外から見る日本、見られる日本人

バンクーバーの日本人社長ヒロが仕事、生活を通じて感じた経済、経営、社会、日本人観などを綴っています。

2011年04月

大企業病4

3月からひと月ちょっとの間に日本を代表する3つの企業が大きなトラブルに巻き込まれました。

東電
みずほ銀行
ソニー

それぞれ問題の発生理由は違います。東電は想定外への未対応、みずほは人為ミス、ソニーは進化するハッカーに破られたルートということでしょうか?

東電とみずほの共通点は共にシステムが古いということでしょうか。ある意味、だましだまし使っていました。そして3社に共通するのはリスクマネージメントという点で会社の信用を著しく傷つけた、ということです。

が、僕にはもう一つ、共通の大きな問題があると思います。それは企業体質。

それぞれ膨大な社員数を誇り、社内でも誰が誰だかわからないような状態で社員の仕事は歯車の歯車。もちろん、皆さん「与えられた」仕事を必死にこなしていると思いますが、それは「与えられた」仕事であって、自分から「創造する」仕事ではありません。

発展的発言をしても聞き入れられることは稀で直属の上司に押し戻される、ということではないかと思います。

この発想の基盤は「流れを変えない」であり「過去の事例」が判断材料ということではないでしょうか?もちろん、経営レベルでは役員というポジションが故に改革的意見が通ることもあると思いますが、ヒエラルキーの下の方の声はなかなか聞いてもらえないというのが現実だと思います。

僕の想像ですが、上記3つの会社が直面している問題に関して少なくとも実務者レベルでは潜在的問題の発生について以前から何らかの議論はあったと思います。が、それが経営的判断のもと、表舞台に上がってこなかったということではないでしょうか?

例えばソニーの問題については原因究明中ですが、フェイスブックなどのSNSからの侵入の可能性が取りざたされています。本名を使ったSNSを通じた情報獲得はその道のプロなら逆に情報の宝庫、ということのようです。つまり、ソニーのビジネスを側面から支えた流行が仇になる、ということはその道のプロなら当然事前にわかっていたと思うのです。

海外において企業のリスクマネージメントは厳しく審査されています。その中で日本を代表する企業が僅かひと月ちょっとの間に次々と問題を起したというのは、日本の管理体制を根本から考え直さなくてはいけないのかもしれません。

こう書くと「より一層の管理」と思われるでしょうけど、僕はそれよりも何処に問題発生の根本原因があったのかそれを見出し、巨大化する社内において判断基準の見直しをすべきかと思うのです。つまり、マニュアルでは管理できない事態が生じた時、如何に柔軟な臨機応変な対応をするか、ということだと思うのです。

震災の際、被災地にあるたくさんの企業の社員さんが本社との連絡が出来ず、「自分が責任を持つから」といってマニュアルにない応対をし、多くの被災者に喜ばれました。が、巨大な企業になればなるほど動脈硬化が起きています。それは保身ともいえます。

今の時代、ミスをして干されたら二度とそのポジションや給与をもらうことは出来ません。だから年齢がある程度になると社員はどんどんコンサバにならざるを得ないのです。その空気は誰が作ったかというと日本の人事システムそのものではないでしょうか?

社員に考えさせる、意思疎通がある、情報の血液はいつも末端まで流れている、これが今の日本の企業が抱えている病を直す方向だと思います。

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ではまた明日。

菅首相は何故辞めないか?4

ニュースを見ていて「この首相は何故辞めないのだろう」と思っている方が多いのではないでしょうか?

最近では麻生元首相が野党の強力な圧力に大分抵抗しましたが最後、屈したという印象があります。菅首相に於いては民主党内部の不穏な空気、自民党を中心とする野党の圧力と四面楚歌。その上、震災と復興という精神的にも肉体的にも限界を通り越えるような状況が発生しています。

が、菅首相は辞める気配がない、といわれています。
もちろん、これは僕が個人的に得た内部情報ではなく、公表されている情報をもとに書いておりますので間違っていたら訂正しますが少なくともメディアの報道からは動じる気配すらない、というのが僕の理解です。

ある著名人ブログでは菅首相と堀江貴文に何か似たようなところがある、と書いてありましたが、似て非なるものではないかと思います。

僕は菅首相はパワーを貰っている気がするのです。誰から?

