小淵沢の冷蔵庫

はんでめためたごっちょでごいす! このブログは、IE(Internet Explorer)で閲覧しないことをお勧めします。 "Google Chrome" "Firefox"で最適化するよう編集しておりますので、 IEでは表示が乱れます。「小淵沢の冷蔵庫」というタイトルをクリックすると最新50件の日記が表示されます。              

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 さて、こらから書くことは実は懇意にしていただいた友人、知人の了承を得ていませんが、まあ許してくれると思います。僕はかつて、自動車工業会という組織のメンバーとして定期的に業界他社の人々と集う機会を得ていました。僕に文才があれば、何冊かの暴露本を書けるほどの情報量でしたが、さすがに、それはできません。僕はT社がすすめようとしているプロジェクトの匂いみたいなものを工業会メンバーとの話から察して、勤務先の取締役に報告しました。取締役会では予算が承認され、T社に追随する案件が承認されました。 さて、ところが、その後T社はこの大きな巨大予算のプロジェクトを中止しました。 結果としてそれはほんとうに賢明な判断でした。 ところが私の所属する企業はずるずる予算化した案件を進めたのです。 T社が優れているのは、粘り強くやり続ける事がある一方、スパッとやめる決断をすることです。このことが、あの企業の本当の強みです。ほとんどの企業はこれがなかなかできません。 

 今の日本の企業や政治もなかなか「やめる」ことができません。そのような企業や政治は必ず破綻します。  変える必要があると思います。

※ 15年前、勤め先を退社した時、ぐーたらサラリーマンだった僕に心のこもったメールをたくさんくれたのは、日本中の自動車メーカーの仲間でした。特にT社、M社、S社でその後偉くなった方々からは温かい言葉をもらい、とても励まされました。 

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 弘田三枝子さん、といっても今の若い人たちにはわからないと思います。ただ、彼女の訃報を聞いて、やはり書いておきたいと思いました。僕は彼女の熱心なファン、リスナーという訳ではありません。彼女は少し早く生まれてしまったという思いがあります。彼女は成功した歌手なのですが、その仕事の範囲が広すぎて、多くの人にはヒットした歌謡曲の歌手だと思われていると思います。極端な「たられば」ですが、ジャズのライブハウスを満席にできる実力でした。彼女の活躍した時代には高額の料金を取れるジャズのライブハウスはありませんでした。ジャズスタンダードに巧妙で絶品のスキャットを挟み込む技術があるような歌手は当時彼女以外一人もいませんでした。なんでも歌い上げる歌唱力。ジャングル大帝のレオの歌、CMのレナウン娘。アニメソング、CMソングのクオリティではありませんでした。
 彼女の活躍した時代、彼女は「芸能人」として活躍していた印象があります。もう少し遅く生まれていれば、もっと違った歌い手として評価と活躍の場があったような気がします。それほど抜群の歌唱力でした。

ご冥福をお祈りいたします。

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 さて、服飾、服を着こなすということはなんなのかと、ふと思いました。芸術新潮のきもの特集。
僕はほぼ、まったくファッション、服飾音痴です。高校、大学とジャージだけで過ごしました。就職するとそうもいかないので、背広にネクタイ。でも安売り量販店のものばかり。おしゃれな同期の友達には「コバヤシ、同じネクタイで会社に来ると昨日どこに泊まっていたかと勘ぐられるぞ」とアドバイスされる始末。そのアドバイスさえ最初は意味がわかりませんでした。そんな僕が父が亡くなったあとに、父の着物を着る機会があり、なんとなく着ていたら似合うと言う人がいました。胴長、短足、なで肩の僕には着物が合うらしいのです。 だからといって着物はいまや普段着にはできません。 
 この雑誌を見ていて思うのは、着物に限らず「着慣れている」ということの重要さだと思いました。神保町や、神田で着物姿の男性を見かけることがあります。いつも着ている「感」がかっこよさの原点だと思います。 実は、たったひとつだけ僕は他の人より着慣れているものがあります。着ている時間も長いです。それはスキーウェアです。スキーウェアの時だけ、かっこいいと言われます。お世辞もふくめて。でも、それはたぶん真実です。普通の人の何百倍、何千倍の時間、身にまとっているいるので。

アメリカンヒーロー

 僕は、副鼻腔炎と喘息が持病ということもあり、マスク装着がとても苦手です。しかし、周りの人たちのマスク装着率は高く、もうファッション化しているふしもあります。海外、特に米国の人たちはマスクが苦手です。なるほどと思いました。口を隠すのは「悪役」「犯罪者」であるというイメージがあの国の人達にはあるようですね。だから、ヒーローは目は隠しますが口は隠しません。日本人の感覚は、目を出して、口を覆うです。忍者だから。 トランプという人が、初めてマスクをしたというのがニュースになるくらいなのですから、文化というか潜在的な刷り込まれたイメージというはあなどれないのですね。

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 彼は僕がテニスを始めた頃まだ現役でした。するどく振り抜くバックハンドのアンダースピンの打球が、ネットのすぐ上を超えて伸びてくるのです。もちろん、アングルにも鋭いショットを放っていました。コートチェンジの時、持ったラケットがウィンブルドンの芝に付いていたのを僕は見逃しませんでした。そんな身長のテニスプレイヤーがオーストラリアのテニス全盛期を支えていました。今、オーストラリアのテニス選手の報道、聞きませんよね。どうなってるのでしょう? インターハイの北海道予選前に、彼が使っていた米国製の金属ラケットを親に無理を言って買ってもらいました。新潟でのインターハイはさんざんでしたけどね。

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 図書館で2019年7月号の芸術新潮を借りてきました。「萩尾望都」大特集。 もう借りざるを得ないでしょ。表紙はこの雑誌用の描き下ろし。彼女のデビュー50周年記念号です。
 少女漫画という言葉とかジャンルは、たしかにその絵柄とかストーリーから分類できるかもしれませんが、僕はまったくそのようなことを意識したことがありませんでした。それは、初めてコミック本を買って読んだのが、萩尾望都さんの「11人いる」だったからです。高校生の頃です。それまで、僕は漫画というものをほとんど読んだことが無かったのです。そこに「11人いる」だったので、その衝撃はすごかったです。
 僕は今は無いのですが、小樽花園町にあった工藤書店で「家畜人ヤプー」とかを立ち読み完読するような変態高校生でした。書店の漫画コーナーにあった「11人いる」をなけなしの小遣いで買ったのです。愕然としました。「11人いる」というミステリアスな題名と美しい表紙に惹かれて買ったコミックは、宇宙を舞台にした本格SFミステリーだったのです。そんな経験もあり、僕は少女漫画というジャンルを言葉として信用していません。優秀な女性漫画家がいるだけだから。

