 そして、はっぴいえんどは、大滝詠一という特殊な才能なくして成り立たなかったと誰もが思っています。 もちろん、僕もその一人です。 僕自身の備忘録として、長いラジオ番組を掲載します。 貴重な記録。 もう聞くことができない大滝さんの声・・・・・ 合掌

esdigital_4582290391236

なまアッコちゃん。 実は2回目。
天才  ピアノマン(ウーマン)  菩薩  

無垢の才能を維持したまま、58歳っていうのは、なかなか真似ができるものではありません。

語りたいことを探すのではなく、 手の中にある触感をピアノに載せる感覚は、幼少期から、その日にあったことを両親に伝える方法が、ピアノを弾きながら歌うというスタイルだったからでしょう。 4歳のアッコちゃんが、どのようにその日の出来事を伝えていたのか?  聞いてみたいと思うのは僕だけではないでしょう。

今日は、彼女のおかげで「元気」になりました。

yumi 002

読書感想文を拒否する(僕には書けない)酒井順子さんの著作「ユーミンの罪」。 酒井さんは、「女性目線」で書いているのですが、実は、結果として「社会の揺らぎ」みたいなものがきちんと書かれています。 僕の10代から30代までの年譜。

「ユーミンの罪」 目次

1 開けられたパンドラの箱 「ひこうき雲」(1973年)
2 ダサいから泣かない 「MISSLIM」(1974年)
3 近過去への郷愁 「COBALT HOUR」(1975年)
4 女性の自立と助手席と 「14番目の月」(1976年)
5 恋愛と自己愛のあいだ 「流線型‘80」(1978年)
6 除湿機能とポップ 「OLIVE」(1979年)
7 外は革新、中は保守 「悲しいほどお天気」(1979年)
8 “つれてって文化”隆盛へ 「SURF&SNOW」(1980年)
9 祭の終わり 「昨晩お会いしましょう」(1981年)
10 ブスと嫉妬の調理法 「PEARL PIERCE」(1982年)
11 時を超越したい 「REINCARNATION」(1983年)
12 女に好かれる女 「VOYAGER」(1983年)
13 恋愛格差と上から目線 「NO SIDE」(1984年)
14 負け犬の源流 「DA・DI・DA」(1985年)
15 1980年代の“軽み” 「ALARM a la mode」(1986年)
16 結婚という最終目的 「ダイアモンドダストが消えぬまに」(1987年)
17 恋愛のゲーム化 「Delight Slight Light KISS」(1988年)
18 欲しいものは奪い取れ 「LOVE WARS」(1989年)
19 永遠と刹那、聖と俗 「天国のドア」(1990年)
20 終わりと始まり 「DAWN PURPLE」(1991年)

chihiroski2

先日、ミュシャの展覧会を見て感想を書き留めましたが、その時、「展覧会を行って集客が期待できるイラストレーターって、 日本人だと誰かなぁ」 と一瞬考えました。 その時は思いつきませんでした。 もちろん、手塚治虫展とか、ガンダム展とか、池田理代子原画展とかを開催すれば、お客さんはたくさん来るでしょうが、それらは、マンガやアニメの作品性に「引っ張られている」感が否めません。 

本日書店で、はっとしました。 実業之日本社という会社が発行している「大人のスキー」という雑誌の表紙に釘付けです。 いわさきちひろ です。 僕は安曇野の「ちひろ美術館」へ行ったこともありますが、この絵を見た記憶がありません。 忘れているだけかもしれませんが。 

いわさきちひろの作品が「商業的」なイラストレーションとして語られることは少ないと思いますが、この人の作品ほど商業的に成功し、広く知られているものは少ないと思います。 彼女こそ日本を代表するイラストレーターだとあらためて確認しました。 さらに、さらに、驚いたのはこのイラストの躍動感。 この画家、イラストレーターは相当スキーが上手だったのではないでしょうか? この子供の身体の使い方。 スキーの心得がある人ならばたぶん同意してくれると思うのですが、とてもスキー的な構図ですよね。 驚きました。