アメリカから。

日米関係がすっきりしていたのは小泉元首相の時代まで。その後、短命政権が続きました。政権交代が起きた後、鳩山、小沢両名は明白な中国、韓国寄りのスタンスを取り、アメリカに対して厳しい姿勢を貫きました。

結果としてどうなったでしょうか?両名は第一線から下ろされました。

では菅直人首相。

彼は鳩山前首相が辞任したあと外交を中国韓国寄りからアメリカ寄りに軌道修正しました。つまり、日米外交を再び中心に持ってきました。途中、中国寄りの小沢一郎との対決も勝ち抜きました。そして今回の震災が僕は決定打になったと感じるのは米軍と展開した「お友達作戦」がアメリカにとって、とてもコンフォートだったように見えるのです。

ワシントンからみて菅直人となら沖縄問題を含め、日米関係の修復、そして更なる深い関係を育みやすいと判断しているとしたらどうでしょうか?そして「お友達作戦」を通じて米軍と自衛隊の共栄を訴えるとしたらどうですか?

アメリカは現在さまざまな国内問題を抱えています。中東、北アフリカの内乱に対する鎮圧派遣でリーダーシップが取れないような状況がアメリカの歴史であったでしょうか?(カダフィは横綱が出てこないなら勝ち目があるとみているかもしれません。)

その中で対アジア外交を考えたとき、日本がキーであることは言うまでもありません。そこでアメリカとしてはアメリカの言うことを聞く、つまり、取り組みやすい相手=リーダーをいつも探しているのは言うまでもありません。

前原前外相がわずかな献金問題で辞めたのは不自然ですが、その少し前にクリントン氏と会った際、どういう評価を受けたか、これは実に興味あるところなのです。アメリカが菅直人がダメなら次は誰か、という人事ゲームをした結果、誰も適任はいなかったと判断していたらどうでしょうか?

長い日米関係をみると僕にはアメリカが「人事担当重役」に見えるのです。

ましてや震災の復興プランがようやく始まろうとしている段階です。無理に首相を交代させなくてもいいだろうとワシントンが思っていたらどうでしょうか?

もちろん日本は独立国家です。日本の首相は日本が決めます。が、戦後のGHQ、そして安保を考えた場合、日米の関係は「杯を交わした関係」といっても良いのではないかと思います。日米の離反はそう簡単ではないし、それをしようとすればそれなりのことが起きるということかもしれません。

長い歴史では変わっていくかと思いますが、戦後まだたったの65年しか経っていないのです。アメリカにとってみれば誰のおかげで今の日本があるのか、という気持ちはあるかもしれません。

菅直人首相がドライブ上手だとしたら首相を辞めない理由はガソリンが補給されているということでしょうか。

今日のブログはいつもよりももっと個人感情が強いですのでいろいろ厳しいご意見などもあるかと思いますが、一見方として収めていただければと思います。

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ではまた明日。

金(ゴールド)は何故上がり続けるのか?4

金相場の勢いが止まりません。NYでは1トロイオンス当たり1500ドルを越え、一端目標達成感が出るかと思いましたが堅調に推移しています。

今日は金についてもう一度考えてみましょう。

昔は兌換性といって金とお金は交換することが出来ました。ところが1971年のニクソンショックで金と米ドルの兌換が停止となり金本位の時代は終わりました。今、金に対してそんなに上がるわけがないと主張している人たちはこの兌換性がないことを理由に金の価値に疑問符をつけています。

が、不思議なことに金の価格は特にこの数年、上昇の一途を辿りました。何故でしょう。

僕は兌換が出来ないといっても金の取引市場が世界中にあり金の埋蔵量とストックに限界があるため、通貨の代替の役割を果たす一定の効果は今でもあるということを主張したいと思います。

金の装飾品や工業品としての需要は銀などのほかの貴金属に比べ低く、4割以下です。需要の主体は投資と考えてもらって良いかと思います。では誰が金を買うのでしょうか?一番の大口は政府や大口投資家。

では何故政府は金を買うのでしょうか?それは流通貨幣への不安ということに他なりません。

金はインフレに強いといわれています。インフレになれば金の価格も上がるのです。
では、世界の基軸通貨米ドルが弱くなればどうしますか?或いはギリシャ、ポルトガルなど域内の財政赤字で苦しむユーロに信認がないとすればどうでしょうか?ドイツ一国でユーロを支えられますか?中国の元は米ドルにペッグしています。つまり通貨の上ではアメリカと兄弟。こう考えると安心して持てる通貨は少ないことに気がついてもらえるかと思います。