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 今日の日本経済新聞の13面は、スーパーコンピューター「富嶽」とアップルがCPUを自社開発するというニュースでした。どちらも大きなニュースです。アップルの記事の説明として、この企業がどのようなCPUを使ってきたかという説明があります。94年、アップルはIBM、東芝などとの共同開発パワーPCを採用しました。この開発の中心メンバーは僕の高校の同級生でした。その後このテクノロジーはソニーのプレイステイションにも生かされました。さて、もう一度自社開発にカジを切ったアップルの製品にはとても興味があります。

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 横浜の図書館が通常営業となり、僕にとってはひと安心。 月刊誌が読めるからです。 美術、映画、スポーツ関連を読むのですが、クルマ雑誌にはあまり手を出しません。珍しくカーグラフィックを何冊か読み始めました。イタリア案件にはやっぱり松本葉さんがかなりのページを持っています。NAVI創刊時から、この女性は「書けるな」と思っていましたがあっという間にフリーになってイタリアへ。 昨日までまったく知らなかったのですがカーグラフィックにはジウジアーロのコラムがあって、松本さんが訳しています。ご高齢なのでイタリアで発表した過去の文章なのかもしれませんが、これがとてもおもしろい。去年の12月号には、新潟の酒蔵から依頼された「徳利と盃」のデザインについての文章でした。
 イタルデザインの創始者で、ほとんどハズレのないカーデザイナーがまだお元気なのはなんともうれしい限りです。

※どうも松本さん南仏のアンティーブに居るらしいです。八ヶ岳南麓のアンティーブにもぜひ。

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 さて、歳をとると昔話が多くなってなさけないのですが。 僕は父と全く会話がない親不孝な息子でしたが、逆にその少ない会話はよく記憶に残っています。今日、プラモデル屋さんで隼という戦闘機を買おうか買うまいか、悩んだ末に買わずに戻ってきました。 その時、思い出しました。僕が仕事をし始めた時の上司、部長は加藤さんでした。 プリンス自動車の技術者で、合併によって日産に来ました。温厚で超優秀な人でした。課長は奥野という人で奈良県の名家。その後父の地盤で衆議院議員になった人なんですけど、この二人はそりが合いませんでした。ところが、このコンビで大きな仕事を成し遂げました。ヨーロッパの物流拠点を作ったのです。 加藤さんは、出張して帰ってくると、「小林、国ごとに英語が違って聞き取れないんだけど」とか新入社員にボヤく上司でした。 父と話をしない僕が、その話を夕食の時にした時、加藤さんの名前を聞いた父が、「その人は加藤隼戦闘隊長の息子さんだ。」と言ったのです。はっ? 
 会話はそれで終わり。 加藤部長はその後過労で、ヨーロッパで亡くなりました。

 今日始めて検索してみました。日本初のエースパイロット加藤陸軍航空隊の加藤中尉は、旭川東高校の前身、旭川東中学の出身で、どうも父は病弱の身ながら、進学先を岩見沢にするか旭川にするか考えていたフシがあります。だから北海道出身の英雄の息子を記憶していたのですね。

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 まあ、ころなの引きこもりもなかなかおもしろい。父の本棚から変な本を発見。北海道大学山岳部の記録です。 基本は山行記録なんですけど、変な記事もあります。 巻末のスポンサー広告もなかなかいけてます。 どうも父は十勝の山に思い入れがあったみたいです。 そのページに新聞の切り抜きが挟んであるのです。

 支持率が20何%とか報道されていますが、そんなことは政治には影響ありません。なぜか。これは本当に単純なんですけど、投票率が低すぎるからです。投票する人が少なければ少ないほど自民党への実態としての得票率が上がるからです。さて、そのメカ二ズムを投票しない若者は理解しているのでしょうか?   そして、そのことが最後は君たちの首を締めるということを。

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 ピーナツコミックスを読み返していて、ふと「あれ、シュルツさんが亡くなったのいつだっけ」と思い調べたら、2000年。 ということは没後20年。更に生まれたのが1922年なので、もうすぐ生誕100年。ということは、ピーナツ、スヌーピー関連書籍、イベントが目白押しになる可能性が大きいですね。楽しみです。 写真にあるとおり米国の新聞漫画は横に4コマ。シュルツさんの書き方は、まずセリフ。そして4コマを前から順番に書くわけではありません。おもしろいですね。

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 僕はピーナツコミックスを全巻持っていていますが、あまりの暇な時間を持て余して読み始めました。谷川俊太郎訳のこのコミックを夢中で読んだのは中学生の時でした。 ということで、ピーナツコミックスファンではいまさらという話題ですが、スヌーピーがビーグル犬という設定が本当かという問題です。まず。あんなビーグル犬はいません。ビーグルというのは猫で言えば三毛、キャリコです。茶色や黒の部分が大半で、白の部分は少ないのですがスヌーピーはほとんど白です。シュルツさんにはモデルの犬が居たと思うのですが、それはビーグルの血がある雑種だったというのが僕の意見でしたが、ネットで調べると殆どの人はそう思っているらしいです。 ただ、もう一つ可能性があるのは、シュルツさんの仕事のベースは新聞の4コマ、もしくは5コマの漫画です。白黒の紙面で毎日描き続けるのです。やっぱり、キャラクターの姿を単純化する必要があったのではないでしょうか。
 ということで、スヌーピーは白の面積が多い珍しいビーグル犬ということにしておきましょう。

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 藤木さんというイケメン俳優がやっているラヂオ番組をクルマの中でよく聞きます。スポーツネタが多くいつも感心します。ナイキの厚底シューズを使用する選手が好記録をたくさん出したあとに使用規制がありました。その後撤回されましたが、この案件に番組内でするどい指摘がありました。
 用具が成績に影響することなどスポーツの世界では当たり前で、その用具の使用に自由があるならそれは選手にとって平等です。用具の進化に対してスポーツの平等や進化を否定的ならば、全員裸足で走れというルールにすべきでしょう。さらに言えば裸で裸足で走るというルールが必要です。道具の開発とスポーツの勝負をまったく同一だと思っているというか、誰も疑問視しないのは、モータースポーツとスキーです。レギュレーション上の平等性をギリギリ保ちながら、道具で勝負することを認めています。 さらに言えば、パラスポーツが究極の例だと思います。

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https://www.youtube.com/watch?v=SVOuYquXuuc

 ひきこもり生活の中、もともとテレビではなくラヂオ人間の僕はほぼ、ず〜っとラヂオを聞いています。80年代の洋楽がものすごく高い頻度で流れてきます。僕の世代はドンピシャに影響を受けた人たちです。このころのヒット曲やミュージシャンの名前を列挙するのは大変すぎて、なおかつそんなことあんたに言われなくてもと言われるのおちです。 最近クルマのラヂオから流れてきた曲にはっとしました。あ、ちょっと忘れていたかも、と思ったのです。 YES というのは僕にとって70年代のプログレッシブの記憶でした、リックウェイクマンが在籍していた時の方がインパクトが強かったのです。その後しばらくYESの名前は聞こえてこなくなったのですが、10年後いきなり全米一位になったのがこの曲でした。 ああ、なつかしい。