takeuchi_2011_IMG_9495

石井スポーツに所属する竹内洋岳(タケウチヒロタカ)さんは、昨年日本人で初の8000メートル14座登頂者となり、ニュースでも頻繁に取り上げられました。 180センチという身長は、小柄な人が多い登山家の中では珍しいかもしれません。 
1時間ほどの講演(録音)を聞く機会があり、これがなかなか考えさせられる内容でした。  彼は、8000メートル峰登頂を7座成功したころから、「プロ登山家」と名乗るようになったそうです。 既に登山家としての実績は充分で、誰もがその実力を認めていたのですから、わざわざ「プロ」を名乗る必要はないように感じます。 ただ、彼が肩書きに「プロ」をつけた事には、彼独特の理由がありました。 彼がその話の中でおもしろおかしく言っているのですが、「職業を表す言葉には家という文字が最後につくものがたくさんあります。 それを並べてたくさん書いてみると、あることに気付きました。 〇〇家、という場合、社会的に認められた資格が必要ない場合がとても多いのです。 画家、写真家、小説家、もちろん登山家もそうです。 自分が名乗れば〇〇家となります。」 竹内さんは、そのころ、8000メートル14座を目指すことを漠然とは考えていましたが、自分を山へ導いてくれ、お世話になった多くの先輩登山家が次々と山で命を落としていったことに思いをはせるようになっていたそうです。 彼は、先輩や仲間、支援者などの全ての関係者の思いを抱いて「覚悟」をきめないと、14座を登頂し生きのこることは出来ないと考え、その思いをのせて「プロ」を名乗るようになったそうです。 彼は、覚悟の意味を多くは語りませんでしたが、そこには「生かされている。そして生き延びなければ成らない」という強い意志が感じられました。

※ガッシャーブルムII峰を4名でアタックしていた際の雪崩れで再起不能と思われる重症を負った時の話は、実況のようで迫力がありました。 この雪崩でメンバー2名が死亡。 彼は他の隊に掘り出されました。標高7千メートルのテントの中、その隊のドイツ人ドクターは竹内さんの知り合いでした。ドクターは、肺が潰れ背骨が折れている竹内さんに、「ヒロ、お前はもうすぐ死ぬ。 家族に何か書き残しておけ。必ず俺が届ける」 と言ったそうです。

kaguya

ジブリ作品、高畑勲監督の「かぐや姫の物語」を見ました。 これは、高畑監督の代表作となる映画だと思います。すばらしいアニメ作品です。 僕は、高畑監督がこの物語にどのような解釈を与えて創作としているのか、ということに大変興味があり、このアニメを見ました。 そして、僕の思いは見事に裏切られました。 ネタばれと言われかねませんが、あえて書いてしまいます。 これは、ほぼ完璧に「竹取物語」そのものです。 ストーリーにはなんのヒネリもありません。 古典の教材に使えるほどです。 

竹取物語そのものなのですが、このアニメ作品が独自の輝きを放つのには理由があると感じます。 きわめて美しい絵と動き、澄んだ音楽、そして登場人物の人となりが細やかに描かれているからだと思います。  必見。

10korun9612

ミュシャは、その創作活動の早くから比較的恵まれていたようです。 それは、商業イラストレーションという新しい分野で、抜群の才能を発揮したからです。 その作品のオーラは、目の前にすると圧倒的なものです。 細部にいたる装飾性を統合する力量。 フレームを完璧に意識したコンセプチュアルな描き方。 横浜のデパートのショボイ美術館ですが百数十点のコレクションには満足しました。 いつものことながら、僕は鉛筆などによる素描や習作に釘付けでした。 どのような作家でも、僕の琴線に触れるのが素描なのです。

今回の展示で、興味深かったのは、祖国へ戻ってから基本的には商業的な仕事を受けなかった彼の商業作品が展示されていたことです。 キリスト教的な啓蒙書の表紙、子供向けの本の挿絵、点字作品の展覧会のポスターなど、彼は、ほとんどノーギャラで受けていたようです。 その最たるものが1918年に成立したチェコスロヴァキア共和国初の紙幣デザインです。 しかし、間も無くナチスの進行にさらされ、最後は彼も厳しい尋問、拷問の末、健康をくずし、帰らぬ人となりました。 見ごたえのある展覧会でした。