今、アメリカはある意味クリティカルなところにあります。アメリカの債務が5月にも上限に達する見込みで議会で上限を引き上げないと借金できないと言われています。(実際には大丈夫だと思いますが。)その上、先日このブログでお届けしましたようにスタンダード&プアーズはアメリカの国債の将来的な格付け見通しをネガティブに引き下げています。

これはとりもなおさず基軸通貨たるドルの威信が揺らいでおり、大きな資金の運用者はリスクヘッジに動いているわけです。

政府レベルでは政治主導の下、日本も中国もアメリカの国債を腹いっぱい抱えこみました。しかし、仮にアメリカ国債の信用に傷がつけば国債の下落と共にドルの下落でダブルパンチとなり、とてつもない損失となる可能性があるのです。国の決算には減損処理はないですから含み損をずっと持ち続けなくてはいけなくなります。

そこで一部の国ではリスクヘッジを強力に推進しています。中国やブラジル、ロシアなどは米ドルはずしを意図的に行っています。一方でインドやロシアはどんどん金を買っています。なぜならどんな国の通貨よりも「信頼」出来るからかもしれません。現在地球上にプール4杯分と限られた量しかなく政治や宗教に影響されにくいことが大きなり理由だと思います。

こう考えると金は「一時預かり」であるセーフティボックスのようなものなのかもしれません。

北米に長く住んでいて思うのは欧米人はリスクに対する考え方が非常に敏感であるということです。ジム・ロジャーズがアメリカにさっさと見切りをつけたのも彼はアメリカはもうダメ、と思っているからです。ビル・グロスがアメリカの債券は売り、というのも同じことかもしれません。

金融緩和政策をとったアメリカですが、結果として米ドルはその間弱くなりました。つまり米ドルの需要が他国では少なかったとも言い換えられます。とすれば溢れる米ドルは国内で還流し、株式市場などに流れ一種のバブルを作り出します。アメリカの株式がバブルで株価が下がらなくても通貨が下がれば国際的に見て株価が下がったことと同じなのです。外国からアメリカの株を買っている人がいればこの意味は簡単にお分かりいただけると思います。

金の価格はやむを得ず、上がっている、そういう風に見えます。無理なバイアスがかかっていますから金鉱会社の株は上がりにくくなっています。僕はこの辺が今の金の相場の意味合いと理解しています。

世の中は本当に複雑怪奇になってきました。キャッチアップするのが大変というのが正直なところです。

ということで今日はこのぐらいにしておきましょう。

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ではまた。

ホリエモンが残したもの4

堀江貴文被告がいよいよ収監されます。

思えば僕にとって2004年頃からしばらくはライブドアを含めたベンチャー企業への投資で勢いづいていた時代でした。日本が第二起業ブームに目覚めたころでもあります。が、2006年1月、ライブドア事件が突如起こり、それを契機にIT長者という言葉は消え去り、起業ブームもすーっと消えていきました。

一度目の起業ブームは三羽烏といわれた孫正義、重田康光、折口雅博の時代の80年代半ばだと思います。大学生が起業をして稼ぐ、というのが慶応、青山あたりから始まりました。特に折口氏の陣頭指揮した1985年のジュリアナ東京はその後、学生起業家の見本のような存在だったと思います。孫正義氏が社長に復帰したのが86年でソフトバンクの店頭上場が94年。一方、重田康光氏は光通信を1988年に起業後、1999年にフォーブスで世界の富豪第5位になった一方で2000年に株価が20営業日ストップ安という不滅の記録も作りました。

折口氏はジュリアナ、ヴェルファーレという若者志向からグッドウィル、コムソンといった非正規雇用、高齢者、介護時代の流れを読み込んだセンスを持っていました。重田氏は携帯電話契約から自動集金システムというビジネスを作り出しました。孫正義氏は言うまでもありません。

共通して言えるのは彼らはそれまでの常識を打ち破るようなビジネスをしたということです。「出る杭」だったとも言えるでしょう。ですが、出る杭に勇気をもらった人もたくさんいます。そしてたくさんの起業家が生まれたのも事実です。

80年代半ばはまさしくバブル経済の真っ只中。その中で巧みな錬金術で瞬く間に巨大な組織に出来たというのは一つの時代背景です。

ホリエモンの時代であるネットバブルの頃は社会の閉塞感の中から若者が夢と希望を求めていた時代。そこにコンピューターというまったく新しいガジェットが登場したことで若い起業家達のハートに火をつけました。