 
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自粛警察という言葉に極めて強い嫌悪感を持ちます。この件については僕が生き延びていた時、じっくり書きますね。

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 美術館が閉館になっているのは、なかなかつらい。美術館をふらふら訪問するのが僕の貴重な趣味だからです。まあ、しょうがないんだけどね。

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 僕はサラリーマン、会社員という立場をやめて15年になります。今は完全失業状態なのですが、暇なので徒然なるままに。 サラリーマン時代にはテレワークという言葉すらありませんでした。今、テレワークという言葉のもとに、多くの人が働いているようです。 もちろん、医療、物流、交通、食品の小売、さらには農業に携わっている人にはあまり関係が無い話かもしれません。 僕は完全に文系サラリーマン、事務職というやつでした。 別にたいした能力もなかったけど、専門分野の経験値はあり、とにかくいろいろな会議に呼び出されました。財務的にほぼ倒産危機だったあとにブラジル出身のフランス人がやってきてからはさらに多忙を極めました。 長時間会議の連続。 挙句の果てに終電で帰れないためにクルマで通勤して銀座の高額の駐車料金を毎日払うはめに。もう毎日湾岸ミッドナイト状態。 ということで、 当時テレワーク環境があったならどれだけ便利だったかといまさら思います。ほとんどなんの解決にもならない意見を言う人を画面の上で無視できたなら、会議の時間は10分の一ですんだと思います。さらには、頼りになる上司、部下とだけ話をすることだってできたのでしょう。顔をつきあわせた無駄話はたいへん有効ですが、招請されたダメダメメンツの会議ほどストレスの貯まる時間はありませんでした。 ま。 僕もみんなにそう思われていたかもね

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 ウィルスを生物だと言う人はいまのところほとんど居ません。僕達の常識では生物というのは自分で何かを摂取して子孫を残す存在だからです。 ウィルスにはそのような行為が無いのです。しかし、生物の定義なんて超哲学的なはなしでして、まったく私たちには存在が認識できなにのに意思がある何かがある可能性はあります。ウィルスだって存在の方法が僕達とは違うだけなので、それだけで生物と区別するのはいかがなものかと。例えば天体に意思が無いと誰が証明できるのでしょう?

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 抽象化というのは一般的には近似モデルを想定した学問なのですが、実は僕はそうは思っていません。抽象化の本来の意味は、全く異なると思われる概念を結びつける思想だと思うのです。例えば「白い」という概念は現実では色ですが、白という紙が目の前にあった時にそれは本当に色なのかという問題があります。黒とはなにか、闇、ならば光とは関係が無いことになります。それは色ではありません。が、宇宙はほぼ闇です。僕が読んだ本は、その抽象化の限界にせまる理論だと思いました。積み上げてきた歴史は重要なんですが、ときどきジャンプする人が居ます。アインシュタインとかも多分そうだと思います。望月さんも、もしかしたらその一人かもしれません。

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 僕が住んでいるところは横浜市港南区。栄区との境にあるので、横浜市の施設は栄区のものを利用しています。まずスポーツセンターです。僕はスキーやテニスを長年やっているので、身体を動かすことが好きなのだと多くの知人が思っていますが、実は違います。身体を動かすのが苦手で、お金を払ってスポーツセンターにでも行かないと運動しません。したがって料金の安いスポーツセンターが開いていないのは痛手です。街中をジョギングするとかは一生やりません。 ボールがラケットの中心に当たって気持ちよく飛んでいく様子とかスキーがうまく雪にグリップして旋回していく感覚が好きなので、別に身体を動かすのが好きなわけではありません。
 さらには図書館の休館です。月刊の雑誌には優れたものが多いのですが月刊誌は値段が高いので図書館で読みます。絵画、建築、スポーツ、文芸、月刊雑誌は買わずに図書館。だったのに。

 さて、街の様子で気づいたこと。第三回。 ジョギングをしている人が増えた。 さてここからが重要でして、ジョギングをしている人が増えたというのは実は間違いだと思います。ジョギングを突然始める人などあまり居ません。その人達のファッションもジョギングが趣味なんだなぁ と思われるファッションです。 おじさんにはファッショナブルな人は少ないのですがシューズは使い込まれている感じです。ランニングタイツにショートパンツというオサレねーさんもたくさん走っています。いつもは休日の早朝などに走っている人たちが、自宅待機、自宅勤務になってしまって、走る回数が増えたのだと思います。ジョギング人口が増えたのではなくもともとやっていた人の回数が増えたのです。
 これと同じことがかつてありました。スキー場が急激に空き始めた時期、マスコミ、スキー雑誌は「スキー人口減少」と書き立てました。間違えではないのですが、正確には年間5回スキーをしていた人が2回になったとか、2回行っていた人が1回になったとか、1回だけの人が行かなくなったとかの総合計です。つまりスキーをする人が全体として急激に減ったのではなく回数が減少したというのが真実だと思います。もちろん、その後スキーをしていた世代が減って、若者が新たに参入しなくなってきたので「スキー人口」は実質的に減ったと実感します。
 ということで、「なになに人口」という言葉はマユツバです。

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 さて、街の様子で気づいたこと、これは最近気づいたということではないのですが、
 長く潰れないお店というのがあります。もちろんそれはたくさんあるのですが、業種という事でいうと、それはアマチュア無線のお店と釣具店です。 さて、その理由は何なのでしょう? 僕はその両方とも知識がありません。 ただ、なんとなくわかるのは、その両方ともずーーと長く趣味としている人が多いと言うことです。そんな友達がいるんで。

 街の様子でニュースになっていない事を一つ書いておきます。中古車販売店、メーカー系列の中古車部門の駐車スペース(ストックヤード)がガラガラなのです。僕は過去25年間クルマ屋さんだったもんでつい気になります。この理由はきわめて明確です。法人は決算にあわせてクルマを買い換える場合が多いものです。儲かっていれば経費で計上して新車にするメリットがあるからです。個人事業主も同じです。さらに個人ユーザーだってクルマを買い換えるという行為は収入の安定が前提です。この時期その前提が崩れているので中古車販売のマーケットでは調達数が激減しているのではないでしょうか。クルマでいつも通り過ぎる中古車販売店は、いつも100台くらいのストックがありました。今は6台です。当面大幅値引きで売りさばいている感じです。

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 コロナ騒ぎの中、テレビの報道や新聞記事よりも、この人の発言だけが僕を納得させてきました。神戸大学医学部教授の岩田さんです。 豪華客船に乗客、乗務員を隔離するのは全く間違った方法だとすぐに指摘したのが彼です。 マスク、マスクと騒ぎ立てるほどマスクの効果は無いと言ったのも彼です。 感染症の数理モデルをきめ細かく地域別に適用すべきと言ったのも彼です。 