いろいろな場面でよく目にする言葉について、感想を書いておきたいと思います。

道徳教育
道徳を児童教育の中で科目へ格上げするというもの。 多くの人が懸念するように、僕もこのことには疑問があります。 歴史の勉強から学び取ることの多くは、人間が巻き起こしてきた様々な軋轢と、その時々に働いた価値観や倫理観のようなものだと思います。 科学や数学の教育の中でも、世界をどのように認識するかという宗教観に通ずる考え方が必要になりますし、そこから得られた知見、技術を活用する場合の倫理観は教育の対象だと思います。 国語をはじめとする言語教育においても全く同じことが言えると思います。 このように考えると、様々な価値観を認めながら、自らが倫理、正義を深く考えるということを「道徳」という科目に押し込める危険を感じます。

英語教育
とても重要な「技術」として英語教育の質を上げることは必須だと思います。異論はありません。 ただ、日本語教育があまり話題にならない事に一抹の不安はあります。

小学校・中学校(6年、3年)制度の見直し
僕は、この課題は本質的ではないと思います。 幼児教育(保育を含む)と小学校教育を連動して改革することのほうが急務だと思います。 また、中学校・高等学校(3年、3年)の区切りの方が、中途半端だと思いますので、この6年間を一体として考える方が効率的だと思います。 「義務教育期間」という枠組みに、むりやり焦点を当てている感が否めません。

大学入試改革
高等学校までで達成を目標とする基礎学力を問うことが基本なので、そこに大きな課題は無いはずです。 なぜ、大学入試がよく話題になるのかが良くわかりません。 大学が質の高い魅力的な教育の場であるかどうかは、大学内部の経営課題なのではないでしょうか。 入試の問題ではないはずです。

naka

ミシュランガイドには、横浜・湘南地区のお店も掲載されていますが、ほとんどが日本料理です。 フランス料理店は、2店。 そのひとつが近所のマンションの1階にある小さなお店「シェ・ナカ」です。2004年に開店したお店なので老舗というわけではありません。近所ではすぐに評判になりました。 抜群に美味しいからです。 ミシュランガイド日本版が発売されるより前から、地元の人達の評価は確固たるものでした。 さすがに、毎日通えるような値段ではありません。 先日、自転車で開店準備中のお店の前を通りかかった時、小さな張り紙が目に入りました。 オーナーシェフ、中村通武さんが亡くなったことを知らせるものでした。

僕は、彼の料理を日本でもっとも早い段階で食べた一人だと思います。
1970年代の後半、僕は典型的な貧乏学生として、高田馬場の3畳間に住んでいました。 下宿のおやじさんが、1階から声をかけてくれて降りていくと父からの電話。 東京に仕事で出張するので、晩飯をおごってくれるという連絡でした。 連れて行かれた店は、今やフランス料理の神様的存在になってしまったポール・ボキューズ氏の監修・提携店として銀座にオープンした「レンガ屋」というお店でした。 そこで、腕をふるっていたのが、ボキューズ氏の直弟子、中村氏でした。
鴨料理をメインとしたフルコースのフランス料理というものを、僕はその時初めて食べました。


中村シェフのご冥福を祈って、僕は自転車で坂道を登りました。

btree

僕は、たまたま日本のこの時代に生まれたことを、ものすごく幸せだと思っています。 それは、偶然ですし、まぁ、僕が「生物」として生き延びる条件が、けっこう「楽勝」だったと感じるからです。 今のところ深刻に飢えたことはありません。自然災害で住居を奪われたことはありません。 疫病によって周囲がパニックなったことはありません。 戦争は経験していません。  宗教、民族などの問題で迫害されたこともありません。
そのことを、普段意識して生活することが無いほど、恵まれた環境で半世紀以上を暮してきました。

この状態を作ったのは、何かと考える事があります。 これは、明らかに僕の努力ではありません。 先人が、構築した教育システムと、その中で育った人々が真面目に仕事することによって作り上げた社会が、僕の生活を支えてきました。 

教育の始まりは、言葉が未成熟であった原始時代から、家族の維持、その為の労働(狩猟、農耕、組織運営)の継承を目的としてきたものでしょうが、 それを効率化する過程で言葉が必要となります。 そして、もうひとつ、歌、祝詞などがに言葉の起源があります。 これは、心霊、神、悪霊などへの畏怖に原点があると思うのですが、これが、芸術とか倫理観のミナモトなのではないでしょうか? それらが広義の教育と言葉の原点だと思います。 当然、教育の効率を上げるには言葉の種類の拡大と習熟が必要となります。