僕は両起業ブームを通じて、この人たちのおかげで若者に夢を与えたというプラスの見方をしています。ホリエモンにしろ折口氏にしろ、社会的な制裁を受けることにはなりましたが、それ以上に社会へ新風を吹き込んだまさにベンチャー魂を持っていたと思います。

ホリエモンが近鉄を買収しようとしたとき、彼は絶頂期だったと思います。たくさんの若者は彼の「やれば出来る」という強い信念に同調していました。今や誰もが使う「想定の範囲内」という表現はニッポン放送買収劇の際ホリエモンが初めて発したことを知らない人も多いでしょう。

収監される結果となったのは彼のビジネス上のプロセスで間違いを犯したことに対する司法の判断であり、やむを得ないことです。が、彼のすべての生き方が間違っていたかと言うと僕はそんなに単純に否定できません。

2ヶ月ほど前、ライブドアの前身であるオンザエッヂでホリエモンと一緒に机を並べていた方と久々にお会いしました。その彼はホリエモンが持っているパッションを引継いでいます。勉強して、いろいろな講習に出席してとにかく新しいことを学びたいという前向きさがありました。

ホリエモンは社会の閉塞感に立ち向かっていたと思います。楽天の三木谷社長のような器用さとかスマートさはかけらもありません。が、東大に入れる頭を持ちながら荒削りで世の中の「あるべき姿」に正面から戦いを挑んだ勇気は特筆すべき能力と成果を残したと思います。

迎合する社会とも称せられる今、若者発のボイスを次の世代にバトンタッチする時に来ているのかもしれません。第三世代が育つ土壌は出来つつあるのでしょうか?

皆様のご意見、お待ちしております。

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ではまた明日。

高層マンションの苦悩4

今回の震災で「苦労」した人たちの中に「高層マンション居住者」が入ると思います。

もしもあなたの部屋が43階の海が見えるすばらしい眺望を備えた高級マンションであったとしましょう。セキュリティも完備され、オール電化のキッチンも使いやすいですよね。

が、電気が止まりそのご自慢のマンションがこれほど憎く思えたことも無いと思います。電気がないとエレベーターが動きませんし水も出ません。だからトイレにもいけません。お湯も沸かせません。

泣かされた住民は関東地区にどれぐらいいらっしゃったのでしょうか?老人や小さい子供がいたら完全にアウトの状態です。

そもそも日本にそんな高層の住宅が必要だったのでしょうか?これが僕の最大の疑問なのです。森ビルの森稔社長はコンパクトシティと称して一つのコミュニティ空間に職住接近のコンビニエンスタウンを作ることを標榜しました。その代表例が六本木ヒルズ。

僕は反対を唱えていました。なぜならコンパクトシティといっても結局横に広がるところを縦に広げた、つまり、高さを上げただけの話です。このメリットは何と言っても不動産デベロッパーにあります。例えば一区画の土地から10階建ての建物と30階建ての建物では3倍の容積ですから3倍儲かるのです。

日本は狭い国土の中に表情豊かな街づくりを行ってきました。曲がりくねった路地裏や戦争で被害を受けなかったエリアの昔のたたずまい、あるいは由緒あるお屋敷町など少し歩けば日本を感じないわけにはいきません。

が、若い人は駅そばのマンション暮らしを現代風のライフスタイルと考え、次から次へと建てられた「下駄履き高層マンション」(=一階にスーパーなどの商店が入っているマンション)に飛びついていきました。

が、その間、低層住宅しか立たないエリアは閑散としてしまいました。需要が減っているからです。その上、若い人には価格面から戸建てなどそうそう手が出ません。大きな敷地が売り出されても戸建て住宅業者が猫の額の様な区画に分けて「あなたも戸建てに住める!」といって売り出すのです。

日本の不動産価格が下がってしまった原因をバブルの崩壊とか、景気が下向きという理由で片付けていませんか?不動産デベロッパーが次々と超高層マンションを街中に建てると土地が空に向かって無尽蔵に供給されてしまうのです。

バブル前までは「日本の土地は有限」だったのにバブル後は「空に向かえば土地は無限」になってしまったので供給が無尽蔵に増えたと考えるほうがナチュラルです。バブルの崩壊が原因だと思っているのはもはや正しくありません。

日本では高齢化が進み、低層住宅街の古い戸建てでは安全上、管理上、さまざまな問題が生じてきています。一方、マンションでも上述の高層マンションにおける今回の教訓のみならず建物が老朽化したときの立替の問題など法律的に複雑、煩雑な問題を抱えています。

