小淵沢の冷蔵庫

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NHKのオレオレ詐欺、特殊詐欺に関する番組を見ていました。被害額が増え続けているということは吐き気がするほど気持ちが悪く悲しい気分になります。

ところで 娘をかたって騙されたという話を聞いたことがありません。 犯人が男性だからというと身も蓋も無いのですが、ちょっと違う気がします。 実家から離れて暮らす娘というのは、息子と比べると、圧倒的に数多く実家へ電話したり、世間話をします。 息子というのは、全てとは言いませんが、実家を離れている場合、両親と話をする機会をなかなか作りません。ということで、息子から連絡がある場合は「なにか特殊なケース」であるという先入観が両親にもあるのではないでしょうか? そこに付け入られるのでは、と感じます。

安全性ということを論理的に考えることが出来ない、もしくは自分のつまらない偏見と独断的な常識に縛られるヒトというのは厄介なものです。 かつて、クルマのシートベルト(当時は安全ベルトとも言われていました。)の装着について、義務化が議論されていた時期に、「運転手が安全ベルトをするということは、自分の運転に自信が無いということか?」 という同乗者や、そのことに同意し、同乗者を意識してベルトをしないドライバーが居ました。 実は僕の父がそうでして、僕は「なんと愚かなヒトだ」と思っていました。僕が中学生のころだったと思います。 いわゆる暴走族と呼ばれる若者の方が父よりも早くきちんとシートベルトをしていました。

近年、スキーヤーがヘルメットを装着するのは当たり前になってきました。 ところが、10年以上前、アルペンスキー競技やスキージャンプ競技以外でヘルメット装着が一般化していなかったころ、 僕の知っているインストラクターが、ヘルメットを装着してレッスンする同僚を批判したのを鮮明に覚えています。「ヘルメットを装着して指導するということは、スキーが危険なスポーツであり、さらに自分の技量に自信がないと言うことか? 第一、生徒の声が良く聞こえないではないか」と、言ったのです。 そのヒトは優秀なスキーヤーであり、インストラクターですが、このような発言をする感覚は、シートベルトを当初しなかった愚かな僕の父親と同レベルです。

論理的に考えて、安全性に寄与する案件について歪んだ「常識」を振りかざすというのは、危険なことです。 彼ら、彼女らは「世の中の流れ」の中で、かつての主張を忘れたかのように、知らん顔をして今では当たり前のように、シートベルトを装着し、レッスン中にヘルメットを装着しています。 こういう場合、日本語には適当な言葉があります。 「恥を知れ」
常識的に、冷静に考えれば、クルマの運転、スキーの滑走というのは危険な行為です。 そのような前提よりも、 プレイヤーとしての非常につまらない「歪んだプライド」が優先する人たちを僕は「絶滅推奨種」と呼んでいます。 自動車運転やスポーツに限ったことではありませんが・・・

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清里フォトアートミュージアムで毎年開催されているヤングポートフォリオ展。今年で20周年だそうです。僕は10年以上欠かさず見ているので、比較的熱心なファンだと思っています。35歳まで、という応募資格以外の縛りが無く、テーマ、国籍、なんでもありの写真コンテストというは珍しいと思います。入選作品はミュージアムが買い取ります。 コンテストの性格上、入選作品のタイプ、テーマ、印象は多岐に渡るのですが、僕が十数年見てきたかぎり、作品の傾向には明らかな流れがあるように感じます。 写真芸術を語る言葉、単語に関して僕には知識が無いので、表現が難しいのですが、アーティスティックな、意図的に作りこんだ作品が極端に減っているのです。 単純に言うと「現実には無いであろう風景」の写真が無くなってきているのです。 典型的な例としては、モデルにポーズをさせた写真、人工的にモノやヒトを配置した写真などがそれにあたります。 言い方を変えれば、入選作のほとんどが、「現実の風景を切り取る」という写真というテクノロジーが本来持つ機能によって作られたものだということです。さらに、そのほとんどが「暗い印象」です。 「なに」が、そうさせるのか? 写真芸術を目指す人たちの中に何が芽生えているのか、何かが変わってきているのか? もちろん 僕には知る由もありません。 
ただ、ちょっと寂しくもあります。 僕が大好きだった2004年の入選作。ドイツの写真家 ヤン・フォン・ホレベンは、見る人の表情をゆるませる楽しい作品を今でも数多く作っています。
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橋下徹さんの残した功績は、明確なアジェンダセッティングだったと思います。 アジェンダセッティングは、マスメディア論として語られる事が多いのですが、突き詰めていくと政治というのはアジェンダセッティングそのものだということを彼は示したのだと思います。橋下さんのやり方を批判するのは容易だけれど、政治は生活の為に有り、生活は政治というシステムを手段としているということを明確に示した功績は大きいと思います。 大阪という巨大都市において高い投票率を示し、僅差の結果となった住民投票。この事を学者、評論家、官僚、その他賢い人たちは、きちんと総括してほしい。 これは憲法改正にもつながる極めて有効な事例だからです。 住民投票は選挙とは異なりほとんど「縛り」が無いからです。
 憲法改正こそ、究極のアジェンダセッティングを必要とする案件であることは言うまでもありません。

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アジアインフラ投資銀行のことが新聞記事にならない日は無い、というほどですが、やはりこの案件には手を出さない方が良いと感じます。既存の投資銀行があるではないか、という言説や、中国主導に関する嫌悪感というのは、心情的にはわかるのですが、本質的な論議ではないと思います。 専門家にはバカにされると思いますが、そもそも銀行とは、信用創造機関、つまり実際のお金よりも流通する通貨をなんとなく増やしてしまうという謎の組織です。 習近平のブレーンは優秀だと思います。 インフラ投資というのは建前で、世界的に見れば流通量が極小の「元」という通貨流通を増やすことが目的なのではないかと僕は勘ぐってしまいます。 これがうまくいけば中国にとって強力な武器です。
 イギリスの参加が諸外国参加の引き金になったと報じられています。それはそうかもしれませんが、イギリスというのはもっとしたたか。金融システムのものすごく深いところまで理解して作戦を立てていると思います。いざとなったら「撤退」、そして、このシステムを形骸化するくらいの根回しができるのがイギリスという国です。 ちょっと景気がよいから「乗った」というレベルでは無いはずです。


ふと思い出しました。 若い頃、短い間でしたがクルマの補修用部品輸出の決済条件審査や実務をやっていたことがあります。 南米や東南アジアの決済で、世界銀行やアジア開発銀行の融資によって買うという商売がいくつかあり、超面倒くさかったことを、今思い出しました。 ほんと勘弁してくれってほど面倒くさかった。

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当代随一などという言葉は、普段使いません。 が  この人のベースを聞くと使わざるを得ない。 アビシャイ・コーエン  ドラムよりもピアノよりもモノを言うベース。 すごい。 若いドラマーもすごかったな。 なぜ 空席があるのか不思議でした。

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芸術新潮の2013年10月号は「スヌーピーのひみつ」という特集でした。そこに掲載されている大好きな写真が上の写真です。出来上がった作品に微笑むシュルツ。作品制作中の写真もあるのですが、なんと、シュルツはセリフを書いてから絵を書くのです。 この特集には、作者やピーナッツのキャラクターに関する興味深い記事が多く、先ほど再読しました。この頃、森美術館で開催された「スヌーピー展」に合わせた特集号でした。小説家、情報科学者、文化人類学者、グラフィックデザイナーなどの興味深い文章が掲載されており、どれも、如何に自分がピーナッツに影響を受けたか、そして今も愛しているかを語っています。 寄稿者は全て男性であり、その論調がいかにも「男性的」なのが、ちょっと微笑ましい。
 僕はアメリカに住んだことはありませんが、アメリカに暮らした友人に聞くと、大都市と農村の間に存在する小規模な街をアメリカ英語では「スモールタウン」と言うそうです。高層ビルや地下鉄は無いけれど、畑が広がっているわけではない。富裕層の豪邸街も貧困層のスラムもない。どちらかと言えば白人の人口比率が高く、リベラルにも保守にも偏っていない。そんなイメージがスモールタウンだそうです。 ピーナッツは、子供と犬しか登場しないスモールタウンの凡庸な日常です。 それが一種の普遍的な「良いアメリカ」を描く結果となったのでしょう。 僕の偏見ですが、日本では女性にキャラクターとしてのスヌーピーファンが多く、男性にピーナッツファンが多いような気がします。 それは、たぶんルーシーにやられっぱなしのチャーリー・ブラウンの影響だと思います。

 チャーリー・ブラウンのお父さんが床屋さんであることを知っている人は意外と少ないと思います。 作者の父がスモールタウンで床屋さんを営むドイツ系移民だったからです。

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杉浦日向子さんが突然なくなって10年。 僕と同じ1958年生まれなので、ご存命であれば今56歳でした。 彼女には様々な肩書がありましたが、僕にとっては優れた漫画家です。 一方極めて優秀な時代考証家としても有名です。江戸時代の衣装、美術、庶民の暮らしぶりや時間感覚、言葉、食事、さらには経済、公共事業、云々・・ 正確な考証と生き生きとした表現は、多くの小説家、美術関係者、メディア関係者などに高く評価されていたと記憶しています。 漫画作品は多くはなく、すべて小品で地味なものです。 賞を受けた作品でもベストセラーという訳ではありませんでした。 ただ、作品の全てが、その時代に生きていた市井の人々の息づかい、懸命な暮らしぶり、ユーモア、悲哀・・が感じられるものです。 これは彼女の考証の紛うことなき正確さに支えられた「ディテイル」が生み出していると思います。 ちょっと使い方はおかしいかもしれませんが「神は細部に宿る」とは言い得て妙ですね。

没後10年と関係があるのかは分かりませんが、これまで映像化されていなかった彼女の漫画が2作、今年映画として発表されます。 「百日紅(さるすべり)」はアニメ映画として封切られました。期待を裏切らない良い作品でした。 秋には「合葬(がっそう)」が実写映画として封切られます。