言葉は抽象化という、人に与えられた極めて特殊な能力の産物です。 抽象化とは、現実に形があるものをグループ、セグメント化し、さらに現実に存在しないものにまで拡張する能力です。 そのことを先鋭化したのが数学です。 数学は一見実体がありませんが、事象の抽象化を実現する方法なので、目に見えないことも現実のこととして仮想的に再現することができます。 従って、科学的な発見、事象は数学で表現することがルールとなりました。

そのような、言葉と抽象化の起源をきちんと認識した上で、教育のシステムを作っていくことが、求められていると思うのです。  これを実現させないと、国というレベルのみならず、人の社会全体が、発展、安定しないと思いますので、今、ゼロベースで、教育モデルを考え直す時期にさしかかっているような気がします。
現在の教育システムの問題は、言葉、数学、倫理観(世界観)を統合できていないというのが、僕の妄想ですが、実は課題はもっと単純かもしれません。 

つづく・・・ 


※余談 言葉と数学について・・・・   
数学オリンピックというイベントがありますが、現在の出題傾向として離散数学的証明が求められる問題が増えています。上位入賞者の一部には、かならず、このような設問に対して、ほとんど数式を用いないで自国の言語だけで証明を完成させる人が居ます。 このことは、あまりニュースにはなりませんが、これは、実はその国の教育システムの方向を反映しています。 ものすごく単純に言うと言語によるアルゴリズムで証明しなくてはいけないのです。 このことは、自国の言語教育レベルの問題です。 

150x150_square_16887043

毎年、神奈川県の指導者研修会(理論)を行う川崎市教育文化会館。 退屈なプログラム(失礼!)もあるので、必ず1回抜け出して入る向かいにある喫茶店コロラド。なんのヘンテツも無い喫茶店。老夫婦がやっています。 しかし、ここの珈琲やサンドイッチは、とてもとても んまい! 実は、それが楽しみで研修会へ行くおいちゃんなのでした。 申し訳ありません。

追伸
研修会での猪谷さんの講演はよかったな。 猪谷さんが、オリンピックのことを、しばしばオリンピック運動(Olympic Movement)と言うのが印象的。さすが、IOC委員を長年やっていた方ですよね。 スポーツで競い合うというイベントの大前提が「平和」だということが、ムーブメントの意味です。 彼が言うとしみじみしますね。 さすがです。

_SL500_AA300_

テンションがアガル。前向きな気持ちになる音楽というのは、たぶん誰にでもあると思います。僕にとってのアガル音楽の筆頭は、「矢野顕子」です。 ジムでバイクを漕ぐ時には必須です。

※僕が大好きな逸話。 糸井さんと坂本さんの対談の一部

坂本
うんうん。最初に会ったっていうか、レコード聴いた時にね。すごいなと思って。で、ティン・パン・アレーの関係で会ったら、会った時にさ、当然音楽から僕が想像してたのは、ものすごく色んなこと知ってるだろうと。ジャズとかロックとかだけじゃなくて、印象派とか現代音楽とか
わかった上でやってるのかと思ってたら、全然わかってないんだね。

糸井
うん。

坂本
それにびっくりしてさ。わかってんだったら、まだ理解のしようがあるけど、全然知らないでやってて、
それがそういうもんだからさ、これは天才なんだと思って(笑)、びっくりしましたね。

一番好きな話はさ彼女が、字を書き出す前、3歳くらいとか?まだ字が書けない時に、
その日あったことを、ピアノと歌で歌ってたって言うわけ。両親に。
── えっ!

hiragana

「ひらがな日本美術史」は、芸術新潮に長年連載されていた橋本治氏の文章をまとめた、7巻に及ぶ冊子です。「埴輪」に始まり、「亀倉雄策の東京オリンピックポスター」にいたる119編は、楽しく、読み応えのあるものです。 題名の「ひらがな・・」の意図を作者は明らかにしていませんが、アカデミックな美術史体系みたいなものではなく、日本の風土、歴史に立脚して「読み直す」という意図を、日本オリジナルのやわらかい文字、「ひらがな」という言葉に託したのかもしれません。

