小淵沢の冷蔵庫

はんでめためたごっちょでごいす! このブログは、IE(Internet Explorer)で閲覧しないことをお勧めします。 "Google Chrome" "Firefox"で最適化するよう編集しておりますので、 IEでは表示が乱れます。「小淵沢の冷蔵庫」というタイトルをクリックすると最新50件の日記が表示されます。              

中学生の頃から、今のヨレヨレおじさんになるまで、僕はラジオ番組が大好きで影響を受けた知識、音楽などは、半分はラジオ。 半分は書籍だったと思います。 最近はまっているのは、TBSラジオ。
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ひとつは、荻上チキさんの、セッション22です。 平日の22時から25時に毎日放送される番組です。 荻上さんは30代前半の「評論家」です。 この肩書きを胡散臭いと思う人は多いのですが、彼は本当の評論の役割を認識している数少ない英才だと、僕は思います。 人々が判断する材料をきちんと提示し、ペシミスティックではなく、前向きに行動するヒントを示す事が評論の役割だと認識している数少ない若手の俊才だと思います。

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もう一つの番組は、「菊地成孔の粋な夜電波」 これは、同じくTBSラジオの番組です。 金曜日の夜だけ、前述の荻上さんの番組は、24時で終了。 その後菊池さんの1時間番組がはじまります。 この50歳のおっさん、番組のプロデュース、編成、すべて自分でやっています。 ちょー マニアックでつ。 彼は極めて優秀なジャズサックス奏者なのですが、その音楽の知識の幅がはんぱない。 特に現在進行形のヒップホップ、ラップ系の若手の才能に関する情報量の多さには驚愕です。 ヒップホップ、 オールドスクール、ポップス、歌謡曲、ジャズ、クラシック、なんでもありの博識。

TBSラジオがこの二人を夜の番組にセットしたのは、素晴らしい企画だったと思います。 僕にとって聞き逃せない番組です。 共通するのは、 広範な博識と饒舌。 そして「今」を前向きに捉える態度 です。 この二人のラジオ番組は、すくなくとも僕の考え方を明るくする効果があります。 

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ブルーノートレーベルのアルバムの復刻版。  マッコイ・タイナーのピアノ、エルヴィン・ジョーンズのドラム、ボブ・クランショウのベース、そして、グラント・グリーンのギター。 ジョン・コルトレーンのサックスがグラントのギターパートを演奏した「マイ・フェイヴァリット・シングス」は、数多く発売されているのですが、グラントのギターがリードする演奏は、日本では初登場。
僕は、ジャズの演奏を聞いて衝撃を受けたことがたくさんあります。 ビル・エヴァンストリオのNYヴィレッジヴァンガードライヴ、キース。ジャレットのケルンコンサートライブ、マイルス・デイビスのラウンド・ミッドナイト、・・・  最近では上原ひろみのデビューアルバム「Another Mind」 などなど。

僕のジャズの趣味は、ピアノソロとピアノトリオに偏っていて、ギタリストを良く知りません。 ジャズファンにはバカにされそうですが、ノーマークだった1964年録音のグラント・グリーンのギターに ほんとにやられた。 びっくりしました。
シングル・ノート & シングル・コイル  ステキだ。 モダンジャズなのにとってもブルース。

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恵比寿へ行く機会があり、その帰り道、東横線大倉山へ立ち寄りました。 大倉山集合住宅を見てみたかったのです。 あのSANAAの妹島和世さん設計の賃貸住宅です。ほぼ、曲面だけでできているアパートで、”A”〜”I” の9戸です。 そして、なんと I(アイ)の部屋を借りているのが本屋なのです。ユニークな古書がキッチン、リビング、ダイニング、寝室などに、「なるほど」と思わせるセレクトで並びます。 この本屋の存在は知りませんでした。また行ってみます。
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写真芸術というのは、いつもビミョーな立場に居ます。 あきらかに芸術分野であることは誰も疑いませんが、なぜ、ビミョーなのでしょうか? 大上段に振りかぶれば、前提として西欧世界の芸術・美術分野を「絵画、彫刻、建築」と、ギリシャ文明が決めてしまったという現実があります。 芸術大学、美術大学という看板を掲げる場合、「絵画、彫刻、建築」学部は必須ですが、写真はその枠組みからはちょっとズレます。 建築と同様、工学としてのテクノロジーを大前提とした「極めて有効な技術」なのに、それを表現とする論理が芸術であるという一般的な理解を得るためには「理屈とそれなりの時代的なインパクト」が必要だったからだと思います。 写真家が、観念的な芸術論を立ち上げて論争をする癖があるのは、そんな背景があるからではないでしょうか?

佐藤氏の作品は、写真というテクノロジーに「偏執的」と言えるほど忠実なものです。 「光」を取り込んで写し込む、という「写真技術」の原点にこれほど執着する人は多くはありません。 そこには観念的な芸術性というものは希薄です。 ただ、「光」を取り込むことに専念した作品群です。 長時間露光やピンホールを駆使するのは、映らないものを意識的に選別する技法ですが、しかし、一方では「映らなければならないなにか」を無意識の中から浮き上がらせる効果があります。 

スキーをする人、それも「ちょっとのめりこんだ事がある人」にとって、思い描く夢とはなんでしょう? 夢というと言い方がすこし違うかもしれません。 「これをやったらスキー仲間に一生自慢できること」 それは2つあります。

その1 CMHヘリスキー
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カナダのヘリスキーツアーですが、何度も行ける人というのは、たぶん相当お金持ちです。高額料金の高級ヘリスキーツアーです。 CMHが所有するいくつもの山岳ロッジを拠点としたヘリスキーツアーなのですが、このヘリでしか行けないような場所にあるロッジが全てホテル並の設備。 レンタルスキー用具もオリジナルの高級品。 食事も豪華。コース数、ガイドの数もこれほど充実したヘリスキーは他にありません。 連絡すればプロモーション映像の入ったDVDも送ってくれます。 アメリカのIT長者、アラブの王族などは、ロッジごと貸切にすることもあるそうです。 写真はCMHのホームページから拝借

その2 オートルート(クラシックルート) ツアー
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オートルートと言ってもクルマの道ではありません。フランス語で「高い道」という意味です。様々なルートがあるようですが、一般的にはシャモニからツェルマットへ向かう山岳スキーツアーです。 これが出来れば前述のCMHヘリツアーよりも「そうとう自慢」できます。 スキーとアルペンクライミングの知識、技術、そして体力が求められるからです。 そのため、フルコースのツアーではなく、厳しいルートをパスしたり、ヘリコプターのサポートなど「おいしいとこ取り」ツアーあるようです。とはいっても敷居の高いスキーツアーです。 一日中歩いてばかりの日もあるようです(とほほ)。  写真は、小淵沢在住の女性山岳ガイド 加藤美紀さんが、山岳スキー界のビッグネーム佐々木大輔さん達と行ったトレイニングツアーの時のものです。