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低い投票率に終わった統一地方選挙。 一般論ではありますが、今のシステム下で、投票行動を起こさない人は、自分がなんとなく安住しているシステム、もしくは不満を持っているシステムに関して意見を言う権利と機会を放棄しているということに自覚的なのでしょうか? 
 横浜市議会議員として4期目の当選を果たしたOさんは、20歳代でサラリーマンをやめて横浜市議会議員選挙に出馬しました。 収入がなくなってからの選挙戦はなかなかたいへんで、選挙戦に突入したころは、蓄えも底をついていたようです。初当選のあと、「これで生活ができる。パソコンも買える」と言っていたのが印象的でした。横浜市議は月収95万円。月々の政務活動費は55万円。 
 彼は、初めての選挙戦から今にいたるまで、12年以上に渡り毎月かかさずチラシを作って街頭で配ったり、ポスティングをしています。 それも自分で。 チラシには政務活動費の明細が必ず記載されており、彼の最近の活動を報告しています。 僕には面識のある横浜市議会議員は居ませんが、名前と顔が一致するのはOさんだけです。 彼の写真が載っているチラシを読んでいるからです。 Oさんは今回の選挙で選挙区内の40%の得票を得ました。 支持基盤とか、応援する団体などを持たない人が圧倒的なトップ当選なのです。 僕は彼の政治的な立場や活動の成果について評価できるほどの見識はありません。 ただ、愚直に、毎月チラシを作って配っていることは知っています。

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しばらく連絡を取っていなかった友人に、バンクバーから一時帰国する共通の友人の事を知らせようと思いました。それとスタンドアップパドルにも興味があったので教えてもらおうと思いました。彼は僕のスキーの先輩。早くからスノーボードもやっていて、平塚のロコサーファー。 神奈川県スキー連盟でも専門委員を担当していた人です。 好奇心旺盛な超元気オヤジ。
 彼のフェイスブックに「追悼」の文字。  んんん? なんと カイトスノーボードの最中の転倒で亡くなったとのこと。 彼らしいと言えば怒られるかもしれませんが、SUPのレッスンを受けられなかったのは残念! 今となってはご冥福をお祈りするのみです。

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2015年4月号のナショナル・ジオグラフィック日本語版の表紙は懐かしい植村直己さんの写真です。日本人のエキスプローラー特集です。 ある範囲を逸脱して探求する人、冒険する人というのは必ずしも肉体を使ったアドベンチャーだけではなく、学術、芸術、科学技術、職人としての仕事、ビジネスなどなど、どの分野にも存在するのですが、やはり、その象徴として表紙を飾るのはこの人だと思います。 この写真はナショナル・ジオグラフィック誌もサポートしていた犬ぞりでの北極点到達をレポートした時の写真です。日本人がこの雑誌の表紙を飾ったのは、これが初めてでした。北極でこの写真を撮影したアイラ・ブロックは、この写真とともに植村という人間に深く魅了されたことを後に語っています。

 この素晴らしい特集の内容は、実際に読んでいただくとして、実は植村直己生存説を唱える愉快な知人の事を思い出したので書いてみたいと思います。

H氏とは、一ヶ月くらいの付き合いでした。夏のスキー場のリフト係は、なかなか忙しく、その年 僕は繁忙期のみアルバイトとして働いていました。H氏は当時僕と同じく40歳代後半だったと思います。彼は冬は白馬山麓の某スキー場で圧雪の仕事をしていました。夏は缶詰工場で働いていたのですが、その工場が閉鎖となり夏の職を求めて夏の清里のスキー場へ来たそうです。彼は極めて博識で、プロスポーツや登山や文学作品に極めて深い洞察を持っていたので、僕は舌を巻きながら彼との会話がいつも楽しみでした。関西出身の彼と、兵庫出身、伝説の登山家 加藤文太郎の話をしました。 その後、僕はコミック版の「神々の山嶺」夢枕獏作品を貸してあげました。たいそう喜ばれました。 加藤文太郎つながりで、話が植村直己におよびました。 その時、彼の「植村直己 生存説」を聞き、ちょっと感動しました。 

H氏は、当時の状況として植村氏の奥様や周囲の友人の発言、インタビュー記事を例に話をしました。実は、僕もH氏の引用するインタビュー記事のいくつかを読んでいたので、激しく同意しました。植村氏は北極犬ぞり到達以降、スター探検家としてマスコミに取り上げられるようになりました。そのことを植村氏本人は素直に喜んでいたそうですが、一方でビジネスとして大掛かりになる冒険について悩んでいたそうです。 それはたぶん事実です。 そこで彼はマッキンリーの登頂後、消息をわざと絶ち、証拠を残さないように、っていうか いかにも遭難したっぽい状況(登頂の痕跡を残しながら最終キャンプに物品を残す等)を演出して下山したというのです。彼はグリーンランドのエスキモーとの生活体験も長く知古もあります。そしてサバイバルの術に長けた強靭な肉体とどう見てもエスキモー、モンゴロイドのイヌイットにしか見えない容姿。 H氏は、「小林さん、彼はエスキモーの長老として尊敬されて、今も狩猟生活をしていると思います。マッキンリーは計画的な脱走だったんですよ。」

超説得力があって、おいちゃんは感動しました。 たしかに植村さん、どうみてもエスキモーだし
かれの遺体は発見されていません。 正式には「行方不明」です。

四桁までの素数は、1229個あります。1229も素数です。 双子素数が次々に現れる「感じ」が、素敵ですね。 2013年、20代と30代の若き数学者が、それぞれ単独で素数に関する新しい定理を証明して世界を驚かせました。 「どんなに大きな整数でも、600個ごとに区切ると素数が2個含まれる場合がある。必ず2個あるわけではないが、2個の素数が含まれる600個ごとの区間は無限に存在する」  つまり、宇宙の大きさに匹敵するほどの巨大な整数列でも、600個に1個は絶対に素数があるって、すごいですよね。クラクラします。 2 3 5 7 11 13 17 19 23 29 31 37 41 43 47 53 59 61 67 71 73 79 83 89 97 101 103 107 109 113 127 131 137 139 149 151 157 163 167 173 179 181 191 193 197 199 211 223 227 229 233 239 241 251 257 263 269 271 277 281 283 293 307 311 313 317 331 337 347 349 353 359 367 373 379 383 389 397 401 409 419 421 431 433 439 443 449 457 461 463 467 479 487 491 499 503 509 521 523 541 547 557 563 569 571 577 587 593 599 601 607 613 617 619 631 641 643 647 653 659 661 673 677 683 691 701 709 719 727 733 739 743 751 757 761 769 773 787 797 809 811 821 823 827 829 839 853 857 859 863 877 881 883 887 907 911 919 929 937 941 947 953 967 971 977 983 991 997 1009 1013 1019 1021 1031 1033 1039 1049 1051 1061 1063 1069 1087 1091 1093 1097 1103 1109 1117 1123 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「生誕三百年 同い年の天才絵師」というコピーが添えられた展覧会を見てきました。 蕪村は、「美術教科書」的に言えば文人画、俳画と呼ばれるジャンルの天才。国宝、重文数知れず。 一方、若冲の再評価は戦後になってからと言ってもよく、僕を含むほとんどの一般人に注目されたのは米国のプライスコレクションを多く展示した2000年の京都国立博物館での展覧会以降だと思います。
 今回の展示は、同時代を生きた二人の作品の展示に加え、彼らに影響を与えたであろう他の作家の作品についても丁寧に説明されています。 鶴亭作の四君子図(水墨の絵巻)など、初めて見ましたが釘付けでした。 この二人は、おそらく当時としては長寿だったと思います。そして二人の作品が、人生の後半になるに従ってその勢いがどんどん増してくることに共通点を感じました。生前より名声を得、共通の交友関係者もあり、さらに晩年は至近距離、京都の烏丸近くに同じく居を構えていながら、交友を示す証拠、お互いを論評する記録などが全く見つかっていないというのが、すこしミステリーという感じがします。 たのしい展示でした。
 
※今回はエツコ&ジョー・プライスコレクションは無かったようですが、東日本大震災の復興支援のために、展覧会、DVDの収益を寄付しているプライス氏の活動には頭が下がります。

 今西錦司を祖とする京都大学の霊長類研究には、西欧の科学とは全く異なるアプローチがあります。 観念的、存在論的な「人間」感から離れられない西欧文化とは異なり、動物行動の本質を突き詰めることにあります。 猿と人間は同じだという前提で西欧の人々は研究をしません。 ところが京大は、「同じだ」という前提で人間の本質に迫ろうとします。彼が京大の総長になったことは、とても象徴的です。 優秀な霊長類をたくさん育てる責務、 適任だと思います。素晴らしいスピーチです。
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【京都大学入学式 式辞 全文】 
本日、京都大学に入学された3,002名の皆さん、入学誠におめでとうございます。ご列席の理事、副学長、学部長、部局長、および教職員とともに、皆さんの入学を心よりお祝い申し上げます。同時に、これまでの皆さんのご努力に敬意を表しますとともに、皆さんを支えてこられましたご家族や関係者の皆さまにお祝い申し上げます。

 4月は桜の季節であるとともに、さまざまな木々が芽吹き、新緑が山々を彩る季節でもあります。豊かな水に恵まれた琵琶湖の近くに位置し、盆地に育つ湿気に富んだ森に囲まれた京都では、とりわけこの鮮やかな色彩が目に映り、心を躍らせます。教育の場だけでなく、多くの職場がこの季節に新しく参加する人々を迎えるのには、この自然の背景が大きな影響を与えているのだろうと思います。それまで冬の寒さに縮こまり、凍った心や身体を解き放ち、すべての生物がいっせいに活動を始める。その勢いに誰もが同調して、世の中が騒がしく、活気づくようになり、自らも思わず背筋を伸ばして歩を早める。それが勉学や仕事の開始に合っていると、多くの人々が考えているのだろうと思います。
 しかし、4月を別の感情でとらえた詩人がいます。英詩の最大の傑作といわれる「荒地」Waste landという詩の冒頭で、詩人トーマス・エリオットはこう歌い上げます。

April is the cruellest month, breeding
Lilacs out of the dead land, mixing
Memory and desire, stirring
Dull roots with spring rain.
Winter kept us warm, covering
Earth in forgetful snow, feeding
A little life with dried tubers.

