外から見る日本、見られる日本人

バンクーバーの日本人社長ヒロが仕事、生活を通じて感じた経済、経営、社会、日本人観などを綴っています。

銀行VSフェイスブック4

一見、何の関係もなさそうな銀行とフェイスブック。が、数年後には銀行にとって最も強敵なライバルとなるかもしれません。

フェイスブックが発表したCalibra(カリブラ)はスイスのLibra (リブラ)Associationが開発した仮想通貨をフェイスブックに実装するというものであります。開発をしているリブラには世界の名だたる企業、VisaやMastercardといったクレジットカード会社からスポティファイ、イーベイ、ウーバー、リフト、ペイパルといった企業名が数えるだけで29社並び、それら企業は最低10ミリオンドルの出資を行っています。残念ながら日本企業は一つも入っていません。

フェイスブックがそれを2020年から実装すると利用者27億人の間のお金のやり取りが無料かほぼ無料の状態でできるようになります。フェイスブックは当初はワッツアップとメッセンジャーで取り込み、将来的にはiPhoneやアンドロイドの標準アプリにすると発表しています。

ちなみに資金の裏付けですが、複数通貨や国債といった非常にボラティリティの低いものをベースにするとしています。(複数通貨の組み合わせはお互いの強弱を打ち消すため、ボラが実質的になくなる効果が期待できます。)

当然ながら既存の仮想通貨であるビットコインなどはその存在意義がほとんどなくなる可能性があります。(ビットコインは実際に使用するには極めて不便でありほとんど誰も使えない通貨であり、個人的には単なる投機対象商品でしかないと考えております。仮に投信から外れるようになれば相場としての役目は終えるとみています。)

ところで日本にはないのですが、当地では銀行の送金サービスにE-Transferというものがあります。これは国内送金は一定額($2500-$3000)までは送金が無料で瞬時に相手口座に入金できる仕組みとなっています。私も顧客からの支払いを一部E-transferで受けていますし、給与の支払いをE-transferで行っている部門もあります。これはメール、ないしスマホを媒介とした送金で昔からある手法で何ら珍しいものではないのですが、それを銀行が一般顧客に提供しているものであります。

こう見ると銀行はいったいどうやって稼いでいるのか、という疑問すら出てくると思います。

かつて電話会社は通信代で儲けていました。私などは国際電話をよくかけていたのでどこのキャリアが安いかを比べながら苦労して掛けていたものです。ところがその通信費、今や基本的にはゼロです。また、カナダのスマホから日本の通常の固定電話にもただのような金額で掛けられます。(逆もしかり) ましてや固定電話から固定電話の通話料は基本料以外、請求を見たことがありません。つまり、それまで当たり前だった通話料ビジネスは20年で消滅したのであります。

銀行は今、振込手数料、ATMの使用料などが重要な収入源とされています。セブン銀行などはそれでもっているようなものです。しかし、そんなビジネスは確実に崩壊します。もちろん、そんなことあるわけない、とおっしゃる方もいるでしょう。

では、皆さん、電車乗るとき、いちいち切符を買っている人はどれぐらいいますか?まずsuicaやPASMOなどで乗るでしょう。どれだけ抵抗している人がいても一度使うと虜になってしまうものです。フェイスブックのカリブラはもともと27億人もいる利用者に提供できるという点で圧倒的潜在顧客がいます。この勢いに立ち向かうのではなく、それを時代の趨勢ととらえるべきでしょう。

とすれば銀行は何をすればよいのか、であります。

制度的な問題や規制もありますが、今話題の2000万円問題を解決に導く役目が果たせないでしょうか?日本で欠如していた教育にマネーがあります。ほぼ全ての国民はマネーに対してその管理や投資について体系的教育を受けていません。それゆえに2000万円問題が異様に注目されてしまったと考えてみたらどうでしょうか?

一人ひとりの財産やキャッシュフローをベースにより健全な財政プランの下、余生の過ごし方のアイディアを提供するとしたらどうでしょうか?もちろんFPといった専門職はあります。しかし、そういうサービスはお金を持った一部の人たちだけのサービスという認識ともともと人が足りないという問題を抱えています。もしも有り余る銀行員がそれに代われるならどうでしょうか?つまり銀行員はお金のドクターになるのです。

ではどうやって資格を取るのか、と言われるでしょう。そんなものはAIにやらせればよいのです。資格は人間個々の能力にヘッジしています。しかし、AIにはもともとその能力を備えさせることができます。つまり、正しい操作を介して人間としてのコミュニケーションを通じて助言するサービスにしたらどうでしょうか?

とても紋切り的ではありますが、私の考える銀行の生き延びる道の一つであります。これなら地方銀行はしばし、生き残れるはずです。これを聞いた銀行頭取は泣いて喜ぶと思うのですけどね。

仮想通貨が変える銀行のビジネスの時代はもうそこにきているようです。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

習近平氏の北朝鮮訪問をどう見るか?4

6月21日、22日に習近平国家主席が北朝鮮を訪問すると発表されました。個人的にはやや驚きですが、なぜそのような計画を盛り込んだのでしょうか?

G20が28日、29日に開催されるわけで今回の訪朝で中国が北朝鮮をどういう立場で捉えているのか、その姿勢が明白になると思われます。この訪朝は金正恩氏の招きであることを受けて、とあります。金正恩氏としては3度目の米朝首脳会談を通じて北朝鮮への制裁解除と外交的勝利を通じた金体制の安定的な確立を目指しているかと思います。この部分は比較的わかりやすいのですが、中国が北朝鮮をどう捉えているのか、本心が私には読みにくいのであります。

中国にとって北朝鮮の存在は微妙なバランスの上に成り立っているように見えます。歴史的つながりからすれば中国と北朝鮮は切っても切れません。しかし、今の北朝鮮の経済状況を考えると仮に崩壊などが起きた場合、2500万人の北朝鮮国民が大量に中国に流れ込む可能性はあります。その場合の中国側はただでさえ、中国経済の低迷とアメリカからの制裁で厳しい中、ダメージは計り知れないものになります。

では北朝鮮が外交カードになるのか、といえば私はならないとみています。今、米朝でもめているのは非核化をめぐるプロセスであります。アメリカは今すぐに完全撤廃を主張するのに対して中国とロシアは段階的撤廃を認めるという立場にあります。

しかし、北朝鮮が核を手放さない方針であることは各方面の調査機関から裏付けが取れており、段階的非核化というプロセスはないと言っているのも等しい状況であります。言い換えれば習近平氏が北朝鮮を擁護する姿勢は論理的説得力に欠け、むしろ、余計に習氏の立場を苦しくするように見えます。

とすれば、もう一つの可能性は中国とアメリカの様々な交渉材料の一つに利用するという考え方ができます。

習氏の頭の中はG20で直接対決した際にどのような切り口で展開するか、あらゆるシナリオ想定をしているはずです。その中でメンツを潰されず、トランプ大統領とうまく渡り合える材料の一つに失敗であった2度目の米朝首脳会談からどう立て直すか、その道筋を中国が提示するとすればトランプ大統領は乗ってくるでしょう。なぜなら議長国である日本にとっても極めて興味深い話であり、安倍首相も乗ってくるからであります。

ところでトランプ大統領の訪韓日程がまだ発表されませんが、多分、G20の終わった直後の29-30日になる公算が高そうだと見込まれています。これはとりもなおさず、G20で習氏との会談を通じて金正恩氏のメッセージを確認した上で韓国の文大統領と北朝鮮問題について会談に臨むという一連のストーリーは完成します。つまりトランプ大統領にとってもありがたい情報源になるでしょう。

習氏の今回の北朝鮮訪問は金正恩氏のメッセージをトランプ大統領に伝えながら「共通問題を共に解決していく」というポジショニングを見せるための外交的演出のように見えます。もちろん、トランプ大統領にしてもこれは歓迎するでしょう。ただ、だからと言って通商戦争に有利に働くかといえばトランプ大統領にはそんな甘っちょろい考えは微塵もないと断言します。

交渉の背景を考えると三文小説を読むよりはるかに面白いものです。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

強気の出店計画が成長を生む時代ではない4

かつてコンビニ業界は激しい出店競争を繰り広げました。多ければ多いほど企業としての売り上げは上がるからです。売り上げの増大は企業がいかにも成長しているように見えます。経営者は経営指標のうち、売り上げ増は最も重視するところでしょう。よって年間2割、3割と伸びていれば「おっ、この会社、やるねぇ」ということになります。

ところがあの問題になったシェアハウス「かぼちゃの馬車」は年率倍々ゲームで増えていきます。まだあの問題が全く表に出ていないとき、日本で取引先のある銀行の支店長と「おかしいよね、同じビジネスモデルで倍々ゲームできる能力を持つところは何か裏があるよね」とお互い頷きあっていました。その後の話はご存知の通りです。

個人的にはコンビニの出店競争が一部の経営者で「成功の流儀」のようなイメージを植え付けたような気がします。ではコンビニがあれだけ無理な出店競争をしながらもここまで成長した理由は何でしょうか?私はコンビニそのものが形を変え続けたことで消費者から見た「賞味期限」を長くすることに成功したことかと思っています。

営業時間が24時間営業になり、公共料金を払えるようになり、コピーやらコンサートのチケットが取れるようになり、宅急便も扱い、弁当のクオリティが上がり、カウンターで暖かい調理品を購入でき、PBができ、お金も下ろせ、価格も以前より優しくなった…となればいつの間にかコンビニの魔法にかかってしまったといってもよいでしょう。しかし、コンビニの成長はその間に経営側に無理な負担がかかり、壁にぶち当たった気がしています。それでもよく頑張ったといってよいでしょう。

では飲食店。最近一番よく引き合いに出されるのが「いきなりステーキ」のペッパーフードサービス。ステーキをほぼ立ち食いのようなスタイルで売り出したのは斬新でした。イメージ破壊を行ったからです。高級と思うステーキと立ち食いが全くマッチングしなかったところに面白さがありました。更に小池都知事が何年か前に「いきなり…」でステーキ食べて「元気つけなくちゃ」と言っていたのが妙に印象的でその頃から一気に成長拍車がかかります。