僕は不動産デベロッパーとしてはっきり申し上げますが、不動産を買うならこれからは土地持ちの戸建ての方が有利だと考えています。それは第三者に売却しない限り一度建てればその人の子供の世代までは使えますし、売却したとしても購入代金の約半分に当たる土地代は確実に残るからです。マンションの場合管理費や修繕積み立てがバカにならないのです。戸建てはそれがゼロ円なのです。

震災を機に高層マンションへの需要は下がっているようです。不動産購入を考えている方はじっくり考える良いチャンスかもしれません。

という事で今日はこのぐらいで。

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ではまた明日。

社会保障費は減らせるか?4

昨日のブログ、「世界の中でぽっかり浮かぶ日本」のコメントに本文の内容とはそれているのですが日本の財政への懸念を示す意見が投稿されています。以前、このブログでも書かせて頂いたと思いますが、日本の財政を逼迫させている最大の支出は社会保障費です。では今日はこの社会保障費についてもう一度考えてみましょう。

まず、社会保障費がどれぐらい使われているか、ラウンドした数字ですが、大体の様子はつかめると思います。
医療費 30兆円 (31%)、年金 50兆円 (53%)、福祉 15兆円 (16%) 合計 95兆円 (2008年)
このうち、高齢者向け支出が65兆円で全体の70%となっているのです。

しかも2025年には95兆円規模の社会保障費が141兆円に膨れ上がるというのです。

日本の増大する社会保障費には根本的問題があります。
高齢化社会で医療費が膨大
年金は現役が高齢者を支える仕組み。少子高齢化は当然現役負担増
平均寿命が伸びたこと
年金不払いも急速に伸びていること
独り住まいの高齢者が増え、介護費の増大

他にもいろいろあるでしょう。が、今日に至るまで根本対策は少なかった上に効果は十分ではないようです。後期高齢者医療や年金の受給年齢の引き上げなどの対策はありますが、それ以上に現代社会が抱える問題がもっと増えて支出を増大させているということでしょう。

まず医療。例えば長寿国のカナダは医療は無料です。が、医療費が財政を圧迫するには至っておりません。理由はホームドクター制度で簡単に専門医にかかれない仕組みにヒントがあると思います。また、病気の疑いの際の検査でも最低限のことしかしてもらえません。理由はポイント制度にあります。要は治療や検査にかかる請求を国に行うのに制限があるということです。

日本の場合、民間病院が営利のために必要以上の検査と投薬を行っています。また、患者もそれに満足する傾向があります。もちろん、そこに日本の良さがあるともいえるのでしょうが、必要以上ならば患者に応分の費用負担をしてもらうことにするべきだと思います。例えば、患者に「ここまでは基礎保険で賄えるけど、これ以上の検査、投薬、治療は保険料率が変わるけどどうしますか?」という二段階制にするのは一案です。

カナダのようにホームドクター制度で専門医にはいつ診察してもらえるか分からない国でも平均寿命は世界のトップレベルだということです。要は運用の工夫だと思うのです。

次に年金。根本的に国民が国の年金に頼る姿勢を改めることからスタートすべきです。年金システムが現役にとって不利で不払いが増えた理由のひとつに支給年齢をどんどん引き上げている事かと思います。真面目に積み上げた人が受給年齢までに死亡したり余命が少なくてもらえる絶対額が下がる確率が確実に上がるのです。こんな理不尽な仕組みは無いと思います。

僕は国民年金ですが、年一括払いで月400円程度のエキストラまで払っているのです。これはとりもなおさず、それだけ払えば余計にもらえますよ、という受給確定保険の様なものです。が、僕らが受給する頃にはまた5年先送りということになりかねないのです。

僕はそこでカナダの401K型老齢年金もかけています。日本でも私的年金である日本版401Kは爆発的に増大しており、いまや13000社、350万人の加入となっているのです。これはまさに自分を自分で守るというスタイルです。日本は今後私的年金が主流になるのは間違いないわけで公的年金をどう縮小し、体系を変えていくかに焦点をを絞り込むべきだと思います。

最後に介護ですが、これも1人住まいのお年寄りには極めて便利な仕組みで極めて安価な費用で生活に必需のサービスをしてもらえます。が、僕はこの実態をみて、「安価」故に子供たちが親の面倒を見なくなったということをさっと感知しました。そうです。介護保険はある意味、日本の家族制度をお金ですり替えてしまった部分があるのです。