この詩は第1次世界大戦の後に書かれ、引用したのは西洋文明の病んだ姿と人間社会の荒廃をWaste landになぞらえて描写した冒頭の部分です。英国にも日本と同じような四季があります。多くの詩人は4月を生気に満ちた恵みの季節として歌いあげるのですが、エリオットは荒々しく無情で残酷な季節と詠んだのです。長い間、私はその情景がよくわかりませんでしたが、この1月末に英国を訪問し、その冬の有様を体験して、おぼろげながらこの詩の背景が見えたような気がしました。ロンドンから車でブリストルへ、ふたたびロンドンへ戻った後、ケンブリッジへと電車で向かったのですが、風景にほとんど緑がなかったのです。木々はすべて葉を落とし、牧場は枯れ草で茶色に染まり、冷たい雨が途中で雪に変わりました。しかも、私が驚いたのは一面に吹き渡る風の強さです。途中でストーン・ヘンジという奇妙な環状列石のある場所へ立ち寄りました。ここは紀元前8000年ほど前から人々が住み着き、自然の脅威を克服しながらその恵みを糧とし、さまざまな文化を発展させてきた場所です。私は、立っていられないほどの強風にあおられ、寒さで顔を硬直させながら、昔の人々はいったいどうやってこの寒風を凌いだのだろうと思いました。ミュージアムの脇に古い住居が復元されていましたが、それは頑丈な木を組み合わせ、強靭な土壁で強風を防いで火を焚き、中で冬芽のように人々が閉じこもる作りになっていました。英国の人々がやがて石造りの家を作るようになった気持ちがわかるような気がします。冬は石の壁で寒風を遮断し、暖炉の火に照らされながらさまざまな思いをつむぐ季節なのです。

 しかし、日本の冬は違います。日本列島は南北に長く、亜熱帯の植物が茂る沖縄から流氷に見舞われる北海道まで多様な気候のもとに人々は暮らしています。深い雪に閉ざされた地域では、冬は英国のように炉辺で人々が手仕事や話に興じる季節でもあります。しかし、まるで背骨のように続く山脈が列島の中央にそびえるために、強い風に見舞われることは少なく、暖流が洗う海岸部では常緑樹が発達していて冬にも葉を落としません。ナンテン、マンリョウなど冬に実をつける木々もあり、多くの鳥たちが舞い降ります。冬の只中に正月や節分の賑やかな行事があり、華やいだ気分を人々に運びます。そして、啓蟄を迎えて草花が顔を出し、虫たちが活動を始める3月という助走の時期をはさんで、桜が満開の4月を迎えるのです。こうした自然の織り成す季節の綾は、人々の心やその形である文化に大きな影響を与えてきました。それを、かつて京都大学で教鞭をとった哲学者和辻哲郎は風土という言葉で表現しました。日本の思想や文化は、この多様な気候を背景とし、穏やかで鮮やかな色が織り成す自然の下で育まれてきたのです。

 ただ、エリオットの言うように、4月は開こうとしている蕾によって、過去のさまざまな記憶に潜む可能性の喪失を意味する時期かもしれません。大学という学びの国に入るということは、皆さんが自分に合った道を選び、自分の能力をその道に沿って鍛えていくということに他ならないからです。大学は、これまで皆さんが経験してきたような、既存の知識を蓄積し、正しい答えを見つける時間を競う場所ではありません。世界はまだ答えのない課題、複数の答えがある課題に満ちています。しかも、めまぐるしく動きを変える現代の社会では、過去に出された解決策が通用しなくなり、それを現代の条件や要請に合わせて再検討して、新しい答えを出さねばならないことも多くなっています。皆さんがこれから歩む道は、過去に人々が歩んできた道とは異なっているかもしれません。しかし、新しい道を切り開くためには、先人たちの歩みをたどり、それを教訓として現在の課題を克服する創造力が必要です。

 京都大学は1897年の創立以来、その学びの場を提供してきました。対話を根幹とした自由の学風のもと自主独立と創造の精神を涵養し、多元的な課題の解決に挑戦し、地球社会の調和ある共存に貢献すべく、質の高い高等教育と先端的学術研究を推進してきました。これまでに9人のノーベル賞と2人のフィールズ賞をはじめとする数多くの国際賞の受賞者を輩出し、昨年も赤勇 先生のノーベル物理学賞、森和俊 先生のラスカー賞、稲葉カヨ 先生のロレアル−ユネスコ女性科学賞などの受賞が相次ぎました。これは、京都大学が世界をリードする研究を実施してきた証です。これからも学問を志す人々を広く国内外から受け入れ、国際社会で活躍できる能力を養うとともに、多様な研究の発展と、その成果を世界共通の資産として社会に還元する責務を果たしていこうと思います。

 現代は国際化の時代といわれます。多くの国々から大量の物資や人々が流入し、日本からも頻繁に出て行きます。自然資源に乏しいわが国は先端的な科学技術で人々の暮らしを豊かにする機器を開発し、次々にそれを世界へと送り出してきました。海外へと進出する日本の企業や、海外で働く日本人は近年急激に増加し、日本の企業や日本で働く外国人の数もうなぎのぼりに増加しています。そうした中、大学ではグローバル化した社会の動きに対応できる能力や国際的に活躍できる人材を育ててほしい、という要請が強まっています。昨年、ある企業が企業の人事担当を対象に行った新卒社員の出身大学のイメージ調査では、京都大学が総合評価で1位となりました。とくに、知力・学力、そして独創性では高い得点を取りました。しかし、対人力では低く、人間関係を作る上で能力が伸びないことが指摘されています。たしかに、私の目から見ても昨今の学生は自己を提示して、相手に理解できるように話題を展開し、目的に沿って交渉をまとめる力が弱いように感じられます。これから国際的な交渉の場で力を発揮するには、日本はもちろんのこと、諸外国の自然や文化、歴史に通じ、相手に応じて自在に話題を展開できる広い教養を身につけておかねばなりません。理系の学問を修めて技術畑に就職しても、国際的な交渉のなかで多様な文系の知識が必要になるし、文系の職に理系の知識が必要な場合も多々あります。世界や日本の歴史にも通じ、有識者たりうる質の高い知識を持っていなければ、国際的な舞台でリーダーシップを発揮できません。そのために、今、大学は外国語の能力(読・書・聞・話)の向上を図り、質の高い基礎・教養教育を徹底する必要があります。京都大学は、2013年度に全学共通教育を一元的に所掌する国際高等教育院を立ち上げ、全学の教員の協力のもと質の高い基礎・教養教育の実践システムを組み上げてきました。学問の多様性や階層性に配慮し、クラス配当科目やコース・ツリー(専門科目へつなぐ基礎・教養科目の組み合わせ)などを考案し、教員との対話や実践を重視したセミナーやポケットゼミを配置しています。外国人教員の数も大幅に増やし、学部の講義や実習も英語で実施する科目を配置しました。すでに大学院の授業やゼミは英語や他の外国語で行うことが多くなっているので、今後は基礎教育、専門教育、大学院教育を緩やかにつなぎ、国際化に対応した教育をシームレスに実施する工夫を行っていこうと考えています。

 昨年の10月に総長に就任して以来、私は京都大学が歩む指針としてWINDOW構想を立ち上げました。大学を社会や世界に通じる窓として位置づけ、有能な学生や若い研究者の能力を高め、それぞれの活躍の場へと送り出す役割を大学全体の共通なミッションとして位置付けたいと思ったからです。大学の教育とは知識の蓄積と理解度だけを向上させるものではなく、既存の知識や技術を用いていかに新しい発想や発見が生み出されるかを問うものです。その創造の精神を教職員と学生が一体となって高めるところにこそ、イノベーションが生まれるのです。すべての学生が同じ目標に向かって能力を高めてもイノベーションには結び付きません。違う能力が出会い、そこで切磋琢磨する場所が与えられることによって、新しい考えが生み出されていくのです。京都大学は単に競争的な環境を作るのではなく、分野を超えて異なる能力や発想に出会い、対話を楽しみ協力関係を形作る場を提供していきたいと考えています。そういった出会いや話し合いの場を通じてタフで賢い学生を育て、彼らが活躍できる世界へ通じる窓を開け、学生たちの背中をそっと押して送り出すことが、私たち京都大学の教職員の共通の夢であり目標なのです。

 その窓にちなんで、WINDOWという標語を作りました。WはWild and Wiseです。すなわち野生的で賢い学生を育てようという目標です。現代の学生は内にこもりがちで、IT機器を常時持ち歩き、狭い範囲の仲間と常につながりあう傾向にあると言われています。そのため、自己決定ができない、ひとりよがりの判断でよしとする風潮が広がりつつあります。正しく、賢い選択をするためには、情報を正しく読み、自分ばかりでなく他者の知識や経験を総動員して自己決定する意思を強く持つことが必要です。大学キャンパス以外にもこうした対話と実践の場を多く設け、タフで賢い学生を育てようと考えています。

 IはInternational and Innovativeです。国際性豊かな環境の中で、常に世界の動きに目を配り、世界の人々と自由に会話をしながら、時代を画するイノベーションを生み出そうとする試みです。海外の大学や研究機関、産学官民を通じた多様な交流を通じて、この動きを作り出そうと考えています。

 NはNatural and Nobleです。京都大学は、三方を山に囲まれた千年の都に位置し、自然や歴史の景観に優れた環境にあります。昔から京都大学の研究者は、これらの豊かな環境から多くの新しい発想を育んできました。哲学の道を散策しながら練り上げられた西田哲学、北山登山から生まれた霊長類学など、世界に類のない新しい発想や学問を生み出してきたのも京都のこうした環境によるところが大きいと言えましょう。また、京都の市民も京都大学の学生に古くから親しみ、ときには教育的な配慮をもって接してきました。京都大学の学生の高い品格や倫理観は京都の自然と社会的環境によって醸成されてきたと思います。今後もこの伝統を受け継ぎながら、新しい時代に適合しつつそれを先導するような精神を培っていきたいと考えています。

 DはDiverse and Dynamicです。グローバル時代の到来で、現代は多様な文化が入り混じって共存することが必要になりました。これまで強みを発揮してきた日本の均質性は、国際競争が激化する現代ではときとして創造力を弱め、イノベーションの育成を阻んでいると言われます。京都大学は多様な文化や考え方に対して常にオープンで、自由に学べる場所でなければならないと思います。一方、急速な時代の流れに左右されることなく、自分の存在をきちんと見つめ直し、悠久の歴史の中に自分を正しく位置づけることも重要です。京都大学はそれを保証する静謐な学問の場を提供したいと思っています。