 まず、豪華客船の隔離には、感染症の専門家の判断が入っていないため、素人役人が判断しました。隔離方法の条件とリスクを当初から彼は指摘していました。
 マスク騒ぎの愚かさを指摘してきたのも彼です。医療用の本格的なマスク以外は効果が実証されていないのに、マスクをしない人が悪者みたいに言われる根拠は科学的では無いと彼は主張しています。あんなのはファッションだと。科学的に証明されているのは「人と人の距離」だけだと。 
 数理モデルを理解できない厚労省官僚や役人には地域別の個別対策に関して意思決定する能力が欠ることも当初から指摘していました。 今まで彼が研究してきた学問と、そしてなにより「現場の場数」が他の人とは違うと感じます。 新型インフルエンザ、エボラ、サーズ、豪華客船内の検査、すべての医療現場に彼は居ました。悲惨な現実も実感として目にしてきた人の発言は重いと感じます。 

岩田さんのプロフィールとブログ

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 ラブサイケデリコを好きだという人は少ないです。 その一番の理由はデビュー以来まったくスタイルが変わらず、どれも同じ曲に聞こえるからです。
 ナオキのベースのグルーブ感だけです。 そのことがこのロックデュオの弱点であり強みです。全部の曲が同じに聞こえるこのバンドを僕は大好きです。

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 もう30年近くになるでしょうか、僕はいつもクルマのタイヤをこのお店で買っています。有限会社オカジマは、横浜でも古いタイヤショップです。僕がサラリーマンだった時、ブリジストンに無理なお願いをしました。昭和天皇崩御の時です。ビジネスの相談でもヨコハマタイヤ(横浜ゴム)にたくさんのアドバイスをもらいました。両社とも役員が来てくれました。知ったかぶりの生意気な小僧にタイヤ屋さんの役員は丁寧に説明してくれました。
 ビジネスの話ではなく、両者とも「小林さんはどこでタイヤ交換してますか?」と聞いてきたのです。「横浜港南区の清水橋にあるオカジマです」と答えると「オカジマさんですか、お世話になりましたよ」と言ったのです。ブリジストンとヨコハマの役員がです。今はわかりませんが、当時のタイヤメーカーでは叩き上げの営業畑の人がエラくなっていたのだと今更ながら思い出します。

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 根岸森林公園の帰り、久しぶりにドルフィンに寄りました。実名の店舗を歌詞に入れるというのはミュージシャンとしては抵抗があるのではないかと想像します。だから、あえて実名を入れる場合には具体的な思い入れが感じられます。アルバム「ミスリム」の「海を見ていた午後」にある「山手のドルフィンは静かなレストラン」という歌詞によってこのレストランは一躍有名になりました。僕が高校生の時です。東京の大学に進学した僕はあまりにも貧乏で横浜に遊びに行くことはありませんでしたが、就職して実家が横浜に移ってきた時、「ドルフィン」に行ってみよう。と真っ先に思いました。クルマをローンで買って、いざドルフィンへ。感想は、歌詞を「根岸のドルフィンは普通のレストラン」に変更すべきだと。まあ、ユーミンファンとしてはそれ以上つっこまず、通りかかるとなんとなくアイスコーヒーを頼んでいました。さてもう一つ、実名店舗の歌詞があります。

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 天気雨の歌詞。  
 サーフ・ボードなおしに”ゴッデス”まで行くと言った
 じゃまになるの知ってて 無理にここへ来てごめんね
 夏の始めの通り雨
 ついてないのは 誰のせい?
 白いハウスをながめ 相模線にゆられて来た
 茅ヶ崎までのあいだ あなただけを想っていた
 やさしくなくていいよ クールなまま近くにいて

僕はこの歌詞が大好きです。サーフィンなんかやらないけれど、「やさしくなくていいよクールなままでちかくにいて」そんな気持ちになることがよくありました。若い頃、茅ヶ崎のゴッテスの前を何度もクルマで通り過ぎましたがそれだけでした。しかし、何かの縁があったのでしょう。 その後オーナーの鈴木さんとスキー連盟で仕事をご一緒する機会がありました。鈴木さんの人となりを多少知った時、ゴッデスのネーミングの意味がすこしわかりました。

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 日本経済新聞のスポーツ面に掲載される運動部編集委員の武智さんの記名記事は必ず読みます。
 サッカーJ3カマタマーレ讃岐と相模原の試合を丸亀市の「たまも園」に居る人々が観戦したという記事です。たまも園は、主に重度の障害を持った人の施設です。 スタジアムに行けない人がパソコンと接続して遠隔操作できるカメラ付き機材「アバター」で試合観戦をしました。バスから降りてくる選手を応援したり、車椅子席で視点を変えながら観戦できるなど、機能としては単純な装置です。
 企画をしたカマタマーレ讃岐の担当者は「最初はテレビ電話と何が違うのか」と思っていたそうですが、自分の意思で移動したり視点を変えられること、声を出して声援を送ること、何よりも車椅子席に移動したアバターに向かってサポーターが「スタジアムにようこそ!」と声をかけてくれたこと。それらが、普段は施設内で、限られた人としか話をできない人々には大きな体験だったと武智さんは書いています。
 コロナウィルス騒ぎの昨今、このようなテクノロジーの有効性を武市氏はコメントしていますが、それ以上に彼が言いたかったのは、たまも園の人々が体験した世界の広がりだったことは言うまでもありません。

※写真はJ3カマタマーレ讃岐の選手がアバターを持って施設を訪問した時のものです。

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 父が自宅の近所で車に轢かれて即死してから12年が経ちました。今年が十三回忌となります。母と私、妹の3名だけで法要を行いました。父は北海道の炭鉱町で貧しい家庭で育ちました。

 妹が仏壇を掃除しているときに、仏壇の引き戸の奥に「沖縄霊石」と書かれた紙袋と石を見つけました。この石については母も知らなかったようです。沖縄戦で戦死した父の長兄の遺骨に代えてこの石を誰かが届けてくれたのでしょう。 本来、霊石とは遺骨に代えて届けられる石を意味するものではありません。霊験あらたかな石という意味ですが、あえて霊石と言わなければ沖縄戦の戦死者を弔うことが叶わなかったのでしょう。

 牛島司令官の自決をもって沖縄戦の終了とするのが一般的で、その日付は6月23日とされています。沖縄戦の日本人死亡者は18万人以上。そのうち12万人が沖縄の人々です。この事実を沖縄の人々がどのように語り継ぎ、そしてなんらかの方法で消化しているのでしょうが、ぼくにはそれをうまく想像することができません。

 沖縄戦の戦死者で、沖縄の人々についで多かったのは北海道出身者です。1万人と言われています。 満州から急遽移動した陸軍第32軍、24師団 通称「山(やま)」部隊に北海道出身者が多かったことに起因するようです。

 父は生前の沖縄旅行で慰霊碑に兄の名を見たそうですが、その話を父から直接聞いたことはありません。大義のもとに行われる愚かな選択をヒトは今でも延々としつづけているように思います。