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伊勢崎 賢治さんの話はいつもとてもおもしろいものです。 現在は東京外国語大学大学院の教授職にあります。専門は組織論です。 なかなか変わったキャリアの持ち主ですが、一番有名なのは、国際NGOに所属しながら、紛争当事国における武装解除にかかわる仕事の実績です。 「武装解除とは、戦争犯罪を許し逆に恩恵を与えるものなので正義感ではできない」とか、「紛争当事国への軍隊派遣にはあまり意味が無い。その国に、国を守る強い国軍をつくり、市民の為の警察力を整備することが一番有効」とか、修羅場をくぐってきた人の言葉は重い。

先日、山梨日日新聞のコラムに伊勢崎氏の発言の一部が載っていました。「中東では、一部誤解もあるが 日本は戦争をしない、武器を輸出しないというイメージがあり、日本人が言うなら、と応じてくれたことがあった」 という内容です。

以前にも書きましたが、僕は改憲論者です。 伊勢崎さんは憲法九条堅持派です。 立場は異なりますが、とにかく彼の発言には説得力があります。 彼の著書はどれも興味深いものです。

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田邊さんは、植物生理生態という分野の若い科学者です。 主に極地における植物生態研究の業績で知られています。 とても珍しいキャリアで、工学から理学、それも植物生態へ研究分野を突然変更した人です。 
科学者の中には「文章を書ける人」がとても多く存在します 。それはまあ、当たり前かもしれません。 科学は研究成果を論文で公表し、評価されなければ職業として成り立ちません。 どのような言語においても「ことば」の本質は論理的であることです。 文学が情緒やリズムに流されて成り立つことはありません。 そのような印象は極めて表層の印象であり、どのような文章も構造的な論理が骨格になくては成り立ちません。 それは「詩」という形式でも同様です。 
科学者は、職業の本質として文章の訓練を毎日行っているようなものなのでしょう。

このフォトエッセイのような本には科学的な記述がほとんどありません。 しかし、工学から理学、つまり人の為の「実用」を探求する立場から、「物事の有り様」を記述する立場へ生き方を変更した科学者の気持ちがとてもよく伝わってくる魅力的な著書でした。

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ひきつけられる大好きな気配。 まあ 気配としか言いようがありません。 僕にとっては、この五町田の神社、寺、ギャラリー、墓地は、地面に吸い寄せられるような感覚と、浮遊感が混在する不思議な、貴重な場所です。 心霊の留まる場所。 富士山麓とは異なる龍脈があります。

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今日は雨で畑仕事は休み。スキージャーナルの最新号を読むために金田一春彦記念図書館へ。
ジャーナルをぱらぱらめくり終わり、図書館端末で検索すると、昨日買いそうになった安野光雅氏の絵本「天動説の絵本 ・・・てんがうごいていたころのはなし・・・」が2冊もありました。さっそく借りて帰宅。 3度繰り返して読み返しました。 1回目に読み終えてすぐに思ったこと。 「おお、これは先般読んだ宇宙物理学者、池内了さんの”宇宙論と神”を正確に解説したすばらしい絵本だ。さすが安野さん。すごいチャレンジだ!!」 とバカみたいに感動しました。 しかし、私がバカでした。 人、神、宇宙、科学、宗教に及ぶ歴史を凝縮したすばらしい絵本は、1979年に福音館書店から発行されたものです。そして、まったく同じ課題、歴史を題材とした「宇宙論と神」は、集英社から今年出た新刊です。 つまり、池内氏の著作が安野氏の絵本を解説した本だったのです。 もちろん池内氏はそんなつもりはないでしょうが、2回目、3回目とこの本を読んで、私はそう確信せざるを得ませんでした。
 
安野氏、池内氏とも著書の中で同じ事を言っています。 「地球が丸くて、動いているということを、あたりまえの事として前もって知っている現代の人達は、今に至った過程を軽んじてはいけない。 今から見ると誤った知識、迷信、呪術、魔法、かたよった宗教的教義に見えるものも、その時代の英知が築いた真実だった。 それらを多くの犠牲を払いながら乗り越えてきて今がある。 今、私たちが”真実”として疑わない事々も、未来には全く覆っている可能性は排除できない。」
 深い知識と傑出した才能がある人というのは、「同じ表現」にたどり着くのかと、唖然といたしました。 私の行き当たりばったりの読書も、こういうことがあるので、なかなかおもしろいものです。

※余談
私が高校生のころ、北海道大学工学部に名物教授が居ました。 この教授は彼が受け持つ1年生の授業で、受講生を2つのグループに分けます。一つを「地動説班」 もう一つを「天動説班」とし、プレゼンと議論をさせます。 勝負がつかない事が多く、また天動説班が勝つこともあったそうです。 つまり、いくら理系の学生でも、常識が生まれる過程に深い知見がなければ、この課題を正確に論じることが出来ないということでしょう。 

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 1年に3回くらいは、「かならずしも必要ではない」文房具を買ってしまいます。 最近ではインターネットで購入することが多くなってしまいましたが、今回は珍しく近所のリアル店舗で購入しました。  「PAPYRUS」という小さなお店です。 なんの変哲も無いノートと、鉛筆6本セットを買いました。 鉛筆はなんと、2H、H、HB、B、2B、3Bという濃さ、硬さの違う6本セットです。 このお店、不思議に「かっこいい」品揃えです。
 安野光雅さんの「天動説の絵本」  銀座伊東屋のノートに装着できる「ペンケース」 欲しかったのですが、なんとか思いとどまりました。

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 通常、六四天安門事件と呼ばれる中華人民共和国で起きた民衆への弾圧事件から25年。 この事件に関連して私が認識できることは、三つしかありません。もちろん史実としての詳細は知りません。 
 認識している案件、まず一つは、13億人を超える人口を持つこの国の国民が、いまだに「選挙」というものを経験したことが無いということ。 二つ目は、この事件の直前から、この国は部分的に資本主義的な経済政策へ舵を取り、その政策は、さまざまな「危うさ」を抱えながらも「成功」したということ。 そして、最後は、中国共産党はこの事件のずっと以前から現在に至るまで「共産党一党体制の維持」が全てに優先するということです。 

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木田真理子さんのブノワ賞、 これは快挙! この賞の審査員はきわめてプロフェッショナルなバレー「人」であり、コンテンポラリーな感覚の人々だからです。 権威 というよりは、衆目の納得性が高い賞なのです。
 木田さん。、実はクラシックのみならず、モダンが凄いnatural born dancer ! 快挙です。