橋本氏の言説の底流には、「美しいとはなにか」という問いが常に流れています。 彼のアプローチには特徴があり、作品の向こう側に「作家性」を強調する見方をしません。 このことは、とても微妙な問題です。 作家性に言及しなくてはアカデミックにはなりません、たぶん。 ただ、作品のこちら側にも、向こう側にも、それを見ている自分が居るということを、きちんと見据えていないといけない、という強い意志が、橋本氏には感じられます。 

それともうひとつ。 美を追求するということは、 純粋にアートを追求する行為だとは、たぶん、彼は思っていません。 美術史に残るような作品のほとんどは、顧客の注文、要望によって生産された商品です。 その注文に応じて職人が技をふるった結果を、後世の人がアートだと定義します。 純粋な芸術的創造や偶然など有り得ないと思います。 僕が日展で工芸と書の鑑賞に時間を費やす理由の一部はそこにあります。

image6185

橋本大二郎氏が高知県知事時代に書いたエッセイを書棚から引っ張り出して読みました。 表題は「うらやましい人」というものです。 橋本氏が言う「うらやましい人」というのは、高知県出身の植物学者、牧野富太郎氏のことです。 先日、久しぶりに練馬区大泉学園にある、牧野記念庭園へ行ったおり思い出し、帰宅後に探したところ、書棚にあったエッセイ集を見つけました。
橋本氏は、子供の頃から「尊敬する人は?」という質問が苦手で、いまだに彼の「尊敬する人」は空欄だという話から始まります。 ただ、尊敬とはすこし異なるけれど、「うらやましい人」というのは居る。 その筆頭が牧野富太郎氏だという話です。
牧野氏の研究成果、芸術とも言える植物画、貧乏ながら家族に支えられた研究生活、小学校中退という学歴でいつのまにか東大の研究所へもぐりこんで、65歳で理学博士という変なキャリア。明るい性格。 などなどは、たくさんの人が語りつくしたことで、良く知られています。 橋本氏のエッセイにも、いくつかのエピソードが、さらっと触れられていますが、本当に言いたかったのは、最後の一節でしょう。

「高知市の記念館に行くと、草むらで植物を手にしながら、満面に笑みを浮かべた牧野さんの写真がある。どこか、アインシュタインを思わせる風貌だが、貧乏をものともせず、好きな道を一本に貫き通した、わが人生ここにありの一枚だ。 正直うらやましさを禁じえない。 尊敬などされなくとも、ひと様にうらやましがってもらえるような人になりたいものだ。」

大泉の記念庭園、記念館で、僕も同じことを感じました。 植物を手にしてうれしそうな笑顔の写真ばかりなのです。木に登ったり、柿を片手におどけたりしている写真もあります。 うれしく、楽しくてしょうがない笑顔の写真しかありません。 若い頃から晩年の写真まで、全てがそうなのです。 これはうらやましいことです。
※蛇足ながら、明治、大正と同時代を生き、牧野氏と研究分野が一部重なる天才、南方熊楠氏の写真には、眼光するどく、険しい表情のものが多いと感じます。 僕には極めて対照的に見えてしまいます。

books

この本は、名著だと言われています。 それは、本当です。 しかし、その理由は、読む人によってずいぶんと異なると思います。 イスラム世界を「総括」しているという意味では、たしかに名著です。 ただ、 「ユダヤ」の孤立とイスラムの本当の関係について、ページを割いていないことには、すこし不満です。 とはいっても、ユダヤの孤立を招いた事実の重要さはきちんと記述されていると思います。 
国家を超えて生き延びたユダヤ教の本質、それはイスラムとの対比で、はじめて僕は納得しました。 ナチスに代表される迫害とパレスチナ問題との関連。

イスラエル軍が、実は、局地戦において現在世界最強であることは知られていますが、本書ではそこまで踏み込んではいません。 淡々としたイスラムの歴史の先にある中東問題の根っこをこれほど明確に示す著書はありません。 なぜ、イスラムがユダヤを敵視するのか、キリスト教徒が、またはキリスト教徒の国家がユダヤをバックアップせざるを得ないのか?  本書には書いてありませんが、ヒントはちりばめてあります。

fujin1

「風神雷神」は、京都 建仁寺に奉納された金澤翔子さんの書です。 俵屋宗達作の国宝「風神雷神」と並べて置かれています。(宗達の本物は、現在は京都国立博物館にあり、建仁寺にあるのはキャノンのデジタルコピー)
金澤さんは、現在もっとも多忙な書道家の一人です。 席上揮毫(書の公開製作)も得意で、最近では国体の開会式で巨大な書を披露しました。  先日NHKラヂオにおいて、母親である泰子さんとNHKディレクターの、かなり長い対談が放送されました。 たいへん興味深く、聞き入ってしまいました。

