小淵沢の冷蔵庫

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何度読んでも、見ても、軽い戦慄を覚えます。 18歳の男子が大学ノートに丁寧に書いた詩の文字。
この数ページ後に、2年後出版される彼の処女詩集の題名となった詩があります。
「二十億光年の孤独」

この大学ノートの詩の多くが処女詩集へ掲載されました。
18歳のノートの中に、今を生きる「谷川俊太郎」が、まぎれもなく、そのまま居るという事実に僕はいつも軽い戦慄を覚えます。

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タフではないプロスポーツなどありませんが、テニスにおいては、やはりこの大会が最もタフネスを必要とする大会だと思います。 赤土のクレーコートでファイブセットマッチを7回勝たなければ優勝できないのです。 ちなみに僕は5セットマッチという試合を一度もやったことがありません。 かつてスリーセットマッチ日没延長試合というのはやりましたが。
 フェデラー欠場。 決勝までジョコビッチ、ナダルと当たらないドロー。 錦織にとっては確かにチャンスのあるフレンチオープン。 なんとかメジャー制覇を。

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松本市美術館に久しぶりに行きました。草間彌生さんの常設展示。80歳をゆうに超えてこの創作エネルギー。おそらく2002年に書かれた彼女の詩。僕は彼女の作品の本質はこの詩にあると思っています。


【落涙の居城に住みて】

やがて人の世の終末に巡り会う時がきたら
年を重ねた月日の果てに
死が静かに近寄って来る気配が、
それにおののいているとは私らしくないはずだったのに。
最愛の君の足音の影に悩みはまたしても夜半に訪れて
わが想いをあらたにす
君をこそ恋したいて「落涙の居城」の中に
籠っていた私は今こそ人生の冥界への道標の
指示すところへさまよい出てゆこうか
そして空が私を待ちかまえたくさんの白い雲をたずさえている。
いつも私を元気づけていた君のやさしさに打ちのめされて
心の底から私は「幸福への願望」を道ずれに
探し求めてきたのだった
それは「愛」という姿なのだ
あの空を飛び交う鳥たちに叫んでみよう、聞いてみよう
わたしのこの心をこそ今こそ伝えたい
私の久しい年月を芸術を武器にして
踏みしだいてきたのだったが
その「失望」と「虚しさ」をそして「孤独」の数々を胸に秘めて
生きながらえてきた日々は
人の世の花火が時として「華麗」に空に散りばめられていた
五色をもって夜空に舞っていく花火の粉末を全身に
散りばめている感動の瞬間を私は忘れない
今こそ最愛の君に捧ぐ
人生の終末の美しさとはすべて幻覚の幻だったのか
あなたに聞きたい
心のすべてを捧げて時を生き抜いてきた今
美しい終末の足跡を残したいと
祈っている今日の日々を
傷めないでそっと生きていたい私が
受け取ったあなたへの愛のことづけ

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この話題を書くのは2回目だと思います。
僕はラヂオが好きで、なんとなくパソコンやスマホでラヂオ番組を流している事が多いのですが、音楽番組と呼べるプログラムで、必ず聞く番組というのは、たった一つだけです。 TBSラヂオ、金曜夜24時〜25時に放送される「菊地成孔の粋な夜電波」です。 彼は優秀なジャズサックス奏者であり、さまざまなジャズミュージシャンとセッションしていますが、ジャズの枠を超えて彼との共演を望むミュージシャンがとても多いのです。 紋切り型の言い方をすれば「引き出しが多い」ということになるのですが、どうもそんな「言い方」はしっくりきません。 音楽に限ることではありませんが、あらゆる物事、特にアートの分野においては、まったくオリジナルなどというものはありえず、常に過去、現在のあらゆる物事に(ここでは音楽について言っていますが)影響を受けながら進化し、派生し、時には逆戻りし、停滞し、突然変異も正常進化も常に同時進行で起こっていきます。 菊地氏は、その大きな全体像をあるときは「天空の城ラピュタ」から俯瞰し、有るときは海に沈んだ蛸壺から見上げたりできるきわめて稀有の能力の持ち主だと感じます。 この一時間番組でかかる曲は、多くて5曲。3曲くらいのこともあります。 この番組で僕が聞いたことがある曲がかかる確率は5%くらいです。 ほぼ、知らない曲ばかりなのですが、かならず僕のなにかに「引っかかり」ます。

彼は、日本のミュージシャンの中で最も質の高い文章を大量に書く人でもあります。 その資質に関して言えば、最も音楽のことを書ける小説家、村上春樹氏と通ずるところがあるかもしれません。

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すこし前まで、僕は皆川明さんという人の名前も、ましてや彼の職業、作品すらまったく知りませんでした。 ある女性から、行きたいお店があると言われ、辻堂の「mina perhonen koti」というお店に行きました。美しいテキスタイルで作られた品々がある、素敵なお店。 床、壁、インテリアにもこだわりが感じられて心地のよい空間でした。 そこが皆川さんという人のお店だったのです。 僕はなるほど、皆川さんという人はなかなかセンスのよいセレクトショップを作る人なんだなぁ と思いました。

代官山の新店舗オープンを記念して、店舗の隣りにある蔦屋書店でトークショーがあるので、是非行きたい、とその女性が目を輝かせて言うので、行くことにしました。もちろん、僕は知らない人の話を聞くのが大好きです。

本当に行って良かった。まず、代官山のお店。 彼女はこのブランド「ミナ・ペルホネン」の夏物が欲しいらしく目を輝かせて服を見ていたのですが。僕はやっぱり、お店のデザインとテキスタイルそのものに興味を持ちました。 まあ、たしかに只者ではないと感じました。そして、なんとその時はじめて、彼が女性服のデザイナーであることを知りました。 夕方から始まったトークイベントは50名ほどしか入れないスペースで。彼女が2名分のチケットを確保してくれたのは、そうとう頑張ったのだと思います。男性は僕を含め4名か5名くらい。 そして、当日に皆川さんの職業を知ったのは、まちがいなく僕だけです。

生い立ち、ブランドの立ち上げ、お店づくり、人との出会い。1時間以上の話はとても興味深いものでした。 僕は女性の服などまったく興味はありませんが、彼のファンになりました。 彼は服飾デザイナーという職業で生計をたてていますが、僕が強く感じたのは、彼の本質は、アスリートであり、建築家だという事です。 そうとしか思えません。

後世に名を残すような建築家、作曲家、服飾デザイナーの多くはなぜか「男性」です。それは、男性が本能として「物語」を作ろうという資質が強いからだと思います。 一方、「女性」には、強く共感する能力や、無条件に愛情を注ぐチカラを感じます。世の中とは、たぶん、そうやって成り立っているのだと、かってに納得した一日でした。

写真は、彼女に「連れて行け!」と命令されている松本のお店です。

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大切なことを本当に気づくことが難しい。 それは本当に難しく、そして大切なことなのだと思う。僕にはできるのだろうか? 