急激な出店計画はNY進出まで行きましたが、そこで失敗します。11店舗出してあっという間に7店舗閉鎖し、昨年ナスダックに上場したものの上場の意義が薄れ、アメリカでの上場廃止が発表されています。国内も既存店売り上げの伸びも大きくダウンし、苦戦が伝えられています。理由はステーキがやや日常的ではないことと競合店がたくさん生まれ、差別化を図りにくくなったことが主因でしょう。

マクドナルドはなぜ長期間、飲食の王者として君臨できるのか、といえば食のインフラとなれたからでしょう。賞味期限切れ問題で大変苦労した同社ですが、大型投資で店舗を変え、経営を変え、インフラとしての価格主導権も取り戻しました。特に問題発生後の回復はカサノバさんの手腕と努力だったと思います。

スタバ。私はコーヒーの味というより、コミュニティのインフラだと考えています。ネット環境があり、心地よさがあるスタバに行こう、あるいは「待ち合わせは〇〇のところのスタバね」というわかりやすさがセールスポイントとなりました。ちなみに私も当地でスタバを当社の店舗スペースに誘致する計画があったのですが、その際の彼らの「角地」へのこだわりは凄まじいものがありました。待ち合わせは角地の店ですよね。

強気の出店計画は強大な資本の背景があり、インフラとなれるほどの必勝方程式を解く必要があると思います。現代社会は次々と新しいものが生まれるため、メディアにあまりにもフォーカスされると逆効果になることもあるでしょう。そういう意味では着実に一歩一歩踏み出すような出店計画で、世の中のトレンド変化が起きた時、それに合わせて変身できるのか、というリスク換算をすべきだろうと思います。

チェーンのラーメン店を新規開業するので5000万円から1億円出資しないか、という話が舞い込んだことがあります。たった1店舗でそんな大金を突っ込む理由も私には理解できないのですが、事業計画では5年ぐらいで全額回収できるようになっていました。もちろん、私の趣味ではないのでお断りしましたが、まるでイチかバチかの大勝負のような気がしてなりません。

経営とはもう少し地に足をつけたものでもいいような気がします。アメリカ流の急成長の夢にあまりにも感化されると見間違えるような気がします。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

忍耐強く長く集中できなくなった現代4

最近のニュース番組は個別ニュースについて昔よりやや簡素な報道姿勢に変わってきているように見えます。ほぼ事実関係だけを短めに伝え、それ以上のことは新たな事実が分かり次第、小出しに報じるという感じでしょうか?

最近、テレビで2時間映画を見た方はいらっしゃるでしょうか?有線の映画専門チャンネルではなくて地上波の番組の映画です。映画自体の放送が稀になってきました。なぜでしょうか?2時間、茶の間に釘付けになれないこともありそうです。長く束縛されるのが嫌だし、コマーシャルは長いし…ということでしょう。

多くの方はYouTubeもご覧になると思います。しかし、あまり長いものは私も見ません。私にとってYouTubeで耐えられる長さはどのぐらいか、といえば多分、10分程度かもしれません。なぜ、YouTubeで長いものを見たくないか、といえば画像そのものが基本的に盛り上がるシーンだけを抽出しているため、驚きが維持できないと言ったらどうでしょうか?

例えば2時間映画や連続ドラマは最初から盛り上がるわけではなく、ストーリー性と展開という連続性の中で盛り上がったり感動したりするシーンがちりばめられています。ところが現代の人は端的な例で言えば007の映画でスリリングなアクションシーンだけを見るようなものでしょう。

日経ビジネスの「世界の最新経営論」に登場するドミニク テュルパン教授を少し前にここでご紹介したと思いますが、氏が別の号の経営論で興味深いことを記しています。「マーケティング戦略のマネージメントではスピードがますます重要になっている。売ろうとする商品やサービスについて優れた分析だけでは不十分だ。戦略を実行する場面ではスピードこそが重要だと言える。グーグルで何でも検索することに慣れてしまった人々の多くはもはや250ページの本を時間をかけて読むことを耐えられない」。

氏の指摘する今すぐ結論を求める現代のスタイルは正しく捉えていると思います。しかし、私が怖いのはこれを聞いた多くの企業の戦略担当者が「より短い強いメッセージこそ、現代社会が求められている方法だ」と考え、その傾向がより強まることであります。

その時、メッセージの受け手である一般大衆はごく短いキャッチコピー的なメッセージは理解できても、小説を理解し、映画を楽しみ、音楽をじっくり聴き、商品を理解し、感性をじわっと高めることが今後の社会において可能なのか、私には大いに疑問符がつくのです。

経営理論を振りかざす専門家を否定する気は全くないのですが、それがトレンドだといった瞬間、それが正論だという帰着点になるという現代社会の短絡性を学者たちは理解しているのでしょうか?

全てを短い表現の中に抑え込み、エッセンスだけをつまみ食いすることは、何でも知っているけれど強烈なファン層にはなりにくいという仮定を立てたらどうでしょうか?

例えばおいしい店をネットで探す場合、評価点の高い店の写真を見て、メニューをチェックしてコメントを事前に読み込みます。いざ、その店でその食べ物がサーブされた時、感動は薄れているはずです。「なるほど、言う通りだ。」であります。こういう客はリピーターにはなりにくくならないでしょうか?

つまり、経営理論で引き付けることができても顧客を括りつけ、ファン層を育てることには失敗するかもしれません。私は経営学者ではありませんが、経営をずっとしてきていますので肌身でわかることはたくさんあるのです。多くの飲食店は雑誌などに紹介されても1年後にはなくなっていることはざらに起きています。

それは経営者がギミッキー(手品のような)な手法で消費者を一時的にマヒさせることもあるからでしょう。人間とは他人から言われたことを頭で理解するのではなく、自分の判断力を持つ感性を持った高等な動物である、という認識が現代の経営には欠如しつつあるように感じます。

では今日はこのぐらいで。

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今週のつぶやき4

スポーツ界からあまりぱっとしたニュースがなかった中、OTANI-SANがやってくれました。サイクルヒットですか。ゴルフのホールインワンと同様、狙ってできるものではないのですが、お見事です。なんでもそうですが、必要以上のプレッシャーは人を委縮させることもあります。そんな中、OTANI-SANはのびのびやっているように見えます。国内を見るとオリンピックで優秀な成績を残せ、という厳命があるのだろうと思いますが、もっと前向きに明るくやらせてあげることも大切でしょう。他のスポーツでもよい成績を聞けること、楽しみにしています。

さて今週のつぶやきです。

投資家は金(ゴールド)がお好き
今週の株式市場は日米とも膠着状態で小動きに終始しましたが、その中で気を吐いたのが金(ゴールド)であります。6月に入ってからのUSベースの上昇率は5.5%ほどとなっており、心理的バリアとされる1350ドルも一時、クリアしてきています。

理由はたくさんあります。主なものとしてはアメリカの利下げ予測、世界の不和、中国やロシアのドル取引外し、一部の国の中央銀行による金の大量購入といったところがあがります。どれも大きなテーマでトレンドとしてしばし展開できるものだけに金への強気の見方はある程度、継続するものとみています。これは裏返してみれば世の中、あまり良い話ではないとも取れ、多少は気持ちを引き締めた方がよいかと思います。

ところでタンカー襲撃に伴い、エネルギー価格が上昇、日本のメディアには石油や液化天然ガス供給へのやや過剰反応的なトーンが見られますが、今の段階ではもう少し落ち着いた方がいいでしょう。基本的に日本の資源政策には中東の不和の可能性は織り込んでおり、そのために代替を含め、非常にバランスの取れた数多くの供給ルートを確保しており、現時点で必要以上の不安は掻き立てることはないと考えています。

北野幹子さんはお金がお好き?
ビートたけしさんの離婚で元夫人の幹子さんは100億円を手にするようです。たけしさんが悪いとしても3億円相当の自宅以外の全部を差し上げるとなれば単純計算して97%も譲ってしまっています。男と女の感性の違いにお金に対する執着の違いがあるかもしれません。たけしさんは「べつに俺、もう72歳だし、まだ、しばらくは稼げるし、そんなにお金に執着しているわけではないし」ということでしょうか?

今回の騒動をちらっと見る限りたけしさんの新しい彼女も割とお金に対する管理がしっかりしているようでたけしさんの「そんなのよく知らねぇ」に対して「私が管理します」的なところがあったようにも感じます。

そういえば渦中の麻生大臣が国会答弁で「自分が年金もらっているか知らない」と答えていました。質問した立憲民主の大串議員が「さすがに(質問の事前の)通告しなくても即座に答えると思って聞いた。自分の年金がいくらになるのかみんな考えている」(産経)と述べているようですが、いや、庶民感覚がない人なんていくらでもいます。

ひとは必ずしもお金が全てではなく、自分の事業や信念や趣味が大好きでお財布を見ることなんて忘れちゃう人は案外いらっしゃるものです。それが男性に比較的多く、女性は将来への不安をお金にヘッジしやすい点は私の知る限りの傾向のように感じます。

ジャパンディスプレイはお金に見放され…
「おかしいな。支援の通告が来ないぞ!」。経営不振に陥っている液晶のジャパンディスプレイは中国と台湾の3社連合からの800億円の支援を受けると発表、6月14日までにその3社間の機関決定の連絡をもらうことになっていました。

同社として非常に困るのは株主総会を18日に控え、当然ながらその支援案は総会における最重要テーマとなるのに宙ぶらりんにされて、どうしたらよいのか、という点でしょう。14日の時点で連絡がないのは総会をどう乗り切るのか気が気でないはずです。また、株主総会というより同社の先行きへの不安感が再び台頭するリスクも浮上してきてしまいます。

もちろん、この数日中に先方から連絡が来るかもしれません。しかし、先方はこれまでも再三条件の変更を申し入れてきており、ジャパンディスプレイは振り回されてきました。私が30数年前、事業で騙された時も「のらりくらり」「ちょっと相手の事情が変わって…」というものでした。今回の3社支援はもともと弱者同士の融合とも噂されていました。関係者はさぞかし気をもんでいることかと思います。