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パソコンは、僕にとってワードプロセッサーの延長でキーボードで文字入力し保存できることに意味があります。検索とか、SNSとかはあくまでも付帯機能だと感じますが、「わかったような気になる近道ツール」は、多くの人の生活を変えたと思います。
スマートフォンは、電話です。 当たり前ですが 電話なのです。 持ち歩ける電話というのは、確かに生活のスタイルを変えたような気がします。
さて、kindleですが、新しい画期的な機能があるわけではありません。 普通に「本」だからです。 でも、表紙もなく、ホコリもかぶらない、場所をとらない「本」との付き合い方には、明らかな違いがあります。 「風景」としての書棚に慣れ親しんだ僕にとって、これほど魅力的で付き合いづらいがジェットは初めてです。

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NHKの朝のドラマ、 「花子とアン」 アンとはモンゴメリの「赤毛のアン」のことです。 この小説を日本に紹介した村岡さんをモデルにしたドラマです。 村岡さん、そして「赤毛のアン」という言葉を聞いた時、思ったのは、二人の女性です。 一人は、僕のテニス仲間、村岡さんが過ごした東洋英和女学院で幼少期、10代を過ごした女性です。
もう一人は、カナダ人のミュージシャン Jessica Stuartさんです。Jessica さんは、先日 僕のfacebookのタイムラインへ書き込んでくれました。 今年も日本で演奏するみたいです。 琴を弾く「赤毛のアン」です。 また、鎌倉の民家でプライベートな演奏を聞きたいです。 あの日は大雨の中、東京から鎌倉までやっとたどり着いてすぐに演奏してくれました。

ちょっと有名になっているので、もうだめかな。

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FM・Fujiというラヂオ局、日曜日の夕方に30分の番組があります。 この番組は、ちょっと変わっています。 アマチュアのチェロ好きおじさんが、自分の好きなチェロ演奏を紹介したり、自分の演奏も電波にのせてしまうというオキラクな番組。 これがなかなか楽しい番組になっています。 まあ、番組を持つくらいですから、このおじさん、たしかにやたらとチェロに詳しい。

実は以前、僕はこのおじさんと仕事上の関係で名刺交換をしたことがあります。 もちろん先方は覚えていないでしょうが。 この人は住野公一さんと言います。  クルマが大好きなのは知っていましたが、これほどチェロ好きとは知りませんでした。 オートバックスセブンという会社の創設者です。

国民にとっての法律と、国家にとっての法律は、意味が異なります。
集団的自衛権行使は憲法解釈の変更によって可能であるというのは全く論理的ではない。
ちなみに、僕は憲法改正を否定する立場には無い。改正論議には賛成です。

しかし、それとこれとは、話がちがいます。

国民にとっての法律とは、法律に規定されている範囲、また禁止されていなければ個人の自由活動は保障されるということが大前提です。 また、自由を保証することを規定することも常です。これが個人の自由を守るということです。
しかし、国家にとっての法律、もちろん憲法がその最上位にあるものですが、これは個人にとっての法律とは意味が全くことなります。 国家は、憲法、法律に明確に規定され、手順が示された事以外、絶対に実施してはいけないというのが法体系、法治の大前提です。 禁止されていないからやっても良い、ということは国家、及びその機関には絶対認められません。

そのような、きわめて基本的な法制度に対する認識に無頓着な論議は言語道断だと思います。 きちんと憲法改正論議をすべきです。 現在の日本の法律では明確に「直接日本が継続的に侵略された場合に軍事力を行使する」ということになっているからです。 手続きを法制度化しないで解釈論議にするというのは、きわめて危険な行為です。

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私が、お手伝いをしている「八ケ岳あおぞら農園」について、ブログに全く書いていないことに気付き、一応 概要を記載いたします。 「詳しくはWebで・・・」 って言うとそこで終わってしまうので、あおぞら農園のホームページに載っていない情報もすこし書きます。
事業の柱は2つです。「野菜作りの体験の為に一定面積の土地使用を契約者(契約単価は別途定める)へ許可し、指導、機材貸し出しを行う」ということと、「収穫可能な野菜について、自ら収穫を行うことについて、対価を徴収する」ということです。 通常は、「貸し農園」と「収穫体験」と言います。
 組織体制は以下のとおりです。

暫定CEO : 正樹さん (現場の意思決定を全て行う。 スティーブ・ジョブスを敬愛しているのでこの肩書き)
営業担当取締役 : かんちゃん (接客達人の働き者)
農園長 : ちゃーちゃん (唯一の農園フル常勤 ネズミ捕り、プロジェクトマネージャーの労務管理)
プロジェクトマネージャー : 小林俊一郎 (農園長のブラッシング担当。部下は居ない)

※シャドー・コミッティー : たまえさん(COO) るみさん (CFO) 非常勤だけど、実は偉い・・

リーマンショック、東日本大震災などの影響も無く、開業以来、顧客数は常に増えています。日本経済新聞は取材に来るべきです。 尚、写真は資材の運び出しを私に指示している農園長です。

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おいちゃんは、原田美枝子のファンです。 なぜ こんなことをいまさら言うのか というのは、先日、ある人に「シュンシュンは、どんな人が好みなの? たとえば誰?」 といわれた時に、酔っ払っていたのと、ちょっとどのように回答したら受けるのかと、逡巡して上手く答えられなかったからです。 おいちゃんは、原田美枝子という女優がずーーっと大好きなのです。 最新号の婦人公論の表紙に釘付けです。 

原田さんは、僕と同い年、映画デビューは15歳。 「大地の子守唄」という映画をはじめ、彼女の出演映画をたくさん見たのは、今でも高田馬場にある早稲田松竹という映画館です。 現在はもうこのような映画館は見当たりませんが、僕が10代のころは、名画座 という新作ではない映画を2本立てで見ることが出来る映画館がたくさんありました。 早稲田松竹は、現在でも千円くらいで2本見れます。 僕が通っていたころは500円だったと思います。 僕は、同じ年の女性の演技を食い入るように見ていたものです。 原田さんが、時々テレビドラマとかに出てくると、今でもちょっとドキドキします。

※ この最新号 2014年5月7月発売の雑誌には鎌田實さんと岸谷香さんの対談も掲載されています。 母親としての岸谷さんの悩みが語られている対談ですが、それより、僕はプリプリの再結成で、5億円も稼いで、東北の震災被害者へ寄付したことが、きわめて計画的、意識的であったことに驚きました。

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ほとけは常にいませども うつつならぬぞあわれなる
人のおとせぬあかつきに ほのかに夢にみえたまふ
・・梁塵秘抄・・

後白河法皇を編者とする梁塵秘抄には、さまざまな歌がありますが、池内さんがこの書物の「枕」というか、キャッチコピーとして冒頭に持ってきた歌。 科学を志し、つきつめようとする人達にとっての「ほとけ」とは、原理や法則に例えられ、必ず「ある」という信念に支えられています。 そしてそれは、時として現れ、発見されるのですが、「よっしゃ わかった」と思った先には、さらなる謎が待ち受けていて、真実と思われた原理、法則さえ「夢」のようなものだったという事が、繰り返されているのではないか、というのが、筆者の立ち位置です。  そのような立ち位置で、天文学と宇宙論を俯瞰したのが本書です。
 近年の観測技術の高度化や理論物理的なシミュレーションによって、以前と比べればめざましく解明されつつあるような「宇宙像」、 しかし、「宇宙」をどのように認識するか、ということに人間が費やしてきた時間と道筋を振り返ると、今も「その過程」であり、「ほとけ」「神」の「たくらみ」の尻尾にさえ、まだ触れていないのかもしれないと、本書を読んで感じました。