対談の中で、母親の泰子さんは、ダウン症の娘、翔子さんの不思議な資質について話しています。 翔子さんは、物事、出来事について、常識的、合理的(科学的)な区別が出来ない、もしくはとても曖昧なのだそうです。 仕事の現場で、通りかかった犬に突然、丁寧に名詞を渡そうとしたことがあるそうです。 イヌのほうも、何事かと思い、神妙にしていたそうです。 仕事の現場だったので、犬にもきちんと挨拶をしなくては、と思ったのでしょう。 道端に気になる花があると、向き合って手を合わせているそうです。心惹かれるものには礼をつくすということでしょうか。 月が出ている夜道を歩いて帰宅する時、家へ入る前に、月に向かって「ありがとう」と言ったことがあるそうです。 常に、自分と月の位置関係が変わらないので、いっしょに歩いてきてくれたと思うようです。 何かの境界が曖昧だということは、彼女の心に緊張感を作り出さない優れた資質なのではないかと、泰子さんは考えます。
席上揮毫に才能を発揮するのも、翔子さんにとっては、一人で紙に向かう状況、衆目のざわめきの中で筆を揮う状況に差異が無いからなのかもしれません。

多くの寺が、彼女へ書を依頼するのには理由があると感じます。 空と有、慈と悲 2つの事を何かで仕切らず一体と考える心が、書から立ち上がっているのかもしれません。



今年の横浜ジャズプロムナード。 最大の収穫は、ジェシカ・スチュアートを知ったことです。 ロック魂のあるキレのあるギターを見せるかと思えば、琴の弾き語りで、キュートなポップスも。 琴の3連弾なんて初めて見ました。 ジャジーなアレンジもあれば、ラテンロックもあり。 変幻自在の才能に驚きました。 MCは全て日本語。 バンクーバー生まれとのこと。 僕のアンテナが低く、実はまったく知らなかったのです。 出てくる音は、その、図書館の受付嬢みたいな、地味なルックスからは想像できない、多彩なものです。

そして、30年ぶりくらいに見た、ヒカシュー 35年もやっていて、 どんどん「馬鹿」になっていくという才能は、誰にも真似ができない。 最高です。 




RP_AC34SepD24_8475-780x519

大金持ちさんたちのビッグイベント。
オラクルレーシングがタイトルを守りました。 1−8 から 9−8 という大逆転。 実は、この土壇場からの逆転。 スピードアップの秘密は、まだ公表されていない謎です。 海面スレスレを飛ぶように見える(時速80キロ以上は出るらしい)ハイテクヨットのレースは、死ぬ前に一度は見てみたいスポーツイベントのひとつです。

2003年に改定された日本スキー教程が大きく改定されるようです。 この2003年版の教程、2軸という考え方や、谷まわりの重要性を強調したことは、評価できると思います。参考になりました。ただ、その「理論のようなもの全般」は、とにかく評判が悪く、この内容に全面的に肯定的なスキー指導者はほとんど居なかったと思います。 その詳細は、いろいろな人が発言しているので、私は「一般論」を書きたいと思います。

★各国のスキー団体が発行している教程、教本は、「Teaching Method」ですが、日本スキー教程は、「指導、普及」を目指した内容にはなっていません。 インストラクターの受験資料(ある意味、かたよった問題集)なので、一般の人の参考にはなりません。ちなみに、私は、30年以上、1年もかかさず指導者研修会に参加していますが、研修会は、この教程の内容を伝達する場となっているため、指導法をレクチャーされた記憶はほとんどありません。

★スポーツの技術指導は、トップレベルの競技者が実践していることを、体系化し分析したものを、指導の現場へわかりやすく降ろしていくのが大原則です。 そのような作業をしていないスポーツ団体は、たぶん、SAJだけだと思います。結果として、「競技スキー」と「基礎スキー」という言葉を区別して使うことを「おかしいんじゃね」という人が組織内に極めて少ないと感じます。