後記
北海道で起きた女児の衰弱死。これをめぐり児童相談所と警察の説明の食い違いが取りざたされています。それを明白にすることももちろん重要ですが、このところしばしば起きている子供への虐待、放置のニュースを耳にするたびに子供に対する親の気持ちが薄弱になっていると感じざるを得ません。言うこと聞かなきゃ叩く、っておもちゃが動かなくなったのと違うのです。子供の面倒よりパチンコ、って大人として完全に失格者です。しかし、そんな親が多くなった社会背景は何故なんでしょうか?考えさせられます。

では今日はこのぐらいで。

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揺れる国際関係、超える政府のコントロール4

折しも安倍首相がイランを訪問しているさなかで起きたホルムズ海峡でのタンカー襲撃事件。うち一隻は日本の船舶で一部報道では狙われたのではないか、というトーンも聞こえますが、これはかなりの憶測で真偽のほどは不明です。襲撃されたもう一隻の台湾企業がチャーターした船は沈没しています。

ホルムズ海峡はもともと治安が悪く、先月も4隻が襲撃されたと報じられていましたが、アメリカとイランの関係が悪化したことで一部の思想団体を刺激していた可能性は否定できないでしょう。とすれば日本の船舶側が警備員もつけていなかったのはいくら「警備員がいても同じ事さ」と言えどもやや情報解析に甘さがあったような気もします。

安倍首相のイラン訪問がこのタンカー襲撃の引き金となったとは思えませんが、首相の会談後の談話や記事を読む限りアメリカとイランの関係改善に向けた即効的な話があったようには感じません。それは当然で41年ぶりに訪問した国でアメリカから託された解決の糸口が出てくるほど簡単な外交はありません。

安倍首相がプーチン大統領と26回も会談しているのに領土問題は何ら進捗がないことを考えれば国と国の問題は長い歴史問題を抱える中でトップから実務者レベルまでが周辺環境を踏まえて一枚岩になってようやくなし得る作業です。

その上、最近は特に政治を超えた国民や市民ベースでの活動が目立ってきているのも特徴です。民主主義という名の議会での多数決判断は必ずしも国民の意見を反映している訳ではありません。香港の「逃亡犯条例」に反対する市民の抗議は驚くべきパワーとしか言いようがありません。本日のバンクーバーのローカル新聞トップは「香港市民の将来への不安は約30万人いる香港在住のカナダ市民権/移民権所有者が当地に戻ってくるのではないか」という懸念でした。懸念というのは正しい表現ではないかもしれませんが、突如、雪崩のように人が押し寄せればしわ寄せの結果、様々なことが機能しなくなることを意味しています。

英国の選挙はどうでしょうか?新しい首相選びの選挙が始まりましたが、候補者を絞り込む方式のこの選挙は最終的に争点の絞り込みを意図し、強硬離脱派と穏健派と離脱反対派という明白なグループ化を作り、議会の外で英国国民が過激な行動や活動を再びしないとは限りません。

情報化が進むと一人一人の選挙民はあらゆる影響を受け、それまでさして興味がなかったことにも「そうだったの!」という刺激とともに活動をしたり声をあげたりするものです。私が感じる世の中の動きは時として激しい市民の声とそれを受け止め防戦に回る行政や政治家という構図にすら見えてくるのです。市民側には極端な声もあるわけでそれをバランス感覚を含めて落としどころを探るという行政側ということでしょうか?

問題は一度色づいた意見はなかなか変わらないという点です。A案とB案があってA案が正しいと信じた瞬間、それを後日、やはり自分は間違っていたからB案にするという意識と勇気が高い人はなかなかいるものではありません。人は頑なになり、より固執し、譲歩せず、激しいバトルとなるのが流れです。

そういう意味ではあらゆることに判断を求められ、選択をさせられる時代が到来したともいえるのでしょうか?ちょっと息が詰まるかもしれません。

では今日はこのぐらいで。

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AIは世の中を変えるのか?4

AI(人工知能)の話題には事欠かないですが、特に言われるのが将来、必要なくなる職業リストで、会計士や運転手といった職種の名前が必ず出てくるのですが、AIはそこまで我々の生活を変えるのでしょうか?

確かに便利な生活を提供してくれるはずですが、我々の生活を急に激変させることはない、と考えています。理由はAIを支えるビックデータは過去の行動パタンや数字を基本に作り上げたものであり、極度な効率化は促進されるものの今までの流れを変えるものではない、という点が議論の中で落ちているように感じます。

例えば運転手はこの2-30年の間に自動車性能や機能の充実化で運転がよりやりやすくなったことを享受してきました。そのうえ、居眠り防止やはみだし運転への警告、車線の自動修正といった機能が更に付け加わりつつあり、徐々に運転手の技能を機械が掌るようになるでしょう。しかし、その日は突然来るわけではなく、何年もかけてじわっと来るとみています。運転手の仕事をしている人が違う職種に移行できる時間は十分にあるとみています。

会計士はどうでしょうか?経理や会計は確かにソフトを使い、楽になってきました。しかし、最後は「意思」が入り、どう処理するか、必ず微妙な判断をするものであります。その高度な判断はある意味、政治的決着になることすらあり、AIではできません。むしろ、AIが基礎的な作業を行うことで高度な判断ができる会計士が育たなくなる可能性すらあり得るのではないでしょうか?

ところで先日、テレビで世の中を変えるのは一人の天才か、高度な専門性を持ったチームか、という番組がありました。一人の天才が世の中を変える、と主張したのが孫正義氏でチームプレイだろうと予想したのが茂木健一郎氏でした。

AIは便利にはするけれど新しい道を開拓できないので開拓者がいなければ次のステップには進めない、という点では両氏とも同じ考えであり、それを誰が開拓するのか、という議論でした。

私は孫正義氏の考え方に近いものがあります。革新的なものを生み出す人は孤高の天才が多いものです。スティーブ ジョブズやビル ゲイツ、イーロン マスク、マーク ザッカーバーグ…といった方にはもちろん、有能な取り巻きがいるチームプレイを通じて世の中を刺激するモノを提供してきたわけですが、最後はリーダーとなる人物の圧倒的信念と判断力、推進力が「地殻変動」を引き起こしています。そのジョブス氏やマスク氏が産みの苦しさを否が応でも味わってきたのは周知の事実です。

さて、もう一つ、AIは我々人間を無能にするのか、というテーマが残っています。AIが苦手とする判断を求めらえる人材は高い能力を持った管理職かもしれません。(ここでいう判断とは「奥さん、今日も美しいね、ちょっとおまけしておくよ」といった主観的な判断力という意味です。)とすれば一般大衆はどうなるのでしょうか?判断を求められないのですから思考能力は落ちてしまうのでしょうか?

私はこう考えます。世の中に自動車が普及した時、人間はこれから歩かなくなるから足腰が弱くなり、歩けなくなると考えたでしょうか?そんなことを考えた人もいるかもしれませんが、今、誰でも普通に歩いています。運動不足が指摘されるタクシー運転手だって歩いています。むしろ、運動不足になるから意図的にウォーキングしたりジョギングするようになっているかもしれません。

同様にAIが我々の生活を全面的にサポートしてくれるとしても我々の脳みそからしわがなくなることはないと思います。ただ、現在のしわの寄り方とは変わってくるかもしれません。が、それが人間生活を大きく堕落させることもないでしょう。江戸時代には皆、歩いていました。江戸と地方を何日もかけて歩く足腰の強さと現代人の足腰の強さを比較するようなものでしょう。

つまり、AI時代を迎えることに何ら恐れることはないと思っています。奇妙な消滅職業リストなるものが世の不安を掻き立てますが必ず、違う業種が生まれるものです。我々はもっと気楽に新しい世界を受け入れていけばよいと思っています。

では今日はこのぐらいで。

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必然の中で起きた東京福祉大学 消えた学生問題4

東京福祉大学のずさんな経営が報じられていますが、不思議なことがあります。それはこの大学がウェブ上で謝罪はしたものの、メディアも理事長などへ積極的なアプローチをしているようには思えないのです。つまり、報じられている内容は極めて表層的で一応、学校側に問題があるという形にはしていますが、それを追求しようとする姿勢には見えないのです。

何故でしょうか?

私は東京福祉大学は結果としてそうなったという点で一義的に同大学を責められない状況があったのではないかと考えています。では、本丸は誰なのでしょうか?可能性としては政府の無理な方針がそこにあったかもしれません。

「留学生30万人計画」というのがあります。これは福田内閣時代の2008年に文科省で制定されたプログラムで開かれた日本とグローバリズム戦略の一環でありました。安倍首相もかつてその成長戦略の中でこのプログラムをサポートする発言をしています。その功も奏してか、2018年末における留学生の数は33万7千人になっており、目標を達成しています。

ただし、この30万人達成にはやや無理があったのは否めません。日本側のグローバリズムというまじめな取り組みに対して、実態としては一部で勉学するというより「ジャパンに出稼ぎに行こう」的な形で理解が進んでしまったとみています。日本に留学するには一年で150万円前後は必要とされます。また、一定の日本語を含めた能力も要求されます。多くが中国や東南アジア圏からの留学生ですが、そんなに貯金があるとは思えないのです。もちろん日本語能力もそうです。大学入学ならPLPT能力検定でN2レベルを要求されます。

それでも本当に30万人以上も来られたか、といえば一部で書類改ざんの可能性が指摘されています。

これは日本で最近話題になった改ざんとはやや違い、現地の留学斡旋エージェントの暗躍があるようであります。そこで日本留学に必要なハードルをクリアする魔法を介して留学ビザを取得するというものであります。もちろん、こんな魔法は文科省以下関連省庁は十分わかっているはずです。しかし、30万人留学生輸入計画は国家の成長戦略であるため、多少は目をつむったと思われます。

幸いにして日本は今、圧倒的人手不足。猫の手も借りたい事業者側からすれば留学生に許される週28時間労働を超えての雇用実態も大いにあるでしょう。とすればこの東京福祉大学の問題をとことん潰していくとみんな悪になってしまうのです。ビザの不正取得を見逃した役所も留学生を規制以上に長時間労働させている事業者もアウトになるかもしれません。もちろん、二つ以上のバイトの掛け持ちをしていたとすれば知らなかったと言い逃れるかもしれませんが。