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状態は、あまりよろしくないが、横浜の物置を整理していたらこんなものが。1972年作成の藤川清写真、亀倉雄策デザインの、B1版札幌オリンピック公式ポスター。モデルは鳥取の大山が生んだスキーヤー 大杖正彦さん。買った記憶がないので誰かにもらった物だと思います。 覚えていない。大切にせねば。

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なんとなく、読みたかった本。 やっと読めました。 これは小説ではありません。 詩ともいえません。もちろん、映像ではないのですが、脳の中にあるイメージを露出したような、不思議なものです。

僕は興味深く読みました。というか、辛かった。こういう感覚が僕にもあるからです。それは、僕の子供の頃の記憶に結びついているからかもしれません。

札幌の僕の親戚の隣に住んでいた純ちゃん。 小学生の時、よく遊びました。僕よりも2つくらい年上で、優しい男の子でした。 海水浴にもいっしょに行きました。 脳腫瘍レベル4との診断。 

診断から一月くらいで、亡くなりました。 十数年の短い命でした。

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驚きました。とにかく驚きました。富士ゼロックスがこれほど素晴らしい版画や写真のコレクションを持っているということを僕は全く知りませんでした。コレクションにある作家。アニ・アルバース、ジョセフ・アルバース、ジャン(ハンス)アルプ、ヨーゼフ・ボイス、アレクサンダー・コールダー、エドゥアルド・チリダ、ジャン・デュビュッフェ、ライオネル・ファイニンガー、サム・フランシス、ナウム・ガボ、ジャスパー・ジョーンズ、ドナルド・ジャッド、ヴァシリー・カンディンスキー、モシェ・クプファーマン、ジョン・マクラフリン、ラースロー・モホイ=ナジ、ルイーズ・ニーヴェルソン、ブリンキー・パレルモ、パブロ・ピカソ、ジャクソン・ポロック、ゲアハルト・リヒター、エドワード・ルーシャ、ヴォルス、一原有徳、井田照一、加納光於、駒井哲郎、草間彌生、中西夏之、野田哲也、斎藤義重、菅井汲、若林奮、マティス、ベンヤミン、レイ、デュシャン、ウォーホールもう書ききれません。これらのコレクションから500点ちかくを展示、一部が横浜美術館の所蔵品でした。

「アウラの衰退、芸術家たちの挑戦」という展覧会のキャッチ。複製技術による作品に焦点をあてたコレクション。 誰がどのように収集したのか極めて興味深く、最高の選択がなされていると感じました。 美術の教科書や美術史の本でしかみたことのなかった、マティス、デュシャン、カンディンスキーの作品もありました。 版画、写真に興味のある方には必見の展示です。

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さて、猫ブームだそうです。 はあーーっ って感じです。 僕なんか生まれた時から猫と一緒に育っていたので、生まれた時から猫ブームなんですけど。

横浜そごう美術館で猫の浮世絵の展示。 つまり、猫ブームというのはメディアの露出のことであって、江戸時代も猫ブームだったということらしいです。 写真、動画のネットへの投稿と出版によって商業的に猫が使われているのですが、別に猫と暮らす人が2倍になったわけではありません。 たぶん。

この展覧会。 僕がかつて読んだ遺伝子研究の本の内容を証明していました。 僕が子供の頃でさえ、明確なブチのミケとか、尻尾の短い猫が今よりものすごく多かったのを覚えています。今は、手足、しっぽの長いかっこいい猫がたくさん。そして美しいブチのミケがいません。 遺伝子を研究している人が、このことを1980年代には既に指摘していて、それを読んでいた僕は激しく納得しました。

東南アジアルーツのボブテイル(短いシッポ系)が日本の猫のルーツで、そのなかに三毛も多くいたのですが、他地域の猫のDNAの影響から急激にボブテイルと三毛が少数化しているとのこと。

江戸の浮世絵にはボブテイルと綺麗な三毛が描かれているのです。 

ジャパニーズボブテイル というのは、今や人気の「品種」だそうです。 アメリカ人が交配して商業化した結果です。

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野中真理子さんは、特に親しい友人というわけではありませんが、学生時代のサークルの仲間です。
もう10年以上前に彼女の作った映画の上映会に行きました。「トントンギコギコ図工の時間」という小学生の図工の時間を撮ったドキュメンタリー映画です。なにかの賞を受賞した時の記念上映だったと思います。すばらしい映画でした。その後、さらにトントンギコギコ以前に作られた「こどもの時間」にも感心して見入ってしまいました。一見、平凡な日常の生活の中で、彼女自身が突き動かされる「何か」を見出して切り取る、その集中力は才能としか言いようがありません。当時、僕はサラリーマン生活24年目にして退職を決断した時期だったので、なおさらその上映を良く覚えているのかもしれません。
その後、山梨県で友人が営んでいる農園でテレビ番組の撮影がありました。その時、製作会社のクルーとの会話中に野中さんの名前が出てきて驚いたのを覚えています。「野中真理子さんと仕事をしたことがある」と言われました。

さて、まだ見ていない映画の事を書くのもおかしな話ですが、先日友人から彼女の新作、「ダンスの時間」を見てきたとの知らせがありました。ダンサー村田香織さんを撮ったドキュメンタリー映画。とても素晴らしいと友人は言っていました。 トントンギコギコの野中が作ったのだから、そりゃあ良い映画に違いないと僕は思いました。 友人から「どこかで見た風景がでてきたぞ」とのコメント。それが上の写真です。 

村田さんが踊っているのは、八ヶ岳を望む「八ヶ岳あおぞら農園」という場所です。 びっくり! 一般の上映が始まるのは8月とのこと。

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僕のジャズ体験の最初は、キース・ジャレットでした。ピアノソロです。オスカー・ピーターソン、小曽根、秋吉敏子、渡辺貞夫、・・・・・ 次々と聞いていって、最近は上原ひろみ なのですが、ここに至って、おいちゃんの保守的な好みに愕然とします。 オーソドックスすぎるジャズファン。 きわめつけは、ビル・エヴァンス、スコット・ラファロ、ポール・モチアン のトリオ好き。

軽々とやっている感じのトリオのジャズが、綿密に計算されているのを知ったのは20年前。 ビルのオタクっぷりを自分で書いた文章があり、コピペしてブログに載せたら、世界中から大反響。 ビルの文章があまりにも評論家っぽい書きぶりで、自身が書いたと思えないものだったので、

ほんとうにごめんなさい。あれは僕の文章ではありません。 っていうか 英語で文章書けないし。

ビートルズのカヴァーで一番好きなのは、カーリー・サイモンのブラックバード。



Blackbird singing in the dead of night
Take these broken wings and learn to fly
All your life
You were only waiting for this moment to arise