完全な1人住まいならともかく、子供がいて介護可能な家庭が介護放棄をすることで国の社会保障費を使っているとしたらこれもおかしなことです。システムにある程度の制約をかけることが必要です。

日本の社会保障システムは英語で言うと「キャデラック」。つまり、すごく高級で「至れりつくせり」となっています。日本の財政にゆとりがあればそれはそれで結構ですが、お金が無く、借金をどんどん次世代に繰り越している現状を考えれば、残念ながら我々はもはやそこまで裕福ではないということが明白なのですから思い切った削減をするしかありません。日本の財政において他部門の予算はほとんど増えていません。公共事業費などは大きく下がっています。

ならばここは社会事業費で大鉈を振るうしか日本が健全に生き延びる方法は無いと思います。

ご意見、お待ちしております。

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ではまた。

世界の中でぽっかり浮かぶ日本4

外国に長く住んでいて日本に行くとビジネスでもプライベートでも必ず言われるのが「あなたは外国生活が長いから…」。初めの頃はかなり抵抗がありましたが今では冷静な気持ちで僕と日本の距離感を感じています。

外国生活の長い人の特徴に自己主張があると思います。モノをはっきり言うようになります。また、相手と議論するようになります。特に外国でローカルの人とのビジネスやお付き合いが長ければ長いほどこの習癖は強くなると思います。

「郷に入れば郷に従え」的に考えれば外国に住んでいる限りにおいてはこれで良いのだろうと思いますが、成田空港に降り立った瞬間に自分を切り替える努力をしています。そうでないと日本の本音と建前の使い分けやらはっきり言わない言葉の奥底の意味などを捉え損ねてしまうのです。

そんなことを20年も繰り返しながら日本が国際社会からどんどん置いていかれている現状をみて日本の将来に非常に大きな不安を感じています。中国も韓国も教育熱心で勉強家が多いのはご存知だと思います。その勉強熱心な理由の一つには日本に追いつき追い越せという目先の目標、もう一つは偉くなって裕福になりたいという高い目標への気持ちなのだろうと思います。考えてみれば1960〜70年代は日本がまったくその通りだったわけです。親も子も目標を持って勉学に励みエリートコースを目指しました。

今、その頃に苦学した親の子供たちは何を目指しているのでしょうか?食べ物も十分にあり、便利なIT機器は必需品となり、欲しいときに欲しい情報を、欲しい時に欲しいものを、空腹になれば好きなものを食べることが出来ます。努力とか汗をかくとか、苦労するという言葉からは無縁となりました。

戦中、戦後生まれの僕らの親は「食べ物だけは苦労させたくない。なぜなら自分達が苦労したからだ」といい続けていました。今の親は「受験戦争や偏差値競争では苦労させたくない。なぜなら自分はしんどい思いをしたからだ」ということなのでしょうか。子供時代に苦労をしたり忍耐強さを学ばなくて何時学ぶのでしょうか?自殺者が年間コンスタントに3万人いるのはストレスに対する抵抗力の弱さもあるのではないでしょうか?

若者は目標感のない人生を送る中で勉強をすることも忘れてしまったかもしれません。昔は何か勉強するにはたくさんの本を紐解かなくてはいけませんでした。図書館にこもる、ということもありました。今はウィキペディアなどネット情報で相当量の知識は瞬く間にゲットできてしまいます。が、クリックすることで答えを得られる限りにおいては知識は増えても思考というプロセスはほとんどありません。

医療器具や通信機器では世界有数の浜松ホトニクスの晝馬輝夫会長は「切り花を咲かせて喜ぶな」と口にしてているそうです。明治の開国から日本は欧米の技術を真似して今日に至ります。その行為を「切り花」と称し、それを飾って綺麗だと思うのは間違いであり「日本が生き残ることができるには種から育てるのみである」と述べています。

目標も持たず、勉強もせず、苦労も知らない今の若者がどうやって種を作り上げることが出来ましょうか?日本人は言われたことを素直にするという良さもありますが、裏返して言うと言われたことに疑念無く何も考えず、反論すらないということでしょう。あるいは「体育会系のノリ」で世の中が動いていないでしょうか?ほとんどテレビなどのマスコミからの情報に振り回され、事の真偽を自分の考えとしてまとめる人は少なくなったと思います。

議論や意見交換の中でお互いに考えが構築されたりアイディアが浮かんでくるものです。これが「花の種」を作り出す第一歩ではないでしょうか?外国にいる日本人が変というより世界の中で日本だけが違う色に見えるのは僕だけでしょうか?

ご意見お待ちしております。

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