では矢面に立つ東京福祉大学はどうなるのか、ですが、多分、消えた留学生を主題とせず、受け入れた学生に対する施設や教員の十分な体制が整っていなかったという形での罰則になるかもしれません。また消えた学生が多いのは東京福祉大学に限らず、日本全国にたくさんあるとされていますが、それが大きく取り上げられない可能性もあります。その理由はもちろん、困るからです。

東京福祉大学のホームページに理事長の言葉があります。「…詰め込み教育で得た知識だけでは対応が困難…」。詰め込んだのは教育ではなくて学生さん、そしてそれでは対応は困難だった、ということになります。

このような問題は受け入れ留学生が圧倒的に多いカナダでも当然起きています。しかし、10年ぐらい前に留学ビザで長時間就労していたケースが相次いで見つかり、厳しい対策が施されました。現在ではその就労可能な学生ビザはそれなりに機能しているようです。

個人的には30万人という数字を「神の声」のように扱い、独り歩きさせ、忖度しすぎた関係者の見逃しがあったのだったのだろうと思います。ルールの厳格化が求められるのは当然であります。

では今日はこのぐらいで。

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キャッシュレス社会本格化4

私は一応、家計簿をつけています。ここ何年も支出傾向はほぼ変わっていないので特段、驚くことは何もないのですが、管理という仕事がしみ込んでいるので家計も惰性でやってしまうのでしょう。その家計簿にはキャッシュ払いとカード払いが仕分けされているのですが、この一か月、一度も現金を銀行から引き落としませんでした。そして驚くことに最後に下ろした現金がそのまま全額財布に残っていました。つまり、キャッシュ払いを一度もしていないことになります。

日常生活で支払いが発生するのはスーパーなどでの買い物、飲食、コンビニでの小口払い、ガソリン、交通費などが定常払いだと思います。私の場合、一種類のクレジットカードだけで全て払います。理由はカードの請求書が支払いリストになるからです。

日本のクレジットカードにはまだ普及されていないケースもあるのですが、北米のカードにはICチップが入っています。このICチップがあればクレジットカードないし、キャッシュカードでは100ドルまでカード読み取り機をタップするだけで支払いが終わるのです。

タップとはカードを端末の画面に一瞬タッチする感じ。そうするとピッっという音で反応し、支払い完了となります。どこかに差し込んだり、暗証番号を入れる必要はありません。正直、アップルペイより早いです。カナダで見ている限り、スマホのソフトで払う人はほぼいません。クレジットないし、キャッシュカードのタップによる支払いがあまりにも便利だからでしょう。

キャッシュレスに対して高齢者は慣れていないというコメントをよく耳にします。それは日本でスマホを使ったキャッシュレスを推進しようとしているからだろうと思います。これでは確かにハードルがあります。一つには携帯電話ではできないこと、二つ目には高齢者のスマホ使用において通話とテキストを超えた使用は案外ハードルが高いこと、三つ目に高齢者が好む店舗に端末がないことがあります。

もしもクレジットカード、ないしキャッシュカードでピッと払えるなら高齢者でも簡単です。スマホによる支払いは中国で急速に普及したものでそれを日本が真似しようとしているのでしょう。北米では前述の通り、タップ払いが主流です。

交通機関はどうでしょうか?当地はバスと電車の運行は一つの会社が行っていますのですべてのシステムが共有されています。支払いは専用のカード(スイカのようなもの)を買い、それを使い続けるか、クレジットカードで直接改札を通ることもできます。(これは進んでいますよね。)チャージはパソコン画面からクレジットカード払いでチャージします。情報がそこに記憶されていますからチャージ用のウェブサイトに入ってからチャージ完了まで30秒もかかりません。

日本の交通機関系カードの問題はチャージするのに通常は駅で現金がいるのです。これがまどろっこしい。調べるとパソコンでクレジットカードチャージが出来たらしいのですが、このサービスを止めるようです。時代に逆行です。これではキャッシュがいるキャッシュレスなんです。ほとんど意味がない。

キャッシュレスが浸透するとレジで並んでいてキャッシュで払う人はこんなに時間がかかるのかと実感します。金額見て財布出してお金のやり取りしてお釣りを財布にしまって、という一連の作業は確かにない方が顧客にも店にも便利なのかもしれません。

そのうち、香典も結婚祝いも端末に金額を入力してタップ払い、ということになると思います。えっ、そんなことはあるわけないって?いやいや、私たちが棺桶に入るときは香典を払うピッって音がしますよ。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

防戦が強まる中国の対外戦略4

香港の民主化運動を耳にしたことがある人も多いでしょう。2014年、「雨傘運動」とも称される反政府デモは香港の行政長官を選ぶプロセスにおいて実質的に中国の言いなりになる仕組みに反対し、学生らを中心に激しい抗議運動がおこりました。

今般、その香港で再び激しい民主化運動が起きました。いわゆる「逃亡犯条例」に反対するものであります。現在、中国本土と香港の間で犯罪人引渡協定がありません。今回、香港の議会でそれを可能にするよう立法化する案に関して香港の市民が立ち上がったものでデモの規模は主催者側発表で103万人とも言われ、香港の人口の7人に1人、幼少者や高齢者を除けばいかに多くの市民が激しい抗議運動を展開しているか、お分かりいただけると思います。

何故、この「逃亡犯条例」に香港市民が反対するかといえば中国政府に不都合な運動家やジャーナリスト、更にはビジネスにおいて中国側と紛争を巻き起こす可能性のある人などが様々な理由づけの下、中国側に引き渡される道筋を作るためであります。

香港は1997年に中国に移管されたのち、一国二制度を約束し、香港の高い独立性を認めたはずでした。しかし、時間とともに実質的に「中国の一部」という形が進んでいくことに香港市民が強い懸念を示していると言えるのでしょう。

なぜ、中国がそこまで香港を締め付けるのか、といえば一国二制度が中国からすれば制度上のバグとなり、中国が目指す完全支配下に置ける統制が出来なくなるからでありましょう。それだけ中国は「中華帝国」の安泰化に躍起になっているとも言えそうです。

注目される米中通商戦争。アメリカ側の締め付けの手が緩まない中、中国も閉鎖的動きが見えてきました。日経が「中国、重要技術の輸出制限検討 人民日報など報道」 と報じたその中身は「国家技術安全管理リスト」を作り、そのリストの業種、技術などは中国が死守するものとし、ブラックボックス化や輸出や技術移転の禁止などを内包するものと想定されます。現時点ではその詳細は分かっていません。

かつて私は地球上でブロック経済化がまた進むリスクがある、と指摘したことがあります。今から5-6年前でしょうか?その頃は誰もそのようなことが現実に起きるとは考えていなかったと思います。今、アメリカが力づくで行う中国の抑え込みは中国が中国経済圏の創生に全力を挙げると見ることも可能です。これは大きな意味での地球ブロック化であります。その場合にはロシアがブロック入りする公算があり、多くのアフリカ諸国も中国色に染まるかもしれません。

進行中の通商戦争が現代版の冷戦になりつつあるのかもしれません。いみじくもプーチン大統領が先日、日本との平和条約締結は日米の強固な関係がある以上難しいということを述べました。つまり、日本と言えどもいつの間にか派閥化の争いに巻き込まれているということかもしれません。

では中国の防戦は十分な機能をするのか、であります。中国がアライアンスを組む相手が誰か、ということになりますが、ロシアを除くと先進国や影響力ある国家がどれだけ中国側につくのか、正直読みにくいところがあります。アフリカ諸国やベネズエラといった支援を要する国家への影響力はありますが、その道のりはたやすくないでしょう。

香港の議会は過半数が親中国派で占められており、このままでは立法案は通過する公算は高いとみられます。しかし、香港市民置き去りの立法案制定は中国が国家権力と威信をもってほぼ力づくで抑え込んでいるようなものであり、それは決して安定化にはつながりません。ネット社会は香港でも二分化を増長しているわけですが、収まりどころは果たしてあるのでしょうか?

内憂外患という言葉が最もふさわしいのが今の中国、そして習近平国家主席を取り巻く状況ではないかと思います。

では今日はこのぐらいで。

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金融庁レポート「老後2000万円必要」のトリック4

金融庁が金融審議会 市場ワーキング・グループによる「高齢社会における資産形成・管理」という報告書を6月3日付で発表し、老後には2000万円必要とするそのレポートの趣旨に野党が気勢を上げ、麻生大臣や菅官房長官が一部表現に不適切なものがある、と非を認めました。

私もその40数ページに及ぶレポートをさらっと拝見しました。第一印象としては多くの統計的資料を基に平均的所帯の在り方を平均数字の上から決めようとしたところにこのレポートの欠陥を見て取りました。

ハーバード大学、個性学研究所所長のトッドローズ氏の著書に「ハーバードの個性学入門、平均思想は捨てなさい」 という本があります。内容が堅い本で読みづらいと思いますが、研究者の視点から極めて重要な指摘がなされています。

それは世の中は平均値を全体の特性だと認識する傾向があるが、世の中、平均値に当てはまるケースはほとんどないというものです。ごく簡単な例を出すと学校の成績に於いて各科目ごとの平均点にすべての教科の成績が一致する人はいますか?まず、そのような生徒はいません。得意、不得意は必ずあり、平均に収まらないはずです。

平均値絶対主義はかつてテイラーシステムが全盛のころの話であり、いわゆる標準偏差の中に収まることこそが優良の証とされたわけです。ところが上述の通り、そんな平均的な人はいないわけで平均値をもって物事を判断するのはおかしいのではないか、というのが本書の趣旨であります。

ではこれが上述の老後の話とどうつながるか、であります。

レポートを読んでいて一番ダイレクトに響いたのが収入と支出の平均像であります。平均実収入が209198円に対して平均実支出が263718円かかるので月々54520円不足すると計算し、これをラウンドし月5万円x12カ月x退職後平均余命30年で約2000万円足りなくなるというのです。

この計算にはいくつもの仮定があります。まず、平均実所得はどこから出てきたのでしょう?サラリーマンと個人事業主は全く違います。またサラリーマンでも大手に長く勤めれば厚生年金に厚生年金基金の3段構えになりますし、小さな会社なら厚生年金まで。一方、個人事業主は国民年金のみです。