Blackbird singing in the dead of night
Take these sunken eyes and learn to see
All your life
You were only waiting for this moment to be free

Blackbird fly, blackbird fly
Into the light of the dark black night

Blackbird fly, blackbird fly
Into the light of the dark black night

Blackbird singing in the dead of night
Take these broken wings and learn to fly
All your life
You were only waiting for this moment to arise
You were only waiting for this moment to arise
You were only waiting for this moment to arise

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東京グローブ座でのライブの行き帰り、新宿サンパークホテルの前を歩いて通りました。 住所は百人町。名前の由来を調べると伊賀組百人鉄砲隊という江戸の警備にあたる部隊の屋敷があったとあります。 ところで、今では日本最大のコリアンタウンとなっているこの地域にはちょっと違和感がある日本庭園と仰々しい門が、このサンパークホテルにあはります。石灯籠の巨大さも驚くほど。僕はこれ以上の灯篭を見たことがありません。
気になったので先ほどホテルの名前でググったところ、すぐに納得がいきました。 このホテルは「三平グループ」の一つだったのです。 三平グループは、新宿最大の地権者企業です。 大きな再開発、巨大施設の建設には必ず名前が出てきます。 三平グループの創業オーナーは、小林平三氏。上諏訪の古い宿場町、金沢宿出身。 新宿で飲食業を始めたのをきっかけに三平グループを大きくした伝説の新宿サクセスストーリーの人物です。 三平は、平三を逆にしたものです。

ちなみに、諏訪地方の人はこの人の名前をどこかで見たな、と感じる人が多いはずです。諏訪大社本宮大鳥居など諏訪大社にいろいろ寄贈していて、名前が刻まれているからです。

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キース・エマーソン氏が亡くなりました。 僕のヒーローの一人でした。
Emerson, Lake & Palmer,( ELP)は、1970年代の短い期間に輝かしい作品、ライブパフォーマンスを示したスーパーグループでした。キース・エマーソン(キーボード)、グレッグ・レイク(ベース)、カール・パーマー(ドラムス)の3名によるブリティッシュプログレッシブのロックグループは、ロックというセグメントにとどまらず、音楽史上に明記されるべき楽曲を残したと、僕は思っています。
ムソルグスキーの「展覧会の絵」をアレンジした同名アルバムに僕は衝撃を受けました。ハモンドオルガンとシンセサイザーを中心としたキーボードアレンジは秀逸です。レイクのベース、パーマーのドラムスも素晴らしい。 ライブのアンコールナンバーとして良く演奏されたチャイコフスキーの「くるみ割り人形」も大好きです。テクニックだけなら、今では高校生でも彼らを凌ぐ人達が居ます。 しかし、何にも似ていない何か、を作り出す事ができるのは、今でも選ばれた、限られた人達です。

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横須賀美術館と、神奈川県立近代美術館葉山をはしご。こういうのはとても良くないのですが、ついやってしまいました。 作品を見るには集中力が必要なので、安易にはしごなどすべきではありません。

ただ、僕はなんとなく残り時間が少ない感じがして、つい急いでしまいます。 嶋田しずさん、もう90歳を過ぎていながら、この明るいエネルギー。 磯見さんの暗い版画作品も、暗さだけではなく、生きる力がみなぎっていました。

フィンランドの人、ヘレンの絵を葉山で見ました。 女性の強さは、たぶん 母性。 そして、弱さも。 晩年、エル・グレコに傾倒した意味を、僕は少し涙ぐんで彼女の絵を見ていました。

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「人工知能は人間を超えるか」という松尾豊氏の著書はたいへん興味深いものです。松尾正剛氏の書評を引用します。これ以上、この著書の特徴を表現する能力が僕には無いからです。

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人間の知性や知能は、現実の対象の全貌を知ったうえでシンボルを理解しているのではない。いつのまにか「リンゴ」や「極楽」や「時間がたつ」というシンボル操作ができるようになっている。人間は心象の内部で対象を動かしているからだ。心的に想起されているからこそ、シンボルが動くのである。
 しかしコンピュータやゲームプログラミングやロボットでは、このシンボル操作がなかなかできない。そこで仮想空間をつくって、エージェントの内部にシンボルについての知識操作ができるようにする。それには地形であればナビゲーション・データを埋め込み、オブジェクトであればパラメータを添付したスマートオブジェクトをつくらなければならない。
 とはいえだからといって、コンピュータが実世界に接地できたわけではない。これをさらに有効にするにはどうすればいいのかというのが「シンボル・グラウンディング問題」なのである。スティーブン・ハルナットが提起した難問だった。


シンボルグラウンディング問題(松尾豊・講義資料より)
私たちは犬という言葉を知らない赤ちゃんの頃から犬のさまざまな特徴から「犬らしさ」(一般化された概念)を取り出している。その後「犬らしさ」に「犬」という言葉を対応させる。これが名づけ(ラベリング)。これにより犬という言葉を聞くだけで犬の特徴を脳内に作りだすことができるが、コンピュータはそうはいかない。
 シンボル・グラウンディングはエルンスト・カッシーラーやスザンヌ・ランガーの『シンボルの哲学』『シンボル形式の哲学』このかた、ぼくがずっと気にしてきた問題でもあった。シンボルは象徴や表象のことだけれど、たいへん人間くさい「思い浮かべ」なので、なかなか論理的な説明や数理的な落とし込みがやりにくいのだ。
 だいたいシンボルは夢の中にも出てくるし、想像の中にも頻繁に出入りする。古代中世の神話や説話や昔話は怪物やら不思議な光りものやら妖精やら、シンボルだらけである。「となりのトトロ」「バットマン」「モノリス」もみんなシンボルだ。
 そのためシンボルについては、エリアーデは神の発生にまで立ち戻らないとわからないものとして、カール・ユングは集合的無意識のようなものをともなうものとして、フロイトはコンプレッックスの中に畳み込まれたものとして、ホワイトヘッドは認識作用のプロセスまるごとの中に作用しているものとして、チャールズ・サンダース・パースは記号そのものの本質が受けもつものとして、それぞれ議論した。
 ジャック・ラカンの精神分析学のように、シンボルは「自己」の内部の鏡像過程に生じているとみなしている見方もある。
 こんなふうに、定義しようとしたり、どこかに位置付けしようとすればするほど、掴みどころがなくなってくるシンボルなのだが、ふだんのわれわれはシンボルにもアイコンにも、アレゴリーにもメタファーにもちっとも困らない。とくにアーティストたちは大胆自在にシンボルばかりをあらわしてきた。
 シンボルの正体はまだわかっていないのだ。こんなわけなので、そういうシンボルを意識的に扱うには、いったんシンボルが湧いてくるプロセスのことと、それが投影される場面とを分けて考えなければならないだろうと、ぼくはずっと思ってきた。
 そこで編集工学では、シンボルや象徴的な意味論を扱うにあたっては、それが発祥する分母像(地=グラウンド)とそこから派生する分子像(図=フィギュア)とを適宜入れ替えながら進む動的なプログラムをテストすることを推奨してきたのである。