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 今日でスキースクールの営業は終了しました。大雨の午後、小淵沢に戻るとNHKで黒澤明の羅生門が放送されているではありませんか。食い入るように見ました。世界の黒澤と言われる最初の映画です。アクション、映像、心理描写 完璧です。 僕はこの映画も、原作とされる芥川龍之介の小説も読んでいますが、歳のせいか両方が混じって記憶に残っています。羅生門に雨宿りしている3人が死体を眺めながら上流階級の人を斬りつけるみたいな、変な記憶です。本当は全然違います。
 黒澤は芥川の短編をベースに、人間心理の不条理を徹底的に描きました。芥川の原作は、そのアイディアを黒澤に与えた名作。久しぶりに読みました。 10分で読める短編です。
 

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 朝露に覆われて輝いている白いバラ。美しい表紙の写真に目を奪われるフォトエッセイを先日購入しました。 マヤ・ムーアさんが2014年に英語版で自費出版した「The Rose Garden of Fukushima」がやっと日本語版として発売されました。私は米国国籍の大柄な女性ジャーナリスト、マヤさんが大好きで、彼女の出演するニュース番組をよく見ていましたが、この日本語版が出るまで彼女がこのような仕事をしていたこと、津波で破壊された福島第一原発の放射能汚染によって町民全員が住めなくなった双葉町に日本中、さらには世界中から人々が訪れるバラ園があったことを知りませんでした。原発から8キロの距離です。 桜やヒマラヤ杉に囲まれた750種類、7500株のバラが工夫をこらした庭園を彩り、カフェ、レストランも併設するこのバラ園は、双葉町唯一の観光の拠点であり、年間5万人の来場があったそうです。このバラ園は園芸や庭園設計の教育など受けていない岡田さんが、独学、独力で50年をかけて作り上げたものです。世界中のバラの愛好家の組織「世界バラ会連合」代表者100名がツアーを組んで訪れることが決まり、岡田さんは自分の仕事が世界的に認められたことを喜んでいた矢先、2011年3月11日になりました。
 このフォトエッセイでは、このバラ園が作られてきた経緯、人が世話をしなくなったバラ園があっという間に荒廃していく事実、その物語が美しいバラの写真とともに語られています。 福島第一原発については、津波対策の不備、電力行政の問題点、被害に対する対応の問題点など、さまざまな書物や報道で取り上げられています。 しかし、そのどれよりも私はこのフォトエッセイが提示するバラの写真と物語に強く心を揺さぶられました。
 岡田さんは、早朝から毎日バラの世話をしていました。朝露に濡れたバラが最も色もよく、花がシャキッとしていて美しいと思っていました。 彼はハッと気付きバラ園の開園を午前5時にしました。朝露のバラが大きく写っている写真が多いのはそのためです。フォトエッセイのほとんどの写真は「横浜ばら写真の会」というバラの写真を撮ることを趣味とするサークルのメンバーのものです。
 2020年3月11日にこの本は発売されました。たちまち重版が決まりました。

 学生時代の知人に、野村総合研究所へ就職した人が居ました。 想像ですが当時の野村総研でも、ただの大卒を採用する人数は限られていたと思います。 研究実績、外国語の能力など、限られた求人だったと思います。 野村総研は規模で言えば日本最大のシンクタンクです。 
 なぜ今シンクタンクのことを思うかと言うと、コロナウィールスに関する対策にどの程度シンクタンクを利用しているのかがわからないという疑問です。 どうも、医療政策、ウィルス対策、医療行政の専門家がやっている感じがするのです。シンクタンクのメンバーを多く入れないのか? 僕は疑問です。 現場の医療体制がもちろん大切ですが、選んだ道筋の経済的なリスクとか、中長期のインパクトをシミュレーションすることが重要な局面です。 そのような事が可能な人たちを巻き込んでいるのでしょうか? 僕は、ぼんやり、なんとなく、それは出来ていない感じがするのです。

 鎌倉の野村総研巨大廃墟
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Jay McInerneyの小説。日本のバブル時代に執筆されたこの小説は高橋源一郎氏によってすぐに翻訳されて出版されました。僕は夢中で読んだことを記憶しています。その時の僕の「熱」のようなものがなんであったのかは正確には覚えていません。このありふれた恋愛小説がこれほどヒットした理由は、Bright Lights, Big City(これはニューヨークと東京にしか当てはまらい呼称だと僕は今でも思っています)の描写と二人称の主人公の描き方だったと思います。 久しぶりに読み返しました。

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 面白かったです。実話をベースにしたフィクションですが、かなりノンフィクションに迫っている感じがしました。伝説のレーサーにしてコブラのチューナー、シェルビーが物語の中心となります。

 映画の時間は限られているので興行的にはこのストーリーなのでしょうが、フォードGT40の開発、エンジニアリングはフォード本体というよりは、イギリスを中心としたレーシングコンストラクターのものでした。このことには映画ではまったく(最初のモデルがイギリスから来た場面はありました)触れられていません。
 とは言え、この映画はよい映画です。もう、マット・デイモン、クリスチャン・ベイル。涙ものの演技ですよ。泣けました。 レーサーにして広い意味でのデザイナーにシェルビーを演じたデイモン。イギリスルーツの皮肉な感じの天才ドライバー マイルズにはクリスチャン・ベイル。実は、アイアコッカ役のジョン・バーンサルも相当良かったです。

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 小林稔さんの写真を見たことがない人はほとんどいないと思います。カーグラフィックの社員カメラマンとしてスタートして、現在でも自動車レースを追い続けている大御所といえるカメラマンです。彼の写真を僕は大好きです。特に長年追い続けているル・マン24時間レースの写真にはいつも感心します。 ユノディエールの公道直線区間。朝焼けを見ることができたクルマたち。
 この世界一過酷な自動車レースを彼は撮り続けてきました。
 さて、日本で1月10日にロードショー公開された「フォードvsフェラーリ」 
 1960年代のル・マン対決。見に行かねば

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 スターウォーズはSFなのか? サイエンスフィクションという言葉の定義はとても難しいと思います。一般的には近代工業化が進む中でそれまでの人間の行動範囲を拡張した物語なのかもしれません。当然ながら科学的な根拠というか、科学的な想像力の説得性があることが必要だと言う人が多いジャンルです。僕は、このようなSFの定義には疑問を持っています。ジョージ・ルーカスは、テレビの普及が進む少年のころ、テレビ会社はテレビを見る人々の視聴を満足させるほどのオリジナルの番組がありませんでした。その時に放送されたのがホースオペラでした。廉価に作成された西部劇映画です。馬で移動する人々が拳銃をバンバン撃ちながら起こす活劇でした。ルーカス少年は夢中でこの安上がりで陳腐な活劇をテレビで見ていました。それを宇宙でやることを思いついて1970年代にスターウォーズという映画を作りました。彼は成功するとは思わず、これで映画作りはやめようと思っていたそうです。
 ホースオペラがスペースオペラとして蘇りました。スターウォーズでは瞬時で宇宙の中を移動したり、あちこちに人が呼吸できる星があったり、異なるルーツの生き物が会話できたり、けっして科学的とは言えない物語かもしれません。でも僕はこれこそがSFの本流だと今でも思っています。