★「新しい言葉」「目新しい理論(のようなもの)」が、「権威」だと勘違いして居る人がSAJ組織内に常に居ます。


ただ、「救い」というと、ちょっと大げさかもしれませんが、スキー学校の現場では、「誰が見ても、上手い奴は昔も今も上手い。スキーの基本技術なんて、大きく変わるものではない」というスタンスで指導している場合がほとんどです。犠牲者は、SAJのインストラクターを目指して練習をしてきた人だけかもしれません。

Ken-Rosewall Backhand

Ken Rosewall's Backhand. Rosewall's career spans the two eras of tennis history -- the amateur days before 1968 and the early years of the pro game in the late 60s and early 70s. That's why he won the U.S. Championships in 1956 and the U.S. Open in 1970, both at Forest Hills Tennis Club just a few miles from the USTA National Tennis Center in Queens.

But it was his backhand that was simply sublime. He had the rarest of shots: a slice backhand that was not a defensive response but an offensive weapon. Wielding the racket like a surgeon's scalpel, his backhand cut opponents up with uncanny precision and surprising power. I was there when his backhand return of serve broke Rod Laver's game and heart in fifth set tiebreaker of the 1972 World Championship of Tennis in Dallas.

テニスが趣味のTalbot Davisさんのブログです。 ほんとそのとおり。 ローズウォールのスライスバックハンドは芸術でした。 そして、びっくりしたのは、この写真。 これは彼の選手生活最後の方だと思います。 たぶん1974年。40歳。ハートの金属ラケットを使用しているからです。この年、彼は、全盛期のジミー・コナーズと全米の決勝を争い、敗れています。 僕は、ミーハーなので、両親に無理を言って、このラケットを2本買いました。 インターハイ、国体でもこれを使いました。 ハートが、ラケットブランドだったのはものすごく短い期間だったと思います。 
40年近く経過して、何の縁か、ぼくは、またハートブランドを使っています。
hart

thumb_19242_news_n_large

僕が愛読する週刊コミックモーニング(木曜日発売)の新人賞は、異例のルポルタージュマンガ、「いちえふ 福島第一原子力発電所案内記」が選ばれました。満場一致での受賞とのこと。

作者は、福島第一原子力発電所(現場では、いちえふ 1Fと言うそうです)の下請け作業員です。 告発とか、なにかを暴く、とかいう調子のマンガではありません。 たんたんと、現実が語られます。 絵が上手い。

良くも悪くも「くせ」のあるモーニングならではの受賞。 作者もモーニング狙いだったのかもしれません。注目。

81708_p

新潮45という雑誌は、ドキュメント、事件スクープ、セックスを売りにしてきた雑誌です。2005年11月号は、スポーツ界の事件が特集だったこともあり(スポーツスキャンダル大好きなので)、なんとなく書店で手に取り立ち読みをしました。 大手町の紀伊国屋書店だったと思います。 この時、スポーツ事件記事の後に、スクープ記事「3つの殺人」が掲載されていたのを覚えています。 なぜ、こんなことを覚えているかと記憶をたどると、サラリーマンをやめてヒマなので、全日本テニス選手権を見た後に、紀伊国屋書店の古地図セールを見に行った時だからです。 
その後、このスクープ記事は、世間を大騒ぎさせることになります。 その時の顛末が映画化されたと知り、見てきました。 『凶悪』という映画です。

これは、ほぼ ドキュメンタリー映画と言っていいと思います。 映画に出てくるスクープが載った雑誌の表紙は、当時のまま。 ただ、スポーツ事件の見出しが大きく書いてあったのですが、映画では「スクープ 誰も知らない3つの殺人」が最初に記載されています。 トップには表示できない冒険だったということだと思います。

多くの人に突きつけられる現実を無造作にテーブルの上へ置かれたような気分になる映画です。 幸せな気分には絶対ならないのでお勧めはできません。  映画の中、「明潮24」という雑誌の編集部、女性編集長(当時編集長は女性の中瀬さん)も、超リアル。