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このシンボル・グラウンディングというのは、僕が以前から何度も書いている「抽象化」という人が持つ能力そのものです。抽象化とは「名付け」です。そしてその究極の形が数学的な表現です。数学的な表現は、実は何かに名前をつけて、共有できる「思い」を表現する方法です。ん と思う人が居るかもしれませんが、その本質において、数学と詩は「同じ土俵」にあると言えると僕は常に考えています。

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山屋と呼べる知人、友人が僕には3人居ます。 公開されたエベレスト、神々の山嶺(いただき)という映画を見て改めて思います。 この映画は夢枕獏の山岳小説を原作とし、傑作コミックともなっています。 本当の傑作山岳小説です。 カメラマン深町を除けば、全て実際のモデルとなる実在の人物が登場人物となっています。

山屋とは何か? 難しい定義ですが、山に登る事が自分が生まれた理由だと思っている特殊な人達です。

僕の友人には3人の山屋が居ます。二人はもうこの世に居ません。 一人は「落ちた」のですが、奇跡的に助かりました。 なぜ、そこまでするのか?  それは僕にはわかりませんが、彼らの生きる理由は否定できません。 それが 山屋という 超超超ばかばか人間だからです。

興味の有る方は是非この小説、コミックを読んでください。いつでも貸し出します。

遊ぶ子の群かけぬけてわれに来るこの偶然のやうな一人を抱けり


僕はこの一句が大好きです。川野里子さんの処女歌集「五月の王」に納められた歌です。おそらく彼女自身の子供を歌った若かりし頃の作品でしょう。 子供は、当然のように母親を見つけ、喜んでかけてきます。 しかし、そうした時間も永遠には続きません。 その子と居ることの偶然を思うとはかなくも感じます。 また、それは子供だけではなく、どのような人との出会いでも、偶然のように群れ駆け抜けて自分のもとに来てくれたのかもしれません。

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歴史に残る漫画家ではないと思うのですが、彼ほどオヤジの美少女趣味を体現している人は少ないと思います。 ポップな美少女を描かせたら世界一。 ところが、彼のマンガ作品はギャグマンガばかりで、それもけっこう中途半端。 おもしろいんだけど、完結しない。 あっ そうか。 今わかった。完成していない、完璧ではない、もしかするとどこかに居るかもしれない美少女なんだ。 江口寿史の描く女性は・・・

僕には喘息と加齢黄斑変性症という病があります。それぞれありがたいことに対応する技術があって、なんとか暮らしています。

目のヤマイのことについて、僕は過去、父の言葉を忘れる事ができません。 僕は父、母とも会話が少ない子供でした。 大人が嫌いだったのです。 それが、いまや58歳。

高校生の時、父とのたわいのない会話が忘れられません。 「盲目と、音が聞こえないという状態、どちらを選択するとしたら俺は盲目をとる。目が見えるだけなら、きっと人を疑う気がする。 声が聞こえるだけなら、その声で、その人を信用して生活できる。」

父は生真面目な人でした。声を信用するという父の言葉を僕は忘れません。

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チャールズ・モンロー・シュルツが亡くなって、もう15年以上が経ちます。彼が描き続けたピーナッツコミックは、アメリカという国家の「良い面」だけを抽出した名作です。実際にアメリカで生活をしたことがある僕の多くの友人は、アメリカという国のダークサイドもきちんと見ていて、けっして手離しのアメリカ好きという人はいません。僕のアメリカはピーナッツの中にだけあるので、僕は単純なアメリカ好きになってしまいました。 カリフォルニアのサンタローザという町は、白人の多い小さな都会。 大金持ちも居なければスラムも無い平和な町。 シュルツの描くアメリカは、この町なくしては語れないと感じます。 いつか行ってみたいと思います。シュルツの父親はドイツからの移民で床屋さん。 チャーリー・ブラウンの父親の職業が床屋であることを知っている人は意外と少ない。

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今、僕は勉強をしたいという気持ちが強くなっています。 なぜかはわかりませんが、やはりかつて大学生であった時代が影響していると思います。 僕はきちんとした学生ではありませんでした。 スキーばかりしていて、アルバイトで稼いだお金はスキーの道具とお酒になっていました。それでも、僕が師事したY教授や、周りに居た人達には影響を受けました。 学問をする という人に初めて出会ったからです。 そして、そのような人達が世の中に必要だと認識できた事が僕に与えた影響はとても大きいものでした。

Y教授は、太平洋戦争、世界大戦と言われる戦争の時、学徒動員の選抜から国の指示で外された人でした。 当時の政府は優秀な学生までも戦地に送る決断をしましたが、それでも各大学毎に戦地に送らない若い学生、大学院生を選抜していました。 その一人がY教授でした。 彼は戦後、消費者金融、信用創造理論のパイオニアとして実績を残した学者です。 彼の元、僕はバカながら勉強をする羽目になりました。 これはけっこうツライ修行でした。 英語のテキスト。 超優秀な先輩や仲間の中で僕は思い知りました。 「なるほど、学問を志す人というのはこんな人達なのだ。学ぶ事に執着する人は、世の中に必要だな」と思いました。 それが分かった事こそが、僕が大学生だったことの価値、理由だと思っています。

僕は勉強はできませんでしたが、卒業時に書いた論文のようなものをY教授は高く評価してくれました。岩岳のスキー場でその半分くらいを書いていました。 悩みながら書いていたので、その内容は今でもよく覚えています。 財閥と言われる組織の成り立ちと、金融機関として戦後果たした機能、功罪についての文章でした。

Y教授の「名前」の効果だけで銀行への就職が可能な時代でしたが、僕は銀行マンにはなりませんでした。

知的であるかどうかという事を定義する5つの項目を紹介するページを知人の情報で知りました。全てごもっともで、納得の内容です。そして、ちょっと自慢なのですが、僕は彼の二つ目は、中学2年生の時に既に知っていました。 というか、今でもこれこそが僕が人物を見る時の最大の判断基準なのです。 気付けば、こういう人だけが、僕の周りに居ます。 彼の二つ目の意見はこうです。

「知的な人は、わからないことがあることを喜び、怖れない。また、それについて学ぼうする。そうでない人はわからないことがあることを恥だと思う。その結果、それを隠し学ばない。」