 池内さんが、「物理学者に比べると、天文学者は真面目で謙虚」と本書の中で書いていますが、なんとなくそれはわかるような気がします。 そして、ちょっと微笑ましくも思います。 確かに空を見上げ、つぶさに観測することによって成り立つ科学を志す人は、謙虚に成らざるを得ない感じがしますよね。

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深川の雪 品川の月 吉原の花  喜多川歌麿の直筆三部作の一つ、雪が発見されたことはニュースにもなりました。 おいちゃんは、ミーハーのアート愛好家なので、見に行かざるを得ません。 っていうか、岡田さんのブレインは、誰なのかはわかりませんが、マニアックな感じが 好きです。 雪を買って修復するということと、土偶の関連はまったくわかりませんが、 成金的でステキ。 お金持ちは美術館を作るべし。 と思わせる今日この頃です。

久しぶりの箱根は、パチスロバンザイ という結論でした。

金融政策というのは、通貨量の調整が「出来る」 という前提ですが、それはもはや幻想であることを誰もが知っています。 というか気付いていても、あえて語らないというのが正しいかもしれません。
かつては金利が、歯止めであり、為替に反映される貨幣の「強さ、弱さ」が有効でしたが、それがなくなりつつあるからです。 今、金融論というのが「学問」の分野なのかどうかさえ、とても疑問です。
金融政策を担う中央銀行のフォワードガイダンスを「金融政策」かのように語る専門家の解説が空虚すぎて、笑えます。 「システム」が崩壊しているのに、誰がどのようなメッセージを発するのかというフォワードガイダンスに焦点を当てて、もっともらしく言う人は、逃げ道のない袋小路で、シッポを太くしながらも強がっている猫みたいです。

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小学校6年生と中学校3年生を対象に「全国学力テスト」 正式には「全国学力・学習状況調査」が実施され、今回から学校毎の順位などが公表できるようになった、というニュースがたくさん報道されています。 公表するかどうかは各市町村の教育委員会の判断に委ねられています。 公表すべきだ、いや弊害もあるので慎重に、 などなど ニュースの論点はそのことに集中しています。 僕はこの報道を聞くにつけ、見るにつけ、「非常に釈然としないモヤモヤ気分」になります。 そこで、昨年度の調査結果資料をきちんと読んでみることにしました。 全ては読んでいませんが、半分くらいは目を通したと思います。 なかなか時間がかかりました。 学校名を含む情報は見れませんが、ほとんどはネット上で閲覧できます。
この調査は「教科に関する調査」と「質問紙調査」に分かれています。 前者が学力テスト、後者は、学習に対する関心、意欲、態度などに関して、学校と生徒に対して行われる質問形式のアンケートのようなものです。 調査結果は、それぞれの調査項目についての集計、順位づけはもちろん、クロス分析、時系列分析、さらには、「特徴のある結果が得られた学校の個別事例集」に及びます。 クロス分析というのは、複数の調査項目についてそれらの相関を分析することですが、これは特に興味深いものです。 僕は教育の現場を知りませんし子供もいませんが、これらの膨大な調査分析や個別事例集を見ると、この調査の目的である「教育レベルの底上げ」に対し充分に活用できる貴重なものであることが一目瞭然です。 なぜ、このような貴重な調査分析とその「活用」という視点でニュース報道が行われないのか? というのが、 冒頭に書いた僕の「釈然としないモヤモヤ」だとわかりました。 個人的には、学校の順位公表にどのような弊害があるのか、よくわかりません。 そんなことはどうでもよいことだと思ってしまいます。

最後に、印象にのこった調査結果を3つ。 重要というわけではなく、あくまでも個人的に目にとまったもの。
〇学科テストの成績では、秋田県が極めて良く。 沖縄県がとても悪い。
〇平日の学校以外の学習時間(塾、家庭教師含む)では、小学生で6割、中学生で7割が1時間以上。小学生、中学生とも、2時間以上と答えた人が3割 !! 僕は小学生、中学生時代、授業以外では宿題しかしたことがありません。 平日の平均だと、たぶん5分か10分くらいだと記憶しています。
〇小学生、中学生とも5割の人がまったく新聞を読まない。 僕はスポーツ欄や大きな見出しは読んでいたような記憶があります。

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Maneuvre とも表記するこの言葉。 本当の語源はよくわかりません。  僕が持っている辞書には、a planned movement of troops(soldiers) or warships, esp. a change of position in order to gain an advantage.

とあります。 先日、YouTube で宇宙ステーションのドッキング映像を見ていた時、この言葉が出てきました。 「おーー なんか 久しぶりに聞いたぞ・・」 と思いました。 僕は英語などできないのですが、妙なことを覚えている場合があります。 この単語を覚えていたのです。 サーフィンのコンテストを20年くらい前に見ていた時、コンテストのDJが「マヌーバ」と叫んでいたのです。 どうも 選手の演技、コース取り、構成などを「マヌーバ」ということだと、なんとなく判りました。  でも、辞書的には、軍事用語です。 つまり「機動戦士ガンダム」の「機動」をさす用語です。 どうしてサーフィンにだけこの用語が使われるのでしょうか。 
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ネットで調べるとこのような説明もあります。
”Skilled movement or procedure”  これなら納得です。 スポーツでも使えます。 でも スキーやフィギュアスケート、アメリカンフットボールでもマヌーバとは言いません。 戦略的ながら、機敏な判断による効果的な動きという解釈なら、スポーツ用語になってもよいのでしょうが、なぜ、サーフィンだけこの言葉を使うのかは謎です。

でも、とにかく この言葉の「響き」が大好きです。

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中央高速道路 小淵沢インターのすぐ近く、ほとんど人が入っていかない路地を数分歩いたところに八ケ岳山麓では珍しい巨木があります。 真夏の観光シーズンでも人はまばらです。 500年前に神社のご神木として植えられたと伝わる樅の木です。神社はとっくにありません。 幹の周囲は6メートル、高さ50メートル、 そんな巨木は八ケ岳山麓にはありません。 この地域は、少し土を掘れば、大きな石、岩だらけで木の根が深く延びることができません。したがって巨木が出来ないのです。  大きくなると風などで倒れてしまいます。 そのような環境の中でこの樅の木は、どうしてこんなに大きくなったのでしょうか? この巨木のすぐ下には湧水があり、この付近は小さな湿地のようになっています。 樅の木は、この環境で上手く根を伸ばすことが出来たのでしょう。 

