第1 甲女

1 両親の自宅に入った行為は、住居侵入罪にあたる。

2 両親を金属バットで殴りつけた行為

(1)まず、上記行為によって相続を開始させたことが強盗殺人罪にあたるかを検討する。要件は、暴行・強迫、強盗の機会、人の死亡、因果関係、故意、不法領得の意思である。

 二項強盗罪における暴行とは、一項強盗との均衡および二項強盗罪の成立範囲を明確化のために、 財産上の利益を現実的・具体的に移転させる有形力の行使をいうと解する。
 甲の両親はとくに遺言は残しておらず、かつ、甲女は資産家夫婦の一人っ子であったことが認められる。しかし、被相続人の殺害は相続欠格事由となるものであり、甲女は相続が開始したとしても確定的に相続できるわけではないことからすると、財産上の利益が移転する現実的・具体的な有形力の行使とはいえない。

(2)したがって、暴行・強迫にあたらず、強盗殺人罪は成立しない。

(3)甲女は、金属バットで殴りつける行為によって、頭部打撲によって両親を死亡させており、かかる行為について故意も認められるので、殺人罪が成立する。

3 母Eを装ってCからカードの暗証番号を聞き出した行為

(1)上記行為によって預金の払戻しをうけうる地位を取得したとして2項詐欺罪が成立するか。要件は、欺く行為、財産上の利益の交付、故意および不法領得の意思である。
  • 欺く行為 二項詐欺罪における欺く行為とは、財産上の利益を移転させる錯誤を生じさせる行為をいう。 本件において、甲女はC名義のD銀行のキャッシュカードをすでにてにいれていたこと、午後5時まではATMが稼働していたことからすると、キャッシュカードの暗証番号を聞き出す行為は、預金の払い戻しをうけることができる地位を移転させる錯誤を生じさせる行為であったといえる。
  • 財産上の利益の交付 財産上の利益の交付とは、錯誤に基づいて財産上の利益を移転させることをいう。 本件において、Cは、甲女をEと誤認してキャッシュカードの暗証番号を教えているので、錯誤に基づいて預金の払戻しをうけうる地位を移転させたといえる。
  • 故意および不法領得の意思も認められる。
(2)したがって、2項詐欺罪が成立する。

4 金目のものを身につけて玄関先を出た行為

(1)両親を絶命させた後に金目のものを盗もうとしたことからすると、財物奪取の意思なく金属バットで両親を殺害しているので、「暴行」にあたらず、強盗罪は成立しない。

(2)次に、上記行為に窃盗罪の成否を検討する。要件は、他人の財物、窃取である。
  • 他人の財物とは、同条の保護法益は占有にあることから他人が占有する物をいう。被害者の殺害後に領得行為を行った場合であっても、両者が時間的・場所的に近接している場合には、生前の占有を侵害しているといえるので、当該物は他人が占有する物にあたると解する。 本件において、甲女は両親の殺害の直後に金目のものを持ち去っており、殺害行為と領得行為が時間的・場所的に近接しているといえる。したがって、他人が占有する物といえ、「財物」にあたる。
  • 甲女は両親の意思に反して金目のものの占有を自己の占有に移転させているので、「窃取」したといえる。
(3)したがって、窃盗罪が成立する。

5 Fに石をなげつけた行為

(1)まず、上記行為に事後強盗罪が成立するか。要件は、窃盗、窃盗の機会、暴行・強迫、同項所定の目的である。
  • 前述のとおり、甲女は窃盗である。
  • 窃盗の機会 甲女が窃盗を行ったのはマンション室内であり、暴行を行ったのは玄関先である。室内と玄関先は連続した場所であり、甲女は犯行現場から離脱しきれていないといえるので、窃盗の機会ということができる。
  • 暴行・強迫 暴行とは、強盗との均衡性を保つために、犯行を抑圧するにたる有形力の行使をいうと解する。 甲は女性であるが、こぶし大の石をFの顔面に命中させることによって、Fに重傷を負わせ、追跡を困難にさせている。 さらにメガネが粉々になっていることからすれば、相当の力をこめて石がなげられたと推認できる。かかる事情に鑑みれば、犯行を抑圧するに足りる有形力の行使があったといえる。
  • 同項所定の目的 甲女には逮捕を免れる目的が認められる。
(2)したがって、事後強盗罪が成立し、甲女は「強盗」となる。そして、上記行為によって、Fは重症を負っていることからすると、強盗致傷罪が成立する。

第2 乙

1 甲女が自宅に入って両親を金属バットで殴りつけた行為

(1)上記行為に住居侵入罪および殺人罪の共謀共同正犯が成立するか。要件は、共謀、共謀に基づく実行、実行に準ずる因果的寄与および正犯意思、故意である。
  • 共謀 乙は甲女に両親を殺してマンションを買う旨申し向けており、甲女はこれを了承していることから、乙と甲女の間に甲女の両親を殺害する共謀が成立したといえる。
  • 共謀に基づく実行 上記共謀に基づいて、甲女は両親を殺害している。
  • 実行に準ずる因果的寄与 甲女は乙に入れ込んでおり、乙は甲女の行動を左右できるほどであったことからすると、実行に準ずる因果的寄与が認められる。
  • 正犯意思 乙は甲女が両親を殺害し、甲女から遺産をえるつもりであったことからすると、自己の犯罪として実行する意思が認められるので正犯意思が認められる。
  • 故意 認められる
(2)したがって、住居侵入罪および殺人罪の共謀共同正犯が成立する。

2 甲女が母Eを装ってCからカードの暗証番号を聞き出した行為、甲女が金目のものを持ち去った行為については、故意がないので共謀共同正犯は成立しない。

3 Hが甲女を殺害した行為

(1)上記行為について、経営権を財産上の利益とした強盗殺人罪が成立するか。要件は前述のとおりである。

 乙はナンバー2の座にあり、指導・労務管理を行う立場にあった。しかし、甲女による後継氏名が行われていなかったこと、後任の選出に関する申し合わせもなかったこと、従業員およびホステスによる話し合いが行われ、その結果乙が実質的経営者に選出されていることからすると、甲女を殺害したからといってただちに実質的経営者になれたとはいうことはできず、経営権を現実的・具体的に移転させる有形力の行使があったとはいえない。したがって、暴行にあたらない。

(2)よって、強盗殺人罪は成立せず、Hが甲女を殺害したことについて殺人罪の共謀共同正犯する。

第3 答案作成上のポイント 中心的論点は、二項強盗・詐欺の成否である。

 1 二項強盗について
  • 財産上の利益移転の現実性・具体性は、これが否定された場合にはそもそも二項強盗の実行行為が認められないことになるので、二項強盗における暴行・脅迫の定義として論じる
  • 財産上の現実性・具体性が肯定されうる事例としては債権に関する証拠がのこっていない場合、逆に否定される典型例は相続を開始させる目的で行う被相続人の殺人である。
  • 経営権について財産上の利益にあたらないとして二項強盗を否定する見解は批判が強いので避ける

 2 二項詐欺について
  • キャッシュカードと暗証番号を用いて預貯金の払い戻しを受けうる地位をキーワードとして覚えること