263718円という実支出の内訳も面白いもので、老夫婦二人で食費が64000円、飲食25000円、その他の消費54000円、中には家具家事用品が9400円というのもあります。こんな平均的生活をする人はまずいないでしょう。質素だけど旅行する人もいるし、外食が大好きな人もいます。要するに支出の263718円というのは平均であり、十分な収入がない人は当然ながら支出は絞り込む行動に出るはずです。

更に言えばここには経理でいう損益計算書だけの判断で貸借対照表の資産を十分考慮していません。この個人の資産の部分のうち、例えば株に投資し、未実現の利益があるケースや将来相続するかもしれない期待資産があるかもしれません。固定資産である住居は非流動性の資産と考えていると思いますが、リバースモーゲージを組めば景色は全然変わります。

もう一つ、30年という単純な掛け算です。これも人生100年設計という前提がそこにあるのでしょうけれど無職が30年続く人もいれば家賃収入のようにずっと収入がある人もいるでしょう。もちろん、30年生きない人もいます。

つまり、この老後2000万円という数字は確かにいろいろな統計をもとに平均値を積み上げていかにも理論的帰着点のように見えるのですが、ほぼ現実解ではないと断言してよいと思います。ところが2000万円という数字だけが独り歩きしたのが今回の顛末でしょう。

私ならばこんなレポートは作りません。まず、高齢者のセグメントを作ります。例えばサラリーマンがそれぞれ65歳、70歳退職でその後、年金以外無収入になるケース、自営業で75歳まで働くケース、国民年金が満額もらえる人、年金がない人など主だったパターンだけでも最低7-8通りぐらいあるはずですのでそれぞれのケースで実収入、実支出をはじき出す丁寧さが必要だったと思います。

なぜ、様々な人々のライフがある中でたった一つの平均値でレポートをまとめようとしたのか、レポートに関与する21名の立派な肩書のワーキンググループの方々がなぜ、そんな簡単なことに気がつかないのか、私にはさっぱり理解ができないのであります。

ひょっとすると日本人がほぼ単一民族だからケーススタディも一つでよいと考えた、なんてことはないですよね?

では今日はこのぐらいで。

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今週のつぶやき4

好きなニュースだけ配信される技術が普及してくると実は大きなニュースを取りこぼしている可能性がありませんか?最近、一部のネットで配信されるニュースに奇妙な偏りがあり、一般的ニュースソースに行くと「へぇ、こんなニュースがあったんだ」という発見をすることがあります。個人的には技術の進歩が視野を狭めるような気がしてなりません。例えるなら食べるものといえばカレー ハンバーグ スパゲティしか知らないようなそんな世界でしょうか?恐ろしや。

では今週のつぶやきです。

元気が戻った株式市場
ほっと一息、というところでしょうか?日経平均は週間で500円ほど上げチャート的には戻りを試す展開です。NYは月曜日安値から週間で1300ドルほど戻しており、覚醒したという表現が的確かもしれません。上昇したほぼすべての理由は利下げ期待と断言してよいでしょう。

金曜日に発表されたアメリカの5月度雇用統計は事前予想の18万人増をはるかに下回る7.5万人増にとどまりました。これでFRBは否が応でも金利引き下げに動かねばならないとみる向きが強くなり、株式、金、ドル以外の通貨に資金が回っています。EUも利上げを半年先送りとしました。欧米で取りざたされている金融緩和の理由はインフレ率が収まっているから、であります。

私がもう10年以上ずっと言い続けているのは過去2桁あったインフレ率は今の先進国ではまず起こりえず、インフレの沈静化は更に進むということ。日本がその最先端を行きましたが、欧米も必ずフォローします。欧州の一部や日本の長期国債はマイナス金利が当たり前。ではなぜアメリカはそれでも2%もの金利がつくのかといえばイノベーションを伴う成長意欲が他国に比べて旺盛だから、と説明する以外になんと言えましょうか?逆に言えばアメリカが自由で開かれた国でなければ金利はどんどん下がる、つまり、老化するアメリカになりかねないともいえそうです。

英国新首相選び
メイ首相が保守党党首を辞任しました。これから本格的な次期党首、つまり首相選びが始まります。下馬評ではやはりボリス ジョンソン氏が圧倒的リードで2位にラーブ氏がつけていますが、双方とも離脱強硬派。特にジョンソン氏はトランプ氏に似たような自由奔放なところがあります。

仮にジョンソン氏が首相になった場合の私の期待度はかなり低く、イチかバチかの大勝負に出ると思います。メイ首相は粘り強さがありましたが、ジョンソン氏は全く粘りません。いやだと思ったらプイと横を向くでしょう。つまり、議会で離脱の賛否を問う出口なき議論となれば、彼は職を全うできないリスクはあります。

また、EU側との交渉もごり押しするはずですから交渉そのものが成立せず、合意なき離脱に突っ走るとみています。今の英国を見ているととことんまで行きつくしかないのかな、と思います。それでも英国民は文句を言いながらもプライドを持って新国家をまた築き上げていくでしょう。

ロンドン株式市場はずっと堅調ですし、ポンドの為替も2016年10月以降は比較的落ち着いています。つまり、英国離脱物語は二流の茶番劇でしかないのかもしれません。

出生者数91.8万人の衝撃
厚労省が発表した2018年度の出生者数は91.8万人、前年から2.8万人の減少です。これは率に直すと2.96%。メディアに紹介される統計が絶対数表示になっているので気がつきにくいのですが、減少率でみるとずいぶん下がっています。私がはじいた出産適齢期の人が子供を産む単純率は17年度が3.79%に対して18年度は3.73%に下がっています。合計特殊出生率も0.01%ポイント下がり、1.42となっています。

これをどう捉えるかです。多くの声は教育の無償化、子育て支援など通じて出産と就労の両立を掲げています。それは否定しませんが、個人的には根本の部分が違うと考えています。それらは出産を支援するものの出産そのものへの促進とは違う気がします。

このテーマはこのブログで何度も触れているとおり、宗教観や儒教的背景、家族の財産継承を通じたファミリーツリー形成思想の欠落、女性の社会進出による反動(アメリカも女性社会進出に伴い、出生率は下落した歴史があります)、戦争がなく平和になったことでより少ない子供への高いアテンション化など様々です。つまり、社会構造そのものが少子化に向かわせていると考えています。

私は出生率よりも出生の絶対数が減ることがもっと懸念される事態と思っています。数十年後には人口バランスを含め日本がサステナブルな社会を維持できなくなるリスクは頭に入れた方がよさそうです。

後記
最近北米で話題の食品といえばリアルの肉ではなく植物から作り出す人工肉をベースにしたものでその代表的企業であるBeyond Meatは上場後初の決算発表に於いて冴えない赤字決算ながら強い成長期待で1日にして4割近くも株価が跳ねました。大手食品のネッスルも同様製品の投入を発表しており、日本ではオイシックス ラ 大地がリーディング会社です。菜食主義者やさらに厳格なビーガンの人が増えていることを意味します。我々の生きる時代はあまりにも変革が早すぎ、常識観がどんどん崩れ去ります。驚きです。

では今日はこのぐらいで。

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経営に政府はどこまで口をはさむべきか?4

FCAとルノーの経営統合計画がこれほどあっさりと撤回されると誰が思っていたでしょうか?普通、これだけの壮大な計画を持ち込む場合には当然ながら下準備と下調べはしているはずです。が、私が感じた今回の話は「パーンと弾かれた」という表現が似合いそうです。「全然思惑通りに進まなかった」ということでしょう。また、FCAは創業家のエルカーン会長が指揮していることで決定権は彼の腹の居所にある、ともいえました。

撤回の理由はルノーの筆頭株主であるフランス政府側のスタンスにあったとされています。フランスではマクロン大統領が大臣時代に主導した悪評のフロランジュ法により長期株主は株主の権利が二倍になるという法律があります。これを盾にフランス政府が企業への関与を強めることで企業の経営の自由度は狭まります。

マクロン大統領にしてみれば自動車のように雇用を生み出す産業は国内経済の安定、ひいては政権の安定化を目論むには好都合でありますが、企業からすれば国際的コングロマリット化が大きく立ち遅れることは自明の理でありましょう。日産が本件でフランス政府の意図するルノーとの経営統合に拒絶感を示し、水面下で日本政府とフランス政府の神経戦が行われたのは国際企業において政府が出てくれば相手方政府も必ず出てくることをマクロン大統領は甘く見たとしか思えません。

今回のFCAの撤回の流れを端的に見れば5日のルノー取締役会で経営統合が決議されるところでありましたが、フランス政府が日産を口説くために時間が欲しいと要求。その取締役会での決議を留保させました。フランス政府側は6月8日からの福岡でのG20財務相会議でルメール財務大臣が日産の姿勢に関して日本政府と協議することを目論んでいました。

これをFCAが嫌ったというのが一つの理由です。もう一つは取締役会で組合を代表する役員などからの様々な要求があがる中でフランス政府がフランス企業を有利に展開することを一義とし、FCAとの協調路線がおざなりにされたことにFCAが憤慨したということではなかったでしょうか?

今回の統合劇ではFCAのおひざ元のイタリア政府も介入する姿勢を見せていたとされており、一企業の経営統合があまりにも複雑な要素を抱えすぎていることは欧州企業の成長戦略に大きな足かせとなることが明白になったといってよいでしょう。

ところでご記憶にあると思いますが、ドイツでは同国1位のドイツ銀行と2位のコメルツ銀行を合併させようとドイツ政府が画策していました。理由は経営不振のドイツ銀行を放置できないこととコメルツはドイツ政府が大株主として支配下に置いているからであります。この交渉も割とすぐに破談を迎えました。

今、ドイツ政府が支配するコメルツ銀行はその次の結婚相手先としてオランダの金融大手INGとの経営統合を画策していると報じられています。興味深いのはその水面下の話は銀行同士の話ではなく、両国の財務大臣レベルの交渉となっている点でしょうか?見合い結婚を目論むのが欧州のやり方なのでしょうか?