 OはOriginal and Optimisticです。これまでの常識を塗り替えるような発想は、実は多くの人の考えや体験を吸収した上に生まれます。そのためにはまず、素晴らしいと感動した人の行為や言葉をよく理解し、仲間とそれを共有し話し合いながら、思考を深めていく過程が必要です。自分の考えに行き詰まったり、仲間から批判されて悲観しそうになったりしたとき、それを明るく乗り越えられるような精神力が必要です。失敗や批判に対してもっと楽観的になり、それを糧にして異色な考えを取り入れて成功に導くような能力を涵養しなければなりません。京都大学にその機会をなるべくたくさん作るように環境を整えようと思っています。

 最後のWはWomen and Wishです。これからは女性が輝き、活躍する時代です。今日入学した皆さんの703名が女性であり、これは全入学生の23.4%にあたります。女性が増え、女性からの発想や観点によって新しい研究が始まれば、世界は変わります。私が行ってきた霊長類学でも、50年前はオスの優劣順位や敵対行動、社会構造がテーマとされていましたが、近年女性研究者の割合が増え、繁殖戦略やパートナーの選択、他者をいたわる行動が人気のあるテーマになっています。京都大学はこれから、勉学に打ち込める環境作り、女性に優しい施設づくりを実施していきます。

 このように、京都大学は教育・研究活動をより充実させ、学生の皆さんが安心して充実した生活を送ることができるよう努めてまいりますが、そのための支援策として京都大学基金を設立しています。本日も、ご家族の皆さまのお手元には、この基金のご案内を配布させていただいていますが、ご入学を記念して特別な企画も行っています。ぜひ、お手元の資料をご覧いただき、ご協力をいただければ幸いです。
 最後に、私の大好きな谷川俊太郎の詩を贈ります。私が学生時代に出会った詩で「朝」と題するものです。

また朝が来て僕は生きていた
夜の間の夢をすっかり忘れてぼくは見た
柿の木の裸の枝が風にゆれ
首輪のない犬が陽だまりに寝そべってるのを

百年前ぼくはここにいなかった
百年後ぼくはここにいないだろう
あたり前の所のようでいて
地上はきっと思いがけない場所なんだ

いつだったか子宮の中で
ぼくは小さな小さな卵だった
それから小さな小さな魚になって
それから小さな小さな鳥になって

それからやっとぼくは人間になった
十ヶ月を何千億年もかかって生きて
そんなこともぼくら復習しなきゃ
今まで予習ばっかりしすぎたから

今朝一滴の水のすきとおった冷たさが
ぼくに人間とは何かを教える
魚たちと鳥たちとそして
僕を殺すかもしれないけものとすら
その水をわかちあいたい


 私はこの詩に、悠久の宇宙と、生物の世界と、そして人間の歴史を感じます。それは大いなる不思議に満ちています。皆さんが京都大学でその世界に遊び、楽しまれることを願ってやみません。
 ご入学、誠におめでとうございます。

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二玄社から出版されたこの本の存在は知っていました。さらには一昨年の末、著者ご自身から私のブログに書き込みがあったにもかかわらず、ご返事もせず心苦しく思っていました。 昨日この本を手に取り、先ほど読了いたしました。 
 この本は「序章」においてプリンス自動車という会社の生い立ちや風土、その他のエピソードについて語られています。そして、序章以降の大部分を、井上猛さんという、かなり変わったキャリアを歩んだプリンスのデザイナーを軸に、たくさんのエピソードが重層的に語られます。イタリアカロッツェリアとの仕事の様子など、門外漢の私にはとても新鮮でした。 また、貴重な写真の数々に目を見張ります。クルマの写真もさることながら、いたずらっ子みたいな若き日のジョバンニ・ミケロッティの姿も印象的です。 相当のクルマ好きにとっても、この本に記載された事柄や写真によって初めて知る事実がとても多いのではないでしょうか。 是非たくさんの人に読んでいただきたいと思います。
 この著作とは直接関係ないのですが、歳をとるとどうしても昔を懐かしむような気分になるものです。
実は、著者 板谷熊太郎氏は、日産自動車という会社で同期入社だったM君です。新人として彼が配属された部署は海外広報部門。私が配属された部署は、部品の物流、情報システムなどを企画する部門でした(当時の次長、その後部長はプリンス自動車出身)。 廊下を隔てて2つの部署は隣にありましたし、同期ということもあり、立ち話をしたり、食堂で同席したりはしましたが、ことさら親しいというほどではありませんでした。 ただ、僕は彼に影響を受けています。まだ20代半ばだったと思います。彼は覚えていないと思いますが、たしか目黒通り沿いにあったcafeで彼を含む何人かとコーヒーを飲みながら、クルマの話をしていたことを思い出します。 なんとなく私はクルマは好きでしたが、知識など小学生並。 一方M君の博識とクルマに対する思いれの深さには舌を巻きました。 カーグラフィック誌をすべて持っていること、世界中のクルマのカタログ(ショーモデルを含む)を大量に所有していること、ワンメイクレースに出ていること、などをその時初めて知りました。 漠然とですが私はその時から、いろいろなクルマに乗ってみたいと思うようになりました。 日産自動車に在籍した24年の間に、私は8台のクルマを乗り継ぎました。その内日産車は2台だけ。 ホンダの初代CR−Xを購入したのは、明らかにM君の影響だったような気がします。 彼と私はその後、仕事で関わることもなく、社内の移動を知らせる広報誌で時々名前を見かけるだけとなりました。

「プリンスとイタリア」という本。 あまり読みやすい文章、流れとは言えません。 さまざまなエピソードが時間軸も前後しながら重層的に語られるからかもしれません。しかしそのことがこの著作の価値を減ずるものではありません。 若いころ、cafeで楽しそうにクルマの話をしていたM君がやはり、そこに居るような気分になるからかもしれません。 ますますのご活躍を期待しています。

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私の所属するスキー・スノーボードスクール、インストラクターのレッスンスキルは高いと思います。 それと、ギャグセンスも高いです。
大きく分けて、「言語、落語系ギャグ派」と「身体、無声喜劇映画系ギャグ派」に別れます。前者の代表が、かつて国体、技術選にも出場した「U嬢」。後者の代表が副校長です。後者は、言葉で表すことが極めて難しいので、今回は2014−2015シーズンの言語落語系ギャグのベスト2をご紹介します。

その1 状況;手伝ってくれている学生アシスタントが、「僕達も売店の商品の割引ってあるのかなぁ? けっこういい手袋とかあるよね。」などとスクールの奥で会話中。

そこで、U嬢 すこし高い、か細い声で訴えかけるように 「スタッフ割引は、あります↺」
学生爆笑!

その2 状況;午前中のレッスンの担当が決まり、常連の◯◯さんの担当は某インストラクター。インストラクター曰く「◯◯さん、なかなか癖が直らないですよねー、直ったかなぁ と思ってもすぐ戻ってしまうし・・」

そこで、ペンションを経営しているスキー名人S氏が、踊るように言いました。「レッスンごねない レッスンごねない」  わたくし、可笑しくて倒れました。

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早いもので、スキースクールで働き初めて、もう10シーズンが経過しました。なんとか無事に過してきましたし、僕のような運動神経のないオヤジでも、上手な人に混じって毎日雪上に居れば、スキーも多少はうまくなるものです。 本日、2014−2015シーズンを終了。
 今日は晴天のスキー場。 いまさらながら思うのですが、スキー場からの山の景色 国内ベスト10というコンペがあれば、このスキー場は入賞すると思います。 白馬山麓、ニセコ、志賀、戸隠、妙高、大雪山系、大山、月山、乗鞍、などなど、趣きのある山々は多々ありますが、八ヶ岳、南アルプス、富士山 という とにかくミーハー受けするメジャーどころが一望できるスキー場というのはここしかありません。
 ということでアイフォンで写真を撮って、撤収終了なり。

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以前、盗まれたBMW・Z3には50枚のCDが積んでありました。僕は今もそうですが、音楽を聞くのはクルマの中です。クルマが無くなったのはもちろん残念でしたが、CDが無くなったことのほうがその何倍もショックでした。その後少しづつですが、無くなったCDを思い出しながら買っています。今回、ガソリンの支払いや高速道路代金で溜まったクレジットカードのポイントをアマゾンギフト券に交換して買ったのは山下達郎の「ON THE STREET CORNER」3枚。 アカペラ多重録音、山下が自分一人の作業で作ったオタク魂満載のアルバムです。この三枚はなかなかの傑作だと思います。

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ベルギーと言えば、エナンとクライシュテルス。2000年代初頭を代表する女子テニス選手。ツアー決勝でベルギー対決になることも多く、ダブルスでもパートナーでした。エナンはフランス語圏で育ち、クライシュテルスはオランダ語圏育ちなので、二人の会話は英語でした。 さてこの二人の次に思い浮かぶベルギー人がマグリットです。
大規模な展覧会の初日。国立新美術館へ。僕は横浜美術館所蔵のマグリットの実物を一度だけ見ていますが、個人所蔵を含む130点の展示は圧巻でした。 シュールレアリズムを代表する画家、と言ってしまえばそれまでなのですが、デザイナー、写真家といった資質、視点を強く感じました。必見です。
チケット売り場の人の列を見て、「マグリットだからなぁ、混雑はしょうがないなぁ」と思いながら入場して拍子抜け。けっこう空いていました。 美術館2階で開催されていた展示。 後で知ったのですが、僕が入場した時間に3階でミシェル・ドラゲ氏(本展総合監修者、ベルギー王立美術館館長)の講演会があり、何百人もの人が聞いていたのです。 う、ちょっと失敗だったような、ラッキーだったような・・・・
初めて見た作品のうち、くぎ付けになったのはニューヨーク近代美術館所蔵の「光の帝国髻 明るい青空のもと夜の住宅街。
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1983年に出版された「これからどうなる 日本 世界 21世紀」という岩波書店編纂の本を読み返しました。四百人以上の様々な分野の専門家に依頼し執筆された21世紀予測、もしくは21世紀に向けてすべきことがまとめられています。色々な意味でオモシロイです。
理由は分かりませんが、政治家と人文系の学者、識者の書いたこと、描いた未来は、今のところ全く当たっていません。もちろん、21世紀は始まったばかりなので、なんとも言えませんが。
一方、実業家、医療福祉関係者の言っていることは、完全に当たっています。 この対比がどこから来るのかは、良く分かりませんが、後者にとっての差し迫った課題が、ずーっと30年以上継続しているからかもしれません。1983年と言えば、高度成長は終焉し、その後バブルへ向かっていく時期です。
1983年時点で、正確に2015年の課題と対策を言い当てている例を3つ。