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「麗しのサブリナ」
僕はオードリーヘップバーン主演のこの映画が大好きです。名画とは言い難いのですが、オードリーの強い目線、クルマから覗く町の風景。クルマが引き出すスターの輝き。美しい女性こそがクルマに似合うと、つい思ってしまいます。

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 12月に入り、公募したオリンピック聖火ランナーの当選通知が発送されました。山梨県は20倍くらいの倍率だったそうです。 甲府在住の玉井拓野さん(37歳)に当選の通知が届きました。しかし彼は当選通知を見ることなく7日前に亡くなっていました。
 僕が玉井さんのことを知ったのは、NHKのラジオ番組に出演していた大越健介キャスターに届いたメールを大越さん自身が紹介したのを聞いたのがきっかけです。玉井さんのお母さんからのメールには、拓野さんがダウン症ながら作業所で元気に働いていること、とても明るい性格であること、一千万人に一人と言われる極めて珍しい白血病と診断され余命1年と言われたことなどとともに、ラグビーワールドカップの「アイルランド:スコットランド戦」のチケットが取れたので、観戦を楽しみにしていることなどがつづられていました。 
 大越キャスターは、ラグビーワールドカップの事前取材でアイルランドに出張します。その時、玉井さんのことを元アイルランド代表に話したそうです。そうすると後日、玉井さんを励ましてほしいと、アイルランド代表全員のサインが入ったユニフォームが送られてきました。それをきっかけに、大越キャスターと玉井さんの母親、玉井真理子さんとのメールのやりとりが始まりました。今日12月19日8時のNHKラジオ番組で、大越キャスターが、このアイルランド代表とのやりとり、玉井真理子さんとのメールのやりとりについて真理子さんの了承を得て放送しました。拓野さんは体調を考慮しアイルランド戦は病院のテレビ観戦だったそうです。お母さんは拓野さんの体調の安定を確認してから静岡に向かいました。 大越キャスターは真理子さんのメールにあった「誰も取りこぼさないオリンピックになってほしい」という言葉に強く心を揺さぶられたと語っています。「誰も取りこぼさない」とは、どんな境遇の人も、つまり障害のある人、難民などを取り残さない。さらにはオリンピックというイベントそのものによって制約を受けるような人々があってはならないという広い意味が感じられます。
 公募ランナーの当選通知に対しては意思確認の返信が必要です。玉井真理子さんは息子さんの死で動揺する中、嘘でも意思確認を伝えればどこかに拓野さんの名前が残るのではと思い、参加の意思確認を送ろうかと思ったそうですが思いとどまったそうです。 拓野さんは、最後の最後まで病院の看護師さんたちを笑わせようと振る舞っていたそうです。

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 私の自宅は、父が1981年に建てたもので、JR港南台駅から徒歩15分くらいの場所です。港南台の宅地開発は1960年代に開始されたもので、JR(国鉄)の駅が開業したのは1973年。駅周辺の住宅地は公団主導の開発ですが、私の自宅周辺は野村不動産の開発、分譲地区だったことから、地名でもないのに多くの住民は「野村港南台」と今でも呼びます。年配のタクシー運転手にも「野村港南台」と言わないとピンとこない人がたくさん居ます。駅前の大型商業施設は相鉄グループのもので、1983年に開業した高島屋もその一つです。今年も高島屋の前にはクリスマスのイルミネーションが点灯しました。
 この高島屋が来年閉店します。37年間の営業期間でした。高島屋大好きの母親はとても残念がっています。 しかし、いわゆる老舗大型百貨店が生き延びるのはますます難しくなっていくでしょう。 なぜかという根拠は専門家の解説に譲るとして、実感としてそう思います。なぜなら私は三越でも、高島屋でも、伊勢丹でも、そごう、その他デパートと呼ばれるところで一度も買い物をしたことが無いのです。生活には必要が無いということです。母は残念がっていますが、私は映画館、蔦屋経営の大型の本屋、イケアになってくれないかなぁ と願うばかりです。

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 《新》 平成30(2018)年度告示、2022年度実施。( )内は単位
 必履修科目 現代の国語(2) 言語文化(2)
 選択科目  論理国語(4) 国語表現(4)
  文学国語(4) 古典探求(4)

 さて、現代の国語、言語文化 内容は良くわかりませんが基本的には近代の日本語表現の学習なのでしょう。それはわかります。文学と古典が選択科目? 論理国語というのはマニュアル的な解説を指すらしいのです。はー

 文学とか古典がなんの役に立つのだという人は多いと思います。でも、それは微分積分なんて一生役に立たないという人と同じだと思います。 人の叡智には土台が必要です。 実生活で使わなくても過去の叡智を学ぶ事がその後の人生と、少ないかもしれませんが大切な研究に必要になります。文学とか古典の解釈は、きわめて論理的な思考が必要です。この教育体系はそのことに著しく無頓着だと思うのは僕だけでしょうか? さて この意見には極めて僕の個人的な偏見があることも白状しなければなりません。 高校時代、僕はテニスばっかりやっていて、勉強しなかったのに古典だけものすごく成績がよかったのです。なぜかわかりませんが、読めたのです。 僕は古典から学んだ事が多く、さらにはたぶん、昔々、満点近い大学入試の古典で合格したのだと思います。

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 僕はこの時期、必ず「有明テニスの森」に何日間か行きます。全日本テニス選手権が無料で観戦できるからです。しかし、今年は2年ぶりでした。 オリンピックのテニス会場と決まった有明は、改修工事に入るため、昨年の全日本は大阪でした。 久しぶりの有明でした。 工事はまだまだ途中でしたが、有明は随分と印象が変わりました。 大木は残っていますが相当数の樹木が伐採されていました。コロシアムは内装の改修、コートサーフィスの改修、観客席のリニューアル程度だと感じました。

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 コロシアムに一番近い屋外コートの位置に観客席付きの新しいコートが出来ていました。これはとても快適に観戦できる場所だと感じました。ベースライン側の観客席に屋根が設けられています。
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 クラブハウスに隣接する1番、2番、3番コートは、クラブハウスと一体化したインドアコートになっていました。ただ、これは観客を入れるのではなく、ウォームアップのための施設のようです。もちろんテニスクラブとしてはインドアコートは貴重な施設となるでしょう。
 