山本周五郎さんの傑作小説の題名 ぱくりました。

※ ちょっと大きさがわからないと思います。 ちなみにこの樅の木の周辺にある唐松が写真に写っていますが、それらの木の後ろに僕は完全に隠れることができます。 そのくらいこの樅の木は巨大です。

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冨永直樹氏の展覧会が茅野市美術館で開催されています。 これは必見だと思います。 これだけ代表作を集めた展示は今後あまりできないかもしれません。 ほとんどの作品は長崎県美術館や個人所蔵のもので、まさか茅野で見ることが出来るとは思ってもいませんでした。長崎県美術館の学芸員、野中氏の解説、お話もきわめて興味深いものでした。 シャープでシンプルな造形と知的な印象を残す彼の作品ながら、ユーモラスとも言える猫のブロンズ像がこんなにあるとは思いませんでした。 奥様の実家の人々が猫好きで、その影響で孫に猫を買い与えたり、自分でも飼っていたようです。 
彼のブロンズ像は、メッセージ性が強く、公共の場に設置されているものも多いのですが、僕は、頭部の小品や身近に居る動物を題材にしたものに親近感があります。 もちろん大作の迫力ははんぱなものではありません。

さて彼の作品で最も知られているのは、これです。
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沖電気の工業意匠部門に在籍していた時の作品「国産4号電話機」です。 アメリカの会社と熾烈なコンペの結果、当時の逓信省に採用された富永氏のデザインです。

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1990年代に、僕はアトリエ・エレマン・プレザンに通う人の絵に衝撃を受けました。 
ワシリー・カンディンスキーや、ジャクソン・ポロックは、芸術作品を「作為」から遠ざける努力を、「作為的」におこないました。 それはとても画期的な業績で、彼らの作品はとても大好きです。  ところが、エレマンのアトリエにおけるダウン症の人達の作品を見て、 なにかが弾けたのを覚えています。 

僕は今でも芸術は職人のものだと思っています。というか思いたいと考えています。 安定した技術の上に芸術があるという思い込みです。 ただ 今日、図書館から借りてきた「おしゃべりな絵日記」を見ていると、 その思い込みは、 間違いであったと思わざるを得ません。

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私のブログは15年以上続いているのですが、過去、2, 3回書いたことをシツコクまた書いてしまいます。 新聞のスポーツ欄で最もレベルが高い記事を掲載しているのは、日本経済新聞です。 さらに言えば、サッカー関連記事に関しては、本当にいつも感心させられます。 ザッケローニ氏がレベルの高いメディアの論評が、サッカーには必要な要素だと言ったことがありますが、それを体現しているのは日本経済新聞だけだと私は思っています。

吉田さん、阿刀田さん、武智さん、など 執筆陣のレベルはスポーツ記者、サッカーファンというレベルを超えて、サッカーという文化と社会のかかわり、 クラブスポーツの意義、 ホイジンガーの著作にも通じる人間と遊びの本質的な考察にも及びます。  

日本経済新聞のワールドカップサッカー記事に関するアプリが無料で提供されています。 さて 今年も日本経済新聞に期待します。

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外国人力士の日本語が流暢なことは、もはや自明のことで、あまり話題にもなりません。 力士の日本語が上手な理由には、定番となっている説明があります。 まず、外国人といえども、相撲の世界に入るということは、「弟子」として若い年齢で入門することになります。 日本語しか通用しない世界、さらに組織の一番下っ端からの生活ですから、日本語が出来なければやっていけません。 当然、日本語は上達する。 という説明です。 確かに、外国人サッカー選手、外国人野球選手は、既にその世界では実績のある人ばかりです。 通訳もつけば、そのスポーツで使用する言葉は、日本でも通用します。 チャンコの材料を買いに行ったり、先輩や親方の世話をしたりする必要はありません。 でも、それにしても自然で流暢な日本語、と感じる理由としては、すこし説明が足りない気がします。

力士の日本語が日本語らしいと感じる大きな理由は、上位者、下位者、友人、後援者、マスコミなどに対して言い方を使い分けられるからだと思います。 尊敬語、丁寧な言い方、くだけた表現、、仲間内の話し方、などなどは、単に日本語が上手というだけではなく、組織、社会の中でこまかい日本語の言い回し、ニュアンスを使い分けられるということです。 これは、弟子として入門し、その世界で生きのこってきたからこそのスキルなのかもしれません。

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漫才コンビ 品川庄司の品川ヒロシさんの映画3作目。 漫才、コント、喜劇など お笑いの世界で活躍する人の中に「映像作品」を作る才能に長けた人が多いのはなぜなのか、時々考えますが、理由はわかりません。 古くはチャップリン、今では北野武。 国内海外を問わず例を挙げればきりがありません。 品川ヒロシさんもそんな一人に将来数えられるかもしれない、と思わせる作品でした。 あえて言えば、「笑い」を作るセンスは、「状況」を切り取り、設定するセンスだと思います。 おもしろい事、をやるのではなく、おもしろい状況を演じる感覚です。 それが映像表現に通じるのかもしれません。

映画冒頭シーンから釘付けでした、川崎のキャバクラで→Pia-no-jaC←の演奏。


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毎年、秀作が並ぶ写真展。 公募展ながら海外からの作品も多く、とても楽しいものです。 10年くらい前と選考された作品を比較すると、作家性 というかアートとしての作為的な表現方法をとった作品が極端に減ってきたと思います。 大雑把に言ってしまえば、リアリズム回帰なのですが、こじんまりしてきた感もあります。 とは言ってもいつも楽しい展示。 これからも長く続いて欲しいものです。

冤罪事件の悲劇的視点は、もちろん、冤罪の被害者に向けられるわけですが、 ほんとうの悲劇、本質的な問題の多くは、(もちろん冤罪被害者を軽んじるつもりはまったくありません) 冤罪によって、本当の犯罪人を摘発する行為が停止し、そのこと、つまり真相解明を後追いで実施することは不可能で、結果として真実に迫る可能性を閉ざしたことにあります。 
被害者や、その家族に「救い」がないことが、冤罪事件の本当の悲劇だと思います。

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原作の角野さん、監督の清水さん、この映画に係ったたくさんの人達には、ちょっとごめんなさい。期待していなかったのです。
 児童文学として発表された角野さんの作品はジブリ作品として脚光を浴びました。それを、あえて原作に近づけて、実写化するというのは勇気が必要だったと思います。