「ぼけ老人の看、介護について」中島紀恵子 千葉大学看護学部助教授
ボケ老人(当時は認知症患者をこう呼んでいました) 対策の課題は、医療、介護施設の拡充よりも患者をかかえる家族を支える仕組みである、と明確に論じています。

「日本経済とエネルギー資源の将来について」出光昭介 出光興産代表取締役社長
石油供給地域の拡大、広域化。 エネルギー安全保障の観点からの代替エネルギー開発。石炭液化、シェールガスなどにも正確に言及しています。

「脱学校時代の数学教育」 森毅 京都大学教授
教育とは、人間の一生にわたる文化的成熟を目指すものとなり、同年齢集団という制約は必要としない。様々なメディアが、それを支えていく。 という明確なビジョンは、秀逸です。

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僕は、典型的なつまらん日本人だと思っています。 まあ、一般的に言えば実直なサラリーマンを父に持ち、大きな災害や悲劇も経験せず、なんとなく学校では真面目な生徒であり、大学というところにもなんとなく入り、なんとなく就職し、それなりに働いてきました。 もちろん、けっこうその場その場では真剣勝負な場面は多く、大きな失敗や大きな成果もありました。 とは言っても まあ普通の特徴のない日本人の典型だと思います。 10年前、所属していた企業は好調で、与えられた仕事にも不満はありませんでしたが、「やーめた」と突然やめ、スキースクールに所属しました。 もう少しスキーがうまくなりたかったからです。 それともう一つ、僕の仲間には失礼かもしれませんが、スキースクールって、変な人が集まるということを知っていたからかもしれません。 良くも悪くも ティピカルではない人と毎日過ごすのは楽しいでつ。

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僕は、ことさら映画ファンという訳ではありませんが新作の邦画を1年に10作以上は見ます。なぜ邦画かというと、とても単純な理由がありまして、日本語が大好きなのです。 この映画は平田オリザという演劇の脚本を本業とする人の小説が原作です。 この同名の原作は極めて素晴らしい小説でして、かつて図書館で借りた直後にその場で読了してしまいました。ももクロ っていう時点でおじさんは「えーー」って思ったのですが、それがおじさんの浅はかさ。 これはものすごくよく出来た映画です。ももクロって言われても、個人の名前も知らんのですが演技うまい。原作の平田さんの経験、知識が生かされた高校演劇部という世界を正確に描いている気がします。 演劇というのは、もっとも儲からない職業のひとつです。 僕の友人もその世界に2名ほどいますが、いまだにぜんぜん儲かっていません。
この作品に描かれる演劇への取り組みは、とてもリアルです。

学生時代、下北沢の小さな劇場には時々行きました。 それと大学のミュージカル研究会の公演はほとんど見ていました。一年先輩にとても才能のある演出、作曲をする人が居て、文学部キャンパスに登っていくスロープの下にあった練習場の公演は必ず見ていました。

先日、平日に一人の女子中学生のスキーレッスンを受け持ちました。 某有名私立大学の付属中学校の演劇部。 ダンボールや紙だけで、舞台セットを作って、ロミオとジュリエットをやったけど、ちょっと大失敗して泣いたと言っていました。 青春ですな。

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僕の予想など当たらなければ良いのですが。 たぶん、今年のF1シーズン マクラーレンホンダは結果を出せないと思います。報道されるテスト結果がさんざんだからです。F1は、シーズン中に起死回生の挽回が出来るほど現場の開発陣に余裕はありません。現状では明らかにパワーユニットを担当するホンダが、マクラーレンの足を引っ張っている状態に見えます。 おそらくホンダ本社は既に来年度狙いだと思います。 今年度は投資に見合う結果は期待できないと思います。

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料理本がやたらと置いてある古民家カフェで、それらを読んでいました。オニオンリングとスペイン風オムレツに釘付け。

随分昔ですが、赤坂のホテルの地下にあったロブスターが売りのレストランに時々行きました。 料理はそこそこ、ただ、玉ねぎ好きにはたまらん大量のオニオンリングが大好物で、これをツマミにビールやワインを飲んでいました。 女子と一緒の時は、お酒は控えましたけど。 このレストラン、ウェイティングバーがありまして、食事前にほぼ酔っ払っていました。 ウェイティングバーのあるレストランって、ちょっと素敵です。このお店、再開発で無くなりました。

横浜の実家の近く、マンションの一階に小さなイタリアンレストランがありました。若い夫婦が切り盛りしていて、僕は大好きでした。 安くて美味しかったのです。絶品は、スペイン風オムレツ。ものすごいボリュームで、それだけでメインディッシュ。 夜中によく行きました。 無くなりました。でも彼のことだから、どこかできちっと商売しているような気がします。 あのオムレツまた食いてぇなぁ。

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国立博物館の本館で行われている特別展を見てきました。みちのくの仏像展です。古くは中央権力が及ばない地域でしたから、あまり古い仏像はないのでは、と思っていましたがさにあらず。古い銘品ぞろいでした。写真は、黒石寺(こくせきじ)の薬師如来座像。 平安前期 869年の貞観地震前に作られ、先の大震災に至る1000年以上もの間、東北の災害を見続け、そして人々はそのたびに、この仏像に祈ったことでしょう。仏教信仰は本来、信仰による悟り、現実的な苦役からの離脱、来世の幸福をもたらすものですが、薬師如来は、人々の今の生活、健康などを助けると言われます。 そのことから薬師如来信仰が根付いたと思われます。
今回の特別展では、「3.11大津波と文化財の再生」展を併設。 様々な文化財の修復作業に関わった人々の姿が、「祈り」のように感じられました。

「スタイルがある」ということを、喘息の発作のなか、ちょっと考えていました。
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テリエ・ハーコンセン、ジェリー・ロペス、佐々木明がすぐに思い浮かびます。 テリエは誰をもを魅了するスノーボーダー、ロペスはサーフィンのレジェンド。 佐々木明は、日本が生んだ天才スラローマーです。この3名、共通しているのは世界最高レベルの技能を持っていながら、コンペティションとしてのスポーツにこだわりがあまり無いところです。 遊ぶということの意味を重要視しています。そのことは、単純に享楽主義的なものではなく、遊ぶ為に「実生活」がきちんと成立していることが大前提です。 そのバランス感が彼らのスタイルを作っていると感じます。 わがままに遊ぶということと、人間社会でビジネスを成り立たせるということを両立しなくてはいけないからです。

人の記憶に残り、憧れの対象となるスタイルを保つのは容易なことではありません。

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ジョージ・ガモフという物理学者の著書「トムキンスの冒険」という題名を拝借したマンガ、ドミトリー・ともきんす。 科学者の著書を紹介するマンガです。 これはとても変な本です。 とにかくバランスが悪い。 取り上げた本、著者について、このマンガを描いた人の考察、観察、関わり方がよく見えない。 とはいってもここに紹介される本は名著ばかりですので読む価値は大いにあります。本書で紹介されている本の中で、僕が読んだことがあるのは以下のとおり。

朝永振一郎 ; プロメテウスの火
牧野富太郎 ; 植物記、 日本植物図鑑
中谷宇吉郎 ; 雪と人生、 雪は天からの手紙
湯川秀樹  ; 詩と科学、 湯川秀樹物理講義

科学者には文章を書くチカラが求められます。 考えついた事を誰かに文章で正確に伝えないと仕事として認められないからです。 販売店員とか彫刻家とか大工さんとかスキーインストラクターとは、そこが少し異なります。そして、なんといっても名を残す科学者は、専門分野の考察の先に「自分の存在」と「世界の始まりと終わり」を見ている感じがします。  ドミトリーも大切です。 刺激的な仲間と生活を共にする場所だからです。

2010-12-31
イスラム、ユダヤ、キリスト、と呼ばれる宗教は一つの聖書とよばれる物語に端を発するものです。全く同じ旧約聖書を経典とする宗教が、これほど異なる文化思想を持つというのは不思議な事です。キリスト教だけが偶像を認めます。人間の形を崇拝の対象とすることを認めることは、多くの危険をはらみます。その偶像の人格を規定する思想を求めるからです。 そのことが、キリスト教の多くの悲劇を育みます。人格は、組織を生み、国家思想へたどり着くからです。 ユダヤとイスラムは、そのことに早くから気づき、形のあるものを排除しました。 そしてより具体的な生活と道徳的な教義を求め多くの人々に信仰されるようになりました。 キリスト教がその後、学問、政治と合体しすぎたのとは異なります。 

ユダヤもイスラムもキリスト的な論理に基づく権力に追い詰められた過去があります。それでも揺るがない何かが宗教というものなのでしょう。  

テロリストがイスラムを名乗ることなど、まったく許されざることです。 

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僕は、士郎正宗の大ファンです。 徹底的に大ファンです。 彼には新作らしい新作がありません。アップルシードは1985年、攻殻機動隊は1989年の作品です。しかし彼の作品はまったく色褪せず、世界中にファンが居ます。 そして未完の続編が時々作られます。 物語の設定は、人間と機械、人間の脳とコンピュータネットとの接合を描いたものです。 1980年代には、それはSFでした。 ところが、今やそれは現実的な技術となっています。 脳の微弱電流信号でマシンを動かせるからです。彼の作るキャラクターとメカにはいつも感心させられます。
彼の新作は公開される映画館が限られます。 宣伝もしないし、  っていうか、小淵沢から気軽に見に行ける場所では「アップルシードα」やってねーっし。 どうすりゃいいんだぁ