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 その他の幾つかのコートには仮設の観客席が設置されていました。
テニスクラブとして、これほどの設備を有する場所はもちろん日本にはありません。ただし、今後の工事、準備で「テニスの森」という以前の印象を取り戻せるかということが気になりました。
 有明の街の様子も2年で随分変わりました。まだ空き地があった埋立地にもう空き地はほとんどありません。マンション、ホテル、物流倉庫などがたくさんできていました。さらには体操会場、バレーボール会場、BMX会場などオリンピック施設が建てられています。

https://www.tbsradio.jp/420673久米宏さんのラジオ番ゲストに慶応大学名誉教授、岸由二(きしゆうじ)さんが出演され拝聴しました。これはぜひ多くの人に聞いてほしい話です。今は便利な時代でラジオクラウドとかラジコなどアプリで過去の放送を聞くことができますので是非。 河川は流域という視点で見なければ、問題は解決しないという彼の古くからの主張の正しさをしみじみ納得する内容でした。そのようなある種の思想、鳥瞰的視線を妨げるは役所の縄張りや市町村の区分だというのです。はぁ そのとおり。
 彼は横浜育ち。幾度となく氾濫した鶴見川を制御するために当時の建設省の話のわかる役人と彼は画策しました。その経緯はラジオクラウドというアプリで聞いてほしいのですが、日産スタジアムという新横浜のスポーツ施設とその周りの公園は遊水地なのです。つまり鶴見川の氾濫を抑えるために作られた84ヘクタール、340万屬涼水量の池なのだそうです。 平常時には公園とスタジアムです。スタジアムは千本の長い支柱の上に建てられているそうです。過去何回か公園は水没しています。今回の台風19号ではそこまではいかなかったそうです。
 という話もおもしろいのですが、流域思考というのはものすごく大切な考え方だと思いました。縦割りでも横割りでもなく全体を流域として見渡す感覚。源流から海に注ぐまでの川は数々の支流や湖、人工物、人の暮らす街、森、などを含む全体です。ビジネスでも、日々の生活でも、そのような視点なくして解決策、というか最善策は見つかりません。

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 冷泉家の担当者によって見つかった藤原定家の源氏物語写本。源氏物語のいわばクライマックスとも言える「若紫」。源氏物語は原本は存在しません。つまり写本、それも藤原定家の写本は、最も価値のあるものだと言われます。源氏物語は世界的に見ても長編の古典文学であらゆる方向から研究がなされていますが、新たな写本はさらに解釈、表現の変更を迫るものになるかもしれません。それは、写本を行った人が当時のトップ知識人であればあるほど、その人の解釈が写本に反映されているからです。

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 もう一つはグーグルが量子コンピュータの実証実験に成功したというニュースです。実用化が実現すれば、あらゆる分野の研究が飛躍的に進むと同時に怖さもあります。量子コンピュータの導き出した結果が人知を超えてしまう可能性が高いからです。

 ひとりの硬骨漢が8月27日、鬼籍に入った。杉野泰治氏62歳。元日産自動車企画室課長で、1999年に日産を倒産の危機から救った功労者のひとりだ。

 当時の企画室のラインは、担当役員が鈴木裕企画室長、志賀俊之次長、杉野課長だった。杉野氏は実務担当者として世界を飛び回った。米国日産勤務が長く、英語ができて法務が専門だった。告別式では鈴木氏が弔辞を読んだ。志賀氏も供花した。

 杉野氏はルノーとの提携後も企画室に在籍し、カルロス・ゴーン氏から重用されたが、辞めた。高額報酬を提示され、残留するようにゴーン氏から言われたそうだが、退社した。おそらくゴーン氏の経営手法が嫌になったことも一因だろう。その後、企業再生ファンドを立ち上げ成功を収めた。唐沢寿明氏が主演したNHKテレビ60年記念ドラマ「メイドインジャパン」の主人公のモデルのひとりでもあった。

 

トップが2代続けて「報酬不正」
 昨年11月19日、ゴーン氏が逮捕された後、杉野氏に見立てを聞いた。あくまで推測として、金融商品取引法違反(有価証券報告書への報酬の虚偽記載)だけではなく、租税回避地とペーパーカンパニーを組み合わせた不正もしているだろうとのことだった。その見立て通りの展開となった。

 今回、日産の西川廣人社長が事実上の解任をされたことによって、日産ではトップが2代続けて報酬にまつわる「不正」でその地位を追われたことになる。世間には日産の役員・幹部は「銭ゲバ」だらけかと思っている人も多いだろう。確かに杉野氏のような「侍」が減ってしまったことは事実だ。

 杉野氏の上司で企画室長、鈴木裕氏も「侍」だった。湘南高校から東大に進み、日産に入ったエリートだが、人望が厚かった。20年以上、企業取材をしてきた筆者にとって尊敬できる役員のトップ5の中に入っている。

ルノーと塙氏が共謀した「罠」
 率直に言ってしまうが、鈴木氏は、はめられて日産本体を追われた。ルノー側は鈴木氏を手ごわい相手と見て、提携後、日産取締役から外すことを画策。ルノーのシュバイツァー会長は何度も鈴木氏に連絡し、ルノーへの出向を誘った。その誘いを「罠」だと見抜いたのが杉野氏だった。断るべきと進言した。

 鈴木氏は出向を断ったが、今度は塙義一社長から「ルノーに行ってくれ」と言われ、断れなかった。その時、「ゴーンさんは数年でルノーに戻る。次の社長を頼むのでそれまでの間ルノーに行って欲しい」と言われたそうだ。

「取締役全員の辞表」に激怒
 しかし、その人事は本当に「罠」だった。ルノーに行って2年ほど経過し、塙氏から連絡があり、「もう戻るところがないので転職先を探してほしい」と言われたそうだ。そして関連会社に追われた。シュバイツァー氏と塙氏が手を組んで鈴木氏を追い出したということだ。

 塙氏は、外資受け入れを決断した名経営者と、知ったかぶりで言う評論家は多い。確かにそうした一面はなくもないが、筆者が知る限り、「逃げの経営者」だ。塙氏は社長になる前、米国日産に日本人トップとして出向していたが、自らは経営から逃げ出し、米国人を採用してきて任せきりにした。

 ルノーとの前に、ダイムラーと交渉していた時に、ダイムラー側から「経営責任があるので、取締役会全員の辞表を提出して欲しい」との条件を突き付けられ、それを激怒して突っぱねたのが塙氏だった。それが、ダイムラーとの交渉が破談になった一因と見る向きもある。

提携合意書改定が招いた暴走
 ルノーとの間で結んだ提携合意書には、ゴーン氏の年俸、福利厚生の条件などが記されていたし、筆頭副社長(COO=最高執行責任者)を超える役職をルノーから受け入れないとする文言も入っていた。ルノーから資本を受け入れても日産の経営の独自性をいかに担保するかを腐心して契約書を作成したのが杉野氏や鈴木氏だった。

 それを、ルノーやゴーン氏に媚びて、提携合意書の改定を認めたことが、ゴーン氏による経営の私物化や暴走を許す一つの契機になった。改定を認めたのが、塙氏であり、後に共同会長としてゴーン氏の「代官」としてリストラを推進した小枝至氏だ。今の日産の迷走の原点は、ルノーとゴーン氏に媚びて、自らも甘い汁を吸った塙氏と小枝氏の経営判断にあると言えるだろう。