申し訳ありません。 本日、本屋に行ったり、床屋に行ったり、CDを買ったりしたついでに、まったく期待せずにこの映画を見ました。 瀬戸内海の島でロケを行った「魔女宅」は、まったく期待していなかったのに、おいちゃん、けっこう感動しました。 お勧めです。 とてもよい映画です。 

http://www.majotaku.jp/

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物事に対して、不満を表明したり、個人的な見解から憤り、批判をする事の多くは、実際にはあまり前向きな行いではありません。 自分が新たな行動を起こし、何かを変えることが最も効果的なやり方です。 
 僕は3.11の震災に際して、新たな行動を起こしませんでした。 しかしその時、憤りを感じた事がありました。 それは僕の生き方に関わることなので、再度言わなければならないと思います。 震災の時、スキー場も震度5でした。 横浜の母親とも連絡が取れず、不安でした。 また東北に居る友人の安否もまったくわからない状態でした。 
 山梨県の停電状態も一日続き、スキー場の営業はもちろんできません。 さて、電源が復旧し、スキー場が営業を開始した直後から、「こんな時期に、なぜスキー場を営業するのか? 自粛すべきではないか」という電話や、営業自粛を声高に主張する人々がたくさん出現しました。 そのような主張の前提にあるのは、「無知」です。「無知」とは簡単に言うと「バカ」だと言うことです。 
 さて、 スキーをすることを「自粛すべき」と主張する人にとって、震災の為にすべきこととはなんだったのでしょう。そして彼ら、彼女らはなにをしたのでしょう? それはわかりません。 ただ、その人達は、柔道や剣道の練習をする子供達に、練習を「自粛しろ」と言わなかったと思います。 たぶん。 ウィンタースポーツは、「享楽的な贅沢な遊びである」という大前提のもとに、「ちゃらちゃらあそんでるじゃねーよ」と彼ら、彼女らは言ったのだと思います。 

 僕はあっけにとられました。 そして憤りを隠せませんでした。 大きな震災、災害の際に重要なのは、たぶん、支援と、そして直接的に支援活動を行えない人が営む普段の生活、仕事を継続することです。 スキー場を営業することもその一つです。 スキーを楽しむ大人、練習を日常としている子供たちもたくさん居ます。 レジャーとして年に1度のスキーを楽しむ人も居ます。 その全ての人達の日常と、それに纏わる産業によって生活している人達が居ます。 大きな震災の復興にはたくさんのお金が必要です。それは税金です。 税金の徴収を継続することは、人々の日常生活とそれに関わる企業活動の継続が大前提です。 「自粛」を声高に叫んでいた人達は、なにを自粛したのでしょうか? 喪に服して国民が半年自粛した場合、この国の経済は破綻します。 くどいようですが、彼らは「自粛」を実践して震災復興に貢献したのでしょうか? 

 私が所属するスキースクールの校長は、自分のトラックに食料や燃料を積み込んで被災地に向かっていました。 僕は普段通り、子供たちのレッスンをしていました。 子供達にとって初めて体験した大地震について、その後の幼稚園や小学校での様子をレッスンをしながら子供達はリアルに話してくれました。 

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牧野富太郎氏は高知の生んだ異才の植物学者です。 彼の著作は著作権が既に切れているので、青空文庫や高知県立牧野植物園のホームページで無料で購読できます。 彼の文章は、ことさら魅力的とは言えませんが、植物に対する愛情と卓越した画力で、読む者をひきつけます。 今日は一日パソコンの画面で読んでいました。

さて、弥生です。 「木草弥や生ひ(きくさいやおい)」の月。 やっと草木が茂る月という美しい日本語です。

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遅ればせながら、百田尚樹氏のベストセラー小説「海賊とよばれた男」を読了しました。おもしろかったです。
出光興産と言えば、創業者出光佐三のキャラクター、武勇伝、日章丸事件、独特の社風などが話題になります。今でこそ、株式を上場しましたが、それは2007年のことでした。 僕は、いろいろな企業の方々にお世話になりましたが、出光興産もその一つです。

小説とは関係ありませんが、出光興産にはもう一つ、とても大きな特徴があります。 世界中の石油元売会社が、石油燃料の販売から事業を開始した歴史を持ちますが、唯一、出光興産は潤滑油の販売からはじめました。その影響もあると思うのですが、潤滑油の開発力、取得特許は群を抜いています。 自動車メーカーや、産業機械メーカーなどが新しいメカニズムを開発する場合、メカと相性がよく、高性能な潤滑油を探したり、時には新たな潤滑油を開発しなくてはなりません。 まず、最初に話をもちかけ、開発のパートナー候補にあがるのが「出光興産」です。小説には出てこない、もうひとつの出光の顔です。

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昨年、ナショナルジオグラフィックに「世界一の豪雪国」という特集がありました。 防災科学研究所・雪氷防災研究センター(長岡)の佐藤氏を取材したものです。 この研究所は、雪崩れ災害などがあると、すぐに現地調査へ入り、膨大なデータの蓄積があるところです。 「豪雪」の定義は、「積雪積算値が50メートル以上」というものです。 これは、積雪量を毎日測り合計したものです。 つまり、50センチの積雪が100日間あると「50メートル」となります。 そんな地域が国土の半分を占める国は日本だけです。 さらにその地域にけっこうたくさんの人が住んでいるというのは非常に特殊だそうです。 

雪氷防災研究センターの専門分野ではないでしょうが、今、予期せぬ豪雪で、こうして雪に閉じ込められていると、なんとなく考えることがあります。  300年、400年以上前、この国において、冬は「休戦期間」を意味していました。 人々は「保存食」と「備蓄燃料」で冬をやりすごすしかなかったはずです。 僕のように、物流に頼ってのほほんと過ごしている人はいませんでした。 
 さて、そろそろ食料が尽きます。            

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僕は、とにかくどんなスポーツでも見て楽しむことが大好きです。見ていて「つまらない」と思ったスポーツはいままでありません。 当然オリンピックなど大好きです。 そして、冬季オリンピックにはスポーツ観戦に加えて大きな楽しみがあります。 主に、開会式、レセプションなどで着用される各国選手団のユニフォームを見ることです。 フランス、カナダなどは、いつもカッコいいのですが、今大会では、圧倒的にアメリカがいいです。 コート、セーター、帽子、パンツなどラルフローレンが手がけたアイテムが、超かっこいい。 それと比べて・・・・ わが国の・・・・ とほほ

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ラウンドアバウトというのは、ロータリー形状の信号の無い交差点システムのことです。 このシステムの起源は古いのですが、現在の道路設計に活かされるようになったのは、まだ50年くらいかもしれません。 ロータリー内を走行する車両が「優先権」を持つ、という事だけが「ルール」です。 これは極めてシンプルですが、合理的な交差点の車両交通システムだと思います。 信号のある交差点よりも事故が少ないという統計数値もあるそうです。 「停止」を強制的に指示するシステムは、人間の判断能力を阻害する可能性が高いと思います。 ルールに従わない人を「想定」しない傾向があるからです。 ラウンドアバウトは、ルールを規定しても、それに従わない人を想定する余地を残しているので、結果として自律的な制御を促進するのだと思います。 信号交差点と比較して重大事故の減少が立証されています。 それともう一つ、決定的なメリットがあります。 停電による交通の混乱が回避できることです。