アメリカでよくみられる巨大合併も当然ながら政治的要素は加味されます。しかし、その内容とは独占的支配、国家安全や機密保全といったことが主眼であり、欧州で議論されている国家主導型企業合併とは体質を異にします。

欧州経済が立ち遅れている理由はあまりにも政府が深く関与し、企業の利益を政府利益に付け替え、影響力を維持することを当然としているところにあるかもしれません。

私からすれば企業にとって魅力的な国家や地域には企業はこぞって進出する一方、政府が関与を深めようとするところからは足を洗う、というのは自然の摂理ならぬ「企業の摂理」だと思っています。企業を縛り上げ、そこから生まれる利益を吸い上げることを政府の誇りとするのか、大きな枠組みの中で企業の自由な活動を保証することで結果として大きな利益を生み出すのか、そこから生み出す結果はあまりにも違い過ぎます。

政府がやるべきことは個々企業への関与ではなく、大所高所からの成長戦略であることは言うまでもないことを今回、改めて見たような気がします。

では、今日はこのぐらいで。

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夏といえばビール、ではないサマードリンクのトレンド4

バンクーバーの酒屋に最近入った人はあることに気がつくかもしれません。「Nude」と記された白い缶の飲み物がどこの酒屋でも大プッシュされているのです。実はこの飲み物、バンクーバーの会社が生産しているですが、昨年、あまりのブームで生産が追い付かず、今年は満を持しての大勝負に出ているようです。

これはウォッカベースでアルコール分はビールと同じ5%、フルーツ系の様々な味がありますが、最大の売りはロー カロリー、シュガー フリー、グルテン フリーでなるべく健康に気を配った材料を使うというコンセプトなのであります。

飲んでみるとなるほどさっぱり、すっきりというのが正しい表現でしょうか?飲みやすく、案外、クイクイいけてしまうかもしれません。

バンクーバーはクラフトビールでも有名で数多くが競っていましたがそれもピークは4-5年前。最近はクラフトビールの工場直販店に飲みに行っても曜日次第ではガラガラということもあります。(こちらは工場のスペースに簡易テーブルがあり、そこで飲めるのですが、つまみがなく、持参するか、店先にきている移動式のフード販売で買うような仕組みのところが多くなっています。)

バンクーバーに限らず北米全般でクラフトビールに代わるように出てきたのが上述のNudeのようなウォッカやジンをベースにした健康志向の強いアルコールドリンク。それに対してクラフトビール会社も女性好みのフルーツ系ビールを大プッシュしており、間違って買うとあまーいドリンクになってしまいます。

最近、アサヒビールの守勢という記事を読みました。長年のキリンビールとの戦いののち、スーパードライで首位街道をひた走ったものの最近、そのアサヒに勢いがないというものです。世界で進むビール離れのトレンドが日本でも例外ではないということなのでしょう。ただ、その記事で気になったのはアサヒはビール販売の首位を死守できるというコメントでありました。

これは大きな戦略ミスを引き起こす可能性があります。アルコールの嗜好トレンドはどんどん変わります。かつては日本酒、焼酎、ビールぐらいしかなかったのです。なので多くの中高年は親しみ続けたあの味から脱却できません。ところが今はあまりにも種類が増えました。ハイボールにストロング酎ハイは単に安くて酔えるだけではなく、ビールの代替という発想に見えます。

日本の酒販メーカーは飲食店向け卸と小売りという二つの部門を通して4社のライバル競争に明け暮れ、新たなドリンクを生み出すのが後手後手に回ったというのが私の感想です。上述のアサヒの話でもビールが首位だろうが、人気が下火のビールで首位にいることは自慢でも何物でもないことに気がついていないのが懸念される点であります。

大手酒販メーカーは既存カテゴリーに対する社内の自負が逆に新製品を生み出す内部の力を削いでいる気がします。事実、上述のNudeも全く知らない新興企業発です。つまり、市場は常識破りの新製品を求めているのに企業はイメージを大事にし、保守的経営に固執するという流れでしょうか。

ビール会社は飲み屋のトレンド、酒屋のトレンド、そして街の声をもっと研究すべきかもしれません。そうそう、我々は「ビール会社」と言うからいけないんですね。アルコール飲料会社に変身してもらう勢いで頑張ってもらいたいものです。

では今日はこのぐらいで。

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天安門事件30年4

中国の天安門事件と言ってももう若い方は知らない人も多いでしょう。1989年6月4日、民主化を求める学生は北京、天安門広場に集まり、政府軍と対峙します。そして、突如、政府軍は装甲車や戦車が武器を持たない民衆に牙をむくのです。この事件については真相はほとんど語られません。犠牲者がどれぐらいいたのか、なぜ、政府軍は民衆に立ち向かったのか、疑問だらけです。

中国ではその20数年前に文化大革命という中国版「失われた10年」を経験しています。徹底した資本主義否定と新しい社会の創生に毛沢東の妻、江青ら4人組の行き過ぎた指導、そして学生たちの暴力的行為により中国全土を破滅的状態に導きます。この歴史的事実も中国内では文献にすることすら阻まれたのですが、あまりにも多くの国民が見聞きしたこの事件の詳細な情報を得ることは今では比較的容易くなりました。

共産主義が強化され、その党内派閥の戦いが繰り広げれたのが中国の歴史と言ってもよいでしょう。天安門事件から政治的には何も変わっていない、と指摘されてますが、私からすれば1966年の文化大革命もそもそも権力闘争だったし考えれば建国である49年10月1日も国民党との戦いから生まれた結果であります。その国民党が台湾に追いやられ、今の中国と台湾の関係につながります。

そう考えていくと中国は闘争社会であり、その戦いで本来、考えなくてはいけない国民の権利や潜在的能力を引き出す、ということは二の次でありました。

この30年の中国の経済成長を見ると天安門事件で落ち込んだ成長率は91-92年ごろにV字回復し、一旦ピークを付けます。その後、90年代後半のアジア危機まで経済は低迷するものの北京五輪、上海万博という2大イベント、そしてWHOに2001年12月加盟し、中国は世界の工場という称号を手にします。この頃、日本やアメリカで衣料の価格が急落し、ファストファッションなる言葉が生まれます。

確かに国家主導的な経済回復は共産党の威信を見せつけたようにも感じます。ただ、諸外国から見れば安い人件費とそこそこの品質が魅力的だっただけで外国からの雪崩を打ったような中国進出ブームがその経済を支えたという見方もできます。

ところが海外の投資家、事業家はシビアであり、中国の人件費高騰、さらに国際ビジネス社会にそぐわないルールが中国からの撤退を促し、東南アジアなどへの進出につながります。

こうみると中国の天安門事件後の30年とは激しい経済の変動の中で一定の成長を遂げたように見えますが、それは諸外国の移り気なマネーという背景があっただけで中国とともに歩んでいくという姿勢には見えなかった気がします。欧州や豪州の一部の国家や一時の政権時代には中国様様という時期もありましたが、それは中国との経済を通じたウィンウィンの期待だけであり、政治のイデオロギーを共有したケースはほとんどありませんでした。

こう見ると中国は政治的には何も変わっておらず、国民の真意とは「逆らえない共産党」というドライな視点がずっと続いているだけのように感じます。

習近平氏は共産党支配の体制をより強固にし、自身の体制づくりにも腐心してきました。が、その間、中国経済の成長率は着実に下に向かい、体制を維持するために無理を重ねた不良債権の山がいつ崩れるのか、と戦々恐々となる日々であります。

中国大陸の権力闘争はそれこそ紀元前の時代からそれに明け暮れています。それは国家の利益ではなく、統治者の利益が主体である点においてこれほど古い体制をいまだにこれだけの強大な国家において推進しようとしているところにギャップを感じざるを得ません。

習近平氏が今思うところは何なのでしょうか?文化大革命できわどくも立場を維持した毛沢東氏、天安門事件後、南巡講話で社会主義市場経済を生み出した小平氏と同じようにアメリカとの貿易戦争をこなした習近平氏という歴史に刻み込む名前への執着なのでしょうか?

私にはさほど遠くない日に中国が再び大きく変わる日もあり得るのではないか、という気がしています。

では今日はこのぐらいで。

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50代からの給与減少が意味するもの4

多くの大手企業は50代になると役職定年などと称して給与水準が下がる仕組みを取り入れています。給与のピークは概ね40代後半から50歳代前半で55歳から60歳にかけて一気に下落します。企業によっては半額近くになるところもあるようですが、おおむね平均下落率は25%程度のようです。

一方、定年は希望があれば65歳まで働けると法制化されていますが、企業側にとっても人材不足と技術の伝承という課題の中で経験豊富なベテランが比較的安い賃金でかつてより長期的に仕事ができる環境が生まれてきています。

企業は事業の運営において総人件費という枠組みを考えています。企業内のマクロ人件費政策において雇用期間が長くなった際、比較的高い人件費のベテランをどのように配置するかは腕の見せ所となります。その一つの対策は賃金ピークを以前よりも引き下げその代わり、長期に雇用できる仕組みを作ることで生涯年収はさほど変わらないというプログラムはその一つかと思います。

さて、給与はどうして上がるのでしょうか?ベアという考え方は物価上昇率が低くなっている昨今、実感を得るほどではありません。よって職能を上げないとなかなか給与が上がっていかないと考えるべきでしょう。(安倍首相は過去、企業にベアをお願いしてきましたがあれは本来であれば政府がお願いすることではなく、物価スライドがもともとの根拠であります。首相は日銀が2%の物価が上がると言い続けたことを背景にお願いしてきたわけで、一種の出来レースだったのかもしれません。)

例えばファミリーレストランやスーパーのレジを打つ人が30年勤務しても時給が2000円になることはないでしょう。理由はその職制における価値は1000−1200円程度という相場があるからです。これは職能と給与がある程度リンクしているとも言えます。

警察ものや銀行ものの小説を読んでいるとよく内部の昇級試験の話が出てきます。あれは試験結果で職能を明白に分け、ランク付けをする一つの手法であります。一方、海外では転職をすることで職能を売り込むという手段を使います。