たぶん、これ同じ考えを、僕は中学2年生の時に強く思い、そして今に至っています。当時思っていたこと、そして今も信じて疑わない事は、 「自分がわからない事をわかる人が賢い人」という思いです。

僕はいつでも知ったかぶりをします。 たいして知識も無いのに。 でも、知らないということには自覚的な方だと思います。 知らないという事をきちんと整理して、もしくは本能的に、自覚できる人が賢いということなのだと思います。 「知っている」という態度の人は、とても疑わしい。 知らない、わからないから、さて どうしようか? という人こそが賢い、信じられる人です。 幸運にも僕の周りには、きちんと「知らない」事を自覚する人が多いのです。 僕は彼らを信用します。 知ったかぶりの僕を、僕は一番信用していません。

井戸は車にて網の長さ一二尋、勝手は北向きにて師走の空のから風ひゅうひゅうと吹ぬきの寒さ。おお耐えがたと竈の前に火なぶりの一分は一時にのびて、

大つごもりの冒頭、天才だな樋口一葉

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19歳のノート。 「くるかもしれぬ 独りの時のために」 本当にこの人は19歳なのか?

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元素表が好きです。 世の中の事を整理して目の前に示すというのは何時の時代でも大切な事です。元素表は、現代科学、物理学的にはとても単純な論理で作成された表です。元素組織の法則性に忠実に作られたものです。その美しさから、科学を志す人は一度はこの周期表に自分の痕跡を残したいと思うのではないでしょうか。 理化学研究所が113番目の空白を埋めました。 

元素表は曼荼羅です。 

曼荼羅は狭義の宗教絵画。 広義では宇宙の世界観を示すものです。 

僕は、僕の小さな宇宙の空白を埋められるのだろうかと、いつも虚しく考えます。

  二十億光年の孤独


人類は小さな球の上で
眠り起きそして働き
ときどき火星に仲間を欲しがったりする

火星人は小さな球の上で
何をしてるか 僕は知らない
(或いは ネリリし キルルし ハララしているか)
しかしときどき地球に仲間を欲しがったりする
それはまったくたしかなことだ

万有引力とは
ひき合う孤独の力である

宇宙はひずんでいる
それ故みんなはもとめ合う

宇宙はどんどん膨らんでゆく
それ故みんなは不安である

二十億光年の孤独に
僕は思わずくしゃみをした



※ ※ ※ ※ ※ ※

1950年 谷川俊太郎19歳 ノートに書き込んだ言葉が人の目に触れ、翌年に詩集として発表されました。 思想や意図を持たず、感傷的な要素が無い谷川氏の詩は、最初の一編から既に完成されており、そして今も変わりません。 詩が語りかけるのではなく、人は谷川の詩に入り、つつまれて、もう一度自分を見て、そして許すのだと思います。たぶん。



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文字とそれを組み合わせた言葉や文章が、人の感情、思想、論理、風景などを記録として書きしるす役割をはたしていること。 言い換えれば、「なにか言いたいこと」が先にあり、そして文字を書くことによって記録され誰かに伝えること、その価値について、10日前に書きました。

僕は文字を書くということには、それ以外にも多くの異なる意義や動機があると考えてきました。その一つ二つを思い出しながら書いてみます。 小さいころ人は文字を最初に習う時、抽象的な意味を示す記号であるとは意識しないものです。 不思議な形を絵として写しとります。 僕は標準的な子供よりも文字を覚えるのはたいへん遅かったと記憶しています。それでも不思議で魅力的な形を写しとるのは嫌いではありませんでした。長い時間熱中することはありませんでしたが、手を動かして写しとる作業には、しばし集中して我を忘れることがありました。そして、その感覚、感情、集中力などを、大人になっても持ち続ける人は少なくありません。 「手を動かしながら集中する」「集中して手を動かす」事は、他にもたくさんあります。 そのような資質を持つ人には何か共通点があるのですが、にわかにそれを言い表す術を僕は持っていません。 集中して文字を「自分の手で」書くという行為には、感情や思想や論理を構築するという「脳の中の作業」と回路がつながっている事は確かです。手の動き、描かれる文字や言葉、脳の中の働きには強い回路があり、何かが行き来しているのでしょう。 僕にもそのような感覚がありました。 ありました。 というのはかつてはあった、ということです。 今はほとんどありません。そのような作業回路が意識できたのは、20歳頃まででした。 今では、そのような感覚はほぼありません。

手の動き・描かれる文字・脳内の反応、 この3つが(それぞれ三角形の頂点だとすると)が強いリンクを持って働いているというのが、たぶん、たぶんですけど正常なのではないでしょうか? ところが、僕はだいぶ異なります。 多くの人にとって、今や文字を書くという作業は、キーボードを打つ作業と同一だと思います。 僕は、キーボードで文字を打つことをかなり早くから始めました。それだけならなんてことは無いのですが、僕は文字を書く(タイプする)時、脳から指先へ向かってなにかが伝えられる感覚が極めて希薄です。全く無いとは言いませんが、希薄だとしか言いようがありません。
まず、指先の動きから脳へ向かって信号が送られ、創りだされる文字が脳と同期しています。つまり、文字をタイプする為に動いている指先が「考えている」という感覚がきわめて支配的です。今もそうです。 そのせいかどうかはわかりませんが、書いたという行為の記憶や書いた文章の内容を脳が全く忘れてしまっていて、後日、それを読んで「馬鹿なやつが居るねえ、誰だこんなこと書いたのは」とか「おや、いいこと言うねぇこいつ、誰が書いたんだ?」と思う事がしばしばあります。物忘れが激しくなったとか、認知症とはたぶん違うと思います。 記憶力が今より格段によく、元気だった若いころからそうだったからです。その場その場で「指」が「考えている」ので、脳がぼやっとしていると忘れてしまうのだと思います。

「だからなんだ?」 と言われると、この話に結論もオチも無いのですが、ひとつ言えることはあります。 「脳の働きと、脳から送られる信号によって、人は行動し、生きている」のは事実でしょう。しかし、脳が人の全てを「支配している」という考えや感覚に、僕は同意できません。 僕だけなのかもしれませんが、僕が文字を書く時は、指先の動きで作られる「文字」が同時に脳に書き込まれ、けっして脳の中に出来上がったものを指先を通じて文字にしているのではないからです。

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暗いステージに浮かぶ一台のコンサートグランド。 ライブ前の、この風景この雰囲気を僕は大好きです。

矢野顕子さんの年間ライブ活動は、年末のこの時期、鎌倉芸術館で締めとなります。 このソロライブのファンは多く、僕もその一人です。 フォーククルセダース、大貫妙子など、久しぶりに聴く曲。 最新アルバムからも。

「女性の作った曲は、ほとんど歌わない。タマネギをむいてもむいても、"私" しかでてこない。男性の作った曲は包み込まれる容器、バスケットの様な感じがする。」という彼女の言葉の意味を、僕は深く理解できる訳ではありません。 ただ、それは裏返すと、女性の本質的な強さを示していると感じます。