ルールが決められていないように見えるジャズセッションだってラウンドアバウトです。 ロータリーを運行している人が優先。 そこに入る人は、タイミングを判断し、ロータリーを出る人の判断にも「調和」が求められるからです。

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ニュルブルクリンク24時間レースには多くのカテゴリーがあり、個人の趣味、企業のPR、クルマのテスト、等々いろいろな思惑でたくさんのチームが参加します。 時価総額日本一の大企業を率いるオッサンもドライバーとして参戦しています。 豊田章男さんです。 リーマンショックを乗り越え2兆4000億円という過去最高の営業利益をたたき出した企業のトップにしてレーシングドライバー。

私がビジネスの世界に身を置いていた頃、幸運にも多くの知己を得ることが出来ました。 中でも、トヨタ自動車の社員のみなさんからは、多くの情報、示唆を得たと思っています。 その詳細をここで紹介するわけにはいきませんが、確かに、そこには2兆4000億円の利益を得るための「なにか」があったような気がします。

トヨタ自動車という会社は不思議な会社です。 歴代社長の半数が「豊田一族」なのに、「一族経営」と言われることがありません。 なにかを始める時、そんなに「決断が早い」わけではありません。 ただ、それを「やり続ける」かどうかの判断と、「やめてしまう」という判断は、めっぽう早いのです。 グループ、系列を崩さない経営姿勢を貫いていますが、「もたれ合い、甘え」がはびこることがありません。 どのような企業にも例外なく危機を乗り越えてきた歴史があります。 ただ、陳腐な言い方ですが、それらの経験を自身の血肉にできるかどうかは、企業の人格にかかわる問題なのかもしれません。

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「湾岸ミッドナイト」を読みかえしました。 楠みちはる という土佐の漫画家は異端です。 けして絵が上手いわけではなく、テーマも狭い範囲です。 でも、僕は彼のマンガが大好きです。 湾岸ミッドナイトというマンガは、無謀に首都高を走る「悪魔のZ」と「ブラックバード」の対決が中心テーマです。 日産製の古いスポーツカーと同じく古いポルシェのチューンドカー対決という単純な物語なのですが、けっこうこれが「深い」のです。 まず 経済環境とチューンド、という世界の関係。 クルマという工業製品が人に与える快楽のインパクト。 アスリートとしての肉体的な秀逸さとは異なるドライビングセンスのありかた。 クルマビジネスにかかわる人達の泥臭い実像。 深くかかわった世界なので、しみじみ します。

R32 GTR を走らせるレイナという女性は、アウディクワトロを駆ってWRCで活躍したミシェル・ムートンを思い出させます。  クルマのメカニズムを全く知らず、 走る感性だけでクルマを操る人というのは たしかに居ます。

改造、チューニングを行う文化は、実は大切なことだと思います。 ベースとなるモノを土台としてチューンすることは、 音楽、物理、数学、絵画、・・・・ だって あたりまえ。 

連載当時、僕は日産のZ32、BMWZ3 で首都高湾岸線で通勤していました。 理由は、JRの終電時刻に退社できなかったからです。 土曜日の湾岸。 チューンドGTR満載の中、横浜へ帰宅したものです。

そして、湾岸ミッドナイトを魅力的な作品としている、大きな理由は、ほとんどが「心理描写」に徹していることだと思います。 

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家畜人ヤプーを 「購入して」 読みました。 沼正三という覆面作家の、超エロイSM SF ばかばか小説なのですが、 これがものすごく良く出来ているのです。 家畜として改造された日本人が、白人社会で「使役」される未来小説なのですが、これが、きわめておもしろく、 そして深い。 気がします。

約40年ぶりに読みました。 高校1年生の頃、小樽の工藤書店、角川文庫のコーナーで、3日間、立ち読みで完読しました。 とても、家へ持ち込める内容では無いからです。 ちなみに工藤書店は、伊藤整の小説にも出てくる老舗です。

この小説、スノッブ系の雑誌が特集を組むと、大ヒットすると思います。 みなさまも是非 ご一読を

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僕は、英語が苦手ですが、なんとか読むことは出来ます。 久しぶりに英文の古い本を引っ張り出して読みました。 ジョン・スタインベックの「チャーリーとの旅」です。 スタインベックは、「怒りの葡萄」「エデンの東」などで知られるノーベル文学賞を受賞した小説家ですが、僕は彼の旅の日記、紀行文である「チャーリーとの旅」しか読んだことがありません。 それも英文で。   その理由は、この本が大学1年生の時の英語の授業テキストだったからです。 当時、英語の講師だったSさんが、このテキストを教材に選んだことを僕はとても感謝しています。 スタインベックがノーベル文学賞を受賞した年に書かれた、ユーモアと皮肉と愛情に満ちたこの小品が、きわめて素晴らしいアメリカ文化の教科書だったからです。 この紀行文が教材だったので、僕はまじめに授業へ出席していました。

キャンピングカー「ロシナンテ」とプードルの「チャーリー」を伴った旅。 人間が集団として活動し、組織化される過程で生まれる差別、偏見、 群集の見せる醜さ。 それに対比される個々の人々のけなげな生活力と努力、そして広大な自然。 

この本を読んだだけでスタインベックを知った かのように錯覚している自分に、ちょっと反省ですが・・・・・

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僕の小さな棲家は、スキーとスノーボードだらけです。 最近、たくさんのスキーを処分しましたが、捨てられないものも多く、それは居間の隅にあります。 オガサカのGSプロトタイプ。 これは一部市販されました。 カザマのカービングタイプのSLプロトタイプ。 これは市販されたのかなぁ? よくわかりません。 たぶん商品化前だと思います。 ロゴタイプデザインが秀逸なビストの板は絶対手元において置きます。 北海道の小さなスキーメーカーが作ったサイコという白いテレマークスキー。 これもカッケー !!  ということで、 これからも僕の部屋は、片付きません。

人工多能性幹細胞は、今までの医療の常識とは全く異なるアプローチによる治療の形を提示しています。
「直す」「悪いやつを叩く」のではなく、本来持っている機能を新たに作り出す、というやり方だからです。 このアプローチは、とても興味深いものです。 それは、「不死」に向かう道筋だからです。 

この医療技術の行く末は、 どのようなものなのでしょう?  私の目は、今のところ、この治療法でしか回復の見込みははありません。 しかし、そんなことより、不死に向かう可能性のある医療は、「死」を前提とした「再生」 つまり、 子孫を残し、自分は死ぬ という事を揺るがす可能性を秘めています。 急速にこの技術が進んだ場合、貧富の差はさらに広がるでしょう。 生き延びる人と、その可能性が低い人は、最新技術を取り入れる資金の差に還元されるからです。

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日本語が好きです。 どんな地球上の言語も誰が作ったのかわからないステキなコトバによって成り立っています。僕は、特に表意文字が持つ姿と雰囲気が好きなのだと思います。