僕がスキーをするようになって随分とたちますが、未だに謎なのは、ストックをよく無くすという運命です。間違えられて持っていかれたのか、故意に盗まれたのかは定かではありませんが、この10シーズンで3セットを失いました。スキーと一緒にゲレンデに置いてある状態で無くなります。どれも愛着のある使いやすいストックでした。
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10シーズンくらい前、スコットのカーボンシャフトがなくなりました。カーボンシャフトの草分けで、数シーズンは使っていました。最近のストックと比べれば、トップヘビーでしたが、軽くて細いグリップがとても使いやすいものでした。写真はぼくが使っていた物の後継モデルです。
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失意のもと買ったのが、"Goode"です。 カッコいいデザインが大好きでした。現在、日本には正規輸入代理店が無く、なかなか手に入りません。5年くらい前になくなりました。かなり落ちこみました。
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さて、次に買ったリテイラーというストックは、一般的なシナノの伸縮タイプですが、パーツを選べるのが魅力です。写真の下から2番目、上部がシルバーのアルミ、下部が白いカーボンシャフト。3日前になくなりました。
さらに遡れば、Easton7001 という超レア物ストックも無くしました。Easton7001とは、お気付きの方も居ると思いますが、米国イーストン社のジュラルミン素材番号7001を意味します。ほとんどのスキーストック、弓道やアーチェリーの矢、その他軽量と剛性が求められる様々なシャフトに使われているイーストン社の看板商品です。 かつて、ほんのちょっとの間だけ、イーストン社の自社ブランドストックがあったのです。これも無くなりました。 とほほな、ストック紛失歴です。

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ドナルド・キーン氏が三島由紀夫に宛てた手紙で三島の遺作となった「豊穣の海」という小説について、その題名はどういう意味なのかを問うたと言います。これはNHKの番組で知りました。そして、彼は返信の手紙の中で「カラカラの月の海だ」と答えています。月の地形に盆地状に広がる平坦な部分を「海」と言います。その中で「豊かの海」(Mare Foecunditatis)が、この小説の題名となっています。 そのことは知っていましたが、三島由紀夫が言う「カラカラの月の海」という表現を、僕はこの小説から想像することはできませんでした。この難解な小説から立ち上がるのは、僕にとっては「能」とか「狂言」の表現に見られる異界、幽玄、幻、一種のパラレルワールドを転生を通じて表現しているのだと、凡庸な解釈をしていました。 実は、読むには読んだのですが、集中力が続かなかったのです。
 昨日、高熱にうなされて、深夜に見たNHKの再放送番組に、はっとしました。 そうか、これは生命が存在しない「カラカラに乾燥した月の地平」なのだと。 豊穣とは無縁の真空の虚無を、シニカルに、絶望を持って表現すると、こうなるのだと。 この歳になってすこしわかりました。すこしだけど。
 これほどの虚無感を良くも悪くも抱える人は、たぶん生きていけなかったのでしょう。 単純に三島の異常な感性を批判することはできません。だれにでもある感覚だと思うからです。
 この小説の最終入稿日に、彼は切腹、介錯という、ちょっとつまらない陳腐な「演劇的」方法でこの世を去りました。

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勤務するスキー場に、いつでもタイム計測ができるコースを作りました。25秒から30秒くらいのゲートトレイニングコースです。物置代わりに使われていたゴンドラをゴールハウスとして使っています。計測機材をこの中で操作します。 この古いゴンドラは箱根で使われていたものです。日本一乗客が多い箱根ゴンドラが、老朽化の為に全面的に設備更新したのが2000年だそうです。 その設備を受注した会社が、このスキー場の親会社です。 その時、このゴンドラを持ってきたそうです。 東急車輛が作ったこのゴンドラ、ものすごく快適です。外側には傷やサビがありますが、中に入ると、まったく「くたびれた感じ」がありません。 窓の立て付け、シートなどビシッとしています。 ゴンドラに求められる強度とか品質基準などまったくわかりませんが、おそらく鉄道車両並の品質なのだと思います。 
世界最小、最強のゴールハウスです。

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天才というのは、まちがいなく居る。 天才だな 天才。 本来、詩というのは「節」と一体だったのですが、そのことを紛うことなき事実としてこの人は、体現しています。 ピアノのテクも超絶だし

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僕が受けた教育の中で最も「ためになった」と思うのは、中学校時代の国語の授業、大学時代の金融論のゼミ、そしてビジネスの世界に入ってからのコーチング教育です。中学校は東京の工業地帯にあり、喧嘩騒ぎが絶えない荒れた感じの学校でした。国語の先生は自分の趣味で、希望者を募り生徒を歌舞伎や能につれていってくれました。そのことをきっかけに僕は日本の古典文学を読むようになりました。大学では、まちがって超優秀な人が集まるゼミに入ってしまいました。完全な落ちこぼれでしたが、「学問」をする人というのを見て「なるほど、こういう人たちは世の中に必要だ」と初めて感じました。 30歳くらいのころ受けたコーチングの教育では、「人に考えさせる」というテクニックを学び、これはその後とても役に立ちました。 振り返ると中学校の国語教師も、ゼミの教授も、僕に何かを考えさせるきっかけを作ってくれたという意味で、コーチングだったと思います。
コーチングというのは、今ではビジネス用語になっていますが、もちろん最初はスポーツ用語です。ティーチングはもちろん有効ですが、限界があります。 教える側の「器」を超えることができないからです。 コーチングはそれを受ける人に「考える事」を求め「自分の意見」を求めます。考えて意見を作るという行為には「限界」はありません。 
僕はかつて、時々テニスのコーチをしていたことがありますが、コーチング手法を全く使っていませんでした。 今、スキーのコーチをする時、意識してコーチング手法を使います。僕の頼りないスキーテクニックなどよりもコーチングを意識した会話が受講生の上達に役立っていると感じます。
馬車(coach)は、快適に目的地を目指す最初の交通手段でした。

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久しぶりに弘田三枝子をじっくり聞きました。 まあ、いまさらですが、この人 歌うまいですね。僕が彼女を知ったのは手塚治虫のアニメ「ジャングル大帝」のエンディグテーマソングが最初です。その後、学生時代いくつかのアルバムを買いました。 ジャズっぽいスキャットを歌わせたらこの人は日本一ではないかと今でも思います。 ちょっと元気になりました。

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クリームのクロスロードと、ロバート・ジョンソンのクロスロードブルースを立て続けに聞くと、しばらくは寝ることが出来ない。(≧∇≦)

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最近よく「詩=言葉」は力を失ってしまった、と言われます。たしかに現代詩が文学ディレッタントに終始する一方、唄の詩人達=ソングライターたちの言葉は、深く人々の心に届いています。そう考えると、ソングライター達こそが、現代を生きている詩人といえるのではないでしょうか。

上記は、NHKで放送されていた「ザ・ソングライターズ」という番組企画に際して佐野元春氏が書いた文章の一部です。 いかにも佐野氏らしい言い回し。 「文学ディレッタント」なんて言うミュージシャンは、菊地成孔(なるよし)か佐野元春ぐらいなもんです。 2012年をもっていったん終了していますが「ブラタモリ」と並んで、復活してほしいNHK番組のひとつです。 このプログラムは、ミュージシャン、当然ながら自ら作詞、作曲を行う人をゲストに迎え、詞や作詞について語りあうというものです。 アメリカで放送されている「アクターズスタジオ」という番組のカタチを真似て、多くの若い聴衆の前で行われます。 ゲストと佐野氏の会話が毎回興味深く、いつも見ていました。 番組の進行がぶれないのは、佐野氏が一貫して「歌の詞が、文字として読んだ場合でもポエトリーとして成立しているか」 と問い続けるからです。
他者への視線、普遍性、リズム、そして作詞の技術などが毎回話題になります。 多くのゲストが、作詞という作業が技術的、技能的であり、経験の必要なスキルとして捉えているところが僕にとっては発見でした。

さて、復活が望まれるこの番組、その際どうしても招いて欲しいゲストが居ます。 椎名林檎です。 彼女の楽曲は、音楽として最初に聞いたとき、なんとなく言葉が聞き取れなかったり、なんだかよくわからん場合が多いのですが、詞を読むと僕はかなりの確率で感動します。 是非、椎名林檎の「ザ・ソングライターズ」を・・・

「ストックの手革(ストラップ)に手を通さないこと」
昔、僕にこう教えてくれた友人は、残念ながらもう居ません。 「富士山頂から滑る」と言い出した僕に、山もスキーも達人だった彼は「無理をするな。5月といっても富士山は危ない。青氷だったら引き返せ。」と言いました。 そして、冒頭のストックの話をしてくれました。 その時のことを、なぜか時々思い出します。 「富士山は、アイスバーンの急斜面だ。転倒した場合、すぐにストックの一本を離し、片方のストックのシャフトを両手でしっかり持つ。 ピッケル代わりに先端を斜面に突き立てるようにしてなんとか滑落スピードを落とすんだ。 手革に手首を通しているとこれができない。」 「ああ、わかった。ありがとう。」

彼が言ったとおり、8合目からウィンドクラスト、9合目から上は完全に青氷でした。 彼から言われたことを頭の中でくりかえし、山頂から滑り始めました。 幸い転ばず、無事に降りました。 もうずいぶん昔の話です。

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東京オペラシティーアートギャラリーで、ザハ・ハディドの展示を見てきました。 僕がこの建築家、デザイナーを知ったのは、ドイツ、ライプツィヒのBMWの工場でした。 以前このブログにも書きました。 この工場を見学した時は驚きましたが、設計者の名前などすぐ忘れてしまいました。 新国立競技場のコンペで彼女の案が採用されるまで、すっかり忘れていました。 オペラシティーで展覧会のようなものがあるのを知り、出かけました。
まず、驚いたのは、ペインティング作品です。 絵画といっていいと思います。 設計図面でもなく、模型でもなく、アイディアのドローイングでもなく、現代アート作品として成り立っている彼女の絵画作品です。 建築設計デザインを行うような人は、まあ、たぶん絵が上手い人が多いと思うのですが、これほど「実務」とかけはなれた絵画を描く人は少ないと思います。 しかし、よーーく見ると、彼女の建築造形のアイディアがそこに見えます。 アンビルトの作品を作り続けた時期が10年もあったということを初めて知りました。 建築設計屋が、10年も絵や図面や模型だけ作って、実物を作らなかったというのは、ある意味 ミステリー すでに伝説ですね。