「なにかが降りてくる人 」というのが世の中には居るようです。 矢野顕子さんの歌声、ピアノ演奏を間近に聞くと、彼女はそんな選ばれた一人だと信じざるを得ません。

※ 無造作に貼られたセットリスト
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 かつて読んだ世阿弥元清氏の著書、「風姿花伝」に関する松岡正剛氏の書評を読む。
あくまでも書評なのですが、松岡氏の書評はやりすぎ。 読んでしまったような気分にさせる書評は、ある意味 毒 だ。

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『花伝書』はそれぞれの能楽の家に口伝として記憶されたまま、半ばは【文字のない文化】の遺伝子として能楽史を生々流転していたのだということになる。『花伝書』は現在では各伝本とも七章立てに構成されているが、その各章の末尾に秘密を守るべき【大事】のことが強調されているのが、その、文化遺伝子を意識したところである。「ただ子孫の庭訓を残すのみ」(問答)、「その風を受けて、道のため家のため、これを作する」(奥義)、あるいは「この条々こころざしの芸人よりほかは一見もを許すべからず」(花修)、「これを秘して伝ふ」(別紙口伝)といった念押しの言葉が見える。
 こうした秘密重視の思想の頂点にたつのが、別紙口伝の「秘すれば花、秘せねば花なるべからずとなり」である。やたらに有名になって人口に膾炙してしまった言葉だが、その意味するところは、いま考えてみても、そうとうに深い。加うるに、このあとにすぐ続いて「この分目を知ること、肝要の花なり」とあって、この分目{わけめ}をこそ観阿弥・世阿弥は必ず重視した。このこと、すなわち「秘する花の分目」ということが、結局は『花伝書』全巻の思想の根本なのである。この根本にはふいに戦慄をおぼえる。
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 風姿花伝は驚愕の芸術論。 見え方ではなく、見る人の心の動きを論じる芸術論を僕は他に知りません。

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本の整理が大の苦手です。横浜の自宅には父の蔵書も含め物置は本だらけ。小淵沢の本を3分の1まで整理したものの、まだ一つの本棚へ収まりません。新しい本棚を買う決心をしました。まだ買ってもいない小さな本棚に、これから買う本をすこしづつ並べ始める事を想像するのは、すこし幸せな気分です。

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文字を書く「動機」という事を時々考えます。数字を含む文字と、文字によって構成される言葉というのは、たぶん人間の最大の発明です。 触れられる具体的な「人やもの」を指すだけではなく、抽象的な「なんらかの集合や概念」を示しながら、その曖昧な意味を他の人に伝えることが出来ます。 それは、魔法です。
 「私」という言葉は、私の姿と存在ですが、一方、私の感情、生きてきた時間、私の生活などの領域全体を示す曖昧な概念でもあります。 「闇」という言葉は、光の届かぬ場所、空間、時間であると同時に、人に内包される不安、人智の及ばぬ不可視の世界、光が象徴する善に対する悪を示すこともあります。 ある程度の教育と人間としての社会生活経験を経て、人々はこの、とらえどころのない曖昧な意味を含む言葉の連なりに、ある程度の共通の理解を示し、また全く違う解釈をも与えるという事を繰り返します。 
 かつて湯川秀樹は、「単純な法則で動き、調和している現実(たぶん科学的な、法則、真実を指しているのでしょう)を洞察し発見するのは詩人のみである」と言う意味のことを語っていました。(あいまいな記憶ですが)科学の真実を詩人のみが発見する、というのはどういうことか? ノーベル物理学賞を受賞した天才は何を言いたかったのでしょう。 僕の解釈は明確です。 抽象的な概念を示す言葉を連ねて、真実に近いもの、もしくは神が支配するかもしれない領域に立ち入るのが詩人の仕事です。 理論物理学者である彼が成したことは、究極の抽象言語である数字と数式によって調和する世界を示したことですが、それは彼にとっては詩人の振る舞いと同じだと思えるのです。

 さて、「文字を書くということ」の意味のひとつは人間の知性の所産である言葉を駆使した高度な思考なのですが、一方、それとはすこし違う角度から見ると、示された内容よりも「書く」という行為そのものにも、意味がありそうです。 そのことについては次回。

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祖母から嫁入り道具として母が受け継ぎ、いまだに、普通に使っているというのが、すごい。

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初冬のこの時期、僕はかならず葉山一色海岸を散歩します。 10年間かかさず来ています。 夏の喧騒はとうに過ぎ、雨のあとの澄んだ空の時ならば海の光、雲、望む富士山にしばし癒やされます。 この地は、葉山御用邸からつづくかつて高松宮家別邸があった場所です。 今は僕が大好きな超モダン建築「鎌倉近代美術館葉山別館」と「葉山しおさい公園」になっています。

 海岸線の後方はすぐに切り立った山の斜面で、古い民家が散在します。一方海岸沿いは、どれだけ固定資産税を払ったら維持できるのか?と想像してしまう巨大な邸宅や、シーカヤック、ウィンドサーフィンボードが並ぶ小奇麗なマンションが立ち並びます。 海には広いデッキとキャビンを備える大型のヨットが浮かんでいます。 冬山へこもってしまう直前、僕がここへ来るのは「縁のない別世界を見たい」という気持ちが心の隅にあるからかもしれません。

 海岸へのアプローチは決まっています。 鎌倉近代美術館葉山別館の垣根と、しおさい公園の塀に挟まれた細い道。 道の出口にいつものように光る海が見えます。 ただ、今年の景色は少し違っていました。 

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六本木から横浜へ戻る途中、クルマのオーディオからはジャミロクワイが流れています。 リピートモード。 「次アルバム」ボタンを押すと竹内まりやに。 僕の大好きなアルバム「Denim」。 湾岸線、花の大田市場を横目に見るあたりで4曲目の「みんなひとり」が流れてきました。 大切なともだち、というフレーズ。 大切なともだち・・ ともだち ってなんだろう? わからない。 どこからともだちで、どこまでがともだちなのか。 そんなことはわからない。
 大切な友達、大切な親、大切な恋人、大切な兄弟、大切な仲間、大切な先輩・・・ 関わり方で括る様々な言い方。 大切な「人」でいいんじゃないだろうか? 呼び方などどうでもいい。 皆、大切な人。 自分が思うたくさんの大切な人が居ればいい。 その人達から僕がどう思われても。

 僕は自分の為にだけ生きてきました。他の人を育むことも、助けることも出来るチカラはありません。たぶんこれからも。 ただ、いままでどおりで良いのか? と言う内なる声。