ユニクロのファーストリテイリング社は入社時にグローバル社員と地域正社員に分けていますが、それは厳しい試練を乗り越えながら将来能力があればより高い職制につき、高い給与をもらえるチャンスを掴むか、ワークライフバランスをより重視するかという選択性であるとも言えます。

さて、若いうちは単純労働ではない限りしばらくは給与は上がるものです。ある程度の経験を積むとチームリーダー、課長、次長、部長…といった役職が付きます。が、役職はピラミッド構造になっており、上に行けば行くほどポジションは少なくなりますのであぶれる人は当然生まれます。

あぶれる人が与えられるラインは主に2つです。1つはラインから外れること、もう1つは子会社、関連会社に出向することです。ラインから外れるケースでよく見かけるのが担当部長という肩書ですが、これは要は組織としての部長職ではなく、社内の身分制度から部長と同程度とみなし、対外的に肩書がないと格好が悪いので担当部長と命名するのであります。

もう一つは出向です。サラリーマンの性ともいうべき「出向人事」はドラマなどでまるでその人の人生を否定するようなイメージであります。私だってある意味、カナダ会社に出向でしたが、結局、本体が潰れ、私が生き残ったわけで必ずしもドラマや小説の話のとおりではありません。

大企業ほど子会社、関連会社の数は多く、出向先が大企業というケースも大いにあります。例えば三井住友銀行のVPから東芝に出向した車谷会長は氏の腕次第では三井住友時代よりもっと面白い人生を描けるかもしれないのです。

50代から給与が減少する対策は雇用側と非雇用側両方に改善の余地があると思います。

まず、雇用側は総給与という考え方をどこかで考え直さねばならないでしょう。これは会社の中で強い部門が弱い部門を支えるという考え方が背景にあり、強い部門をより強く伸ばすことを抑制する力がかかってしまいます。結果として能力がある人のやる気を十分に引き出せないことも起こり得ます。

雇われている側の場合、社会人人生のゴールはない、という気迫が必要です。一般に言われるのは2-30代の時は業務量に対して給与は安め、40−50代になると実務が減り、業務量より給与が高めと言われています。これは組織の上に立つことで面倒な仕事は若い社員にやらせることで自分を高みに持っていくのですが、誰もが高みに見合うクオリティの仕事をしているわけではない点です。

例えば私は自分の会社を運営していますから極端な話、今の給与以上を80歳になっても85歳になっても働く限り稼げる仕組みは作っています。つまり、生涯、給与が上がり続けるモデルともいえ、生涯年収は極端な差となるはずです。

私がいまだに一部のスタッフの給与計算をし、レンタカー客のアテンドをし、クルマを拭き、マリーナの顧客のクレーム対策をしているのは上から下まで実務を理解し、繰り返す作業をすることで次のビジネスにつなげるためなのでしょう。こんなことで給与が上がるのか、と思われますが、この基礎を積み上げた力こそ、アイディアの宝庫となるのです。

50代になるとなかなか昔のような実務はできなくなります。しかし、立ち向かう気持ちは必要だと思います。また企業側も50−60代の社員をどう活用していくのか、真剣に考える時が来たと思います。

では今日はこのぐらいで。

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元事務次官の苦悩4

農林水産省の元事務次官が長男を殺害した、というニュースは現代社会の病の典型でした。これを単なる殺人事件と受け止められない重圧感を感じた方も多かったのではないでしょうか?私もその一人です。

事務次官とは官僚のトップです。役人の最頂点に立つ優秀な方のお子さんは引きこもりがちでゲーマーで無職の44才でありました。このギャップは何なのでしょうか?子育ての原点に立ち返らねばならない気がしています。

子供が堕落していく原因の一つに幸せ過ぎる家庭環境もあるかもしれません。親に一定の地位や収入があり、他の子どもたちからちやほやされる幼少時代を送ると自分が王様になったような感じがしてくる子供もいるでしょう。また少子化で一人っ子が当たり前になってくると母親は子供を溺愛し、この元事務次官の方もそうだと思いますが、父親はほとんど家にいない生活になります。

子供はドンドンわがままになり、ゲームなどにはまっていくのですが、最近のゲーム狂いにはもう一つ理由があります。それはクラスメートなどが家からオンラインでゲームに参加してくるため、「〇〇君も〇〇君もいるから今はゲームから抜けられない」というものです。

昔KYという言葉がありました。「空気読めない」で女子学生の間で特に普及したと認識していますが、男子もこのオンラインゲームでクラスメートなどと一緒に遊んでいるとそこから抜けることがKYになるのだろうと察しています。

5月下旬、世界保健機関(WHO)がゲーム依存症をゲーム障害という疾病に認定しました。今後、どういう場合が疾病に当たるか、具体的な基準と処置が出てくると思われますが、早急に対策を取らねば危機的な状況に陥る気がします。

引きこもりになりやすい原因は社会的交流が不得手になることが一つの理由かと思いますが、その背景は人間関係の欠如、議論や討議なく、切れやすく、各々がバラバラになることにより社会より家に引きこもることで楽になりたいという発想が背景にあるのだろうと推測しています。もちろん、こんな簡単な言葉で語りつくせるものではないのですが、幼少期に鍛えるべき我慢する力、共生する力、コミュニケートする力などが圧倒的に不足してきていると考えています。

そうなるとどうしても切れやすくなります。上述の事務次官のケースでも殺された長男が近所で行われていた小学校の運動会の音に文句を言い始めたことに「周囲に迷惑がかかる」ことが動機と報じられていますが、これは最終的なトリガー(引き金)であってお父様にとっては以前から腹に据えかねた我慢できない状態にあったのでしょう。

多くの似たようなお子様(子供と言っても先日の川崎の児童襲撃犯のように51歳というケースもありますがこれも子供という視点では同じだと思います。)を抱える親御さんにとって脅威であると感じていることでしょう。

現代社会が生み出した大変懸念すべき問題です。学校が悪いとか家庭の教育が悪いという犯人探しではなく、大人が対処できなくなった社会と子供の急速な環境変化に対して社会が一丸となって取り組む姿勢を見せなくてはいけません。

ゲームは一日1時間など決められた時間で強制終了されるソフトが標準装備され子供がどれだけやっても使えないような対策を施し、ゲームが主流ではない生活をまずは体験させることが肝心でしょう。

事務次官の苦悩、本当にかわいそうな話です。こんな悲劇はもうたくさんです。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

盛る話4

「話を盛る」という言葉を聞いたことがあると思います。平たく言えば誇張表現であります。

盛った話は飲み会の席では面白おかしく聞けるものでどちらかといえば話し上手的な評価を受けることもあるでしょう。飲み会の席で聞き流して笑い飛ばせる話だけならどれだけ盛られようが大した影響があるわけではないのでそれは構いません。一種の話術ぐらいに思っていればよいわけです。

ところがビジネスの話になると全く違います。仕事の打ち合わせなどをしている際に相手が話を盛っていたとしてもそれを真に受けてしまうケースが往々にしてあり、のちのち「話が違う!」ということになりかねないのです。

ところが盛っている本人は盛っている感覚がないため、全然気が付いていないこともあり、ある意味恐ろしいことであります。

「このビジネスはとっても難しく、誰にもできないのをどうにか目途をつけて…」「ここだけの話ですが…」「おかげさまで大変売れておりまして生産が間に合わず…」というのは話半分しか聞かないことにしています。誰にもできないビジネスは世の中に存在しないし、ここだけの話というのは詐欺師の典型的な切り口だし、生産が間に合わないのは生産計画が悪かっただけの話だろう、と切り返せなくないでしょう。もちろん、そうは言いませんが、話している方に「では数字で教えてください!」と伺ったりするとあぁ、その程度か、と本当のことが分かってしまったりします。

私、日本の早朝ニュース番組をカナダでほぼ毎日、生放送で見るのですが、ある放送局で経済情報の時、「NYダウは〇〇ドル安(高)と大きく下げています(上げています)」とよく言うのです。この「大きく」というのは盛っている一つの例です。何を基準に「大きく」という表現を使うのかほぼ連日見続けているのですが、雰囲気的には3桁動いた時は「大きく」という表現を使うようなのです。しかし、100ドルの振幅幅は0.4%にも満たない変動率でこれを大きくというかどうかはどこにも定義はないはずです。これはビジネス情報としては不必要な表現の一つと言えます。

同様にテレビの天気予報も最近は盛りすぎな気がします。気温に対してとても寒い、かなり暑い、羽織るものを持った方がいい…といったことをお天気お姉さんがよくアナウンスしていると思います。しかし、寒いか暑いかは個人差による感覚が強く、男性と女性でも違うでしょう。カナダの街中では季節の変わり目には厚手のコートを着ている人とTシャツ姿の人が混在して歩いていることはよくあり、何を着るか、その対策まで言われるのは余計なおせっかいにも感じてしまうのです。

私どものビジネスのうち、駐車場やレンタカービジネスではどうしてもトラブルが多く、地元警察と否が応でもやり取りをせざるを得ないことがあります。たまたま、知り合いで近所に住むFBIをセミリタイアした元情報官がいます。彼はオバマ元大統領のブレーンに近く、ある特殊任務をしていました。その彼から「警察の事情徴収の際には話を絶対に盛るな。事実だけ答えよ」と口を酸っぱくして言われたことがあります。プロがそういうのですから間違いありません。そのおかげか、最近は警察とのやり取りは実にスムーズなものです。(あまりあって欲しくはないのですが。)

延々とおしゃべりし続ける人は誰の周りにもいるかと思います。数人で集まって話をするとある人が全体の主導権を握り、しゃべらない人はほとんど声を発しないということもあるでしょう。私も時折、誰がどれぐらい喋るかを何気なく俯瞰していることがあります。これが飲み会の席になると特にひどく、私の知る何人かも基本的に話の主導権を放しません。そこまでくると皆、聞き流していて言葉の価値が薄れているのですが、本人はお構いなし。

ではなぜ、そんな一人演説ができるのかといえば盛っているからなのでしょう。盛る話とはきれいに盛らないと崩れるので盛るのに時間がかかる、ともいえるのかもしれません。話が長い人に「で、要点は?」と聞けば「いや、それだけの話なんだけどね」の一瞬で終わることもよくあるでしょう。