BMWの工場と新国立競技場の採用作品の絵しか知らなかった僕にとって、見たことのあるものが一つだけありました。 スキージャンプ台の模型です。 おもわず「おおっ」と言ってしまいました。 ワールドカップのジャンプ競技の映像、サマージャンプの大会などでも良くでてくるドイツのジャンプ台です。 「ベルクイーゼルシャンツェ」 と書いてあります。 いつも、「ドイツにはカッコいいジャンプ台があるなぁ、すっげー」 と思っていたのです。 なんとハディドおばさんの作品でしたか。

追伸
さて、ちょっと気になっていること。 新国立競技場のコンペで勝ったザハ・ハディド案ですが、コンペ直後からなぜか、日本で「名のある」建築家が批判を始めました。 でかすぎる、 お金がかかりすぎる、デザインがよくない、オリンピック開催後の維持費がかかりすぎる、さらには、「神宮の森の歴史にそぐわない景観」 などと言い出したのです。 その一つ一つには「一理」あるでしょう。 それは僕もある程度はわかります。 しかし、コンペに「不正」があったのならいざ知らず、コンペの参加資格と設計をしばる条件を満たし、その上で「正式、正当」に選ばれた勝者の作品に、「言いがかり」をつける根拠がまったくわかりません。 どのような分野、どのような場合でも、欠点を指摘したり、あげあしを取るのはたやすいことです。 批判をしている建築家だって、予算オーバーは日常茶飯事。 作った直後に「なんじゃこりゃ?」と思われた作品も数知れず。 しかし、結局よいデザインで機能的な建造物は、かならず「よい景観」になるものです。 
「神宮の森の歴史にそぐわない景観」 などと言う人を僕はまったく信用できません。 1,300万人が住む大都会の真ん中に,あれだけ大きな木々が数多く残り、大規模スポーツ施設が集積している例は世界でも少ないと思います。 それこそが「価値」だと思うのです。 ハディド案を批判する諸氏におかれましては、スポーツ施設の有効活用について、すばらしいアイディアを出す努力をしたほうがお国の為だと思います。 

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この映画を勧めてくれたのは、高校時代の同級生、歌うことを生業とする谷さんです。  渋谷のBunkamuraで見てきました。 勧められなければ、たぶん見ない映画なのですが、 よかったですねぇ  
マルタ・アルゲリッチという人は、最高のピアニストの一人です。 とにかく「前のめり」な演奏が得意。 勢いがあるのです。 ときどき、派手なプロレス技みたいに、バックドロップとか、ドロップキックとか、ウェスタンラリアートとか、もやります。 でも 呼吸、つまり指先の技が乱れないのです。

ただ、この映画は演奏ではなく題名のとおり、母と娘の会話が中心となっています。

ラヴェルの「夜のガスパール」を演奏していた時、妊娠しながらの演奏について娘が聞きます。 アルゲリッチが答えて「最悪の演奏、いつもより背筋がまっすぐになっていた感じ」 つまり前のめりになっていなかったということですよね。 超わかりやすい。 ところが、このガスパールは名演です。  天才演奏者は自分の演奏にさえ気づかないという天才ぶり。 

映画は、この天才美人ピアニストを語るというよりも、 孤独というほうが相応しい女性の独り言を聞いているような印象でした。 でも  いいよね 天才って。 だって   天才なんだから

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ひさしぶりに聞くピアノリサイタル。前回は、2010年、野菜の植え付けが始まるころ、山梨県の東京エレクトロン韮崎文化ホールで聞いた、ユンディ・リの「オールショパンプログラム」でした。 この時のマズルカは、今も耳から離れません。
さて、今回はロシアの女性ピアニスト、ユリアンナ。 意識したわけではありませんが、再びショパンコンクール優勝者の演奏を聞くことになりました。 まったく予備知識無し。 たまたま、鎌倉芸術館のチケットが取れたのです。

モーツァルト ・ピアノ・ソナタ 第6番 ニ長調 K.284 「デュルニッツ」

リスト     ・ヴェルディ 《アイーダ》より 神前の踊りと終幕の二重唱 S.436
         ・巡礼の年 第2年「イタリア」より ダンテを読んで ソナタ風幻想曲

ショパン    ・24の前奏曲 op.28

すばらしい演奏でした。 みごとなテクニック、 明るく澄んだ音色
変な言い方ですが、モーツァルトはきちんとモーツァルトであり、リストはきちんとリストであり、ショパンはきちんとショパンでした。 感動しました。 ただ、それを文章で伝えるのがものすごく難しいのです。 どうしてだろうと考えました。 うまく言えませんが、あえて言えば、本来、ソリストというのは「必殺技」みたいのを持っていて、ここぞという時にそれを出します。 必殺技で聴衆を「バッサリ」なぎ倒すみたいなことをするものです。 これは聞く側にとって快楽であり、演奏者もしてやったり、という関係です。 ジャズのプレイヤーなどがその典型ですが、クラシックのピアニストだって同じです。 
ところが、ユリアンナねーさんには、それが見当たりません。 繰り返しますが、素晴らしい演奏に僕は感動しました。 必殺技なしで・・・

もちろん卓越したテクニックや、あの澄んだ音は必殺技だと言われればそうなのかもしれませんが、この若い女性ピアニスト、目を閉じて聞けば、60歳の名人にも聞こえます。 ショパンコンクールではこういう人は優勝しないものです。 しかし、さすがにショパンコンクールの審査員はただものではありません。 必殺技を繰り出さず、途切れない集中力と安定感で、作曲者が意図した(かもしれない)音を出し続ける能力を評価したのだと思います。彼女はアルゲリッチ以来のショパンコンクール女性優勝者というキャッチコピーをつけられますが、アルゲリッチとはまったく正反対の才能かもしれません。 

S席 5500円は まちがいなくバーゲンプライスでした。

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横浜市の図書館には2冊所蔵されていました。 予約して中央図書館から近所の栄図書館には二日後に届きました。 この写真集、著書は再編集された小型の復刻版があり、それが届けられると思っていたら、百科事典みたいな巨大な初版本が届きました。ものすごく痛んでいます。 つまり多くの人が借りたということだと思います。 労作という言葉がぴったりの巨大な書籍です。 企画・撮影は二川幸夫氏。 文章は伊藤ていじ氏です。 写真、多くの貴重な図版、そして伊藤氏の魅力的な論考は、まったく色あせることはありません。 「民家」とありますが、一般的な民家の定義とは異なり、対象となっているのは、裕福な生活レベルにある人々の木造大型住居を中心とした論考です。 庄屋、商家、豪農、と言われる範疇の人々の家屋が中心に語られます。 
伊藤氏の論考、二川氏の写真は、的確な歴史観と審美眼によって、とても明確なメッセージを私たちに伝えることに成功しています。 それはとても単純なことです。 ここに掲載されている建物は、その歴史とともに「未来へ残すべき価値のあるもの」である、ということです。

1950年代に撮影されたこれらの日本家屋のうち、今もどのくらいの物件が残っているのでしょうか? ちょっと気になります。

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横須賀美術館には及びませんが、美しい美術館です。中空の中庭が利用者の動線、目線を誘導し、自然光を絶妙に取り入れた設計がすばらしいと思います。  この美術館、僕は横須賀よりも好きかもしれません。 建物ならば横須賀美術館ですが、周辺の環境に加え、学芸員の方との相性かもしれません。 2003年の開館ですから横須賀美術館の4年前です。 葉山は、もともとは小さな漁村ですが、古くから保養地、別荘地として有名です。 葉山警察署の目の前が、天皇家御用邸です。 この御用邸から続く一色海岸の地にあった高松宮家の別荘敷地に建築されたのが神奈川県立近代美術館葉山別館です。 空が澄めば夕日に映える富士山を望み、一色海岸には、ヨット、シーカヤックが浮かびます。 高級別荘と小さな古い民家が混在する山がちの狭い地域ですが、さすがに皇室は一等地を持っていたということです。 
一色海岸を見渡せるレストランは、お勧めです。

神奈川県立近代美術館は、ちょっと変則的な運営です。 本館の鎌倉は、規模が小さく所蔵品の収納にも苦労していました。 そこで、葉山の海岸に別館を作りました。 葉山もけっして大きな美術館ではありませんが、収納が大きな目的として作られた美術館は珍しいと思います。 手狭な本館鎌倉は所蔵品の常設展、別館葉山が企画展を担当するという分担です。 ロシア、東欧の作品、それもアニメ作品の展示などが定期的に行われ、これがものすごく良い。 宮崎アニメの原点もここで知りました。  また数年前に開催されたジャコメッティ展は、僕の記憶にある企画展のベスト5に入るものでした。

※設計は「(株)佐藤総合計画」です。 「佐藤」という名前は、1945年、この会社の前身となる設計事務所を始めた佐藤武夫氏の名前に由来します。 佐藤氏は早稲田大学大隈講堂の設計を主導したことで知られています。

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「あとがき」で佐々木氏曰く。 「なんかね、丸裸になったような気分」 
これは、本音だと思います。 実はこの本、「鬼攻め」というタイトルの印象とは異なり、スポーツを愛するということ、トップを目指すということ、なにかを続けるために大切なこと、スポーツビジネスのこと、お金と組織、プロフェッショナルな姿勢、視点、欧州文化との壁、日本という恵まれた風土、あまり報道されてこなかった彼の結婚生活や故障などなど 僕の予想を超えて示唆に富む本でした。 僕が折りに触れてこのブログで書いてきたことを、より具体的に「身体感覚」を持って佐々木氏は語ってくれています。是非多くの人に読んで欲しい本です。 ちなみに、この本は、2014−2015シーズン中、サンメドウズスキー・スノーボードスクールで貸し出します。