 何かの偶然で出会ってしまったたくさんの人達。 その人達と対峙して、もういちど真剣に「自分の為」とは何かを考えること。

 そしてなにより、今、目の前に居る人をきちんと見て生きていくこと。
  首都高速湾岸線にて

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入選作の意図的な割り振りが発覚したスキャンダルを経て、2回目の日展。 応募作は減少したものの、新規の入選者が増加しているとのこと。 それは良いことだと思うのですが、この巨大な公募展が日本のアートシーンに影響力があるのか? と問われれば、極めて否定的にならざるを得ません。 作品のレベルは高く、だからこそ僕は毎年見ています。 ただ、突出した新たな才能をこの公募展で探すことはできません。 日展が担ったそのような役割はとうの昔に終わっているのでしょう。
 否定的なコメントとなってしまいましたが、日展入賞作のすばらしさ、価値を僕は認めています。毎年足を運ぶのですから。  大学入試センター試験上位ではなく、インディーズデビューを目指す才能に突出したものがあるのは、この時代、当然と言えば当然なのでしょう。

※ 工芸美術の漆作品は、やっぱレベル高い。 洋画と日本画、セグメントが分離されている理由がもはや無い。 

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インタビュー、対談などの録音を書きおこして作られる本には、時々ものすごく面白いものがあります。 もちろん、その話の内容がおもしろいという事は当然なのですが、聞き手の素養、リズム、そして最終的に「編集」する技術に負うところが多いとも感じます。 村上春樹氏の「小澤征爾さんと、音楽について話をする」は、今回再読。 小説家でこれほど音楽を語れる人はたぶん、今日本で彼くらいだと思います。 小澤氏のすこしユーモラスで飾らない素顔、音楽のルーツなど、やはり面白かったです。 
 それともう一つ、ごく最近出版された春日太一氏の「市川崑と『犬神家の一族』」。題名に犬神家の一族、とありますが内容としては市川崑監督「総論」もしくは「市川映画のどこが凄いか辞典」みたいなもので、たいへん面白かったです。 春日氏は僕よりも二回りも下の世代ですが、たぶん映画を見だした時期は近いのだと思います。 「1950年代、60年代に活躍した映画監督を巨匠と呼びますが、僕が映画を見始めた頃、活動していた最後の巨匠が市川監督と黒澤監督でした。黒澤監督は晩年近く、趣味に走ってしまいましたが、市川監督は最後まで興行的にも成果のあった大作を作り続けました。」 まさにそのとおり。 「どうしても市川作品ベスト3をあげろ」と言われた場合、春日氏が選ぶのは、「炎上」「悪魔の手毬唄」「細雪」だそうです。
 ちなみに僕の市川監督作品との最初の出会いは、子供の頃、父に連れられて映画館で見た「東京オリンピック」でした。
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ヒマラヤのチャムラン峰を単独登山中だった、山梨県北杜市大泉町西井出の今井健司さんの捜索が昨日中止されたそうです。ザック、靴などが発見されたとの報道もあります。 人気のあるイケメン山岳ガイド。
パタゴニアブランドのクライミングアンバサダー。つまりブランドの広告塔として機能すると判断され、サポートされているということです。 パタゴニアがサポートする日本人クライマーは4名。 横山 勝丘、谷口 けい、花谷 泰広、今井 健司、です。 実績、実力はもちろん、皆「花」があるクライマーです。 そして、全て山梨県北杜市在住なのです。 これには明らかに理由があると思います。 皆、山岳ガイドが本業ですから八ヶ岳、南アルプスへのアプローチが容易な場所が商売上有利です。首都圏からの集客が期待できる絶好のポジション。 北アルプス、立山などへの玄関までも2時間以内。 海外遠征の為に羽田、成田へも行きやすい場所です。 プロモーション、スポンサーとの打ち合わせはもちろん東京ですが、気軽に日帰りできる距離です。従って優秀なアルペンクライマーが北杜市に集まるのだと思います。

これからの活躍が期待されたクライマーでした。

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内山選手の初優勝で全日本は終了。 これは順当。 第二シードの内山選手は明らかにチカラをつけて来ています。 以前にも書きましたが「全日本」という名前を冠するスポーツ大会で日本のトップ選手が参加していないのはテニスだけです。特に女子にその傾向があります。フェデレーションカップという女子の国別対抗戦の代表は一人も全日本選手権に出場していません。男子のデビスカップ代表も半分しか全日本には出場していません。 つまり、テニスで「食っていく」為に全日本のタイトルには意味が無いということです。 全日本選手権で優勝しても、ATP,WTAのポイントが得られないので、多くのトップ選手はこの時期、海外の大会に出場しています。 全日本の優勝は、いまや日本の若い選手にとっては「卒業」を意味します。 内山選手、まずはWTAランキング二桁を。

※ 余談。 内山選手。 実は鈴木貴男選手以来の北海道出身優勝者。 北海道ではインドアの大会が多く、その多くはペースの速いサーフィスです。 当然攻撃的な選手が有利となります。

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ルクセンブルグのWTAツアー初優勝おめでとうございます。2010年の全日本優勝以来、国内では試合を見ることはほとんど無くなりましたが、それまで僕は熱心な土居選手ウォッチャーでした。 決して体格に恵まれているわけではありませんが、いままでの日本の女子テニスプレイヤーの中では最強のフィジカルの持ち主ではないかと僕は思っています。フィジカルは勝負事の一つの要素でしかありませんが、最も重要な要素でもあります。 この2,3年の内に世界ランキング20位以内を目指して欲しい逸材だと思います。期待しています。

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最近、高野秀行氏の著作を読んでいます。冒険、探検記の類が多いのですが、「ワセダ三畳青春記」は、ほぼ僕の事が書かれているのかと思うほど驚きました。三畳間に住んだことがある人というのは少数です。ましてや、僕の年代では学生時代も裕福な奴が多く、体育の授業で一緒だった四国から来たやつなんて、近所の高級マンションに住んでいたし、友人の多くが自宅から通っていたのでアルバイトで稼いだお金は使い放題でした。僕はスキーの道具を「つけ」で買って、シーズンオフにぎりぎり返済という生活。 高野氏の三畳間生活と僕の三畳間生活の違いは、彼の方が三畳間人生が僕よりも長期間だったこと、彼の住んでいた三畳間が早稲田正門前で、僕は高田馬場だったこと。高野氏の部屋が月1万二千円であったのに対し、僕の部屋は1万6千円だったこと。
 テレビも炊飯器も粗大ゴミの置き場から拾ってきて使っていたのも同じ、バイトで稼いだお金を持って高田馬場のカモシカにリュックを買いに行ったのも同じ、超ヘンテコな住民とドタバタ暮らしていたのも同じ。 貧乏なのに酒ばっか飲んでいたのも同じ。 キャンパスまで歩いていけるので、たどり着いてから私鉄のストで休講だと知るのも同じ。