※追加 新潮社はこの記事を電子書籍化していました。
xl

yamamichi 010

山梨には恩賜林(おんしりん)というものがたくさんあります。 この聞きなれない言葉の意味を僕はなんとなく昔から知っていました。 恩賜という言葉は皇室がらみでしか使われない言葉なので、「旧皇室領の払い下げ」なんだろうな、と漠然と思っていました。 それは、間違っていないようですが、細かいいきさつはよくわかりません。 
ただ、最近知ったことがひとつあります。 僕の住んでいる小淵沢の住所(地番)は、正式には「小淵沢町10060番1067」です。 ただ、この辺のことを「大東豊」と言う人や、まれに「棒道下」という人が居ます。 大東豊は、地図にも記載されている地名で、旧小淵沢村の地名だそうです。 ところが、棒道下という地名や、その痕跡はどこにもありません。 ちなみに、僕はこの住居を取得する時、パンフレットに「棒道下」とありましたので、てっきり地名だと思っていました。 信玄の棒道の下 という意味であることは明らかで、たしかに、北(上)に歩いて10分くらいで棒道に出ます。 正式ではないものの、地元の人の通称名なのだろうと、ずーーーっと思っていました。

ところが、地元の人には、笑われるかもしれませんが、本日、「棒道下」とは、このあたりのかなり広い地域を指す恩賜林の名称だと知りました。なるほど、そういうことか・・・   ちなみに、恩賜林というのは山梨だけにあるそうです。

※ 今日、富士見町の棒道から30分くらい林道を下った森の中に、広大な空き地(森林を伐採した牧草地の荒地みたいな感じ)を偶然見つけました。ここから見える甲斐駒はとても良かったです。
yamamichi 011

260165_529059143827175_2056650511_n

僕は、「是枝ファン」です。 ファンというのは、その相手を褒めようと思えば、すぐに褒めどころを10個は見つけ出すものです。 ファン心理をやや抑えつつ、2つ挙げようと思います。

1) 子供を撮らせたら「是枝」  まあ、ほんと見事です。 
2) 「詰まない」感じ。 確かに世の中で起きるほとんどの事は、「詰まない」ものです。

代表作のひとつになり得る作品だと思います。

01_hokkaido

気象庁が定めた天気予報の区分というのは、実は、どんな行政区分よりも耳に馴染み、脳裏に焼きついているものです。 たぶんそれは私に限ることではないと思います。 その理由は、おそらくテレビやラジオから毎日のように繰り返し聞こえてくるからだと思います。 さらに、市町村の名称変更や合併などに影響を受けず、変更されないからだと思います。 逆に、居住する場所が変わるとテレビに映し出され、聞こえてくる「区分」がさっぱりわからず、違和感が身体を覆いつくして、途方にくれます。 1年の多くを過ごすことになった山梨県ですが、僕はいまだに「峡東」とか「峡南」とか「中北」言われても、具体的な景色や区分の境目がイメージできません。

私のように北海道に育った者にとっては、他の都府県で生活してきた人と比べて、さらに天気予報の区分は特殊なものです。上の地図にある赤い文字の支庁名が予報の区分ですが、これは、山梨県の中の「峡南地域」とは異なります。 この区分のレベルが「県」に相当します。 小樽、札幌に育った人(私)にとっては、「石狩・空知・後志(しりべし)地方」が、「山梨県」とか「神奈川県」と同じレベルになります。 そして、予報区分に含まれる支庁名の順番には規則性がありませんが、毎日この地方名を天気予報で聞き続けているため、北海道育ちの人は、支庁名を「この順番」でしか言えません。 「石狩、空知、後志」を「後志、石狩、空知」などと言おうとすると、つかえて、噛みます。

※余談
アメリカの地方天気予報をテレビで初めて見た時、私は衝撃を受けました。 テレビの画面が五目並べの盤面みたいに直線で区切られており、そのマス目が予報の区分なのです。

tuki 007

八ケ岳 赤岳のビューポイントは、たくさんありますが、 冬は、サンメドウズ清里スキー場、Dコース最下部(レースのゴール地点くらい)からの赤岳が絶景だと思います。 夏は、清里の森別荘地の駐車場から清泉寮へ抜ける遊歩道から見る赤岳です。 連休の観光地、清泉寮の喧騒、 さらに、カンティフェアなどのお祭り騒ぎの時も実は、この遊歩道は静かです。

このページのトップヘ