 日産を、クルマではなくカネを造る無残な拝金主義の会社にしたのは、「代官」であった塙氏や小枝氏である。そしてゴーン氏から社長のバトンを引き継いだ西川氏ら多くの日本人トップがゴーン氏に媚びた。経営層の中で拝金主義者が拝金主義者を引き上げ、現在の日産の社風が出来上がった。鈴木氏や杉野氏のような「侍」は、今の日産の中では「天然記念物」だ。

 中でも塙氏と小枝氏の「罪」は重い。提携前から取締役であり、経営破綻寸前に陥った経営責任があるはずで、社長だった塙氏は本来、辞任すべきだった。西川氏を擁護するわけではないが、当時、西川氏は取締役ではなかった。ただ、後に西川氏はゴーン氏に重用され、拝金主義に染まってしまった。というよりも、ゴーン氏に長く仕えるうちにゴーンに洗脳され同化してしまったと見るべきかもしれない。

「昔はいい人だった」西川氏
 西川氏がゴーン氏や小枝氏と付き合うようになって性格が変わったとの指摘もある。鈴木氏は、海外部品を購入する日産トレーディングに出向している時、西川氏の上司だった。米イリノイ大学への西川氏の留学も鈴木氏が推薦した。鈴木氏はニューヨークやワシントンで勤務して日産の国際派で顔も広かった。当時の社長の辻義文氏から「私は理系なので、文系で英語ができて私がいないときに代行できそうな人材はいないか」と聞かれ、鈴木氏は西川氏を推薦。辻社長の秘書となり、社内で西川氏の顔は売れた。

 鈴木氏が推薦したように、当時の西川氏は「仕事ができて明るくて面倒見がいい」との評判だった。西川氏が社長になった時、杉野氏に人物像を聞いた時も「昔はいい人」だった。意見具申する部下を怒鳴りつけ、不遜で、引責辞任の会見でろくに頭も下げない今の西川氏のイメージからは想像もつかない。

 池波正太郎氏の小説『鬼平犯科帳』に出てくる冷酷な盗賊団の中には、人間の心がまだ残っている一味がいて、洗脳と恐怖から解き放たれて鬼平に力を貸すことがある。たとえは適切ではないかもしれないが、ゴーン氏に支配されていた日産は、リストラと下請けいじめで金を稼ぐ「盗賊団」のようであった。西川氏は凶賊の有能な手下ではあったが、まだ人間の心が残っていると信じたい。

 西川氏が辞任しても日産には難題が山積だ。ルノーとの交渉、売れる車づくりなどだ。西川氏は取締役としてはまだ残るようなので、その間は院政と言われないように気を付けて、改心して、後継者が拝金主義から脱してまっとうなクルマを造る会社に再生するプロセスを見守ってほしい。



井上久男
経済ジャーナリスト

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 「少なくとも本件地震発生前までの時点においては、賛否はあり得たにせよ、当時の社会通念の反映であるはずの法令上の規制等の在り方は、絶対的安全性の確保までを前提としてはいなかったとみざるを得ない」 判決文のこの部分に僕は愕然としてしまいました。 発電施設、ましてや原子力発電所には絶対的安全性の確保は前提ですよね。 ※戦争とかテロのリスクは「絶対的安全性」には入らないと思いますが。この裁判の争点は自然災害ですからね。

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 上原ひろみさんのニューアルバムを聴きました。いつ聞いても彼女の演奏には感動させられます。天才。音楽の神様からのギフトを得た数少ないジャズピアニスト。スペクトラムというアルバムの題名の意味を聴いた人はすぐにわかると思います。彼女の奏でる「音色」の数が明らかに以前よりも増えているのです。一つの音が、つまり同じ鍵盤から出てくる音が分解されて時々で異なるのです。スペクトラムのように。こんなことができるピアニストはそんなに居ません。
 以前、ユンディ・リのショパンのノクターンを目の前で聴いた時もそんなことを考えていました。

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TBSのノーサイドゲームは、久々にテレビドラマで感動させてもらいました。もちろん原作のチカラなんだけど、それと同等、そして画期的なのはチームの役者さんが全員ラグビー選手だったということです。そのラグビーシーンのリアルな感じとレベルの高さは僕にもわかりました。社会人、高校時代などで対戦したことのあるメンバーも居たみたいです。そして超絶びっくりは、あのエディー・ジョーンズが日本代表キャプテンに選んだ廣瀬俊朗が、チームの主柱となる役柄。まじか。日本代表キャプテンを本気でグランドで走らせるドラマって。ドラマとしても、そしてラグビーシーンを見るだけでも価値があります。

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 ニューヨーク、グリニッジヴィレッジのカーマインストリート。小さなギター工房。その一週間を記録したドキュメント。シネコンとかでは上映してません。マイナー作品。9月の暑い日に、関内の小さな映画館のレイトショーで観ました。関内というのは正確ではありません。風俗営業店舗密集度日本一の横浜曙町の縁にある若葉町の「ジャック&ベティ」という小さな映画館。僕はこの映画館で年に1本は映画を観ます。
 本当に良い映画でした。お店に来るメンツの試奏のすばらしさ。店主のギター職人ケリーの自然な対応。作品に対する自信。ギターの材料となるストックの建築廃材。ファンキーなルックスの弟子のシンディ。元気なケリーのお母さん。
 もっとも僕はギタリストには疎いので、知っていたのはマーク・リーボウのみ。もう涙もんでした。ギターファン以外でも必見の映画だと思います。

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 昨日、畳んで積んであっただけの使わなくなった大きなタオルを広げてみてびっくり。このほとんど読めない3文字のサインみたいなものは、「若松勉」と読みます。彼がヤクルト入りして間もなく、首位打者になった時に作って、我が家に届けてくれたものです。正確には覚えていないのですが、僕が小学校6年か、中学1年のころだったと思います。 若松選手は、北海道生まれの偉大な打者でした。北海高校から電電北海道に入り、その後ドラフトでヤクルトに指名されました。野球人生はヤクルト一筋です。監督としても優勝経験がありますが、なんといってもあの小さな身体で、現役生活をほとんど3割を切らずに引退したことです。守備もすばらしかった。
 社会人野球の電電北海道時代、若松さんは奥さんといっしょに、毎年の正月に僕の家に新年の挨拶に来ていました。奥さんが、父と同じ職場の部下だったのです。プロになって東京暮らしになってからは、さすがに訪問はなくなりましたが、首位打者になった、オールスターに選ばれた、優勝した、という時に記念品としてタオルやペナントを作って送ってくれました。今は、首位打者のことを「ファーストプレイスヒッター」なんて言わないですけど、昔はこんな言葉もあったのかな?
 お宝発見でした。

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