八ケ岳南麓にあるスキー場へ通う毎日。朝日のあたる斜面にいつも居るとても大きなニホンカモシカの権俵さん。冬山の斜面、それも毎日同じ場所に、身じろぎもせず立ち尽くすニホンカモシカの様子を「寒立ち」と言います。 俳句の季語にもなっていますので、古くから日本の「あたりまえの風景」だったのでしょう。 

まことに身勝手ながら、寒立ちを日常から遠ざけた責任のある張本人ながら、この言葉が生き残ることを望む毎日です。



はっぴいえんど というグループなくしては、日本のポップス、ロックは語れません。 その影響力は絶大でした。 そして、はっぴいえんどは、大滝詠一という特殊な才能なくして成り立たなかったと誰もが思っています。 もちろん、僕もその一人です。 僕自身の備忘録として、長いラジオ番組を掲載します。 貴重な記録。 もう聞くことができない大滝さんの声・・・・・ 合掌

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なまアッコちゃん。 実は2回目。
天才  ピアノマン(ウーマン)  菩薩  

無垢の才能を維持したまま、58歳っていうのは、なかなか真似ができるものではありません。

語りたいことを探すのではなく、 手の中にある触感をピアノに載せる感覚は、幼少期から、その日にあったことを両親に伝える方法が、ピアノを弾きながら歌うというスタイルだったからでしょう。 4歳のアッコちゃんが、どのようにその日の出来事を伝えていたのか?  聞いてみたいと思うのは僕だけではないでしょう。

今日は、彼女のおかげで「元気」になりました。

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読書感想文を拒否する(僕には書けない)酒井順子さんの著作「ユーミンの罪」。 酒井さんは、「女性目線」で書いているのですが、実は、結果として「社会の揺らぎ」みたいなものがきちんと書かれています。 僕の10代から30代までの年譜。

「ユーミンの罪」 目次

1 開けられたパンドラの箱 「ひこうき雲」(1973年)
2 ダサいから泣かない 「MISSLIM」(1974年)
3 近過去への郷愁 「COBALT HOUR」(1975年)
4 女性の自立と助手席と 「14番目の月」(1976年)
5 恋愛と自己愛のあいだ 「流線型‘80」(1978年)
6 除湿機能とポップ 「OLIVE」(1979年)
7 外は革新、中は保守 「悲しいほどお天気」(1979年)
8 “つれてって文化”隆盛へ 「SURF&SNOW」(1980年)
9 祭の終わり 「昨晩お会いしましょう」(1981年)
10 ブスと嫉妬の調理法 「PEARL PIERCE」(1982年)
11 時を超越したい 「REINCARNATION」(1983年)
12 女に好かれる女 「VOYAGER」(1983年)
13 恋愛格差と上から目線 「NO SIDE」(1984年)
14 負け犬の源流 「DA・DI・DA」(1985年)
15 1980年代の“軽み” 「ALARM a la mode」(1986年)
16 結婚という最終目的 「ダイアモンドダストが消えぬまに」(1987年)
17 恋愛のゲーム化 「Delight Slight Light KISS」(1988年)
18 欲しいものは奪い取れ 「LOVE WARS」(1989年)
19 永遠と刹那、聖と俗 「天国のドア」(1990年)
20 終わりと始まり 「DAWN PURPLE」(1991年)

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先日、ミュシャの展覧会を見て感想を書き留めましたが、その時、「展覧会を行って集客が期待できるイラストレーターって、 日本人だと誰かなぁ」 と一瞬考えました。 その時は思いつきませんでした。 もちろん、手塚治虫展とか、ガンダム展とか、池田理代子原画展とかを開催すれば、お客さんはたくさん来るでしょうが、それらは、マンガやアニメの作品性に「引っ張られている」感が否めません。 

本日書店で、はっとしました。 実業之日本社という会社が発行している「大人のスキー」という雑誌の表紙に釘付けです。 いわさきちひろ です。 僕は安曇野の「ちひろ美術館」へ行ったこともありますが、この絵を見た記憶がありません。 忘れているだけかもしれませんが。 

いわさきちひろの作品が「商業的」なイラストレーションとして語られることは少ないと思いますが、この人の作品ほど商業的に成功し、広く知られているものは少ないと思います。 彼女こそ日本を代表するイラストレーターだとあらためて確認しました。 さらに、さらに、驚いたのはこのイラストの躍動感。 この画家、イラストレーターは相当スキーが上手だったのではないでしょうか? この子供の身体の使い方。 スキーの心得がある人ならばたぶん同意してくれると思うのですが、とてもスキー的な構図ですよね。 驚きました。

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石井スポーツに所属する竹内洋岳(タケウチヒロタカ)さんは、昨年日本人で初の8000メートル14座登頂者となり、ニュースでも頻繁に取り上げられました。 180センチという身長は、小柄な人が多い登山家の中では珍しいかもしれません。 
1時間ほどの講演(録音)を聞く機会があり、これがなかなか考えさせられる内容でした。  彼は、8000メートル峰登頂を7座成功したころから、「プロ登山家」と名乗るようになったそうです。 既に登山家としての実績は充分で、誰もがその実力を認めていたのですから、わざわざ「プロ」を名乗る必要はないように感じます。 ただ、彼が肩書きに「プロ」をつけた事には、彼独特の理由がありました。 彼がその話の中でおもしろおかしく言っているのですが、「職業を表す言葉には家という文字が最後につくものがたくさんあります。 それを並べてたくさん書いてみると、あることに気付きました。 〇〇家、という場合、社会的に認められた資格が必要ない場合がとても多いのです。 画家、写真家、小説家、もちろん登山家もそうです。 自分が名乗れば〇〇家となります。」 竹内さんは、そのころ、8000メートル14座を目指すことを漠然とは考えていましたが、自分を山へ導いてくれ、お世話になった多くの先輩登山家が次々と山で命を落としていったことに思いをはせるようになっていたそうです。 彼は、先輩や仲間、支援者などの全ての関係者の思いを抱いて「覚悟」をきめないと、14座を登頂し生きのこることは出来ないと考え、その思いをのせて「プロ」を名乗るようになったそうです。 彼は、覚悟の意味を多くは語りませんでしたが、そこには「生かされている。そして生き延びなければ成らない」という強い意志が感じられました。

※ガッシャーブルムII峰を4名でアタックしていた際の雪崩れで再起不能と思われる重症を負った時の話は、実況のようで迫力がありました。 この雪崩でメンバー2名が死亡。 彼は他の隊に掘り出されました。標高7千メートルのテントの中、その隊のドイツ人ドクターは竹内さんの知り合いでした。ドクターは、肺が潰れ背骨が折れている竹内さんに、「ヒロ、お前はもうすぐ死ぬ。 家族に何か書き残しておけ。必ず俺が届ける」 と言ったそうです。

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