 三畳間を出てスーツを嫌イヤながら着る生活に入る時の高野さんの気持ちの描写があまりにも生々しく、僕は彼の文章が大好きになりました。 スーツ生活25年の後、この11年くらいスーツを着ていません。結婚式に呼ばれても、Tシャツに麻のジャケット。これがぎりぎりの妥協です。 葬式に喪服は着用しません。そういうコードから退避したからです。 今は部屋は広いけど僕はもう一度「三畳間」に潜り込んでいるのかもしれません。

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僕は美術館が大好きです。 普通は展示される美術品の鑑賞が好きなのかと思われるのですが、実はちょっと違います。 展示物、企画展などはもちろん好きなのですが、美術館そのものが好きなのだと思います。 従って僕の大好きな横須賀美術館とか、鎌倉近代美術館葉山別館などは、「喫茶店」「レストラン」だと思っているフシがあります。大好きなモダンでコンテンポラリーな美術館とはひと味違うのが根津美術館です。3年以上建て替えの時期がありましたが、かつての根津美術館の良い所をきちんと踏襲して、とても良い場所になりました。

根津美術館は、個人の収集家による美術館です。根津さんの収集は膨大で、それをテーマ毎に展示するというのがこの美術館のスタイルなのですが、まあ、はっきり言って、中国の青銅器などはどうでもよくて、茶器、水差し、香炉、その他茶道具は絶品。 

庭園内のカフェが最高です。

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ツアンポー渓谷という地名すら、この著作を読むまでは全く知りませんでした。中国のチベット自治区にある渓谷なのですが、人が住んでいる場所も少なく、そもそも入り込むことすら困難な秘境なのだそうです。驚異的な水量が世界一の標高差を駆け下る渓谷であり、その規模はグランドキャニオンを遥かに凌ぐそうです。 ただアプローチの困難さが尋常ではなく、そのことに反して「あまり注目されない」のでニュースになりません。 エヴェレストに登頂した、K2に登頂した、という方がニュースバリューがあることは僕にも直感的にわかります。 それでも、命がけで秘境に踏み入っていく人というのは何時の時代にも居るものです。 この渓谷に魅せられた人たちの挑戦の歴史と著者自身が未知の地域を探索した記録をつづったのがこの著作です。 普通の人には説明がうまく出来ない衝動によって、無茶をする人の心境がよく分かる本です。 実際には、本当は良くわからないのですが・・・・
 氷壁をよじ登る人、素潜りで海に潜っていく人、手漕ぎで外洋に出て行く人、宇宙に行く人、極地を歩き続ける人、雪崩に追いかけられながらスキーで下る人、それはそれは「とても頭の悪い人たち」なのですが、 広義の ”Explorer” は、人が踏み込まなかった領域に入っていく人という意味です。 つまりノーベル賞を受賞するような人達の資質と無茶な探検、冒険をする人の資質は、どこかでつながっているような気もします。

※早稲田大学の探検部という小さなサークルは変な人をけっこう輩出していて、角幡さんもその一人。彼の先輩、同じく探検部出身の高野秀行さんの著作を最近読み始めました。

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彼の「しかけ絵本」の魅力は、いまさら僕が言うことではなく周知の事実。 今日は小さな本を買ってきました。彼の作品には冬をテーマにしたものも多いのです。
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雪の結晶です。とても複雑な造形になっています。
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凍った池でスケートをする少女です。本のページを開ける角度によって、少女が回転します。


とにかく、あの店(メッゲンドルファー)に入るのは危険です。 「星の王子様」(Antoine Marie Jean-Baptiste Roger, comte de Saint-Exupery)とか、Antonio Placido Guillermo Gaudi y Cornetの作品の「建築しかけ絵本」とかもあり、思わず買いそうになるのですが、さすがに値段を見て思いとどまります。

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八ヶ岳という山はありません。同じく阿蘇山も大雪山もありません。大きな一つの山塊が壊れて幾つかのピークになったと判断される場合、その全体を一つの「山」として地名にするのが、なんとなく慣習のようです。 ただ、阿蘇山も大雪山も巨大カルデラ形状、つまり山の真ん中が吹っ飛んで外輪山が綺麗に残っているのですが、八ヶ岳はそのような形状にはなっていません。ネットで調べると、八ヶ岳の崩壊は何回もの噴火によるものであることは確実なのですが、まだ謎が多いと言われています。
 よく知られている「富士山と八ヶ岳の背比べ」という民話には科学的な根拠があるそうです。同じような形をした富士山と八ヶ岳が「自分の方が高い」と主張してゆずらず、トイを掛けて水を流したところ、水は富士山の方に流れたという話です。 八ヶ岳の崩壊があって今は主峰の赤岳の標高は2900メートルですから、富士山より1000メートルは低くなっています。崩壊前の八ヶ岳主峰は「古阿弥陀岳」3400メートルです。 ん 富士山より低い。 ところが、ところが、民話は正しかったというのが今では定説です。 古阿弥陀岳が存在していた大昔、富士山は成長の途中でまだ今の高さになっていなかったのです。 
 さて、この記述を以前読んだ時、僕は「なるほど」と気づいたことがありました。 僕は八ヶ岳南麓に暮らしているのですが、八ヶ岳の山々にはほとんど登ったことがありません。 登ったことがあるのは編笠山(南八ヶ岳)北横岳(北八ヶ岳)そして先日登った天狗岳(北八ヶ岳)だけです。それでも、誰もが言うように南八ヶ岳と北八ヶ岳では山の様子がずいぶん異なるという事は実感としてわかります。 南は険しい岩山という感じ。 北はちょっとなだらかで林の中を歩く感じです。 つまり、古阿弥陀岳が吹っ飛んで出来たのが南八ヶ岳の山々で、北八ヶ岳の山はまったく違った歴史があるということなのだと思います。納得しました。
 写真は霧ヶ峰から見た八ヶ岳。 南麓側から見る八ヶ岳とはまったく違う姿。

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洋梨のシャーベットを食べました。 んんんんん すると、思い出しました。 実はかつてあったアンナミラーズのメニューに洋梨のシャーベットがあり、それがものすごく美味しかったので僕はよくアンミラに行っていました。 主に駒沢店と自由が丘店でしたが、アンミラは急激に店舗を閉鎖して今は高輪の1店舗のみです。 いやー セクシーユニフォームのお姉さんを横目で見ながら、おいしいシャーベットを食べるというのは至福。 洋梨のシャーベットと多店舗展開、復活してくれないかなぁ。 ちなみに写真の本が、横浜の図書館にあったのでネットで予約。最寄りの図書館へ配送中。
 本の題名がベタ ですよね。 「ティファニーで朝食を」をパクった制服オタクの森さんの本。 

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