盛り話をする人を心理学的に研究したものもあるようですが、私の感覚からは自己防御や注目欲なのかな、と思います。盛られ過ぎると話の要点が見えなくなることも事実。私も含め、気を付けなくてはいけないですね。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

今週のつぶやき4

川崎の襲撃事件はあまりにも衝撃的でした。包丁を持った男が児童を襲うというシナリオは普通の頭では想像できません。自殺した51歳の犯人の写真は小中学校の時のものでしょうか?それ以降、写真が一枚もない生活を40年近く過ごした挙句、最大の弱者である子供を襲撃するその行動は顔かたちだけが人間でマインドは別だったのでしょう。しかし、仮に犯人が生きていたとしても精神鑑定で罪に問えなかった可能性もあるわけです。我々の住むこの社会には残念ながらこのような人がたくさんいます。社会から隔離されてしまった人が引き起こすこのような大反逆は今後も十分に起こりうるでしょう。現代社会のあり方を再考する必要があります。

トランプサプライズ
木曜日の当地の報道はアメリカ、カナダ、メキシコの新貿易協定、USMCAを各国が批准手続きに入るということで明るい話題となっていました。ところが、その本来お祭りムードとなるところに冷や水どころか、凍り付くようなメキシコ向け関税発言が発表されます。

アメリカにいる人なら誰でも知っているアメリカ南部の不法移民。スペイン語が普通に通じるその世界は私が80年代にアメリカ南部をキャンプ旅行した時からずっと不思議に思っていたことですが、歴代の大統領は「不法移民が生み出す経済効果や既得権」を無視できず、それがどんどん拡大するためにアンタッチャブルな世界になっていました。

そんなタブーに手を付けたという意味ではトランプ大統領のメキシコへのプレッシャーの趣旨は理解できます。ただ、誰も想像すらしていなかった「アメリカの工場」への厳しい対処は大混乱必至です。トランプ大統領の再考もマストでありますが、メキシコも一定の姿勢は見せるべきではないでしょうか?グァテマラとの国境管理がまず第一弾でしょう。メキシコもアメリカで儲けてきたのだから協力できる余地は結構ありそうです。

慌てふためく市場
株式投資をしている人は全然面白くないでしょう。私もそうです。ヘッジで買っている金関連がシーソーのごとく上がっていますのでバランスはとれるのですが、そんなのは一時しのぎ。

ダウは5月に概算6.7%下落、日経平均は7.1%下落でチャートは崩れています。つまり、まだ下落過程で底が見えていません。当地のメディアには塩漬けになった株式を持つ人の資産運用といったトピックスが散見するようになりました。一方で不動産もアメリカ、カナダ共さっぱりでかつてはあぶく銭で随分儲けた輩も多かったと思いますが、見事に空の色は変わったようです。

ただ、解決できない問題はない、という論点に立てばどこかで落としどころはあるでしょう。また、トランプ大統領がいつまで大統領をするかわかりませんが、次の大統領は前任者の否定から入ることも多いものです。この問題は時限のあるものだと私は考えています。ならば、これを機会に誰もできなかった構造改革ができるのだから良しとする懐の大きさも必要なのかもしれないと自分に言い聞かせています。

人はなぜエベレストを目指すのか?
「エベレスト『渋滞』で死亡増?」という日経の記事が気になります。「卓球台2つほどの(山頂の)スペースに15〜20人がひしめき合っていた」という内容にマジか、と呟くのは私だけではないでしょう。なぜ、そこまでして死を覚悟しながらもエキストリームに挑戦するのでしょうか?

一つにはユーチューバー的発想もあるでしょう。もちろん、その画像をアップして稼ぐこともありますが、エベレストに登ったという経験値をベースに講演で稼ぐことも可能かもしれません。今は目立つことで稼げるという切り口ができたのです。

いわゆるインスタ映えの写真もそうで、それをアップした本人の自慢こそが一番重要という心理の指摘はあまり聞きません。かつてのエキストリーマーは自己鍛錬だったのに今は自己アピールのための道具となっているように感じます。エキストリーマー達が本当に自分との戦いなのか、最近の傾向を見ていると何か違う気がしています。

後記
最近、スポーツの国際大会での成果がかつてほどではない気がしています。オリンピックを前にプレッシャーが高すぎるのか、オリンピックの時にMAXになるよう調整をしているのか、私にはスポーツ戦略はわかりませんが、少し聞こえてくるのは選手への重圧。勝たねばならないというコーチや監督からの絶対指示が今の時代も有効なのでしょうか?日本の特徴は「お祭り騒ぎ」で、あいつができるなら俺もできる、というプラスの連鎖反応です。相撲で朝乃山が優勝しましたがあれは若手力士に「俺もできる」という勇気を与えたと思います。私は「勝つプレッシャー」ではなく、「勝てるマインド」を持たせてあげれば、と感じています。青学の原監督的ですね。

では今日はこのぐらいで。

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トレンドが変わるとリーダーも変わるのか?4

日経ビジネスの「世界の最新経営論」にドミニク テュルパンというスイスの教授が興味深いことを記しています。「トレンド転換の前後で勝ち続けたプレーヤーはいない。鉄道会社から自動車メーカーになった企業はなく、自動車から航空機メーカーになった企業もない」と。

携帯電話についても同様だと指摘しています。「1Gの時代の勝者はモトローラだった。しかし、モトローラは2Gの移行に失敗した。2Gではブラックベリーが台頭した。だが、今ではブラックベリーも姿を消した。3Gではノキアが飛躍したが、4Gの勝者はアップルだった。さてこれから5Gの時代になった時、果たしてトップ企業はどこになるのだろうか?おそらく、5Gのトップは上記以外の会社だろう」と述べています。

昨今の時代の流れはより早く、激流ともいえる時代になってきました。もしもテュルパン教授の指摘に汎用性があるとなれば勝者は今後、どんどん変わり、いわゆる「長期安定政権」樹立は難しいとも理解できそうです。

果たして本当にそうでしょうか?

今、クルマの世界は大きな変革期にあるとされています。考えてみれば1920年代に大きく勃興した自動車産業はT型フォードが全盛を迎えます。ただ、どれも黒で同じ車ばかりが走っている中、20年代後半にGMがカラフルでかつ、GMACという金融子会社を使い、ローンで車を買えるという仕組みを生み出します。これが市場を席巻し、フォードは落日を迎えます。ただ、その後、GMは一度倒産したものの、フォードもGMも健在で次の時代のリーダーとなるべく彼らなりの最先端技術を武器に挑戦を続けています。

他方、電気自動車の時代になれば今よりはるかに多くの会社が電気自動車業界に参入し製造するだろうと指摘されています。確かに電気自動車というハードだけ見ればそうかもしれませんが、今やソフトとハードの融合の時代です。今までも考えもしなかった会社が突然自動車メーカーのトップに君臨することはあるのでしょうか?

トヨタは強い危機感を持ち、MaaS(Mobility as a Service)という新しい概念をソフトバンクと取り組んでいます。車は移動手段の一つでしかなく、それは用途と目的に応じて使われるものだ、とも言えます。つまり、あらゆる輸送手段、バス、電車、航空機、自動車などをコネクトし、人の移動をあたかもどらえもんのタケコプターのごとくシームレスに移動できる方法を生み出すハードとソフトの融合を次世代の移動手段としてとらえています。トヨタはすでにそれに気が付き、次世代のための準備をしているのです。

こう見るとテュルパン教授のいうプレーヤーの交代はあるのか、私は必ずしもそうではないという気もしています。

一つは企業規模とテリトリーが明らかに変化しています。かつての企業は専門分野の深堀的発想でしたが、今はインキュベーションしたばかりの新興企業をGAFAやソフトバンクといった資本力ある大企業が買いまくっています。その結果、一つの大企業の守備範囲が異様に広まっているのです。

資本の力と政治力によるいびつな力関係が経営やイノベーションの世界まで直接的に影響することは過去、あまりありませんでした。5Gは誰が制するか、という上記の例で行くとファーウェイの可能性もあったはずです。しかし、それは政治的に潰されかかっています。そして大資本を持つ企業ほど有利な展開が進んでいるようです。

私が専門の不動産開発。あちこちで高層マンションが建っていますが、個人的にはこのトレンドは20年ぐらいで終わるとみています。建物というハードにソフト機能がほとんどない上、管理組合という管理がまともにできない古典的手法に固執する発想そのものがナンセンスなのです。既存の不動産スキームは時代にほとんどマッチしているとは思えません。

私ならマンションは全部居住権リースにします。つまり、土地建物の所有権はデベロッパーないし、REITが維持したまま、居住権だけを売ります。前払い一括リース(Life Leaseといい、私が関与した物件の一部で15年ほど前に既に導入しています。)という案もあるでしょう。それによりデベロッパーが住宅にサービスを提供する自由度を高めます。フードデリバリーサービスから食物工場のシェア、自転車や自動車のシェアに各種教室、更には高齢者向けディサービスやケア施設などを取り込むのです。面白いものができるはずです。

このアイディアは既存のマンションデベロッパーが十分にできるはずです。気が付くかどうか、そこだけなんですね。もしもやらないとすれば「そんなもの売れるわけがない」というメンタルバリアが破れないだけなのです。だいたいマンションを所有している人が自分の土地の持ち分に固執する人はいますか?いないでしょう。マンションとは何の権利を実質的に買っているかといえば’コンクリートに囲まれた一定の空間の居住権だけなのです。なぜならマンション所有者の自由度はほとんどなく、一例として、ベランダは専用できる共用エリア、玄関ドアも通路側は共用といった具合です。

トヨタの豊田社長もパナソニックの津賀一宏社長も気が付いています。津賀さんの「今のままでは10年も持たない」という発言の真意とは「トレンド変わり」がすぐそこまで来ている、だからぬるま湯につからず、視線を新たに、ということかと思います。

ビジネスの賞味期限が伸びてテュルパン教授の予想が当たらないようにするのが我々ビジネスマンの使命ではないでしょうか。そのために既存の殻を破るのです。頑張らなくちゃなりません。

では今日はこのぐらいで。

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