※私が所属するスキースクールには芹澤さんという優秀で超絶スキーが上手いインストラクターが居ます。地元の子供達に長年アルペンスキー(競技スキーという意味ではありません。アルペンスキーを競技スキーという意味だと思っている人がたくさん居るのには時々驚かされます)を教えてきた方です。  以前、彼がぼそっと言いました。 「競技が好きでスキーをやっている奴は居るんだけど、スキーが好きな子はそんなに居ない気がするんですよ」  僕は、ちょっと唸った。
比べるのは大変おこがましいのですが、すくなくとも芹澤さんや僕、それと僕のスキー仲間たちは、単純にスキーが好きという一点だけは、佐々木明氏と同じ立ち位置だと思っています。 そしてスキーが好きな人を増やす努力を、もうすこしだけがんばってみようと思います。

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1年ぶりに横須賀美術館を訪問。 僕は、横須賀美術館が大好きです。 美しいからです。 
背後には東京湾への敵艦侵入を阻止するための無数の砲台跡を残す深い森、目の前には常に数十隻の大型船が行き交う浦賀水道。 シェルターをガラスで包み込んだ白い現代建築は、緑の森と青い海の間に、謎の研究施設みたいなたたずまいを見せます。 特に僕が好きなのは、背後の地面とシームレスにつながっている屋上庭園です。 庭園といっても何もありません。エレベーターの出口があるだけです。 でもこの無機質な空間が心地よい。設計は、山本理顕氏です。 この世界ではビッグネームと言ってよいでしょう。 
山本作品ということもあり、美術館内の図書館には建築雑誌も所蔵されています。 2007年7月号の「GA JAPAN」や、この年に発行された「建築技術」など多くの専門誌で横須賀美術館の特集が組まれています。 そのような記事の中、やはり引き込まれるように読んでしまうのは二川幸夫氏の建築評論です。 昨年亡くなられた二川氏は、建築写真、建築評論という分野の先駆者でした。 横須賀美術館を「あえて外と遮断し、内に向かう」と評する切れ味は、二川氏ならではのものです。 彼の古い著作を図書館で探してみます。 

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横浜に居る時は、栄区の図書館をよく利用します。 とにかくいつも驚かされるのは、この買い物用のカゴ。 このカゴに借りる本を満載して窓口へ持っていく人がけっこう居るのです。 僕は時々お目当ての本の在庫をネットで検索して予約後、一冊づつ借りに行くのがせいぜいです。年間10冊くらいしか借りません。(※山梨県北杜市の図書館で借りる本も含めて・・)
 ただ、頻繁に寄り道するように図書館には入ります。 スポーツ、クルマ、音楽、文学、美術などなど、ほとんどの月刊雑誌がそろっているからです。 このような雑誌は買うと千円以上、2千円くらいのものもあります。 興味のあるところだけ拾い読みなので、図書館に立ち寄って読むのが絶対お徳です。 過去の新聞記事も時々目を通します。 僕にとっては、税金で運営されている公共施設 「そこに在ってくれてありがとう度」 ナンバー1は、図書館です。

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ホンダ技研工業の2輪車に付けられている通称ウィングマーク。 世界に羽ばたく企業になろうという本田宗一郎氏の思いをカタチにしたものです。 それともうひとつ、宗一郎氏が生前果たせなかった野望、「航空機事業への参入」を表しています。
2015年、ついにホンダジェットのデリバリーが開始されます。 噂では既に200機の受注があるとのこと。 4億円という価格は、富裕層と言われる人にとってはリーズナブルなのでしょう。 また、同じく2015年には、しばらく途切れていたF1へのエンジン供給も開始されます。懐かしい「マクラーレンホンダ」が走り始めます。マクラーレンのドライバーは、是非このジェット機を買って欲しいものです。

本田宗一郎氏の思いが生き続けているということは、本当に喜ばしいことだと思います。

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【風景】
第2回のF1日本グランプリのフリー走行の時だったと思います。 クルマが航蹟雲(ひこうき雲)を出しているのを目の前で、初めて見ました。 忘れられない風景です。

【欧州】
アメリカで発達したカテゴリーを除くと、2輪 4輪ともこの興行、レギュレーションに関する意思決定はヨーロッパの一部の人達によって成されます。 これはスキーととても似ています。

【サプライヤー】
かつて、モータースポーツを担当するNGKとブリヂストンの方とお話をする機会がありました。 どのカテゴリーのモータースポーツでも、この両社がトップクラスのチームへ供給する部品は、スペシャル ” one off ”  とのこと。オーダーから納品までの期間の短さについての苦労話に驚愕しました。 ヨーロッパと日本の時差などお構いなしのやり取りと、労働基準法違反の開発、生産現場。 たぶん今もそうでしょう。

【箱】
ツーリングカー、スーパーGTなどのカテゴリーのレーシングカーを「箱」と言います。 これに対しフォーミュラという「いろいろむき出し系」があります。 ニスモやトヨタヨーロッパの方々が同じことを言っていました。 「箱とフォーミュラは、全く別物です。共通する設計技術、ノウハウというものはありません。」 だそうです。

【新聞】
私が夏の間手伝っている「あおぞら農園」では、時々ですが野菜や花を包む場合があります。 どこから仕入れてくるのか、暫定CEOが何かを包む為に持ってくる新聞はイタリアのタブロイド版スポーツ新聞です。日本だとその手の新聞は「野球、競馬、ゴシップ」が相場ですが、イタリアのものは、「サッカー、2輪モータースポーツ、ゴシップ、色々なスポーツ賭博のオッズ」です。 読めないのですが、なんとなく楽しい。

【事故】
統計数字の裏付けがあるわけではありませんが、「一流選手」が再起不能となったり、死亡するような事故が発生する確率が高いスポーツは、2輪モーターレースとアルペンスキーの滑降競技だと、なんとなく思います。

※安全対策のレギュレーションが厳格なF1グランプリですが、昨日鈴鹿で重大な事故が起きてしまいました。 誰もが才能を認めている若いレーサーです。 元気になってサーキットへ戻ってくることを祈っています。

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諏訪在住の医師、鎌田實さんのブログを時々読んでいます。 彼は最近、「カマタの怒り」という表題で原発、震災、貧困、紛争、テロなどの課題について書いています。 彼の文章には「抑制」がはたらいていて、いつも感心します。 知識だけの説明過多にならぬよう、多くの人に届くよう、自分の体験から得られた知見を示すよう、そして歴史観に照らしながら、慎重に言葉が選ばれています。 そのような態度の裏返しとして、他者の「身体感覚のない言論」には極めて批判的です。
彼は、最近のブログでテロリスト集団と規定されている「イスラム国」(Islamic State, 略称:IS)について、とても短い文章ながら、問題の本質と解決の難しさについて書いています。これに触発されて、藤井貞和氏の著書「湾岸戦争論」を再読しました。 
藤井貞和氏は詩人です。 彼を含め多くの詩人、言葉を職業とする人達が、1991年に短期で終了したこの戦争に対する生理的な違和感を、「鳩よ」(詩を中心としたマガジンハウス発行の文芸誌)に「湾岸戦争詩集」というカタチで、発表しました。 マイナーな雑誌だったので、ほとんど知られていないと思いますが、文学、評論を生業とする人々の間では、この詩集は大論争になりました。 ざっくり言うと、「詩」という表現形態をもって現実を批判するというのは愚かな行為である、つまり、詩と言うのはニュース性とは異なる表現だという主張と、今起きている事に対する違和感を表現することには普遍性がある、という人達の論争です。 超観念的な論争で、とにかくまったくつまらないものです。 ほんとバカじゃないのと、僕は当時思いました。

しかしその後、僕は「鳩よ」の戦争詩集に参加した藤井氏の著作「湾岸戦争論」を読み、詩人たちが感じた違和感に共感するようになりました。 一つの国、つまりアメリカが攻撃目標を定め、資金を集め(日本の出費は130億ドル)多国籍軍という名目を作り、最新兵器を投入する。という不気味な構図。 詩人は「善悪」の判断を表現することはありません。それは詩人の本質です。 ただ、あきらかに過去の戦争の構図とは異なる不気味さに触発された「詩」という表現には意味があるを思います。 かつての欧米「列強」が築き維持すべき秩序、その「地図」と言えるようななにかを守るための戦争の動機と方法は、不気味なものです。 過去、戦争は国家を単位とする「暴力」でしたが、湾岸戦争に代表される中東イスラムの混乱は、そのような性格のものではありません。 イスラム国(Islamic State, 略称:IS)の活動は明らかに身勝手なテロであり正当性があるとは思いません。 彼らが、イスラエルが行うパレスチナ攻撃に対して全くコメントせず、無関心であることにも極めて違和感があります。
ただ、本来の、原初のイスラム思想には、国境という概念が無かったことも忘れてはいけないと思います。 

イスラム国(Islamic State, 略称:IS)が使用する兵器は、ほぼ全てアメリカ製です。 そして、湾岸戦争以降の中東の戦闘で、アメリカ軍の旧型兵器在庫は一掃され、軍需産業の兵器受注、開発は順調とのことです。

藤井貞和氏の「岩蔭で」という詩の一節

  うれしいかな、鬼よ、
       戦争がはじまる

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結論から申し上げますと、この展示は「必見」です。 ドアノーについてこれほど大規模な展示を見たことがありません。さらに、国内で過去販売された写真集などでも見たことがない写真満載です。 もちろん、僕が知らないだけだと思いますが。 ロベール・ドアノーの名前を知らない人でも、彼の写真をまったく見たことが無いという人は少ないはずです。 パリの街角でキスをするカップル。 ピカソ、コルビュジェ、ビュッフェ、ジャコメッティなどのポートレイト。 これらは、いろいろな印刷媒体に掲載されていて見たことがあります。 僕が見たことがなく、とても新鮮だったのは、彼が「商業雑誌」用に撮影したメジェーヴやシャモニなどのスキーヤー、スキーリゾートの写真、ファッション雑誌『ヴォーグ』に掲載されたスキーファッションの写真などです。 さらに子供用に作られた1から10までの数字を写真絵本にした「遊びながら数えよう」という作品・・・・ 

140点に及ぶモノクロームの写真は、「フランス的なオサレ価値観」を体現した素晴らしい作品群です。 9月29日まで、ということであと3日間。 お近くの方は是非見て欲しいと思います。

※ 写真は「遊びながら数えよう」の "2"    : 1955年出版

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